花宴の宵

作者:朱乃天

 橙色に染まった斜陽の空に、滲んで混ざる深い藍。
 移ろう時間は夕から夜へと色を変え、晩夏の宵に祭囃子の音色が鳴り響く。
 浴衣姿の男女が、うちわ片手に寄り添い歩いて向かう先。彼等を迎え入れるかのように、山の麓の神社に提灯の明かりが燈り出す。
 人々は夏の最後の祭りに心弾ませながら、一夜限りの特別なひと時を楽しんでいた。
 山の頂見上げれば、空一帯に大きく轟く爆ぜる音。
 夜を彩る炎の花が、色鮮やかに咲いて人の心を魅了する。
 盛り上がるお祭りムードに、歓声が沸き起こる中――それはいつしか悲鳴になっていく。
 笑顔に溢れていた人々は、原形を留めない程無残な肉塊へと変わり果て。
 不気味なまでに静まり返ったお祭り会場は、凄惨な殺戮現場と化していた。
 蹂躙された人々の夥しい量の血で、赤く染め上げられた神社の境内に――佇む一つの影がそこにいる。
「グハハハハッ! 祭りはやっぱり派手な方が面白え。コイツが本当の“血祭り”だ!」
 そのモノは、真っ赤な髭を生やした、屈強そうな山賊風の大男。
 欲望を満たしたエインヘリアルの罪人は、朱色に塗れた斧を地面に突き刺すと。大声で狂ったように吠え猛り、その歓喜の雄叫びが、震える夜空に木霊した――。

 とある地方の花火大会が、エインヘリアルによって襲撃されてしまう。
 懸念していた事件の予知に、グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)は怪訝そうに眉を顰めて浮かない顔をする。
「情緒ある夏の風情を台無しにされてしまうとは、全く以て不粋な連中だ」
 憤りを堪えながら冷静に振る舞うグレッグに、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)が言葉を継いで事件の説明に移る。
 今回出現したエインヘリアルは、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯のようである。
 もしもこのまま放置しておけば、多くの人が犠牲になるだけでなく、人々に恐怖と憎悪を齎すことで他のエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられるらしい。
「そこでキミ達は、これから急いで現場に向かって、エインヘリアルを倒してほしいんだ」
 襲撃現場とされるのは、山間部の地方にある神社。
 そこでは花火大会が開催されていて、会場となる神社に来た人達を、一人残らず皆殺しにしてしまう。
 ケルベロス達が現場に到着するのは、敵が神社の手前辺りで襲撃を起こす直前となる。
 従って現場に駆け付けた後、介入して敵の注意を引き付けさえすれば、警察などが避難誘導に対応してくれるので、そこから先は戦闘だけに専念すれば良い。
 今回戦う相手は、いかにも凶暴そうな面構えの、筋骨隆々としたエインヘリアルだ。
 武器は身の丈程の巨大な斧を使い、ひたすら力任せに振り回してくる。
「敵の戦い方は、見た目通りで力押し一辺倒だけど、一撃の威力は高いから、その点だけは気を付けた方がいいかもね」

 所詮は使い捨てとして送り込まれた尖兵でしかないが、その分、撤退せずに最後まで暴れ続けることだろう。
 そんな危険な存在を、野放しにしておくことなど出来はしない。
 だから必ず、倒してきてほしい――シュリが一通りの内容を伝え終えた後、そういえば、とケルベロス達に呼び掛ける。
「折角の花火大会なんだから、ついでに楽しんでいったらどうかな?」
 花火は神社のある山の頂から打ち上げられるので、間近で迫力のある花火を眺めることができそうだ。それに神社の境内には屋台が並んでいるので、食べ物を買って食べ歩いたり、射撃や金魚掬いなどで遊んだりしても構わない。
「花火に屋台巡りとか、すっごい面白そうだよね! エインヘリアルなんかやっつけって、美味しい食べ物いっぱい食べようよ!」
 屋台と聞いて、猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012) が大きな瞳を輝かせながらお祭り気分で思いを馳せる。
 花も団子も愛でながら、今年の夏の最後の思い出を、しっかり心に焼き付けよう――。


