けだものとなりて

作者:地斬理々亜

●罪人の末路
 深夜。都市部にある、予約制の公共スポーツ施設の、剣道場。
 そこに、青白い光を放ちながら宙を泳ぐ3つの影があった。怪魚――死神だ。
 怪魚は円を描くように泳ぎ回る。その軌跡は魔法陣のように輝き、浮かび上がった。
 その中心に、1体のエインヘリアルが召喚される。身の丈3メートルほどの大男だ。
 頭部には牡牛に似た一対の角。獅子のようなたてがみ。鋭く伸びた牙。爛々と金色に輝く瞳。変異強化されたその姿はまるで獣であり、知性を感じさせない。
「アァ……ウウゥ……」
 意味をなさない唸り声を上げる彼は、かつてケルベロスに撃破されたデウスエクスであり、名をレオラスといった。

●ヘリオライダーは語る
「死神の活動が確認されました」
 白日・牡丹(自己肯定のヘリオライダー・en0151)は言って、具体的な地名を述べた。さらに、続ける。
「死神といっても、かなり下級の、怪魚のような姿をしたタイプです。知性は持ちません。……その死神は、以前にケルベロスの皆さんが撃破した罪人エインヘリアルを、変異強化・サルベージし、周辺住民を虐殺しようとしています。グラビティ・チェインを補給した上で、エインヘリアルをデスバレスに持ち帰ろうとしているようですが……もちろん、そんなことはさせられません」
 牡丹の説明によれば、変異強化されたエインヘリアルの名はレオラス。彼は知性を失っているという。また、以前は2本のゾディアックソードを携えていたが、今は1本しかない。ポジションはクラッシャーで、使うグラビティは、ゾディアックブレイクとゾディアックミラージュ、それにシャウトである。
 怪魚型の死神は3体ともスナイパーであり、噛みつくことで攻撃してくる。あまり強くはないようだ。
「周囲の避難は行われています。ですが、広範囲の避難を行った場合は、デウスエクスがグラビティ・チェインを獲得できなくなるため、サルベージの場所や対象が変化し、事件を阻止できなくなります。よって、戦闘区域外の避難は行われておりません」
 もし敗北したならかなりの被害が予測される――敗北は許されないということだ。
「また、怪魚型死神は、ケルベロスの皆さんが現れて劣勢になると、罪人エインヘリアルを撤退させようとするようです」
 撤退にかかるのは1分。その間は、死神・エインヘリアル、ともに行動できない。ケルベロスによる、敵への一方的な攻撃が可能になる、と牡丹は言った。
「死神は知能が高くなく、優勢・劣勢の判断が正確にできないようです。ケルベロスの皆さんが上手く演技をすれば、判断を誤らせることができるでしょう。それを利用することで、より優位に立って戦闘を行うことも、わざと撤退させて市民の被害を防ぐことも可能です」
 牡丹は述べる。それから、じっと話を聴いていた、小野寺・蜜姫(シングフォーザムーン・en0025)が口を開いた。
「つまり、虐殺を阻止して、市民の被害を防ぐのが、今回の目的ってわけね。もちろん、エインヘリアルは倒してもいいのよね?」
「はい」
 蜜姫の言葉に牡丹は頷いた。
 レオラスに引導を渡すのを狙うも、市民を守ることを優先するも、ケルベロス達次第なのだ。


参加者
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)
藤林・シェーラ(ご機嫌な詐欺師・e20440)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)
ミミ・フリージア(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・e34679)
ソフィア・フォーサイス(宵の境界・e63889)

