●
放課後の教室には、二人の人影。
「ねぇ、また武藤先輩に告白したんだって? もうやめときなって、先輩には彼女がいるんだよ? あんた、3年生の間で自分がストーカー扱いされてるの知ってる?」
柳・ユカは、友人である少女の懸念に満ちた声色に対し、鬱陶しそうに口を窄めていた。
「そんなの知らないよ、だって私と先輩には関係ないもん。それに、アレは先輩の彼女じゃないし、全然相応しくないじゃん」
「関係あるよ! だって、もう三回も告白して振られてるんだよ!? それってさぁ――っ」
友人が、声を荒げる。最後まで言い切らなかったのは、きっとユカを慮っての事だろう。
しかし、ユカは柳に風と、表情一つ変えない。
「…………関係ないもん。私とヒサくんは幼馴染みだもん。幼馴染みは、結ばれるもんだもん!」
ユカと先輩……武藤・久が出会ったのは、小学生の時だった。その頃は、毎日一緒に登校していた。中学も、そして今いる高校も同じ。勉強に加えてスポーツができる久にユカが憧れるのは必然であり、やがて憧れが初恋に変わるのも、運命だった。
「ヒサくんの事は、私が世界で一番知ってるの。でも、運命には障害がつきもの……だから、これは私とヒサくんの二人で乗り越えないといけないの」
陶然と、ユカは語る。
「……もう知らないっ!」
すると、友人は机をバンッと叩き、教室から出て行ってしまう。
ユカはその背を見送ることもなく、一人となった夕暮れの教室で、4度目の告白を決意する。
「あなた程の初恋に対する強い思いは早々ないわ。気に入った、私があなたの初恋を叶えてあげる」
「……は?」
その時、友人と入れ違いに、飴を咥えた可憐な少女がユカの前に現れ、ズイッと距離を詰めてくる。
そして――チュッと、触れ合う唇。伝わる甘さに、ユカは一瞬だけ心を奪われた。晒した心の隙をつかれ、ユカの胸に鍵が差し込まれると、意識を失った。
「どうすればいいか、もう分かるわよね? 運命を引き寄せるためには、邪魔者を消さないと、ね?」
出現したユカと瓜二つのドリームイーターは、教室を出て行く。
運命を邪魔する、女の元へ……。
●
「日本各地の高校生の持つ強い夢を狙い、強力なドリームイーターを生み出している『ファーストキス』の件で、皆さんに集まって頂きました。この件を報告してくれたのは、植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)です。また、その報告により、狙われたのは、柳・ユカという名の高校2年の女子生徒で、初恋を拗らせた強い夢を抱いて事も判明しました」
山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)が、碧に笑顔で一礼した後、柳・ユカの顔写真をケルベロスに配布する。
ケルベロスは、写真を覗き込んだ。地味な印象で、美人……と、断言はできない。それが、素直な第一印象だ。
「どちらかというと、幼くて可愛らしい感じですよね。本人としては、流行のボブヘアやメイクなどを取り入れて、努力はしているようですが」
それが、お世辞にも似合っているとは言えないのが、現状のようだ。
「ユカさんから生み出されたドリームイーターは、強力な力を有しています。ですが、力の源泉である『初恋』を弱める説得ができれば、弱体化させる事が可能です」
対象への恋心を弱めても良いし、初恋という言葉への幻想をぶち壊すのでも構わない。
「ユカさんは、幼馴染みについて幻想を抱いているようですね。幼い時から一緒にいるよく知る相手と、知り合ったばかりなら、前者を選ぶのが当然であると信じ切っています。また、ユカさんが恋心を抱く源泉となった、武藤・久さんに対する『憧れ』も、説得の材料になりそうです。ユカさんは、久さんが天才肌で、何の努力もなしに勉強や運動ができると思っているようですが、実際の久さんは、爽やかな優男然とした印象とは違って、努力の人のようですから」
上手く弱体化させられれば、戦闘はこちらの優位に運ぶことができるだろう。
「ドリームイーターの標的は、久さんの恋人の少女のようです。久さんと同学年の少女は、生徒会長を務めており、ドリームイーターは生徒会室に向かっているものと思われます」
放課後になって、時間もある程度経過している事もあり、学校内には部活動に勤しむ生徒以外はほとんど残っていない。
