疾風のレプリカントハンター

作者:のずみりん

「音響センサー、感っ」
 リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)が飛び退いたハイウェイが降り注ぐ光条にぶち抜かれる。
「へぇ、完璧な奇襲だったのに、目ざといじゃない」
 捉えた高周波音は空から、それを塗りつぶす高音と共にやってくる。風を切る群青のスライダーボードと、それを駆る金髪、ツインテールのダモクレス少女が突っ込んでくる。
「けど遅い遅い! そんなんじゃさぁっ!」
 感情なきダモクレスという情報は見直すべきかもしれないと、リティは皮肉気に思う。
 都心より郊外へと延びた高速の跡地、追いかけてきた僅かなセンサー反応の正体がこれとは……あるいはこれもある種の宿縁なのか?
「情報解析……同型、後継機種。高機動タイプと推測」
「覗き見とかしてる場合かな! エアロスライダー、GO!」
 天翔けるダモクレスが加速し、思考は強制中断される。ボードのかすめたドローンが爆散、電子戦ユニットのHMD画像が乱れる。
 リティは咄嗟にバイザーをあげ、地へと飛んだ。
「逃がさない!」
 ダモクレスが追いすがる。
 地上すれすれでボードが旋回する最中、機上のダモクレスの少女とリティの顔が口づけしそうなほどに近づいた。
『鈍いよ、ロートル』
 コンマ数秒。指揮連携支援機の高精度センサーは、少女の唇を捕らえた。
 侮蔑の挑発を聞いた。
「ぐっ」
 直後、燐光と衝撃がリティを大きく跳ね飛ばす。
 かろうじて受け身を取り、高架下の死角へと身を逃せたのは彼女の指揮連携支援機としての能力あっての紙一重。
「ふぅん、次はかくれんぼってワケ?」
 あの小生意気な金髪娘を今すぐ殴り倒したい。『沈黙の魔女』の名に似合わぬ感情の発露は、先ほどの衝撃波の影響だろうか?
 理性を総動員し、リティは破滅への衝動に耐える。
「レプリカントハンター・トッドローリー……今、わたしだけでは勝てない」
 悠然と地表を旋回するダモクレスのボードから身を伏せ、分析を繰り返し、リティは勝機を静かに待つ。頼るべき仲間、ケルベロスたちの救援を。

「リティ・ニクソンがダモクレスのハンターに標的とされている」
 邂逅の予知に集まったケルベロスたちへ、リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は状況と襲撃者について語っていく。
「敵はダモクレス。過去にも例のあった、レプリカント殺しに特化したレプリカントハンターだ。個体名『トッドローリー』リティの分析によれば彼女の姉妹機……後継機種のようだ」
 ただしその能力は大きく異なる。指揮連携支援機の彼女に対し、トッドローリーは『エアロスライダー』と名付けられたスケートボード型の高機動ユニットを装備した強襲戦闘型。
 皮肉というべきか、性格も綺麗に正反対でやかましくお喋り好きなようだ。
「ダモクレスのやることだ、全て計算づくなのかもしれないが……そこは置いておこうか。あまり時間もない」
 敵の性格にも助けられ、初撃を凌いだリティだが、そう長くはもたないだろう。
 戦場は場所は都心から関越に下る高架上のハイウェイ跡。急ぎ救援に向かい、ダモクレスを撃破しなければならない。

「敵ダモクレスはトッドローリーのみ。ただ前述の通り、彼女は高機動ユニット『エアロスライダー』を操り、高機動によるかく乱戦術を得意としている。数の優位は当てにしない方がいい」
 トッドローリーは対レプリカントに特化したレプリカント、特に鎧装騎兵の弱点を突く能力とグラビティを有している。
 一般的なダモクレスとはだいぶ異なる特性だけに、撃破にはセオリーに頼らぬ戦い方が必要だろう。
「攻撃はエアロスライダーによる体当たりと衝撃波、また乗る以外の武装形態にも変形する。飛び道具はスライダー機首のビームガン一門だが、これもかなりの威力だ」
 機動戦を得意としつつもビームガンの威力はコアブラスター並、体当たりはケルベロスの装甲を易々と破る。
 また衝撃波は広範囲を攻撃し、怒りをかき立てる心理効果も確認されている。
 悠々と後衛まで攻撃可能な機動力で状態異常をばらまかれれば、連携も回復も出来ずにかく乱されるばかりともなりかねない。
 変形したエアロスライダーはヒールに加えて破剣効果まで付与する、非常に攻撃的でタチの悪いジャマーだ。
「弱点があるとすれば……その性格と、対レプリカント特化という点か。特徴がはっきりしている分、うまく弱点を突けば優位に立ち回れるはずだ」


