深く暗い海底で、その洞窟は人工的な光を洩らす異質なものだった。
その光は洞窟の奥にある建造物から。その建物は不自然な騒音の源でもあった。不穏を報せる如く唸る音に揺れる水の中、建物からダモクレスの群れが出でる。
兵器を負ったヒトを模した艦が鮫型の同族達を従え出撃して行く。今しばらく此処は危険な場所となると察したかのよう、海が、生き物達が、ざわめいた。
近頃起きている、死神とダモクレスによる事件に関連した話であると篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)は言った。
多くのケルベロス達の協力を得、敵のとある基地の存在が明らかになったという。予測を立てた者の援護もあり、その所在は駿河湾海底であると判明した。
その基地は、鮫型ダモクレス『ディープディープブルーファング』を量産する工場となっているようだ。
「ダモクレスの作戦基地の一つでしょうね──という事で、今回あなた達にはこの基地を壊して来て貰いたいの」
深海であれどケルベロス達であれば敵と戦うのに支障は無い。が、ヘリオンで皆を届けられるのは研究所直上の空まで。
「幾らあなた達でも、潜水装備とかはあった方が楽でしょうから……、特にこだわりとかが無いようなら、わたし達の方で一通り用意させて貰うわね」
敵の基地は海底洞窟の内部にあるという。ケルベロス達が近付くとダモクレス達が迎撃に出てくるようだ。
「あなた達に相手をして貰うことになるのは、潜水艦型が一体と、鮫が……五体前後、かしら。敵が特にあなた達を脅威だと判断した場合は、鮫が多めに寄って来るかもしれないわ」
見るからに強そうであるとか、敵の注意を惹くよう派手に動いていたりとか、移動が特に速いとか。基地を脅かす者と見なされる事でより多くの敵を惹きつける事が出来たなら、他のチームの負担を軽くする事が出来るかもしれない。そうして全体に余裕を作れれば、より良い戦果を望み得るだろう。
迎撃に出て来た潜水艦型ダモクレスの過半数を倒す事が出来れば、基地の自爆を誘え、作戦成功となる見通しだという。また、これらに率いられるディープディープブルーファング達は死神の因子を持たぬとのことで、個々の戦闘力は高く無いが、数ゆえに油断は禁物。無事に基地を破壊出来れば、ダモクレス達は戦意を削がれ、ケルベロス達が撤退に動いたとしても追撃は無いと見て良さそうだ。
「勿論、あなた達に余力があるようなら、殲滅して貰えたら安心だけれど。……ただ、戦いを続けるとなれば同様に反撃を受けるでしょうから、あまり無理はしないでくれると助かるわ」
説明を終え、仁那は小さく息を吐いてのち、口の端を上げた。
「これが上手く行けば……すぐに、というのは難しいかもしれないけれど、市街地での事件の被害を抑えたり、収束させたりとかもし易くなると思う。どうか気を付けて、お願いね」
参加者 | |
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フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172) |
レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448) |
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468) |
シルク・アディエスト(巡る命・e00636) |
神宮時・あお(囚われの心・e04014) |
百丸・千助(刃己合研・e05330) |
黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471) |
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558) |
●
水を蹴り、暗く冷たい世界へと。蒼く熱持つ翼でも水を御す友人を参考にしつつも水圧に顔をしかめた百丸・千助(刃己合研・e05330)の視界を、特別な事をせずとも甲冑の重みで沈んで行く黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471)が過ぎった。
