髑髏印のフー・ダルティフィス

作者:天枷由良

●どかんと一発
 夏の風物詩といえば。
 海水浴、スイカ割り。蝉の声。青空に尾を引く白球。
 甘く冷たいかき氷。背筋が凍る肝試し。財布が寒がる即売会。
 とかく色々あるけれど。
 やっぱり欠かせないのは――夜空に咲き乱れる大輪。
 そう、花火である。
「たーまやー!!」「かーぎやー!!」
 どん、と光が広がる度に、あちらこちらで歓声が上がる。
 香ばしい匂いを漂わせる出店なども並び、日本海に面した静かな町は、年に一度の大賑わいを見せていた。
 ――となれば。必然、邪な者たちの目にも留まるもの。
 赤や黄色の輝きをかすめて、影が落ちて来る。
 それは桟敷席の中心に突き刺さり、すぐさま姿を変えて雑音に等しい声を上げる。
「……クカ、クカカカカカ!!」
「グラビティ・チェイン、ヨコセ!!」
 言うが早いか、骸骨と似た竜牙の兵たちは腰を落として、勢いよく拳を突き出す。
 まるで武闘家の如き仕草は邪気による弾丸を生み、人々を花火のように弾けさせた。

●夜のヘリポートにて
「狙われるかもしれないとは思っていたけれど」
 花火大会を襲撃する竜牙兵。警戒していた事象が秋田県で現実化すると聞かされて、アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は一先ず、人形の髪を撫でた。
「既に現地の運営事務局には連絡を取ったわ。だけど大会自体を中止したり、観覧に訪れる人々を退避させてしまうと、予知そのものが変わってしまうの。事件に影響が出ない程度の備えはしてもらうように伝えてあるから、急いで現場に向かいましょう」
 ケルベロスたちに目を向けつつ、ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は捲し立てるように語っていく。

 敵は三体。花火大会が始まって間もない頃、夜空から桟敷席へと降ってくる。
「この降下地点周辺は、施工不良とか適当な理由を付けて立入禁止に。それから手近な席を皆の待機用として押さえてあるわ。敵の出現を確認した後は、居合わせた人々をすぐに避難させるよう係員の手配もしてあるから、皆は竜牙兵の撃破に集中してちょうだい」
「うむ。なるたけ早く片付けられれば、花火大会も再開しやすくなるじゃろうしな」
 ファルマコ・ファーマシー(ドワーフの心霊治療士・en0272)が相槌を打つと、ミィルは頷いてから言葉を続ける。
「三体の竜牙兵は花火もびっくりの色合いをしていて、力量にこそ差異はないものの、連携した戦い方をしてくるわ」
 赤の竜牙兵は大盾を用いた守り役。緑の竜牙兵は気咬弾乱れ撃ちによる足止め係。
 そして青の竜牙兵は、動きの鈍った相手を確実に仕留める、攻めの要。
「雑兵にしては……と思うかもしれないけれど、戦いの途中で撤退したりもしないし、素直な戦法で勝てる相手でしょう。もちろん、油断は出来ないけれど」
「なに、強者揃いのケルベロスであれば要らぬ心配じゃろう。竜牙兵もまとめてどかんと、夜空に打ち上げてくれるじゃろうて」
 わしも及ばずながら力添えするぞいと、ファルマコは強い信頼を込めた目でケルベロスたちを見回した。


参加者
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
長谷川・わかな(笑顔花まる・e31807)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)

