牛頭と馬頭

作者:砂浦俊一


 深夜、行き交う人も車両も絶えた地方都市の大通り。どこからか現れた3体の怪魚が浮遊していた。体長2メートルほどの細長い胴をたなびかせ、青白く発光する怪魚の群れは円を描くよう動く。
 やがて回遊の軌跡が魔法陣のように浮かび上がり、中心からエインヘリアルの巨体が出現する。胴体こそ筋骨隆々の巨漢だが、頭部は湾曲した2本の角を持つ牛そのもの、牛頭人身の姿。獰猛な暴れ牛を思わせる顔は知性を感じさせず、鼻には金色の鼻環を通し、その手は大剣を掴んでいた。
 その時、上空から落下してくるものがあった。
 轟音とともに着地したのは、新たなエインヘリアル。
「そちらさんも準備万端みてぇだな」
 巨大な斧を担いだ新たなエインヘリアルは、馬に似た顔をしている。そのため馬頭人身の姿とも言えた。
「おめぇも昔は罪人だったって聞いてるぜ。罪人同士、仲良く暴れようや」
 馬面のエインヘリアルは、牛頭のエインヘリアルを見て、ニッと笑った。


「浮遊する深海魚のような姿をした、知性のない下級死神の新たな活動が確認されました。この怪魚型死神は、以前にケルベロスが撃破した罪人エインヘリアルを変異強化してサルベージ、周辺住民の虐殺を行ってグラビティ・チェインを補給した上で、デスバレスへ持ち帰ろうとしているようです」
 ここまでは死神が引き起こす事件としては珍しくない。だがシャドウエルフのヘリオライダー、セリカ・リュミエールは、厄介な点をケルベロスたちに告げた。
「変異強化エインヘリアルの出現と同時に、新たな罪人エインヘリアルも出現します。これはエリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)が危惧していた、罪人エインヘリアルのサルベージを援護するエインヘリアル側の作戦でしょう。変異強化エインヘリアルは、出現の7分後には死神によって回収されるので、可能ならばその前に撃破して欲しいのです」
 エインヘリアル2体と怪魚型死神3体が相手、ケルベロスたちの身に緊張が走る。
「怪魚型死神は深海魚のフクロウナギに似た姿です」
 セリカの背後の液晶パネルにフクロウナギの写真が映し出される。巨大な口を持つ、異形のウナギだった。
「変異強化エインヘリアルの姿は半人半牛、頭部が牛そのものです。知性はなく闘争本能の塊です。鼻に金色の鼻環を通していますが、これは生前のエインヘリアルが好んで付けていた物のようです。新たに出現する罪人エインヘリアルは馬に似た顔が特徴で、非常に攻撃的でケルベロスを見れば問答無用で挑んでくる戦闘狂です。前者はゾディアックソード、後者はルーンアックスが武器です。怪魚型死神たちは『噛み付く』ことが攻撃手段ですが、敵としては弱い部類です」
「敵の出現時刻は午前0時。出現ポイントはこちらです」
 続いて現地の写真が映し出された。片側2車線ある道路は戦闘には充分な広さ、敵の出現までは周辺の建物に身を隠せるだろう。
「事前に周囲の避難は行いますが、広範囲の避難を行った場合、グラビティ・チェインを獲得できなくなるため、サルベージする場所や対象が変化して事件を阻止できなくなるので、戦闘区域外の避難は行われません。変異強化エインヘリアルは、グラビティ・チェインの補給を行わなくても7分後に回収される為、一般人への被害は考えなくても良いでしょう。新たに現れた罪人エインヘリアルは回収されないため、撃破に失敗した場合はかなりの被害が予測されます」
 できればエインヘリアルは2体とも撃破したいが、状況によってはどちらか片方の撃破を優先することになるかもしれない。
「敵の数が多いため苦戦は必至でしょう。それでも勝機はあるはずです、皆さんの挫けることなき敢闘精神に期待します」
 激戦を予感しつつ、ケルベロスたちは出発する。


参加者
樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916)
スウ・ティー(爆弾魔・e01099)
フォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)
ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)
中村・憐(生きてるだけで丸儲け・e42329)
今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)
ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)

