ミッション破壊作戦~刀光死影

作者:銀條彦

「再使用可能なグラディウスがまた8本そろったっす!」
 ヘリポートでは黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が、彼の尊敬するケルベロス達の到着を待っていた。
 オラトリオの青年は先ず仄光る小剣型兵器『グラディウス』についてを改めて説明する。長さ70cmほどのそれは外見を裏切り通常兵器として使用する事は出来ない物だがひと度その所有者となった者は『強襲型魔空回廊』を視認し攻撃を加える事が可能となる。
 元々はデウスエクスの決戦兵器である『グラディウス』だがケルベロスにとってもデウスエクスの地上侵攻を挫く為の大切な切り札の一つと言えるだろう。

「今回は死神の勢力圏にある侵略拠点のどれかに仕掛けて来て欲しいんっす」
 具体的に何処を攻撃するかについてはケルベロスの判断に委ねるとの事。
 何れを選ぶにせよ強襲型魔空回廊が存在するのはミッション地域の中枢であり通常の方法での到達は極めて難しいだろう。敵地での少数行動は貴重な『グラディウス』を奪取される危難の可能性も高くなる。
 それら問題をクリアする為ミッション破壊は『ヘリオンを利用した高空からの降下作戦』として実施されるのである。
「強襲型魔空回廊の周囲は半径30mぐらいのドーム型バリアで囲われていて、そのバリアにグラビティを籠めたグラディウスを触れさせればダメージを与えられるっす!」
 8名のケルベロスが極限までグラビティを高めた状態で『グラディウス』を使用すれば、場合によっては一撃で強襲型魔空回廊を破壊する事すら可能であり、その先例も既に何件か存在している。
 たとえ其処まではいかずともバリアへのダメージは蓄積し続ける為、多くとも同一地域への降下作戦を10回程度繰り返せば確実に破壊は成し遂げられるはずだとダンテは語った。
「中枢である回廊周辺には強力な護衛戦力が配備されているっすが高高度からの降下攻撃を防ぐ手だては無いのでまずは安心してバリア破壊に集中してほしいっす!」
 ヘリオン操るヘリオライダーは威勢良くそう太鼓判を押した。
 上空でのバリア攻撃を終えて着地した後についても殆どの敵兵は、しばらくの間、完全に無力化された状態に陥る事となる。
 振るわれた『グラディウス』から発せられる雷光と爆炎はその所有者以外すべてへ無差別に牙を剥き続け、回廊防衛を担う精鋭部隊といえどそれを防ぐ手段は存在しないのである。
「剣の余波を利用すれば敵の眼を掻い潜り無用の戦闘を避けて撤退できるっす、が……各々のミッション地域に配備された特に強大な敵については無力化されずケルベロスの皆さんの撤退を阻止すべく出撃すると予想されるっす」
 とはいえ、敵勢は混乱状態にありすぐさま連携してケルベロスへ仕掛けてくる心配は無い。態勢を立て直す充分な時間を与えてしまう前に退路へ立ち塞がる強敵を素早く排除し敵勢力圏から脱出する短期戦を心がけるべきであろう。
「戦いに時間を掛けすぎて強敵を倒す間にそれ以外の護衛部隊が無力化から解放されてしまったら一大事っす。デウスエクスの敵陣真っ只中で包囲されてしまったら、ケルベロスの皆さんといえど残る手段は降伏か暴走かになってしまうっす……っ!」

 説明を終えたダンテから1人1人の手に光剣が手渡され、出立の時が刻一刻と近付く。
「今も死神達は、日本列島の各地での暗躍と併行して侵略行為を繰り返しミッション地域を増やし続けているっす。この侵攻を喰い止める為、皆さんの魂からの叫びとグラディウスを思いっきり叩きつけて来てほしいっす! そして……絶対に誰ひとり欠ける事なくその剣を手に戻ってきて下さいっすっ!!」


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)
ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)

