水着の数だけ抱き締めて

作者:秋月きり

「あああああ」
 落涙は、感銘を受けたが故だった。ぽろぽろと涙を零し、彼は地面に座り込む。もはやその行為は拝礼――要するに拝んでいた。
「え、何? このおっさん……」
 薄気味悪い物を見たような目で、その少女は去っていく。
 だが男は気にしない。顔を上げれば幾人かが遠巻きに男を眺めていたが、視線を向ければこそこそと去っていく。その表情は「危ない物を見た」と語っていたが、男にとっては些末な物だった。
「ああ、この世界はこんなにも素晴らしいモノに満ち溢れていたとは……」
 滂沱の涙を流す男の視線は、海を楽しむ若者たち、正確には彼らが纏う水着に向けられていた。
 大胆な切れ込みを見せるハイレグがあった。柔らかな可愛らしさを醸すタンキニがあった。泳ぐ機能とは程遠いスリングショットなる水着もあった。
 その全てが素晴らしい。だが、何より素晴らしいのはビキニ。最小限に身体を包み、激しく自己を主張する装いに、浮かび上がるのはただ、ただ、感謝の言葉だけだった。
「ビキニは大正義! 皆よ、ビキニに目覚めるのだ!」
 何時しか全身を金色の羽毛に包んだ男は声高に叫ぶ。
 それはビキニ大正義明王の目覚めの瞬間でもあった。

「と言うビルシャナが現れたの」
「……なんと言いますか、夏、ですね」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)のげんなりした声に、キアラ・エスタリン(導く光の胡蝶・e36085)の乾いた笑いが重なる。
 八月も半ばに近づいた昨今と言えど、しかし猛暑は続き、連日連夜、プールや海水浴場は大賑わいだと聞く。
 故に多少の時季外れに目もくれず、特定の水着が大正義との教義を広めようとするビルシャナが現れても不思議は無かった。
「ともあれ、みんなにはビルシャナを止めて貰わないといけないわ」
 このままビルシャナを放置すれば、『ビキニこそ大正義』と言う教義の下、一般人達を信者と化し、同じ大正義の心を持つビルシャナを量産する事になるだろう。
 当然、その未来を迎える前に、ビルシャナの撃破が必要だった。
「ビルシャナは出現したばかりで配下はいないわ。ただ、ビルシャナの出現地が海水浴場である事から、一般人は沢山いるの」
 自身の教義に大感銘を受けさせ、彼らを信者にしたり、はたまたビルシャナと化したりする可能性は否定出来ない。
「ただ、このビルシャナは自分の教義に対して賛成意見だろうと反対意見だろうと耳を傾けるみたいなの」
 戦闘行動を取らなければ、と言う但し書きが付くが、議論に持ち込めば避難誘導する猶予を確保出来そうだ。
「とは言え、本気の意見をぶつけない限り、ビルシャナは議論に値しないと即戦闘に移っちゃう可能性があるから、そこは気を付けてね」
「……本気の意見、ですか」
 リーシャの言葉に、キアラは考え込む。一般的には水着に対する想いだろうか。
「この水着は素晴らしい、と実物を見せつけて主張する事は大きなアドバンテージを得る事が出来るかもね」
 それがヘリオライダーとしての助言だった。
「戦闘自体は海水浴場の砂浜で行う事になるから、避難誘導は駐車場とか、少し離れた場所に案内すれば大丈夫ね」
 ケルベロスの名を出せば人々は指示に従うだろう。全ての人間が避難を終えるに5分から10分は必要になりそうなので、その間、ビルシャナを抑えておく必要がある。
「あと、全てのグラビティは戦闘行為とみなされる可能性があるから注意してね」
 具体的に言えば『パニックテレパス』や『剣鬼開放』等の防具特徴や種族特徴だ。
「で、ビルシャナの使用するグラビティだけど、複数の怪光線によって攻撃したり回復したりするわ」
「それはいつも通りのビルシャナなのですね」
 油断しなければケルベロス達で充分対応できる相手だ。
「また、ビルシャナにとっては大胆な水着は大正義だから……その考えは戦闘にも影響与えるかもね」
 リーシャの言葉に浮かぶキアラの表情は「ろくでもないんだろうなぁ」と語っていたとかいなかったとか。
「心して欲しいのは、今回、ビルシャナと化した人間を助ける事は出来ない。ただ、周りの人々はまだ助ける事が出来る。――それも、みんなに掛かっているけどね」
 故にリーシャはケルベロス達を送り出す。全ては一般人の、ひいては彼らの心の為に。
「それじゃ、いってらっしゃい」
「いってきますね」
 キアラの返事が柔らかく響く。