■リプレイ


 午前零時。ケルベロスたちは出現ポイントの道路が目視できる場所に身を潜めていた。
 やがて闇の中から深海魚のフクロウナギに似た死神たちが現れ、変異強化エインヘリアルのサルベージを始める。死神たちの回遊が輝く魔法陣を描き、その中心から鼻環を付けた牛頭人身の変異強化エインヘリアルが現れた。
 ケルベロスたちは逸る気持ちを抑える。この後にもう1体、罪人エインヘリアルが出現する。攻撃はそれからだ。
 全身が地上に出たと同時に魔法陣は消え、変異強化エインヘリアルは大きく身震いする。上空から罪人エインヘリアルが落下してきたのは、この直後。
「そちらさんも準備万端みてぇだな」
 事前の情報通り、こちらは馬に似た顔をした馬頭人身の姿。
「罪人同士、仲良く暴れようや」
 罪人エインヘリアルが変異強化エインヘリアルに笑みを向ける。かつての罪人にシンパシーを感じているのかもしれないが、周囲への警戒が疎かな今こそ突撃の契機。ケルベロスたちは潜伏場所から一斉に飛び出す。
「壇上に役者は揃った。だがおのれらは往くも戻るも叶わぬと知れ、貴様らの終点はここじゃ! さぁいざ尋常に……勝負ッ!」
「どっちも罪人ならボクたちの手で裁いてみせよう。ヴァルキュリアの刃を受けてみろ!」
 服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)のアイスエイジと今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)のジュデッカの刃が、ひとかたまりとなっている敵へと放たれた。
 奇襲に敵は怯んだものの、変異強化エインヘリアルは右手でゾディアックソードを構え、その周囲を護衛の怪魚型死神たちが舞い始める。
「へへっ。さっそくお出ましかぁ!」
 馬のようにいななく罪人エインヘリアルは担いでいたルーンアックスを振り、ケルベロスたちの迎撃に出る。その前に立ちはだかったのはフォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)。
「ん、お馬さん。あなたの相手は私とクルルがするの」
 相棒のボクスドラゴンから属性インストールを受け取り、彼女は挑発を交えたファナティックレインボウを放つ。
「誰が馬だコラァ!」
 馬頭の罪人は単身でフォンとクルルのコンビへと突撃する。その力任せの攻撃を彼女は機敏な動きで避け、引きつける。
「暴れる輩を討てば死神が得をする。逃がせば市民の被害が増える。難儀な話だよ」
 敵味方の動きを見定めつつスウ・ティー(爆弾魔・e01099)は自らにバレットタイム、その脇からはティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)が跳躍した。
「行くよ、プリンケプス!」
 サーヴァントを伴う彼女は、牛頭の変異強化の足止めを狙いスターゲイザー。
「この地球におまえら罪人の居場所など無いっす! 被害が出る前に倒してやるっすよ!」
 相手が大剣と巨大な斧なら、こちらはゲシュタルトグレイブとドラゴニックハンマー。重たそうな二刀流だが、中村・憐(生きてるだけで丸儲け・e42329)はこれらを軽々とブン回す。まずは随伴する死神を排除するべく、得物を叩きつける。
「死神連中は、好かんな。彼奴らのしている事は死への冒涜だ」
「ならば二度と地上に出てこれぬよう、冥府の底へ氷漬けにしてやりましょう」
 敵へと苦い顔を向けるナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)からのエレキブーストを受け、樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916)は バスターライフルを斉射する。
 奇襲は成功したが敵は数が多く、難敵のエインヘリアルが2体。片方は過去に撃破されたとはいえ変異強化されてサルベージ、もう片方はアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者。この勝負、どう転ぶかわからない。