(「アレ良いな……でも帰りが大変か」)
視線で追った先には、自前の潜水着に身を包んだフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が、神宮時・あお(囚われの心・e04014)を抱えて進む姿。重いボンベを持たずとも済む支度を調えたは良いものの、すれば己の軽さが障害となり上手く沈めずにいた少女は、布越しとはいえ他者の体温と感触に戸惑い現在地蔵と化していた。
やがて、先行していたシルク・アディエスト(巡る命・e00636)が、つるりとした足甲を変形させて減速し、点灯した照明を仲間達へ向け振った。ここから先は洞窟内、レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)が彼女と共に前方の警戒を担う。
彼らの目的の一つは敵を惹きつける事。アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)は出力を上げた照明を巡らせた。照らされ浮かぶ岩肌が道を成し、その先は光を呑み込む暗い闇。幾つも灯りを用意しているとはいえ、良いとは言い難い視界の中、彼らは注意深く周囲の状況に気を払う。既に此処は敵地。急ぎたいところではあったが、不覚を取るわけにはいかない。奇襲を警戒し、盾役を先頭に纏まって壁沿いに進む事を基本とすれば自然、速度を犠牲にする形で慎重に進まざるを得なかった。
(「こんな海底にわざわざ、なんて気になるところっすけど……動力とかどうしてるんすかねえ」)
前方の闇の先に在るという敵の基地を思い篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)は、地熱か水力か、などと漠然と推測を。何事も無く、とは行かない事は判っていて、その上で、想定外の危機に陥る者が出なければ良いがと彼は周囲の仲間の様子を気に掛ける。
あおは、壁と翼を用いる事で自在に動けるようになりつつあった。鋼は跳躍を交える事で同様に。後方の警戒は千助とガジガジを頼れば良さそうだ。両の手に得物を提げるフラッタリーはいつでも戦いに移れると言わんばかり。迷子も体調不良と思しき者も無し。
ただ、
(「精度は期待出来そうにないですね」)
受信機を確かめシルクが嘆息した。機械音──基地の作動音は洞窟に反響し、遠い此処にも幾重にも。敢えて音を発し敵を惹きつけようとする他班の動きもあり、音を頼りに状況を探るのは難しそうだ。
進入して暫しすると、水が色を帯び視界が開け行くように感じた。のは、ケルベロス達が持つ照明のためばかりでも無い。標となる敵の基地に近付いて来ているのだ。
仄明るい海中を迷わず進み、やがて水を打つ音の接近を彼らは感じ取る。同時に、取り違えようも無いほどの、殺意とでも呼ぶべき緊張を。
初めにその姿を確かめ得たレクシアが赤色の照明を点灯する。そのまま翼を広げる彼女に代わり、後続の者達が同様に報せを伝えた。
手すきの者が前方へと白い灯りを向ける。飛来する魚雷の向こう、鮫達を従えた艦の姿を認めた。
●
減速した艦を追い越す形で迫る鮫達が集う箇所へとレクシアが蒼熱を放つ。彩るのは杖振るうフラッタリーが巻き起こした朱獄の奔流。同時に彼女が外したボンベが大刀に打ち壊されて、爆ぜた気体は熱をより盛らせる。
(「ボンベは弁償ですわねぇー。怒られてしまいますかしらー?」)
肌を叩く衝撃を間近で浴びながら地上へ束の間思いを馳せた彼女の額には地獄が揺れる。その金瞳は渦を巻く湯を見、乱れ舞い散る光の色を見。存外派手に連鎖を起こした様はまあ及第点、などと紅唇は艶やかに笑う。その裏に理性は、各所での狂宴の裏に隠密行動を試みるという別働隊達が上手く動ければ良いと思う。
アンノの術により爆ぜた熱が鮫の合間を縫い艦を襲う。担い手は口の端を上げ、海の薄闇へ囁いた。
──女の子をイジめる趣味はないんだけど、ボクたちも負けられないんだ。ごめんね?
