憧れの薬

作者:件夏生

●放課後
 高校の屋上に男子学生が集まっている。いずれもピアスや刺青を入れ、真面目そうとは言いがたい。煙草を吸っている者もいる。
「トオヤ、手に入ったぜ。興味あるって言ってたろ」
「先輩、まさかそれって……」
 先輩と呼ばれた方が、制服のポケットから煙草サイズの箱をちらりと覗かせた。派手な色彩の箱に目玉や麻の葉の模様が印刷されている。
「学校に持って来たんすか、先輩ヤベー!」
「騒ぎになるとマズいし、これから皆集まって俺ん家でやるけど、来るか?」
 興奮していたトオヤは固まり、ごくりと唾を飲む。
「あ……あーあー、喉風邪治ってたらよかったけど、今日はオレ……」
「気にすんな。勇気が出たらいつでも言えよ。じゃ、トオヤの分食いたい奴ー」
 他の学生がすぐさま手を挙げた。
 先輩は不良達を連れて屋上を去る。

「クソっ……オレは、別にビビってなんか!」
 取り残されたトオヤの独り言に、凛とした声が応じた。
「見つけたわよ、不良。私が更生させてあげる」
 腕章を付けた真面目そうな少女が、眼鏡をくいっと直しながらトオヤを見据える。
「あなたみたいな不良、毎日煙草やお酒に溺れて危険な薬にも手を出しているに違いないわ。薬のためなら何でもやる、学校一の危険人物ね」
 自分はそのような人物に見えるのだろうか。先輩よりも危険な存在に……。想像してトオヤは唾を飲みこむ。
「ああ、オレは薬が欲しくて仕方ない、危険な不良なんだ!」
「それなら、薬が手に入るように私が手伝ってあげる」
 少女の姿をしたドリームイーター、イグザクトリィは巨大な鍵でトオヤを貫いた。

●作戦たいむ!
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003) が集まったケルベロス達を見渡す。
「日本各地の高校にドリームイーターが出現しているよ。ドリームイーターは高校生の持つ強ーい夢を奪って、強ーいドリームイーターを生み出そうとしているみたい」
 ねむは軽く目を伏せて、予知の光景を思い浮かべながら語る。
「今回、ドリームイーターのイグザクトリィに狙われたのはトオヤくんという男子高校生だよ。アングラっぽさや仲間の体験談に興味があって、危険な薬に強く憧れていたみたい。トオヤから生まれたドリームイータートオヤは強力だけど、この夢の源である『不良への憧れ』を弱めるよう説得ができたら弱体化が可能なの。憧れていても誘われても、今までは薬に手を出さなかったんだよね。危なくて怖いものって改めて伝えたり、不良仲間に嫌気がさすような話ができるといいんだけど……」
 ヘリオンの向かう先は放課後の高校だ。ドリームイータートオヤが、先輩達の持つ薬を求めて駐輪場で襲い掛かる所を狙う。駐輪場に他の一般人は来ない。
「予知通りの地点で戦えるよう、ドリームイータートオヤが駐輪場に現れてから戦ってね! 先輩達はドリームイータートオヤとケルベロスを見たら一目散に逃げてしまうから関わらなくても平気かも。イグザクトリィはドリームイータートオヤを作ったらすぐに立ち去っちゃうよ。皆はドリームイータートオヤだけ相手にすればいいね!」
 ドリームイータートオヤは片手に大きな鍵を持ち、口にはモザイクの煙を噴き出すパイプを咥えている。不良仲間よりもケルベロスを優先して襲うだろう。
「鍵で斬りかかりながらトラウマを具現化してくるよ。あとはモザイクの煙を飛ばして来るけど、こちらを怒らせるか悪夢を見せるか、どちらかの効果だね。気を付けて」
 難しい顔をしていたねむが、ぱっと顔を上げ付け加える。
「そうそう、先輩達の事は警察と学校にお願いしてあるから、皆は心置きなくトオヤくんを更生させちゃってね!」


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
篁・悠(暁光の騎士・e00141)
ミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)
二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)
岡崎・真幸(異端眷属・e30330)
皇・晴(猩々緋の華・e36083)
刻杜・境(融けた龍血結晶・e44790)
木嶋・徹也(あなたの街の便利屋さん・e62493)

