金色の獅子

作者:蘇我真

 大阪市内の観光農園。ここには多くの向日葵が咲き誇っていた。
 太陽に向けて背を伸ばす、獅子のたてがみを持つものたち。
 その雄姿は見る者の心を癒す、はずだった。
 胞子が、漂着するまでは。
 サキュレント・エンブリオが撃破されるときに生み出した花粉のような胞子。
 風に乗ってこの地へと運ばれた胞子は、この農園の向日葵に付着する。
 するとどうだろう、向日葵は自我を持ったかのように動き出したではないか。
 地面から己の根を引き抜き、長い背をくねらせるように移動する。
 そんな向日葵はひとつ、ふたつ……合計いつつ。
 近くにいるであろう観光客を殺害するべく、動き始める――。

「爆殖核爆砕戦の結果、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達が動き出したことは覚えているか」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は依頼を請けてやってきたケルベロスたちに向け、念のためと状況をおさらいするように説明した。
「攻性植物たちは、大阪市内への攻撃を重点的に行おうとしているようだ。おそらく、大阪市内で事件を多数発生させて一般人を避難させ、大阪市内を中心として、拠点を拡大させようという計画なのだろう」
 大規模な侵攻ではない。だが、今も断続的に進行している。このまま放置すればゲート破壊成功率もじわじわと下がっていくことだろう。
 それを防ぐ為にも、敵の侵攻を完全に防ぎ、更に隙を見つけて反攻に転じなければならない。
「今度の尖兵は……向日葵を元にした攻性植物だな。謎の胞子によって複数の攻性植物が一度に誕生し、観光農園で暴れだそうとしている」
 この攻性植物たちは、一般人を見つければ殺そうとする。場所的にも観光客の多いところなため、とても危険な状態だ。
「敵の数は5体と多い。飛びぬけて強い個体は確認できなかったが、別行動する事無く固まって動き、連携してくるようだ」
 救いは戦い始めれば逃走などは行わないという点だと瞬は告げる。
「周囲には向日葵が咲き乱れているが、畑ということもあり障害物は少ない。開けた場所だから射線が塞がれるということもないだろう。逆に言えば、こちらからも射撃の逃げ場がないということだが……」
 瞬が懸念しているのは攻性植物のレーザー攻撃だ。頭部、その日輪のような花から強力なレーザーを発射してくるという。
「敵の攻撃はレーザーの他に、自らの身体を鞭のようにしならせてぶつけてくるムチ攻撃、ヒマワリの種を食わせて回復行動をすることが確認されている」
 互いに攻撃や回復で連携してくる5体の向日葵。いかにして打ち破るのか、ケルベロスの腕の見せ所だ。
「そろそろ夏も終わり、向日葵も咲き終わる頃合いだ。皆の力で引導を渡してやってほしい」
 瞬は、最後にそう告げて頭を下げるのだった。


参加者
アルフレッド・バークリー(エターナルウィッシュ・e00148)
ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)
中村・憐(生きてるだけで丸儲け・e42329)
ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)
ベルガモット・モナルダ(茨の騎士・e44218)

■リプレイ

●向日葵への想い
「そりゃあ、しゃあないなあ」
 ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)の話を聞いた農園スタッフは、即座に営業の中止を決めた。
「すみません。必ずデウスエクスは倒しますから」
 深々と頭を下げるロベリアに、農園スタッフのほうが恐縮してしまう。
「いや、誰が悪いって相手が悪い。ケルベロスのみなさんには感謝しかないですから。避難誘導のほうは任せといてください」
 大阪特有のイントネーション。エプロンで汗をふきふき、農園スタッフは協力を約束した。
「私たちの方でも、見かけたら避難を呼びかけます」
 土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)の言葉にフェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)も頷く。
「ほんと、せっかくの絶景を見せられないのは残念だけどな」
 そして、フェルディスは視線を農園スタッフの奥へとずらした。
 そこでは向日葵たちが日の光を浴び、見事に咲き誇っている。
「……目がチカチカして来たぞ」
 思わずうつむき、目蓋を抑えるフェルディス。
 黄色、橙色、黄金色……色には微妙に差異がある。種類が違うのだろうか。
 それでも、どの向日葵は凛として、太陽へと向いて咲いていた。
「壮観ってやつだな」
 それを見て、端的な感想を述べるヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)。
「ああ。こうして花の咲き乱れた土地を見ると、思い出す……」
 ベルガモット・モナルダ(茨の騎士・e44218)の脳裏に過るのは自らの記憶。
 向日葵とはまた違うが、花の咲く土地でかつては騎士として叙勲していた。
「この土地は、守り抜かねばならない」
「……だな。サキュレント・エンブレオめ、とんだ置き土産をしてくれたものだ」
 ヴィクトルの故郷とはあまり縁のない花ではある。
 だが、彼は向日葵が好きだった。
 そよ風に吹かれて、千切れた金色の花弁が空に舞う。
 ふわりと浮き上がったその花弁を、叩き落とした蔓がある。
「見つけた」
 ドイツ語訛りの英語でそう呟くと、自らの武器に手をかける。
「え、何、なんて言ったんすか?」
 まだその姿を捉えられていない中村・憐(生きてるだけで丸儲け・e42329)は目蓋の上、手を水平にして遠くを見る。
「奥の風車小屋がある、あの方角だね。行くよ、シュバルツ!」
 クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)はボクスドラゴンを伴い、前衛として先行する。
「向日葵さん……私にできる、せめてものことを……!」
 岳も一緒になって駆けだした。慌てて憐も彼らに続く。
「可愛そうですが被害を出す前に除草するっす!」
 サキュレント・エンブリオの胞子によって変貌を遂げてしまった向日葵。
 暑い、真夏の太陽を受けて輝く彼らが観光客を傷つけたいとは思っていない。
 そう、岳は考えていた。
 自然を愛する心が故だろう。その自然を自らの手で傷つけなければならない。岳の心は痛む。
 それでも、とうに覚悟はできていた。
「アルフレッドさん、私たちも向かいましょう」
「は、はいっ!」
 ロベリアに促され、アルフレッド・バークリー(エターナルウィッシュ・e00148)も首肯する。
 ロベリアとアルフレッドは同じ騎士団の所属である。
 二人の所属する騎士団の象徴、それが向日葵だった。
(向日葵の名を、貶めさせはしない……! そのために、ボクは、ボクにできることで戦う!)
 自らの攻性植物を一撫でして、アルフレッドは誓う。
 それぞれの想いを胸に、戦いは始まろうとしていた。