参加者
和郁・ゆりあ(揺すり花・e01455)
リョウ・カリン(蓮華・e29534)
明星・舞鈴(神装銃士ディオスガンナー・e33789)
水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)
キアラ・エスタリン(導く光の胡蝶・e36085)
浅葱・マダラ(光放つ蝶の騎士・e37965)
琥玖蘭・祀璃(サキュバスのブラックウィザード・e44204)
遥禍・カ無た(ソラを目指す者・e56797)

■リプレイ

●ビキニは大正義
「あ、あああああ」
 短い呻き声と共に、五体投地した男の身体が変容していく。衣服は削げ、その代わりに黄金色の羽毛が身体を覆っていた。
 ビキニ大正義明王。そのデウスエクスに敢えて名を付けるとするならば、その名になるだろうか。
「水着は、大胆な水着は大正義! 何よりビキニが、ビキニこそが大正義なのだ!」
 声高に叫ぶビルシャナはしかし、きょろきょろと周囲を眺め、にへらとだらしない笑みを浮かべる。
 ああ、素晴らしき哉。楽園こそ此処にありけり。水着が! 濡れる肢体が! ビキニが! 彼の視線を奪い思考を幸福で満たしていく。
 そう例えば――。
「見つけました! そこの貴方!」
 青と黒との重ねブラに包まれた躍動的な膨らみを揺らし、駆けて来る美女がいた。濃厚な色の水着は最小面積で覆う為、白い肌が強調され、しかし、スカート状のパレオに包まれたボトムが奥ゆかしさを物語っている。そこから覗く白い太腿は、如何に夏の海辺とは言え、眩しい。眩し過ぎた。
 女性の名はキアラ・エスタリン(導く光の胡蝶・e36085)。ビルシャナの凶行を止めに来たケルベロスの一員だった。
「――!」
 思わず生唾を飲み込むビルシャナ。グラディエーターサンダルを始めとした水着の装飾は全て黒で統一され、それ故に胸元の青が映えている。思わずその胸元を覗き込んだとしても、如何な罪があると言うのだろうか!
「いやいや、覗きは犯罪だろう」
 冷静な突っ込みと共に浅葱・マダラ(光放つ蝶の騎士・e37965)が声を掛ける。その女性と見紛う小柄な体躯を包む水着は全身を包む青色のワンピースタイプ。腰を彩る大きなリボンとお揃いの髪留めリボンが、一際目を引くワンポイントとなっていた。何より。
「スカート状に膨れ上がっている為、男性でも安心安全なのがポイント高し」
 ふむふむと頷くビルシャナ。
「え? おっさん、まさか」
 そう。一見、女性と見紛う美貌を持つマダラだが、性別上の分類はれっきとした男性なのだ。一目でそれを看過したビルシャナはびしりとマダラを指差す。
「少年! 可愛いも大事だ。何よりその恰好はキミに似合っていると断言しよう。ああ、可愛い。紅色のリボンも、青のチョーカーも、キミのコケティッシュな魅力を強調している。だが、だが、それでも、それでも、知って欲しい! まだまだ世界には無数の水着がある事を! ああ、キミが例えばビキニパンツやトランクス型の水着を着た際、そこにあるアンドロギュヌス的な魅力がどう周りに映るだろうか? 可愛くカッコよく勇ましく慎ましく――ああ、何と言う倒錯世界!」
 悦に入ったビルシャナがまくし立てる事15秒。甲高く、そして早口な長文にむしろ、マダラが冷や汗を流す。
「お、おう」
「だがそれが今のキミを否定する事ではない事を理解して頂きたい。可愛いは正義! 可愛いこそ正義なのだ!」
(「ビキニが大正義じゃなかったのか……」)
 突っ込みの文句はしかし、紡がれる事は無かった。
「ビキニが大正義ぃ? 面白いこと言うわねぇ」
 腕を組み、零れそうになる膨らみを強調した琥玖蘭・祀璃(サキュバスのブラックウィザード・e44204)がふんと鼻を鳴らす。そこに浮かぶ笑みは高飛車にも挑発とも取れる物であった。
 流石はサキュバス。その笑みだけで万人の価値観を狂わせるが如くであった。
「大正義って言うのならどんなビキニでも素晴らしさを語れるのよねぇ? このビキニのデザイン、貴方にはどう映るのか聞かせて貰えるかしらぁ?」
 胸を張り、伸ばした片手を首に沿える、いわゆるセクシーポーズを行う祀璃に対し、ビルシャナは彼女をガン見する。
 だが、これは嫌らしい行為ではない。悟りを開いたビルシャナに与えられた審査眼が彼女の全てを捉えているだけなのだ。その様は、まるで古物商がお宝を鑑定するかの如くであった。
(「――っ」)
