欠けた黒斧をその手に生やして

■リプレイ

●歪な戦闘狂
　死神たちの蠢きが一体のエインヘリアルを復活させたその頭上に、突如破裂せんばかりのプロペラ音が鳴り響いた。
　産声代わりの哄笑を大音声にかき消された『マーダー』は、黒々とした夜空に辛うじて浮かび上がる動体に、本能的に目を凝らした。ヘリの形をした物体がはためく翼と複数の人影を吐き出したのを視界に捉え、その口許がこの上なく凶悪な歓喜の形につり上がる。
　次の瞬間、人影は次々と屋上に舞い降りた。プロペラ音が急速に遠ざかり、名残のような強風がビルの屋上を吹き抜けていった。
「新しい死神ども、今度はエインヘリアルの死体漁りでござるか」
　警戒を高めてじりじりと泳ぐ怪魚たちを睥睨し、不動峰・くくる（零の極地・e58420）は『轟』と『震』と描かれた両手の腕輪から巨大手甲を展開する。
「相変わらず影でコソコソと陰険な奴らでござるな。その野望、拙者の轟天と震天で、砕かせてもらうでござる」
　ケルベロスの存在を察知して、怪魚型死神たちの動きが忙しなくなる中、マーダーの知性なき眼差しは食い入るようにケルベロス達を凝視している。
「死ねば死ぬほど増える兵力とかやってらんねーよ。ったく……」
　強化されたマーダーの姿に、顔をしかめる比良坂・陸也（化け狸・e28489）。その腰元には携帯照明が不規則に揺らめいている。
「こんな所に急にエインヘリアル降ってきたら困るって。一般の人達も安心して暮らせないってね」
　後方の街明かりを気にしながら、クロノ・アルザスター（彩雲のサーブルダンサー・e00110）もぼやいた。
「この前アマゾンで盛り上がったばかりだってのに、そーそー悲劇なんて起こさせないわよ。がんばろー」
「その。通り……そうそう……思い通りには、させませんよ」
　たどたどしくも丁寧に言葉を紡ぎ、唯織・雅（告死天使・e25132）は二対の翼に力を漲らせる。
「悪いエインヘリアルだって死神に利用されるのは可哀想だよ」
　愛がいっぱい笑顔の前向きヒロイン『キュアリンカーネイト』こと空野・灯（キュアリンカーネイト・e38457）は、やるせない眼差しでマーダーを見つめる。
「わたし達が安らかに眠らせてあげなきゃ。あなたもこの街の人もみんな守るんだから！」
　深々と頷き、同意する木霊・ウタ（地獄が歌うは希望・e02879）。
「死んだ後もおちおち寝ていられないとは、酷い話だぜ。死神の企みの駒にされてるっぽいしな。今度こそしっかり眠ってもらうぜ」
　しかし、敵対する相手にさえ心を砕くケルベロス達の言葉を、マーダーの口許から零れ落ちる笑い声が裏切った。
「――クッ……ハハハハッ！　ケル……ベ……ロス……ハハハハハハハハハハハッ！！」
　黒斧に変化した左腕が、漲るグラビティに怪しく黒く燃え上がる。
　それは血に飢え、戦いを欲する戦闘狂の本能。
「一度死んでヴァルキュリアに引き上げられて、また死んで今度は死神にサルベージとか。無様なものよね」
　機甲翼を操って戦場に降り立ったセレネー・ルナエクリプス（機械仕掛けのオオガラス・e41784）は、冷然と言い放つ。
「いいでしょう。私たちが三回目の死をくれてあげる」
　――その瞬間、禍々しいグラビティが膨れ上がったかと思えば、マーダーの全身がとてつもない跳躍力で高々と跳び上がった。刃こぼれだらけの黒斧が、ありったけのグラビティと共にクロノへと振り下ろされる……！
　ジャキンッ――。
　鋭い音が軌道を遮り、黒斧は人体に届くことはなかった。
「せっかく起きたとこ悪いけど、また眠ってもらうね」
　雨之・いちる（月白一縷・e06146）は玻璃止綸で受け止めた刃を押し返しながら、「ま、起きたっていうか起こされたんだろけど」と付け加えた。
「どっちにしろ倒すまで」
　挑発じみた言葉を理解できる知性は、マーダーにはすでにない。
　ただ、投げかけられる敵意に、エインヘリアルだった男は嗤う。殺戮の悦びを。血にまみれた欲望を。
　マーダーの殺意の高まりに触発されたように、三体の怪魚が一斉にケルベロスの陣営へと突進した。