●在り方
 ケルベロスたちが駆け付けた先では、寄生された向日葵たち5体がそれぞれ意思を持ち、張った根を土から剥がして自立歩行を始めていた。
「どう攻める?」
 斬霊刀を構え、臨戦態勢を取るクーゼ。
「まずは相手のポジションを見極めたいっすね……」
 凛の言葉に頷く岳。最初にディフェンダーの役割を果たす個体から集中攻撃で倒したい、それがケルベロスたちの共通認識だった。
「2体は後ろに下がったままですね」
 アルフレッドも後衛から、戦場を見渡す。
「あいつらは俺ら同様、メディックかスナイパーだな。優先順位は高くない」
 ヴィクトルはプライオリティに従い、前線の3体へと視線を向ける。
「中衛はいない、ディフェンダーとクラッシャーか……」
「ならば、炙りだすかのう」
 ドワーフめいた、渋い言い回しで岳が回り蹴りを放つ。
 エアシューズで増幅された蹴りが、暴風の刃となって前衛3体へと襲う。
 周囲の向日葵もまとめてなぎ倒されていく。岳の心が痛む。それでも、被害を最小限で抑えるために、と心を鬼にする。
 回し蹴りを、蔓を伸ばして庇った個体がいた。盾役を見つけた。
「こいつです!」
「承知!」
 倒すべき標的を見定めたケルベロスたち、その動きは早かった。
 クーゼが雷の力を込めた突きで、盾役の向日葵の葉を剥がす。
「V(W)allop!」
「無限に加速度が増すキックっすよ~!」
 ヴィクトルと憐による、流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴り。
 直撃をくらい、盾役の向日葵がよろけたところへ黒い暴風が叩き込まれる。
「往くぞ。我が魔剣、その所以を知るがいい……その身を以てな!」
 ベルガモットの振り払った魔剣による、剣圧の波だ。それは黒い嵐となって盾役の向日葵のみならず、前衛の他2体も巻き込んで吹き荒れる。
「花……茨……私が討たねば……!」
 ベルガモットは花に対して並々ならぬ思いがあるらしい。その一撃は苛烈であり、同時にどこか危うさをも感じさせた。
 そんな一番強力な攻撃を叩き込んだベルガモットへ、一斉に向日葵たちの顔が向く。
「レーザーです!! DD2016-2式!!」
 アルフレッドが叫び、展開したヒールドローンをベルガモットの前へと引き寄せて盾にする。
 5体の向日葵による熱線がベルガモットへと向かう。
「駄目です、紙兵でも支えきれません!」
 フェルディスの敬語が戦場へと響く。彼女が散布した紙兵とアルフレッドのドローンは盾となりレーザーを遮ろうとするが、圧倒的な熱量の前に燃え尽きていく。
「避けてください、ベルガモットさん!」
 フェルディスの悲痛な叫びも、今の衝動に突き動かされたベルガモットには届かない。
「くっ……! 私は……っ! それでも、私はっ……!」
 黒いバスタードソードを構えて受け止めようとするベルガモット。
 攻撃を避けるのではなく、受けてなお突き進もうとする。左肩に受けた傷が疼く。
「誰も、傷つけません!」
 かつて騎士だったベルガモットを、守る騎士がいた。
 ロベリアだ。太陽が刻まれたタワーシールドを掲げて横入りし、集中した極太レーザーからベルガモットを守護する。
「く、うっ……!」
 レーザーは容赦なくロベリアの身体を焦がした。盾の丸みで湾曲させ、ダメージを軽減することはできたが、それでも5体の集中照射ともなると被害が大きい。
「……っ!」
 焼け焦げ、黒煙を上げるロベリアを見てベルガモットは目を見開いた。
「待ってください、すぐに治療します!!」
 アルフレッドはすぐに魔導書を手繰り、禁断の断章を紐解いた。
 炭化したロベリアの体細胞が、即座に修復、活性化されていく。
「ありがとうございます、これでまた、守れます!」
「はい、背中は任せてください!」
 5体によるコンビネーションレーザー攻撃、結果的にはこれが向日葵たちの最も脅威であった。
「モグラさん、行きますよ! ジュエルモール、ドライブ!」
 岳のファミリアであるモグラが、黄水晶の体をしたモグラのカードに変化する。
 カードリーダーに読み込ませると、宝石モグラの力が岳へと注がれていく。
「黄水晶は太陽を象徴する石。石言葉は幸福・甘い思い出……」
 金色に光り輝くガントレット。
「どうかお願い……元の姿を、思い出してっ!!」
 振り抜かれる右ストレート。まばゆい光が戦場を包み込む。
 圧倒的な光を受けて消滅していく盾役の向日葵。
 茶褐色に色あせ、枯れて消え去ろうとする間際、一瞬だけかつてのように光り輝きながら咲き誇ったような、そんな気がした。
「相手の盾は倒れました。どうか……どうか、このまま彼らに安らぎを!」
 フェルディスの歌声が響く。その声は前衛の面子に癒しと、同時に狂気を与える。
 力が湧き、判断力が鈍る。狂戦士にもなるであろう魔性の歌声。
 それでも、皆は理性を失っていなかった。
「連携攻撃が上手いってことは、数さえ減らせれば一気に戦力がダウンするってことっすからね!」
 憐はいつも同じ調子だ。最初からお調子者で自信のある男は、少しくらい狂っていようがブレない。
「そっちがレーザーなら、こっちはビームっす! くらえ、ケルベロスビィイーム!」
 両目から発射された青白いビームが、前衛、火力要員の向日葵を焼いた。
「やれやれ、んじゃあ、ビームに合わせるとするか」
 ヴィクトルが爆破スイッチを押す。突如巻き起こった爆発でもう1体の向日葵が吹き飛ぶ。
 後衛の1体が回復しようと向日葵の種を飛ばすが、焼け石に水だ。
 数を減らし、攻撃の決め手を失った向日葵たちの反撃の芽はなかった。
「そこだっ!」
 正気を取り戻したベルガモットが、汚名返上とばかりにバスタードソードを薙ぎ払い、向日葵の首を刎ねる。
 1体、また1体と各個撃破されていく。
「歪んだ太陽は今すぐ沈みなさい」
 後衛、種を飛ばして回復していた最後の個体へと弾をお見舞いするフェルディス。
 弾丸は日輪の中心を撃ち抜く。その衝撃で後ろへと倒れ、天を仰ぐ向日葵。
 最期の瞬間まで、その向日葵は太陽を見上げていた。