参加者
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)
學天則・一六号(レプリカントファイター・e33055)
エング・セナレグ(重装前進踏襲制圧・e35745)
ルフィリア・クレセント(月華之雫・e36045)
蟹谷・アルタ(美少女ワイルド研究者・e44330)

■リプレイ

●疾風との邂逅
「どこかなぁー? 出てこないならさぁ」
 エアロスライダー機首からの光線が二度、三度。イラつかせる声と共に、リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)の隠れた付近を薙ぎ払う。
「出てこないならいいよー? アタシの獲物はいっぱいいるしぃ?」
 雑だが、効果的な挑発だ。
 彼女の気が変わってしまえば、自分の代わりに多くの一般人、レプリカントが犠牲になるという可能性。ケルベロスの彼女がそれを放置できないのを、あのダモクレスはわかっている。
「……っ」
 最適解を模索し、『試式姿勢制御・冷却ユニット』を僅かに動かす。低く響く駆動音。
「なぁんて……そこかぁ!」
 トッドローリーの反応は素早かった。
 脚をかけたエアロスライダーが急加速し、その勢いにツインテールが金の渦を描く。
 ビームガンの狙いが一気に絞られ、瓦礫越しにリティをかすめる。
「予想通りね……完全にとらえられてはない」
 小さく声に出して震わせる。トッドローリーのセンサーは、今の音ではリティの存在を確認できただけだ。
 長くはないが注意を引けた。そしてもう一つの目論見も、どうやらうまくいったか?
「そこっ……じゃない!?」
 本来なら彼女がかわすのは困難だっただろう、ビームガンの光が掠めていく。
「ナノマシン散布確認、ここよ」
「こちらも座標確認しました、ニクソンさん。支援開始します」
 多くの言葉はいらない。
 駆け付けるや『多重分身の術』を仕掛けたのは回り込んだピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)だ。
「ッ」
 舌打ちするトッドローリーをよそに、彼女はリティを仲間たちの元へと誘導する。
「派手に動いてくれて助かりました。間に合うタイミングでよかったです」
「あぁ、辛うじてだった」
 ルフィリア・クレセント(月華之雫・e36045)を庇い立ち、エング・セナレグ(重装前進踏襲制圧・e35745)が同意する。
 ダモクレスの派手な動きは上空からも一目瞭然。注意を引き付けるための誘導は、同時に仲間たちを戦場に導く道標にもなっていた。
「これ以上はさせません。魂の門を通り、結んだ絆を辿りて来たれ」
 ルフィリアの詠唱に応えるのは氷炎の狼。ワイルドスペースから召喚された希望をまとった『氷炎の拳』が衝撃波を跳ね返す。
「この……何もかも手の内ってワケ? レプリカントが、生意気っ!
 跳ね飛ばされた高架上でジャックナイフを切り、急降下。防風壁が裂けて飛ぶ。
 いい様に使われたという屈辱、思わぬ反撃はトッドローリーを大いに苛立たせた。
「その形容は貴様にこそ相応しかろう!」
 巻き上げられた粉塵に『戦闘用覆面』を下ろし、エングは居合抜いた刀の月光斬で受ける。標準型ダモクレス二体分はある質量の突進だが、彼の装甲と刀は何とか持ちこたえてくれた。
「こいつも指揮官型?! いいじゃない、大物がいっぱい……っ!」
 コロコロと表情を変えるトッドローリー。続けざま、立て続けの爆風に彼女はひょいと身をかわす。
「リティさんに手出しはさせません」
「この受け継いだ力にかけて!」
 アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)の援護を継いだ、ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)のスターゲイザー。
 流星の如き蹴りが、始めてダモクレスの本体を捉えた。
「ブレスを、ナメビスくん!」
 直撃の瞬間、ビスマスの合図に肩越しからボクスドラゴン『ナメビス』のボクスブレス。そのままふりむかず、蹴りぬいた反動で一挙離脱。なめろうの気がレプリカントの少女の蒼鉛に輝いた。

