雲上社甘夢譚

作者:七凪臣

●ワタガシン、登場!
 百日紅の花が沢山咲いた、お山の社の――その、外れ。
 緑の銀杏を背負った日陰に静かに佇む倉庫に、祭で使う幾つもの綿菓子製造機が眠っていた。
 その中に玩具のメーカーが混ざるのは、幼子らにも楽しんで貰う為。
 けれどそのうちの一つ。奥の奥に仕舞い込まれた壊れて久しい一台に、この日、奇跡が起きる。
 迷い込んで来たのはコギトエルゴスムに機械の脚が生えた小型のダモクレス。キチキチっと近付き、スルスルっと根を下ろし。
『フ、フ、フ、フ、フ……』
 形を変え、動き出すそれ。
『フわ、ふワ、フワふわ……』
 見る間に甘く香しい真白の雲を成すと、にょきっと朱塗りの鋼鳥居を生やして。
『フワふわ、あまアマ、オ祭。ヘイ、ラッシャイー!』
 真ん中にねじり鉢巻きを巻いた機械人形がすっくと立つ、綿菓子マシンダモクレス『ワタガシン』と相成った。へい、らっしゃい、おまちどう!

●雲上社の雲上祭
 雲上社と呼ばれる神社がある。
 一級河川と寄り添う盆地の街を眼下に眺める、お山の天辺に立つ社。よくよく発生する濃霧に沈む街だが、お社まで浸かることはなく。まるで『あそこだけ雲の上みたいだ』と言われたのが、呼名の始まりだとか、どうとか。
 そんな謂れの社だからか。夏が終わるこの季節。年に一度の雲上祭が催される――というのは、さておいて。
「この神社の倉庫に置いてあった壊れた綿菓子メーカーがダモクレスになってしまったんです」
『きっと大変なことになってしまいます!』
 と、お祭りに出向けばイカ焼きを咥えていそうなボクスドラゴンの銀華を腕に安曇野・真白(霞月・e03308)が憂いた事案が現実化した凶事を、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は常より茶目っ気を醸して語る。
 場所は神社敷地の一画。とは言え、平時はあまり人が近付かない界隈。ダモクレスが覚醒したばかりの今なら、少しの人除けを施すだけで余人を巻き込むのを回避するのは難しくない。
「時間帯は夕方の入りなので、光源を用意する必要もありません。攻撃方法は基本、綿菓子を使ったものです」
 一つ目は本体が乗る巨大綿菓子で一帯を圧してくるもの。二つ目は矢鱈と威勢のよい機械人形部分がぽいぽいと個人目掛けて投げてくるもの。そして三つ目は出来たてほやほやの綿菓子でまとめてふわっと包み込んでくるもの。
「何れも甘い香りで誘う効果があるようです。気を付けて下さいね。因みにこの綿菓子、食べれば普通に美味しいっぽいです」
 暗にチャレンジしてみろと言っているのかどうかは謎として。にこりと笑ったリザベッタは、無事にダモクレスを倒したならば祭を楽しんでくるのも良いだろうと言い足す。
「丁度、雲上祭の開催期間中なのです。ひたすら綿菓子が振る舞われるだけ、という変わったお祭りなのですけどね」
 出ている屋台は全て綿菓子屋。各種フレーバーに特化したものや、大きさ勝負、SNS映えしそうなカラフルなもの専門、包装袋の絵柄にこだわったところなど、其々一芸に秀でてはいるけれど。
 あとは今回ダモクレス化したもののように、玩具の綿菓子メーカーを用いて子供たちに綿菓子作りを体験してもらう催しや、ヨーヨー釣りならぬ綿菓子釣りに綿菓子大食い大会なども実施されているのだとか。
「雲上社と呼ばれるに相応しいお祭りでしょう? って、虹さんはもう行く気満々ですか」
「雲の上の世界が私を呼んでいる。故に、私はゆくのだ」
 斯くしてケルベロス達は、藍地に白柴柄の浴衣に着替えた六片・虹(三翼・en0063)を賑やかに輪に加え、雲上の社を目指すのだった。


