智の蹂躙を阻止せよ

作者:柊透胡

 早朝――兵庫県神戸市は山手の方面に位置する大倉山公園に、忽然と現れる2つの影。
 片や、赤い翼を広げ髪には花を咲かせた女性。その表情は携える鎌刃のように冷ややかだ。
 他方、全長5m程の機械鮫。鋼の牙を剥く頭部はヘルムをコミカライズしたようにも見えるフォルムで、硬質なメカ触手を存外滑らかに蠢かせている。
 徐に、女性の繊手が機械鮫に何かを埋め込む。一見、球根にも見えたそれは『死神の因子』。
「お行きなさい、ディープディープブルーファング。グラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺され……私の研究の糧となるのです」
 ――――!!
 耳障りなハウリングが轟く。自らも機雷の如く、胸ビレを広げ、尾ビレを翻し、宙を疾駆する機械鮫。その行く手に在るのは――中央図書館。9時過ぎには開館しており、到達する頃には既に多くの人々が利用しているだろう。
 そして、機械鮫――ディープディープブルーファングを見送赤い翼の死神は、その姿が消えるまで冷淡な表情を浮かべていた。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 ヘリポートに集まったケルベロス達を、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は静かに見回した。
「兵庫県神戸市に、『死神の因子』を埋め込まれたダモクレスが出現しました」
 ダモクレスは全長5mの鮫型で、空中を泳ぐように移動している。一般人と遭遇すれば、虐殺は必至だ。
「本件は、これまでの死神の因子の事件と些か異なる背景がありそうですが……皆さんの為すべき事は変わりません」
 死神の因子を植え付けられたダモクレスを撃破し、死神の目論見を阻むのだ。
「この鮫型ダモクレスは、ディープディープブルーファングと呼称されているようです」
 武器は『メカ触手』と『サメ魚雷』、そして、ハウリングのような咆哮を上げる。
「ダモクレスは大倉山公園に出現し、中央図書館を目指して疾駆しています。公園内にある野球場が迎撃ポイントに適しているでしょう」
 中央図書館は9時過ぎには開館しており、夏休みの終わりという事もあって、朝から多くの人々が利用している。野球場を突破されれば、大きな被害が出るのは想像に難くない。
「必ず、このポイントで撃破して下さい。又、これまで死神の因子を植え付けられたデウスエクスは、撃破されると彼岸花のような死の花が咲き、死神に回収されるという特性がありましたが……今回のダモクレスには、そういった特性はないようですね」
 ただ野に放たれては使い潰されるダモクレス――黒幕の死神の意図は、今のところ不明だ。
「死神の動きは不気味ですが……まずは暴走するダモクレスを止める事が、最優先事項です」
 或いは、ディープディープブルーファング自体、まるで死神を模したような魚類型であるのにも、何らかの理由があるのかもしれない。
「そう言えば、中央図書館は神戸市で随一の蔵書数を誇ります。一仕事の後に宜しければ。ちょっとした読書の時間ぐらいでしたら、融通します」


参加者
水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
秋芳・結乃(栗色ハナミズキ・e01357)
小車・ひさぎ(約束カラット・e05366)
レオン・ヴァーミリオン(火の無い灰・e19411)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)
交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)
黒焔・白屠(ボーダーライン・e64592)

■リプレイ

●8月31日朝
 兵庫県神戸市。山手方面にある大倉山公園には、様々な施設がある。野球場もその1つ。
 8月31日朝――マウンドに、野球チームに少し足りないケルベロス8人。幸い、一般人の姿はない。