■リプレイ

●潮流
 清冽なる夏の水平線も今は曇天に霞む。
 無風の空が孕む熱気を切り裂きながら、一途、ヘリオンが目指す先は鳴門海峡。

「ここがあの有名な鳴門大橋ですか」
 その最狭部を結ぶ大橋の遥か上空へと到達しようかというタイミングで結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)が口を開いた。つとめて勇ましく海峡奪還をと仲間を鼓舞した彼はその内の1人にチラリと眼を遣る。
 ――その先には地図と実地との最終確認に余念の無い様子の霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)の姿が在った。
 カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)も鳴門の大渦を見るのは初めてなのだと翡翠色の双眸を明るく輝かせた、が、それも一瞬。
「死神が居なければ、観光したいところなのですが……、仕方ありませんね」
 今見下ろすこの地は景勝地である前にまず取り戻すべき敵地なのだと、決意を込めて睫毛が伏せられる。
(「なるほど、ここが……」)
 もう1人の人派ドラゴニアンの青年、ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)もまた囚われて幾月も経つ要衝を前に、ミッションとしてこれまで日々繰り返してきた戦いとは既にまるで違う空気だといっそう気を引き締めていた。
「渦巻く潮の底に眠る死者たちの安寧を妨げるなんて……。わたしたちの手に、一度終わった命を再び終わらせさせるようなことをしないで頂きたいですね……!」
 遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)にとっても、累乗会反攻作戦という類似の経験はあれど戦略も戦術も其れとは全く異なるミッション破壊作戦への初参戦。
 涼やかな美貌の内ではそれなりの緊張とそれ以上の昂ぶりを覚えてもいた。そして。
「死神は、ずるいや」
 愛用の帽子の位置をああでもないこうでもないと整え念入りに目深く被り直した直後に、ぽつんと、そうとだけ。誰にともなく、ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)から零されたその一言に彼女は心から頷いたのだった。

 海へ剣へ、そして仇敵へと、己が魂からの叫びを滾らせながらケルベロス達は天を征く。
 下向きに、ひたむきに。
「ここは四国と本州を繋ぐ重要な交通の要だ。人々が安心して暮らしていくためにも、開放してみせる!」
 ともすれば恐怖の前に掻き消えそうになる勇気を精いっぱい鬣へと漲らせて、
「この美しい橋に巣食う死神ども、美しい海の景色を返して貰うぞ!」
 胸奥の空洞より生まれた灼熱とともに先陣を切ったレオナルドが咆哮を発する。
(「そうだ、決して見過ごすわけには行かぬ」)
 果敢たる白き獅子に続く漆黒の影は捩じれた双角も勇猛たる竜派の戦士、レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)。
(「容赦はしない。死神達の狙いがなんであろうとも、な」)
 彼の全霊込めてグラディウス掴む縛霊の腕装から噴き上がる『地獄』は紅蓮。
「古より海の難所でもあった場所ではあるが汝が呼びかけで再び目覚めさせてはならぬ……一度では厳しくとも、汝が企み、必ず阻止してみせようぞ」
 さながら噴射炎の如くに、轟々と、紅蓮は竜の斬撃を加速させてゆく。
 激しく煽られた純白の裾は激しく翻り、金糸の装飾が躍り狂う。
 此迄幾たびか死神共の所業を眼にしてきたが、其のいずれもが死者の安寧を蹂躙する好き勝手ばかりであったと、思い返す程に、ウリルの心は怒りの熱を帯びさせる。
「そんな連鎖を断ち切るために俺達が、……ケルベロスがいる!」
 踏み躙られてきた無数の意思たちを想う強き意思。眩き金色へと染まりつつある魂の剣を掲げて人竜は吼えた。
「グラディウスよ、力を貸してくれ……回廊は破壊する!」
 馴れぬ刃物の感触を確かめるようにして歌姫の両掌に剣柄は握られていた。
 其は剣にして剣にあらず。此を振るうに求められるは技量にあらず。唯、魂あるのみ。
 で、あるのならば……。
「あなたがたがそのような存在であることは理由があるのでしょう、けれど」
 朗唱の如く響き拡がる鞠緒の輝きもまたひとつの『歌』なのだろう。
「この地球では――レクイエムは一度きりです!!」
 ヴェクサシオンの翼を供連れに。鈍色の空に咲いた大華が海峡を覆う障壁へと触れれば、其処には爽天色の花吹雪が巻き起こる。