参加者
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
安曇野・真白(霞月・e03308)
リヒト・セレーネ(玉兎・e07921)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)
御手塚・秋子(とある眷属・e33779)

■リプレイ

●嵐の前から空騒ぎ
「虹さん、お願いしますね」
「あいよ!」
(「あれはもう、お祭り気分の足取りだなぁ」)
 浮かれた背中が人混みへダイヴしていくのを見送り、リヒト・セレーネ(玉兎・e07921)は殺意の結解を展開する。
 効果はそれで十分。重ねて発動する必要がないのを確認した薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)はデウスエクスの方を向き直り――。
「そう言や、昔あったな。綿菓子メーカー」
 左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)のしみじみ回顧独白を耳にする。いや、耳にし続ける。
「材料砂糖だけだろとか、一個三百円は暴利だとか、言っちゃいけないよな。うん」
 十郎のしみじみトークは終わっていない。
「綿菓子とは、ふわふわで甘くて不思議な食べ物。そう……」
 そして。
「子供の浪漫だ」
 悟りを拓いたよう、言い切った。真顔で。アラサー男子が。子供の浪漫を。
 しかし蓮水・志苑(六出花・e14436)は口元に手をやりころころ笑う。
「何て愉快で楽しい姿でしょう」
「雲の上の世界に呼ばれてしまいましたね。ゆえに、真白も参りましたの。頑張りますの、いざ、いざ!」
 ボクスドラゴンの銀華をもにゅもにゅさせて、安曇野・真白(霞月・e03308)だってやる気をむんむん漲らせる。
 だって、そこに。ふわっふわの白い雲――に見える巨大綿菓子――と、お祭り男児――っぽい機械人形――と鳥居で形成されたダモクレスがいるのだ(ケルベロスの視線は台座である巨大綿菓子にほぼほぼ集中)。
(「……綿菓子、美味しそう」)
 お祭の邪魔はさせないと決意を固めてる御手塚・秋子(とある眷属・e33779)だって、
(「攻撃、ちょっと当たりたいかも……」)
 ……これである。癒し手としての役割は、重々承知しているけれどっ。
 そんな中にあって。
「ふわふわ綿菓子につぶされる……魅力的だが、悪意あるグラビティにやられるわけにはいかないね」
 本日最年少、十一歳のアンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)は理性を捨てておらず。
「つーか、綿菓子とか言いつつあの重量感! 明らかに漬物石的ヘビーな重量じゃねーか」
 ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)に至っては現実をしっかり直視。
 されど。
「あれ、アイデンティティ思いっきり投げ捨ててるだろ?」
「いいえ! ワタガシン様はふわふわですの!!」
 真白、全力全霊で抗う。いつまでも夢を見ていたいお年頃の少年リヒトも、こっそりこくこく。
 戦う前から既にお祭状態なのを志苑はまたくすりと微笑み。でも、そればっかりではダメだからと、ゆるり身構える。
 目指すは迅速解決被害ゼロ。雲上祭を楽しみにしている人らの為にも。

