ラビット・ファイアー

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
「八月は終わったが、涼しくなるのはもう少し先のようじゃのう」
 秋の気配がまだ感じられない田園地帯を散策するウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)。
 その前に小さな影が現れた。
 ウサギだ。
 しかし、ただのウサギではない。
 赤い目と茶色の体毛という有り得ざる配色。
 額に印されたナイトの駒の文様。
 そして、背中から生えた大きなネジマキ。
「……こやつ、まさか!?」
 ウィゼが思わず身構えると、ウサギは傍の休田に飛び込み、凄まじいスピードで土を掘り返して地中に逃げ込んだ。
 いや、逃げたわけではないらしい。数秒も経たぬうちに別の場所の地面が盛り上がって穴が穿たれ、ウサギの顔が出てきた。
「キュイキュイキュイキュイ!」
 挑発するかのように電子音声を発して、ウサギは顔を穴の中に引き戻した。
 だが、その姿がウィゼの視界から消えたのは一瞬。ウサギは再び地面を掘り上げ、新たな穴から顔を出した。そして、すぐにまた引っ込んだかと思うと、新たな穴を開けて顔を出し、引っ込み、穴を開けて顔を出し、引っ込み……と、同じことを何度も繰り返して、休田を穴だらけにしていく。
「モグラ叩きならぬウサギ叩きというわけか……面白い。叩き潰してくれるわ!」
 闘志の炎を燃やしながら、ウィゼは休田に足を踏み入れた。

●音々子かく語りき。
「ネジクレスの負の遺産とでも呼ぶべきダモクレスが現れちゃったんですよー」
 と、ヘリポートに緊急召集されたケルベロスたちにヘリオライダーの根占・音々子が告げた。
「御存知ないかたや覚えてないかたのためにざっくり説明しますと、ネジクレスは『ネジクレスロイド』という兵団を独自に築いていたダモクレスです。載霊機ドレッドノートの戦いで倒されたんですが、ネジクレスロイドの中には生き残っていた者もいたんですね。その生き残りが石川県小松空港の傍の田園地帯でウィゼ・ヘキシリエンちゃんを襲撃するんです」
 ウィゼはネジクレスを倒したケルベロスの一人だが、件のネジクレスロイドがそれを知っているかどうかは判らない。知っているのだとしても、『主人の仇を討ちたい』という殊勝な思いで動いているのではなく、ネジクレスが生前に施したプログラムに従っているだけなのかもしれないが。
「そのネジクレスロイドはダモクレス化されたウサギちゃんでして、額にはチェスのナイトのマークが付いています。他のネジクレスロイドに倣って『ビースト・ナイト』と呼んでおきましょう。もちろん、ネジクレスロイドのシンボルとも言えるネジマキも付いてますよ。私と同じですねー。あと、ウサギちゃんだけあって、見た目が可愛いです。この点も私と同じですねー」
『なに言ってんだ、こいつ?』という冷ややかな視線を送るケルベロスたちであったが、音々子は気付いていないようだ。
「でも、可愛いからといって油断は禁物ですよ。見た目はウサギちゃんですが、中身は非情な捕食者です。猛スピードで移動して、噛みついてきたり、後ろ足でキックをかましてきたり、時にはカートゥーンの可愛くも狂暴な動物キャラみたいに爆発物で攻撃してきたりするんですよ」
 機動力と攻撃力を兼ね備えた優秀な戦闘兵器である。しかし、その高い技能を撤退に活かすことはないらしい。そう、どんなに不利になっても退かず、死ぬまで戦い続けるのだ。ダモクレス化された際に生存本能を取り除かれたのかもしれない。
 最後に音々子はケルベロスたちに言った。少しばかり顔を曇らせて。
「可哀想ですが、ベースにされたウサギちゃんを普通の動物に戻してあげることはできません。皆さんの手できっちり成仏させてあげてください」


参加者
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)
ジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)
ラジュラム・ナグ(桜花爛漫・e37017)