■リプレイ

●駐輪場に
「今屋上から……はぁっ?」
 突如として飛び降りて来たドリームイーターの姿に不良達がざわめく。固まった彼らの前に、刻杜・境(融けた龍血結晶・e44790)が立ち壁になった。
「悪い事に憧れる気持ち、よく分からないけどね……」
 皇・晴(猩々緋の華・e36083)がライトで周囲を照らしながら冷静に声をかける。
「僕たちはケルベロスです。ここより先はお引き受けします」
「ケルベロスだと! やべっ!」
 我に返った不良達は慌ててバイクに跨って逃げ出す。ミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)は目を見開いて呆れた。
「トオヤの友人なのだろう!」
「人として終わってる奴らだぜ。ま、これで誰も近づけないだろ」
 月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)が念のため殺界形成を行い人払いをした。
「じゃあここからは遠慮無しだ!」
 学生服姿なのは篁・悠(暁光の騎士・e00141)。アルティメットモードになり気迫充分だ。
 頼もしい姿に微笑み、二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)は普段のようにポケットの煙草を出しかけてやめた。
 視線をやった先のドリームイーターは、へらへらと笑いながら先輩の落とした箱を自分のポケットに納める。
「だが、ガキの火遊びや背伸びで済む代物じゃねえんだよな」
 木嶋・徹也(あなたの街の便利屋さん・e62493)が苦い顔をする。
「ああ、その通りだ」
 岡崎・真幸(異端眷属・e30330)は乱用の先にどんな未来があるか知っている。追憶に震えそうになる指先を拳を握って止めた。
「へっ、つまんねー大人が分かったような事をよぉ!」
 ドリームイーターはパイプからモザイクを吐き出す。煙が真幸に重く纏わりついた。「う……ぐっ」
 強力と言われるだけあってモザイクの一撃が重い。
「へへ、こんな薬に8人も集まってビビってんのか! 大丈夫だっての、オレは怖くねえ!」
 朔耶は真幸の周囲へとオウガ粒子を拡散しつつ語り掛ける。
「知識のない奴の『大丈夫』って言葉ほど怖いもんはないよな」
「そうだ! 彼らはキミと一緒に破滅するだけで、キミを破滅から助けてはくれないぞ! ピスケスよ輝け、勇者の戦いに勝利を!」
 地に星座を描き、輝きの中に立つ悠が正面から人差し指をつきつける。
「オレらは後の事なんかどーだっていいんだ! ビビッてなんか」
「あなたが破滅したら仲間じゃなく両親が責任を負うわ。いつか子供ができたら悪影響があるかもしれない。家族が路頭に迷ってもいいの? あなた、家族に捨てられても仕方ないよ」
 オウガ粒子を更に重ねる境が淡々とドリームイーターに告げる。晴も頷く。
「友人は代えがたい物ですが……。少なくとも僕は、悪い道へ相手をすすめるような人は友人とは思えませんね。キミはどう感じましたか」
 逃げ出した連中と家族を秤にかけてみたら……。想像したドリームイーターがひくりと唾を飲みかける。
「オレら、と言ったけど、貴方を見捨てて我先に逃げ出した彼等は本当に格好いいと思う? 規律に抑圧された思いが募って自由を求めるというのは映画や漫画ではありがちですが……。学生としての筋を通し、規律を守る姿の方が格好いいと思います」
 ミスラの正論にドリームイーターは睨みつけた。見返すミスラの瞳に憎しみはない。小さな唇を開くと紡ぎ出されるのは全てを許す歌、憐れみの賛歌だ。澄んだ声は仲間を災いから守る為に、そしてトオヤに慈悲が届くようにと駐輪場に響く。
「ルールなんてクソ食らえだ! オレが一番ヤバくて最強なんだ! 舐めたような歌を……!」
 ミスラによって感情を露わにするドリームイーターに肩を竦め、たたらが足元に星座を描き更に守りを厚くし、一言告げる。
「……まぁ所詮ルールなんて他の人が決めたもの事ですから、自身の生き方に反しているなら破るのもそれはまた道です。しかしねぇ、ただ己が誇示の為にルールを破るのは、子供の駄々となんら変わりませんぜ」
 輝きを受けて持ち直した真幸がゆっくりと顔を上げる。
「……必要に駆られて、近い成分の薬を服用していた事がある。だからこそ言うぞ。アレ、高揚感と覚醒感は凄えがな、すぐに切れた状態が怖くなる。やめようとしても、切れると死ぬ方がマシな苦痛や不安感に襲われてまともに考えられなくなる。必死の思いでやめてもな、その時点でやっと他の奴らが当たり前にやってる生命活動をしているだけだ。……なかなか無様だぞ」
 自嘲めいた微笑は、発言が生の体験者の声だと示していた。一番真面目そうな風体の大人の告白に、ドリームイーターは思わず固まった。その様子に、静かに真幸へと気力を満たしながら徹也が続ける。
「お前はそいつがどれだけ恐ろしいものか想像できた。だから今まで流されず自制できたんだよな? ビビりなんかじゃねぇ、それはお前の強さだよ」
 徹也がケルベロスに覚醒した日、目の前にいた薬物中毒の男の凶相が脳裏をよぎる。トオヤはまだ引き返せるのだ。
「その状況で周りを敵に回しても薬断れた方が強い奴じゃねえ? 薬に手を出さないのは強い意志によるものだと思うがね」
 もう一度真幸が後押しすると、ドリームイーターはごくりと唾を飲んだ。学生服のポケットから派手な薬の箱を取り出す。
「俺は、一目置かれて格好よくなるんだ。ビビりじゃねえって証明すんだ……コレ抜きでな!」
 箱を地面に放り捨て、スニーカーで自ら踏みつぶす。ドリームイーターの表情は苦々しいものであったが、少し吹っ切れたようでもあった。憧れを諦めてドリームイーターの力は弱まる。
「キミを倒そう。トオヤ君の未来を守る為に」
 晴の宣言と共に五色の爆発が起こり、ケルベロス達は一斉に動き出す。