 這うように注がれる視線には熱すら感じてしまう。しかし、そこに帯びた光は崇高な物を愛でる柔らかな色。だが、全てを見透かそうとする真摯な瞳に、思わず零れた吐息は夏の空気に類する程、熱かった。
「革を思わせる布地はボンテージファッションと呼ばれる物であるな。女王気質の貴殿に相応しい物と見受けられる。そして紐の装飾はどうだろう! そこから覗く白き柔らさを強調し、そして、腿、腰、臍、上乳を零す布地は、その白と茶のコンストラクトに我々の意識を奪ってしまっている。否、それは貴殿がサキュバスであるからが故だろうか。その尻尾も、そして羽根も、まるで誂えた装飾品の如く、貴方の魅力を増強しているのだ」
 そこに地獄が見えようが構わない。それも含め、彼が信奉するビキニなのだから。
「え、えーっと」
「ああ、その朱に染まった肌。珠の様に零れる汗。だが、それを纏い、それでも綺麗との賛辞が許されるのは貴殿が美しいからだ。ビキニと貴殿。その双方が互いに互いを高め合い、更なる頂点へと導いていく。ああ、もっとその魅力的な二重存在を私に見せておくれ!」
 ビルシャナの視線は祀璃を捉えて離さず、しかし、彼女に触れるのは視線と言葉だけ。もどかしさすら覚える口撃に、うっすらと頬が上気してしまう。
「ま、待って下さい! 何故か空気がエッチです!」
 朱に染まる祀璃を庇うよう、水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)がずいっと進み出る。
「だ、大胆さはビキニだけの特権ではないのですよ!」
 そんな彼女が纏う水着は胸から腰までを覆う一見、ワンピース風の水着だった。だが、紫の髪が隠す白い背は、陽光の元に晒され、それがモノキニと呼ばれるタイプの水着だと、ビルシャナは即座に理解する。
 故に彼はその後の言葉を引き取る。羞恥に染まる少女にそれ以上の言葉を紡がせる事は、紳士としてしてはならぬ事だった。
「そう。大胆はビキニのみの特許ではない。貴殿の胸から臍まで入った巨大なV字の切れ込みは、『このまま中身が零れ落ちてしまうのではないか?』と言う危険性と、しかし、それを押し留める青き組み紐に支えられ、安心を、だが、それでも残る一抹の不安感、そしてそれを解いたらどうなるのだろう? と言う支配欲にも似た劣情によって、やはり目を離す事が出来ぬ!」
 要約すると『おっぱいから目を離せない』だったが、それはそれ。
「だが、そこにのみ目を向ける訳にもいかぬ。何故ならば零れ落ちる脇腹、そして極限まで切り詰められたボトム――いわゆるハイレグカットもまた、『大胆』の名に相応しいエッジを帯びているのだ」
 そこでビルシャナは一息つく。続く言葉は、自身の教義を否定する物――ではなかった。
「つまり、実質、ビキニと言っても過言ではないだろう!」
「ワンピースです!」
 確かに大胆過ぎて羞恥の方が勝ってしまうと自分でも思う水着だったが、その一線は譲れないと和奏が叫ぶ。だが、満悦のビルシャナには何処ぞ吹く風と、笑顔でいなされてしまう。
「ま、ビキニが可愛いのは判るけどね」
 にっと笑うリョウ・カリン(蓮華・e29534)の視線は、自身の纏うアメリカンスリーブ型の水着へ注がれている。臍を露出する為に大胆にカットされたチャイナドレスを思わせるデザインは、そこから零れる肩やスリットが強調されたパレオ、そしてストッキングを思わせる装身具と組み合わされ、ビキニ以上の艶めかしさを誇っていた。
 なお、アメリカンスリーブのアメリカンとは国名ではなく、開放的な、と言う意味合いの為、チャイナドレス風アメリカンスリーブと言う単語に一切の矛盾は無い。無いのだ。
「私みたいに胸がそこまで大きくない人も着れるし、線が綺麗に見えるから体型に自信の無い人だって大丈夫!」
「是だと答えよう!」
 リョウの主張に鷹揚に頷くビルシャナ。尚、リョウのバストサイズはCカップと、年相応と言えば年相応の大きさなのだが、ふんわりとしたアメスリ水着故に、そのラインは隠されており、これならば大にせよ小にせよ、大きさに悩む女子向けだとの主張は正鵠を得ていた。
 何より健康的な美が、そして時折覗く曲線が、彼女自身の水着姿を強調しているのだ。
「ああ、水着とは素晴らしい。水着とは正義。そしてビキニは大正義なのだ」
「その主張は変えないんだね……」
 リョウの言葉に、当然と頷くビルシャナ。
 その笑顔は、とても輝いていた。

