師よ安らかに眠れ

作者:澤見夜行

●邂逅の果て
 アイビープラント。
 煉獄寺・カナ(地球人の巫術士・e40151)の師匠、煉獄寺・長宗の恋人に寄生しその命を奪ったその攻性植物を倒してから幾許かの月日が流れた。
 弔いと共に手にした指輪は未だこの手の中にある。師匠へと渡したいと考えていたが、その消息が掴めなくなっていた。
(「なにか、嫌な予感がします――」)
 胸中を巡る妙な胸騒ぎ。強く胸を押さえたところで、収まることはなかった。
 そうして師匠を探し、辿り着いたある田舎町。
 多様な花が咲き乱れる、自然の花畑で、その見慣れた背中を見つけた。
「――!」
 声を上げようとして、その姿に言葉が途切れる。
 師の身体、その周囲を覆う攻性植物。
「そんな……師匠……」
 嘆きと悲しみが漏れ出る。
 師匠が攻性植物に負けていた。そしてその身体を奪われ悪に良いように使われている。
 その事実がカナを嘆き悲しませ――そして怒りに震えさせた。
 カナを見た煉獄寺・長宗――攻性植物アサシンプラント・ロベリアが、刀を抜く。
「師匠を――その身体、返して貰います!」
 怒りも悲しみも、全てをその手に込めて。
 カナと師匠の最後の立ち合いが始まった――。


「カナさんの師匠が見つかったんだって?」
 ユズカ・リトラース(黒翠燕脚の寒がり少女・en0265)の問いかけにクーリャ・リリルノア(銀曜のヘリオライダー・en0262)がこくりと頷いた。
「お師匠さんは残念ながら攻性植物に破れ寄生されていたのです。
 カナさんとの接触が予知されたのですが、カナさんに連絡をつけることが間に合わなかったのです」
「それじゃ、急いで助けに行かないとね!」
 ユズカが拳を握って言葉を走らせる。クーリャは番犬達を見回して「お願いするのです」と頭を下げた。
 クーリャは続けて敵の情報を伝える。
「敵は攻性植物一体、配下などはいないのです」
 敵は寄生したカナの師匠、長宗の知識や技術を駆使し戦う対ケルベロス用のアサシンだ。卓越した技量からなる一撃は周囲を巻き込み凍らせる。遠隔地を爆破する能力は飛躍的に高められ広範囲を巻き込むようだ。グラビティを賦活することで傷を癒やすこともできる。強敵だ。
「周囲は人影のない花畑なのです。障害物もなく自由に戦えるはずなのです」
 説明を終えたクーリャにユズカが声をかけた。
「カナさん、探していた師匠との戦いになるなんて、大丈夫かな?」
「はい、心配なのです。
 急ぎ皆さんには駆けつけてもらって、カナさんを救い宿敵を倒して欲しいのです。
 どうか、皆さんのお力を貸してくださいっ!」
 クーリャがもう一度頭を下げる。番犬達とユズカは気合いを入れて戦いの地へと赴くのだった。


参加者
落内・眠堂(指切り・e01178)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
春夏秋冬・零日(その手には何も無く・e34692)
灰山・恭介(地球人のブレイズキャリバー・e40079)
煉獄寺・カナ(地球人の巫術士・e40151)
ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)

