死神の招き

作者:秋津透

「ふう……生き返るわ」
 山梨県北杜市、八ヶ岳に近い山中。人里離れた森の奥で、源・那岐(疾風の舞姫・e01215)は深々と息をついた。
 ケルベロスとして、一族の次期族長として、そして愛しい人たちの妻として義姉として、目が回りそうなほど忙しい日々を送っている那岐だが、もともと森を愛する妖精族、シャドウエルフの出身。時には森の中で休息を取らないと、参ってしまう。
 ところが、清浄な気に満ちていた森の中に、不意に強い瘴気が流れ込む。不浄な存在……既に命を終えているのに動き回る者が現れたと感じ取り、那岐は鋭い声を発する。
「何者!」
「さあ、何者なのかな。死神ではあるけれど」
 思いのほか邪気のない声で応じ、十歳ぐらいの少年の姿をした死神が姿を現わす。
 その姿を見て、那岐は珍しくも息をのんだ。
「瀬那……兄さま……」
「ふうん、死神になる前の僕を知っているんだ……僕は何も覚えていないけどね」
 そう言って、少年は強い瘴気を放つ短刀を取り出す。
「でも、誰かが言うんだ。お前が受けるべきものを、奪った奴がいるって。それで、見に来たんだけど……うん、気に入った。とても気に入った」
 そして、少年の姿をした死神『瀬那』は、那岐を見やってにっこり笑う。
「君は、僕の妹なのかな? 僕が受けるべきものを奪った奴というのも、君のこと? まあ、何でもいいや。君をいったん殺して、僕と同じ死神……僕の眷属にして、ずっと一緒にいたい。さあ、僕と一緒においで」

「緊急事態です! 源・那岐さんが、幼くして亡くなったお兄さん……の姿をした死神に襲われるという予知が得られました! 急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることが出来ません!」
 ヘリオライダーの高御倉・康が緊張した口調で告げる。
「那岐さんは、山梨県北杜市、八ヶ岳山麓の森にいるので、今すぐ全力急行します! 一刻の猶予もありません!」
 そう言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場はここです。那岐さんは死神『瀬那』を一目見て、亡くなったお兄さんだと判断したようですが、死神の方は記憶がないようで、事実かどうかはわかりません。ただ、死神は那岐さんを殺してサルベージして、自分の眷属にするつもりのようで、絶対に阻止しなくてはなりません。強い瘴気を放つ短剣……惨殺ナイフを持ち、シャドウエルフと刀剣士のグラビティを使い、相手を催眠に陥れる呪文を、単体用と列用の二種、持つという難敵です。ポジションは、おそらくキャスター。那岐さんといえども、一対一で闘ったら危ないでしょう……まして、どこか気をのまれいるような様子なので、余計に心配です」
 そして康は、一同を見回して続ける。
「幸いというか何というか、敵は単体で、増援も呼びません。那岐さんを殺せば目的を果たして消えるようですが、そんな真似をさせるわけにはいきません。どうか那岐さんを助けて、死神を斃し、皆さんも無事に帰ってきてください」
 よろしくお願いします、と、康は深々と頭を下げた。


参加者
マクスウェル・ナカイ(ホテルガーディアン・e00444)
天導・十六夜(逆時の紅妖月・e00609)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)
烏羽・光咲(声と言葉のエトランジェント・e04614)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
吉良・琴美(白衣の悪魔・e36537)
レッヘルン・ドク(診察から棺桶まで・e43326)

