赤刃の再来

■リプレイ

●再来の赤刃
　夜の帳が降りた街。かつて、凄惨なる虐殺が行われようとしていた場所を、浮遊する３つの怪しい影。
　青白い軌跡で魔法陣を描く怪魚達。その中央より蘇りしは、かつては地獄の番犬達に、引導を渡されし狂戦士。
「オ……オォ……」
　だが、再び地上に戻りし戦士に、既にかつての面影は無い。身に纏う甲冑は肉体と癒着して甲殻の如く変貌し、左手に至っては巨大な鋏と化している。
「ァァ……アァァァ……」
　言葉にならない叫び声を上げて、かつては『赤刃のキュレネス』と呼ばれたエインヘリアルが、再び地球の大地を踏んだ。が、その鋏が新たなる獲物を手に掛けるよりも先に、凄まじい旋風を伴う斬撃が、まとめて怪魚達を薙ぎ払った。
「はーあ、真夜中にクッソご苦労なこった……。とっとと終わらせて寝るぞ」
　気だるそうに肩を回しながら、チーディ・ロックビル（天上天下唯我独走・e01385）は慌てふためく死神達を睨み付けている。そんな彼を、ボクスドラゴンのノアールに支援させつつ、霖道・悠（黒猫狂詩曲・e03089）もまた杖を掲げ、死神達へと炎弾を放つ。
「まあ、このまま大人しく、焼き魚になってはくれないだろうけどね」
　果たして、そんな彼の言葉は正しく、死神達は一斉にケルベロス達へと狙いを定め、怨念を込めた弾を発射する。
「……っ！　そうはさせません！」
「番犬様の御成りだ、歓喜し散れよ、猫の餌共！」
　すかさず、ルヴァイド・レヴォルジニアス（黒竜・e63964）と月見里・一太（咬殺・e02692）の二人が壁となって立ちはだかったが、今回ばかりは相手の間合いが悪過ぎた。
　敵の死神は撹乱に特化し、複数の相手を同時に猛毒へ侵すことができる。そんな攻撃を、自分も狙われている状況で、味方まで庇えばどうなるか。
　答えは、火を見るよりも明らかだ。平時以上の凄まじい速度で全身を猛毒に蝕まれ、文字通り命を削られて殺される。
「待ってて！　今、助けるから！　１３・５９・３７１３接続。再現、【聖なる風】」
　慌てて峰谷・恵（暴力的発育淫魔少女・e04366）が魔術回路を解放し、癒しの風を再現することで体勢を整えられたが、これはかなり面倒な相手だ。１つ１つのダメージは小さくとも、重なったまま放置すれば、致命的な負傷に繋がり兼ねない。
「このまま耐えるだけでは、追い込まれますね。ボクスちゃん、準備はいいですか？」
　自身の相棒に背を任せ、ルヴァイドは燃え盛る炎を纏った槍先で、死神の身体を貫いた。それに続けて一太もまた、自らの拳に力を込め死神の身体を殴り飛ばす。
「……ッ！？」
　繰り出されるは、魔ではなく対象の熱を喰らう拳。殴られた個所が瞬く間に凍結し、死神の鱗が光って爆ぜた。
「それにしても、まるでカニっすね」
　巨大な剣で敵を薙ぎ払いながら、篠・佐久弥（塵塚怪王・e19558）が蘇ったキュレネスを見て呟く。
　なるほど、確かにあれはカニだろう。あらゆる命を簒奪する鎌を振るい、弱者を嬲り殺すことに快感を覚えていた男の末路としては、なんとも間抜けな姿ではあるが。
「ギ……ィィィ……」
　口から泡のように涎を垂らし、白目を剥いたキュレネスが、怪魚達の前に壁となって割り込んで来た。仲間を守るというよりは、本能的に前に出ようとしているだけかのかもしれない。
「再生怪人エインヘリアルでござるな！　こういうのは、オリジナルより弱体化しているのが、お約束のはずなんでござるが……」
　死神達を巧みな機動で翻弄しつつ、エドワード・リュデル（黒ヒゲ・e42136）が冗談交じりに仲間達へと告げ。
「なかなか面倒くさそうな死神ですわね……。早い所倒してしまいましょう！」