■リプレイ

●想いは強固に紡がれて
 名も無き花が咲き乱れる花畑。
 対峙する二人の男女。
 男はすでに息はなく――身体に巻き付いた植物が愉快そうに揺れ動く。
 男の名は煉獄寺・長宗。
 対峙する女性、煉獄寺・カナ(地球人の巫術士・e40151)の剣術の師匠であった者である。
「師匠……アイビープラントを倒してまた会おうと言っていたのに……こんなことに!」
 嘆くように吐き捨てるカナは悲しげに眉根を寄せ、瞳を伏せる。
 長宗は攻性植物に破れ、その身体を乗っ取られていた。動く屍と化した長宗が生前を思わせる動きで刀を構える。それは長宗を操る攻性植物――アサシンプラント・ロベリアの邪悪な遊戯に他ならない。
 宿主たる人間の記憶を読み取り真似ることで、対峙した相手の感情を揺さぶり面白がるのだ。
 その悪辣な遊戯に、カナは歯噛みする。許せるわけがなかった。
 カナは身構える。隙無く構えるその立ち姿は師匠より教えられたものだ。
「師匠、待っていてください。今、解放してあげます」
 相対する長宗を見つめ、力強く呟く。
 そのつぶやきは風に乗り、空へと届いた。声が返る。
「なら精々気ぃ入れるこったな。
 お膳立てはしてやるがぼさっとしてると俺が先に殺しちまうぜ」
 空から返る声に見上げれば、降り立つ八の影。
 カナの危機を伝え聞いた番犬達が、この地に降り立ったのだ。
「さあ、やるぞ煉獄寺」
 相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)が破壊のルーンをカナへと付与し、その力を増大させる。
 そうして長宗を見据えながら、愛用の髑髏の仮面を被った。
「お前さんを取り巻くすべてを知っているわけじゃねえが、
 ――大切なひとを、奪ったものなど、みすみす逃して許すわけにはいかねえな」
 穏やかに、大らかに。落内・眠堂(指切り・e01178)の言葉は同情だけではない、似た境遇を経た者の理解ある言葉だ。
「手伝うよ」
 ただ一言だけ。言葉多く語らない比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024)がカナの背を叩く。それは最大限の助力を惜しまないという黄泉の気合いが入った動作だ。
「カナ。長宗を解放するこの忍務、必ず成し遂げよう。夜鳴鶯、助力を惜しまん」
 長宗を見据える樒・レン(夜鳴鶯・e05621)が強い意志を伝える。その胸中には長宗へ向けた想いが巡っていた。
「彼奴が煉獄寺殿の師であるか。隙の無い構え、いやはやかなり手強そうじゃな」
 春夏秋冬・零日(その手には何も無く・e34692)もまた長宗を油断なく見据える。長宗が対ケルベロスのアサシンとなっていることを聞きいていた零日は、これから起こるであろう戦いの激しさを予感し腹を括ると、武器を構えた。
「――刀使いか。
 だが、それはその男のものだ! 非道に利用する貴様のものではない!
 これ以上の悪用は、剣士として俺が許さん!」
 険しい表情で睨めつけ、手にした剣を攻性植物――ロベリアに突きつける灰山・恭介(地球人のブレイズキャリバー・e40079)は横目にカナを見やると、
「煉獄寺、お前は一人ではない。俺達がいるのを忘れるな。
 奴を倒し、師を安心させるぞ!」
 と、左目の炎を強く燃え上がらせた。
「丁度、人心を踏み躙る攻性植物には縁がありましてね。
 通りすがりですが、協力させて頂きます」
 小さく呟くジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)だが、カナへの協力は惜しまない所存である。仲間を守る盾として一歩前へ歩み出た。
「カナさん、大丈夫?」
 駆けつけたユズカ・リトラースがカナへと尋ねると、カナは一つ、力強く頷いた。
「うん、ならお師匠さんを救い出してあげよう! 微力ながら手を貸すよ!」
 カナの返事に満足げに頷いて、ユズカもロベリアへと視線を戻した。
「――皆さん、ありがとうございます」
 瞳を伏せ、一礼を返せば、カナの想いは今一度、強固なものとなる。
 瞳を開き、相対する師、長宗とそれを操るアサシンプラント・ロベリアを睨めつける。
「師匠を解放します。力を貸してください」
「応!」
 一陣の風が吹く。揺れる名も無き花々がこれから起こる戦いを見届けよう。
 師を救うためカナと番犬達が、師の亡骸操る邪悪なる攻性植物アサシンプラントに挑む――。

