蝉の声

作者:沙羅衝

 ジジジジジ……。
 ここは近畿地方の郊外にある砂浜である。照りつける太陽とむせ返るような潮風、そして蝉の大合唱。
「もう直ぐ夏も終わりのはずですが、今年はまた一段と暑いですね……」
 湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)は、海水浴で楽しんでいる家族連れを横目に、少し離れた磯場を歩いていた。大きな海水浴場とは違い、人影の少ない私有地との間にある、磯場である。
 時刻は夕刻前になっただろうか。日は高いがその海水浴客たちも、一組、また一組と片付け、帰路についていく。
 ゴロゴロゴロ……。
 すると、突如として辺りは暗くなり始めた。雷雲があっという間に上空を覆うと、ぽつりぽつりと大粒の雨が降り始めた。
『雷が発生しました。皆様、これより遊泳は禁止となります。急いで上がってください』
 浜辺で放送が流れると、海水浴客は急いで片づけを開始する。
 ビカ! ゴゴロゴロゴロ……!
 発生する稲光と共に、雨の勢いが増す。その勢いは、熱帯雨林地方のスコールのようである。
「ふう……。酷い目にあいましたね……」
 美緒は、磯場近くにある小さな小屋に避難していた。辺りには他に人がおらず、先程の賑わいが、遠い過去のような感覚に襲われた。
「失礼致します……」
 その時美緒の背後から、男の声が聞こえてきた。
「どなた……でしょうか?」
 美緒が振り返ると、暗い色のスーツに身を纏い、長髪を後ろで束ねたサラリーマン風の男がいた。
 平然とそこに立ってはいるが、大量に体に降り注ぐ雨を気にも留めないその男の姿に、美緒の心に警鐘が鳴り響いた。
「これは失礼。私は……」
 男はそう言って、懐に手を伸ばし、皮製の名刺ケースを取り出す。
「こう言う、モノです!」
 男が差し出した一枚の名刺の表面は、モザイクだった。そして、そのモザイクから放たれたグラビティが、美緒を包んだのだった。

「ええか皆。さっきちょっと話した通り、湯島・美緒ちゃんが一体のドリームイーターに襲われるという事が予知できたんよ!」
 宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)が、リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)と共に、ケルベロスに依頼の説明を行っていた。
「分かった時にはもう、彼女には連絡がつかへん状態やってん。ごめんやけど、急いで現場に向かって欲しい」
 ガタリと準備を行おうとするケルベロス達。その様子を見ながら、絹は分かっている情報だけでも、彼等に伝える。
「取り合えず敵の事についてわかったんは、ドリームイーターであり、通称でプロデューサーって言う名前。何を目的としてるかは、彼女を襲う理由はもふくめて分からんかった」
 聞く限り謎の相手という事だけは分かった。ただ、その攻撃方法などは絹の予知により判明したとの事だった。
「攻撃方法は、まず名刺からモザイクを放ってくる。ただ、このモザイクにはどうやら催眠の作用があるみたいでな、対策は必至や。んで、感覚を麻痺させてくくる視線と、威圧する声や。特に攻撃が強いっちゅうわけでもないけど、こちらを混乱させてくる事が多くて、じわじわと削ってくる。気を抜いたらやられるで」
 そこまで話した絹は少し、思い出したかの様にはたと気が付いた表情をする。
「ごめん。大事な事言い忘れたわ。あんな、美緒ちゃんと合流できたときやねんけど、どうやらどれだけ早くても、催眠は食らってしもてる状態や。そのケアが戦局を左右すると思ってる。その辺から考えられる作戦、しっかりな」
「わかった絹。彼女の事は任せろ」
 リコスの声にケルベロス達はお互いに頷き、ヘリポートに向かう。彼等に託された任務を、確実に遂行するために。


参加者
蒼龍院・静葉(蒼月の戦巫女・e00229)
神楽火・皇士朗(破天快刀・e00777)
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
宇原場・日出武(偽りの天才・e18180)
エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)
桜衣・巴依(紅召鬼・e61643)
アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)