■リプレイ


 穏やかな水面から光が遡る。
 多くの人の目を引き付けたそれは、僅かな静寂を挟んで天に金色の大輪を咲かせる。
 シンプルだが、花火大会の始まりには相応しい一発だろう。どん、と鳴った音が吸い込まれるように消えていくと、代わりに期待で胸踊らせる人々からの歓声が広がっていく。
 その熱を逃すまいと、続けざまに赤や青の花火も打ち上がった――直後。
 輝きの上に、黒い影が横切った。何処からか訝しむような声が聞こえ、誰かが空を指差してみれば、影はみるみるうちに大きくなって迫り、轟音立てて桟敷席の一角へと刺さる。
 牙だ。それは赤、青、緑と色の違う、三本の大きな牙。
「……クカ、クカカカカカ!!」
「グラビティ・チェイン、ヨコセ!!」
 牙は骸骨と似た姿の異形に変わって、尊大な態度で言い放つ。
 しかし、彼らの降り立った近くに獲物となるはずの人々はいない。
 代わりに立っているのはケルベロスだった。三体の竜牙兵を手ぐすね引いて待ち構えていたケルベロスたちは、花火大会の係員や比良坂・陸也が避難誘導する様子にも目を配りつつ、竜の尖兵と相対する。
「無粋な輩だな」
「ああ、無粋にもほどがある。ふざけるなよ、骸骨ども」
 ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)に続いて、比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)が淡々と敵意を示せば。
「折角の花火を邪魔するなんて、お客さんにも職人さんにも失礼だよ」
「そんなお邪魔虫さんたちには、さくっとご退場願わなくっちゃね!」
 クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)と、長谷川・わかな(笑顔花まる・e31807)も口々に言う。
「ほら、お帰りはこっちだよ」
 特に人気のなくなった方を背にして、人形を抱いたアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)がくすりと笑った。
 その嘲りに、竜牙兵も品性に欠ける笑い声を返す。誰も期待などしていなかったが、やはり素直に引き下がるつもりはないらしい。


 そんな姿勢を明確に示すべく、まずは緑の竜牙兵が気咬弾を乱れ撃つ。
 一見して無秩序に見える暴力の嵐は、その実それなりに制御されて後衛を務める者たちの元へと飛んでいく。
 すぐさまアガサが鉄茨で防御陣を敷き、大弓・言葉(花冠に棘・e00431)がわかなを、言葉のボクスドラゴン“ぶーちゃん”がクレーエを、ビーツーのボクスドラゴン“ボクス”が自身の主を守ろうと動く。
 しかし、さすがに全ては庇いきれず。ファルマコ・ファーマシー(ドワーフの心霊治療士・en0272)が直撃を受けて、自らを癒やすべく杖を振るった。
「カカカ!」
 笑う竜牙兵。その声をかき消すように、邪悪な気の塊が派手な音を鳴らしながら弾けて、髑髏印の残像を落とす。どことなく花火にも似ているそれは、まるで古いアニメの演出のようだ。
 もっとも、ケルベロスには笑いも感動も一切呼び起こしはしない。それどころかアンセルムを背に庇っていた霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)は、悲鳴も呻き声もなく口を真一文字に結んだまま、射抜くような視線と同じ鋭さの凍結光線を緑の竜牙兵へと撃ち放つ。
 だが射線上には大きな盾を備える赤色が割り入って、此方も同族を守り抜く。
「クカカ、ソノテイド!」
 此処の役割が明確な分だけ動きに乱れがない。雑兵らしからぬ連携力を誇るかのように、赤色は大盾を構えたまま肩を揺らす。揺らす。揺らして――。
「……足元注意、だな」
 ぽつりとビーツーが呟いた瞬間、足下から炎を纏って飛んできた礫に煽られ、僅かに体勢を崩す。
 そこへ、ぶーちゃんとボクスがタックルで続いた。二匹がかりでの体当たりは、たかが小竜と侮っただろう竜牙兵を危うく倒れ込む寸前まで追い込み、
「花火のために全力なの!」
 やにわに飛び込んできた言葉が蹴りを炸裂させれば、赤骨はとうとう大盾を抱きかかえるようにして尻餅をついた。
 大きな隙だ。元より盾役の赤色を最初の獲物と決め打っていたケルベロスたちが、その隙を見逃すはずもない。
 手始めにわかながオウガ粒子を撒き、その力でより高い集中力を得た御子神・宵一(御先稲荷・e02829)が、低く滑るような脚さばきで一気に敵との間合いを詰め、家伝の太刀を突き出す。
 雷纏う刃は骨の盾を焼き焦がして貫き、文字通り敵の防御にさらなる穴を穿った。そこに、ふわり飛び上がっていたクレーエが急降下。痛烈で正確無比な飛び蹴りを叩き入れる。
 受けた赤骨はもちろん、緑骨も青骨も苛立つように唸る。そしてまだ邪気を溜めていた青骨が、ケルベロスたちを切り崩すべく足取り重いファルマコに狙いを定める――が。
「喰らい付け、妄執の毒蛇――!」
 気弾が撃ち出されるより先に、アンセルムが大蛇と化した蔦を放って牽制。
 喰らいついた蔦蛇は仮初の牙から毒を注ぎ入れ、青色から一時の自由を奪い取る。それでも強引に弾き出された邪気の塊は、ファルマコの前に躍り出たクーゼ・ヴァリアスのボクスドラゴン“シュバルツ”に阻まれた挙げ句、大した傷も残せなかった。

