ミッション破壊作戦～強襲、不忍ノ陣

■リプレイ

●迸る魂の前哨戦
　兵庫県神戸市、三宮。
　占拠されたのは2016年・春――すでに二年半も経過していた。
　ゲートが破壊される以前から占拠する螺旋忍軍セレブオブブラック派は、今なお幅を利かせ居座り続けている。
　そして今年の夏。本格的な排除へ乗り出し、二度目の強襲作戦と相成った。

　ケルベロスが搭乗するヘリオンは神戸の空を滑るように飛翔する。
「グラディウスを落とさないように……っと」
　万が一に備え、因幡・白兎（因幡のゲス兎・e05145）は小剣の柄とベルトを細いロープで結ぶ。
「母星へ帰る道を失いながら占拠し続けるとは……豪胆というべきか、厚顔無恥というべきか」
　久々の忍猫稼業と密かに意気込む富士野・白亜（白猫遊戯・e18883）も、緊張しているためか白猫耳をピンと立てている。
　――目標地点上空、終わりなき饗宴の会場は眼下に。
「引き際を弁えないなんて三流ヒールのすること。地球代表のレスラーとして……決着をつけるわ！」
　握り心地を確かめるミリム・ウィアテスト（リベレーショントルーパー・e07815）が搭乗口に歩み寄り、草薙・ひかり（闇を切り裂く伝説の光・e34295）もゼブラパターンの愛用リングコスチュームで仁王立つ。
（「地球代表な……いや、自負があるからこその誇り。矜持ってやつか」）
　素人の自分には解らない世界だが、彼女にとっては守るべき世界なのだと。
　コール・タール（マホウ使い・e10649）は微かに口元を歪め、深呼吸をひとつ。
　機理原・真理（フォートレスガール・e08508）にマルレーネ・ユングフラオ（純真無表情・e26685）は寄り添いつつ、こっそり空いた手を握る。
　真理もマルレーネに顔を向けて小さく頷いた。
「一緒に来てくれてありがとうですよ。マリー」
「……力になれるなら、何処へでも」
　言葉数は少ない。
　けれど二人の絆を顕すように、繋いだ手は想いの強さを示している。
　――――On Your Mark、刻は来た。
「セレブオブブラックのラストマッチ、華々しく散らせてくれよう」
　臨戦態勢の罪咎・憂女（刻む者・e03355）が口火を切ると同時に、ヘリオンから身を投げだす。

　目下に広がるは日常で隠された非日常。
　非情な侵略者が跋扈する戦場――憂女の鮮やかな赤眼が半球の障壁を捉える。
「戦いに向ける粋は買おう！　だが、螺旋忍軍の工作を見逃す気はない！」
　宴もたけなわ。この二年半、連日連夜と続けたレセプションもお開きの時間だと憂女が小剣を引き抜く。
「人を惑わすその『所業』……ここで終わらせていただく！」
　紅玉のような強い輝きをグラディウスが放ち、白兎も切っ先を向ける。
「パーティに忍び込んで何するつもりか知らないけど……お金は『正しいこと』に使ってこそ！君らの宴会費用なんかじゃないぞ！」
　酒池肉林、栄華繁栄。経済を停滞させる悪徳忍軍、排斥すべし！
　その光は柔らかな綿毛のごとく、けれど確かな白光をまとう小剣に白兎は想いを託す。
「この地に居座る魔空回廊が、何の為にあるのかわからない………けど。此処にあること自体、人々を怯えさせる『要因』となっている！」
　ミリムは高らかに叫ぶ。それこそ『この地を蝕む、害悪そのもの』だと！
（「ゲートを破壊したからって、野放しにすると思ったら大間違いです……！！」）
「この地を解放して、普段の、平穏な生活を送れるようにします――――さあ今日限りで、こ・わ・れ・ろぉぉぉぉぉぉおおおおおおお！！」
　逆手に握りしめるミリムの手元には蒼い光。
　刃に灯る蒼光は真昼の流星となって尾を引き、手を繋ぐ真理とマルレーネも視線を交わらせた。