■リプレイ

●光
 ドドド……ドォ!!
 強烈な雨と共に、一つの砂浜にケルベロス達が次々に降り、地に立った。雨水を吸った重たい砂が飛び散り、波にさらわれていく。
「巴依さん、エリン! 場所は!?」
「確か……、あちら側……でしたか」
 蒼龍院・静葉(蒼月の戦巫女・e00229)がエリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)に問うと、彼女は東の方角を見ながら目を凝らす。
「雨が強すぎて、よく分からないですね」
 桜衣・巴依(紅召鬼・e61643)もまた、同じように東の方角を見る。降りしきる雨が視界を遮っている。
「情報では、こっちであっているはずだ。向かうぞ!」
 神楽火・皇士朗(破天快刀・e00777)はそう言うや否や走り出そうとする。
「少し待って。ディートリヒ、この辺りに建物が何処の辺りにあるか、地図をお願い。降下で少し目的の位置からずれたみたい。私は気象予報図から風向きと雷雲の移動速度を演算して、どれくらいずれたか探るわ」
「分かった。それほど時間はかからない……」
 アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)とアルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)の二人のレプリカントが片目を閉じ、即座に現在の位置と、雷雲によって捻じ曲げられたGPS情報を加味した演算を行う。
「ここから東北東。つまり2時の位置に放棄された小屋があるな……」
「こっちも捕捉。500メートル程流されたようね」
 情報の妖精さんの力を借り、お互いに合致した事を確認した二人は頷き、全員に報告を行って駆け出した。

 砂浜から磯場に駆け上がり、雨を跳ね返す。海から砕けた波を風が運んでくるが、ケルベロス達は迷うことなく突進していく。すると、目の前に小屋のような影が見えた。
「あそこに何かあります!」
「……影?」
 エリンが指差した方向には、確かに小屋らしき建造物が見えた。だが、その小屋の周りが光り輝いていて、反射した雨が霧の様に煙っている事が分かった。巴依は不思議に思ったが、同じ旅団の仲間を助けるという一心で、一気にその小屋に近づいていった。
 目標は、今見えているその小屋の裏側。すると、二つの影がゆらゆらと存在している事に気が付いた。
「よし、皆行こう」
 リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)が言うと、一気に突き進んだ。徐々に近づいてくる光。そしてその隅でモザイクの欠片が踊っている。
 ドォン!!
 すると、上空から送れて一人の巨漢のケルベロスが降り立った。
「すばらしい村長なので、村民を助けに来た!」
 着地の衝撃で岩を砕きつつ、宇原場・日出武(偽りの天才・e18180)はそう叫んだのだった。

●夢
「お仲間ですか?」
 暗い色のスーツを着た男が、現れたケルベロス達に姿勢を正しつつ向き合う。その傍には、湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)の姿があった。だが、何処か様子がおかしい事は、直ぐにわかった。夢を見ている様に、現実を直視していない。白のTシャツが雨によってずぶ濡れになり、下に着込んでいる水着がくっきりと透けている。同じように濡れているピンクの髪は、一部が顔や背中に張り付いている。だが、その事を気にすることも無く、ふらふらと歩いているのだ。
「えっとね、大した夢じゃないの、歌いたい歌を歌って、びびっと来たら曲書いて、素敵な人と結婚して、子供に聞かせて……」
「これは……思ったより催眠がかかっていますね」
 巴依はライドキャリバー『緋椿』を傍に呼び出しながら、前に向かう。
 ただ、一つだけ更におかしな点があった。美緒のその水着と身体がキラキラと輝いているのだ。どうやら先程の光は、彼女自身が光らせていたものだ。つまりそれは、まだ意識があるうちに彼女自身が行った行為だと分かる。
 まだ手遅れなんかじゃない。ケルベロス達はその事を察知すると、一気に動いた。
「いけませんねえ。どなたかは存じませんが、村民を勧誘するならまず村長であるわたしを通していただかないとねえ」
「直ぐに手当てを、此処からは私達が支えます」
 日出武と静葉が美緒に向かって、バトルオーラから気力を放つ。
「おっと、折角の方なのです……」
 男、ドリームイーター『プロデューサー』はそのケルベロスの様子を見て、口から声と共にグラビティを吐き出す。
「邪魔はしないで戴きたい!!」
 その声は、日出武と静葉、そしてアルベルトと、アウレリアのビハインド『アルベルト』に襲い掛かった。
「させん!」
「ケルベロスのスカウトはご遠慮ください、ね」
 すると、リコスと巴依、そして緋椿がその間に身体を投げ出し、代わりにその攻撃を受ける。
 抜けてきた攻撃は静葉を襲うが、かろうじてその攻撃を避けることに成功する。
「ぐ……!」
 だが、すぐに膝を付くリコス。所々その声により、動かなくなっている事が分かる。そのためリコスは、美緒に向かって放とうとしていた分身のグラビティを作り出す事ができない。
「美緒はおれ達の大切な仲間だ。手は出させんぞ、デウスエクス・ジュエルジグラット!」
 その様子を見た皇士朗が、それ以上の攻撃を加えさせまいと、牽制を行いつつまずは美緒に気力を飛ばす。
「名も名乗らないスカウトなんて言語道断よ。会社名と登記情報は? 連絡先は? 実績は? 怪しい詐欺師に美緒を渡せないわ」
 アウレリアもまた、未だ全快していない彼女を確認しながら気力を飛ばす。
『海の声、戦傷の無き現世を願い希望の光を祈る。治癒の気泡にてかの者に癒しを。』
 そして、エリンが天魔の力で気泡を生み出す。その気泡は美緒の周囲に漂い、弾けた。
「あ……」
 すると、一気に彼女の瞳に意志の光が蘇ってくる。
「私……」
「気が付いたようだな」
 皇士朗がその様子を見て頷き、斬霊刀『七哭景光』を構える。
「経緯は良く分からないけど、一先ず安心ね」
「アウレリア……さん」
 美緒は知っている顔、そして知らない顔のケルベロス達を見た。自分がどうなっているかは未だ良く分かっていない。だが先程までの妙な感覚は消え去っていた。そして、目の前の敵を見据える。
「皆さん。有難う御座います。そして、もう少しお願いします」
 美緒はそう言ってドラゴニックハンマーを構えた。

