よるのなきごえ

作者:OZ

●よるのなきごえ
 死神達は宙を泳ぐ。
 ゆらり、ゆらゆら、闇夜の中に薄ぼんやりと青の光の軌跡を残し、舞うように泳ぐ。ただそれはただの舞いではなく、死で満たされている筈の深い闇の世から、死者を呼び起こすための、魔法陣を描く所作。一瞬、燐光は強く光った。そうしてこの世に召喚されたのは、過去に命を潰えたデウスエクス――ビルシャナだ。
 だが現れたそれは、教えを説くかのように配下を増やしたり、心の隙間に付け込んだ契約を人間と果たし現れるビルシャナらしからぬ姿だった。くちばしの合間からは絶え間なく涎を垂らし、真っ黒な目に理性的な光は一切なく、ぎょろぎょろと辺りを見回している。
 羽毛で覆われたビルシャナは、大きくその翼を広げると、闇夜の中、劈くような鳴き声を響かせた。


「どうも、こんにちは」
 その青年は――九十九・白(ウェアライダーのヘリオライダー・en0086)は、まず第一に柔らかく微笑んでみせた。
「貴方達の力を見込んで、解決をお願いしたい事件があります。――下級の死神達による活動を、予知しました」
 そこまで柔らかくも真面目な表情で告げた青年は、『おっと』と思い出したように一瞬視線を上げた。
「挨拶もなしに、失礼しました。俺はヘリオライダーの、白、といいます。どうぞ、以後お見知りおきを」
 柔和な表情でそう名乗り、青年――白は続ける。
「現れたのは……もうご存知の方も多いかもしれませんね。下級の、知性を持たない深海魚型の死神達です。数は三。どうにも、今回現れた死神は、第二次侵略期以前に地球で死亡したデウスエクスを、変異強化した上でサルベージし、戦力として持ち帰ろうとしているようです」
 純粋に、それは敵の戦力を増やすことに他ならない。
「敵の戦力が増えることを、見逃すわけにはいきません。死神達がサルベージしようとしているデウスエクスはビルシャナですが、召喚されたビルシャナに理性や知性などは、既に無いと思ってもらっていいでしょう。――奴らの出現するポイントまでは、俺のヘリオンでお送りします。至急、向かってもらうことはできますか?」
 首肯したケルベロス達に、白は『流石ですね』とにこりと笑った。
「変異強化されたビルシャナは奇妙な光を扱います。それだけではなく、持っている鐘の音を響かせて、貴方達のトラウマを具現化してくるでしょう。……心を強く持ってくださいね」
 少しばかり心配そうに苦笑した白は、その後に戦場となる場所は人気のない公園だ、と告げた。
「避難勧告は既に出ていますから、周囲を気にせず、存分にその力、振るってください。あとは……そうですね、死神達は『噛み付く』ことで攻撃してきます。そちらも頭の隅に入れておいてください」
「わかった。……わたしも、行く」
 白の話を聞いていたケルベロスのうちのひとり、夜廻・終(サキュバスのガンスリンガー・en0092)が声を上げると共に立ち上がる。
「……死んだもののたましいの重さに、軽いも重いも、ない。……でも、それがデウスエクスなら話は、別。……死んだなら、死んだままで、あるべきだ」
 ぽつりぽつりと語り、終はそっと視線を上げた。


参加者
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)
ライル・ユーストマ(レプリカントの刀剣士・e04584)
フェオドラ・グランツヴァルト(仄かな光明・e05509)
レーレ・ウニヴェルズム(カムパネルラ・e09168)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
エルピス・メリィメロウ(がうがう・e16084)
ミオ・ハジメ(花毀し・e16791)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)