■リプレイ

●死神との邂逅
「君をいったん殺して、僕と同じ死神……僕の眷属にして、ずっと一緒にいたい。さあ、僕と一緒においで」
 山梨県北杜市、八ヶ岳に近い山中。人里離れた森の奥で、昔、行方不明になった兄の姿をした死神『瀬那』に告げられた源・那岐(疾風の舞姫・e01215)は、ほんの一瞬目を伏せたが、すぐさま毅然とした表情になって言い放つ。
「申し訳ありませんが、例え瀬那兄さまのお誘いであろうと断固としてお断りさせて頂きます!! 私には一緒にいるべき大事な伴侶と義弟がいますから」
「ふうん……伴侶と義弟、か」
 死神は、わずかに眉を寄せて唸る。
「じゃあ、そいつらさえいなければ、君は僕と来てくれるのかい?」
「いいえ。瀬那兄さまとともに死神になり果てるのではなく、死神に身体を奪われている兄さまを解放して差し上げるのが、私の……妹の役目です。お覚悟を」
 言い放ち、那岐は自分自身に破剣の力を付与する。攻撃グラビティではなかったせいか、死神は攻撃を仕掛けることなく告げる。
「僕を解放する? 束縛されているつもりは全然ないけどな」
「それならあなたは、瀬那兄さまではなく、瀬那兄さまを束縛している死神、ということです」
 鋭い視線で死神を見据え、那岐が告げる。そこへ、高空から源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)が降下してくる。
「姉さん、無事だね!」
「ええ」
 那岐が応じ、死神が興味深そうな表情になる。
「義弟というのは君か?」
「ああ、そうだよ。姉さんは絶対連れて行かせないよ。それが瀬那兄さんの願いであっても、だ」
 そう言って、瑠璃は死神を見据える。
「死神に身体を奪われている瀬那兄さんを解放してあげること。それが義弟としての役目だから」
「……おやおや、彼女と同じことを言うんだね」
 くく、と死神は面白そうに笑う。
「君も感じがいいな。どうだい、君たち二人とも、僕の眷属にならないかい?」
「いいえ、謹んでお断りします」
 那岐と瑠璃が即答した時、天導・十六夜(逆時の紅妖月・e00609)が降下してくる。
「何、人の奥さん連れて行こうとしてるかな? ナンパは他所でしてくれ。まぁ此処から移動させる氣無いけど」
 口調は意図的に軽いが、十六夜の表情と眼光は静かに殺気立っている。那岐を連れて行くとか、ふざけた事ぬかす奴は抹消させる、と内心唸り、十六夜は喰霊刀「神裝【布都御魂】」で斬りつける。
「おっと……君が彼女の伴侶か?」
 十六夜の斬撃をふわりと躱し、死神は平静な口調で訊ねる。
「君たち三人をまとめて殺せば、未練なく僕の眷属になってくれるのかな?」
「眷属になるつもりも、そもそも殺されるつもりもない」
 十六夜が言い放ち、那岐と瑠璃がうなずく。
 そして、マクスウェル・ナカイ(ホテルガーディアン・e00444)が降下してくる。
「記憶もねぇとほざいといて、故人の振りがお上手な事で」
 言い放つマクスウェルに、死神は軽い口調で返す。
「ほう? 君は、故人というか、死神になる前の僕を知っているのか?」
「知らん」
 にべもなく言うと、マクスウェルは死神を睨み据える。
「遺体泥棒に言うのはこれで二度目か。那岐さんはうちの大事な客だ。絶対に渡さねぇ!」
 そう言って、マクスウェルはオリジナルグラビティ『光射す方へ(ヒカリサスホウヘ) 』を発動させる。
「我に流るる獣の血と盟約により、マクスウェルの名の下に命ず。秘めた輝きを解き放ち、我らに道を指し示せ。……モカ、アールグレイ、行け!」
 気合とともに、マクスウェルは二本のファミリアロッドを光り放つ二体の動物、1メートルほどの灰色兎と小さな褐色のハムスターへと変え、敵へと突撃させる。死神は躱そうとするが、彼らが走る跡に残る光が動きを縛る鎖となる。
「ぐっ!」
 ファミリア二体の体当たりを躱せず受けてしまった死神が、顔を歪めて呻く。
「よくも……やったな! 定命の者の分際で!」
 そこまでの余裕を一瞬で失い、死神は怒声とともにマクスウェルへと襲い掛かる。雷の力を帯びた鋭い突きを、しかし、寸前で瑠璃が飛び出して肩代わりする。
「瑠璃さん! 何で……」
「いや、ほら、ディフェンダーの庇いって自動だからさ」
 驚くマクスウェルに、瑠璃は苦笑で応じる。そこへ降下してきたリィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)が、那岐が負傷していたら彼女へ使うつもりだった気力溜めを、急遽予定変更して瑠璃へと放つ。
「ちょっと、あいつ、那岐さんに執着してるんじゃないの?」
「そうなんだけど、僕も眷属にならないかって勧誘された。もっとも、この傷はマクスウェル店長さんを庇ったからなんだけど」
 瑠璃の説明に、リィンは眉を寄せて死神を見据える。
