襲い来る影

作者:秋津透

 神奈川県横浜市、郊外の私鉄駅近くに建つ高層マンション。
 いったいどういう経緯で、そんなところにいるのかさっぱりわからないが、戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253) は、そのマンションの最上階にあるサンルームで、デッキチェアに寝転がり日光を浴びていた。この暑いのに、と思わなくもないが、サンルーム天井の分厚いガラスは赤外線、紫外線を遮り、室内は充分に空調が効いている。つまり、少々(?)手の込んだ「真夏の優雅な日光浴ごっこ」というわけだ。
 ところが、その優雅な時間は、瞬時に文字通り破られた。いったいどこから飛んできたのか、戦闘装備に身を固めた男が、ガラスを破ってサンルームに突入してきたのである。
「な、なにしやがる!」
 罵声とともに久遠は跳ね起き、素早く傍らに置いてあったケルベロス装備を身に着け、ついでに鶏の唐揚げを取って一口毟り喰う。
 一方、眼鏡こそかけていないが、妙に久遠に似た容貌をした闖入者……ダモクレス『イミテートクオンP型』は、久遠を見やって電子音じみた声を出す。
「標的、発見。認識完了。抹殺スル」
「……俺のデータを元にしたダモクレスか?」
 油断なく身構えながらも、久遠は苦い口調になって唸る。心当たりは、ありすぎるほどあった。

「緊急事態です! 戯・久遠さんが、いきなり出現したダモクレスに襲われるという予知が得られました! 急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることが出来ません!」
 ヘリオライダーの高御倉・康が緊張した口調で告げる。
「久遠さんは、横浜市郊外にある高層マンション最上階のサンルームにいるので、今すぐ全力急行します! 一刻の猶予もありません!」
 そう言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場はここです。久遠さんを抹殺しようと襲ってくるダモクレス『イミテートクオンP型』は、久遠さんによく似た容貌をしていますが、それ以上の経緯は不明です。両手に拳銃のような武器を持っていますが、これは小型ですがバスターライフルで、光線を発射します。その他に、レプリカントの種族技能三種と、なぜかシャウトを使うことができるようです。ポジションは、おそらくスナイパー。一対一で戦ったら、久遠さんの勝機は薄いでしょう」
 そして康は、一同を見回して続ける。
「幸いというか何というか、敵は単体で、増援は呼ばず、撤退もしません。どうか久遠さんを助けて、ダモクレスを斃し、皆さんも無事に帰ってきてください」
 よろしくお願いします、と、康は深々と頭を下げた。


参加者
ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)
戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)
三笠之・武蔵(黒鱗の武成王・e03756)
パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
津雲・しらべ(さっぱりしました・e35874)
時崎・創英(クンネチュプの遠き末裔・e39534)
八刻・白黒(星屑で円舞る翼・e60916)