「手間が省けたね」
 ホッとした風情のウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)。予知が歪まぬよう、一般人を避難させながらの戦闘も少なからず。だから、最初から戦いに専念出来るのは、ありがたい。
「念の為、出入口を封鎖してくるね」
 キープアウトテープを取り出す秋芳・結乃(栗色ハナミズキ・e01357)。
「あたしも手伝うんよー」
 最初は任せようと考えていた小車・ひさぎ(約束カラット・e05366)だったが、広い野球場だ。手は多い方が絶対に早い。
 2人が正反対に駆け出す間、6人は油断なく、鮫型ダモクレスを待ち構える。
「鮫、今が旬なんですか。最近よくお見かけしますねぇ」
 柔和な表情と口調で、頬を掻く交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)。中央図書館は、野球場から相当近い。突破されれば、被害は必至。8月の晦日に及んで、誰の夏の思い出も悲惨にしたくない。
「鮫~鮫~、何処かの映画っぽいよね! 空を泳いだりとか、降ってきたりとか!」
 敵は量産型でもけして弱くないが、水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)は寧ろワクワクした様子。
「その内、首が3つになったりしないかな?」
「いやぁ……何処でも言われてるだろうけどさあ。Z級鮫映画かよ。『機械』になったくらいじゃ珍しくないけど」
 軽口に凶刃が見え隠れ。レオン・ヴァーミリオン(火の無い灰・e19411)は剣呑に眼を眇める。
「え? 詳しく知りたい? 君は僕に『鮫映画は拷問器具になり得るか』って実験をさせたいのかい?」
「……僕、何も言ってませんけど」
 身長20cm差を見上げ、黒焔・白屠(ボーダーライン・e64592)は上目遣い。寡黙な性質でもなさそうだが、ずっとだんまりだった。初陣で緊張しているのかもしれない。
「ま、本丸の製造工場にも攻め入る作戦が立てられたし、漏れなくブッ破する為にも、ここで1匹は仕留めねぇとな」
 決意を口にしながら、軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)の目は開いた本に。タイトルは「サルでも4番でピッチャーになれる」。野球場が戦場という訳で……形から入るのは、多分悪くない。
「お待たせ! ばっちり封鎖してきたよ」
「こっちもOK」
 結乃とひさぎが戻って程なく。
 ――――!!
 果たして、フェンスを飛び越え、機械鮫が飛び込んでくる。
(「推進器でも破壊したら止まらないかなー」)
 ふと思い付くレオンだが……敵はダモクレス。地球の機械工学の範疇外だ。実際、ダモクレスの推進器など見当もつかない。
「うわぁ、『宙を疾駆』とか、某超大国のB級映画じゃあるまいし、だよね!」
 憤慨の表情でリボルバー銃「KAL-M13 “MillwallBrick”」を構える結乃は、鮫は生態機能美が命! と主張する。機械の鮫なんて、邪道中の邪道だ。
「まあ、最後は退治される事になるから、いいのかなー……?」
 白屠より広がるバイオガス。当人は意図を明言しなかったが、恐らく黒幕対策だろう。
 グラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されて研究の糧となれ――それが、ディープディープブルーファングを放った、黒幕の企み。『糧』とするシステムは明らかでないが、『外』からの視線は遮った事になるか。
「黒幕は、死神だっけ?」
 風に煽られた炎のトライバルが印象的なウエスタンブーツ――エアシューズ「Wind & Fire」よりローラーを出し、ひさぎも臨戦体勢。
「死神にも自由研究があるんでしょーかね」
 小首を傾げながら、バスターライフルを握り締める。
「残り少ない夏休みの朝を、鮫なんかに邪魔させないんよ!」

●ディープディープブルーファング
 ――――!!