 そうこうしているうちに陸也が戻ってきて、より盤石な態勢を整えるケルベロスとは対照的に竜牙兵は追い詰められる一方。
 緑骨の試みる足止めはファルマコが巻き起こす癒やしの風に阻まれて、青骨の攻撃による傷はわかなが秋桜の花弁舞い散る杖の一振りであっという間に癒やしてしまう。対して竜牙兵たちに回復の手立てはなく、タコ殴りにされる赤骨の命は風前の灯火。
 その灯火を消したのは――。
「冷たさに抱かれ、凍り付くまで良き夢を」
 クレーエの言葉と共に解き放たれた、雪の精霊。
 精霊はそよぐように赤骨へと纏わりつき、優しく静かに、生あるものの証たる熱を奪い取っていく。
 そう長い時間ではなかった。しかし永遠に続くかとも思わされる抱擁を経て、何もかもを失った赤骨の竜牙兵は凍りつき、ついには崩れて己の姿まで無くしてしまう。
「夏の終わりに見る雪も、なかなかのものでしょ?」
 もう問うことはできなくなった相手に代わって、生き残りの二体へと尋ねるクレーエ。
 青骨と緑骨から言葉での返答はなく、気咬弾が撃ち返される。だが赤骨と違い、幾つかの加護と万全の治癒を受ける盾役のケルベロスたちには毛ほどの驚異にもならず、受け止めた言葉と和希は共にオウガメタルを纏った拳で緑骨に殴り掛かる。
 一発、二発。拳撃を受ける度に飛び散る緑の骨片をさらりと躱しつつ、和希と立ち位置を入れ替えたアンセルムが蹴りを――打つと見せかけて爆発を起こす。また幾つもの欠片が吹き飛び、それから守るため人形を抱え込んだアンセルムが離れていくと、ボクスに視線で合図を送ったビーツーが猛然と駆けてきて腕を振り上げる。
 火山の力を持つ白橙色の息吹、次いで岩をも砕く大鎚の如き、会心の拳。
 小竜と竜人の連携攻撃によって、緑の骨は一粒も残さずに焼き潰されていった。

 そして残るは青一体。
 誰が見ても形勢は明らかであり、戦いを続ける意味すら感じ取れないが、曲がりなりにも最強種族ドラゴンの牙から生まれた竜牙兵。撤退の二文字は与えられていない。
 よく狙って気咬弾を撃つ。しかし炸裂した髑髏印の派手さが変わらなくとも、受ける側が鉄壁では何一つ残せない。
 さらには一発撃つだけで五発も六発も返ってくるのだから、全くもって割に合わない。
 かと言って、ケルベロスが攻め手を緩めてくれるはずもない。アンセルムが今度こそ正真正銘の蹴りで青骨の喉笛を掻き切った直後、アガサの撃った凍結光線は敵を真冬の極寒に叩き落とし、姿勢の乱れた隙を突いた宵一の剣戟は斬られたことすら感じ取らせないほどの太刀筋で敵を両断する。
「グガガ――」
 やはりまだ死に至ったと気づいていないのか、青骨が気弾を撃ち出す構えを見せた。
 しかし、それも狐のものに変わった宵一の左手で軽く押されると乱れ、程なく積み木を崩すように腹の辺りから崩れ去っていった。


 少し荒れた桟敷席の修復。大会の運営を担う人々への連絡。
 それらよりも遥かに困難を極めた群衆の帰還作業を経て、花火大会は無事に再開された。
 ケルベロスたちの顔にも安堵が滲む。竜牙兵の侵略という憂いを断ち、人々からのお礼攻め握手攻めサイン攻めを切り抜けた今では、彼らも一観客に過ぎない。
「ということで――」
 初く見せるつもりなのか品を作りたかったのか、ともあれ少々顔を赤らめながら肩を揺らす言葉が、仲間たちに承諾を求めるような目を向けた。
 彼女の傍らにはクーゼが立っている。ごく親しい相手にしか許されないであろう、肌と肌が触れ合うほどの近さで並ぶ二人を見て、何も察することが出来ない重度の朴念仁はさすがにいない。……いませんよね?
 とにかく、どうぞどうぞと送り出された言葉とクーゼは人混みに紛れていく。
 付き従うボクスドラゴン二匹の背も、すぐに見えなくなった。