 け・れ・ど――……。

●お祭り騒ぎ!
 幾回目になるか憶えていない紙兵をばら撒き終えた真白は、ふわっふわの台座を目指し疾駆する。
(「甘々とろとろの攻撃が羨ましかった事もございましたものっ」)
 思い出す、一年前の秋。あの時出遭った敵は、真白の居ない前列にしか美味しい攻撃をくれなかった。
(「今度こそは! 真白、遠慮はしませんのーっ!」)
 圧されるのも、投げられるのも、まして包まれるなんて、何て贅沢!
 皆の為の盾として、との免罪符を高々と掲げ、圧され、投げられ、挙句に包まれるという至福を堪能し尽くした真白は、ついに本懐を果たすべく大地を蹴った。
 えい!
 真白、綿菓子を全身で抱き締めるようダモクレス台座に着地。
 ほわんほわんほわん。
「まぁ、まぁ、まああああ!!」
 羽根布団より軽やかでふわもこな感触に、真白昇天。ついでにかぷっと齧って、天国一直線。一緒に雲上の住人となった銀華なぞ、白い体躯のおかげでどこからが自分で、どこからが綿菓子か区別のつかない状態になっている。
 催眠にかかっての奇行だと、仲間たちは勘違いしてくれるだろうか? 答えは、否だ!
(「う、う、羨ましくなんかないよっ。今日の僕は、楽しみたい人を楽しませてあげる、立派な大人なんだっ」)
 大人思考が出来るようになったリヒトもふるふる我慢する程度に、みんな真白の本心を悟れちゃってる。皆、同じキモチなのだ!
(「でも、せめて……」)
 ダモクレス産だが美味と知れた綿菓子を――安全かどうかは、場合によって後ろに控えている双子の兄に食してもらって確認するつもりだった――リヒトは羨望の眼差しでみつめる。
 折しもタイミングよく「へイ、おマチぃ!」と丁度良いサイズが投じられた処。だが、しかし!
「やっぱり懐かしい口溶けだ」
 盾としての役割を確り果たした十郎に、ワタガシンの攻撃は受け止められてしまった。でもそこは十郎。
 気は抜かず、けれどちょっぴり童心に返って。素朴な甘さに口元を弛め、
「良かったら」
「!! あ、ありがとうございます!」
 せっかくだからふわふわ台座にのってみたいけど、ぐっと我慢できる大人な気遣いでリヒトへちゃんとお裾分け。そして、ぱくっと食べてほにゃりと顔を蕩けさす年少者の様子に、ほっこり幸せに浸り。
「そっちも要るか?」
「良いの!?」
 此方は成人済みだが、どうやら食べるの大好きっ子らしい秋子へもプレゼンツ。
「ああ美味しい~。これは幸せの味ね」
 食んだ途端しゅわっと溶けて、どこか懐かしい優しい甘さふわりと残し。体の内側から幸福が膨らんでくるような感覚に秋子はうっとり。その喜びに身を任せ、『炎ちゃん』と呼ぶオウガメタルに銀の残滓を溢れさせた。
「罪作りな攻撃ですね。私も甘い香りに誘われてしまいそうです」
 白雪の桜と、氷の桜と。二振りの美しい白刃を振るう志苑は、やっぱり鈴音の微笑。
「戦っているのだか遊んでいるんだか、分からなくなってしまいます」
 同意を頷く怜奈は、昨今の綿菓子機のダモクレス化の多さに思い巡らせつつ戦況を眺めやる。
 ワタガシンがばら撒く甘い誘惑へは、少し多めに付与した自浄の加護がしっかり機能してくれている。躱すに長けた敵だが、其方に関しても足止めを抜かりなく。つまりケルベロス達は勝利への安定街道をまっしぐら中。
 でも、そろそろ畳みかけるべきかという提案に、「もうちょっと待ってくれ」と返したアンゼリカの様子に、怜奈は少女の気持ちを察して捕縛の罠を重ねにかかる。
 その甲斐あって、真白と入れ違いで今度はアンゼリカが大ジャンプ。白い翼で宙を滑空し、もどーんと楽園へ頭から突撃! もふ。甘い。幸せ。更にそこへ「おヒトつどウデい?」と機械人形が出来立て綿菓子を差し出してきたものだから(これは攻撃に入らないらしい)。
「!!」
 アンゼリカ、綿菓子に暫し骨抜き。
 みんな、まとめて幸せそう。ワタガシンも楽しそう。
(「寂しくないね。よかった……でも」)
「余所見してると、危ないよ」
 敵の、ではなく。壊れた綿菓子メーカーの思いまでを汲んだリヒトは、光で巨大なハンマーを象ると、いつもより弾むリズムで振り下ろした。