●魂の声
 尋常ならざる速度の剣閃が、足下に咲く花々ごと切り裂いて花吹雪を舞わせる。
 その技、そのキレ、生前の長宗のものを大きく凌駕する力を前に、番犬達は背筋を冷やす。
 幾重にも重ねられる剣戟のみならず、少しでも隙を見せれば、空間爆破にて肌を肉ごと焼かれることになる。オールレンジに対応したその力は九人揃った番犬達にも引けを取らない。
 戦いの最中、カナは届くはずのない声をぶつけていく。それは師へと伝えるべき言葉だ。
「師匠! ユミコさんの仇は討ちました! アイビープラントは倒したのです!
 もう……師匠を苦しめるものはありません! ですから――安心してください!」
 ロベリアと同種の攻性植物、アイビープラントに寄生された長宗の恋人、ユミコをその手で討ったことを報告する。それは師とカナの悲願でもあった。無意識に涙が零れ落ちる。
 どうか届いて欲しい――。願いを込めた言葉を、自身が師より教わった技に乗せぶつける。番犬として成長した姿を見せるように。
 しかし、想いを乗せた言葉も、技も、すべてを打ち払うかのように長宗――ロベリア――が疾駆する。睨めつけるようにカナへと視線を移せば、何もかもを消し飛ばす力の塊を発現させる。
「やらせねぇよ――!」
 割り込む竜人が爆破をその身に引き受ける。痛みなど感じていないように、爆煙が掻き消えるよりも先に飛び出すと、その手に構えた爆暴たる強弓影矢を射かける。放つ矢を追うように自らも疾走し一足飛びに肉薄すれば、捻る身体に流星を宿し重力の楔打ち込む激蹴を叩き込む。
 衝撃を受け止めながら、しかし変わらぬ表情は屍のそれだ。
 周囲を巻き込む冷徹なる流麗な一閃が放たれた。凍てつく身体に歯噛みしながら、竜人は言葉を走らせる。
「ハ、お強いこって。だが他人の褌じゃねえと相撲取れねえ奴なんざ高が知れてる。
 ――テメエの事言ってんだよ植物野郎ッ! 殺すぞッッ!!」
 その言葉を嘲笑うように長宗に巻き付いたロベリアが揺れ動く。どこまでも人を見下すその態度に、侮るなと番犬達の意気が膨れあがった。
 竜人と入れ替わるように黄泉が前にでる。閃星の一蹴は確かな手応えとともにロベリアの足を釘づける。勢いままに狙い澄ました螺旋の一撃を見舞う。だがその精密な一撃は敵ながら見事な足捌きと共に紙一重で躱された。
「風天の真言なれば、我が紙兵に力を与えん。――行け」
 レンが仲間を守護する紙兵を撒けば治癒の力と共に、邪気への耐性を与える。
 強烈な攻撃を繰り出すロベリアを前に、番犬達を支え戦線を維持しているのはレンの力によるものだ。
 攻め手へと回る余裕はないが、しかし油断なく長宗を睨めつける。
(「――此処でのカナとの出会いはロベリアの策略か……それとも貴殿が逢いたかったのか」)
 レンには死してなお人の身体を、心を動かす想いがあるような気がした。
 それは弟子に最後の剣理を伝えたかった――直に剣を交え剣の道を示したかったのではないかと考える。
 考えすぎかもしれない。だが、それでも何かしらの想いがそこにあるような気がしてならなかった。
 カナが師と想いを交わせるようにと、レンは仲間達を支え続ける。
 そして、同じように言葉を届けられるようにと戦う者がいた。眠堂だ。
「気持ちは、理解できる、なんて――言い切れるわけじゃねえが」
 眠堂には大切な恩人がいた。
 亡くしたそのひとの体は、長宗のようにデウスエクスに利用されてしまった。
「そのとき抱いたのは、
 ……きっと、お前と同じような感情だ」
 故に、少しでも悔いが残らぬように、カナの想いを届けられるようにと仲間達を支援する。
 地面に展開する縄ひょうの意匠の番犬鎖が守護の力を与えれば、生み出した半透明の『御業』で長宗の身体を捕縛する。
「まだ、逃がさない」
 眠堂が喚び出した雷獣が、その鋭き爪に稲妻を纏いて暴波の如く長宗を襲いその体勢を崩させた。
「積もる話もあるじゃろうが――閑話休題、此処で盤面をひっくり返す」
 一拍が轟音を奏でる。零日の響かせた柏手は仕切り直しの合図となる。その力強い音は勇気を与え、グラビティに力を漲らせた。
「伝えたいことは伝えられたじゃろうか?」
 零日の問いにカナはこくりと頷いた。
「そうか。ならばわしも務めを果たすとしようかのう」
 零日が花吹雪舞う戦場を駆ける。
 迎え撃つロベリアの懐に潜り込むと、特殊な製法の布状の籠手に包まれた指を伸ばし、長宗の屍に流れる気脈を断ち切らんと貫いた。
 反撃に振るわれる暴風のごとき剣閃を受けながら、同時に音速の拳を放ち、ロベリアを守る守護の力ごと吹き飛ばす。
 距離を取ることになったロベリアが番犬達のいる空間を爆破する。カナを守るようにジュスティシアがそれを受け止めた。
「あなたが決着をつけるんだ。その為の手伝いは惜しみはしない」
 戦闘中となれば、無口に言い捨てるジュスティシアだが、カナを気遣いカナの手で決着をつけることを望んでいる。
 地面に守護星座を描き出し、仲間達を守護する光を与えれば、愛用するJ&W社製の対物狙撃銃を構え、グラビティを放出する。花々を吹き飛ばしながら襲いかかる魔法光線にロベリアが苛立たしげにその茎を揺らした。
 ジュスティシアは用心深く、ロベリアを睨めつける。取り逃すことだけは避けるべきだと感じると、一足飛びに近づいて、拳銃を突きつけながら周囲にグラビティの結界を張り巡らし、その身体を拘束しようと試みた。