「――皆の日常を壊そうとするのにも限度があるですよ！　まだ人の被害は出てないかもですが、何をするかなんて分かりたくもないのです」
　三宮の製紙工場も小説も、日本が誇る『産業』であり『文化』であり、
「工場も小説もどっちも好きな私には、絶対に平和にさせたい場所なのです！」
（「……それが、真理の想い」）
　マルレーネにとって支配地域や、占拠する敵への想いは少なからずあれど些細なことだった。
　ただ、仲間の前で口にしてはいけないと彼女自身も自覚している。
（「大切な人と一緒に戦いたかったから……その想いが一番強くて、グラディウスは応えてくれるか」）
　もし、弓張りの緩い矢となれば、堅牢な障壁に妨げられ弾かれてしまう――――だが、
「私は、マリーと一緒なら、マリーの為なら、何だって頑張れるのです！」
　思い人は声を張り続けていた――――『小剣よ、我が魂に応えろ』と。
　物静かな彼女が。思いの丈をぶつけようと、必死に叫ぶ。
　その姿がマルレーネの『些細な思い』を僅かに強くさせた。
（「真理が隣にいて、護りたいって願ってる。だから……」）
「だから、負けられない…………負けたくないっ！！」
　真理から黒鋼色の光が、マルレーネから白銀の光が花開く。
　五色の光を前にして白亜は思い出す、これが『魂の放つ煌めき』だと。
「さて、今まで好き勝手してたみたいだが、それもここまでだ。同じ余興が続けば観客も飽きるだろう？　――これをお前の引退試合にしてやる！」
　荒ぶる吹雪のように逆巻く純白の光を手に、白亜は自由落下する中で気炎をあげる。
「セレブオブブラック、貴方は『強者』かもしれないけど……プロレスは、観る人の『心を奮い立たせ、燃え上がらせる』もの」
　その心に研鑽あればこそ、ひかりは断言する。
　――プロレスは抑圧や搾取するための道具ではなく、まして他人を傷つけるためにあるのではない！
「プロレスラーとしては『偽物』だってこと、リングで証明してあげる！」
　輝く光はチャンピオンに相応しき、獅子のごとき黄金。
　頂点に立つ者だけが掲げることを許された、王者の威光！
　七色の光が流れる様子は、まさに決意で彩られた虹の体現。
　――その情景を見つめるコールは昂揚と、全身が熱くなる錯覚を覚え、自然と口角が上がっていた。
「ふざけたことを言ってんじゃねぇぞ、セレブもどき！　紛れ込んで、潜んでおいて、『正々堂々』だぁ？　聞いて呆れるぜ！」
　所詮は螺旋忍軍。隠れ潜み、他人の技を盗もうと手を揉み、すり寄る小悪党。
　コールは罵倒すると同時に、自らの、地球で生きる者としての感情をぶつける。
「この星にお前らの居場所も、奪える命も存在しない。俺達はお前らを否定し続ける……それがケルベロスとしての使命、この星に生きる――――定命の者としての『覚悟』だ！！」
　黄昏を思わす、茜色の光――『落日』を示す色彩が弾け、八色の光輝がドーム型障壁めがけて差し迫る……！
「征くぞ……」「これでェェっ！！」
　――魂の光は、長らく閉ざしていた境界を絶つ。

●白き密林の王者
　閃光が炸裂したと同時に、硝子が砕け散るような、甲高い音が辺り一帯に響く。
「バリアが、破れた……」
「破壊成功っ！　前哨戦はこっちの勝ちだーっ！」
　手に残る感触にマルレーネは驚きの声を漏らし、白兎が勝利の雄叫びを上げる。
　後顧の憂いを絶ったことで、弾みがついたコール達はパーティー会場に落着する。
　煙幕で充満した大ホールに着地すると、グラディウスをすぐさま懐に収納する。
　そして――衝撃の余波が残る只中で一人、黒ずくめの男が腕組み待ち構えていた。
「挑戦者がスモークを焚いて入場か。随分と派手なパフォーマンスではないか！」
　覆面忍者は高らかに、そして愉悦の極みとばかりに一笑し、白き密林の術を発動させる。
　対角線上に突き出す赤と青のコーナーポスト。
　その中に広がる真っ白いキャンバス上で、腕組みする漆黒の王者は威風堂々たる姿で見下ろす。