 ケルベロス達が動くより早く、耳をつんざくハウリングが響き渡る。
「早速ありがとっ」
「あなたは攻撃することだけ、考えればいい」
 咄嗟に結乃を庇った麗威は、頼もしい笑顔で頷く。幸い彼に厄は及ばなかったが、グラグラ揺れる視界に思わず頭を振るウォーレン。白屠も顔を顰める。
「ねぇねぇ、一緒に遊ぼうよ~」
 ケルベロスの1番手は蒼月。無邪気な声に呼ばれるように、機械鮫の背後に浮かぶ大きな影。だが、閃く爪牙は空を切る。
「流石に、初めから無理かー」
 部位狙いはスナイパーならでは。鮫の弱点の目と鼻が、ダモクレスにも有効か試したかった蒼月だが……量産型と言えどデウスエクスに、そう簡単に命中はしない。
(「図書館で鮫に泳がれると困るよね。相応しい場所へ送ろう……冥府の海へ」)
 ウォーレンの螺旋掌は、本来ならば得意技だ。それがまさか、外れようとは。揺れる視界が目測を誤らせたのだ。
 チラと、仲間を窺うレオン。実戦経験からすれば、レオンは3番手。スナイパーの蒼月は先に動いているが、ひさぎはまだグラビティ発動の体勢を整え中。寧ろクラッシャーの結乃の方が速そうだ。グラビティ発動の兼合いで「攻撃を遅らせる」行動が不可ならば、ひさぎを待つのは初手を放棄すると同義。寧ろ不本意と判じて、簒奪術式を編む。
「ああ、僕の事は取るに足らない塵と思ってくれて結構」
 軽口を叩くレオンの影より飛び出した鎖は空を切って霧散する。「当てる」事を意識する一方、悪性因子・無限縛鎖はレオンが準備したグラビティの中で最も命中率が低い。やはり、仲間との連携は不可欠と実感する。
 双吉のゾディアックソードが守護星座を描く。ダメージの程は眼力では測れない。見極めんとするのは、メディックとしての観察眼だ。敵のハウリングは範囲を冒す。だが、ディフェンダーらのダメージも、スターサンクチュアリで癒しきれていない。となれば。
「鮫はクラッシャー、だね」
「よし、気合入れてヒールするぜ!」
 ウォーレンの判断に、双吉も同意する。
「出し惜しみはしないよ。とっておきを……あげるっ」
 瞳孔をも絞り切る集中の果て、結乃は至近距離からリボルバー銃を撃つ。特殊なグラビティ弾の初速と貫通性を高め、高破壊力を叩き出す。
 だが、ケルベロス全員の攻撃が命中する事こそが肝心。
「ここから先は、行かせないんよ」
 挨拶代わりの警告と同時、ひさぎのバスターライフルの光条が、敵を鈍らせんと奔る。
 部位狙いは叶わずとも、弱点を貫かんとする気概を込めて。続く麗威の怒號雷撃は、辛うじて鮫のヒレを掠めて飛んだ。
(「まあ、機械鮫の弱点が、目鼻とは限りませんが」)
 幸い、守護星座の加護がハウリングの厄を掃ってくれた。それでも、白屠の技の命中率は5割にも満たぬ。だが、まず攻撃しなければ決して当たらない。ハクビシンの尾を揺らし、ゲシュタルトグレイブに地獄の炎を纏わせ、白屠は突撃を敢行する。
「っ!?」
 ブレイズクラッシュを半身でかわし、機械鮫の眼がギラリと輝く。
 ブンッ!
 メカ触手に切り裂かれ、歯を食い縛る白屠。武器を落としそうなるのを必死に堪える。
(「目を付けられた!?」)
 後衛から敵を注視していた蒼月は、その不穏な視線に顔を顰める。デウスエクスとて眼力を具える。命中率から実戦経験の差は量られているだろう。今回の敵は遠距離攻撃を持つ。何処にいようと、という節もあったが……蒼月は心配顔で、ドラゴニックハンマーを担ぎ直した。

●智の蹂躙を阻止せよ
 ウォーレンのメタリックバーストが前衛の超感覚を覚醒させる。
 蒼月の轟竜砲が轟き、ひさぎのスターゲイザーが翔ける。敵を封殺せんとレオンのサイコフォースが爆ぜ、麗威のフロストレーザーが機身を凍らせんと。同じく、バスターライフル「KAL-M13 “MillwallBrick”」を構えた結乃より、冷凍光線が発射。白屠も懸命に拳を繰り出した。
 命中率が万全でなくとも、率はけして零ではない。果敢に攻めるケルベロス達。
 一方、機械鮫の標的は案の定、白屠に集中した。気を引くように派手に立ち回るウォーレンだが、怒りの技でない限り、敵の狙いを強制するのは相当に難しい。
 敵なら尚更、クラッシャーの火力は脅威。早々に双吉は咎人の血を与え続ける事になった。時に、他からヒールの援護が飛び、白屠自身もシャウトして凌ごうとするが、回復に限度がある。又、回復に手が回ればその分、火力が減じる。戦闘が長引く事になろう。
「間に合え……!!」
 そして、ディフェンダーが常に庇えるとは限らない。サメ魚雷は回避せんとする白屠を追って弧を描き、麗威が動くより早く爆発する。
「……」
 声もなく崩れ落ちた。1人仕留め、ダモクレスはケルベロス達を睥睨する。
「くそっ!」
 思わず毒づいた双吉の掌中に、時空凍結弾が現れる――第1弾、投げました!