■リプレイ

●番犬達の嘘
 深夜の剣道場に、遊泳する怪魚の軌跡たる青白い光が揺らめく。
 その場に駆け付けたのは、9人のケルベロスと、3体のサーヴァントだ。
 怪魚型死神に召喚されたエインヘリアル、レオラスは、長剣を構えてケルベロスに突進。重力を宿した刃を、ロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)の体に振り下ろした。
「ぐっ、う、うぅ――痛いねえ」
 若干、大袈裟に痛がってみせるロストーク。負傷したのは事実だが、普段の彼なら、深手を負ったとしても静かに耐える。これは、演技だ。
「ひっ」
 これを見た、ソフィア・フォーサイス(宵の境界・e63889)が怯えた声を上げたのも。
「冗談じゃない、変異強化ってこんなに強いのか」
 エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)が焦った言葉を口にしたのも。
 全ては、嘘。死神の判断を誤らせ、レオラスの撤退を遅らせるための虚偽だ。
「回復するから耐えて!」
 藤林・シェーラ(ご機嫌な詐欺師・e20440)もまた、必死な様子を見せながら、ロストークの前に光の盾を具現化させた。マインドシールドによるヒールである。
「こんな強敵を相手に、わらわ達が勝つなどできるのかのぅ……」
 ミミ・フリージア(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・e34679)は弱気な言葉を口に出しつつ、縛霊手から巨大光弾を敵へ撃ち出した。死神達が光弾に呑み込まれる。彼女のテレビウム『菜の花姫』は、顔のモニターに応援動画を表示し、ロストークを力づけた。
 エリオットが全身の装甲から放出したオウガ粒子は、後衛の仲間達を包み込み、超感覚を目覚めさせる。命中率の向上は、この後のために打った布石。
 次に、ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)が、煌めきと共に飛び蹴りをレオラスへ浴びせた。それに対し、ロストークがわざと声を上げる。
「今狙うのはそいつじゃないだろう」
「ですが、あのエインヘリアルはわたし達より格上です。放置するわけには……あっ、ナメビスくん!?」
 ビスマスのボクスドラゴン『ナメビス』は、主人が狙ったレオラスではなく、死神へとブレスを吐きかけた。
 だが、これらは全て作戦通り。ジャマー達がレオラスを牽制し、メディックはヒールを行って、残りの仲間が死神を各個撃破する方針なのだ。ロストークもビスマスも、それを理解した上で、連携ができていないふりをしているのである。
「прикорм(プリコーロム)――」
 ロストークは音声認識によってプログラムを起動。群れを成したドローンに、死神の1体を襲わせた。無数の小さき黒の板が死神の視界を遮る。ボクスドラゴン『プラーミァ』が、それに続いてブレスの一撃を加えた。
 直後、狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)が回転する大鎌を死神の1体に投げつけた。怪魚型死神はバラバラに刻まれ、命を終える。
(「えっ、もう終わりっすか」)
 あまりにあっけなく死んだ1体目の死神に、思わずつまらなさを表情に出しかける楓だが、作戦を台無しにするわけにはいかないと、抑える。
「フウゥ――」
 炎の息吹を吐き出したのは、ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)。敵を焼く火炎ではない。彼はその息吹と共に、丹田にて煉った氣を解き放ち、前衛の仲間を護る紅蓮の壁を作り出した。『煉氣炎法・紅之陣』。炎による守護の力だ。
 2体に減った死神は、楓と菜の花姫に噛み付いたが、大した負傷にはならない。小野寺・蜜姫(シングフォーザムーン・en0025)がブラッドスターを歌い上げ、それを癒す。
 ソフィアが構えた喰霊刀に、無数の霊体が憑りついた。その刃が、ひゅ、と空を切る音と共に、月のような弧を描いて閃く。斬りつけられた死神が、毒に蝕まれた。
「グ、ルルゥ、ウゥ……」
 レオラスが唸り声を上げる。ソフィアの前に、小柄な、黄と白のツートンカラーの影――菜の花姫が飛び出した。
「ガアアァ!!」
 直後、咆哮と共に、レオラスは長剣を振り抜く。牡牛の形をした巨大なオーラが、ロストークやヴァルカン、楓、それに菜の花姫を蹂躙した。
「なんたる一撃。このようなことがあり得るのか」
「うわー、痛い! 痛いっす!」
 ヴァルカンが膝をつき、楓はじたばた苦しむ。実際に感じている痛みよりも、より大袈裟に反応してみせる。
「このままじゃいけないわ」
 蜜姫も周りに合わせるようにして口にした。
 エインヘリアル、レオラスを、死神に逃がさせないために。