 敵は市民を虐殺してグラビティ・チェインを補給したいだろう。だが牛頭の変異強化は補給できずとも7分後には回収される。死神側にとって、サルベージした戦力の回収の方が優先度が上か。
 これをサポートするのが、使い捨ての戦力として送りこまれた罪人エインヘリアルなのだから始末が悪い。大罪人だから失ってもエインヘリアル側は痛くも痒くもない。死神側は回収さえすれば強力な手駒を得られる。
 だが回収の方法は何か。牛頭の変異強化は7分後に逃走するのか。逃走した先に回収役の死神が待機しているのか。それとも回収役の死神がここへ現れるのか。あるいは撤退用の何らかの術が、サルベージされた時点で肉体に仕込まれたか。
「変異強化……ダモクレスと新型の因子のテストも行っているみたいですし、気になりますね。いずれにせよ、敵にテストケースの情報を持ち帰らせることだけは絶対に避けないと!」
 砲撃モードへと変形させたドラゴニックハンマーから、ティが光弾を撃つ。
「ブモオオオオ!」
 直撃弾にも怯まず牛頭の変異強化は暴れ牛さながらに突撃、死神たちも随伴する。
「大所帯の歓迎は久々だ。いつも以上に派手にいこう」
 口元に笑みを浮かべたスウのアブソリュートボムが、群れなす死神どもに炸裂した。怪魚たちは巨大な口をさらに大きく開き、苦し気に喘ぐ。その後ろから牛頭の変異強化が跳躍、空中からゾディアックソードを叩きつけようとうする。
「くらえ、正義の一撃!」
 これをゲシュタルトグレイブで防いだのは憐、さらにガラ空きになった敵の胴へドラゴニックハンマーを叩きつけた。彼の両腕に走る痺れるような衝撃、敵の一撃は重く肉体も鋼のように堅牢、やはり一筋縄では行かない相手か。そのまま両者は熾烈な近接戦に入る。
 牛頭の変異強化が抑えられている間に、無明丸と正彦は死神を狙う。
「罪科の戦士どもは戦士の風上に置けぬような者も多いが……それでも戦い死んだ者の死が穢されてよい道理のあるものか!」
「優しく死ねると思ったか?」
 無明丸のアイスエイジが死神にさらなる氷を浴びせ、動きの鈍った個体を正彦がライフルの銃床でブン殴る。情報通り、怪魚型死神に強さは感じない。この調子なら排除も容易い――しかし、ここで馬頭の罪人側の戦況に動き。
「ん、こんなものなの」
 挑発を交えつつマインドシールドで防御を固めたフォンだが、馬頭の罪人に攻撃に押され気味だ。クルルがフォローに入るが、敵が振り回す斧の一撃に吹っ飛ばされてしまう。
「あの巨体相手に1人では――厳しいかっ」
「でも、そこまでだよ。絶対に離すものか!」
 仲間の苦境にナザクがウィッチオペレーションをかけ、日和が猟犬縛鎖で馬頭の罪人を縛り上げる。
「この程度でなァ! 止められっかよォ!」
 悍馬の如き罪人エインヘリアルは力任せに鎖を引き千切ろうとする。
 ケルベロス側の戦力が分散したことで、変異強化側の圧力も増す。暴風のように振られるゾディアックソードが路面を削り、アスファルトの欠片が周囲に飛散する。
 そして時間は刻一刻と過ぎていく。


 一進一退の攻防は続く。出現から数分以内で怪魚型死神は殲滅したものの、2体のエインヘリアルはさすがに手強い。
 敵は連携の取れた攻撃はしてこない。しかし牛頭の変異強化に攻撃を集中させようとすれば、馬頭の罪人を抑えきることができない。馬面の罪人へ戦力を割けば、今度は牛頭の変異強化の猛攻が勢いを増す。ケルベロス側の負傷も蓄積していく。
「牛頭と馬頭。揃って脳筋の体力バカとしても、エインヘリアル連中の手を焼かせた大罪人だけのことはあるか」
 自身も攻撃に回りたいナザクだが、今はメディックとして仲間の回復を行い、戦線を支えることで手一杯だ。
「脳筋、大いに結構! わしも脳筋、さあ! いざと覚悟し往生せい!」
 無明丸は牛頭の変異強化との激しい近接戦を繰り広げる。こいつの撤退までに時間はどれだけ残されているのか。
 そこで正彦が戦闘前にセットしていた時計のタイマーが鳴る。それは牛頭の変異強化の撤退まで残り1分を告げる音。
「時間がないっ。これで芯まで凍りつけ!」
 正彦は7.62ミリ魔導凍結弾で牛頭の変異強化の右腕を撃ち抜く。右手が使い物にならなくなった敵は左手へゾディアックソードを持ち替えようとするが、その瞬間を狙った憐の稲妻突き。
「左手も貰ったっす!」
「ブモオオ!」
 両腕が動かなくなり、ゾディアックソードも路上へと落ちる。なおも敵の闘志は衰えず、ケルベロスたちを近づけまいと頭部の角で威嚇してくる。
 ここで一気に仕留めるためにも、馬頭の罪人は抑えておかねばならない。
「俺様の相手をしてくれる奴ァどいつだ!」
「ん、こっちは抑えておくの」
「ローストしてあげる!」
 自らを癒やしつつ仲間を守る盾となったフォンの背後から、日和のグラインドファイア。燃え盛る劫火が馬頭の罪人を包む。馬の丸焼きさながらだ。
「いいかげんに倒れろっ」
 スウが惨殺ナイフで牛頭の変異強化をジグザグに斬りつける。この時、彼は敵の全身に刺青のような何かが浮かび上がり、青白く発光するのを見た。
「ブモーォォォ」
 それが何であるのか敵も察したか。変異強化エインヘリアルは出現から7分後に回収される。サルベージされた際に、出現から7分後に発動するような撤退用の術を予め仕込まれていたのかもしれない。
「絶対に逃がさないよ、バン!」
 重力崩壊を起こすグラビティコアを目標に打ちこむティの近接攻撃、その名も零距離。
 耐え切れず牛頭の変異強化は路上に膝を突く。しかし目は未だ生気を宿している。全身の青白い発光はさらに輝きを増す。
「もういっぱぁつっっ!」
 トドメとばかりに、無明丸がグラビティ・チェインを溜め込んだ拳で殴りかかった。
 しかし――拳は虚しく空を切る。