「貴様の腕前がどれほどか見せてもらうぞ!」
 そこに恭介が突撃する。
 緩やかな弧を描く斬撃を見舞うも、ロベリアの反射的な受け流しで狙いを逸らされる。
「俺が使うのが刀ばかりだと思うな!」
 すぐに身体を捻ると、流星纏う一蹴を叩き込む。衝撃にロベリアの足が止まるのを見れば、
「これが、紛い物ではない本物の刀だ!」
 と、空の霊力を帯びた刀身で、ロベリアの傷痕を正確に斬り広げていった。
 恭介は以前、宿敵と呼べる相手と戦った際にカナに助けてもらっていた。故に、今度は自分が助ける番だと力を振るう。燃えさかる左目の炎が、力強く揺れ動く。
「私じゃ大きな力にならないけれど……。
 でも、カナさんの為に、大切な人へと想いを届けられるように、全力でいくよ――!」
 ユズカがその長い黒髪とマフラーを靡かせ、疾駆する。
 近づこうとするものを容赦なく切り刻む斬撃の嵐のなかを潜り抜けると、その長く伸びた足で美しい軌跡を描き出す。
 流れ落ちる星が瞬くように刹那の呼吸で繰り出された一撃は、確かな手応えと共に、幾重にも絡まる重力の楔を打ち込んだ。
 ――戦いは一進一退の攻防の中、徐々に番犬達が優位を得始めていた。
 周囲を巻き込むロベリアの攻撃は脅威だ。
 だが、ダメージを軽減するディフェンダー陣がその攻撃を半減させ、仲間達を支援する。
 積み重ねた行動阻害も、時間が経つにつれその効果を増大させていた。戦闘開始時にロベリアが見せていた技のキレは徐々に翳りを見せ始め、逆に連携力が徐々に高まる番犬達の技が冴え渡る。
 長宗の身体はすでに傷だらけだが、同様に寄生するロベリアの身体も再生が追いつかなくなって来ていた。ロベリアの限界は近いのだと、番犬達は頷きあった。
「どうしたぁ!? 動きが鈍ってるぞ、植物野郎ッ!!」
 哮る竜人のハイキックがロベリアに直撃する。吹き飛ぶロベリアに向け影矢を放つ。
 その矢を追いかけるように黄泉が走る。
 矢を受けながら反撃に振られた剣閃を高々と飛び上がって躱すと落下する勢いままに手にした獲物を振り下ろした。
 ロベリアの身体がぐらりと傾く。
「好機。参る――!」
 絶好のチャンスと見たレンが疾走する。摩利支天の真言なれば、分身と見まごう残像を残し、死角へと回り込んで視認困難な斬撃を見舞った。
「受け取りな。これはお前さんの背中押す追い風だ」
 眠堂が焙烙火矢を戦場へばらまくと、地面に落ちたそれが次々と炸裂し爆風を生み出す。爆風は周囲に散らばる花びらを巻き込んで、カナの背を押した。
 ロベリアが、走る。嘲笑っていた余裕はそこにはなく、ただ目の前にいる番犬達を殺そうと殺気を漲らせる。
「苦し紛れの一撃じゃな」
「――守ります」
 放たれる縦横無尽の剣戟を、零日とジュスティアがその身を盾に防ぎ切る。幾重にも剣閃に見舞われようとも二人は倒れることはなかった。
「俺の剣が見えるか? 何回斬ったか分かるか?」
 鉄塊剣と刀を手に、連続的な猛攻を放つ恭介。絶え間なく叩き込まれる斬撃を前に、ロベリアの身体を大きく揺らいだ。
「やああぁ――!」
 ユズカが飛び込み得意の格闘戦でロベリアを釘付けにする。しなやかな蹴りの応酬に堪らずロベリアが間合いを取った。
「煉獄寺! 師にお前の成長した姿を見せてやれ!」
 恭介の言葉を受けて、カナが師と相対する。
「師匠……貴方と過ごした時間、貴方に教えて貰った全てを、私は忘れません」
 凜とした声でありながら、伏せた瞳からは涙が溢れ出る。
 十年間。
 共に過ごしたその長い時間を想起し、胸が詰まる。
 親と会うこともできず、一人前と認められるまでとても厳しく修行を受けたあの日々。
 怖いと思うこともあった、嫌だと思うこともあったかもしれない。
 けれど、終わればいつもそこには笑顔で優しく褒めてくれる長宗(あなた)がいたのだ。
 ロベリアが怒りに打ち震えながら、長宗の身体を動かす。
 その構えから繰り出される技を、カナは知っている。
「師匠、これで最後です」
 グラビティを操り、霊力で一刀を生み出すカナ。
 煉獄時流模倣剣技・霊刀刃。カナの師匠が使っていた剣技をアレンジしたものだ。
 互いに構え、間合いを計る。
 一陣の風が、散り散りになった花びらを舞わせた。それが、合図となった。
 ロベリアの動かす長宗が刀を振るう。
 同時。
 カナが霊力の刃を飛ばす。軌跡が交差しグラビティの奔流を生み出した。
 互いに放った衝撃が、花々を空へと巻き上げる。
 傷付き肩を押さえるカナの睨めつけるその先で、長宗に巻き付いたロベリアが這いずり回るように蠢いた。
 次第にロベリアの花は枯れ果てて、ついに、長宗の身体から剥がれ落ちるのだった。
「……師匠」
 貴方を超えることができたとは思えない。けれど、貴方が自慢できるくらいには成長できたでしょうか。
 涙を流しながら瞳を伏せるカナ。ざわめく風に乗って懐かしい声が聞こえた気がした。
 ――見事だ。
「師匠――!」
 ハッと顔をあげる。
 立ち尽くす長宗が懐かしい思い出の中の笑顔を浮かべていた。
 魂というものが死後も現世に留まるというのであれば、或いはそのような奇跡も起こりえるのかもしれなかった。
 ――もう長宗は瞬き一つ動かない。今度こそ本当に逝ったのだと感じた。
「さようなら、師匠……! どうか、安らかに……!」
 花吹雪舞う中で、アサシンプラント・ロベリアはカナと番犬達によって倒されたのだった――。