●繋
「スカウト……。そうですね。では、貴方達纏めてというのは如何でしょう!」
 プロデューサーは懐から名刺を取り出し、目の前の皇士朗にモザイクを浴びせる。
「させるかよ!」
 すると皇士朗はすんでの所でそのモザイクを避け、着地した右脚を屈めて飛び込んだ。
『神楽火流、討邪の太刀がひとつ、焔耀斬!』
 その加速力から放たれた斬撃が、プロデューサーを切り裂いた。
「まずは、こちらの陣形を保ちつつ、更なる力を……」
 静葉が全員の状態を把握しつつ、先程の声の力の影響がある前衛、特にリコスを中心にして、ゾディアックソードを滑らかに動かして地面に星座を描く。すると、星座の輝きが前衛に降り注いだ。
「そんな怪しげな名刺の方に、大事な村民を預けるわけにはいきませんねえ」
 日出武がそう言いつつも、薬液の雨を同じように降らせる。
「ケルベロスのスカウトはご遠慮ください、ね」
 そして巴依が、動くようになった右腕を確認しながら、紙兵を前衛へとばら撒いた。
「でもこれは、勧誘というより、誘拐?」
 更にエリンが巴依の紙兵とあわせる形で、オウガ粒子を同じく前衛へと張り巡らせる。
 ボゥ!! ズガアアン!!!
 アウレリアがエアシューズから炎を蹴り出すと、アルベルトが激しい雷をプロデューサーの頭上に直撃させる。そこへアウレリアの『アルベルト』もまた、念を飛ばし、その足元に向かって緋椿が激しいスピンを敢行する。
 ケルベロス達は自らの状態の回復と維持、そして攻撃を持ち合わせた作戦で、徐々にプロデューサーを追い込んでいった。
「……少し、思い出したかもしれません。確かあなたは有名になれば名前が分かると思っている、名前の分からないドリームイーター……。違いますか?」
 美緒は必死で自らの知る情報を何とか繋ぎ合わせ、聞いた。
「……」
 しかし、彼は答えなかった。炎に包まれつつも起き上がり、此方に敵意を向ける。
「そういう奴、なのか。ドリームエナジーを奪うのが狙いなのは、想像に難くないが……。自らの名前を求めているのか?」
 皇士朗はそう言いつつも、切っ先は敵に向け、いつでも攻撃できる態勢を保った。
「他人を襲わんと、自分の名前もわからないとは、けったいな奴だな。そもそも名前がモザイクのドリームイーターなんだから、ある訳ないだろうが」
 アルベルトが的を射た言葉を言う。
「とは言え、この状況は看過出来ません。湯島さん、よろしいでしょうか?」
 静葉は念の為、美緒に尋ねた。
「襲われる理由も何も分かりません。ですが今分かっている事は、彼はデウスエクスであり、我々はケルベロスだという事です。そして何より私は私の目的の為に、生きなければいけません」
 美緒はそう言って真直ぐにプロデューサーを見つめ、戦闘体制を取った。