　皇・露（記憶喪失・e62807）が頷きつつも、超高速の爪さばきで敵を斬る。
　まずは一匹、確実に死神を仕留めて行かねばならない。ここまでは、ほぼ予定していた通り。後はどこまで、こちらの演技が死神達を欺けるか。
「ァァ……シャァァァァッ！！」
　狂える闘争本能のままに、キュレネスの鋏がケルベロス達へと襲い掛かる。薄明かりに照らされた狂刃が、獲物を求めて夜の闇を切り裂いた。

●偽りと嘘
　再生エインヘリアルを逃がさぬため、まずは死神から駆逐することにしたケルベロス達。だが、最初の一匹を倒した後は、なかなか厳しい状況に追い込まれていた。
　敵は怪魚型の死神が撹乱を担当し、キュレネスが壁となって攻撃を引き受ける布陣。その上で、猛毒や業火を撒き散らしながら、相手の体力を吸収する術も持ち合わせている。
　要するに、典型的な持久戦型なのだ。単発の火力は決して高くはないものの、長引かせると厄介な相手。だが、そんな死神やキュレネスに対してケルベロス達が取ったのは、こちらも同じく持久戦に近い戦い方。苦戦を演じつつ、残る２体の死神の体力を削り、まとめて葬ろうという策なのだが、これがなかなか難しい。
「く……強いですわ……。なかなか倒せませんわね……」
　歯噛みする露。もっとも、その言葉は演技を通り越して、半分本心が混ざっている。
「こんな敵……どう倒せばよろしいのかしら……」
　そう言って漆黒の太陽を具現化するも、敵を狙うバランスを誤らないかと気が気でない。単に纏まっているだけの相手ならまだしも、予測不能なタイミングでキュレネスが割り込んで来るため、思い通りに攻撃を死神達へ均等に分散できず性質が悪い。
　せめて、時間経過で敵の体力を削る術か、もしくは加減して攻撃する術を持っていれば。そう思ってみるものの、しかしそのような技を持ち合わせている者は殆どいない。ルヴァイドと悠の二人であれば火炎を使うことができたが、サーヴァントに自らの力を分散させている彼らでは、確実性という面で、敵の死神やキュレネスに比べて数段劣る。
「……くっ、ヤツら中々やりますね。なかなか沈まない……。これは味方をサポートする必要がありますっ！」
「そっちは任せた。まあ、削れるだけ削ってみる、ケド」
　フォローはルヴァイドに任せ、悠はガトリングガンの弾をばら撒いて、死神達を牽制した。もっとも、自分で体勢を整える術まで持っている死神相手に、広範囲に弾幕を撒き散らす形での牽制が、どこまで効果的なのかは未知数だが。
「……この形態だと使用が難しいのですが頑張ってみましょう。結界よ、加護を与え皆の傷を癒したまえ、ドラゴンフォース！」
　咆哮と共に深緑色の風が吹く結界を展開するルヴァイドだったが、その矢先に死神の放った怨霊の弾丸が飛散して、再び仲間達の身体が猛毒に侵されて行く。対するケルベロス達の側は、その攻撃の大半が相手の動きを止めるか、もしくは何らかの能力を低下させるためのもの。結果、純粋な殴り合いでしか相手の体力を削ることができず、更に仕掛けるタイミングを困難なものにさせている。
「ち、かてぇな……。くそ、このままじゃジリ貧になるぞ」
　未だ余裕のある方の死神を殴り飛ばそうとした一太だったが、その一撃をキュレネスの身体に阻まれ悪態を吐いた。今はまだ状況を見て攻撃を仕掛ける余裕があるが、このままでは遠からず、演技や嘘が真になる。
　唯一の幸いは、ボクスちゃんやノアールといったボクスドラゴン達が、懸命に自らの属性をケルベロス達に付与しようと働いていたことだろう。即効性はないものの、敵の猛毒や業火に対する保険としては、優秀な壁として働いてくれている。
「エインヘリアルだけでも楽じゃなかったのに、追加３つは厳しいかも……」