「強襲型魔空回廊は潰した……この地に長居するのも今日限りだ！セレブオブブラック！」
　背負ってきたゴングを打ち鳴らすミリムが、リングに飛び込む憂女達に星の加護を与えていく。
　真っ先に組み付こうとひかりが手を伸ばし、ブラックと手四つの押し合いになる。
「ほう、私とよく似た体術を使うケルベロスがいると噂に聞いたが……貴様のことか！？」
「よく似た、ね……なら、地球最高のプロレスラーが『本物』をお見舞いしてあげるわ！」
　体格差で押し潰そうとするブラックを徐々に押し返し、その場で跳躍したひかりは絶妙なドロップキックで先制攻撃。
「『そちら』の流儀に詳しいわけではないが……お互いに受けあうのだろう？」
「手早く済ませるぞ」
　ロープに弾き返されるブラックに憂女の鉄拳が、白亜の得物がタキシードを切り裂き、覆面にも切れ目を残す。
　覆面に生じたスリットから血が一筋流れると、ブラックは露出した目元を細めた。
「ヒールっぽい手になるけど、僕らしくやらせてもらうよ」
　穴ぐらウサギよろしく、リング内を跳びまわる白兎はコーナーポストへ一足飛び。
　どこからともなく取り出した蛍光灯をチェーンソーに取り付け、流血デスマッチの小道具じみたシルエットに仕立てる。
「ふははは……面白い、実に面白い！　さあ盛り上げていくぞ！！」
　急角度のアクセルターンを決めるライドキャリバーのプライド・ワンを両腕で塞き止め、反響する謎の『セレブ！』チャントを受けるブラックがマルネーレめがけて突進する。
「マリーには触れさせない、ですよ！」
　巨猪を想起させる圧迫感との間に割り込み、真理は勢いよく薙ぎ倒される。
　丸太じみた腕から繰り出される強烈な一発。
　息を詰まらせたが、勢いに乗って後転してすぐに持ち直す。
「ま、り……！？」
「ケホ、平気、です。まだやれるですよ」
　動揺したマルレーネもその一言で気を持ち直し、ライフルから重力弾での援護射撃に移る。
　気をとられた隙を突き、真理は音速ナックルで先ほどの返礼を叩きつける。
「後方支援……もとい、セコンドは私が請け負いますので！」
「おう、俺は好きにさせてもらうからよ」
　ロープ外から月光のエネルギーを投入するミリムに、コールが一瞥してコーナーからトップロープへ駆け上がる。最上段まで跳びあがると同時に、頭上へ大型の魔方陣を展開させた。
「鏖殺の象徴。戦士を殺す破壊神の斧――レスラーだろ？　しっかり受けろよなァ！！」
　引きずり出すように現れた超弩級のバトルアクス。
　戦刃を露わにした直後、方陣の光がはじき出すように射出する。
　落着した戦斧はホールごと揺るがし、リング外にも余波を残していた。