■リプレイ


 闇夜の中に薄ぼんやりと光るように、それは居た。
 純白の羽毛がそうさせているのだろう、――その正体はビルシャナに他ならなかった。そしてそのビルシャナの周囲を、三体の死神達が淡く光りながら泳いでいる。ヘリオンから降り立ったケルベロス達の存在に気付いたのだろう、死神達はまるで警戒するかのように、纏う燐光を一瞬強く光らせた。
「う、うわぁ……見た目が完全にホラー……」
 ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)が思わず口にした言葉に、レーレ・ウニヴェルズム(カムパネルラ・e09168)は小さく笑った。
「こうなってしまったのも、星の導きなのかもしれない。けれど……デウスエクスとはいえ、こうなれば哀れだね。終焉を与えることでせめてもの救いになればと思うよ」
 レーレの言葉に、ザンニは『そっすね』と苦笑して頬をかいた。
「実は死神って初めて見るんすが、結構厄介なことをしてくれる魚なんすねぇ。深い闇夜には静寂が似合うと自分は思うので、過去の亡霊にはさっさとお帰り願いたいところっすよ。――あ、それと」
 ザンニの手招きに気付いた夜廻・終(サキュバスのガンスリンガー・en0092)は、ザンニの近くへと寄った。告げられた内容――作戦の内容に、終は一言『わかった』と首肯する。
「しかし……声も知らない相手を復活させるなんて、余程暇なのか、切羽詰まってるいるのか、どうか……まあ、向こうの事情など知りませんがね」
 ミオ・ハジメ(花毀し・e16791)が言う。
「……死者であるかのような在り方を強いられているものだっている。それなのに、どうして地上に、『生者』を増やしたがるのか。解せませんね」
「全くだ。いくらデウスエクスを倒しても、死神にサルベージされるようではきりがないな。死神のサルベージを防ぐ方法があったらいいんだが……」
 ミオの言葉に、溜息交じりにライル・ユーストマ(レプリカントの刀剣士・e04584)が告げた。
 敵との距離は未だある。
 ビルシャナの周囲を泳ぐ死神達は、時を待っているようですらあった。
「地に臥した後、他社に利用される……少しばかり哀れをも感じますが……デウスエクスならば話は別でございます。永遠の死を与えましょう。……それがケルベロス、わたくし達の成すべきことなのでしょうから。――さ、フィオドラは皆さまを守って」
 フェオドラ・グランツヴァルト(仄かな光明・e05509)は決意を込めた声色で語る。己のビハインドたるフィオドラに声をかけ、フェオドラはすっと背筋を伸ばした。
「敵の戦力が増えれば、こちらの被害や犠牲も増えてしまう……それだけは、避けなければ。……皆さん、全力を以て挑みましょう」
 静かに翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)がそう告げ、周囲の者達が各々頷く。風音の肩に乗り、その身を頬へとすり寄せていたボクスドラゴンのシャティレが、ぴくりと動いた。
 闇夜を裂くような、理性なきビルシャナの鳴き声。
 ぎゅるりと魔力が渦巻くのが解った。瞬間、放たれるのはアームドフォートからの、重い一撃。
「死神共よ、お前達にどんな能力があったとしても、死人を駒のように扱う権利は誰にもない。お前達の居場所は此処でも冥府でもない。虚無だ!」
 ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)が先手必勝と放った攻撃が、戦いの幕を切って落とした。


