フレアの誕生日~ある晴れた日に

作者:洗井落雲

●ある、晴れた日に
 夏の繁華街を、フレア・ベルネット(ヴァルキュリアの刀剣士・en0248)は歩いていた。
「あっつー……」
 思わず声が漏れる。降り注ぐ太陽と、照り返しによる上下からの熱気。今年もうんざりするほど暑いナァ、とぼやきつつ、フレアは歩みを進める。
 今日は、フレアの誕生日である。ケルベロスとしての活動から、色々とバタバタしていて忙しく、思い出したのはつい先日のことだ。
 皆はこういう時、パーティとか開いたりするのだろうか。楽しそうだナァ、とは思いつつ、しかしどうも、そういったパーティを企画するには時間がなかった。
 仕方がないので、今日は一人、ちょっと盛大に散財してやろう、という事にした。次のシーズン用の洋服を買ったり、ゲーセン行ったり、甘いものを食べたりしよう。その途中で友達に会えたら、声でもかけて。
「そーいえば」
 呟いた。
「皆も何か、買い物とかしてるのかな……」
 平日とはいえ、繁華街は、人々でごった返している。その中には、日常生活を送っているケルベロス達もいるはずだ。
 皆は今日、何をしているのだろう。皆にとって、今日は特別な日ではないかもしれないが、それでも思い思いの日常を過ごしているはずで……。
「うう」
 呻いた。暑くて、あまり頭が回らない。
 とりあえず、あのお店に入って、涼むことにしよう。
 フレアはふらふらと、目についた店に足を踏み入れた。


■リプレイ

●暑く、それでも穏やかな日
 その日は晴れていて、とても暑く。
 それでも、その繁華街には、事件もなく、多くの人達で賑わっている。
 ケルベロス達が守ったその風景の中に、彼ら自身もまた、姿を見せている。
 今日は誰かの誕生日ではあったけれど、それはさておき。
 そんな穏やかな一日を、少し、切り取ってみよう。

 映画を見に行こう。ノルに、そんな誘いをくれたのは、グレッグだった。
 ケルベロスとしての活動が忙しく、とりわけ最近は、大きな事件やデウスエクスとの戦争もあり、ゆっくりした時間が取れなかった。そんなこともあり、たまの休日、二人でゆっくりと過ごしたいというのは、二人の共通の想いだった。
 グレッグの誘いに、ノルは目を輝かせて喜んでくれた。その喜びもあったのだろう、当日のノルの洋服は、いつもより可愛らしいもので、そんなノルの姿を見たグレッグは、内心の嬉しさを隠せず、思わずはにかんだりもした物だ。
「映画館で映画を見た事は殆ど無いんだが……一度ノルと行きたいと思っていたんだ」
 そういうグレッグに、ノルは笑った。
「おれも、映画ってほとんどテレビで見てたから……初めてかも。映画デート」
 映画館に向けて、二人でゆっくりと、街を歩く。
 気温は高かったが、それでも二人は、しっかりと手をつないで歩いていた。
 何気ない風景。通りのオシャレなカフェや、今まで気にも留めなかった、小さな雑貨店。そう言った物が新鮮に、とても素晴らしいもののように感じるのも、きっと、二人で歩いているからだろう。二人でならば、どんなことをしていても、楽しい。世界は変わる。二人でいれば、とても鮮やかに。
 目につくものすべてについて、楽し気に、ノルはグレッグへと話しかけた。グレッグは嬉しそうに、ノルの言葉へと耳を傾けた。
 永遠にも思える、数十分の時間。繁華街を目的地へ向かう道のりは、やがて目的地の映画館へと到達する。
「最近忙しかったもんね。今日は1日、ゆっくりしよ!」
 ノルの言葉に、グレッグは微笑んで、頷いた。
 今日はまだ始まったばかりなのだ。

「えーっと……戦線狂教新聞社さん……ですか?」
「ああ、普段どおりで構わないわよ。取材、と言うほどでもないし、何より同じケルベロスの仲間だもの。私もそう話させてもらうわ」
 あえてフランクに接するシフカに、フレアは安どのため息をついて、苦笑を浮かべた。
「あはは、ごめんね、今はこっちの口調の方になれちゃってて」
 かつて、デウスエクスと遭遇し、生還したとされる一般人。その人物への取材を終えたシフカは、街をうろつくフレアを発見。
 仲間であるケルベロス達や、ヘリオライダーについて、ある程度の情報を得ている、と言うシフカである。フレアとは初対面であったが、フレアのこと自体は、シフカは知っていた。
 シフカはフレアに対して、取材を試みた。とは言え、内容は自己紹介を兼ねた簡単な物だ。ファーストコンタクトであればこれくらいだろう。
 縁が繋がるならば、また会う事もあるだろう。深い話は、その時でもいい。
 取材を終えたシフカは、礼の言葉を告げると、一輪の花を差し出した。
 ケイトウ。鶏頭、つまり鶏のトサカの名を冠するその花は、鮮やかに赤い。
「あなたの誕生花よ。お誕生日おめでとう」
 そう言って微笑を浮かべると、シフカは踵を返した。
 どうやら、今日の二人の出会いは、偶然ではなかったようだ。
 フレアはサプライズプレゼントに、顔をほころばせて、ありがとう、と告げるのであった。