「特に現場は運動場などの屋外ではなく、校舎内ですから、余計に人と接触する可能性は低いでしょう。簡単な人払いをしておけば問題ありませんし、ドリームイーターは皆さんを優先的に狙ってきます。生徒会室周辺で待ち受けておけば、まず間違いないでしょう」
ドリームイーターは一体となっている。説得が失敗すれば苦戦は免れないが、成功すれば問題なく撃破が可能だろう。
「何年も積み上げてきた上での初恋ですから、ユカさんが簡単に想いを捨てられないのは理解できます。ですが、それでも人は前に進まなくてはなりません」
参加者 | |
---|---|
ミツキ・キサラギ(剣客殺し・e02213) |
ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713) |
百丸・千助(刃己合研・e05330) |
佐藤・非正規雇用(ビタースイート・e07700) |
三石・いさな(ちいさなくじら・e16839) |
リュリュ・リュリュ(仮初の騎士・e24445) |
植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093) |
黒澤・薊(地球人の刀剣士・e64049) |
●
「こらーっ! もう遅いから帰りなさーい!」
佐藤・非正規雇用(ビタースイート・e07700)の声に、話し込んでいた生徒達が顔を上げる。
「話はまた明日すればいいだろ」
注目を集めた所で、ミツキ・キサラギ(剣客殺し・e02213)がその背を押して、遠ざける。黙っていれば威厳があるように見える佐藤を教師だと思ったのか、渋々と生徒が帰路についた。
「……へへ、一度やってみたかったんだぜ」
「……アルバ……」
生徒達の背中を眺めつつ、佐藤がニヤニヤと笑っていなければ、多少は格好がついたものを。ミツキが溜息をついた。
「そっちはどうだ? 向こうの廊下側には、人影はなかったが」
――と、別の場所を見て回っていた黒澤・薊(地球人の刀剣士・e64049)が、ミツキに声をかける。「こっちも問題ない」そうミツキは返そうとして、
「……? どうしたの、ミツキくん」
「いや、なんでもないぜ」
その隣に植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)の姿を見つけたミツキは、反射的に狐耳と尻尾をピンと張った。
「なんかよく分かんないけど、恋愛って大変なんだな……」
漂う微妙な距離感に、百丸・千助(刃己合研・e05330)は、柳・ユカの顔を脳裏に思い浮かべた。千助個人としては、諦めが悪い事自体は嫌いではない。
「だけど、それで人様に迷惑かけちゃいけねぇよなー」
千助は、小さく嘆息する。
「初恋、でござるかー。小さい頃から知っている間柄で好き合えるのは、ロマンがあるでござるね」
それこそ、運命と呼べるものだろう。ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)が腕を組んで唸った。
「お待たせー! 生徒会の人達に、安全な場所に行って貰ったよ!」
そこに、武藤・久の彼女である生徒会長の少女を含む、生徒会役員の避難を担当していた三石・いさな(ちいさなくじら・e16839)が合流する。
「それじゃあ、キープアウトテープを張っちゃうわね?」
重要人物の一人である少女が、無事に避難を終えたという事で、リュリュ・リュリュ(仮初の騎士・e24445)が一帯を封鎖する。
「……ん?」
その言葉使いに、ミツキは若干の違和感を感じるが、すぐに流す。人は変わるものだからだ。
気遣いを感じたリュリュは、片目を瞑って謝意を示した。
「俺の初恋は幼稚園の頃でさ……我ながらませてたと思うが、凄く可愛い女の子だったよ。それで久し振りに会ったら、彼女はすっかり大人の――」
その後、真面目にテープを張るリュリュの耳元で、手持ち無沙汰になったらしい佐藤が、唐突に自身の初恋を語り始める。
リュリュは慣れた様子で、「あー、はいはい」そう適当に相槌だけうって流していた。
「あれはあれで迷惑だな」
「だねー」
相手にされていないにも関わらず、それでも熱心に話しかける佐藤の姿に、千助といさなは無用の自分語りはなるべく控えようと自戒する。
