●夜に潜む、死の孤影
太平洋を臨む、千葉県勝浦市。
観光地として夏場は海辺を訪れる者が増えるものの、なだらかな山間には現地の住民がひっそりと居を構えるのみ。
夏虫が微かに鳴く声が響き、その声にまぎれるようにして、『彼女』は佇んでいた。
「お行きなさい、ディープディープブルーファング」
赤き翼を背負いし死神は、鋼の巨鮫に因子を植えつける。
植え込み始めた途端、痙攣を起こして陸に打ち上げられた魚のように暴れだす。
球根に似たそれを押し込み、死神は憂いを帯びた眼差しをある方角へ向けた。
「グラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺され……私の研究の糧となってもらいましょう。成果に期待しています」
必死に水辺へ戻ろうとした魚はもういない。
そこに居るのは、獲物の気配を探知する殺戮機械のみ。
野に放たれた蒼き孤影は、木々を薙ぎ倒して突き進む。
まっすぐ、こぢんまりとした集落に壊滅の危機が訪れようとしていた。
「千葉県勝浦市にて、『死神の因子』を埋め込まれたダモクレスが出現する予知を得ましたわ」
ケルベロス達に向けて、オリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)は今回の事件内容について口を開く。
「ダモクレスは全長5mの鮫型。空中を泳ぐように移動し、到着と同時に虐殺を始めるでしょう……どうにも、事件の背景はこれまでと違うように感じます」
「違うって?」
疑問符を浮かべる永喜多・エイジ(お気楽ガンスリンガー・en0105)だが、
「ただの勘のようなものですが、やるべき事は変わりませんわよ」
と、オリヴィアは話を続ける。
「放置すれば多くの市民が犠牲になってしまいます。死神の因子を植え付けられたダモクレスを撃破し、勝浦市の住民を守ってくださいませ」
「敵は『ディープディープブルーファング』というコードネームです。全長5mの鮫型ダモクレスで、攻撃は『メカ触手』と『サメ型の魚雷』を利用しますわよ。メカ触手は鞭のように乱れ打ちにしたり、高圧電流を施した一撃で動きを鈍らせるようです。魚雷は広範囲に向けて爆撃を行ないますわ」
ディープディープブルーファングは、量産型ではあるものの、人工知能より交戦プログラムに特化しており戦闘能力も高い部類だ。
敵機は『勝浦市の山間から集落を経由し、海岸沿いの市街地へ向けて夜襲をかける』と、オリヴィアは予測ルートを示す。
「夜の山間部で捜索して迎撃することは困難を極めるでしょう。そこで、最初に向かう集落で迎撃することを提案します。集落から市街地まで移動するのに、そう時間は掛からないのが難点ですが……」
「市街地へ侵入される前に、集落で撃破することがベター……ってことかな?」
集落といっても、家々は田畑を挟み、まばらに点在している。
突破された後の人的被害はその数十倍に膨れ上がるだろう。
それと、今回の事件で『今までと違う点』をオリヴィアは挙げた。
「死神の因子を植え付けられたデウスエクスは、撃破されると彼岸花に酷似した死の花が咲き、死神に回収される特性がありましわ。けれど、今回のダモクレスにはそういった特性は備わっていないようですの」
これ以上はオリヴィアの予知でも解らぬと。事件後の調査次第となりそうだ。
うんうん唸っていたエイジだが、ここで考えても仕方がないと切り替えたのか。
「とにかく、今はダモクレスの襲撃をどうにかしないとだね! 敵の狙いが解らなくたって、倒さないことには話も進まないさ」
最優先は住民達を守りきることだと、改めて目的を口にする。
ケルベロスは一路、夜の勝浦市に向けて出立する。
参加者 | |
---|---|
生明・穣(月草之青・e00256) |
ギル・ガーランド(義憤の竜人・e00606) |
シルフィディア・サザンクロス(ピースフルキーパー・e01257) |
デレク・ウォークラー(灼鋼のアリゲーター・e06689) |
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290) |
ミン・クーワン(化楽天・e38007) |
椚・暁人(吃驚仰天・e41542) |