●響
 ケルベロス達の攻撃により、プロデューサーは徐々に動きが鈍くなっていっていた。特に静葉による星座の力と、日出武の回復とケルベロスチェインによる盾の力が、敵の攻撃を無力化していくことに成功していっていたのだった。
「コイツを喰らえば名前を思い出すかも……しれんぞ? いや、ないか」
 アルベルトが腕から衝撃派を生み出す。
『えげつない手だが、構わんよな』
 アルベルトの衝撃派は、プロデューサーの脳髄に響き渡ったのか、苦悶の表情を浮かべながら、なにやらわけの分からない言語を叫び始めた。
 続いてエリンがバスターライフルから凍結光線を打ち出した。すると、その光線は男の懐を打ち抜き、そこから氷が発生する。
「連携は戦の基礎、繋げますよ!」
「合わせます」
 それを見た静葉が手足を獣化させて突っ込み、巴依が先回りをする。その突進をプロデューサーが回避しようとするが、巴依の脚が上回った。
 バシィ!!
 何かがはじけた音と共に、巴依の縛霊手から網状の霊力が彼を縛る。
『蒼月の輝きと共に現世の塵へと消えよ。』
 そこへ静葉が高速の拳を叩き込み、のけぞらせた。
『弱点は......そこね。遠慮なく突かせてもらうわ。』
 アウレリアの狙い済ませた弾丸が、今までの傷口を一気に広げる。そして皇士朗が、一気に走りこみながらもう一度加速度を乗せた強烈な斬撃で切り裂くと、燃え上がるような血しぶきが上がった。
「行け、美緒! きみの手で奴の仕事を終わらせてやれ!」
 皇士朗の言葉を聞き、美緒はこくりと頷いた。手にはギターのピック。そこにグラビティの力を籠めていく。
「さようなら」
 彼女の言葉は既に聞こえているのかは分からなかった。だが、彼が気が付いたときにはもう遅かった。美緒が投げつけたピックがもう目の前に存在していたからだ。
 ドッ……。
 そのピックが額に突き刺さると、その部分から一気に凍り付いていく。
 バリン……。
 その額からひびが入っていくと、ドリームイーターは、声を上げる事もなくガラガラと崩れ落ち、最後には霧散したのだった。

「ふう。やれやれ、だな」
 皇士朗はそう言うと、近くの大きい目の磯に座り込んだ。
 いつの間にか雨はすっかり上がっていたようで、空を見上げると、青空も見え始めていた。
 ケルベロス達は、美緒を助けた疲れがどっときたのか、様々に思い思いの格好でこの事件を咀嚼した。
 そうしていると、漸くだが、自らが何処にいるのかと、夏の気候に気が付いていく。
 ザザーンと波が弾ける音と、蝉の声が体に伝わる。
 雨でできた潮溜まりに、足をつけると、暑さが水に溶け込んでいく事を感じることができた。
「有り難うございました」
 美緒は再び、駆けつけてくれたケルベロス達に礼を言う。
「未然に防ぐことができて、良かったです」
 エリンはそう返した。面識の無いケルベロスだが、それも自らが選んだ道だ。
「そうだ、海の家で腹ごしらえでもするか? それとも、そのまま海水浴……?」
 アルベルトがふと、遠くに見える海の家を見て呟いた。
「水着なんか持ってきてないですし……、それにもう夜になりますよ」
 巴依が言うように、海の家はどうやら片付けをしているところのようだった。
「しまった! やきそばを食べ損ねたな。まだ、間に合うか……」
 するとリコスが思い出したかの様に、磯場を飛びはね、海の家に向かう。するとその先で、同じ目的を果たそうとしていた日出武と合流する。
「しかしこうしいても仕方がない、ですね。我々も行きましょうか?」
 静葉が少し呆れたような声で、その様子をみて提案をする。
「焼きソバにたっぷりと一味を振り掛けるというのも、良いかもしれないわね。……一瓶で足りるかしら」
 アウレリアの言葉に周囲のケルベロスは、驚いた表情を出しながらも、ゆっくりと歩き始めた。

 カナカナカナ……。
 背後の山に日が沈もうとしていた。
 ヒグラシの鳴く声と、遠くの水面でキラキラと反射する日の光。
 その景色に溶け込むように、美緒は大好きな歌を口ずさむ。
 彼女の歌声は、疲労感を和らげ、気分を和ませる。その響きたちは、ケルベロス達の胸に染み込んでいったのだった。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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