嘲笑のダチュラ

作者:皆川皐月

 君に一番似合う色。
 そう、艶やかな赤い靴の踵を三回鳴らして?

 いくつも登ったら、もう何段かも忘れてしまいそう!
 常のメアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)であれば頬を膨らませたことだろう。
 でも、今は。
「やっぱりメアリの思った通り!ここから見えるお星様が、きっといちばん綺麗だわ!」
 汗伝う白くまろい頬に、沈みゆく夕日が差す。
 ふんわりとした夏麻のワンピースを残暑の熱気に遊ばせながら、くるり。
 小さなカナリアイエローの翼が、今だけは橙に染まる。
 夏の課題も今日で最終日。
 今宵の星を動向を描き終えれば、きっと学校の先生は花丸をくれるはず!
 一等星が見えそうな場所にママが詰めてくれたシートを広げて。
 お気に入りの水筒には紅茶。可愛くて買った紙皿に梨のパイを乗せ、さぁ――……。
『なぁ』
 幼い声。男の子の声。
『おまえ、ここに一人で来たんだろ?』
「……あなたは、だあれ?」
 黄昏時とは誰彼時。
 いつの日か、メアリの大好きなママと夜毎読んだ日本の本が頭を過る。
『誰って……ひどいな、オレだよオーレ。ジョージィ!』
 オレと言われたところで、ジョージィと聞いたところで、何一つ変わらず。メアリベルの記憶にその声は無い。
 ゆるりと首を振れば、ひっでーなーと不満気な声が返ってきた。
 漠然と、胸を掻き毟るような不安に足が下がれば一歩近付く逆光の少年。
 コンクリートを踏む足音が一歩下がれば一歩と追ってきて。
『オレを忘れちまったわるーいメアリには、オレがいーことしてやるよ』
 背にはフェンス。距離は至近。卵の男爵を抱きしめ咄嗟に目を瞑った、その時。
 メアリベルの手が、ぐいと引かれた。
「……っ、ママ!」
『は?ママ?誰だよそいつ。つかジャマなんだけど』
 ぎゅうっと。ビハインドのママはメアリベルの手を強く握り、愛しい子を背に隠す。
 伺えぬ視線は、それでも強く強く得体の知れぬ少年を睨め付けて。
『あーあ……せーっかく、オレがちゅーしてやろーと思ったのにさ』
 吐き捨てるような言葉。舌打ち。ずるりと抜き打たれた金鍵。
 目深にハンチングを被り直したその目に、殺意。

『メアリにちゅーしてパイで乾杯!プリン色の羽はオレのもの!』
 歌い笑うジョージィが、楽し気に鍵を振り上げる。

●おかあさん
「お待ちしておりました……!」
 既に離陸準備が整ったヘリオン前に、見慣れた青い影。
 瞳に焦りを滲ませた漣白・潤(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0270)が、足早に乗車を促した。
「メアリベルさんと、連絡が取れません」
 絞るような声で潤は言った瞬間、集まったケルベロス達の空気が張りつめる。
 最近多発する特定のケルベロスを狙ったデウスエクスの襲撃事件は話題に事欠かない。
「一刻の猶予もありません。私は全速力で飛ばします。だから……だからっ」
 どうか、メアリベルさんとママさんの救出を。
 ぱちりと頬を叩いた潤は、いつも厳しい戦いを告げる時と同じ顔。
「敵はドリームイーター一体。見た目が少年で配下は無く、人払いもしたようです」
 要は本当に狙いはメアリベルのみ。
 用意周到なそれに、誰かの眉がひくりと震える。
「名はジョージィ・ポージィ……悪戯な少年を装った、少女ばかり狙う子です」
 狙う少女は決まっていて、親に“愛されなかった子”。
 近付き親しみ愛されたい心を奪った代わりに、“子らの願う親の形の幻”を与えるという。
「頬にキスをして惑わし、鍵で心を抉り暴く。そして……醒めない夢へ、堕とし込む」
 ただ悪辣。
 と、時計を見た潤がケルベロスへメモを託した。
 紙の走り書きには、簡潔な攻撃と場所の委細。
「どうか、皆さんご無事で。それでは参ります」
 浮遊感。
 刻々と沈む夕日が夜を敷く。