■リプレイ

●アシッドなラビットのビビットなビート
「モグラ叩きならぬウサギ叩きというわけか……面白い。叩き潰してくれるわ!」
 最後のネジクレスロイド――ビースト・ナイトを倒すべく、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)は穴だらけの休田に足を踏み入れようとした。
 ウサギをベースにして作られたナイトほどではないが、九歳のドワーフであるウィゼの体は小さい。
 にもかかわらず、彼女が第一歩を下ろした瞬間、大地が激しく揺れた。
 ケルベロスたちが空から降下し、休田に着地したからだ。
「おおう!?」
 ウィゼは驚きと喜びの声を発して、頼れる仲間たちを見回した。
 いや、一人だけ頼りない者もいたが。
「よう!」
 と、『頼りない者』ではないラジュラム・ナグ(桜花爛漫・e37017)が手を上げた。
「面白そうだから、おじさんも遊びに来たぜ。聞いたところによると、敵はけっこうキュートな奴らしいが――」
「――ダモクレスとなれば、放っておくわけにはいかないよね」
 イリオモテヤマネコの人型ウェアライダーである比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)が後を引き取った。もちろん、彼女も『頼りない者』ではない。
「かたじけない」
 ヴィゼは仲間たちに礼を述べた。
「皆が来てくれたおかげで頭が冷えたのじゃ。危うく敵の術中にはまるところじゃった。この穴ぼこだらけの休田は奴のフィールドゆえ、迂闊に飛び込んでしまったら……」
「覚悟なさい、ビースト・ナイト! 生きて帰れるとは思わないことね!」
 千手・明子(火焔の天稟・e02471)がウィゼの言葉を遮った。
 そして、『白鷺』の銘を持つ日本刀を抜くが早いか、近場の穴に頭からダイブした。『挽崩し(ヒキクズシ)』なる斬撃を浴びせるために。
 しかし――、
「まずはその足、いただ……あぁーっ!?」
 ――決め台詞であるはずの『その足、いただきます』が絶叫に変わった。ナイトが掘り返した穴はどれも人間が入れるほどの大きさを有していないため、頭だけがはまり込み、しかも抜けなくなったのだ。
 この姿を見ただけでは信じられないかもしれないが、明子も『頼りない者』ではない。体が穴に入らなかったとはいえ、手にした『白鷺』は地面を刺し貫き、ナイトに届いたのだから(その証拠に『キュイー!?』という悲鳴が地中から聞こえてきた)。
「アジサイ! アジサイ!」
 頭を穴に突っ込んだ状態で足をじたばたさせる明子。土が跳ね飛び、茜色の被布衿コートが斑になっていく。
「なにをやってるんだ。遊びに来たわけじゃないんだぞ」
『頼りない者』ではない竜派ドラゴニアンのアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)が明子の腰を掴んで引っ張り始めた。
「しかし、和装で土に潜ろうとする心意気は凄いな。見習う気はないが……」
 土にまみれた明子の衣装を呆れ半分感心半分の目で見つつ(頭は埋まってるので、そもそも衣装しか見えないわけだが)、アジサイは呟いた。
 和装で任務に臨んでいるのは明子だけではない。
『頼りない仲間』ではないヴァルキュリアのスノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)も和服を纏っていた。弟から贈られた寒色の着物だ。
 彼女は明子のように穴に飛び込むようなことはせず、淑やかに振る舞っていた。少なくとも、本人はそのつもりだった。得物は淑やかならざるドラゴニックハンマーだが。
「人間は無理でも、サーヴァントなら潜れそうね」
 スノーは穴の一つを指し示し、見るからに頭の悪そうなサーヴァントに命じた。
「行きなさい、ヴァオ!」
「合点承知之助! ……って、俺はサーヴァントじゃねえーっ!」
 と、化石レベルの死語とともに寒々しいノリツッコミを返したのはヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)。
 そう、この男こそが『頼りない者』である。