●テンペスト・アタック
 奇襲が稼いだ時間に、學天則・一六号(レプリカントファイター・e33055)が『フォースジャケット』を覆う共生者よりメタリックバーストを輝かせる。
「新たなレプリカントハンター……少しは封じられればいいのですが」
「お約束通り、そうもいかないようだネ」
 一六号の言葉を継ぐ、蟹谷・アルタ(美少女ワイルド研究者・e44330)の呟き。
 瞬間、ナメビスのブレスの渦が内側から弾ける。
「ちょっと遊びすぎちゃったかなぁ……キャハハッ!」
 爆風を吹き飛ばして現れるダモクレスは、大きく姿を変えていた。
「高速型から高機動型か、非常に興味深い!」
 殴りつけるような衝撃波と甲高い笑いで、ハイウェイ上層へとダモクレスが跳ねる。
 跳ね飛ばされながら、アルタも楽しそうに笑い叫ぶ。対抗するわけではない、研究者とはそういうものだ。その姿と能力をアルタは耳目に焼き付ける。
「けど残念! あと一ミリ秒も早ければ危なかったかもね!」
 ボード形態から切り離されたエアロスライダーは小型化し、形状はスキーのように。推進は背に、そして火力と防御を銃と盾のように両腕に。
「一ミリ秒、記録したヨ」
「どうぞ、ご褒美だ! こう早く使コレを使わせてくれたさ!」
 どうせ追いつけるわけがないという傲慢な笑い声を響かせ、質量を整理したトッドローリーの躍動的な姿が円を描き、立体交差に隠される。
 仲間たちからのデータリンクに示された位置は。
「上か!」
「正解だけど、おっそーい!」
 瞬間、高架がぶち抜けた。
「ぐっ……これが対レプリカント特化の性能か!」
 舗装路を両断し、エアロスライダーを刃とした回し蹴りの連打。
 カマイタチのような蹴りが鈍色の装甲を切り裂き、エングの身体が路肩まで蹴り飛ばされる。
『踏ん張れ!』
 レンチめいた凶器を投げ捨てたテレビウム『彼』の応援動画に、エングは縁石を掴み耐えるが……追いつけない!
「これ以上好きにさせるものか!」
「まるで鮮魚です!」
 むなしく空振る刀に、ビスマスは思わずと声を出す。ある程度は演技といえ、この運動性は驚異だ。
「次ィ!」
「ならば……後の先を!」
 オウガメタル『ソウエン』の遺跡めいた装甲を半身にまとい、ビスマスの『戦術超鋼拳』が迎撃。トッドローリーのカミソリめいた拳と交差する。
「……早い」
「チッ、妙なレプリカントだね。けどさぁ!」
 彼女の性能はスナイパーの位置取りとでトッドローリーに肉薄したが……分の悪い相討ち。
 スーツに一筋の傷と引き換え、拳を砕かれたビスマスを蹴り飛ばしてレプリカントハンターは疾走する。当初の、本来の目的に。
「ドローン各機、支援対指て……」
「遅いっていったぁ!」
 ライトニングウォールを突き破り、衝撃破が後衛を薙ぎ払った。
 キャスト中の『メディカルドローン』が蹴散らされ、リティの身体が支柱まで飛ぶ。
「こ、の……!」
 電子戦ユニット、損傷甚大。防御した『対艦戦用城塞防盾』も脱落。損害状況と見下す宿敵に、思わず声が漏れる。
「はは、そんな顔できたんだ、サイレンッ!」
 甲高い声が煽る衝動が、『重力鎖集束破城超鋼槌』の砲門を空へと向けてしまう。乱射される轟竜砲が空を切る。
 次だ、次こそは。
「ダメです、リティさん」
 怒りをさますのは舞い散る花弁のオーラ。
「っ……ありがとう」
 逸る心をルフィリアの一声とフローレスフラワーズが急速に冷やす。リティの声を背に、彼女はダモクレスへ向き直る。
「思っていたより速いですが……レプリカント狩りは自称ですか? 奥の手を切って、まだ一人も倒せずとは」
「ふん、聞きたい? キミで百……いや二百かなぁ」
 それは事実か、はったりか? だがどちらにしろ、一六号を殺気立たせるに十分な侮蔑。
「それ以上は言わせない!」
 叫びと共に『イチロクバスター』が咆える。『R.F.ストレージシールド』からチャージした抜き打ちのソーラーブリットがトッドローリーへと放たれる。
「かわせなっ……アタシが!?」
「捉えましたよ……アナ、力を貸して」
 大切な友を守るために……呟き、アーニャは手を下した姉妹機の技の出力を上げる。
 音と空間干渉、理論は違うが引き起こされる事象はアナ・シュネールイーツがかつて起こした正にそれ。
「空間干渉開始……能力疑似再現。テロス・イーリス」
 忘れようもない彼女に刻まれた振動波と特定周波音の干渉波、それらが引き起こす拘束がレプリカントハンターを抑え込む。
 ビームガンを構える手を追い抜き、チャージ弾が着弾した。