●想定の外
 ほどなくして、プラーミァが浴びせた火属性の赤いブレスで、2体目の死神が力尽きた。
(「これは……あまり、良くないかもしれないね」)
 ロストークは考える。
 戦術そのものに大きなミスがあったわけではない。強いて言うなら、プラーミァやナメビスのボクスタックルは後衛にいる死神に射程が届かず、連続してボクスブレスを使うしかなくなっていたが、元よりわざと見切らせる作戦であったし、2体とも命中率の高いスナイパーでもあったので、それは大したことではなかった。
 問題だったのは、ケルベロスの想定よりも死神が脆く、かつレオラスが強かったことだ。死神は次々倒れているし、レオラスの体力はほとんど削れていない。
 このままでは、死神が劣勢を感じて撤退を開始するのは時間の問題だ。だが、そこからたった1分では、レオラスを倒しきれない可能性の方が高い。
「なあ、この状況、不味くないか」
「そ……。おっと」
 友人であるエリオットにかけられた言葉に、同意しそうになったロストークだが、あわてて切り替える。
 今すべきは……演技だ。
「誰のせいだ。さっきから狙いがバラけ過ぎだ。死神から倒すべきだろう」
「かといって、完璧にエインヘリアルを野放しにするのもダメだと思うんだが」
 ロストークとエリオットは、険悪な言い合いを演じてみせる。
 彼ら2人だけではなく、この場のケルベロス全員が連携不備や劣勢の演技をしていた。残り1体になった死神はこれらに惑わされ――レオラスを撤退させないという選択をする。
 怪魚は、自分達が優勢であるとおそらくは信じたまま、ナメビスの吐息に包まれ地に落ちた。
 死神は全滅。残るはレオラスのみとなる。
 1分間の一方的な攻撃のチャンスや、レオラスを撤退させて市民を守るという選択肢は、これで失われた。
 だが。元より、レオラスを逃がすつもりでここに来たケルベロスは、誰もいなかった。
「さて、もう演技は必要ないな。蝕炎の地獄鳥よ、邪なる風となり敵を焼け」
 『幻創像・蝕翼のパズス(スーヴニール・オル・パズス)』。地獄の炎を纏わせた足で床を蹴ったエリオットは、煉瓦色の炎鳥をレオラスへ放った。はばたきと共に飛ばされた火の粉が、レオラスの傷を腐食させる。
「そうだね。прикорм――さあ、僕はここだよ」
 エリオットに合わせる形で、ロストークは再度プログラムを起動。炎の怪鳥を追うように飛んだドローンの群れは、レオラスの視界に疑似餌を浮かび上がらせた。
「楽しそうっすね、楓さんも混ぜるっすよ!」
 素早い動きで接近した楓がレオラスへと放ったのは、伝承奥義・昇華『無銘の一閃』。手数重視で敵を翻弄する戦闘スタイルをとる楓だが、この剣技は異なる。師より伝授された技。極限まで研ぎ澄まされた、ただ一振り。過たず繰り出されたその一撃は、レオラスの身を深々と裂いた。
「グ、ウウゥ!!」
「これを受けてまだ立ってるっすか!」
 楓の赤い瞳に、輝きが宿った。彼女が、強者との戦いを楽しむ者であるがゆえ。