「ふふふのふー。戦いが始まったの、解る?」
 エルピス・メリィメロウ(がうがう・e16084)がちろりと唇を舐めて笑った。縛霊手の掌が、闇を照らすかのような光弾を生み出す。空気を裂く音を立てながら発せられた範囲の広いその攻撃を、死神達は受けて揺らぐ。
「さぁて、お仕事お仕事」
 少しでも力になれればと、この『仕事』に同行していた社が後方からの援護に移る。その攻撃を援護とし、影乃とユーベルも前衛達の手助けを、と飛び込んだ。
 死神達はケルベロス達を迎撃するかのように、その牙を剥く。月光に照らされてぬらりと光る牙が、がちん、と音を立てて宙を噛み千切る。
「おっと……」
 攻撃を避けたライルが、反撃に移る。ライルが纏うのは季節外れの桜吹雪。幻惑をもたらすその花吹雪と共に、ライルは斬霊刀を振るった。
(「……サルベージ、か」)
 死神が行うその忌まわしき術に、願わくば自身の知る者が――父が。標的とされぬように、とライルは願う。それは半ば、恐れにも似た願い。
 ライルの攻撃を援護すべくレーレも動く。
「響け、運命を切り開く暁の歌……」
 ふわりと魔力の波がレーレを包む。一瞬にして収束したエネルギーの塊が、鐘の音を響かせて大きく弾けた。死神達を焼き焦がしたその音に、一体の死神が沈む。
「一体減ってもまだ多いわね。援護するわ。数が多いって、毒の撒き甲斐があるってことよね」
 ヒルデガルトが言い、その手で操るケルベロスチェインを死神達に叩き込む。同時にサラもまた、前衛達に紛れ、敵の死角から強烈な攻撃を放つ。
「リサイクル精神が旺盛なのは結構だけれど、死者を甦らせるのは如何なものかと思うよ。――さあ、一閃の下に蛮却けよ、我が怨敵に仇為せ天雷!」
 苦笑から一転、真剣な表情を浮かべたメイザースもまた、死神達を冥府へと送り返すべく攻撃を放った。
「攻撃の手が多いというのは、ありがたいですね、っと! 皆さん、来ますッ!」
 ミオが気付き声を張る。次の瞬間鳴り響くのは、死神達に守られるように位置していたビルシャナの持つ鐘の音。
「っ……!」
 フェオドラと終が、蘇るトラウマに一瞬動きを止めた。ビルシャナのその攻撃に、フェオドラを庇うようにフィオドラがゆらりと前に立つのを見て、フェオドラはトラウマに流されそうになる意識を繋ぎ止めた。
「……大丈夫……今のフェオは、あの頃ほど弱くない……から」
「う、ぁ……」
「……! 終さんっ!」
 フェオドラの前方で膝をついて呻いた終に向け、フェオドラは呼び声を発する。
(「終さん、あなたもきっと――大切な人を、喪っている。……そうでしょう?」)
 同じ境遇ではなくとも、フェオドラにはそれが解った。
「この歌、この想い、あなたに捧げます……!」
 震わせた喉から響くのは、博愛のセレナーデ。邪気を祓うその歌は、困難に立ち向かう仲間を支えるためのもの。その歌に包まれた終は悪夢から目覚めたように、途切れ途切れに息を吐いた。肩越しに振り返った終の視線に、フェオドラは微笑む。
「ドットーレ、行くっすよ……!」
 ファミリアロッドの形状と化した鴉の名を呼び、ザンニもまた回復に回る。霊力の込められた紙兵の群れが、傷ついた者達をたちどころに癒していった。


 からんころんと、高下駄の鳴る音が激しく響く。ソロが舞うように動く度に響くその音は、戦いが正に激しく繰り広げられていることを示していた。
 激しい攻撃の応報の末、死神の数は既にない。
 今、ケルベロス達が対峙しているのは理性なきビルシャナそのものであった。
「本当の冥府への誘い、教えてあげる」
 ビルシャナが放つ奇妙な光にも屈せず、ソロはその青い双眸をビルシャナに向け、言う。
「死んだなら、死んだままで、だ」
「そうね、その方がきっといいの。さーてさて、こっちの攻撃を使おうかな? ――やっぱりこっちこっち!」
 ソロの動きを援護するように、後方からエルピスが攻撃を放つ。
 トラウマを抉る鐘の音と狂気に満ちた鳴き声が、響いた。
「……トラウマなどに……私は屈しないっ!!」
 意志の強さで真っ向からトラウマを捻じ伏せて、風音は声を張る。
「人々の笑顔が集う公園に、これ以上汚れたその鳴き声を響かせることは――許しません!」
 その一方で、ミオが呆然と立ち竦む。その目に映る幻は、白衣を纏った女の姿。
「あ――、」
「気を確かに持つっすよ!」
 ザンニが即座に放出した桃色の霧が、ミオの正気を取り戻す。
「星の流れのままに、説くこと忘れし哀れな狂取りに安らぎを――」
 一枚のタロットカードを引き抜いて、レーレは告げる。瞬間、竜の咆哮が上がった。放たれた幻の竜が炎を吹き、ビルシャナの羽毛を焼き焦がした。
 聞くに堪えない悲鳴を上げたビルシャナが、地に転がる。
 四つん這いになり、獣のように唸りを上げたその姿を見、エルピスはぱちりと瞬きをした。
「がおがおー。もう鳥っていうより獣なの。……ワタシも理性が吹き飛んじゃったらこうなるのかな?」
「暴走なんて、笑い話にもならないぞ」
「てへぺろー」
 ライルの言葉に、エルピスは軽く返してみせる。
「回復はお任せください。――誰一人として、傷を残したりなんて、しません……!」
「心強いね。……さあ、彼の哀れなるビルシャナに、最期を届けるために。――行こう」
 かつかつとくちばしを鳴らすビルシャナを見据え告げられたフェオドラの言葉に、レーレが微笑んだ。