●謀りのてのひら
　怪魚の凶悪な牙が、前衛と中衛を無秩序に襲う。
　深々と食い込む痛みはしかし、歴戦のケルベロス達にとって対処に容易いものだった。
　だと言うのに、陣営のあちこちから痛みを訴える声が上がる。
「くっ……これは、不味いですね……」
　優れた防御でとりわけ軽傷にいなした雅が、何もかもを喰らい散らす悪食ノ顎を呼び招きながら、いかにも苦しげにごちた。
「あーー、ちょっと……ちょっと……回復を」
　早くも弱音スレスレの声を上げながら回復をせがむクロノ。
　それにすかさず応えるのはウタだ。「グッ、こないだの戦いでやられた傷が……」と身体を抑えてよろけるフリをしつつも、
「目指す未来があるなら！　迷わず翔け抜けようぜ」
　疾き風の歌。ウタの歌い奏でる即興曲が一陣の風を呼び込み、何ものにも囚われぬ力を前衛にもたらした。
　ケルベロスの陣営は実のところ順当な滑り出しで、怪魚を中心に攻勢を仕掛けていった。数を揃えた怪魚は厄介といえば厄介だが、比較的くみしやすい敵と言えた。
　しかし陣営は常に痛々しく、どこか悲壮感を漂わせて敵と対峙する。
　『勝ち目のない戦い』を演じ、撤退の必要性を死神たちに悟らせぬために。
　厄介なのは、強化復活したマーダーだ。その気迫は凄まじく、血に飢えた黒斧はボロボロになってなお怪しく黒光りして呪力を発散し、強烈な一撃を振り下ろしてくる。
「……痛っ……！　一撃が重すぎるっ……」
　連続でマーダーの攻撃を受け止めたいちるは、わざと膝を屈し、顔を歪めて過剰に痛がってみせる。その掌の中では怪魚を焼き払うための竜語魔法を周到に準備しながら。
「ハハハハッ、ハハハハハハハッ！！」
　弱者をいたぶる快感に、マーダーの哄笑が止まらない。その異様な姿に、灯は怯える。
「こ、こんな相手に勝てるはずないよ……死神だけでも倒して、早く逃げようっ！？」
　震える声も、ギリギリの精神状態を思わせる仕草も、もちろん演技である。一方で壁を蹴って距離を詰め繰り出す電光石火の蹴りは、華麗に正確かつ容赦がない。
「た、たいへんだけど、が、がんばろう、みんな」
　近衛木・ヒダリギ（森の人・en0090）は芝居をせねばならないという慣れぬ状況に必死に対応しようと焦るあまり、自然おどおどと自信なさげになりながら薬液の雨を降らせていく。
　皆が怪魚に苦戦を演じるなか、セレネーはマーダーと対峙していた。
「死者の魂を運ぶのはヴァルキュリアやシャイターンの専売特許じゃないのよ。カラスだって、立派な魂の運び手。この双剣にかけて、しっかりと黄泉へと送り返してあげる」
　巨大な鉄塊剣が、単純かつ銃口無比の一撃を打ち下ろす。
　痛烈な衝撃に、マーダーの哄笑がついにやんだ。濁った両眼に研ぎ澄まされていく敵の殺気に、セレネーは笑う。
「さあ、死の舞踏を始めましょう」
　マーダーの意識が逸れている隙に、ケルベロスの攻撃はより堅実に怪魚たちへと殺到してく。
　不動明王の火界呪を唱えながら、紅蓮の炎を装填した錫杖で怪魚たちをぶん殴りつつ、陸也は焦った声をあげる。
「今ので落とし切れねえとかやべぇぞ……手札がもうあんまねぇ。やるしかねえってのはわかってるんだけどよ……！　おい、持たせられるか！」
　もちろんさほど切迫した状況ではない。その胸中では、
（「あー……あったま悪い演技。けど、効くんならやらねーとなぁ」）
　と半ば諦観の極みに至りつつ、次は精霊魔法で氷結させる準備に余念のない陸也であった。
「私達だけじゃ、厳しいってこれ～～」
　グラビティ・チェインを乗せた攻撃で斬り込んだクロノは、さも剣ごしにきつい衝撃と痛みが伝わってきたかのように腕を庇いつつ、息切れしてみせる。
　ケルベロスの迫真の演技は、知性の低い死神たちをたぶらかすには十二分な効力を発揮した。怪魚たちは撤退に動く様子を一切見せず、牙での攻撃に腐心し続ける。マーダーは制止する者がいないのをいいことに、久方ぶりの戦場を愉しむばかり。
　と、その時。激しい雷が闇夜を鋭く斬り裂いた。打ち据えられた怪魚の一匹が大きくのけぞると、ぷかりと水面に浮かび上がるように腹を見せ、そのまま泡となって消滅した。