●師よ安らかに眠れ
「皆さん、本当にありがとうございました」
 救援に駆けつけた番犬達に礼を述べたカナは、花畑に眠る長宗に語りかける。
「師匠、今までお世話になり、ありがとうございました。
 できれば、この指輪は、師匠に直接渡したかったです」
 掌の上に残る指輪は、師の恋人であるユミコのものだ。アイビープラントとの戦いの折り、カナが回収したものになる。
 色とりどりな幻想花が揺れる。散り散りになった花畑をヒールしたことで、幻想的な風景が広がっていた。
 番犬達が長宗の死を悼む。
 ジュスティシアが、名も無き花を供え、恭介が語りかける。
「憎い敵に利用され、無念だったろうな。
 俺も、機会があれば、手合わせしたかった。
 ――だが、お前の育てた煉獄寺は、もう立派なケルベロスだ。
 だから、安心して眠るといい」
「成長した弟子に負けたのじゃ、師も悔いはなかろう」
 零日が少し離れた場所でカナと長宗を眺めながら零す。
「……命は巡る。
 花が咲き散るが如く。
 想いや剣は受け継がれている。
 長宗はお前が裡に是からも生き続けるだろう」
 レンの言葉にカナは小さく頷いた。
 眠堂も悲しげにカナと長宗を見やる。カナの今の気持ちを一番理解しているのは眠堂かもしれなかった。
「ヒールで少し変わっちゃったけど、とても綺麗な花が咲いてるね。
 この場所を選んだのも、きっとお師匠さんの強い魂がそうさせたんじゃないかな」
 ユズカの言葉に、最初にここで長宗を見つけた時のことを思い出す。まるで誰かを待つように佇んでいたその背中を。
 カナは涙を拭い、立ち上がる。
 いつまでも泣いていては師匠も安心して眠ることはできないだろう。
 最後に、手にした指輪を見つめていると、竜人から声がかかった。
「――返せなかったな、リング。
 それ、どうするつもりなんだ?」
「そうですね――」
 その答えは、強く吹く風が花びらと共に空へと運んでいった。
 師とその恋人。二人と相対し別れを告げたカナの選択ならば、きっと間違いはないはずだった。
 幻想的な花畑で、カナは靡く髪を押さえ、空を見上げた――。

作者:澤見夜行 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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