そして、リュリュがテープを張り終えて、すぐの事。
「アレはどこ?」
ショートボブの少女――柳・ユカに擬態したドリームイーターが姿を現す。『アレ』とは、生徒会長の事だろう。
瞬時に、ケルベロス達が戦闘態勢に移行する。
「……ケルベロス!」
ドリームイーターが、立ち塞がるケルベロスを睨み付ける。
そして――。
「そこをどいて、アレを殺せない!」
膨れあがらせた殺意と共に、粘ついた恋愛感情を毒のように垂れ流し始めた。
(「お前のしていることは許されないことだ……!」)
人の心を弄ぶドリームイーターに対して、薊が怒りを発露させる。斬霊刀を握りしめ、薊の初めての戦いが始まろうとしていた。
●
「オレには恋愛なんてまったく分からないが、これが『違う』って事だけは分かるぜ?」
後衛を襲う感情の坩堝は、紛れもなく呪いであり毒であった。流星の如き蹴りを放つ千助の心に、底知れない恐怖が染み渡る。
「それには同意でござるよ。とはいえ――」
碧を庇うラプチャーは、この毒のような恐怖、苦しみも、恋の一面ではないか……そうも思った。もちろん、万人に当てはまるものではないにせよ。求道者ゆえ、答えが内にないのがもどかしい。
(「俺に娘でもいれば、もう少し気持ちも分かってやれたかもしれないが……」)
自分達の前にドローンを展開させながら、佐藤は眉根を寄せる。女性にまったく縁が無い訳ではないが、生憎と、特に最近は『家庭』とは縁遠い人生を送ってきている。だが年長者として、その経験を生かすこともできるはず。そうして佐藤の口から出てきたのは――。
「初恋って何だと思う?」
「はぁ?」
そんな、酷く曖昧な言葉であった。
それは、あえて難しいことを言って深読みさせようという思惑の元、出てきた言葉であったが……。
「そんなの決まってるわ、叶うものよ!」
柳・ユカと武藤・久は結ばれる。信仰に近い勢いでそう信じて疑わないドリームイーターに、あっさりと切り返される。
「さ、最近、先輩のこと考えてドキドキしたか? むしろイライラする事の方が多いんじゃないかね……」
「ヒサくんの事を考えているときは、いつも幸せよ!」
追撃も虚しく。
「…………もう君の”初恋”は終わっているんだよ…………」
最後は、小声になっていた。店長の神器の剣がドリームイーターを切り裂いたのが、せめてもの慰みか。
「ドンマイよ」
悄然とする佐藤の肩を、碧がポンと叩く。
「佐藤さんの恋愛観が浅いのはともかくとして、人の恋心を利用するなんて、最悪ね」
碧は藍の瞳を細め、前衛に戦乙女の歌を響き渡らせる。合わせて、スノーが翼を羽ばたかせた。
続けてラプチャーが、「ドラゴンの幻影」を放つ。
ミミックが、エクトプラズムで生み出した武器で攻撃を仕掛けた。
「あー、俺は愛とか恋とか、まだ分かんねぇもんでな」
ミツキが、両手に三刀の太刀を構え、視線を逸らす。ミツキに分かる事は一つ。第三者として、幾人もの色恋を面白可笑しく眺めて得た見聞だけだ。少なくとも、ミツキの見聞によって導き出された解は、こう結論を出している。
――あっ、これダメなパターンだ、と。
「まぁ、そういう訳で、俺に出来ることは斬ることだけ、っつー訳でその恋心ってやつを断ち切って進ぜよう。なんちゃって」
せめて、一片の心残りも残さぬように。接近したミツキが、刀を振り上げる。
「そんな事を許す訳ないで――っぅ!?」
当然、ドリームイーターは抵抗する。だが、振り上げられた刀はブラフであり、刀でバランスを取ったミツキは、リュリュが放散する燃えるようなオウガ粒子の補助を得た不意打ち気味の飛び蹴りを放つ。小柄な肢体は強かに校舎の壁に打ち付けられ、コンクリート片が飛び散った。
「初恋なんてそんなに良いものじゃないけれど、どうしてそんなに憧れるのかしらね」
「運命だからよ!」
「運命……ね。それじゃあ、私が好きだった人の弟分として扱われていたのに、いつの間にか私以外の他にも弟分のようなものが余所にもできていて、その二人が付き合ったっていう事実を突きつけられて玉砕した私の初恋体験も運命だったってことかしら?」
「――っ、そ、それは! あ、あんたの経験談なんて聞いてないしっ!」
リュリュの初恋は、ユカと同一ではないが、似た部分もあった。
視線の先で、ドリームイーターが隙を晒した……ようにも見えたが。