「……えぇ?」
「悪かったな。孤独な学生生活だったから、チームスポーツの経験とかないんだよッ!」
 あらぬ方向へ飛んでいく時空凍結弾……知己のひさぎの視線に、双吉は逆切れの呈。どんな理屈かやたらと曲がり、何だかんだで鮫に命中したから、まあ良しとしよう。
 ――――!!
「少しは静かにしたらどうなんよ!」
 再びの轟音が後衛を襲う。ハウリングの応酬に、ひさぎの早撃ちは機械鮫の鼻先を狙うが、僅かな視界のブレは確かに悪影響を及ぼしている。
 次の標的はひさぎか。後方に立つお陰でメカ触手は届かず、代わって執拗なハウリングに耐え、スナイパー2人は足止めの技で対抗する。
「ま、取るに足らぬと侮って、気付いた時には何もかも手遅れだがね」
 戦術超鋼拳を叩き込み、装甲を削るレオン。ジャマーの攻撃は、当たれば厄も重い。
「やった!」
 ケルベロスの弛まぬ尽力の末――漸く、蒼月の渾身の一撃が鮫の目に爆ぜる。思わず快哉の声を上げたが、敵の動きは何ら変わりない。ディープディープブルーファングに対しては「何か有効な局面」に至らなかったようだ。
 それでも、少年の一撃を合図に、ケルベロスらの攻撃が殺到する。
「今日も銀河に雨が降るから、一緒に泣いて――踊ろうよ?」
 ウォーレンに降り掛かるのは、天気雨ならぬ『涙をもたらす雨』。酒涙雨に我が身を紛れさせ、幻惑的な動きで敵を翻弄する。
「お前が空を泳ぐ魚ならこっちだって」
 息巻いて、ひさぎは端的に口にする――花房。半透明の金魚のような愛らしい御業は、苛烈なる炎弾を放つ。
「嗚呼、もう……止められない」
 結んだ雷は、心の奥底に潜む赤き怒り。四肢に纏い、麗威は間合いを一気に詰める。機械鮫の敵の顔面目掛けて、豪快な重撃を叩き込んだ。
 ギシギシと鋼の牙を噛み鳴らし、機械鮫は初めて身を捩らせる。
「死神の狙いはどうでもいいが、殺すまで計算に入ってるのは……利用されてる感満載で少し業腹だ」
 漸く見えてきた終焉に、レオンは不機嫌そうに眉を顰める。
「だから、こいつだけは此処で潰す」
 ハンドルに鴉と五枚花が刻まれたナイフの薄刃が、ジグザグに変じる。斬り掛かり、その傷口もズタズタに刻まんと。
「形質投影。シアター、顕現ッ!!」
 黒液投影・遡行せし混成の天魔――時空に干渉するオラトリオとしての性質を投影した双吉のブラックスライムが、疑似デウスエクスを象る。凶悪な姿から繰り出される一撃は、仲間が付けた傷口を更に抉っていく。
「今度こそ!」
 ひさぎを狙ったサメ魚雷を、ウォーレンが叩き落した次の瞬間。一気に肉薄した結乃が、正確に機械鮫の頭部にリボルバー銃を突き付ける。
「じゃあね」
 間髪入れず、銃声が響き渡った。

●朝の読書
「フカヒレよこせ~って、機械だから食べられないか。他に面白いの無いかな?」
 どういう仕組みなのか、と興味津々に覗き込む蒼月の目の前で、機械鮫の骸は砂のように崩れ去る。
「大丈夫か?」
「何とか……」
 戦闘が終わり、白屠を気遣う双吉。生憎の初陣となってしまったが、少し休めば動けそうだ。サメ魚雷は確かに強烈だったが、重傷とならずに済んだのはディフェンダーであり防具耐性が合致したお陰だろう。