　めまぐるしく展開される白亜達の立ち回りに、ブラックも青息吐息させられていた。
　精鋭とはいえ、ケルベロスも熟練者が揃った今回ばかりは愉しむ余裕はなかったらしい。
　布きれと化したタキシードから逞しい筋肉を覗かせ、破れたマスクの目元半分は切れた額の流血で赤い涙を流す。
「そのマスク、削ぎ落してくれる」
　凶悪な形に変容した『憂』を手に憂女が刃を振るい、タキシード越しに肉体美への損傷を増やしていく。
　飛び退こうとバックステップする間際、呻くブラックがその片足を捉えると、
「螺旋式、４の字固めッ！」
　反転する勢いでマットに叩きつけると、手繰り寄せた憂女の両脚を4の字でホールドする。
　ギリギリと関節を締め上げる痛みに憂女は呻き、白兎がすかさず援護に入った。
「密林の猛獣狩りだ、蛍光灯でもレンガでもぶっこんでくよ！？」
　真っ赤に染まる割れた蛍光灯ごとチェーンソーをぶつけると、ガラス片や回転鋸が傷口を一層深くさせる。
　滅多斬りする白兎の背後から、マルレーネが至近距離へ潜りこむ。
「霧に焼かれて踊れ――」
　噴きかけた桃色の毒霧。強酸性の恐るべき飛沫が皮膚を爛れさせていく。
　もはや上半身は隠す場所もなく、正装は見る影もない。
「く、はは……血湧き、肉躍り、生死の狭間に立たされる緊張感……堪らんなぁ！」
　もはや自力で回復しても焼け石に水。しかし、ブラックは『死など関係ない』と余力を奮った。
「この状況で笑ってんじゃねぇよ、惨たらしく死んどけ！」
　真理とプライド・ワンの連携を援護するように、コールのイフリート・スカーレッドが火炎放射して、爛れた皮膚をさらに焦がして肌を溶かし落とす。
　肉の焼ける臭いで充満する中、ミリムも集中治療を施して一気に快復させる。
「強がりか知りませんけど、こっちの快復はなんとか追いついてます！」
「けど、もう一押し……入れる」
　追い込みをかけようと白亜が鋭いソバットで脇腹を蹴り抜く。
　ふらついた一瞬、白亜はロープバウンドを利用し、軽快にブラックの頭上へ舞い上がる。
「すぐに従うといい」
　華麗に決めた白猫の風格に、さしものブラックも耐えきれずに膝を崩す。
　巨体が揺らいだとみて、ひかりが引き締まった腕を肩口から大きく回してみせる。
　本来の試合なら見事な前振り、もとい必殺の構えとして観客を沸き立たせただろう――！
「天から降りた女神の“断罪の斧”に、断ち切れないもの、打ち砕けないものなんて、」
　ふらつきながら立ち上がろうとする巨漢。その首筋めがけ、勢いを溜めたひかりが疾風のごとく踏み込む。
「――――存在しないのよっ！！」
　……顎下からカチ上げるような強烈なインパクトに、巨体が宙に浮いた。
　戦女神の名を冠するフィニッシュムーブに、瀕死の覆面忍者は鈍い音を響かせる。
　リング中央で大の字になったセレブオブブラック――彼は敗北を認めたように白き密林と共に姿を消した。

「Winner、ケルベロォォス！！」
　ガッツポーズするミリムが背にしたゴングを何度も打ち鳴らす。
　歓声代わりの鐘の音に安堵すると同時に、慣れない戦闘スタイルに挑んだ何人かは精神的な疲労が見えた。
「正面切って受け止めるというのも、なかなか度胸が要るのですね……」
「……あ。ひかりの写真撮ろうと思ったんだけど、煙幕の中じゃ綺麗に撮れないうｐね」
　まだ残る煙幕の残滓に白兎は唸るが、当のひかりは汗を拭って満面の笑み。
「ありがとう！　けど、今はグラディウス返還と怪我の手当が先決かな」
　数えるとコールが抱えている5本、懐にしまっていた者の３本を合わせて８本。
　使用した特殊兵器が揃っていることを確認すると、憂女が大きく息を吐いて胸を張る。
「帰投しましょう。強襲型魔空回廊は破壊しましたが、残存兵は他のケルベロスが相手取っているハズですから」
「だな、戦勝記念の写真は帰ってからだ」
　すぐにこの場を離れようとコール達は薄まっていく煙幕を突っ切り、安全圏へ離脱しようと駆けだした。
　今はまだ油断ならない状況だが、それもすぐに収まる。
　……２年以上も続いた宴は、こんにちを以て閉幕した。

作者：木乃	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年9月14日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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