木嶋・徹也(あなたの街の便利屋さん・e62493) |
●真夏の夜の潜泳
地方集落の消灯時間は早い。
街灯すらまばらに点在するだけで、ひと気のない夜道は夏虫達の世界のようだ。
故に、暗がりの中に集う照明は非常に目立つものだった。
「階段状に広がる田畑、少し離れた先に民家が数軒……被害がでそうな民家はこの数軒でしょうか。お一人で対応できそうですか?」
「ノープロブレムだよ! 市街地への道も地元の人なら僕より詳しいだろうからね」
生明・穣(月草之青・e00256)がプリントした航空写真から予測を立てて、永喜多・エイジ(お気楽ガンスリンガー・en0105)に避難の優先順を伝える。
市街に比べて小規模とはいえ、負傷者が出るのは好ましくない。
「なんだかんだ言って出現直後に相手すんのが一番か……っと。エイジ、これ持ってけ」
横から覗き込んでいた木嶋・徹也(あなたの街の便利屋さん・e62493)は、予備の設置型照明をエイジに手渡す。
打ち合わせている間も油断は禁物だ。
他のケルベロス達はディープディープブルーファングの襲来に備え、周囲の警戒に当たっていた。
「『死の花』が咲かない、ねぇ……確かにいつもと違うよねぇ?」
「トカゲの尻尾切りには違いないようだが……死神連中が回収する様子もない、ってのもな」
現場に立つ身として、ヘリオライダー以上に異質なモノを感じただろう。
ミン・クーワン(化楽天・e38007)の呟きにギル・ガーランド(義憤の竜人・e00606)も溜め息交じりに顎髭を撫でる。
「気になることは沢山あるけど、とりあえず人里で暴れさせるのは駄目だよね……こんなにノスタルジックで良い場所を荒らすのもさ」
腰に提げたライトを揺らす椚・暁人(吃驚仰天・e41542)が顔だけ向け、デレク・ウォークラー(灼鋼のアリゲーター・e06689)も暗く燃える瞳で見遣る。
「連中が何企んでようがやるこた変わんねェよ……徹底的に、ブッ潰す」
暗躍……もとい、裏でコソコソ動き回る死神のスタンスが気にくわないと、デレクは語気を強める。
骨装具足で頭から足先まで覆った、シルフィディア・サザンクロス(ピースフルキーパー・e01257)も遠慮がちに頷く。
「し、市街には観光に来た方も多いですし、ま、周りに住む方々も守らないと……」
目的不明。意図不明。しかして、その過程は見過ごせるものではない。
――目深く被った軍帽ごしにヘッドライトをつけた宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)は微かに獣耳を震わす。
「……全員、耳を澄ませろ」
双牙の言葉に口を閉ざすと周囲に沈黙が満ちる――虫達の奏でる羽音は消えていた。
光の先は吸い込まれるような闇だけ。閉ざされた闇だけ。
獣の気配すら感じない夜の中で、枝を踏むような、硬いモノの折れる音が聞こえてくる。
「な、永喜多さん、行ってください!」
シルフィディアが叫んだ直後。
――――ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウッッッ!!
なにかの噴出音が飛来し――弾頭が田畑の作物を爆散させる。
●ミッドナイト・カニバリズム
半乾きの泥土は瞬時に水気を失い、稲穂は燃え盛る火の海と化す。
林を薙ぎ倒して現れたメタリックブルーは爆炎を反射して輝く。
「こちらで迎撃します、エイジさんは急ぎ避難誘導を!」
エイジが慌てて走りだし、穣はシルフィディアと共に巨体の向きを変えるように移動しつつ砲撃を開始。
点滅する両眼を的にした双牙が躍り出る。
「鮫の玩具らしく、釣られてもらおうか……動き回られると面倒だ」
宙を泳ぐように旋回するメタルボディを蹴り上げ、着地体勢に移行した双牙の頭上に鉄の触手が迫る。
バイオガスを噴出するギルがゴルベスで受け流すが、その反動で腕に微かな痺れが走る。
「こいつぁやるな……リウ、援護は頼んだぜ」
肝を冷やしながらボクスドラゴンのリウに指示を出し、妨害するミミックのはたろうと暁人がオウガ粒子を展開。
支援を受けたギルが武装を構え直し、攻撃に転じる。
グラビティを額の大角に集中させると、微傷を負う機体に突貫をかける――!