●疾風を捉えろ
「このっ!」
「うわ!」
 交差する射撃、攻守双方の声が交差する。
 アーニャの『テロス・イーリス』に石化を受けつつも、トッドローリーは恐るべき反射で反撃した。
「マ゛……」
「ありがとう……後は任せて」
 一六号は身を挺したシャーマンズゴースト『アルフ』の祈りを受け、片膝から立ち上がる。危ないところだったが、その決死は一気に戦況を押し返した。
「そんなヤバい隠し玉があったとはね……」
 声は上空から……装甲と化したエアロスライダーは再びボード型の高速形態に戻されている。
「その言葉、お返ししたいくらいです」
 ライフルで牽制し、アーニャは状況を確認する。
 石化の影響はまだ大きくはないが二人の与えたダメージは裂けたスーツ、ひび割れた装甲から除く柔肌の更に奥からも見て取れる。まだ決定打とは言えないが、道程は見えた。
「護りを削ってまでの速さ特化、暴走族のダモクレスですか」
 交通標識を避けつつのルフィリアの考察。頷きながら、リティは残る『強行偵察型アームドフォート』のセンサーを空に向けた。
「そして一度形勢をひっくり返して焦らせたら、案外この手のは脆い……三時方向、くる」
 警告直後、再びダモクレスのエアロスライダーがケルベロスたちを襲う。
 その姿は一見して損傷を感じさせないほどだが……。
「なぁにこそこそしてんのかな!」
「おや気になるかい? なにちょっとした世間話だよ、ネ?」
「アンタじゃない!」
 星でも飛び出しそうな挑発的なウインクと仕草でおどけるアルタ……振られたピコはまるで対照的に淡々と無表情だったが。
「それなりに活動されているようですが、一つ確認です。装備型の擬似螺旋炉を持った螺旋忍者は知りませんか?」
「はぁ?」
 だが紡ぐ言葉は巧妙な挑発であり、情報収集でもある。
「ふん、そーうねぇ……知っ」
「知りませんか、まぁ期待はしていません」
 容赦なく切り捨てたピコは、彼女の凄まじい表情と罵り声を冷たい目で分析する。
 かのダモクレスの本性は目立ちたがりで、構われたがりだ。そして彼女の欲しい情報は恐らく持っていない。
「知っていれば答えずにはいられないでしょう、あなたは。回答までの間からして……」
「こっ、このッ……ふざッ、て……がぁぁぁぁーッ!」
 今度はトッドローリーが待たなかった。もはや表現できない罵詈雑言をあげ、滅茶苦茶な軌道の衝撃波がピコと後衛をまとめて襲う。
 あまりにも、感情のままに。
「その性根、命取りだ」
 衝撃。
 エングの声に初めて、トッドローリーは跳ね飛ばされた自分に気づいた。
「我が体躯は重鈍。されど刃は飛燕の如く」
 刀による高速の突き。彼の『飛燕・戒牙』は極論、ただそれだけの技だ。
 ただそれだけが、彼我の運動量全てを乗せるエングの技量で繰り出される事で、必殺の技となる。
「ここから押し返す。これ以上前に出られると思わないことだ」
「確かに早い、凄い。キミじゃなくて下の装備が、だけどネ。しっかりと見せてくれたまえよ?」
 エングの装甲を『創世幻像』で修復し、アルタは彼の敵を見定めるように笑う。
 分析され、追い詰められつつあることにダモクレスはまだ気づけない。
「ま、まだ!」
「今必殺のなめろう要素を付与して……アナゴクオン、御借りしますっ! 」
 ビスマスは『水戦鎧装アナゴクオン』をまとい、空を泳ぐ。失ったエアロスライダーを探す一瞬に上を取り、変形。
「アナゴなめろう……神霊剣っ!」
 兵装を失ったトッドローリーに非物質化した大剣が叩きつけられる。
 機体中枢へと浸透、破壊。突き立つエアロスライダーから数歩の高架下へ、ダモクレスの肉体が叩きつけられた。