参加者
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)
アイン・オルキス(矜持と共に・e00841)
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
麻生・剣太郎(ストームバンガード・e02365)
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)
多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)
五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)

■リプレイ

●歌を歌いましょ!
 嗤うジョージィ・ポージィ、鍵を振り上げの夕日を背負う!
 きらきら目を焼く下品な光、忌々しきは金の鍵!
「だめ」
 メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)の前、咄嗟に腕で身を庇ったビハインドのママの姿。
 何か。
 何かがメアリベルの記憶を過る。
「だめよ!」
 咄嗟に握ったメアリベルの右手に馴染む竜槌。
 気付いた時には、ママ目掛けて振り下ろされた金鍵を竜槌が阻んでいた。
『ジャマすんなよメアリ!今いーとこだったんだぞ!』
「そんなわけ……そんなわけないわ!」
 余波で切れた頬が痛いけれどメアリベルは我慢の子。
 突き出した竜槌を振り抜けば、ざーんねん!と飛び退く細足は素早い。
 いつでも隙を突くぞと言わんばかりに金鍵を揺らしてニタニタとする色の無い目。
 しかし、ママの前へ出たメアリベルは先と打って変わって眦を吊り上げ声を張る。
「女の子にキスして脅かすジョージィ・ポージィいけない子――」
 歌うように詠うように、テンポよく。
 くるり回した竜槌が燃える。地獄の炎で燃え盛る!
「メアリがおしおきしてあげる!」
 小さなカナリアイエロー飛び込んで。
 ママが空を掬うように手を振るう。
 細い手首で構えた竜槌、振り上げる。
 ママの指先が詰まんだ何か。くい、と引けばジョージィ・ポージィ絡め取る!
 ならばメアリベルが振り下ろす!地獄の炎を振り下ろす!
 ―――ギィイイイン!と甲高い鋼の悲鳴。
 軋むジョージィ・ポージィの金鍵。押し込むように竜槌振り下ろしたメアリベル。
 双方の視線が交差したのはたった一瞬。
 次には弾き合い、互いの間合いが広がった。
『おしおき?いーぜ、してみろよ。そのかわり……メアリが負けたらその夢くれよ!』
 その腕が燃えていることも厭わずに、小さな足が地を蹴った。
 が。
「忘れているだのなんだのと、適当な」
 姿勢低く、鋭く。
 低位置にあるジョージィ・ポージィの懐から睨み上げる黒い影。
『ッ、!』
「動揺を誘うには、随分と適当が過ぎますね」
 速い。追い、きれない。
 眉をしかめるだけで精一杯のジョージィ・ポージィが幽かに感じた獣の臭い。
 金鍵を引き戻すより遥かに早く、その鳩尾が打ち抜かれた。
『カハッ……!』
「微力ながら恩返しに参りました」
「メアリベル、助けに来たわ!」
「ミスタ御子神、ミス五嶋……!」
 真っ赤な夕日。
 背負ってゆらりと立ち上がったのは、御子神・宵一(御先稲荷・e02829)。
 視線は吹き飛ばした先見据えたままながら、柔らかな稲穂色に輝く狐尾はメアリベルが見慣れたもの。
 切れたメアリベルの頬をそっと癒しながら、痛かったでしょうと眉を下げた五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)の瞳は下に姉弟のもので。
 彼女の隣で羽搏く紳士的な柄のウイングキャット バロンが「なぉん」と一鳴き。
 真白い羽が夕日の中、幻想的に舞い降りる。
「メアリベルっ、大丈夫か?」
「メアリベルちゃん、怪我してないですか!」
 振り返った先には心配そうにメアリベルを窺う、鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)と多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)。
 ヒノトが下げた真白い輝きも。タタンの子分、ミミックのジョナ・ゴールドに括られた明かりも、メアリベルを覆うとしていた闇を退ける。