「わかんなくてもいいよ、でも言わせてほしい。努力の先にある道は一つじゃないんだ、あなたの努力はもっといろんな道がある」
いさなは、ドリームイーターが放つ狂乱の熱を感じていた。
――好き、一緒にいたい、好き、一緒にいたい……。そんな思念の波がいさなを浸食し、恋の熱がその場に永遠に止めようとする。
「もう初恋は終わってるんだ、夢から覚める時がすぐそこに来てる! もっと素敵な恋を教えてあげるから!」
「うるさい! ヒサくんとの恋以上に素敵な恋なんて、ある訳ないでしょうが!」
だが、いさなは恋の熱に抵抗するように、強気な笑みさえ浮かべて一歩踏み出した。途端、幸運にもスノーによって付与為れていた耐性が、思念の影響を無力化する。
「これが、運命ってやつじゃないかな、なんてね!」
いさなの言葉がドリームイーターに届いたかどうかは分からない。ただ、少なくとも運はいさなに味方していた。勢いのまま、いさなの指先がドリームイーターの気脈を穿つ。
「私は、誰かに恋を為たことがないから、よくは分からない。だけど――」
薊がドリームイーターを見据える。実力は劣りながらも、気迫だけは負けない、負けられないと、グラビティ・チェインを斬霊刀に纏わせた初手に続き、今度は斬霊刀に雷を纏わせて、果敢に攻めた。
「本当に彼の事を好きならば、彼の……武藤・久の幸せを願うことが大切ではないのか? 自分の恋が叶わないことはとても悲しいことだけど……それでも身を引くことの大切さも必要だとわたしは思う!」
一息に、薊は言い切った。しかし、渾身の力を込めて振り下ろした斬霊刀は空を切る。
逆に、
「あんた、うるさい」
――似たような事は言われ飽きてるのよ。柳・ユカは、たとえストーカー呼ばわりされようとも、武藤・久に恋する事を諦めない。病んだドリームイーターの瞳が、薊を捕らえようとしていた。
●
「薊殿!」
「ラプチャーさん、ここは俺に任せておけ! ……ぐぅ!?」
佐藤が薊の前に割って入り、ギリギリのタイミングで庇う。
店長が瘴気を放って援護する。
僅か遅れて、ミミックが喰らいついた。
「すまない、佐藤!」
ユカの掌が佐藤に触れると、かつて恩人を奪われた際の嘆きが、奔流のように佐藤を襲った。おまけに、恩人達が恨み言を延々と呟くというおまけつきだ。
「佐藤から離れやがれ!」
強力なドリームイーター、それもクラッシャーだけあり、威力が装備で軽減されてなお重い。千助は廊下の壁を足場に、最短距離でドリームイーターに迫る。葦切に籠められた凄まじい霊力を雷に変換すると、ドリームイーターを押し返していく。
「もうっ、分からず屋さんなんだから!」
いさなが飛び蹴りで、さらに十分な間合いを確保する。
碧が佐藤にオーラを溜め、スノーも今はヒールに専念した。そうしておけば、敵のBSで身動きが取れない……といった事態は防げそうだ。
(「良かったわ、いつも通りの佐藤さんね」)
【トラウマ】を駆逐できたのか、平静を取り戻した佐藤に、碧は安堵を浮かべた。
やはり、弱体化させなければ苦戦は必死か。
届け――リュリュが、ドリームイーターに掴みかかりながら告げる。
「初恋は叶わぬもの、なんて言葉がある通り、相手との距離感が掴めずにいて失敗するなんていうのもよくある話よ?」
「リュリュ殿の仰る通り、最近の幼馴染みは寧ろ、恋愛対象になれなかったり、ぽっと出の人には気づくような事を気づけなかったりと、恋愛に関しては負けやすい立場だと思うでござる。拙者の考察では、長年の付き合いから、こうだと決めつけたり、変化を認めない、中身を見ようとしていないなどと、知っているからこその落とし穴が多いように思うでござる」
ラプチャーの指摘に、ドリームイーターは激しく目を泳がせる。それは無意識下であっても、リュリュやラプチャーの指摘に心当たりがあるからに他ならない。
「アアアアアッッッ!」
暴力的で甘い汚染が撒き散らされる。
「己を解き放て!」
佐藤が欲望を力に換えようと禁忌の術を行使するが、受け止めきれない。
膝をついたラプチャーが、咆哮を上げる。イサナは、回避に成功した。
「う゛っ!?」
だが、これまでDf陣の奮闘によって、なんとか綱渡りを演じてきた薊が、意識を瞬く間に黒く塗り潰されて沈む。
「そんなの、理不尽じゃない! ずっと一緒だったのに、結ばれないなんて! ヒサくんの事は、私が一番――」
――ダウト!