■リプレイ

●影、阻むべし、殴るべし
「標的、発見。認識完了。抹殺スル」
「……俺のデータを元にしたダモクレスか?」
 神奈川県横浜市、郊外の私鉄駅近くに建つ高層マンション、最上階サンルーム。
 町内会の福引で当選し、日帰りおひとり様の「真夏の優雅な日光浴ごっこ」を楽しんでいた戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)だが。好事魔多し、いきなり彼とそっくりな容貌をしたダモクレス『イミテートクオンP型』が、ガラス屋根を破って突入してくる。
 すると、その時。
 紅色のライドキャリバーに搭乗したパトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)が、ダモクレス同様、遠慮会釈なくガラス屋根をぶち破り、サンルームに降下突入してくる。
「さて、クオンのそっくりさん、ねぇ。これは面白いことになりそうだわ。いやぁ、実はクオンの顔面、一度思いっきり殴ってみたかったのよね!」
 心底嬉しそうに言いながら、パトリシアはひらりとライドキャリバーから降りる。
 久遠は一瞬、ぎょっとした表情になり、それから急いでダモクレスを指し示す。
「言っときますが、殴る相手はあいつですよ? 間違っても、俺を殴らんでくださいよ? 俺はともかく、しらべが逆上したら止められませんよ?」
「わかってる、わかってる、メガネのないほうがニセモノよね? 間違えないようにしなくっちゃ!」
 ふっふふ、楽しみだわ! と、パトリシアは実にいい笑顔で『イミテートクオンP型』を見据える。
 するとダモクレスは、久遠の声とはあまり似ていない、電子音じみた声を出す。
「妨害者、確認。トモニ抹殺スル」
「危ねぇっ!」
 久遠が叫んだ瞬間、『イミテートクオンP型』は両手に構えた拳銃……の形をした小型バスターライフルを合わせ、凄まじい魔力の奔流を放つ。
 パトリシアのライドキャリバーが久遠を庇い、久遠は無傷で済むが、パトリシアとライドキャリバーは、ほぼ同等のダメージを負う。
「ふん……やってくれるじゃない」
 不敵な笑みを浮かべ、パトリシアは『イミテートクオンP型』の顔面に強烈なグーパンチ(降魔真拳)を叩き込む。
「クオン! サクッと乗り換えてるんじゃないわよォ!」
「ご、ごめんなさい……じゃなくて、えーと」
 俺は何をどう言えばいいんだ、と、久遠が戸惑っているところへ、鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)が、既にガラスが割れている所を巧みに通り抜けて降下してくる。
「念のために確認しますが……パトリシアさんに殴られている方が偽物ですね?」
「……ああ、そうだ」
 久遠が答えると、奏過は大真面目にうなずき、オリジナルグラビティ『逆式「左右創傷の鬼」(オーガ・イン・ザ・ミラー)』を発動する。
「今瞳に映るは鏡像……信じて身を委ねて欲しい……」
 奏過はグラビティで赤光のメスを顕現、パトリシアと彼女のライドキャリバーに措置を行う。一見、メスで切っているように見える動作で傷口が塞がり出血が止まる。
 そして久遠は、戦闘態勢に入ろうと眼鏡を外しかかったが、パトリシアが間違えるとシャレにならないので、今回は外すのを止める。
(「姐さんは、何の悪気もなしに、本気で間違えるからな……」)
 声には出さず呟きながら、久遠は眼鏡をかけたまま、自分を含めた前衛を雷で賦活、パトリシアとライドキャリバーを癒すと同時に、前衛全体に状態異常に対する耐性をつける。
 そこへジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)が急降下してきて、既にガラスが割れている所を通り抜け、ダモクレスの頭部に強烈な重力蹴りを打ち込む。
「鎧装天使エーデルワイス、いっきまーす!」
 アンドロイドとは何回も戦ったけど、友人と同じ顔を殴るのって気が進まないね、と、ジューンは声には出さずに呟く。
(「まあ、その同じ顔で誰かを殺すところを見るよりはずっとマシだけどさ……」)
 そしてジューンに続き、激怒状態の津雲・しらべ(さっぱりしました・e35874)が、ガラス屋根をぶち破って飛び込んでくる。
「赦さない、殺す」
 久遠に仇なす者は誰であろうと容赦しない、同じ姿だろうが関係ない、と、しらべは猛然とダモクレスに大鎌を叩き付ける。
 俺を想ってくれるのはありがたいが、頼むから暴走オーバーヒートとかしないでくれよ、と、久遠は内心はらはらしながら唸る。
 そして少し間を置いて、三笠之・武蔵(黒鱗の武成王・e03756)が、既にガラスが割れている所から飛び込んでくる。
「待たせたな、久遠モドキ! 俺が相手になってやるぜ!」
 言い放って、武蔵は愛刀『國守【波切丸】』と『呪刀【黒業】』を振るい、ダモクレスに雷の力を帯びた一撃を喰らわせる。
 続いて時崎・創英(クンネチュプの遠き末裔・e39534)が、ガラス屋根の上にいったん着地し、ガラスが割れているところから、すとんと降りる。
「デウスエクス……貴様らには、もう何も奪わせない!」
 言い放つと、創英はオウガメタル『涅金剛』からオウガ粒子を放ち、前衛を完全に癒すと同時に命中力を上げる。
 そして最後の八人目、八刻・白黒(星屑で円舞る翼・e60916)は、やはりガラス屋根の上に着地し、手近の破砕口から下に降りる。
「久遠さんの偽物……ならば、なぜ貴方はから揚げを食べていないのですか?」
 白黒は囁くような口調で訊ね、ダモクレスが彼女に注意を向けた瞬間、顔面直撃で時空凍結弾を撃ち込む。
 ちなみに、返事や反応などは特に期待していないのだそうだ。