「何やってんの? あんた?」
「僕は、いきなり攻撃してきた無礼者を成敗しようとしただけだよ。彼を傷つけるつもりはなかった……少なくとも、今は」
 死神はそう言って、瑠璃を見やる。
「謝ったりはしないよ。君が、この無礼者を庇うというなら、勝手にすればいい。容赦はしない」
「ああ、容赦なんか期待してないさ。もちろん、僕も容赦しないよ」
 リィンの治癒を受けた瑠璃は、微笑を浮かべて告げる。瑠璃が那岐たちの故郷にたどり着いたのは、瀬那が行方不明になった後なので直接の面識はないが、那岐から話を聞いて密かに憧れを抱いていた。もちろん那岐や仲間を殺そうとする死神なのだから、身に替えても斃さなくてはならないが、それはそれとして憧れの義兄に会えたのは嬉しかったりする。
(「この前のお祖母様みたいに、話もできない相手じゃどうしようもないけど……この死神は危険だけど不快じゃない」)
 瑠璃が内心で呟いた時、烏羽・光咲(声と言葉のエトランジェント・e04614)が降下してくる。
「死に別れた親族の姿を借りてまで近づこうとは……那岐の命、差し出すものですか! 私達が地獄の番犬としてお前を狩る!」
「いきり立つのは勝手だけど、僕は別に、彼女を騙そうとしたわけじゃない」
 不快そうに応じる死神を見据え、光咲はオリジナルグラビティ『双翼の幻想顕現(ソウヨクノハイパーファンタジア) 』を発動させる。
「右の翼に癒しの力を、左の翼に加護の力を……!」
 強く念じて翼で自分の身体を包み、光咲は自分の妨害力を上昇させる。
 そこへ、白衣をまとい紙袋をかぶった怪しい姿のレッヘルン・ドク(診察から棺桶まで・e43326)が、ナノナノの『ナノミン』を伴って降下してくる。
「迷い出たか、それとも迷わされたか。話を聞くに、貴方は天へ帰るべき方のようです。お覚悟を」
 エクスカリバール『ボコスカバット』を、予告ホームランをするように死神に向けてレッヘルンは言い放ったが、その後は『ナノミン』ともども、まだ回復が完全ではない瑠璃に治癒を行なう。
 そして、やはり白衣姿の吉良・琴美(白衣の悪魔・e36537)が、ボクスドラゴンの『カーマイン』を伴い降下し、辛辣な口調で言い放つ。
「くだらんな。一度死んだはずの者を蘇らせるなど私の美学には合わん。生命とは死をもって帰結を迎える。それを逸脱するということは生命体として不完全だということだ」
「美学? 定命者の美学に合わないといって、デウスエクスを否定するのかい? はは、傲慢を通り越して滑稽至極だね」
 琴美の言葉に対して、死神は鼻で嗤う。
「どうやら君たちは、定命者でありながらデウスエクスを殺せるらしいけど、だから定命者がデウスエクスより完全だなんて、どこをどうひっくり返したらそんな滑稽な独善を口にできるのかな」
「黙れ」
 この頭の沸いた死神には、この残酷な哲学を嫌になるほど思い知らせてやろう、と、琴美は精神集中で敵を爆破しようとしたが、軽く躱された。
 ボクスドラゴンがブレスを放つが、やはり躱される。
 そして、全員が揃うのを待っていた瑠璃が、自分を含めた前衛にオリジナルグラビティ『太古の月・煌(エンシェント・ムーン・トゥインクル)』を放つ。
「月の光の煌きを、皆に分けるね」
 瑠璃に秘められた太古の月の光の祝福が放たれ、前衛の命中力が上がる。
 これが、どれだけ強力で効果的な……敵にとっては恐るべき行動なのか、どうやら死神には把握できていないらしく、自分を攻撃したマクスウェルと、辛辣な言葉を放った琴美へと注意を向けている。
「惑っていればいいよ……そうすれば、たわごとも口にできなくなるだろう?」
 嘲りの言葉とともに、死神はケルベロスの後衛……メディックの琴美とスナイパーの光咲へと、催眠効果を持つ瘴気の風を放つ。
 ディフェンダーのレッヘルンが琴美、マクスウェルが光咲を庇い、死神が狙ったところへは被害が及ばなかったが、庇った方にはダメージと催眠効果が付く。
(「子供……なのですね。命を奪われた時、そのままに」)
 この攻撃、痛くないと言ったら嘘になるけれど、もっと効果的で、こちらにとって厄介な攻撃方法はある、と、那岐は言葉にせずに呟く。
 しかし死神……『瀬那』は、嫌なことを言ってくる目障りな相手を単純に攻撃してきた。どんなに高度で強力な技を使おうと、それは子供の攻撃方法だ。
 胸の奥に小さな安堵と哀惜の痛みを覚えながら、那岐はオリジナルグラビティ『風の戦乙女の戦舞・朱(セイクリッド・シルフィード・ダンス・カーディナル) 』を放つ。
「さて披露するのは我が戦舞が一つ……逃がしませんよ、兄さま!!」
 高らかに宣告すると、那岐は無数の朱色の風の刃を生じる戦舞を演じる。
「くっ……やるね、さすがだ」
 風の刃に刻まれながら、死神は凄絶な笑みを浮かべた。