『いってーなー!なにすんだよ!』
 怒りに満ちた声が響く。
 色の無い目を吊り上げ叫ぶジョージィ・ポージィを、誰もが見た。
『おまえらなんなんだよっ、オレはメアリと――』
「我儘を煮詰めたようなものか?」
 ジョージィ・ポージィの目を真白い灯りが照らす。
 静かな女の声。
 と。微かな燃える臭いとガチャリと額に据えられた銃口。
『っ、くそっ!』
「まったく……子供の姿でやることとはいえ、見るに堪えんな」
 どうと蹴り出し飛び退いたジョージィ・ポージィは見た。
 既に引き金引かれたその銃口に、弾がないことを。
 そうしてジョージィ・ポージィは知る。
 この“燃える臭い”が、自身からしていることに!
『あっ、あついっ!あついよっ!!』
 無機というには随分と色のあるアイン・オルキス(矜持と共に・e00841)の赤い眼が、逸らされないまま、きろりとジョージィ・ポージィを見つめる。
 “逃がしはしない”と、強く言うその眼に、ジョージィ・ポージィは歯噛みした。
 狙いは唯一人。
 此処に来るまで楽しいほど、笑ってしまう程周到に事が進んだというのに!
 だがまだ。まだきっと、道が――。
「親子水入らずの時間に水を差すのは、感心しませんね」
 小さな耳にねっとりと。
 絡まる些細な言の葉の毒が、落とされる。
『は?』
「ああ、いえ。構ってちゃんもほどほどにしないと――……女の子に嫌われますよ?」
 にっこりと人良さそうに笑う麻生・剣太郎(ストームバンガード・e02365)が、構え直そうとしていたジョージィ・ポージィの隣に立っている。
 屈んで此方を見るその目が余りに窺い知れず、ジョージィ・ポージィは目をむいた。
『おまえ、いつからオレのっ!』
「先程から」
 事実、ケルベロスが配置についたのは宵一が踏み込んだのと同時。
 しかし突然の介入者と畳み掛ける攻撃、隠されるメアリベルに苛立ち意識が散漫になっていたジョージィ・ポージィの口元は引き攣った。
 “先程”とは、一体いつだ?
『来るな!』
「ええ、行きませんよ。“今は”まだ」
 剣太郎の指がスイッチを押せば、前衛の背で炸裂する彩りの爆風。
 ジョージィ・ポージィの視界外での爆破。
 ジョージィ・ポージィにとって得体の知れぬままの剣太郎。
 咄嗟に、ほぼ反射的に飛び退くジョージィ・ポージィ。
 と、くれば。
 爆風を追い風に踏み込む影、三つ。
「タタン、いきなりチューはいけないと思うですよ!」
「そうだな。そんなことする悪戯小僧には灸を据えないと」
 ねっ、ジョナ!と天真爛漫に笑ったタタンの言葉に、頷くヒノト。
 少年の足が後ろへ飛び退くことも計算済みで、踏み込みは大きく。
『二度も三度も当たるわけないだろ!』
 少年は吼えた。
 ヒノトの拳を弾き上げる。振り上げた鍵そのまま、叩き下ろす様にタタンを殴りつけようとするも、手に激痛。
「ジョナ、ガッツで頑張るですよ!」
『なっ!?なにすんだよ!離せよ!』
 真っ赤な箱のジョナ・ゴールドは決して離さない。
 ぎしぎし軋む鍵をいっそのこと折らんと、柄を握る手ごと歯を食い込ませる。
「いっくですよー!」
 ジョージィ・ポージィは咄嗟に体を捻る。
 細く小さな拳一つ、デウスエクスたる自分が避けるには造作もないと。番犬たる一人と相対しているのに思ってしまった。
 頭の片隅で、ほんの少しだけ。
 しかしそれこそ命取り。
「ぱーんち!」
 タタンの振る舞いも、言葉も、幼く愛らしいもの。しかし力まで幼いなどと、誰も一言も言っていない。ああ恐ろしいかな、幻想!妄想!勘違い!
 ごりゅりと骨折れ、ジョージィ・ポージィ真っ赤っか!
 くの字に折れ吹き飛ぶ体。
 小柄な洞窟の民が扱う大地さえ割る拳は、薄い体には酷な程。
 一見して憐れ。
 その姿を冷えた色で見つめていた西水・祥空(クロームロータス・e01423)が小さく息を吸い、手袋嵌めた指先でジョージィ・ポージィを指す。
『あ゛、ぅ……』
「憐れと、思うことはしませんよ。それがあなたの悪行の重さです」
 立ち上がらんとする身へ向けた言葉は淡々と低い。
 その裏側。いっそ水面下で燃えていると言った方が正しい怒りは、血濡れのジョージィ・ポージィを震わせるには十分で。
「これより私の権限において、あなたを投獄します」
 断罪。
 もう沈んでしまう夕日の赤光は何と呼ぶべきか。