●格好よく怖れを知らず
 ドリームイーターがパイプからモザイクを吐き出す。モザイクが悠に向かって飛ぶが、間に晴が割り込んで受ける。肉体への痛みと匂いに眉をひそめ、オーロラの輝きを降らせてモザイクを払う。ボクスドラゴンのチビも晴をじっと見つめ、自身の属性を付与した。
「悠先輩、お怪我は……」
「ありがとう。お返しは僕からだ。まだ見ぬ君の未来を取り戻す為に!」
 悠が頭上にブローチを掲げる。白いマフラーをはためかせ、ヒーローの姿が白銀に染まる。
 ドリームイーターは駐輪場のルーフの上に飛び、悠から距離を取ろうとする。そこへ朔耶がひらりと跳びながら斬りかかる。
「受けな!」
「うっ!」
 ドリームイーターは剣圧で地上へと押し戻される。眼前には悠、背後には七色の光の紋章が浮かぶ。
「受けよ! 極煌ッ! 剣閃ッッ!!」
「うおおおおお!?」
 神雷剣・夢眩をかざし、悠は敵諸共に紋章に飛び込む。一色通り抜けるごとに斬撃を見舞う。通り抜ければ一瞬の出来事だ。締めの一閃を受けてドリームイーターは自転車に突っ込んで呻く。連撃は効いたようだ。敵は起き上がろうとして異変に気付いた。手足に絡みつくのは自転車のチェーンじゃない。
「おや、気が付きましたかねぇ」
 からからと笑うたたらの仕込んだ蹈鞴踏みによる鎖がドリームイーターの動きを阻む。シャーマンズゴーストの彼岸が悠達前衛へと祈りを捧げた。
「……んなモン。オレは……自由に!」
「貴方はもう少し、我慢を覚えて」
 チェーンを引きちぎるドリームイーターに、ミスラのブラックスライムが膨れ上がり敵を飲み込む。オルトロスのリキが液体と鎖の隙に刃を滑らせる。
「がああああああっ!」
 戒めから逃れたドリームイーターはズタズタだ。怒りのまま飛び掛かろうとして、びちゃりと湿った音がするのに気づく。
「やらせないから」
 境がそっと滴らせた黒き血が沼になりドリームイーターを侵食する。
「うっぜぇんだよ!」
 苛立ち叫ぶドリームイーターを観察し、徹也が呟く。
「あいつは避けようとする時ジャンプする癖がある。狙うなら宙だ。受け取ってくれよ!」
 情報を周囲に伝え、徹也は手に馴染んだリボルバーを構える。中身は癒しを付与された弾丸だ。Fortune shotが真幸の背を押す。ドリームイーターは真幸の重い飛び蹴りを受けて避けられぬまま背後へと押される。足元から土埃が立つ。
「離脱症状の苦しみはこんな一瞬で終わらんぞ」
 トオヤが二度と気の迷いを起こさぬよう、釘を刺した。
「説教は聞き飽きた!」
 ドリームイーターがよろめくと、リキが毛並みを逆立て地獄の瘴気をお見舞いする。咳き込むドリームイーターの横に、静かに朔耶の刃が迫っていた。
「うおっ!?」
「楽にしてやろうと思ったんだが?」
 胸が裂け、ドリームイーターが血交じりの唾を吐き跳躍する。すぐに彼岸が炎を呼び出すが、ドリームイーターは身を捻ってかわした。薄く笑ったドリームイーターの耳に、雷鳴が聞こえた。
「貫けェ!」
 敵の着地点まで駆けた悠の刃が電撃を纏ってドリームイーターを貫く。肩を抑えながらもパイプを噛みしめるドリームイーターは、視界の端に何かを見た。背骨まで凍てつくような神性の何か。
「炎と雷の次は氷でどうだ」
 真幸のIthaquaがドリームイーターを震わせる。本能的に距離を取ろうとする敵に、逆からミスラが刃を振るう。
「ぞっとする経験なら事欠きませんが」
 胴を真横に薙ごうとする虚空ノ双牙-陽-は、ドリームイーターが左腕を犠牲にして切り抜けた。
「ひっ!」
 傷口から侵入する霊体はバッドトリップに匹敵する苦痛。
「どうにもツイてないようにお見受けしまさぁ。いえ、占わなくても顔を見りゃねぇ」
 のらりくらりとした、たたらの脇差が弧を描く。また左を……と見せかけて切っ先が的確に掠めるのはドリームイーターの右膝。
 ドリームイーターは唸って近場の境へと大きな鍵で斬りかかった。両腕を交差させて受けた境だが、飛び散る血の向こうにあるはずの無いものがちらつく。まだ鱗も生えそろわぬ、未成熟な爬虫類めいた赤子。包帯に巻かれた両腕が力なく下がる。
「あ……ああっ!」
「境! そいつは現実じゃねえ!」
 徹也が境の様子に気づき喝を入れる。境はハッとして敵へと焦点を結ぶが両手の負傷が重い。厳しく敵を睨む目の前に、不意に黄色い花弁が舞う。
 承和色の華が次々と花開き、薄暗い駐輪場に日が差したかのように彩る。晴の杏の唄だ。前衛の傷が静かに癒えていく。
「さあ、咲かせましょうか、満開の華を。そして、皆さんの力を」
 凄惨な戦いの中でも凛として穏やかな晴の声に、境が苦笑する。
「私が咲かせる物はそんなに綺麗じゃないわ」
 ドリームイーターの胸倉を掴むと大きく口を開く。龍そのものの鋭い歯列と洞のような喉を覗かせ、右耳周辺を歯牙で咬み千切る。咲いたのは赤い血飛沫とドリームイーターの絶叫だ。
 チビが血の雫を避けながら、境へこそりと自身の属性を分け与える。