●明日への種
「………」
 サキュレント・エンブレオの胞子により寄生された向日葵が全て倒されたのを確認して、ベルガモットはようやく構えを解き刀礼で弔う。
 そして、皆に謝罪と感謝を伝える。
「すまない、戦闘中は些か取り乱してしまった。だが……貴女のおかげで大切なことを思い出すことができた」
 そう告げられたのはロベリアだ。盾と甲冑で身を固めているとはいえ、その身体ひとつを投げ出して仲間を、護るべき者を守る。
 それは、紛うことなき騎士道精神であった。
「私は、私にできることをしたまでですよ。ね?」
「はい!」
 話を振られたアルフレッドが力強く頷く。彼も騎士団の一団として、メディックとして、ロベリアの身体を支え、癒していた。
「心配いらん。せっかくだ、向日葵を見て心落ち着かせに行かんか?」
 そうベルガモットへ提案したのはヴィクトルだった。
「ドイツじゃ中々ない絶好の向日葵日和だ。あの金色の花びらを眺めていようぜ」
「うん。この辺りは被害が出ちゃったけど……」
 ベルガモット同様、祈りを捧げていた岳もなんとか気持ちを切り替えようとする。戦いの余波で折れ、千切れ、傷ついた向日葵たち。
 木材ならともかく、生きている植物はヒールでは治せない。だが……。
「あちゃ~、こりゃあ派手にやりましたな~」
 戦闘終了の報を受けてやってきた、農園スタッフは被害を確認して苦笑する。
「でも、まあこんくらいなら来年の夏には間に合います。もともとそろそろ向日葵も枯れ始める時期ですから」
 草木は強い。傷ついても、時と共に自らを癒し、見る者をも癒してくれるだろう。
「後は任せて、自慢の向日葵畑を見ていってくださいよ」
 そう言ってケルベロスたちを送り出す農園スタッフ。
 そのお言葉に甘えて、ケルベロスたちは向日葵畑を眺めてから帰路につくのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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