●スナップ、ステップ、スラップスティック
「がおー!」
 頼りないヴァオに代わって、オルトロスのイヌマルが穴に突入した。胴長短足なバセットハウンドの姿をしているので、狭い穴で敵を追い込む役は最適かもしれない。
「バセットハウンドってのは――」
 イヌマルの尻尾にじゃれつくようにして自分のウイングキャットが後を追っていくのを見送りながら、玉榮・陣内が前衛陣に向けて『黒豹ノ瞳』を用いた。命中率を上昇させるグラビティだ。
「――フランス原産で元々はウサギ狩りなんかで活躍する犬種だったそうだな」
「うっとこでは、ラパン(ウサギ)はごちそーデス! こんがり焼くと、おいしーよっ!」
『フランス』という言葉に反応して、フランス出身のドワーフのジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)が元気な声を出した。
「ジャポンに来てからは食べる機会があらへんかったから、チョー楽しみ! イヌマルちゃーん、パイロキネシスで焼いちゃってくだサーイ!」
「ちょっと待って! 『こんがり焼く』とか言った!?」
 穴に顔を突っ込んだままの明子がより激しく足をじたばたさせた。
「アジサイ、さっさと引っこ抜いて! ジジさんが穴の中を火の海に変えちゃう前にぃ! ほら、はやく!」
 だが、ジジはこの段階ではまだ炎撃系のグラビティは使わず、チェーンソー剣の木製グリップを指先で叩いて『デュ・ボワ』の呪文を唱え、自らのジャマー能力を上昇させた。
「……が、がおー!」
 明子の傍からイヌマルの力み声が聞こえてきた。どうやら、明子の頭に自分の頭をあてて押し上げようとしているらしい。
「火の海になるのはもうちょっと先みたいだね」
 アガサが縛霊手から紙兵を散布した。
「バッチコーイ! バッサリと三枚におろしてやるぜぇ」
 紙兵の雨の下でラジュラムが愛刀『黒塗』の素振りを始めた。
「私はあくまでも淑やかにいきますわ」
 同じく紙兵の恩恵を受けたスノーがドラゴニックハンマーを振り上げた。淑やかな所作で。
「キュイキュイキュイ!」
 ナイトの電子音声が聞こえてきた。不規則に左右に揺れながら、徐々にケルベロスの前衛陣に近付いてくる。
 そして、その音がいきなり消え、前衛陣の足下の穴からナイトが飛び出して……くるかと思いきや、代わりに黒鉄色の小さな物体が飛び出し、放物線を描いて地面に落ちた。
「手榴弾だ!」
 そのラジュラムの叫びは爆発音にかき消された。もっとも、彼は無傷で済んだ。アガサが咄嗟に盾になったのだ。
 一方、スノーのほうは爆風でダメージを受けていたが――、
「もう少し淑やかな攻撃はできないの? 私のように!」
 ――敵の居場所に目星をつけてハンマーを打ち下ろし、アイスエイジインパクトを淑やかに見舞った。
「まずは機動力を削ぐことが先決じゃのう」
 ウィゼも同じように地裂撃を地面に叩きつけた。
 しかし、どちらの攻撃にも手応えがない。
「予定変更。三枚におろす前に串刺しにしておこう」
 ラジュラムが武器を黒いパイルバンカーに持ち替え、地表の一角にイカルガストライクを突き込んだ。こちらは手応えあり。
「では、俺は治癒と防護を……」
 アジサイがライトニングロッドの『救雷』を片手で振って雷の障壁を生み出し、前衛陣に異常耐性を付与して傷を癒した。
 ちなみに『救雷』を持っていないほうの手でなにをしていたのかというと――、
「ほら! はやく、はやく!」
 ――急かす明子をまだ引っ張り続けていた。『治癒と防護』と言ったが、実際には『治癒と防護と救助』である。
 そんなコントじみた光景から少しばかり距離を置き、一人で佇んでいる者がいた。
 オラトリオの月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)だ。
「ウサギ――それは私にとってもっとも愛らしい生き物」
 胸に手をあてて、イサギは独白した。ウサギのウェアライダーである義妹の姿を思い描きながら。