●水着の数だけ抱き締めて
「避難誘導完了。……したけど?」
 デウスエクス出現の報を以って、海水浴客を駐車場まで避難させた明星・舞鈴(神装銃士ディオスガンナー・e33789)、和郁・ゆりあ(揺すり花・e01455)、そして遥禍・カ無た(ソラを目指す者・e56797)の三者が砂浜に戻る頃、しかし、ビルシャナとケルベロス達の討論は終わりを見せていなかった。
「お疲れ。舞鈴ねーさん」
 あははは、と乾いた笑いを浮かべるマダラに「どうしたの?」と問えば、向けた視線の先のビルシャナが顔色を変貌させる。
「増えた……だと?!」
 言葉に反し、驚愕に纏われる物は明らかな喜色だった。
 まぁ、追加された三人の内、二人は見目麗しい美女、かつ、ビルシャナ好みのビキニ姿だったのだから致し方ないと言えよう。
「ああ。なんと言う事だ。大人になり切れない未成熟な、しかし、既に強烈な主張を行う胸を包むビキニは、細く頼りなく、そして華美なレースは、それ自体が生む空間によって白い肌を覗かせている。ああ、そうだ。透けていると言っても過言でもない妖しさは、水を纏う湖畔の乙女そのもの! そして腰を包む空色のパレオと頭に添えられた麦わら帽子はどうだろう! 彼女こそ、彼女こそが、そう――夏の海!」
「……え? お? あ?」
 とりあえず注がれる視線から逃れる様、腕で胸を隠す舞鈴。だが、その所作に気付かなかったのか、敢えて無視したのか、ビルシャナの言葉は止まらない。
 続く矛先は舞鈴と共に戻って来た女性――ゆりあだった。
「そして鍛え上げ、絞った肉体を包むビキニの華美さときたら。水着だけが魅力的なのではない! 水着は添え物。故に装飾は一切廃し、あくまで大切なのは中身と語り掛けて来るようじゃないか」
 だがそこでビルシャナは言葉を区切る。ふるふると震える様子は、感銘を堪えるが為だった。
「だが、水着は不要なのか。否、断じて否! 何故ならば彼女を彩るビキニの色は桃色! 肌に近い、だが、肌とは違うその色合いこそが、彼女を彩る装飾そのもの。そして朱色のハイビスカス。金色の髪を彩る美色の花言葉は勇敢! ああ、神よ。惜しげもなく我々に水着姿を誇示する女神に賞賛あれ。勇猛なる淑女を賛辞せよ! 彼女をこの世に産んでくれてありがとう!!」
 良く分からないうちに上から下まで賞賛され、怒っていいやら感心していいやら。
 ゆりあの困惑を余所に、ビルシャナの賛辞は続く。続く語句の向けられた先はカ無たであった。
「そして少年! キミの水着もまた素晴らしい。ビキニで無い事は悲しいが、大正義も小正義も正義の内! 次回の海は是非ビキニに挑戦して欲しい。だが、だがだが! レギンス風の水着、そして日よけとばかりに纏われたセーラー服風のシャツは、儚さ! そう、その一言を賛美として止まない。散りばめられた花々が示す様、夏に出る儚さはキミの魅力そのもの。ああ、少年。キミは何処から来て何処から消えていくのだろう」
 一気に捲し立てるビルシャナをきょとんと見上げたカ無たは小首を傾げる。その所作に合わせ、首から下げたスマホケースがほろりと揺れた。
「ああ。つまり、その、なんだ!」
 この世の楽園に感極まったビルシャナは大声を上げる。
 否、それは咆哮であった。
「水着こそが素晴らしい――!」
「「よし、倒しましょう」」