碧は、ようやく決定的な心の隙を見つける。
「貴女は彼のことを一番良く知っていると言っているけれど、彼は見えない所で努力を積み重ねていたのよ?」
「久ってヤツはお前が思っているような天才肌ってヤツじゃないみたいだぜ!」
「…………は?」
千助が続けて告げた一言。それは、ユカの、そしてドリームイーターの認識を根底から揺るがすもの。
「夢からは覚めた?」
呆然とするドリームイーターに、いさなの電光石火の蹴りが。
「剣士と戦うからって剣ばっか見てちゃダメだぜ!」
オウガメタルに覆われたミツキの拳が叩き込まれる。
「相手の本当の姿が憧れと違っててもお前の気持ちは揺らがねえか!」
答えは、聞くまでもない。
「鮮血をその身に纏って舞え……朱裂!」
千助が綿摘を突きつけると、纏った霊力が巨大な刀身に見立てて形成される。まるでレーザーのように放たれた刃は、ドリームイーターの半身を削り取った。
「それも知らずに勝手な思い込みで自分が相応しいだなんてよく言えたわね。貴女に彼と付き合う資格なんてないわよ」
碧は、前衛の肉体を活性化させながら、あえて厳しく断じた。柳・ユカの恋に、未来はない。少なくとも、今は。
「お主はお主自身の事も、見えてはないのではないのではござらんか?」
「うるさい! そんな、そんなぁ!」
恋という名の停滞が、ラプチャーを襲う。それは、真綿で抱きしめられるような恋の悦楽。だが、その威力は全盛期からは程遠く。
リュリュの鋼の板金に覆われた靴の爪先が、ドリームイーターに叩き込まれる。
「いい加減、気付け。お前、たぶん眼中に無いと思うぞ。アウトオブ眼中。まぁ、ドンマイ!」
「……うそだ」
右手の二刀、左手の一刀に無数の霊体が湧き出す。悍ましさすら漂うミツキの斬撃は、項垂れるドリームームイーターを粉微塵へと帰すのであった。
互いの奮闘を労り合ったケルベロス達は、ついに本物の柳・ユカと邂逅を果たす。
(「リュリュも、一つだけ間違ってたみたいだね」)
初恋によって得られたのは自分の傷だけだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
その証拠に、
「大丈夫か?」
「私はクラスでもよく色んな相談に乗ったりするから、話しだけならいつでも聞くからね?」
傷を負いつつも、なんとか意識だけは取り戻した薊と、いさなに背を撫でられつつ事情を聞く間、ユカは見違えたように穏やかな表情を浮かべていたのだから。少なくともリュリュの初恋に、彼女を救う一助となったという意味が生まれた。
「本来のユカ殿の魅力を引き出せるように努力するのが一番だと思うでござるよ」
「先輩よりイイ男がいる、とは言わないが、この初恋を無駄にしないようにな」
ラプチャーと佐藤が、ユカに声をかける。佐藤の浮かべるドヤ顔は少々気になるが――。
「無駄にはしないよ、したくない」
ユカは、深く刻み込むように胸元に手を添える。
(「……恋、ね」)
碧は、ユカに倣うように同じ仕草を。脳裏に愛らしい少年が浮かぶと、少しだけ体温が上がったような気がした。
作者:ハル |
重傷:黒澤・薊(動き出す心・e64049) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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