「耳、目、背の丸み、ふさふさの毛皮、そのどれもが最高に愛らしいというのに……斬らねばならないというのか?」
 いつの間にか、頭が隠れている明子以外のケルベロスは黙り込んで手を止め、呆然とイサギを見つめていた。いや、ケルベロスだけでない。ナイトも穴の一つから顔を出し、『なんなの、こいつ?』とでも言いたげな眼差しをイサギに向けている。
「あぁ、つらい……」
 嘆息して顔を背け、目頭を押さえるイサギ。
「キュイー?」
 穴から身を乗り出し、首をかしげるナイト。
「……なんて、言うと思ったかい?」
「キュイキュイッ!?」
 悲鳴を残して、ナイトは穴に潜り込んだ。イサギがいきなり身を翻し、呪怨斬月で斬りつけたのだ。目頭を押さえていたのはポーズに過ぎなかったらしく、頬に涙の跡はない。
「つらいわけがないだろう。こんなウサギモドキにあの子の姿を重ねたりしないよ。いや、ウサギモドキどころか、本物の愛らしい百万羽のウサギの中からでも私はたった一人のあの子を見つけられる」
 と、静かながらも熱い調子で義妹への愛を語るイサギ。
 そうしている間にアジサイが我に返り、裂帛の気合いを発した。
「ふん!」
 次の瞬間、明子の頭がようやくにして穴から抜けた。
 彼女を押していたイヌマルも勢い余って飛び出した。
 その尻尾を前足で掴んでいたウイングキャットも飛び出した。
 古典的なコメディ映画ならば、コルク栓が抜けるような効果音が三回連続で響くところだろう。
 いや、四回かもしれない。
 ウイングキャットに続いて、ナイトも飛び出したのだから。
「キュイッ!」
 ナイトは空中で手裏剣のように回転してウィゼに迫り、後ろ足で蹴りつけた。そして、すぐに穴に戻った。
「なかなか、やるのう! しかし――」
 ウィゼが穴の中に『アヒルちゃんミサイルDX』を撃ち込んだ。その名の通り、アヒルの形をしたミサイルである。
「――我がアヒルちゃんの敵ではないのじゃ!」
 果敢に反撃したとはいえ、当然のことながら、ウィゼは無傷ではなかった。ナイトの蹴りを受けた部位が毒に蝕まれて変色している。手の空いたアジサイがすぐにウィッチオペレーションを施したが。
「どうして、蹴りで毒を注入できるのかしら?」
 スノーが首をかしげた。
「ウサギの足は幸運のお守りだけど、ナイトの足は呪いを与えるのかもしれないね」
 そう言いながら、イサギが翼を広げて舞い上がった。
「ほな、うちも足を使ってみよっかナ。プワゾンやのうて、フランムやけどー」
 ジジがエアシューズのローラーを地に擦りつけ、穴の中にグラインドファイアを放った。
「キュイキュイ!?」
 アヒルちゃんと炎に追われて再び穴から飛び出すナイト。
 すかさず、明子が『白鷺』で絶空斬を見舞った。今回は穴にダイブしたりせず、敵の出方を待っていたのである。さすがに懲りたのだろう。
 彼女の攻撃を受けたナイトは別の穴を目指して走り出したが――、
「逃がしはしないよ」
 ――日本刀『ゆくし丸』を手にしたイサギが急降下し、ホーミング効果を有する斬撃『銀雪華(ギンセッカ)』を浴びせた。
 更に光の粒子群がナイトを追撃した。スノーがヴァルキュリアブラストを使ったのだ。先程まで手にしていたドラゴニックハンマーは淑やかに投げ捨てられている。
 粒子群の直撃によって、ナイトの小さな体は弾き飛ばされた。
 そこに迫るのはラジュラム。
「ジャストミート!」
『黒塗』を力の限りに振り抜き、月光斬でナイトの腱を断ち切る。
「あたしもジャストミートできるかな」
 アガサがエクスカリバールをフルスイングし、バリケードクラッシュでナイトを打ち据えた。
 だが、打撃の反動でバールは別の角度に跳ね上がり――、
「ぎょわぁーっ!?」
 ――ヴァオの顔面にもジャストミートした。
「あ? ごめん。でも、ほら、峰打ちだから。尖ってるほうじゃないから。ね?」
 血まみれになって悶絶するヴァオに対して、しれっとした顔で謝るアガサであった。