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
ゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
火岬・律(幽蝶・e05593)
水無月・一華(華冽・e11665)
グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)

■リプレイ


 過ぎ行く夏の最後の祭りを楽しむ人々の、歓声が悲鳴に変わろうとする。
 多くの人で賑わうお祭り会場に、出現したのは、一体の招かれざる大男。
 見上げる程の巨体の持ち主であるその男――真っ赤な髭を生やしたエインヘリアルが、今まさに人々を虐殺すべく襲い掛かろうとする。
「地域の人が、頑張って作り上げたお祭り……壊させるわけにはいかないの!」
 相手を引き付けるように声を張り上げながら、ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)が箱竜のアネリーをお供に従え、駆け付ける。
「季節の風情を理解しない、お前のような極悪非道な連中は、俺達ケルベロスが許さない」
 凛とした青い眼差しで、敵を見据えるグレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)。彼の言葉にエインヘリアルは、意識を番犬達に向けて敵愾心を燃え上がらせる。
「ケルベロスだと!? ハッ、面白え。だったらまずてめえらから血祭りにしてやるぜ!」
 嘗て多くの命を殺めた凶悪犯罪者、荒くれ者のエインヘリアル『赤髭』が、番犬達を睨みつけると獣のように吼え猛り、身の丈程の巨大な斧を振り翳す。
「神聖なるお祭りを、人々の血で穢すような真似だけは断じてさせません」
 赤髭の前に立ちはだかるように、火岬・律(幽蝶・e05593)が間に割って入り込む。
 燻銀の鎖を身体に纏わせ盾と成し、描く螺旋が火力を分散させて、この攻撃を耐え凌ぐ。
「回復はわたくしにお任せ下さい」
 水無月・一華(華冽・e11665)が冷静に、すかさず癒しの力を行使する。
 嵌めた指輪に魔力を込めて祈りを捧げると、そこに光の盾が具現化し、癒しの光が律を包んで守りの力を付与させる。
「祭りは派手な方が面白い。でもそれは、楽しい祭りを邪魔するヤツが居なければの話だけれどね!」
 重罪人のエインヘリアル相手であっても怯まずに、ゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)が不敵な笑みを浮かべて身構える。
 ゼロアリエの手から漆黒の鎖が伸びて地面に張り巡らされ、描く魔法陣から光が放たれ、仲間に加護の力を齎していく。
「……そうだな。催しは派手な方が良い。お前が番犬に噛まれ逃げ回り踊る様など、さぞ盛り上がろう」
 野生の獣の如き身軽さで、ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)が高く跳躍。空中で回転しながら速度を加え、重力を載せた蹴りを挨拶代わりに見舞わせる。
「華やかさの欠片もない男だな……。血祭りが好きなら思う存分付き合ってやるよ」
 ゼノアに続いて仕掛けるのはラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)。自身の魔力によって生成した弾丸を、褪せぬ記憶と誓いを刻んだ二挺の銃に篭め、狙いを定めてトリガーを引く。
「――存分に哭け」
 銃口より放たれる無数の銃弾は、星が毀れ落ちるが如く虚空に軌跡を描き、標的目掛けて驟雨のように降り注ぐ。
 ラウルの正確無比な射撃は相手の四肢を捉えて穿ち、幾度も撃ち込まれる狂弾に、敵の巨体がグラリと傾いで地に跪く。
「お祭りに血なんて似合わない。とにかく今は、この事態を見逃すなんてできないよ」
 メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が竜語で呪文を詠唱し、溢れる魔力に大気が揺らいで竜の形を成していく。
 そして手招きするかのように掌翳すと、創り出された幻影竜から魔法の炎が放射され、巨漢の蛮賊を、紅蓮の紗幕で炙るように包み込む。
 エインヘリアルが企むお祭り会場の襲撃は、ケルベロス達の介入によって阻まれる。
 一般人の避難誘導も警察達が対応してくれて、速やかに退避していく人々に、番犬達は背を向けながら――必ず守ってみせると心に誓い、凶悪なる敵との戦いに立ち向かっていく。