●さぁ手を叩いて!
 グラビティプリズン、とは。
 過剰なグラビティチェインで満たされた祥空が織りなす小規模封鎖領域、を指す。
 元来枯渇しているものが欲すものを吐くほど与えた後、再び飢えた外へ放ればどうなるか――……。
『っ、くそ!このやろう!』
 酩酊。中毒。禁断症状。
 どれもこれも、足を縺れさせるには十分で。
「何とでも仰っていただいて結構です」
『ちくしょう!』
 最初の、少年らしさが獣となった瞬間だった。
 キスをしようとすれば弾かれると分かっているからこそ、ジョージィ・ポージィが手に取ったのは真っ赤なクレヨン。
 夕日眠ろうと赤々と輝きを放つ血を固めたようなそれで中空に描く。
 ひとのようなかたちをした、何か。
『おまえたちにママをやるよ。かわいそうなメアリにはとっておきのな!』
 ジョージィ・ポージィ、にたりと笑う。
 滑るように引き攣った様に蠢く赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
 いいこ。いいこ。
 あぁかわいいこ。
 わたしのこ。いとしいこ。だいすきよ。
「っ、厄介ですね」
「この、離せっ!」
 耳元で囁く悍ましい人とも呼べぬ形の赤い何かが、メアリベルが立つ前衛陣弱々しいながらも絡みつく。
「……!」
 ぎゅう、と胸が痛い。
 メアリベルの耳から記憶擽るそれが、唐突に淡く引き出した思い出。
 トラウマというには、未だ淡い。
 “大きな声で揉めるメアリのパパとママ”の姿。
 細い細い衣装棚の戸の隙間から覗いてしまった、少し胸のぎゅっと詰まった一時。
 竦ませた小さな背を、温かい手が撫でた。
「メアリベルに指一本触れさせないって、言ったでしょう」
 凛とした声がまやかしを割る。
 三度踵を鳴らす軽やかなステップ。
 湧き立ち香る甘い花。
「これ以上の犠牲者なんて出させない。わたし達がここであなたを倒す!」
「なぁおん!」
 毅然とした主人たる奈津美の隣には、明るい紳士猫のバロン。
 羽搏きは夜風に乗って淡い痺れを落とす補助に。