 どんどんどん、と鬱憤を晴らすかのように打ち上がる花火を横目に歩けば、並ぶ露店からの香りに食欲を刺激される。
 焼きそばに綿菓子、りんご飴、べっこう飴。気がつけば十分な食料の確保も済んで、都合よく空いていた無料席に腰掛けると、小竜たちが待ちきれないとばかりに足下へ縋り付いてくる。
「あんまり急いで食べたらダメなのよ!」
 そんな忠告も甲斐なく、耐久性に乏しい綿菓子を全力で攻め立てるぶーちゃんの横で、シュバルツがべっこう飴を噛み砕いた。
 まるで手のかかる子供と変わらない。なんて笑いつつ視線を動かすと、彼も朗らかな顔で此方を見やって、ソースの匂い芳しい焼きそばのパックを近づけてくる。
 りんご飴で赤く潤った口を開く。割り箸で摘んだ麺を運んでもらう。大体のものは美味しく食べられるけれど、この特に珍しくもない、キャベツの切り方に作り手の雑っぷりが垣間見える焼きそばが堪らなく美味しい。
 しかし貰うだけでは小竜たちと変わらない。言葉は子供ではない。
 此方からも、りんご飴を差し出す。同じ色に染まった唇で甘さを伝えてきた後、彼は「今年も言葉と花火が見られて嬉しいよ」と囁いた。
「私も!」
 答えてすぐに「また来年も見ようね!」と続ける。
 今も花火が打ち上がっているというのに気の早い話だ。
 けれど逸らないわけがないのだ。それはきっと、彼も同じ。
「ああ、絶対見に行こうな」
 やっぱりだ。のんびりしているのに、何処か弾むような答え。
 そこから得たどうしようもない満足感に振り回されるがまま、言葉は見上げた空に――子供向けアニメのキャラクターやら動物を象った花火が煌めく空へと叫ぶ。
「たーまやぁー!」

「たーまやー!」
 熱気に釣られて、わかなも思わず声を上げていた。
 隣では、陸也が熱いおしぼりで顔を拭っている。
「あーあ。お仕事終わりじゃなかったら、浴衣着て来れたのになぁ……」
 惜しいことをした。
 いっそ着たまま戦ってしまえばよかったかもしれない、なんて戯言を上書きするように蘇る、思い出が一つ。
(「そういえば、去年は朝顔の浴衣を着たっけ……」)
 花火に勝るとも劣らない夏の風物詩、風鈴の涼やかな音色に誘われた、あの日。
 浴衣と同じ柄の硝子細工を指しながら言われた台詞を、振り返ると頬が熱く――。
「わかな」
 不意を突かれた。
 慌てて素っ頓狂な返事をすれば、彼はじっと此方を見つめて一言。
「なんか付いてっぞ」
「えっ? どこ?」
「ほら、こっちこっち。もうちょい近くに」
 言われるがまま肩を寄せ顔を寄せる。彼の手が此方へと伸びてくる。
 すっと目を閉じて、触れた指先はすぐに離れて、宙を彷徨って。
 わかなの掌へと下りた。
 言葉の代わりに指を絡めることで応える。どーん、と。一際大きな花火が空に咲いた。
「あぁ、夏が終わるなぁ」
 陸也が呟く。
 季節の移ろい、月日の流れ。これまでよりも早く感じるのは、きっと。
「……来年の夏も、貴方が隣に居たらいいな」
 繋いだ手の力をほんの少しだけ強めて、わかなは言った。
 大玉が響かせる音の合間に、ちりんと軽やかな音色が聞こえたような気がした。