「月よ その光は淡く白く 悠久の調べを運ぶ  今宵 魔法をかけてくれるなら 永遠の夜を願おう ずっと月の光のそばに……」
 風に流れて聴こえる澄んだ声。それはヴィヴィアンの唇から紡がれる、静かで切ない月の夜想曲。
 闇夜に響く少女の優しい旋律が、聴者に視せる幻想世界の幻は、オーラを纏って仲間の眠れる力を呼び醒ます。
「逃がしはしない……確実に捉える」
 グレッグの全身を覆う白銀色の流体金属が、彼の闘志に呼応し強度を増した武器と化す。
 我が身の全てを兵器に変えて、純白の翼を広げて飛翔しながら突撃し、刃の如き鋭い蹴りを叩き込む。
「まだ終わりじゃないからね! あたしだって負けないよっ!」
 猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)がグレッグと入れ替わるように飛び掛かる。
 軽やかな身のこなしから身体を捻り、遠心力を加えた回し蹴りが華麗に炸裂。そこへゼロアリエが疾走しながら脚に炎を纏わせて、赤髭の顔面狙って灼熱の蹴りを打ち込んでいく。
「そのご自慢の真っ赤な髭ごと、燃やしてあげるよ!」
 ニヤリと口元吊り上げ微笑むゼロアリエ。更に相棒の羽猫リューズが、ルネッタと一緒に飛び付いて。エインヘリアルの筋骨隆々とした肉体に、伸ばした爪を立て、引っ掻き回して斬撃痕を刻み込む。
「ヘッ、少しはやるじゃねえか。だがどっちにしても、最後に死ぬのはてめえらだ!」
 ケルベロス達の攻撃も、赤髭は意に介さないと言わんばかりに言葉を吐き捨てる。すると手にした斧が赤く光って不気味にうなり、傷口を塞ぐと同時に破壊の力を身に宿す。
「そう思い通りにはさせねぇよ。最後に立っているのは、俺達だ」
 力を増幅させる敵の動きに、素早く反応するラウル。
 秘めたる力を解放し、魔力を乗せた闘気の風を纏い、流れるような動作で間合を詰めて、掌で相手の身体に触れたその刹那――注ぎ込まれるラウルの魔力が敵の破壊の力を相殺し、白き光の花弁が舞い散った。
「全く不届き者だこと。あの悪い髭は、全部毟り抜いてしまいましょうね」
 一華が薄ら笑みを携えながら、腰の刀に手を添える。刃に呪詛を載せて振り抜く一閃は、静かに冴え渡るような切れ味で、敵の巨体を真一文字に斬り付ける。
「――土、水、木、火、金、月、日、計、羅」
 律が旧き文献から得た秘術。印を結んで唱える九曜の調が、蒼き螺旋を描いて仲間の視覚を制御して、全身に呪力の痣を浮かび上がらせる。
「それじゃ、ここはわたしが先に行かせてもらうから」
「……ああ、今宵は祭りだ。存分にぶちかましてやれば良い」
 メリルディの声掛けに、ゼノアが頷きながら言葉を返す。その一言に、メリルディは一瞬口を緩ませ、眼前の荒くれ者を鋭い視線で睨視する。
 力を高めて地面を蹴って、駆け寄りながら黒いドレスを翻し。濡羽色の刃を奔らせ舞うかのように斬り裂くと、飛び散る血飛沫が、虚空を赤く染め上げる。
 直後にゼノアが背後に付けて、間髪を入れずエインヘリアルに接近し、音速を超える拳を捻じ込んだ。その衝撃に赤髭は、口から嗚咽を漏らして苦痛で顔を歪ませる。
 ケルベロス達の攻撃は、徐々に相手の生命力を殺いでいる。ならばこのまま火力で押すまでと、番犬達は手を緩めることなく手数を重ねて攻め立てる。