●影、滅ぶべし。そしてリア充は……
「妨害者、多数、確認……一掃ヲ試ミル」
 電子音じみた声で言い放ち、『イミテートクオンP型』は再び二丁の小型バスターライフルを合わせ、強烈なビームを前衛に浴びせる。
「危ねえっ!」
 久遠がしらべを庇い、その久遠を武蔵が庇う。パトリシアのライドキャリバーは自分の主を庇い、結果的に、久遠、しらべ、パトリシアの三人は無傷だが、武蔵が通常の三倍、ライドキャリバーが二倍のダメージを負った。
「よくも!」
 怒声とともに、パトリシアが刃のような回し蹴りを放つ。しらべが降りてきてからは、八つ当たりというか、久遠本人に当てつけたっぽい言葉は発しておらず、彼女は彼女なりに気を遣っているのかもしれない。
 そして奏過はダメージの大きい武蔵に、最大級の治癒手術、ウィッチオペレーションを行う。
「これで、なんとか……」
「後は継いでおくぜ」
 告げて、久遠は武蔵にウィッチオペレーションを行う。メディックの奏過には及ばないが、かなりのダメージが回復する。
「標的、妨害者、トモニ健在……撃滅スルコト能ワズ」
 淡々と告げるダモクレスに、久遠は鼻を鳴らして応じる。
「はっ、そう簡単に倒せると思われているなら……認識を改めさせるまでだ。本当に俺を殺したいなら、総大将でも寄越すんだな」
 そしてジューンが、オリジナルグラビティ『トラップドローン』を放ち、透明化したドローンを敵の至近で爆破する。
「トラップカード発動! って感じ」
「ギ……ガ……」
 そこまで、苛烈な攻撃を受けても特に反応を示さなかった『イミテートクオンP型』が、濁った軋み音のようなものを発する。
 そしてしらべが、縛霊手を付けた腕をドリル回転させて拳を叩き込む。
「銃だけ? それで殺されるほど甘くないよ」
「グ……」
 しらべの拳を受けたダモクレスはよろめき、かろうじて踏みとどまる。
 ここは攻め時だ、と、武蔵がオリジナルグラビティ『地龍天昇(チリュウテンショウ)』を繰り出す。
「三笠之流剣術、受けてみなっ!」
「ガアッ!」
 脚力と飛行力を兼用して急速に間合いを詰め、下段から全力で斬り上げる。ダモクレスはかろうじて身を躱し、真っ二つにされるのは免れたものの、片腕を高々と斬り飛ばされる。
「ガアアッ!」
 一転して獣のように咆哮するダモクレスを見据え、創英がオリジナルグラビティ『散霊閃嵐砲(サンレイセンランホウ)』を放つ。
「轟け宝剣ッ!!  全てを斬り伏せる時だ―――ッ!!」
 グラビティで形成されたクナイのような小刃が無数に出現、四方八方からダモクレスに襲い掛かる。ダメージはさほど大きくないが、非常に避けにくく、小刃が炸裂して生み出す衝撃波が標的を麻痺させる。
「グ……ガ……」
 ダモクレスの咆哮が静まったのは、腕を斬られた痛みがおさまったからなのか、あるいは麻痺しているのか。そこへ白黒が、殺神ウイルスを投擲する。
「グハッ!」
 血か機械油か、よくわからない粘った液体を、ダモクレスが吐き出す。眉を寄せ、パトリシアがオリジナルグラビティ『紅蓮地獄(グレンジゴク)』を発動させる。
「さんざん殴っておいて何だけど、その顔で悶え苦しむところ見せられるのは気持ち良くないわね。……とっとと焼き尽くすわ」
 言い放って、パトリシアはこのグラビティ専用で使う愛用のリボルバー銃から、焔の魔力をこめた弾丸を発射する。ダモクレスの全身が炎に包まれるが、倒れない。
「ガアアッ!」
「無駄にしぶといな……」