●けだものはやがて
 レオラスとケルベロス達との戦いは長く続いた。
「わらわのぬいぐるみを特別に貸してやるのじゃ。楽しむといいのじゃ」
 『みーこ、ごーなのじゃ』とミミは言い、自らの力によって強化された白い猫のぬいぐるみを、レオラスに投げつける。彼を追いかけるように飛んだぬいぐるみは、顔面にアタックした。
「小学生の頃の図工の工作が……役に立つなんて、人生何が起こるか解りませんね。リモートコントロール……コード・サクラモチナメロウ!」
 『ドウミョウジムシ・ナメード』――ビスマスが遠隔操作で呼び寄せ装着したのは、道明寺蒸し型の武装付きの鎧装だ。桜餅を模した剣に、鮭のなめろうのご当地の気を乗せて、斬りつける。トリモチのように纏わりついたビームが放たれ、レオラスの腕に絡みついた。
「グルルル……」
 レオラスは、次第に消耗してきている。
 だが、ケルベロス達もまた、主に前衛が危機に陥りつつあった。
 中でもソフィアは、ロストークやヴァルカンの、庇いや怒りの付与といった奮闘がなければ、早々に倒れていたかもしれない。
 誰も戦闘不能に陥っていないのは、運と、ディフェンダーの活躍、それに癒し系メディックのシェーラによる適切なヒールのおかげだろう。
「このまま押し切るぞ。やられてくれるなよ」
 ヴァルカンが、ロストークへとオーラを溜めて傷を塞ぐ。蜜姫のよく通る歌声が、さらなるヒールを前衛の仲間達に施した。
 ソフィアは狙いを定めて、古代語を詠唱した。ペトリフィケイション――魔法の石化光線をレオラスへと撃ち出す。
「グルル、アアァ!!」
 レオラスはソフィアの光線を左腕で受け、吠えた。直後、右手で持ったゾディアックソードを大きく振るう。牡牛座のオーラは、蹄で前衛のケルベロスを力強く踏みつけ、菜の花姫を角で突いた。ツートンカラーのテレビウムは耐えられず、消滅してゆく。
「はらいたまえ、きよめたまえ、いやしたまえ」
 シェーラが、オラトリオの力で癒しの光を発生させる。神聖な雰囲気の後光が差したように見える、幻術を伴った光。『信じる者は報われる(ハローエフェクト)』の名を持つそのグラビティは、仲間の傷や氷を癒した。ミミによるヴァルカンへの気力溜めが、その後押しをする。
 ビスマスのオウガメタル『ソウエン』は、ビスマス結晶を思わせる美しい色形の装甲と化す。右腕に纏われたそれは、まるで、大きなサイズの蒼鉛の鯖。ビスマスはその右手で、レオラスを力強く殴りつけた。戦術超鋼拳である。よろめいたレオラスへと、ナメビスのボクスブレスがただちに放たれた。
「楓さんはまだまだ行けるっすよ!」
 傷だらけの楓は笑う。彼女は金色の疾風のごとく駆け、手にした大鎌に『虚』の力を纏わせて、幾度もレオラスを斬りつけた。
「レオラス、君はそろそろ、もう一度眠るといい」
 ロストークは白手袋をはめた手で、しっかりと槍斧を握り締めた。
 彼はルーンを発動させ、輝きと共にその刃を振り下ろす。ルーンディバイド――その一撃はレオラスの体を深く断ち割る。
「グゥ、ア……」
 レオラスはばったりと仰向けに倒れ、二度と動かなくなった。

●勝利の余韻
「なんとか、逃がすこともなく倒すことができたのぅ」
「そうね。市民に被害も出さなかったし、本当に良かったわ」
 ミミと蜜姫が言葉を交わす。
「今度こそ邪魔されず、冥府で眠るがいい」
「思ってたより楽しめたっす! おやすみっすよ!」
 ヴァルカンと楓は、レオラスの骸を見下ろし言った。
「ふぅ……」
 一息ついたのは、エリオット。彼は普段あまり感情を動かさないために、演技とはいえ少しだけ疲れていた。
 そんな彼の元に、ロストークが歩み寄っていった。
 二人は笑顔でハイタッチを交わす。
「ローシャ、さっきのは本心か?」
「そんな、まさか。知ってるよね?」
「知ってる。冗談だ」
 茶化し合う2人の雰囲気は朗らかだ。
「やはり……あの口喧嘩も演技だったんですね」
「仲良きことは美しき哉、ってね」
 ほのぼのと2人の様子を遠巻きに眺めるビスマス。その隣で、シェーラが、両手を横に広げるという芝居がかった仕草を交え、言う。
「さてと、もう一仕事ってとこだね」
 シェーラは、周辺のヒールに向かった。
 一方、ソフィアは、左手で剣道場の窓を開けていた。
 血生臭さと蒸し暑さに満ちた場に、一陣の清らかな風が吹き込み、彼女の白い髪がなびく。
 それからソフィアは視線を落とし、右手に握ったままになっていた喰霊刀を見る。
 彼女は静かに、その刃を鞘に納めた。

作者:地斬理々亜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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