「そろそろ決着を付けようか。せいぜい派手に散ってもらおうじゃないか」
 ラウルが精神を集中させて念じると、魔力が大気を圧縮し、空間が突然爆ぜてエインヘリアルの肩を吹き飛ばす。
「祭りは本来、祀りですからね。賊への分け前は、一文足りとも渡すわけにはいきません」
 律が呼吸を整えながら、力を拳の一点のみに研ぎ澄ます。その手に雷気を纏わせて、強く踏み込み繰り出す手刀の一撃は、牙の如くに脾腹を突き刺し、抉り斬る。
「グハァッ……!? ば、馬鹿な……この俺様が、こんなクソッタレな犬共に!!」
 赤髭が声を荒げて怒りを露わにするが、先程までの余裕は微塵もない。
 この劣勢をどうにかして覆すべく、血染めの斧を高く掲げて振り被り、力を溜めて叩き伏せようとする。
「その攻撃は見切ったよ! あなたは、あたし達が絶対に倒すから!」
 だがその前に、ヴィヴィアンが棍を回して相手の腕を払い、斧の軌道を逸らそうと――。
 そうしてヴィヴィアン目掛けて振り下ろされた斧の一撃は、棍の返しによって威力を削がれ、被害を最小限に食い止めたのだった。
「――染まれ、藍より青く、空より鮮やかに!」
 ゼロアリエが取り出したのは、青いインクが染み込んだ筆。その筆をヴィヴィアンに向けて虚空に花の絵を描く、すると彼女の傷が瞬く間に治り、夜空に青い花弁が舞っていく。
「――皆々全て、祓い清めて癒しましょう」
 美しくも嫋やかに、一華が慈愛の心を込めて剣舞を舞う。捧げる願いは、仲間に破邪の力を纏わせて。剣舞を終えて刀を鞘に納めると、一華はにこりと笑って託すのだった。
「お前にはもう後がない。これで全てを終わらせよう」
 グレッグが胸に燻る怒りを放出し、激しい稲光が全身から迸る。
 雷を一つに束ね、弓を引くかのように撃ち込むと。それは紫電の矢となり、一直線に飛来して、敵の心窩を貫き穿つ。
「その血の色が紅か蒼か……試してみるのも悪くない」
 ここは一気に畳み掛けようと、ゼノアが瞬時に相手の懐へと潜り込み、ナイフを敵の腹部に突き立てる。そして刃を縦横無尽に掻き捌き、見るも無惨で悍ましい、餓えた獣が食い散らかしたような傷痕だけが刻まれる。
 深手を負った赤髭は、もはや息絶えようとする寸前だ。そこへメリルディが歩み寄り、死の世界に誘うように手を差し伸べる。
「……もう、終わらせよっか。夢が褪めたら次に行くだけ、戻れないんだ」
 魔力を込めて囁く声は、夜の静寂に揺蕩う夢幻を視せる。
 彼女の腕に巻き付く攻性植物が、相手の首を、四肢を、胴体を、無数の蔓で捕えて離すことなく締め付ける。
 どれだけ必死にもがこうと、赤髭に抗うだけの力はもう残されていない。後は褪めることなき夢の世界に堕ちてゆき、命の終わりを告げるように薔薇の花が咲く。
 男は苦悶の表情で、天に向かって咆哮しながら絶命し、巨体が崩れ落ちて倒れたその瞬間――夜空に勝利の花火が打ち上がる。