応じて水流を制し艦を護らんと動く鮫達へは、シルクの砲台が弾を撒く。
(「中衛が多いですね……」)
あおが金の、佐久弥が銀の光を散らし前衛達を援護する中、千助が鎌を、ミミックが質量持たぬ刀を振るう。狙い定めたただ一体の敵前衛は、他の個体の動きに注意を払っているその様子から盾役を担う者とケルベロス達は判断した。備えた鞭めいた部位を用い防御を固めるその鮫を、護りごと害すのは鋼が放つ光線。
(「総数五。──他の陽動部隊が数を引き受けてくれたか」)
この場の鮫は四体。付近に増援の気配は無し。見て取り彼は眼前の敵へと意識を集中する。まずは連携を崩す。一体ずつ確実に数を減らし殲滅をと。
だがダモクレス達とて外敵たるケルベロスの進攻を阻むために出撃して来た者らだ。艦の指揮下にある鮫達は、数で勝る彼らの動きを阻み自在に動けなくする事を主目的としているようだった。鞭が前衛を薙ぎ砲撃が後衛の射手らを狙う。痛みそのものより、四肢を重くする後遺こそが軽んじ得ぬと被弾した者達は悟り警告を発した。
(「厄介っすね。気合い入れて行かないと……」)
佐久弥の靴が淡く花色を灯す。皆を案じ目を向け水を蹴らんとする彼へしかし、鮫達の後ろから艦が魚雷を撃ち放つ。射手の鋭い一撃に、されど青年は痛みなどせぬとばかり眉一つ動かさず。
──伊達に普段前衛で体張って無いっすよ。
常の彼は、その体で以て愛おしむべきものたちを護る為に。今は、前を往く仲間達を活かし支えるべく。癒しを花と変え、暗い水を柔らかに彩る。まずは比べれば傷の深い、傍の射手達へ。中衛により金光の加護を得た前衛達は、未だ保つと信じた。
その中衛を務めるあおは、数の多い敵中衛に目を留めつつも、熱に侵すならば焦りは禁物と、此方を攪乱するかのよう忙しく泳ぐ盾役へと狙いを定めた。水底の嘆きに耳を傾け、唄い、呪う。軋むように鮫が動きを止めた刹那、それを鋼の砲撃が金属片へと変えた。
敵数は危惧したほどでは無いものの、妨害に専念する中衛達は三体がかりで広範囲へと被害を撒き散らす。シルクの武装が唸り、レクシアの翼が熱を上げ、仲間を護りに舞う様が海中に軌跡を描く。目に明らかである事は、地上のように自在には声を掛け合えぬこの場において連携を容易くはしたけれど──それでもここは己が領域とばかりに敵達はケルベロス達を突き崩さんとする。渦巻く水流に眩むその奥からは、艦だけに狙いを定めるアンノを警戒して鮫の鞭が彼を穿ち来る。
ただ、敵がそうした特徴的な動きを見せる以上、此方も護りを固めるべき要所が判る。盾役達は目線を交わし、補い合うべく身を翻す。その隙間を通し放たれた千助の鎌が、鮫をまた一体沈黙させた。敵を焦がし害意を集める友人を護る助けにとその一撃は鋭く。
同様に攻撃役達は、自身を顧みる事は仲間へ託し切り込んで行く。数を減らした鮫は最早個別に対応すれば十分と炎杖を退げたフラッタリーは、三体目の鮫肌を爆ぜさせた。敵の砲撃を浴びた体は軽やかに動き得るとは言い難かったが、それを支える手の確かさは疑うべくも無い。佐久弥の術によって濃く降り積む花の色が、負担の大きい彼を援護するレクシアが放つ極光が、暗く寒い海を温かに照らす。
そう、足下を掬われぬようにと用心すれば、殲滅速度は決して優れているとは言い難かったが、ケルベロス達の戦いは危なげなく着実に。赤熱する焔大剣が、砲台から放たれた術弾が、獲物を焦がし、引き裂き、鮫達を沈めて行った。
──二度と浮き上がれない昏い場所へ。……お休みなさい。
また一つ死を刻んで、妖精の娘が微笑んだ。
●
前中衛を排除して、残るは鮫達を率いていた艦ただ一体。だが、熱と光を伴う大技を彼女へ喰らわせる事は、射手として慎重に狙いを定め得る間合いで立ち回る者達以外には、容易い事では無かった。蒼白の熱が盛れど、くろがねの砲台が爆ぜれど、闇に沈む海流は水中活動に適したつくりのダモクレスへと味方する。
(「動きを止めねばなりませんね」)
だが、戦いに熟達したケルベロス達は多くを語らず息を合わせ得る。壁面を蹴ったあおが敵の死角へと舞う姿を、フラッタリーの大剣が眩ませる。熱持つそれが振るわれるに合わせ、シルクの砲撃が眩く辺りを照らした。幼く細い脚でのしかし重い蹴りによる傷の痕を、より深めてかの身を苛むのは千助の刀。真空を生じさせ敵を抉るそれが敵の装甲を裂いて行き、アンノが唱えた術が色無く獲物を襲う。