　さしもの怪魚たちも撤退の必要性に気付くかと思われた、が。
「しまった……！　今の攻撃でとっておきの力を使ってしまったでござる……このままでは勝てぬでござる……！」
　咄嗟に慌てて見せたくくるの一言がケルベロスの劣勢を印象付け、もう一押しと見せかける。
　言葉と態度を額面通りにしか受け取れぬ怪魚たちは、変わらず戦場に留まることを選んだようだった。
　それが、勝敗の行方を左右する判断だとも知らずに。

●一転攻勢
　いっそ勢いづき、泳ぎ回り噛み付いてくる怪魚たち。しかしその天下もほんのわずかな間のことだった。
「嫌ぁ……来ないで……」
　怯えたフリを交えつつも、灯は勇気を振り絞ったとばかりに立ち上がった。光の剣を手に華麗に飛び回り、的確に怪魚を斬りつける。二匹目が激しく悶え跳ねたのち、泡となって消えたのを確認すると、くるりと踵を返し、
「命導く篝火……キュアリンカーネイト！」
　仕切り直しとばかりに、高らかに名乗りを上げた。
　ここに至っては、もはや演技は不要だ。
　混乱したように尾を激しく動かし、キョロキョロとケルベロス達を見回す残りの一匹に、ウタは今にも押し負けてしまうとばかりに浮かべていた戦慄の表情を引っ込め、ニヤリと笑う。
「そ、騙くらかしてた。死者を再利用すつ奴等に、どうこう言われる筋合いじゃないぜ？ 」
　言葉の意味をどこまで理解したものかは不明だが、怪魚は慌てたように身を翻し、青白く輝く体でマーダーの周囲をひっきりなしに泳ぎ回り始めた。それが撤退の準備なのだろう。凶悪な笑みを浮かべたまま、マーダーの動きもぴたりと止まる。
　もちろん、それを許すケルベロス達ではない。殺到するグラビティは最後の一匹を瞬く間に追い詰め、袋叩きにしていく。
　最後の一手を決めたのは、爆破スイッチを押し込むたおやかな指。爆発に呑まれ怪魚が爆散したのを見届け、雅は決然として残るエインヘリアルへと向き直った。
「死神の討伐は。終わりましたね……それでは、幕引きと。行きましょう」
「演技って意外と疲れるね」
　ほっと肩の荷を下ろしたように呟くいちる。しかしその動きは素早く、エアシューズを駆ってすかさず敵の懐に潜り込み、流星煌めく蹴撃を浴びせる。
「めんどくさい事させてくれた借りをお返しするわ。こっからは全力で行くわよ！」
　弱気な態度を一切合切捨て去って、クロノは卓越した技量の一撃をマーダーへと放った。
「待たせたでござるな」
　一人でマーダーと対峙し続け消耗の激しいセレネーの隣に並び立ち、労うくくる。
「気にしないで。これが私の役割よ」
　さらりと返したセレネーは、次の瞬間、襲い来る黒の双斧に超反応で対抗した。禍々しい黒の軌跡と重厚な鈍色の軌跡が打ち合い、せめぎあう。
　頼もしい仲間に笑みを零し、くくるもまた溌溂と見得を切る。
「拙者の轟天、震天の力、とくと見るがいいでござる！」
　マーダーの攻撃を、盾役たちはよく耐えた。攻撃の五分以上がセレネーに集中していったが、マーダー本人の振る舞いは思いのほか奔放だった。『怒り』の束縛から逃れた不意の瞬間には、攻撃の届く範囲にいるケルベロスに手あたり次第に攻撃を仕掛けてくる。
「好戦的な部分はそのまま、か」
　……また戦って散るのは本望かもね。影の如き斬撃で密やかに敵を掻き斬りながら、いちるはひとりごちる。
「重いな……目覚めよ、我が血、我が本能！　我は獣、月の兵！！　然れども、我は月を制し、神を喰らわん！！！」
　肉体を抉る斧の衝撃に、凛とした詠唱を響かせる陸也。獣憑き。赤黒い獣のオーラが、赤い月光を貯め込んだ符を媒体に、原初の強力な再生能力を喚起していく。
　ハハハハハハッ、ハハハハハハハハハッ！！
　マーダーの哄笑が夜に響く。その闘争本能は死してなお収まることはない。生前の知性を有していたなら、相当な強敵となったことだろう。
　だが、己の役割を忠実に果たし、連携して攻め立てるケルベロスが倒せぬ敵ではない。
「久しぶりの戦闘だね。……ごめんね、虚喰。お腹が空いたよね」