 エインヘリアルの野望を見事に打ち砕いたケルベロス達。
 戦闘で壊れた箇所をヒールで修復し、作業を終えるとそれぞれ祭りを楽しむのであった。
 神社の境内に屋台が並ぶ。そこへメリルディは夫の漆を誘って、一つの屋台の前に立つ。
「ねえ漆、金魚掬いってやったことある? やってみたいんだけど教えてもらえるかな」
「んー……教えるって言っても、俺もそこまで詳しくはないですからね?」
 彼女にお願いされるまま、漆はポイを手に取り、説明しながら手本を見せる。
 メリルディは彼の話に頷き感心しつつ、それじゃ今度は自分がと、見よう見まねで初めての金魚掬いに挑戦をする。
 最初は上手くいかずにポイが破けるが、何度か試しているうちに、コツを掴んで遂に一匹の金魚がお椀の中に入れられて。彼女は満面の笑みを最愛の彼に見せるのだった。

 一華が人混みで迷っていないかと、万里は心配そうに待ちつつ彼女の姿を探してみるが。漸く逢えた彼女の顔を見た瞬間、ほっと安堵の息を吐く。
 お疲れさん、と万里が一華に差し出したのは、彼女が好きなタピオカ入りミルクティー。それを手にした一華は一口飲んで、勝利の後の一杯はまた格別だと満足そうに笑む。
 そうして一息ついた後、万里は彼女の手を引き、提灯明かりの燈る屋台通りをぐるりと巡る。どこか不思議な魅力を感じる夜の屋台の風景に、一華は心惹かれてつい見惚れ。やがて二人は金魚掬いの屋台に目を留める。
「そういえば、去年は屋台でスミと会ったんだよなあ」
 それは万里が金魚掬いで連れ帰った黒金魚の名。お友達の金魚が増えたら寂しくないかもなんて思いつつ、ここで一華が掬えたならそうしよう、などと会話を弾ませながら、二人は暫しの間、和気藹々と金魚掬いに興じるのであった。

 戦いの残り香は、なるべく消そうと上着を脱いで、後は誘った相手を待つばかり。
 周囲を見回す律に声を掛けたのは、紫髪のオウガの女性。
 蠱惑的な笑みを浮かべる藤尾に、律は紳士然とした対応で、彼女の案内役を務めるのであった。
「ところで、何故上着を脱がれていますの?」
 藤尾が不思議そうに思って問いかける。彼女の質問に、律はたった一言、汚れましたからとだけ。
 彼女の思惑を、察するからこそ出た言葉。その回答に、藤尾は口元緩めて身体を寄せて、彼の髪に残った微かな戦の香に、良い匂いだと、笑みを深めて愉悦する。
 やがて聴こえる祭囃子の笛の音に、高揚を掻き立てられつつ、祭りの空気に興じる二人。大気を震わす音と共に、宵の空には華やかな色の炎が飾られる。
 花が咲き、刹那に散り行く美しさ。未練を残さぬようにと遠くを見つめる彼も可愛いと、揶揄うように笑う彼女の底知れなさに、律はただ困惑するのみだった。

 鮎の塩焼き咥えた羽猫リューズを、やれやれといった様子で見守るゼロアリエ。
 その隣では、シエラシセロが自慢の浴衣姿を見てもらおうと、くるりと回って彼に聞く。
「ロアどう? 感想は?? ……って、食べ物に夢中!?」
 何とゼロアリエは幼馴染の彼女に見向きもせずに、食べ物系の屋台巡りに勤しんでいた。
「どうした、シェラ? ところで何食べたい? 俺はたこ焼き、焼きそば、りんご飴に綿飴にクレープに……!」
 色気より、食い気の方が優先なのも彼らしいなと。シエラシセロは苦笑しながら、思いつく限りの食べたい物をすらすら並び立てていく。
 そうして夏の夜空に打ち上げられる花火を眺め、感嘆の声を上げながら、二人はこの光景を忘れないよう目に焼き付ける。
 来年もまた見に来ようねと、華やかな夏の思い出をそれぞれの胸に――。