「私事は片付きました。ニクソンさん、どうしますか」
「敵は私と同型のフレームだけど、後発機の別タイプかな……特別な感情はないわ」
「了解」
 リティに短く確認したピコは腕部マルチプルミサイルを生成、二射。エアロスライダーに駆け寄るトッドローリーの身体が吹き飛ばされる。
 冷徹なほどに沈着。だが二人をよく知る者なら、その表情と髪の動きに気づいただろう。
「喧しいのは好きじゃないわ」
「さ、サイ……レン……!」
 淡々と行われる排熱、その源たる静かな怒りに。
「安楽死は期待できませんよ」
 トッドローリーの呻きに、ビスマスは静かに告げた。

●サイレン
「ひっ! 許して……し、知らなかったのよ! あたし!」
 割れたバイザーから覗くトッドローリーの瞳は、ダモクレスらしくなく揺らいでみえた。
「トッドローリー……さん」
「そ、その作られたばかりでさ、傷ついて、こんな痛いとか、辛いとか……」
 一六号が思わず声をかけるほど、腰砕けで後ずさる姿は怯えてみえた。ほおっておけば這いつくばり、命乞いしそうなほどだが。
「わかったのよ、これが感情って……!」
「違うでしょう」
 アーニャは冷たく、悲しそうに首を振る。『テロス・イーリス』の束縛に、隠したビームガンが転げ落ちた。
「動きは全て捉えています。騙し討ちは聞きませんよ」
「く、そ……ガァッ!?」
 それでもと蹴り上げてくる足をルフィリアのハウリングフィストが受ける。念入りに叩き潰す。
「何か聞き残しは?」
「特に……いえ、一つあったわ」
 介錯の様子で尋ねるエングにリティは少し考え、宿敵を見下ろす。
「サイレンって何者だ」
「……っ……バーカ……ビギェッ!?」
 トッドローリーの返事は驚きの表情、唾でも吐きそうな罵声。
 ならもう話すなと、リティは口腔に『電磁施術攻杖』を突き立てた。

「ねぇリティ、キミけっこう怒ってたんじゃないかナ?」
「怒ることなんてないわ」
 遺されたエアロスライダーを調べながら言うアルタに、リティは素っ気なく返す。
 本音にも聞こえるし、努めて抑えているようでもある。まぁどうでもいいがと、美少女ワイルド研究者は剽軽に笑い飛ばした。
「これ、直るんですか?」
「元通りとはいえないけどネ。後は彼女次第……ま、悪くてもサーフボードにはなるだろうサ」
 一六号は言われて、ピコの装備した『飛行ユニットだった物』を見る。ダモクレスの技術は地球のそれを大きく優越して不可思議だ。
 グラビティによる一時的なもの以上、元通りの性能を発揮するのは難しいだろう。
「さて本命だ。リンク60を開いてくれ、サイレンの魔女」
「……それ、私のこと?!」
 珍しいリティの驚きと表情。だが転送されてくるデータに、それは納得と決意に変わっていく。
「魅了するように友軍を連携させ、敵軍に沈黙を齎す魔女……ね」
「それが、リティさんに与えられていた役割」
 ビスマスに頷くも、その様子に憂いはない。
「そう。だが、今の私はケルベロスだ」

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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