　桃色の霧を広げて仲間達の身体から毒素を排除しつつ、恵もまた額の汗を拭っていた。
　正直、これは相手を舐めていたと言われても否定はできない状況だろう。全力で戦って勝てるが、しかし相手が逃げるから演技で誤魔化す。だが、それは裏を返してしまえば、相手の状況に合わせて加減するだけの余裕がないとも言えるわけで。
（「さて……そろそろでござろうか？」）
　鱗の裂け目を狙って掌底を食らわせ、エドワードが仲間達へと目配せする。それが、一斉攻撃の合図だった。
「演技はここまで！　一気に行くっす！」
　二振りの鉄塊剣を構え、佐久弥が烈風の如き薙ぎ払いで、死神達を一掃すべく仕掛けて行った。が、それを見越してか、もしくは単純に運が悪かったのか。彼の攻撃は死神の内の一匹を排除したものの、もう一匹がキュレネスの影に隠れて難を逃れた。
「えぇい、面倒臭ぇ！　俺ぁ明日朝イチで新台入るパチンコ屋に並ぶ使命があるんだ！！　さっさと沈めやゴラァ！！」
　ここで討ち洩らせば逃げられる。死角から一気に間合いを詰め、チーディの脚が怪魚を真横から蹴り飛ばす。
「……キュッ！？」
　タイヤの滑るような鳴き声を発し、そのまま死神が青白い光に包まれて霧散した。
　これで、残るは蘇ったキュレネスただ一人。だが、ここまで消耗した身体で、どれだけ有利に戦えるか。
「ウゥ……ギ、ギィィィ……」
　歯軋りの如く不快な声を発し、キュレネスの鋏がケルベロス達へと迫る。異形と化した狂える赤刃は、未だ止まることを知らず、次なる獲物を狙っていた。

●三度眠りに
　全ての死神を排除して、残るは言葉さえ忘れた哀れなエインヘリアル、ただ一人。だが、先程までの戦いで思いの他に消耗戦を強いられたケルベロス達にとって、変異強化されたキュレネスは十分に強敵だった。
　ノアールやボクスちゃんといったサーヴァント達は、既に姿を消している。本能のままに荒れ狂う鋏は弱った相手を見逃すことなく、着実に獲物を狩って行く。
「……ウァ……オォォアァァァッ！！」
「くっ……！　こ、これ以上は……本当に……」
　雄叫びと共に敵の左腕より繰り出されたのは、凄まじい摩擦で炎を纏う殺人鋏。度重なる猛攻を前にして、ついにルヴァイドが膝を突いた。それでも果敢に稲妻を纏った槍先を敵の胸板目掛けて繰り出すも、強固な甲殻を前にしては、殆ど通っていなかった。
　先程までの戦いで消耗していたケルベロス達とは違い、キュレネスは自らの身を盾にして受けた分のダメージを除き、殆ど傷を負っていない。せめて、初撃で猛毒漬けにするか火達磨にでもしておけば、まだ状況は違ったのかもしれないが。
「これ以上の持久戦は危険だよね。だったら……」
　仲間の身体にダメージが蓄積しているのを悟り、恵がついに攻撃へ転じた。
　自分は癒し手。本来であれば、仲間の後ろを守るのが仕事。
　だが、今、この状況においては、攻撃に回った方が得策だ。どの道、ヒールで回復しきれない傷が蓄積すれば、癒し手の回復はいずれ障害の除去以外に存在意義を失う。ならば、ここは守りに徹するよりも、攻撃こそが最大の防御。
「どんなに堅い身体でも、これなら！」
　羽織っていたコートを脱ぎ捨てて、黒ビキニ姿になって蹴りを繰り出す。その爪先から放たれる星型のオーラがキュレネスの甲殻に傷を負わせたところで、泥試合にも等しい戦いの突破口が見えた。
「足はこちらで止めるでござるよ。さあ、皆さんご一緒に♪　絶えることのない銃声、砲弾の着弾音、爆破による崩落、敵味方の悲鳴……これぞ戦場の華、我らがよく知る戦場音楽ですなァ」