●強い意志とは
 傷つけられてなおドリームイーターは煙のモザイクを徹也に向けて放った。
「はっ、これくらいどうってことねえ。朔耶、準備いいか?」
 徹也自らの気力でモザイクの催眠を跳ねのける。彼岸も徹也へと祈りを捧げる。その間に朔耶はPorteの杖を淡い色の梟の姿に戻し、魔力を籠め終わっていた。
「解放……ポテさん、お願いします!」
 片手を敵に向けてかざせば高密度の魔力の弾丸と化した梟が飛ぶ。跳んで逃れようとしたドリームイーターだが動きが鈍い。梟はその両眼でひたりと敵を見据え、翼の一打ちで軌道を変える。朔耶の月桜禽からは逃れられない。
「手加減はできんぞ」
 ドリームイーターが校舎の壁に叩きつけられパイプが落ちた。間髪入れずに、悠の刃が降魔の力をまとい、魂ごとドリームイーターを裂く。
「斬り裂け!」
「ぐ……っ」
 表情を歪めたドリームイーターはむせこんで血を吐き出す。だが闘志は消えず、まだ前へと踏み出して来る。耐性をつけてくれるチビに微笑み返し、ミスラは虚空ノ双牙に秘められた呪いを解き放ちドリームイーターを二度斬りつける。
「まだ、立ち上がりますか?」
「オレはっ」
 敵が息を詰める。刀傷を境が素手で抉り、力を奪った。
「たたら先輩、お願いします!」
 晴がたたらに微笑んで目配せし、爆炎を上げて鼓舞する。動きの鈍ったドリームイーターを留めようと、リキが斬りかかり、真幸がナイフで幾度も突く。
「テメーのような大人なんかに!」
「大人だから止めねばならん……っ!」
 抵抗していたドリームイーターから真幸があっさり引く。いぶかしみ首を巡らせたドリームイーターが目にしたのは、両足に火炎をまとって迫るたたらの姿だ。
「動かないで下せぇ。その悪夢、きっちり終わらせて差し上げまさぁ」
 狙いすました一撃は確かに心臓に届いた。
「オレは、一番ヤバい……」
 ドリームイーターは願いを叶える前に消失した。