 青のグラデーションの浴衣を身に纏い、真尋が戦い終えたゼノアを出迎える。
 彼女の浴衣姿を見てゼノアは流石だと、着こなしを誉め称えた後で、自分の衣服の飾り気のなさを省みる。
 それは仕方がないと真尋は苦笑して、彼を労うようにたこ焼きを買って差し入れをする。
「晩飯代わりというわけか……今の内に色々食っておかんとな。……あつ」
 たこ焼きを勢いよく頬張るその直後、ゼノアは口に広がる熱さに驚いて。真尋は急がなくてもいいわよと、冷えたジュースを手渡して。一息入れて落ち着いた頃、二人は花火を見るべく移動する。
 互いに手を取り合い、見晴らしの良い高い場所へとやってきて。間近で眺める花火の生の迫力を、二人は心行くまで楽しんだ。
「本当に素敵……こんな良い景色が見られたのも、連れてきてくれたおかげだわ」
 そう言ってお礼を述べる彼女の嬉しそうな表情に、ゼノアの心も温まるのだった。

 夜闇が景色を包む中、夏の梢に咲く緑葉が、祭りの提灯明かりに照らされる。
 聴こえてくるのは祭囃子と賑わう人の声。それところころ鳴って交わる、下駄の音二つ。
 屋台巡りで得た戦利品という名の食べ物達を、両手一杯携えながら、花火はまだかと待つシズネ。
 その傍らで、たこ焼きを美味しそうに頬張るラウルを横目で見ては。手元に残った最後の一個に、それを自分に食べてくれって、揺らめく鰹節がそう誘っているなど勝手に妄想し。ラウルが空を振り向き仰いだ一瞬の後、それはシズネの口の中へと納まっていた。
 あっという間に消えたたこ焼きに、ラウルが驚く間もなく、心が弾けたような大きな音が夜空に響いて、光が爆ぜる。
 黒玻璃思わす天蓋を、染める幾多の華の光輪に、食べ物の事も忘れる程に目を奪われて。
 シズネが呆然と口を開いているところ、ラウルがとうもろこしを放り込み。呆気に取られる青年に、さっきのお返しと、悪戯めいた笑みを零すのだった。

 穏やかに和んだ雰囲気で、グレッグはノルと一緒に、愛する者同士の時間を過ごす。
 二人は屋台で買ったピンクの綿飴を、互いに分け合いながら食べさせ合って。幸せ感じるひと時に、思わず顔が綻んだ。
 夜空を見上げれば、打ち上げられた花火が空一杯に広がって。きらきらと、余韻を残して消える炎の花に、歓声上げて燥ぐノル。
 綺麗だね――と、ノルが金の瞳を輝かせながら言葉を漏らす。そんな彼に対してグレッグは、愛おしそうに手を伸ばし、銀色の髪に掌を添えて梳くかのようにふわりと撫でる。
「いま、おれはすごく幸せ。グレッグのそばにいられるから」
 ノルはその髪を愛する人の肩に乗せ、凭れるように身を委ね、耳元でそっと囁いた。
『――これからもずっと……大好き』
 多くの思い出を重ねた夏と、新たに迎える季節に想いを馳せながら。二人だけの時が流れ過ぎて行く。

 お待たせ、と。
 浴衣姿で恋人の許に小走りで駆け寄るヴィヴィアンに、鬼人が彼女を労う為に差し出したのは、ナノナノの形をした特製綿飴だ。
「わ、ナノナノの綿飴!? すごいすごい、かわいい~!」
 目をキラキラさせて喜ぶヴィヴィアンに、折角だから二人で一緒に食べようと、鬼人がそう言いかけた時。夜空に大きな音が轟いて、色鮮やかな花火が舞い上がる。
「……そういや、花火を二人で見るのって、初めてだよなぁ?」
 ふと隣に視線を向けると、花火に見惚れる少女がそこにいて。
 このまま彼女を見ていたい、想いは更に膨らみ気が付けば、鬼人は彼女の手を握り締めていた。
 不意に感じる温もりに、ヴィヴィアンは心満たされながら、その手を握り返して互いの想いを確かめ合う。
 花火が終わるその後も、繋いだこの手は、ずっといつまでも――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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