 冥きを掃う輝線が一条また一条と爆ぜ生まれ、侵略の回廊へと撃ち込まれてゆく。

「海で眠る死者を冒涜する行為は許し難い」
 そう断じるカルナの声も纏う飛沫すら置き去りにする疾さで、構えた光刃は真っ直ぐに。
「それに……この橋は島の人々の生活を守る場所。早々にお引取り願います――大渦の塵と消えなさい!」
 引き絞られる様にして放たれた剣閃は、空と海との狭間に巣食う敵を否定する峻烈たる嵐そのものと化した。
 生きる者の命と、死した者の魂と。双方の平穏が死神によって乱され続けている海峡の今を番犬たるケルベロスに赦せる筈も無い。
 ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)の脳裡には畏敬と共に古来よりの海の難所たる光景あるいは程近い古戦場の名が護るべきものとして次々に浮かぶ。
「島々を……人々を繋ぐ絆たる橋を奪い水底に眠る者達の安らぎをも奪う死神に終演の鉄槌を下さん! 雷よ、地を覆う劫火となりて我が敵を討て!!」
 グラディウスへと全意識を遷らせ渦巻く怨嗟を束ねればさながら雷鳴にも似た力が轟然と漆黒靡かせる魔女の掌上へと顕れ出づる。
「そうさ、橋は人々をつなぐものだし海は生き物の還る場所」
 取り戻すべき大吊橋、狙い定めた降下地点へとまた一つまっしぐらに落ちる其の星の名はルードヴィヒだ。死神達が引き起こす、繋がり合う命と命の断絶も還ってゆく筈だった命の冒涜も、彼にとって到底見過ごせるものではない。
「ここは、お前たちの力を得る場所じゃないっ!!」
 潮風受ける若き翼が抱える想いのありったけを言葉にして小剣を振りかぶれば、邪な死の影を押し返さんと天翔ける流星はいっそうその煌めきを増す。
 ――最後の一刀にと奔るは奏多の叫び。
「死者も……生者も、手前らに弄ばれる筋なんか無ぇ。ましてや此処は人の領域。好き勝手されて堪るかよ……!」
 越えてはならぬものと超えたいもの。
「しっかり応えろよ、グラディウス。この猟犬の牙――ケリがつくその時まで、何度だって突き立ててやる……!」
 拒絶と渇望と、そして……雑じり合う全てを余さず力へと換えて応えた光刃は溢れ迸る銀閃へとその姿かたちを変えて回廊へと吸い込まれてゆく。

 輝ける八の切先から生み出されたグラビティのうねりは大いなる光の奔流となってバリアに降り注ぎ、やがては低く垂れ込めた灰雲すらも灼雷へと染め上げる。
 巻き起こる爆発とその後に訪れた刹那の静寂、そして――。

●渦道
「やったか!?」
 光剣づたいにこの腕へ確かに残る、裂疵を刻みつけたという感触。
 思わずといった様子でレオナルドが振り返り天を仰ぎ見れば、其処には……依然としてドーム状バリアが回廊の健在を告げていた。

 ペティコートの裾を鞠緒の指先が典雅に摘み、ちらり、覗かせた薄絹のガーターベルトへ一振りの小剣が挿し込まれる。
 各々のグラディウスを各々の装備にと仕舞い込み番犬達が取った作戦行動は極めて迅速であった。落胆の念が無い訳ではなかったが今為すべきは撤退の完遂あるのみなのだから。
「此方です」
 カルナや奏多の先導のもと隊列を整え一丸となっての疾駆が開始される。最後尾を引き受けたルードヴィヒは不意討ちの警戒を怠らなかった。
 己達の身を包み隠してくれる爆炎と雷光の只中での途上、不意に、ゆらゆらと。
「――またその顔か」
 接敵に際し奏多が浮かべた表情も発した声もつとめて普段通りの、淡い起伏。
 しかし、彼の奥底からは尽きぬ激情が滲んでいるのだと気づけるであろう者はこの場には存在しない――別に隠したい訳ではなかった。只、表すすべを彼が持たないだけ。