 ほぼ同時に正彦がセットしていた時計のタイマーがけたたましく鳴る。無情のタイムアップ、変異強化エインヘリアルは青白い輝きとともに何処かへと消え去る。
「……行ったか。ま、死神どもと仲良くやりな」
 炎に焼かれて全身から煙を燻らせるも、馬頭の罪人の顔には笑み。
 その馬面へと。無明丸は先程不発に終わった無明神話の一撃を、いいや、やり場のない拳を叩きつけた。
「貴様ぁ! 死してなお死神にコキ使われようとするかつての同胞! その扱いを! 無体とは思わぬのか!」
 吹っ飛ばされて地面に転がった馬頭の罪人だが、ゆっくりと体を起こし、砕けた奥歯の欠片を血の混ざった唾液と一緒に吐き出した。
「知るかボケェ! 俺ァ好きなように暴れる以外はどうでもいい! 死んだ後も暴れられるあの牛野郎が羨ましいくれェだぜ!」
 敵は瞳に闘志を爛々と燃やし、戦意を滾らせている。
「変異強化エインヘリアルの撤退こそ許したが、残ったコイツは倒さねばならない。皆、もうひと踏ん張りだ!」
 罪人エインヘリアルの撤退まで許せば市民に被害が出てしまう。
 仲間たちを励ます正彦は距離を詰めてきた敵へ逆に接近、肩をぶつけて間合いを狂わせる。彼は格闘のプロではないが、伊達に経験を重ねた肥満体ではない。
「回収の方法だけはしっかりと見ました! これ以上あなたを暴れさせはしません!」
 ティのハウリングが馬頭の罪人の足を止め、続いてその周囲へスウが目には見えぬ浮遊機雷をばらまく。直後に押される遠隔操作のスイッチ、無数の爆発が敵を呑みこむ。
「……力を貸してくれ」
「ん、後はお任せするの」
 ナザクからの紫百合の微笑、フォンからのルナティックヒールを受け取り、敵の前に躍り出たのは日和と憐。
「まとめてぶった斬ってやらァ!」
 振り回されるルーンアックスを掻い潜り、両者が繰り出したのは必殺の大技。
 阿遮一睨、そしてケルベロスビーム。
「ボクをこれ以上、怒らせるなよ!」
「これがケルベロスの真の力っす! くらえケルベロスビィィィーム!」
 阿遮一睨は敵の内部から気を乱して自壊させ、ケルベロスビームは敵を外から撃ち貫く。
「……けっ、ここまでか。楽しかったぜケルベロスども……俺が死神連中にサルベージされたら、また楽しく殺しあおうや……」
 凄惨な笑みを浮かべ、仰向けに倒れた馬頭の罪人の全身は塵のように崩れていく。
 変異強化の方こそ回収されたが罪人の方は撃破、市民への被害は未然に防いだ。多数の敵を相手に戦術的勝利を納めたと言えるだろう。
 スウは牛頭の変異強化が消えた場所に屈みこみ、その痕跡を調べていた。
 はたして死神どもはサルベージした戦力を用いて何を目論んでいるのか。
「……嫌な予感がするねぇ」
 目深に被った帽子のつばを指で掴み、彼は天を仰ぎ見る。
 夜空には、ただ星々だけが瞬いていた。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月12日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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