　いちるはそっと愛用の魔導書を撫でると、自らの血を捧げた。
「封じられし邪神、私に力を貸して。『虚喰』、全てを喰らい尽くして」
　虚喰召還。召喚されたのは終焉を詠う邪竜。その咆哮を耳にしたマーダーの自由が奪われ、大きく開かれた竜の顎がその身を襲う。
　一瞬、マーダーの動きが明らかに鈍った。その隙をグラビティが次々と降り注ぐ。
「さぁ、あなたは見極められるかしら？　この剣閃を」
　クレッシェンドファング・ヴァイ。クロノが振りかざした剣は、果たして振り下ろされたのか、薙いだのか、はたまた突いたのか。歪に姿を変える剣閃は、あたかも波紋に揺れる水面に映る三日月の如し。ライドキャリバーのエアの突進がそれに追随する。
「ラブリルブレス！　リンカーネイト！　ダブルコブシッ！　バズゥゥーカァーーッ！！！」
　盛大に技名を叫びながら、灯はピンク色をした二つの巨大拳型エネルギーをラブリルブレスによって具現化する。放たれたそれは自力飛翔誘導拳《バズーカ》。極大化された想いの力が敵を打ち据える。
「右腕『轟天』、雷撃増幅機構稼働。駆けよ雷光！　刃雷手裏剣！」
　単独稼働した『轟天』の雷撃増幅機構により、くくるは巨大な雷の手裏剣を作り出す。刃雷手裏剣は文字通り雷の速さで駆け抜け、深々と突き刺さった敵の肉体に雷気を一気に爆発させた。
「死神の操り人形とは、前世の報いって奴？　同情はしないけど哀れって思うぜ。――今、解放してやる」
　無拍子の刹那の一閃。ウタの卓越した技量から繰り出される一撃が、マーダーの肉体を凍てつかせる。
　その攻撃の死角から飛び出す化け狸。
「もらったぜ」
　陸也はレーザーを物質化させたかの如き光の剣を金剛杵から生やし、強烈な火力で斬りつける。
「セクメト……共に。参りましょう」
　雅の撃ち出すエネルギー光弾がマーダーのグラビティを中和し、続けざまウイングキャットが飛ばしたリングがさらにその力を拘束する。
「ハ、ハハ、ハ、――ハハハハハハハッ！！！」
　苦しげに息を切らせながら、マーダーはなおも高笑いをやめず攻撃を繰り出そうとしてくる。
　しかしその鈍重な動きがグラビティへと帰結することを、セレネーは許さない。
「遊びはもうお仕舞い」
　黒葬（黒双）連撃。地獄化した翼を包む機甲翼から噴出する黒い炎がセレネーの体を加速させ、瞬く間にマーダーの間合いを捉えた。地獄の黒炎を纏わせた双の鉄塊剣が、勢いよく振り下ろされる――。
　ゴキィ……ッ！　人体が砕ける生々しい音。
「は、はは……」
　吐息のような笑い声を最後に、マーダーの肉体は夜の屋上に沈んだ。

●罪人は二度死ぬ
　命尽きた肉体が消え去る前に、灯はマーダーのもとに歩み寄った。
「よかったね、ゆっくり眠れるね」
　優しく抱きしめられ、撫でられながら、マーダーの亡骸は応えない。
　二度目の死を迎えたそれは、見る間に肉を失い骸骨へと変貌し、やがて煤のような粒子となって夜の闇に溶けていった。
「あばよマーダー。今度こそ、地球の重力の元で安らかにな」
　煤の行方を、ウタはメロディアスな鎮魂曲を奏でながら見送った。
「ここは、どうにか。片付きましたが……暫くの間、続きそうですね……」
　安堵しきれぬ心境で、雅は呟く。
「補修活動はきっちりと……と。さぁて、けーるかね」
　屋上の修復を手際よく終えた陸也は、さっぱりと顔を上げて皆に促した。
「無事に終わった事でござるし……帰って一杯やるでござるかな？」
　同じくヒールを終えたくくるは、どこからか取り出した白雷から細い煙をくゆらせ、敵のことなど忘れたように笑った。
　かくて二挺斧の罪人は二度目の死を迎え、街の平穏は再度守られたのであった。

作者：そらばる	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年8月29日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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