 そろそろいいか? の問いに真白からも「はい!」と威勢の良い是が返ったのを合図に、十郎は気持ちを切り替える。
 盾を担い続けた自分は既に綿菓子塗れ。でも、これも。良い思い出になる。
「ワタガシンが自身の思い出を汚しちまう前に。サクっと終わらせるとしましょうや」
 ようやくの制限解除に、ダレンが走った。
「それじゃァ、正義の名の下にオシオキと行きますかね……ッ!」
 拳に正義の意思とか闘志とかを宿したダレン、勢いよく殴りかかる。ただのぐーぱんと侮る事なかれ。衝撃に機械人形も土下座(単に脚部が壊れただけともいう)。
「余興はお終い。エルバイトシュトゥルム」
「私もいくよ!」
 怜奈が突風に乗せて電気石を放てば、回復はもう不要と秋子も御業で鋼鳥居を鷲掴み。
「黄金騎士がお相手する! 究極の光を、今、打ち込んでやるっ!」
 アンゼリカが翼を眩く耀かせ灼熱の光を両手より撃つと終焉は間際。
「凍れる白雪、散らすは命の花」
 流麗に、清らかに。志苑は剣閃を舞い。
「……楽しかったですね?」
「おソマつ、サマでシター!」
 凍てる桜吹雪でワタガシンに優しい終わりを齎した。

●雲上社の
 参道に並ぶ屋台は、何れも綿菓子機をフル回転。甘く香ばしい匂いに、それだけでも足元はふわふわと浮つく。
「!」「!!」
 本当に雲上世界へ迷い込んだみたい。けれど声を上げてはしゃぐのは子供っぽいリヒトは我慢すれども、双子の兄のルースにはバレバレで。愛と和みが一緒くたになった視線を向けられて、ようよう気付いて誤魔化してみる。
「っ、る、ルゥ兄は食べたいのある? ほ、ほら。今日はルゥ兄の好きなのからで」
「僕の好きなのから? いいの?」
(「あぁ、僕の弟は本当に可愛いなぁ……! その上、優しいなんてっ」)
 果たして誤魔化す意味があったかは不明だが、兄の眼差しを綿菓子の海へ移させたのだから弟的には結果オーライかもしれない。
 が。
「じゃあ、あのカラフルなのを持って写真を撮ろう。せっかくだし、一緒に並んで」
「え? 写真? うん。それじゃ、一緒に……」
 照れつつも、兄の求めに応じる弟は気付かない。SNS映え間違いなしの写真を撮り終えた兄の胸の内なんて。
(「リィとのツーショット! 宝物間違いなしだよ!」)
 ネット投稿をギリ我慢出来たのは、弟の気持ちを慮っての理性。でも壁紙には設定して、ルースはほくほく笑顔。
 ――やっぱりうちの弟は世界で一番可愛い。
 ――いやいや秋子の方が最高。
 そんな心理闘争は実際にはなかった訳だが。
「もう! いきなり撮っちゃ駄目だよ。許可とらないと!」
 ピンクにオレンジ、イエロー。華やかな彩の金魚を模した綿菓子を手に、秋子はプンとご立腹。この時の為に戦闘も頑張ったし、大急ぎで浴衣に着替えて真幸と合流したし、可愛い綿菓子を発見しては真幸に見せに行ったりしていたけれど。マナーとくれば話は別。しかし己を誘う為に秋子が依頼を受けてくれたのを知る真幸にとって、これくらい甘いそよ風。
「良い笑顔だったもんで、つい」
 撮れたての写真を見せて、序に祭灯にも艶やかな髪をぽふり。
「ほら、味見」
 おまけに金魚の鰭をちょっと摘まんで、秋子の口元へ泳がせるものだから。
「あ、美味しい」
 イチゴが香る甘味に秋子の意識は見る間に奪われ、また笑顔も蕩ける。
「それは良かった。じゃあ、次に行くか」
 そう、促され。何でもないように繋がれた手に、秋子の心臓が一つ跳ねた。ずっと、ずっと。手を繋ぎたいなって、言い出せずにいたから。
「う、うん!」
 はにかみつつ握り返される秋子の手を、真幸の肩からボクスドラゴンのチビも微笑ましく眺めていたとか、いないとか。