●死神との訣別
「輝け! スターサンクチュアリ!」
 リィンがゾディアックソードを振り上げ、鋭い声で叫ぶ。本来、発声など要らない術だが、死神が頻繁に繰り出してくる催眠攻撃に対抗するには、状態異常への耐性を全員に手厚く施さなくてはならない。
「貫け! 武神の矢!」
 真似たつもりはないだろうが、続く光咲も気合声とともに二張重ねの妖精弓から矢を放つ。死神の肩口に、ずばんと矢が突き立つ。
 そしてマクスウェルが、好機とばかりにとっておきの一撃を放つ。
「行け! キマイラ!」
 二体のファミリアを同時に放つ『光射す方へ(ヒカリサスホウヘ)』に対し、ミラージュキマイラは二体のファミリアを一時的に融合して放つ。
 半透明の「幻影合成獣」が突撃し、死神に襲い掛かる。ダメージもさることながら、この技は催眠の効果を持つ。
「う、うわあっ!」
 死神の目の焦点が合わなくなり、振るった短剣が彼自身の腕を傷つける。
 そこへレッヘルンが、文字通りの追い打ちとばかりに、オリジナルグラビティ『偉大なる本塁打王(ワンチャン)』を放つ。
「葬らん!!!」
 本来は相手の攻撃を打ち返す技だが、今回は手元で発生させたエネルギー弾を敵に向かって打ち放つ。見事直撃を受け、死神が呻く。続いて『ナノミン』が、ハートビームで攻撃する。
 一方、琴美はダメージが残る者を治癒し、『カーマイン』は状態異常耐性をつけていく。
「曲がりなりにも医者だからな……救える命は見捨てないとも」
 攻撃をしても当たりそうな数値が見えんし、とは敢えて言わず、琴美は治癒行動に全力をあげる。
 そして戦況を見据えた十六夜が、那岐と瑠璃に告げる。
「那岐、瑠璃、俺達で止めを刺すぞ。楔の一端、此処で斬り砕く!」
 言い放つと、十六夜はオリジナルグラビティ『総餓天導流秘術【総刃蓮華】(ソウガテンドウリュウヒジュツ ソウジンレンゲ) 』の構えをとる。
「貴様の業貰い受ける。天導流神殺し……秘術・総刃蓮華」
「了解です!! 天導流秘術、総刃蓮華!!」
「行けるよ!! 天導流秘術、総刃蓮華!!」
「うわあああああああああああっ!」
 三人の達人が連携して放つ、連続居合の秘術。逃げも、躱しも、防御もできず、死神の全身が、何回にもわたって文字通り斬り刻まれる。
「……こ……これが……これが君たちの……ああ……できることなら……僕も……ここに……」
 譫言のような声を発した死神が、次の瞬間、ほとんど全身粉々に近い状態になって崩れ落ちる。ぶちまけられた血泥が、煙をあげて蒸発し、それに応じて瘴気が薄れていく。
 そして那岐が、深く頭を垂れて告げる。
「……さようなら、瀬那兄さま。私は十六夜さんと瑠璃と共に歩んでいきます。最後に、もう一度お会い出来て良かった」
「安らかに眠ってね、瀬那兄さん。僕、瀬那兄さんに会えて嬉しかったよ」
 瑠璃が殊勝な表情で告げ、十六夜は那岐の頭を撫でながら、一同に声をかける。
「皆、お疲れ様……皆のおかげで、那岐を護ることができたよ」
「ああ……無事で終わって何よりだ」
 死神に姿を奪われた那岐さんの身内が、いきなり続けざまに襲ってきたってのは、どうにもきな臭いが、と、マクスウェルは言葉にせず呟く。
 その思いを察してか、光咲が無言でうなずく。そしてレッヘルンが、穏やかに告げる。
「かの人は、これで救われたのでしょうか……ええ、救われたと信じましょう。さ、皆さん、帰ってご飯にしましょうか?」
「そうだね」
 十六夜がうなずき、上空を仰いでヘリオンを待つ。一同が黙り込む中、リィンが口ずさむ哀愁に満ちた鎮魂歌だけが森の中を低く流れていった。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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