「受けてみな……俺のはデカくて、硬くて、痛いだろうがなぁ!」
ドリルのように穿つ一撃がブルーファングのヒレを突き上げた。
姿勢制御から即座に叩き落とし、リウが反撃を受ける主人の盾となる。
おっとりしたミンも敵影を捕捉すると瞳の奥を怪しくギラつかせた。
「宙を泳ぐ人食い鮫、か――目を覚ませ、目を醒ませ。目の前にあるのは、夢物語だ」
幻想なぞありはしない。夢想は砕け、理想は潰える……あれなるものは『あり得ざるモノ』
あらゆる夢幻想念を否定するミンの詠唱に合わせ、『パキン!』と砕けたような音が反響する。
想像すら打ち破る言霊を受け、ギル達の一撃に重みが増していく。
「ハッ、これだけでけえと鉄くずにし甲斐があるってモンだぜ!」
ミサイル弾を封じようとデレクも悪路を滑走しつつ、速射でミサイル発射の阻害を試みる。
カン!カカンッ! 銃弾が鮫歯にはじかれ、ブルーファングは返礼代わりのミサイルを打ち上げた。
「だぁーっ!? あの巨体でなんて速さだ!?」
着弾範囲から離脱を図る徹也だが、まっすぐ飛来してきた誘導弾に思わず悪態をもらす。
間一髪で暁人が叩き落とし、爆風で体勢を崩した勢いで地べたを転がされる。
「っく、徹也さん、大丈夫!?」
「わりぃ!すぐに治療するぜ!」
徹也の袖下から伸びる鎖は地面を這うように紋様を描く。
魔方陣が完成すると仄かな光が溢れ、暁人達に守りの加護を施す。
炎の海を自在に泳ぐ機械鮫はまさに暴力の権化。
デレク達の立ち回り、闇夜にひときわ目立つ照明の存在が、ディープディープブルーファングを引きつけた。
同時に、死神の因子による影響か、初めから搭載されていないのか。
動向を窺おうと観察する穣は把握できずにいた。
「まさに大海獣ですね……それにこの延焼が厄介です、藍華!」
呼び寄せられたウイングキャットの藍華は一時後退し、狙撃体勢の後衛陣に向けて向け、はばたく翼で炎を吹き飛ばす。
すぐさま前線に戻るサーヴァントを魔球で援護し、シルフィディアが追随する。
バイザー越しの双眼は殺気と厭悪で充ち満ちていた。
「存在が目障りなんですよ……死に絶えろ、ゴミ屑野郎……!」
右腕部の装甲ごしに変容させ、尖錐状にして高速回転させる。甲高い回転音を響かせながら、ギルの残した刺し傷めがけて押し貫く。
「バラバラに砕け散れ……!」
配線をグチャグチャに引き裂こうと回転速度が速まり、火花がしぶきのように溢れだす。
煩わしいとばかりに、横回転して振り払ったブルーファングは絨毯爆撃で火の手を広げていく。
防衛役が後方への被弾を防ごうと踏み込み、何度目かの爆風にさらされる。
パチパチと火の粉が散り、草木の焼け落ちていく臭いが辺り一帯を覆っていた。
「調子こいてんじゃねぇぞ、悪ノリしたB級映画みてぇなナリしやがってよぉ!」
立ちこめる爆煙を突っ切り、デレクが矢のように飛び込む。
チェーンソーのエンジンを吹き鳴らすと下段から振り抜き、
「――――取ってやらぁ、その魂をよォ!!」
回転鋸と機体の間で火花を散らす。
獣じみた身のこなしですり抜けると、損傷部から断裂した配線がだらりと垂れ下がっていた。
高圧電流の鞭が振るわれ、飛び退いた体勢から双牙が勢いづいて跳躍する。
「動き回られると面倒だ。そのヒレ、潰すぞ」
墜落させようと伸びる鉄の触肢が頬を裂き、フィンに直撃した飛び蹴りが一部を剥離させて爆散させた。
バランスを崩した大鮫に、はたろうが飛びつき牙を剥く。
「なぁ、いいか?オレもぶん殴っていいよな? ウズウズして堪んねぇんだ……なぁ!?」
「ミンさん援護するよ!」
暁人の呼びかけにミンは猛烈な勢いで突撃し、破損箇所をやたらめったらに斬りつける。
叩き落とされることを想定し、暁人は紙兵を散布して感電状態に備える。
予想通りにはたろうが電流のムチで払い落とされると、転がるようにしてリウが回復へ向かう。
「ご自慢のボディもボロボロだな、大鮫。ここらで殺らせてもらおうか」
切れた腔内から血反吐を吐き、ギルが鋭い飛び蹴りから縛霊手で横っ面を平手打つ。
――鋭い鮫の歯が一本、焼けた地面に突き刺さる。
重なった強化効果と回遊する挙動の妨害により、戦況は次第に傾きつつある。