「あっ、これ。オルトロス風ですわ」
 ケルベロスは皆のヒーロー。故に関わるものをモチーフにしたものもあると旅団仲間から教えられていた怜奈は、虹がつれるオルトロスと真っ白の綿菓子を見比べ、くすりと笑む。
「ぎんさんぽいですね」
「これは買いだな」
「まいど!」
 即決な虹に、店主もにっこり。そして思わぬ秘密を明かしてくれた。何と見かけたぎんさんを、即興で作ってみたのだとか。
「職人さん、凄いですわ」
 その腕前に怜奈も感服。綿菓子、侮りがたし。これはじっくり堪能する価値がありそうだ。もちろん、味わいを楽しむ意味でも。
「銀華、凄いですわ!」
 一人と一匹。箱竜とあっちを覗き、こっちを覗き。雲上祭を楽しんでいた真白は、銀華をすっぽり覆ってしまいそうな巨大綿菓子を見つけ、声を華やげる。
 それはまるで、ヘリオンから眺める景色のような。
「これをお土産に致しましょう」
 うきうきと買い求め、真白は一足先にヘリオンへと急ぐ。
 待ちぼうけの少年が目を丸くするまで、あと少し。

 揃いの浴衣で、賑わう雲上社を右に、左に。小さな屋台から大きな催事までアンゼリカと天紅は手を繋いで楽しみ尽くし。敷地の外れ、銀杏の巨木を背に負うベンチで虹色の綿菓子を互いの口へ運び合う。
「はい。あーん♪」
「ぁ、アンゼリカも……あーんっ」
 照れに染まる天紅の頬を、夕焼けが照らす。二人の眼下には、晴れ渡る街並が広がっていた。
 きらきら、と。遠い窓辺が照り返す光は、角度を変えると、二人の手元の綿菓子のように七色に輝いて――。
「虹の先にお連れしましょうか、姫?」
 暫し幻想的な光景に見入る天虹に、アンゼリカは綿菓子をぺろりと片付け、うやうやしく手を差し伸べる。
 戦いを一つ、終えたばかりなのに。もう疲れは癒えたのだろうか?
 そんな天紅の心配は他所に、黄金騎士を名乗る少女の笑顔は眩くて。安堵に胸を撫で下ろした天紅は頷く代わりに、アンゼリカの耳元へそっと囁く。
「……虹の先の。ずっと先まで、傍にいて」
 切なる願い。望まれるアンゼリカにとっても、それは否やなどあろうはずもないものだから。
「君が望むなら、どこまでも傍に」
 誓いを耳へ吹き込み返し、アンゼリカは天紅を抱え上げると、白翼で虹の夕焼けへ飛び立つ。

●雲上祭
 べたべただった十郎の全身もサイファのクリーニングですっきりさっぱり。偶には世話を焼いて貰うのも悪くない。
「男物なら簡単だよ」
「じゃ、今度教えて貰お」
 お代は、浴衣の着方が分からぬという友人への着付け講座ということで。今日は男二人、華やかな浴衣の波に、普段着で流される。
 大人になると手にし難くなる綿菓子。独り食べするのに空しさを感じてしまうから尚更に。でも今日は二人。心置きなく正々堂々、童心にだって帰れてしまう。
 しかも最近のものは形も色も千差万別。つまりふわふわ綿菓子というだけで上がるテンションは、二十歳を超えた二人だって上昇気流に乗ってしまう。
「……スゲー」
 花束さながらの綿菓子を手に、油断した口ぶりでサイファは感嘆を零し。それを耳にした十郎は暫し思考を巡らせ――。
「ん?」
「ほらこれで玄人っぽい威厳が出たぞ」
 サイファの髪色と同じオレンジ風味の雲の欠片を一千切り。ぺいっと鼻の下に張り付けてやれば、なんちゃって口髭の完成。
「……なんて?」
「っ!」
 仕掛けた悪戯の出来を窺われ、窺われサイファは派手に吹き出し、顎に手をやるダンディズムポーズを決めるとニマリ。
「似合うだろ? ジュウロウクン」
 わざとの『クン』呼びに釣られ、十郎も破顔待ったなし。