 無慈悲な宣言の主はゆりあとカ無たの二人だった。否、それは当然の選択だった。
 ケルベロスの枷だった一般人の避難誘導が完了した今、戦いへの躊躇いはない。そして、一見無害に見えなくもない水着称賛ビルシャナ――じゃなかった、ビキニ大正義明王は、だがしかし、一般人に教義を広め、ビルシャナを大量生産しかねない恐るべきデウスエクスなのだ。彼らが見逃す理由など無い。
「過去を糧に燃え上がれ私の焔 理不尽を払い 不条理を覆し 心のままに舞い踊ろう」
 リョウの炎はビルシャナの羽毛ごと、彼の身体を焼き尽くし。
「さぁ、避けてみて下さい。『全て』避けられるのであれば、ですけど……!」
 和奏が放つ幻影混じりの弾丸は、無数の雨霰の如く、ビルシャナの身体を貫く。
「《ディオス・フィニッシュ! チャージング!》  スリー! ツー! ワン! これで、終いよ! バレット・パピリオー、シュート!!」
 それは蝶の羽ばたきの如く。混沌の標の如く。舞鈴が打ち出したエネルギー弾はビルシャナの身体を捉える。
「Summon-Call!Necro-Blaze-Kerberos!」
 連撃の終局は祀璃の召喚した魔狼だった。炎と魂で構成された牙は獲物を食いちぎるが如く、ビルシャナの喉に食らい付く。
「ほらほら、こっちだよ……!」
「雪の翼を纏いて、胡蝶は羽ばたきを続ける……。耐えられますか? 身も凍る胡蝶の舞に」
 そして、マダラの炎とキアラの吹雪が吹き荒れる。
 舞うように。沿うように。踊るように。二種の異なる、しかしどこか似通ったグラビティはビルシャナの身体を灼き、或いは凍結させ、粉砕していく。
 やがて炎と氷が貪り尽くした身体は光の粒と化し、そして波間へと消えていく。
「――それにしても」
 目を細め、マダラは呟く。
 最期の瞬間。ビルシャナが浮かべた表情、それは――。
「いい笑顔、だったな」
 笑顔の意味を、彼はまだ知る由もなく。
 否、知っている上でこう判断したのかもしれない。
 深く追求するのはやめておこう、と。

●夏は終わらない
 海水浴場の平和は守られ、即座に賑やかさを取り戻していた。
 全く被害を受ける事のなかった海水浴場は小一時間の内に営業再開となり、故にケルベロス達もまた、海水浴客の中に混じっていた。
「ビーチバレーしよう!」
 リョウの提案に、ゆりあと和奏、そして祀璃が頷く。
 水着を纏った若い肢体が弾け、揺れる様は、死したビルシャナも草葉の陰で喜んでいる――かどうかは判らなかったが、ヤシの木に海賊ペイントを施したカ無たは何となく、明王の幻影を空に見た気がした。
 そして舞鈴の視線は仲睦まじい二人に注がれている。弾ける波を前に、マダラとキアラは何を語るのだろうか。
 それはきっと、夏に紡いだ二人の思い出になるだろう。
「あ、アタシもバレー、参加するー」
 だから、そっと、その場を後にする。

 例え二人の会話が、マダラの女装姿を写真に収めたいだの、それだけは勘弁だのやり取りとしても。
 それは彼女の預かり知らぬ事だった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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