「ホラー映画……苦手なんだよなあ」
 ぼやくレスターへ、
「ふふん、レスターはホラーが怖いっすか! 私は全然、怖くは無いっす!」
 と返すのはコンスタンツァである。
 ネットで話題のホラー映画を見に行こう、と、レスターを誘ったのはコンスタンツァだ。彼氏は忙しくてこれなかったので、代わりにレスターを誘った、らしい。断じて、一人でホラー映画を見るのが怖かったからではないらしい。断じて。
「いや、怖いって言うか、気持ち悪いって言うか……スプラッタ系? ああいうのが得意じゃないだけで……」
 とは言いつつも、ここで置いて帰るのもかわいそうだし、最後まで付き合ってあげよう、と思うレスターであった。
 さて、並びの席に座り、ポップコーンとコーラを抱えながら、映画を鑑賞する。
 内容は……評判通りの、スプラッタホラーである。こう、チェーンソーがギャンギャン音をたてて、血肉がどばーっ、っという感じのアレである。女優が金切り声をあげ、真っ赤に染まるのを、レスターは若干顔を背けつつ、横目で見ていた――ら、思いっきり首を絞められた。
「ぎゃーっ! いやーっ!」
 半ば錯乱したコンスタンツァである。ポップコーンを放り投げ、きつくきつく、レスターへ抱き着くのへ、
「って苦しい、そんなに締めたら息できない!」
 レスターも大慌てで、コンスタンツァを宥めにかかった。
「お、落ち着いて……! これは作り物だよ! ゾンビもおばけも特殊メイクとCGさ。普段俺達が戦ってるデウスエクスのほうが、よっぽどバケモノじみて怖いじゃないか? だから、腕、腕を外して……っ!」
「はーっ……はーっ……はっ、つい……いや、全然怖くなんてねっす! ちょっと驚いただけっす!」
 正気に戻ったコンスタンツァはそう言い訳しつつ、
「その……終わるまで指一本握っててもいいっすか?」
 と、尋ねるので、レスターは苦笑いしつつ、指を握らせた。
 大騒ぎの上映後、コンスタンツァは、
「はー、面白かったっす!」
 と、上映中のことなどどこ吹く風。しかし、小声で、
「……今夜ひとりで寝れるか不安っす……」
 と呟いたのを、レスターは聞いていたから、
「眠れないなら電話してよ」
 と、苦笑しつつ。上映中に握られていてた、指の感触を思い出すのであった。

 蛍はデパートの中にあるカフェで、トーストとゆで卵、コーヒーの昼食を取りながら、購入したばかりの雑誌を広げていた。
 今日発売のその雑誌は、技術雑誌『半導体技術』と言うタイトルで、蛍の愛読書だ。
 今日は、ケルベロスとしての仕事もなかったから、少しだけ遠出して、デパートの中にある、大きな書店へとやってきた。目当ての雑誌を手にした幸福な気分が飛んでいかないうちに、蛍はデパートの中にあるカフェで休憩しつつ、読書を行う事にしたのだ。
「今回の特集は、電波、かぁ……」
 ページをめくりつつ、呟いた。コーヒーをひとすすり。苦みが、頭をより鮮明にさせる。
 特集記事は専門外のカテゴリであったが、今回の記事を契機に、色々と勉強してみてもいいかもしれない。ゆっくりと時間をかけて、記事を堪能する。
 しばらくして、蛍は雑誌を閉じた。残ったコーヒーを飲み干すと、窓から空を見上げる。
 昼過ぎの空は底抜けに明るく、晴れ渡っている。そんな青い空を見つめながら、ぼんやりと、この後の予定について考える。
 馴染みのパーツ屋に寄ってから帰ろうかな。店主のお爺さんに、雑誌の内容についてたずねてみるのもいいかもしれない。
 よし、と胸中で呟き、蛍はカフェを後にするのだった。