 黄色い蕊を中心に、白から紅へと移ろう花弁。若い女性の職人が、長い串を使って色を重ねた綿菓子を花へと変えてゆく。
「あきらさん、あきらさん!」
「えぇえぇ。これは見事だわ」
 一度、見てみたかったフラワーコットンキャンディが、目の前で咲き綻ぶ様に志苑は高揚を隠せず、明子もうっとり感動の溜め息を零す。それは購入を済ませてからも暫し。二人が我に返ったのは、本日最大の難敵に気付いた瞬間。
「これ、どこから食べたらいいのかしら!?」
「食してしまうの、勿体ないですね」
 土産に持ち帰れたら素敵だけれど。これも綿菓子は綿菓子。萎んでしまうのが予想がつくので、食べてしまうしかない。
「ええと。この端から少しずつ千切ってみてはどうでしょう?」
 真顔で、けれど楽し気に綿菓子と格闘する志苑に、明子も逐一頷き、一緒に試行錯誤を繰り返し乍ら可愛らしい友人と儚い花とを瞳に焼き付ける。
 形は持ち帰れずとも、思い出ならば何時何処までも。
「大変です、あきらさん。まとめて伸びて来てしまいますっ」
「ちょっと待って。わたくしがここを、こうして……」
 女同士で気兼ねなく和気藹々。こういうやり取りもまた、楽しい祭の醍醐味に違いない。

 から、ころ。雲上世界に似合いな、ポップでキュートな砂糖菓子らが描かれたピンクの浴衣を着こなして、纏はリズミカルに下駄を鳴らす。
 そんな妻を傍らに、仕事モードでスーツ姿なダレンは行き交う女性たちへ笑顔を振りまく。もはや脊髄反射のチャラ男ムーブに、呆れた纏は『お手上げだわ』と唇を尖らすも、いちいち目くじらを立てることはない。
 だって今日はお祭。何だかんだで毎年、足を運んでいる気がする日本の夏の定番。粋に鯔背に、そして心行くまで楽しみたいから。でも、放っておくほど纏も甘くはない。
「しっかし……見事に綿菓子屋だらけよな」
「ダレンちゃん。あれ、如何かしら?」
 言って女が男の手を引いたのは、ひと際大きな人だかり。隙間から覗くと彩り豊かな小さめの綿菓子が、漆塗りのお櫃に綺麗に鎮座している。何とも乙女心を擽る一品に、ねだられれば応えずにおれない旦那の性をダレンは発揮し、いざ大行列へ飛び込み……。
「いや、中々ヘビーな行列だった」
「うん。流石にへっとへと」
 長い待機時間を耐えに耐え、ダルさを覚える足を引きずり、二人は近場のベンチに腰を下ろし。それでは早速と、纏は抹茶味の綿菓子を楊枝でつまんで口の中へ。
 ふわっ。抹茶と砂糖の甘さを残し、すぐさま溶けて消えるそれに、勿体ない気分と同時に過ぎ去りし時が纏の胸に去来する。
「ちっちゃい時、わたしひとりで食べるお弁当が嫌いで」
 中にお菓子が詰まっていれば良いのにと思っていた。
「願い、叶っちゃった」
 そう呟く顔はとても嬉しそう。だからこそ、そこに可愛らしさと寂しさを垣間見て、ダレンは穏やかに、優しく微笑んだ。
「それじゃァ、二人一緒に食うなら尚のこと良い形で叶ったワケだな?」

 暮れ往く夏の夜。
 暫しの休息を経て、ダレンと纏は二人並んで再び祭の輪に繰り出す。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 1
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