(「これなら行けるっすかね?」)
佐久弥が御した銀の色が加護を織る。灼けた肌の痛みの代わりに、地獄の色して翻る翼へ活力を、重厚なれど精密に動く黒鎧の腕へより繊細な知覚を。
──逃しません。
ゴーグル越しなれどレクシアの瞳は強い意思の力にきらめいた。大剣が重く冷たく敵装甲を砕き、担い手の存在を見過ごし得ぬ脅威と知らしめる。過ぎる損傷に自らの修復を試みる敵へと鋼が撃った光線は、射手たる慢心を戒める──修繕がそうであったように、ただ速さに任せた射撃が来るのであれば、容易く喰らうケルベロス達では最早無い。
星めいて流れる蒼色に惹かれる如く、敵の砲撃が翼翻す盾役を襲う。炸裂した痛みは娘の身を深く傷つけて、案じる声があがったけれど。
──まだ、飛べます。
(「それよりも──」)
悲鳴をあげる体をおして、彼女が仲間を顧みる。敵とて既に随分と参っている。
──お願いしますね。
だから、託して微笑んだ。彼女が決して墜ちる事の無いよう、最後まで共に舞い得るよう、佐久弥が炎を結び、息吹を紡ぐ。
(「路を。愛を。その生命に祝福を──」)
治癒の専門家ほどの腕は無いと謙遜しながらそれでも青年は身に宿す熱を盛らせて、その身に叶う精一杯を。言祝ぎを受けた彼女の信頼に応えるべく、岩を蹴り翼を御し舞った千助が刃を振るい敵の護りを崩す。
(「援護を──」)
唸る砲口に術を込めてシルクが水をくすぐり獲物を震わせるあやかしを放つ。汝その身は──詠唱に問うて、悪意無く害すさざめきを。追い詰められ水を打ち間合いを稼がんとする敵を、携えた剣の重さなど無いかのような速度で追ったフラッタリーが、その目に標的を捉え捕食者めいて笑う。
陽光届かぬ海中にあって、されどこの場は煮え立つ如く。標的を苛む傷は深く、火器をも焦がす地獄は煌々と滾る。
とはいえそれとて不自然の末。避けられない終わりは、熱持たぬ光で以て。眩い中和光弾を撃ったアンノは常と同じに微笑んだまま、砕かれ沈み行く艦を見届ける。
──バイバイ。
束の間の事めいて軽やかに告げられた別れの声は、光を呑み込み深色に沈む水に溶けた。
●
たゆたう金属片となったダモクレス達の骸。最早何をも為せぬそれらへ、鋼は無言のままに銃口を向けた。軋り爆ぜる音が鈍く水に響いてのち、佐久弥が彼の意を問うた。頷きとも祈りともつかぬ風、小さく顎を引いた鋼は、弔いだと答えた。かつてダモクレスであったレプリカントの一人として思う事もあるのだろうと、黒鎧の手が散った者達への敬意を示す様を見た者達は思う。
(「死神達が大人しくしていてくれたなら良いのですが」)
無骨な葬送を見届けて、シルクが目を伏せた。
ケルベロス達の負傷は、概ね軽く済んだ。例外にあたる盾役達の傷を取り敢えずはと、千助が竜の吐息に熱を乗せ、アンノが身に宿す力を霧と紡ぎ、治癒と成した。
──皆様大事なきご様子ー、何よりですわぁー。
自分達に問題が無いとなれば、後は別働隊達が気懸かりだった。状況を把握すべく視線を巡らせる。
その中で、死神の駒とされる鮫達を産むというかの基地へ、あおがそっと目を向けた。遠く望み得るそちらへと同じく視線を遣った鋼は、甲冑の下で目を瞠る事となった。驚愕したよう挙動を止めた彼に気付いた者達が彼らの視線を追った、その先。
基地から洩れて海中を照らしていた光のちらつきが激しさを増す。その発生源を注視すれば、不自然に煙る水の様と、それら現象の理由が判った。
爆発が起きたのだろう、基地が崩壊を始めていた。すれば自ら壊れて行く建物の破片や、その影響で生じた水の流れが、基地があった場所を覆い隠して行く。水を介し伝わる衝撃に悲鳴をあげた岩々は最早洞窟の形を保ち得ず、此処に在ったものを消し去らんとするかのように重力に惹かれ唸る。
遠目に、との事とはいえ、その光景にケルベロス達は束の間言葉を失って。
ややの後、作戦目標たる基地の破壊が成ったがゆえとの実感を得、彼らはまず安堵の息を吐いた。
作者:ヒサ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年9月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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