 さて、ここはデパートの一角。様々な調理器具が並ぶその場所で、一華と万里は、ピクニック用品を物色していた。
 今年の夏は暑かったが、秋はきっと、過ごしやすくなるに違いない――と、秋の行楽シーズン用のグッズを買いに来たのだ。勿論、デートも兼ねて。
「見てください万里くん、入れ子式。片付けやすそう……!」
 はしゃぐように言う一華に、
「へぇ……すごいな。こっちは、スープも持ち運べるのか……」
 驚きと感心、色々なものが入り混じった声を返す、万里。故郷には、あまり弁当と言う物になじみがなかったこともあり、この国で暮らす時間が長くなっても、何処か驚いてしまう。
「まぁ。うどん、蕎麦専用?」
 小首をかしげる一華に、
「うーん、うどんも蕎麦も外では食わないからな……」
 苦笑してしまう万里である。
 様々なグッズが置いてあるこのコーナーは、二人にとっては、或いはおもちゃ箱をひっくり返したようなものなのかもしれない。不思議な物、凄い物、面白い物……その感激も、二人で共に過ごしているから故に抱くものなのかもしれないけれど。
「万里くん、万里くん! 大変です! ウインナーが! ウインナーが!」
 弁当箱をチェックしていた万里が、その声に顔をあげると、
「象に……!」
 と、瞳を輝かせ、何か本を開いて見せる一華の姿があった。
「ん? なにその本? 『飾り切りの極意』……」
 ぽん、と万里は手を叩き、
「ああ、あー、ウインナーが蛸だったり、林檎が兎になるやつか!」
「はい!」
 一華は顔をほころばせて、次々とページをめくる。そこには、様々な飾り切りが紹介されていた。定番のタコのウインナーから、明らかに職人芸の域であるものまで。
 その1ページ1ページを、まるで魔法を見たような顔で、一華はめくる。
「これは魔導書に匹敵するやも……! この本も買っていきましょう! 可愛いウインナー、色々入れましょうね!」
 万里は、そういう一華の様子を楽し気に見つめつつ、しかし内心で、飾り切りに挑戦して、ばんそうこうだらけの両手を見せる一華を想像してしまい、
「……そうだな、可愛いの沢山入れようか」
 と、言いつつ、飾り切りは自分が担当しよう、と固く誓ったりするのであった。

 繁華街で買い物を楽しんでいた睦と萌花は、フレアとばったり出会った。2人は、フレアとは諸々のイベントや、ケルベロスとしての仕事などで、何度か一緒になった事のある間柄という事もあって、一緒に過ごすことを提案すると、フレアは二つ返事で了承したのである。
「ねぇ、私行きたいカフェがあるんだよねー」
 と、睦が提案しつつ、萌花へと視線を送った。阿吽の呼吸と言うべきか、萌花はそれだけで睦の意図を理解したようで、ウインクで返した。
「いいね。でも、この時間帯だと、席空いてるかな」
 萌花からのパスに、睦は笑いつつ、
「席の予約とかできるかな? 静かなとこで電話してくるからちょっと待ってて!」
「うん。じゃ、あたしはフレアちゃんと待ってる。あ、あの、いつものショップ行ってるね!」
 萌花の言葉に頷き、睦は人ごみに消えて行く。萌花はフレアを連れて、よく買い物に来るお店へとやってきた。
 フレアは物珍しかったようで、辺りをきょろきょろと見渡している。
「ね、フレアちゃんはアクセとか好き?」
 萌花の言葉に、
「んー、えっと、その……興味はあるんだけど、どういうのがいいのかよくわからない、かな」
 気恥ずかしそうに答えるフレアである。
「あはは、じゃあ、あたしがぴったりのを選んであげる。大サービスだよ?」
 それから、萌花が選んでくれたアクセサリーを、フレアは合わせたりしてみた。最初はどうも気恥ずかしかったようだが、最後の方には結構ノリ気で、本気で購入するか悩んでいたりしたらしい。
 さて、そんな二人の下に、睦が戻ってきた。件のカフェの、席の予約がとれたらしい。三人は談笑しつつ、カフェへと向かった。
 目的のカフェは、『季節のフルーツたっぷりのワッフルが有名なお店』なのだそうだ。カフェへと到着し、席に通された三人の前へ現れたのは、様々なフルーツと生クリームでトッピングされたワッフルだ。それにはまるで、バースデーケーキのようにろうそくが立っている。
 フレアが感激の声をあげるのを合図に、
『フレアちゃんお誕生日おめでとー!』
 と、睦と萌花がそろって声をあげた。フレアは察し悪く、しばらくきょとんとしていたが、これが二人の仕掛けたサプライズである事に気付いて、目を丸くして驚いた。
「え、え? うそ、ほんとに?」
 驚きと喜びが同時に発露したため、若干パニックになっているフレアに、睦は笑いながら、
「ほんとほんと! さ、座って座って!」
 と、フレアに着席を促す。
「ヤバーい、バースデーケーキ風のワッフルとか超かわいい! ほら、写真撮ってもらお?」
 萌花の言葉に、睦が頷いて、店員を呼んでスマホを手渡す。
「ほら、笑って笑って! 撮るよ!」
 と、睦。三人並んで、バースデーワッフルも映る様に、写真を撮ってもらう。
「う、あ、ありがと……! うー、何って言ったらいいか分かんないんだけど、すっごく嬉しい……!!」
 言いつつ、フレアが笑う。そんなフレアを見て、睦と萌花は、楽しげに笑いながら、顔を見合わせた。

 暑く、長い一日が過ぎていく。
 特別な一日、或いは特別ではない一日。
 どちらであろうとも、皆が戦い、守り、その結果やってきた一日だ。
 戦いの、ささやかな報酬。それを噛みしめながら。
 暑く、長い一日が過ぎていく。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月29日
難度:易しい
参加:10人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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