　手持ちのあらゆる火器や爆薬、その全てを一斉に叩き込み、エドワードが凄まじい弾幕を張る。所詮は点ではなく、面を制圧する形の攻撃。これだけでは、キュレネスを倒す切り札とは成り得ないが。
「そろそろ、年貢の納め時だぜ」
「オラァッ！　さっさと、お寝んねしやがれェッ！！」
　爆風が晴れた瞬間、一太とチーディの拳が、同時にキュレネスの顔面に炸裂した。いかに強固な甲殻に覆われていようとも、さすがに顔までは守れない。
「グフォォォ……」
　鼻が圧し折れ、前歯が砕け、とうとうキュレネスの身体が揺らぐ。そのまま、変形していない方の右手で顔を押さえ、怯んだ隙を悠は見逃さず。
「おや、随分と男前になったな。ン、折角だ。これもついでに持って行け」
　杖先から発射した魔法のミサイル弾を、追い討ちとばかりに叩き込んだ。
「ガ……アァァァ……」
　顔面が潰れ、今や見る影もなくなったキュレネスの身体が、ついに崩れた。もはや、敵は満身創痍。ここで一気に仕掛ければ、二度と再び蘇ることもないはずだ。
「蹴り飛ばしてあげますわ！！　はあああああーーー！！」
　掌から発生させた高エネルギー体を脚に纏い、露がキュレネスの甲殻の割れ目を狙って蹴りを繰り出す。恵の一撃で脆くなっていた敵の装甲は、今までの堅牢さが嘘のように弾け飛び。
「棄てられたその体、二度と黄泉還らないよう送るっす」
　甲殻が砕け散り、露わになった敵の胸元。その中心目掛け、佐久弥が重ね合わせた鉄塊剣を突き立てた。
「血潮よ燃えろ、加速しろ――荒れ狂え……！！」
　二刀一刃。合体し、巨大な一本の大剣と化した刃を突き刺したまま、隙間から凄まじいプラズマの奔流を放出する。それはキュレネスの身体に傷口から直接注ぎ込まれ、恐るべき速度で体内を駆け廻り。
「……オ……オォォォッ！！」
　両目と両耳、そして鼻と口。およそ、顔面の穴という穴や、果ては全身の傷口から光を吹き出して、狂える刃は咆哮と共に、輝きの中へと飲まれて消えた。

●狂想の終焉
　夜の帳が、再び街を静寂で包む。戦いの終わった交差点は、やはり人の通る気配もなく、昼間の喧騒が嘘のようだ。
「ボクらが他のデウスエクス倒せば倒すほど、サルベージのあてが出来る死神も大概厄介だよね……」
「もう、死神に黄泉還りさせられなければいいっすけど……」
　もっとも、周囲の被害こそ大したことはなかったものの、恵や佐久弥を始めとした面々は、疲労の色を隠し切れていなかった。
　倒しても倒しても、次から次へと蘇らされては、いずれこちらが消耗し尽くしてしまう。それこそ、今日のような戦いを世界規模で展開することになれば、物量的にも地球側の敗北は濃厚だ。
　そうなる前に、何としても死神の野望を阻止せねばならない。だが、ゲートの位置さえ不明な現状では、湧いて来る敵を潰して行くだけで精一杯。
「まあ、あんまり考え過ぎても仕方ねぇだろ。今日はもう、帰って寝るぞ」
「皆さん御疲れ様です……。さ、ボクスちゃん、ボクたちも帰ろうか？」
　大きな欠伸をしながら腕を伸ばしたチーディに続けて、ルヴァイドも一礼して現場を後にする。
　とりあえず、今は明日への戦いのために、英気を養うことに専念しよう。この地球を狙っている敵は、エインヘリアルや死神だけではないのだから。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年8月30日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 1／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 3
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