●コンフュージョン、やがて悲しきエモーション
「そろそろ、秘密兵器を出すか」
 激闘を繰り広げる仲間たちを冷静に見回した後、アジサイは『秘密兵器』なるものを取り出した。
 竹竿だ。
 先端から伸びる釣り糸にはニンジンが括りつけられている。
「なにやってはんの、ムッシュー・アジサイ?」
 と、ジジが問いかけた。
「見ての通りだ。敵を釣り上げる」
 アジサイは適当な穴を選ぶと、その傍に釣り用の三脚を設置して竹竿を立てた。
「やはり、男たる者、追いかけてばかりではいかん。時には忍耐強く待つことも必要だ」
「たはははは……」
 男の生き様を述懐するアジサイの横でラジュラムが苦笑した。
「おじさんにはオチが見えたわー。これ、ウサギじゃなくてイヌマルが釣り上げるというお約束のパターンだろ」
 しかし、その予想は外れた。
 確かにナイト以外の者がニンジンに食いついてきたが、それはイヌマルではなく――、
「なんか、小腹が空いたなー……お? ニンジン、発見! いっただきまーす!」
 ――ヴァオだったのである。
「……」
「……」
 糸付きのニンジン(生)を齧るヴァオを前にして、絶句するばかりのアジサイとラジュラム。
 そんな二人を明子が叱咤した。
「ボーッとしてないで、貴方たちも戦いなさいよ!」
 彼女は腕を肩まで穴に入れ、『白鷺』による雷刃突でナイトを攻撃していた。穴から抜けなくなったことに懲りて敵の出方を待つという戦略に転じたはずが、すぐにまた飽きてしまったらしい。実は懲りていなかったのかもしれない。
「やっぱり、ハンマーよりも拳よね! 爽快ですわ! 実に爽快ですわー!」
 明子の横ではスノーが降魔真拳で敵を激しく攻め立てていた。淑やかに振る舞っていたのも今は昔。変なスイッチが入ってしまったようだ。
「これ、良い! 良い! 楽しいー!」
「まあ、本人が楽しいのなら、それでいいけど……」
 スノーの狂態から目を逸らし、アガサが回し蹴りの要領で旋刃脚を放った。
 それは狙い過たずナイトに命中したが、その後も勢いは止まることなく――、
「ぎょわぁーっ!?」
 ――ニンジンを齧っていたヴァオの後頭部にジャストミートした。
「あ、ごめん。でも、ほら、峰打ちだから。踵のほうだから。ね?」
「そういうのは『峰打ち』とは言わないから! 言わなーいーかーらー!」
「キュイキュイキュイー!」
 泣き叫ぶヴァオに同意するかのように電子音声を発しながら、ナイトが穴に逃げ込んだ。
 それから一秒も経たぬうちに同じ穴から手榴弾が投げられた。
「そうら! 一本足打法だぁーっ!」
 ラジュラムが『黒塗』をスイングし、手榴弾を弾き返そうとした。
 しかし、空振り。
「楽しい! 楽しいー!」
 スイッチが入ったままのスノーが見事なフォームで蹴りを披露した。
 こちらは命中。
 手榴弾は蹴り返されて軌道を変え、その結果、スノーのみが被害を免れた。傍目には彼女が旋刃脚で攻撃を相殺したように見えただろう。
 そして、爆発の余韻が消えぬ間にケルベロスたちは攻撃を再開した。
「そういえば、うちのメメ(おばあちゃん)が――」
 ジジが人体自然発火装置付きのチェーンソー剣を穴の中に突き入れ、バスターフレイムを発動させた。
「――『穴ん中にランスフランムぶちかますとえげつないでぇ』って、よう言うとった」
「らんすふらんむ? なんだい、それは?」
 イサギが尋ねると、ジジは顎に指先をあて小首を傾げた。
「んーっと、ジャポンの言葉に訳すと……カエンホーシャキ?」
「どのような流れで祖母と孫娘との会話に火炎放射器が出てきたのじゃ?」
 と、呆れ返ったのはウィゼ。
 しかし、すぐに気を取り直して身構えた。
「まあ、それはさておき……燃焼系グラビティをこれだけ撃ち込んだのじゃから、穴の中は火炎地獄も同然。奴はもう隠れていられまい」
 その言葉通り、ナイトはすぐに穴から出てきた。
 待ってましたとばかりにアジサイが動き、太い尻尾を叩き込んだ。無造作な打撃に見えるが、物理的なダメージだけではなく、機動力を低下させる錯覚を相手に与える技だ。その名も『幻死(マヤカシ)』。
 尻尾に続いてイサギの『ゆくし丸』が振り下ろされた。
「あの子と似た姿をしていることが気に入らない」
 怒りとともに繰り出されたグラビティは呪怨斬月。ナイトからすれば、言いがかり以外の何物でもないが。
「今だ! ウィゼちゃん!」
 ラジュラムが『黒塗』を鞘に納めて水平に構え、すぐにまた抜き放ち、ナイトを斬り伏せた。『花楽音流【宴楽】(カラクネリュウ・エンラク)』という名のグラビティ。本来なら敵の攻撃を利用するカウンターの斬撃なのだが、今のナイトにはもう攻撃の力は残っていない。
「ぶち込んでやれ!」
「おう!」
 ラジュラムの言葉に答えて、ウィゼが跳躍した。
 すると、地面に落ちたナイトが赤い目で彼女を見上げて――、
「……」
 ――鼻をひくつかせた。電子音声を発する装置は破壊されてしまったのだろう。ウサギには声帯がない。
「すまぬ」
 名もなきウサギに詫びながら、ウィゼはスターゲイザーでとどめを刺した。

 小さな亡骸を見下ろして、ウィゼは大きく息を吐いた。
「ドラゴン・クイーン、ビルディング・ルーク、ヒューマン・ポーン、ビルシャナ・ビショップ……そして、ビースト・ナイト。これでネジクレスロイドはすべて倒したのじゃ」
「お疲れ」
 と、アガサがウィゼの肩を優しく叩いた。
「さあ、遊んだ後はお片付け!」
 土まみれの明子が声を張り上げた。
「皆で田んぼの穴を埋め戻すわよー!」

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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