「次は……現状回復?」
「これ、ローラーとかで整地した方が良いのかな」
「え、かるーくで良いんじゃない?」
 手分けしてヒールして回り、或いはレーキやコートブラシで戦闘の跡を消していくケルベロス達。ちなみに、ウォーレン曰くの通称「コンダラ」は、牽引ではなく押して使うのが正しい。
「お疲れ様でした」
 そのまま帰還する白屠と別れ、他のケルベロス達は中央図書館へ。仕事の後の読書の時間だ。
「わぁ、おっきい!」
 思わず目を瞠る結乃。中央図書館は1号館と2号館からなる。各階様々なコーナーがあり、カフェや閲覧室もあるようだ。
「市内随一の蔵書って聞いたけど……」
 少女は好奇心旺盛にきょろきょろと。図書館なので勿論貸出も可能だが、館内閲覧のみの図書も多いようだ。
 1号館1階はポピュラーライブラリー。児童図書コーナーや図書館所蔵の情報媒体を視聴出来るコーナーもある。
「本がいっぱいある場所って落ち着くー」
 ウォーレンのお目当てはレシピ本。愛しい彼が魚好きで、つい魚料理の本を探してしまう。
「鮫料理……?」
 思わず手に取った。作るかは兎も角、未知の事柄に触れるのは好きだ。
 レオンが探すのも、料理の本。やはり、彼女に美味しい料理を作ってあげたくて。
(「色気より食い気だもんなぁ」)
 脳裏に浮かぶ面影に、思わず笑みを零す。
「写真集や画集は……あ、この辺かな~」
 書架の林を覗いて回り、漸くお目当ての一角に辿り着く蒼月。蔵書検索システムを使えば簡単だけど、これはこれで探検のようで楽しい。コーナーを探し当てた次は、画集の中身を吟味する。
「人物じゃなくて風景メインで……建物とか路地裏とか」
 双吉が探すのは、野球の教本。戦闘時のピッチングがあんまりにあんまりだった反省も込めて。
「学に欠けるから難しい本は苦手さんだぜ……」
 ずらっと並ぶ蔵書の多さと、ついでに開いた頁の専門用語の羅列に眩暈がしそうだ。
「えっと、17年前の……」
 新聞コーナーは、1号館2階。調べ物に来たひさぎは、とあるデウスエクス事件の記事を探す。断じて、夏休みの宿題ではない。
「うわぁ、明治に大正……流石って感じ」
 そこまで古ければマイクロフィルムや縮刷版になるが、二昔前程度なら原紙で保存されている。主要紙だけでも多く、時間が掛かりそうだ。
「出来れば、窓際の席をお願いします」
 閲覧室は2号館の2階と3階にあるが、寧ろ勉強中の者が多い。気楽さも求めて、麗威は1階のカフェで本を開く。司書さんお奨めの作家の小説だ。
「……あれ?」
 美しい文体に、記憶を無くした麗威の知らない感情が溢れている。零れた涙に、没入していた読書からハッと我に返る。
(「過去はどうか、過去のまま、か……」)
 本を置き、冷め掛けたコーヒーに手を伸ばした。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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