 戦いは、続く。
 メアリベルを諦めることなく攻め立てるジョージィ・ポージィ。
 重ねるごとに苛烈になる、メアリベルを守らんとするママの攻撃。
「大丈夫、その傷はわたしとバロンが!」
 声を張る奈津美の目はしっかりと皆の背を見据えていた。
 弛みなく迷いなく見渡して、最適解を。
 バロンと息の合った連携は主従ならではの、求めずとも最後衛から入る合いの手に誰もが安心して背を預けた。
 だが、ほんの。
 ほんのわずかな噛み合いのずれとはあるもので。
『つーかまーえたっ!』
「きゃっ!」
「メアリベル!」
 細い手首を捕まえたジョージィ・ポージィがにんまりと笑う。
 迫る。迫る。迫る。
 真白い頬に血濡れの口付け!ああゆめの!今日がゆめのママの誕生日――!!
 とは、問屋が卸さなかった。
「やはり、三流以下の道化ですね。ただ邪魔だ」
 ジョージィ・ポージィの頭を掴み、ふーっと息を吐いた剣太郎の剣吞な目。
 ウォオオオンとエンジン唸らせるライドキャリバーの鉄騎が軋む身で唸る。
『おまえも、おまえも、さっきぶっとばしただろ……!』
「ええ、受けました。でもこう見えて、頑丈でして」
「……そうですね。ですが、捉えるには十分です」
 直前に鋭い鍵先で身を暴かれた剣太郎。痺れ深かった宵一。
 だがその傷は奈津美の手腕とバロンの羽よって癒されていて。
 ジョージィ・ポージィの頭蓋を軋むほど握り締め、弓形の瞳が地を這う声を紡ぐ。
「はっきり言いましょうか。……お呼びじゃない三流道化は引っ込んでろ」
「一刀、見舞いましょう」
 超至近からの杭打ちと、傷口抉るような刺突。
 ただ暴力と言って遜色無い二撃が、ジョージィ・ポージィの腹に風穴を空けた。
 それでも、まだ。
『まだっ、だ!』
「ああ、知っているとも。撃ち抜け!」
「だな。悪戯が過ぎるぜ……穢身斬り裂くは、双の閃雷!」
 ひゅるり唸った、アインの竜槌が咆哮し。
 夜裂く紫電携えたヒノトが描く十字一閃。
『ぐっ!』
 噛み砕かれそうな方向に身を丸め、追う紫電十字を転がり避けようとするも。
『あっ、くそ!』
 細い足取る鎖は幾重にも。
 祥空を起点にアインやタタン、そしてヒノトの相棒 ファミリアのアカが繋ぎ合わせた鎖は複雑に絡みジョージィ・ポージィを離さない。
「赤の他人が、親の幻を見せるなんて許さねえ!」
 琥珀の瞳が輝いた。
 後一撃。
 誰の目にもそう映った瞬間。酷く優しく紳士的に、メアリベルの手を祥空が引いた。
「幕引きを、よろしくお願い申し上げます」
 恭しく送り出す小さな背に、傷癒えの盾型ドローンを。
 メアリベルに寄り添うママは同じ歩幅。
 でもメアリベルの足が残る痺れに縺れかけた時、手を引き一緒に走る甘い香りが二つ。
 にひりと笑ったタタンが、子分のジョナ・ゴールドから真っ赤な林檎を取り出して。
「メアリベルちゃん、ナイショの一口あげましょね!」
「ありがとう、ミス多留戸」
 乙女同士の内緒話は甘く爽やか林檎味。
 名高い禁断の果実を齧って、さぁ高らかにうたいましょう!
「哀しみよこんにちは 惨劇よいらっしゃい――……衣装棚を、覗いてみましょ」
 メアリベルの背後で地獄の門に似た木戸が開く。
 いつもぎいぎい鳴き出す、古い木戸。
 ずるり這い出た骸が誰のものかなど、ジョージィ・ポージィに問う余裕は無かった。
『やだっ、やめろ!暗いところはっ、暗いところはぁっ……!』
「永遠に醒めない夢をご覧あそばせ」
 恐怖に歪む顔には白骨の抱擁を。
 ガタン。
 ドタン。
 バタン。
 音がしたのは三度だけ。
 扉が開いた後には、影も形もなにもない。

●きらきら、お星様の歌よ
 抉れたコンクリートに花の魔法。背高いフェンスに盾形ドローン。
 全てが終わった頃には、月が煌々と輝いていた。

 シートを引き直して、お茶を分け合って。
 強敵の宿題と向き合う時間も、皆で分け合って短くしちゃえ!
「ねぇミスタ、あのお星様はどれかしら?」
「あれはここ、いるか座ではないでしょうか」
「あっ、なぁなぁこれってこぎつね座だろ?」
 くるりと巡らす星座盤。
 ありがとう!と微笑むメアリが点と線をしっかり結んで名を書き込む。
 どういたしまして、と笑った祥空とヒノトが見上げた空は、都会と思えぬ星の数。
「メアリベル。アルタイル、ベガ、デネブで夏の大三角はもう引いたか?」
 アイズフォンで天文台の星図を見つけたアインがそっとアドバイス。
 まだだわ……!とハッとしたメアリが引く線を覗き込んだタタンがひそり。
「メアリちゃんは宿題あとそれだけです?」
「ええ、そうよ。頑張ったんだから!」
 明るい返事に、むーんと頭を抱えたタタンが唸れば笑いが起きた。
「なんだかこんな風に星を見るのも久し振り……」
「僕もそうですね」
 微笑む奈津美の膝の上、健闘したバロンは夢の中。
 同じく星見る剣太郎が体を伸ばした時、完成の歓声が上がった瞬間で。

 一時過ぎた帰り道。
 左手はママと繋いだメアリベルがそっと切り出した。
「……あのね、ミスタ御子神。手を繋いでも、いいかしら」
「――勿論」
 繋ぎ返された温もりが、じわり心を温める。
 見守る月がきらきらひかる。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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