しかし、一撃の重さと延焼は確実に穣達を蝕んでいた。
回復役に専念する徹也は自身を治療する場面も増え、支援が追いつかなくなってきた。
「クッソ! こっちにもミサイルが飛んでくるし、隊列回復も足りねぇし……さすがに一人じゃ厳しいか……!!」
「遅れてごめーん!」
そこに飛び込んできたのが避難誘導を終えたエイジ。
「永喜多さんは治療のサポートを、余裕が出来たら攻撃に加わってください」
シルフィディアが淡々と指示を飛ばし、エイジは花びらのオーラを戦場に展開させて炎を鎮める。
「では、私も追い込みをかけましょうか」
毛並みを乱されつつも藍華はひっかき傷を残し、創傷に照準を合わせた穣が蒼い光を纏う鉄槌を担ぐ。
「消えぬ炎は怨嗟の色……捉えました!」
空間を打つようにフルスイングを決め、青い衝撃波がブルーファングのボディを陥没させる。
丸型のへこみは高熱で変色し、メタリックブルーが発光しているようにも見えた。
墜龍槌を携え、シルフィディアが段差を踏み台に飛び上がる。
「這いつくばって野垂れ死ね……!!」
小柄な体躯から放たれたのは巨獣の踏みつけ。
あるいは、スクラップ工場のプレス機じみた超重撃。
熱された外装を凍結させ、ミシミシと軋む音が漏れ聞こえる。
「それがお前の『悲鳴』か、すぐに黙らせてやるよ!」
「派手にぶっ壊してやらぁ!!」
ミンとデレクが突撃を仕掛け、新たな穿孔を増やして外装を引き剥がす。
遂に内部を露出させたブルーファングは、姿勢制御もままならず蛇行し始める。
だが、最後の悪あがきとばかりに、ミサイル弾で暁人達に爆撃を落とす。
「っ、痛ぅ…………陽の流れ、解放されろ!」
後方の庇護に走る者が多い前衛の疲労も多い。
最後の立て直しを図ろうと、暁人は自らのグラビティを鎖にしてギル達に分け与える。
異常状態により急激に衰弱が速まったブルーファングは、露出した部位からも火花をこぼし、高度も下がりつつあった。
「機械の鮫を、素手で捌くのも一興か」
双牙は手刀に獄炎の刃を纏わせ、ブルーファングの頭上めがけて一気に踏み込む。
――赤く燃え盛る焔は夜空を斬り裂く彗星のように。
壊れかけた青の襲撃者めがけ、一直線に急降下する。
「閃く手刀に紅炎灯し、肉斬り骨断つ牙と成す……受けろ!」
鮮やかな赤刃は背面から突き穿ち、地上まで刺し貫く。
鋼鉄の害獣は心の臓を捉えられた――悲鳴をあげた機体は、自らが爆破に飲まれたことで終焉を告げる。
●見え隠れする影
「やれやれ、あんだけ盛大に爆発しちまうと破片を探すのも一苦労だ」
「もしかしたら消滅してしまったのかも知れませんね……」
焼失した田畑を修復しつつ、残骸を探したギルと穣だったが成果は上がらず。
夜間で視界が大きく制限されていることもあって、これ以上の捜索は断念した。
「結局どこが今までと違うかよく解んねえし、死神の連中はなにがしてえんだ?」
「うーん……前例が少ないし、今回だけで検証するのは難しいかもねぇ」
唸るデレクに、同じように考察してみたミンも首を傾げるばかり。
ディープディープブルーファングの出現が確認されてから日も浅い、そして――。
「疲れた頭じゃ、気付くモンも気付けねぇかもな……タチの悪いモグラ叩きになりそうだぜ」
新しいタバコに火をつけ直す徹也も、ボリボリと頭をかいて溜め息と煙を吐きだす。
暁人も双牙も、行き着いた結論は同じようだ。
「まずは避難住民に安全が確保されたことを伝えましょうか」
「そう、ですね……避難所で一晩過ごすのも、不安でしょうし……」
修復を終えると、穣の提案でシルフィディア達は避難所に向かった。
死神達の目論見が新たな戦禍となる――次に備えて、疲労した身体を休めなければ。
作者:木乃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年8月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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