(「――とかなんとか、素敵な時間を過ごしているんだろうね」)
 羨ましい。いや、羨ましくなんかない。ないったらない。
 でも彼女を――“奥様”を誘えていれば、とは思う。思うけれど、それは仕方ない。
 クレーエは微笑を浮かべて、ぐるりと視線を巡らす。待機所を兼ねていた特等席には奥様こそいないが、縁あって共闘したケルベロスたちが何人もいる。
「美味しそうだね」
「ええ。よかったら、お一ついかがですか?」
 たこ焼き唐揚げフライドポテト。目玉焼きが載った焼きそば。本当に食べ切れるのかと心配になるほどの品々を抱えた宵一の誘いに、クレーエは首を振った。
「ありがとう。でも、匂いだけでお腹いっぱいになっちゃったよ」
「そうですか。……では遠慮なく」
「おう、気にせず食え食え」
 ボクスに三つめのカルメ焼きを与えつつ、ビーツーが笑う。豪気な彼のおかげで、誰が何をどれほど貪ろうとも財布が風邪を引くことはないだろう。
「こっちにはラムネもあるからね」
 そう言いながら、アガサは少し汗をかいたビンを拭い、仲間たちへと回していく。
「ありがたくいただくのじゃ。どれ……」
 ファルマコが一本受け取り、ぽんと叩いて落としたガラス玉を“くぼみ”に引っ掛けて、ぐいっと一口。しゅわっと爽快。
「生きかえるのじゃ……」
「それも、夏祭りの醍醐味の一つですね」
 今度は身体の向きを変えた宵一が、たこ焼きなどを差し出してくる。少しは協力して減らさねばなと手を伸ばし、傍らに積み上がる空の容器を見つけたファルマコは目を丸くする。
「……細いのに、よく食うのだな」
 ビーツーも驚嘆して言えば、宵一は狐耳をぱたたたと動かしてから新たな焼きそばに箸をつけた。表情にこそさしたる変化はないが、なお小刻みに揺れる耳や尻尾から察するに十分楽しんでいるようだ。
 もちろん他の者たちも。ビーツーは相棒を傍らに置いて静かに、アガサは音や光で呆気にとられて、そしてクレーエは大輪の花が咲く瞬間を捉えて切り取ろうとしつつ、夏の夜の一幕を味わう。
「……うん、綺麗だね」
 ぽかんと口を開けたまま、アガサは自分でも気が付かないうちに呟く。
 それを区切りに言葉すら失ったケルベロスたちに代わって、ラムネのビンがからんと音を立てた。

「――はい、どうぞ。アンセルムさん」
 冷たいけれど、手に持てないほどではない。
 絶妙な加減のラムネ瓶を受け取ったアンセルムが、ぐいと反対の手を和希に突き出す。
「ありがとう、和希。代わりにこの、いちご飴をあげよう」
「ありがとうございます」
 親しき仲にもなんとやら。穏やかに丁寧に返して、和希も空いたばかりの手に棒を持つ。
 これで補給は万全だ。かたやラムネといちご飴。かたやラムネとりんご飴。
 まるきり祭りではしゃぐ子供である。互いを見やって二人は笑った。
 しかし実に愛らしく和やかな光景ではなかろうか。この際、二人とも男だとか、片方は成人だとか、その辺の些事は丸めて纏めて日本海に投げ捨てておきましょう。
「それじゃ、戻ろうか」
「はい」
 空に咲く大輪は、まだまだ尽きる気配を見せていない。
「……そういえばボク、花火を誰かと見るなんて初めてだよ」
 堪えきれず戦利品を口にしつつ、雑踏を抜ける最中、アンセルムは言った。
 一人で見たことはある。あの時も、美しいものだとは思ったはず。
 けれども。
「誰かと見る花火って、楽しいものだね」
「……ええ、そうですね。こうやって一緒に花火を観るのも楽しいと――」
 ひゅー、どどどん。ぱらぱら。どんどん。ぱらぱら。
 今日一番かという盛大な打ち上げが、答えを半ばで遮る。
 この派手さ加減は、いわゆるスターマインとか呼ばれるやつだ。しかも特大の。
「ああ、見てくださいアンセルムさん。大きいのが次から次に……!」
「すごい! 本当に大きな……!」
 暫し目を――いや、意識の全てを奪われる二人。
 自然と感嘆の声を漏らし、塞がったままの両手で器用に拍手を送って。
 一段落ついた頃に、また互いを見やる。
 誰かと見る花火は楽しい。
 その“誰か”が、君で良かったと。同じことを想い、けれども、そこまでは口にしない。
 しなくてもいいのだろう。
 彼らは、親友なのだから。

「……あ、アンセルムさん。口に、その、赤いのが付いてます……」
「えっ! ……どのくらい?」
「……ええと、結構」
 親友の口ごもり具合から諸々察する。
 この一瞬だけ花火の眩さを恨めしく思いつつ、アンセルムは顔を背けて拭った。
 拭って――それからまた、笑うのだった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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