 冥府の泉を想わせる呼び名そのままにレテの周囲で滔々と踊り続けていた湧水が、一転、ケルベロスへと降り懸かった。
 黒き圧と穢れを纏う水撃は3人と1匹が居並ぶ前列に深く染み入ってゆく。
「……やはり、ただでは帰してくれないようですね」
 ひとり紙一重で回避したレオナルドが闘気を熾し癒しの花びらを振り撒いた。
 初手から広範囲へと及んだ毒禍が仲間の術で残らず拭われたのを確認した後ベルローズもサークリットチェインを重ねて守備を固める。
(「あるいは死神が引き寄せるのか……」)
 半ば冥海と化しつつある領域へ濃密に澱み凝る『記憶』達。自身は無傷である筈の魔女の顔色は既に蒼白であった。
「厄介ではあるが撤退戦という観点から見れば以前よりも戦り易いともいえよう」
 眼前のレテのポジションはジャマーで間違いない。ミッション時とも前回破壊作戦時とも異なる位置取りを確認したレーグルはまずは最大火力を叩き込む為の下地作りをと、虹鱗に彩られた武装祭壇から紙兵の一団を散布した始めた。
「美人さんのお相手は、いつもだったら大歓迎なんだけど……だからってここじゃ足を止めてられないんだよね」
 流星の煌めき散らしてルードヴィヒから繰り出された足元を刈るようなローキックとほぼ同時、眼力から弾き出した命中確率に沿っての轟竜砲をカルナが命中させる。
「ガンガン行きますよ」
 スナイパー2人によって畳み掛けられた連続攻撃の前にゆらりと微かに乙女の体が揺らいだと同時、死角へと忍び寄っていたのは3人目のスナイパー。
「斬撃力への守りが弱い……」
 対峙する強敵の隙を窺っていたウリルは念押しのスターゲイザーで確信を固め、看破した敵弱点を味方へと周知させる。

 執拗な足止め攻勢を受けても、ゆらゆらと、相も変わらぬまったく感情を読ませない冥き水底の如き眼差し。
 その端正な貌も靡く髪も、先の破壊作戦において撃破した敵と、そして、記憶の内にある父の仇敵と全くの同質存在である事は間違いない。
 しかし、先の『娘』もこの『娘』も同一であるのかまではしるよしもなく定かではない。かつての事……あの人の事を識るものなのか、それとも。
「問おうとは思わない。答えが返るとも思わない。だが――」
 極限にまで収束された奏多の衝動はサイコフォースの爆発と化して死神の鎌を刃毀す。

「回復はすべてお任せします」
 命中率から威力へと早々に優先を移したカルナは以降、足止めを織り交ぜつつのダメージ重視を貫き通す事で大いに貢献を果たす事となる。
 空をすべる翼は風を編み、かろやかな旋廻を見せた後に人竜は古代語を諳んじた。
 撃ち下ろされた光線はレテの肩を貫き硬直を強いる。
 其処へすかさず、ぽよんと躍りかかった小さな影は鞠緒から放たれたファミリアシュートだ。機を図って撃ち込まれるジャマー位置からのジグザグは一手で数手分を稼ぐ働きで目指す早期撃破を加速させる。
 そんな大任を知ってか知らずか、ちょこまかと、ハツカネズミの藍音は軽妙な旋律を戦場へと振り撒くのだった。