 誰に似たんだ、誰に、と、苦みを籠めて呟くと、久遠はオリジナルグラビティ『万象流転(バンショウルテン)』を放つ。陽の気を受け、ダモクレスの肉体が爆ぜる……が、倒れない。
「……闘気を当てて対抗したのか? まさか凌駕じゃあるまい?」
 この期に及んで厄介な、と唸る久遠の陰から、しらべが飛び出す。
「久遠を殺させなんてしないよ。私の刃で散れ」
 しらべのオリジナルグラビティ『終焉の抱擁(オワリノホウヨウ)』は、通常は葬る相手を抱擁して最期の温もりを贈る技だが、今回は非情バージョン。懐に跳び込むものの、まともに抱きつかず、素早く身を翻して首を斬る。
 首を落とされたダモクレスは、それでも数秒立っていたが、やがてばたんと横倒しになった。
「やっと潰れたか……しかし、当たり前だが抜け殻だな。どうやって、闘気を込める技術を開発したんだ?」
 何はともあれ、白い家の負の遺産が牙を剥き出したってとこか、と呟きながら、久遠は動かなくなったダモクレスのボディを調べる。
「お疲れさまでした……無事に終わったようでなによりです」
 そう言って、奏過は傷が癒えきっていない武蔵と、パトリシアのライドキャリバーを治癒し、一同に用意の飲み物を配る。おおむね、水、お茶、スポーツドリンクといったところだが、パトリシアには洋酒ミニボトル、白黒には紅茶が渡される。
「うふっ、さすがソーカ、気が利くねっ!」
「ありがとうございます。こちら、鞘柄様が淹れられたのですか?」
 訊ねる白黒に、奏過は微笑する。
「ええ、私がいつも飲んでいるものなのですが。いかがですか?」
「とても……美味しいです」
 応じて、白黒はぽっと頬を染める。
 一方、ジューンは荒れた室内や破れたガラス屋根に、せっせとヒールをかける。一部、屋根がステントグラスのようになったが、まあ、それはそれで趣がある。
 ……日光浴に適しているかどうかは、さて置いて。
 そして、奏過の治癒を受け元気になった武蔵が、陽気な声を出す。
「さて、横浜の洒落っこいた店で飯でも食おうぜ! もちろん……」
 久遠の奢りでな、と言いかかった武蔵を、パトリシアが苦笑混じりに制す。
「今日のところは、二人にしてあげな。後日、埋め合わせはしてもらうってことでさ」
「ああ……すまんですね、姐さん」
 埋め合わせは必ず、と言い置くと、久遠はしらべに歩み寄る。
「ちょいと調べてある店があるんだ。一緒に行こうぜ、しらべ」
「うん、もちろん! どこのお店? 甘いお菓子沢山あると嬉しいなぁ」
 先刻までの凄惨な形相とは別人のごとく、にこにこ笑顔で応じるしらべに、久遠も笑顔で応じる。
「ああ、甘いものもあるみたいだぜ……じゃあ、皆、今日はありがとう。お礼は、いずれまた、必ず、な」
「忘れんじゃないわよ?」
 パトリシアが応じ、苦笑しながら久遠はしらべと出ていく。いってらっしゃーい、と、ジューンが手を振る。
 そして武蔵が、肩をすくめて唸る。
「野暮はいいたくねぇけどさ。久遠の奴、リア充だなぁ」
「爆発しろ、かい?」
 創英が笑い、武蔵は頭を掻く。
 そして、洋酒のミニボトルを手にしたパトリシアが告げる。
「よし! じゃあ、未成年いないみたいだし、寂しき者、あるいは我と思わん者は、私とがっつり飲みに行こう! 酒とつまみが美味い店なら、まかせといて!」
 ただし勘定はワリカンだよ、と、パトリシアは続け、武蔵が少々大仰にずっこけた。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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