●憧れの始末
 駐輪場に満ちていた殺気が鎮まる。
「先輩とやらが逃げた先は警察が?」
 問う真幸にたたらが返す。
「ええ、確か場所は……」
 聞くなり礼を言い、真剣な表情で去る真幸。たたらは小さく笑って、続いて場を後にする。
「仕事終わりは美味い煙草に限りやす」
 もちろん、場所をわきまえて。
 呆けて座り込むトオヤの背中を小さなヒーローが叩く。
「目先の小さな利益に手をだし、大きな未来を見失う。人それを『顧小失大』という! 君は愚かな選択をする所だったのだ!」
 颯爽と去る悠の言葉に、トオヤは足元の潰れた薬の箱を見る。やにわにそれを拾い、項垂れたまま朔耶に突き出す。
「警察に渡してくれ! ……はあ、オレ、だっせぇ。度胸もねえ」
 草木染のハンカチにそれを包み、朔耶が答える。
「本来の不良者ってのは、自分の度胸と力を知っている男の称号だよ。アンタはまだ半端者……つまり何にでもなれる未来があるって事さ」
 年よりも大人びた笑みを見せ、朔耶も駐輪場を後にする。
「私は不良より普通の学生になって欲しいかな。……区切りがついたら、ちゃんと授業を受けること」
「あっえっ、は、ハイ!」
 ミスラはトオヤの手を取って、まっすぐ立たせる。格好いい生徒になれと励まし背を向ける。
 手分けして校舎の壁をヒールしていた晴も、横目に皆のやり取りを見ていた。礼儀正しく、深々と頭を下げてミスラに続いた。真っ直ぐに接してくれるだけで、今のトオヤには眩しかった。
 徹也は自転車をヒールしていたが、どうにも女児向けっぽい外観になり頭を掻く。
「1周回って逆にアリ、みたいなことになんねーかな」
 鍵と登録シールはそのままだから良しとしよう。ぽかんとしてこちらを見るトオヤに苦笑を返すと、トオヤも小さく笑う。肩を竦めて徹也も去る。トオヤは大丈夫だろう。
 境が尋ねる。
「帰るの?」
「ああ、親に謝って、家で連絡を待つよ……逃げないから安心してくれ」
「そこは別に心配していないけど。ちゃんと帰るといいよ」
 ケルベロス達の背中を目に焼き付け、深呼吸してトオヤは帰路についた。

作者:件夏生 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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