「――奏でよ、奪われしものの声を」
 紡がれた呪詛にレーグルの両腕はその炎勢を増してレテの全身へと執拗に絡みつく。
 地獄が齎す『詛奏(ウケワシゲニカナデ)』の灼熱は、傷忘れの清水にすら痛みの記憶をひととき取り戻させた。
「これがあなたの、うた?」
 ただひたすらに寄せては返す波音に満たされるばかりの物語を延々と綴った『書』が鞠緒の手によって紐解かれる。其が示すは望みかあるいは虚無か。
 冥府の海の深淵は難解を極めたが青虹の歌姫が底へと落とした『歌』の一滴は波立つレテの水をしばし鎮めてみせた。
 あるいは其れを厭うたか。魂の緒を絡め得る大鎌を軽々と振るい、物語紡ぐ鞠緒の喉元を刈り取らんとする『冥海の娘』の前に猛然と飛び込んで来たのは盾たる翼猫。
「大事なひとも想いも貶める死神は、嫌いだ」
 横合いからルードヴィヒが顰めた呟きと共にするりと殺神ウィルスを投下する。此の戦いに臨み彼が備えたグラビティ攻撃はその総てが弱点である斬撃だった。

 既に傷深くケルベロスの速攻の前に孤立無援は続くレテだったが、無言のまま退く様子も怯む気配も見せぬ彼女は更なる量の黒水を召喚し、ケルベロスへと振り撒いて応酬する。
「汝が忘却の力がたとえどれ程であろうと、これ以上はさせぬぞ」
 ベルローズ――唯一のメディックである黒髪のレディになり代わり真正面から攻撃を受け止めるレーグル。騎士道然とした彼の挺身に守護の紙兵が加わりその堅守を支えた。
「この地で苦しむ人に比べればこの程度の傷は大したことありません。決着をつけます!」
 掃いのけるようにして、高く大きく振るわれたカルナの左手。
 治癒を待たず解き放たれた氷晶の魔術の名は『凍楔破砕嵐(ダイヤモンドダスト)』。
「まだ、やれる!」
 黒水に塗れた鬣を振るいレオナルドもまた前を向く。
 牙剥く稻羽白兎を大上段に振りかざし盾から矛へと転じた白獅子の一刀は吹き荒れる異相領域を拡大させた。
 嵐舞の只中で凍て竦むレテの、心臓へと、狙い違わず――鳴り響く銃声。

「――借りは返す。前に進む為、あの人との約束を果たす為」
 遺された拳銃を手に、終らせたのは奏多。穿たれた銀の銃痕は、冬を思い起こさせる空間諸共に、ひとりの死神を不可避の死へと導いた。
 重力の鎖へと呑まれた『冥海の娘』の骸は漆黒の小さな水溜まりと化したのち海峡を渡る風の狭間へと溶ける。

 戦い終えた一行はいまだ冥海の領域たる敵地からの撤退を再開させた。
 最初で最後ですと、ひとふし、鞠緒のソプラノが死神の為の鎮魂歌をたむける。
(「この地に眠る惨劇は、人の身で負うには……重すぎる」)
 渦巻く『死』の気配に意識が遠退きそうになるベルローズへ豪腕が差し伸べられた。
 撤退の補助を意図してレーグルが彼女の体を担ぎ上げた刹那流れ込んだ『惨劇』の記憶の端は瞬く間に地獄の底へと塗り籠められる。
 激闘を終えたウリルは長く息を吐き、そしてようやくといった面持ちで、晴れぬ曇天に渦巻く回廊を再び見上げた。
(「焦りはしない。今が無理だとしても次へ繋がるのだから。 ……ただ」)
 ゆっくりと地へと視線を戻せば。
 そこには、相も変わらず、顔色ひとつ変える気配も無く先を急ぐ奏多の横顔。
 ウリルに限らず、直接的な台詞を掛ける者こそ無くともかの敵と因縁浅からぬらしい仲間を気遣い想い遂げられる未来を祈るケルベロスは多かった。
「いつか必ず――」

 こうしてケルベロス一行は余波失せる前に敵勢力圏からの脱出を果たし彼岸よりの生還を果たしたのだった。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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