「見たいもの、見たくないもの――トラウマとは、人それぞれではありますが。……強制的に見せられる、というのは、存外不愉快なものですね」
 ミオが掲げたファミリアロッドから、燃え盛る火の玉が放たれる。ビルシャナの足元に着弾し爆発したその攻撃に次いで、風音が光弾を放つ。熱風と眩い光が、一瞬にしてその場に激しい砂埃を巻き起こした。
「シャティレ!」
 主人の、風音の声を確かに聴いたボクスドラゴンの、木の葉めいた尾が揺れた。やるべきことは理解しているとでも言うかのように、シャティレはブレスを吐き、ビルシャナの動きをけん制する。
 よろよろと立ち上がったビルシャナが、閃光を放つ。
 だがそれによるダメージは微々たるもの。――否、フェオドラが歌い上げる治癒の魔力が込められた歌と、回復に特化したザンニの二人が、被ったダメージを零に等しいほどに回復していた。中衛を任された終が、その手のガトリングガンから雨霰の如く銃弾を放てば、それを守るように、フィオドラとライルが動く。
「逃げる気配がないだけ、まだマシか」
 ライルの呟きにレーレが頷いた。
「死神による変異強化っていうのは、本当に理性を丸ごと奪ってくみたいだね」
「でも倒しちゃうんだもんね、ふふふのふー。理性のあるなしは、もうあんまり関係ないの」
 エルピスが言い、渾身の一撃を放つ。
 ぐらりと傾いたビルシャナに、補佐に当たっていた者達全ての攻撃もまた、放たれる。次々に浴びせられる攻撃に、ビルシャナのくちばしからはだらだらと血が溢れていた。
「……お前ももう疲れただろう。もう、お逝き」
 ソロのその表情を、見たことがある者は少ないかもしれなかった。普段は決して見せぬ哀し気なその顔で、ソロは最後の攻撃を、ありったけの力を込めて、ビルシャナに叩き込む。
 かふ、と呼気と血とを一緒に吐き出して、理性なきビルシャナはその場に崩れ落ちた。

 煙のように空中に融けて消えていくビルシャナの骸を見送り、ザンニはひとつ溜息を漏らした。
「はぁ……終わったっすね」
 誰一人として欠けることなく終えることができた『仕事』に、ほっと息を吐く者は他にも居た。
「今日の星は静かだから――もう、大丈夫」
 レーレがにこりと笑い、言った。
(「……死神のサルベージを防ぐ方法、か」)
 探してみるのもいいかもしれないと、ライルは口にはせず思った。
「魂の重さ、軽さはない……出発前に言われていましたね。私も、終さんと同じ思いです。……でも、どうしてそんな風に?」
 小柄な終に、風音がにこりと微笑みかける。その声に終は風音を見上げ、しばらくの沈黙の後に口を開いた。
「……うまく……言葉にできない」
 告げられた終の言葉には拒絶の色はなかった。言葉通り、うまく言葉にすることができない感情の渦が、少女の中にはあるのだろう。だから風音もまた、それ以上問うことをやめる。
 攻撃の余波で荒れてしまった所々の場にヒールを施し終えて、ケルベロス達は帰還する。
 見上げた夜空には、月と星々。
 流れる風が雲を押しやり、その光を地上へと届けていた。

作者:OZ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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