噴出する炎

作者:遠藤にんし


 花火大会の開催を数時間後に控え、既に辺りには多数の人が控えていた。
 祭りで買い求めた食べ物やおもちゃを手に、期待のざわめきが辺りに満ちている――かと思えば、会場の真ん中には巨大な牙が突き立てられる。
 突然の牙に、会場を満たすのは戸惑い。戸惑う人々の前で、牙は竜牙兵へと姿を変える。
「オマエらの、グラビティ・チェイン……」
 鎧兜が、祭りの明かりに反射して鈍く光る。
 じり、と竜牙兵は人々との距離を詰めると。
「――ヨコセッ!」
 一気に彼らに駆け寄り、その命を無残に散らしていく……。

「花火の日に、無粋なものね」
 松永・桃李(紅孔雀・e04056)のつぶやきに、小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)もうなずく。
「相変わらず竜牙兵のやり方は嫌になるな」
「そうだね。幸いにも、私が予知したこの事件はまだ起こっていない。みんなには、この事件の阻止をお願いしたいんだ」
 高田・冴は言って、事件の起こる辺りの地図を広げる。
「現れる竜牙兵は4体。このままでは敵は人々を虐殺してしまうが、もしもみんなが行ってくれるなら、竜牙兵はみんなとの戦闘を優先するはずだ」
 竜牙兵を引きつけることさえできれば、集まった見物客たちに大きな被害が出ることはないだろう。
「戦いが無事に終われば、花火大会は予定通りに始まるだろう」
 出店もたくさん出ているようだから、友人や仲間と共に、遊びに行くのも良いかもしれない。
 そう言って、冴は彼らを見送るのだった。


参加者
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
市松・重臣(爺児・e03058)
松永・桃李(紅孔雀・e04056)
鏡月・空(ツキが最近ない・e04902)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
虎丸・勇(ノラビト・e09789)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)

■リプレイ


 ジェミ・ニア(星喰・e23256)の萌黄の靴から散らばった星々が、進撃しようとする竜牙兵の一体をその場に押しとどめる。
「ム、ウ……?」
 何事か、とジェミの方を向く竜牙兵。ジェミはそんな竜牙兵の頭の向こう、突然のことに驚いている人々へと声を上げた。
「ここは僕達ケルベロスが食い止めます!」
「邪魔者ガ……ケルベロスドモメッ!」
 ジェミの攻撃を受けた竜牙兵だけでなく、他の竜牙兵もこちら側へと意識を向ける。
 その瞳にある輝きは殺意。弱き人間を甚振る喜びではなく、己の邪魔をするケルベロス達への憎しみに近い感情だった。
「手っ取り早く片づけて花火を楽しみたいものですね」
 そんな眼光でこちらへ向かってくる竜牙兵へと鏡月・空(ツキが最近ない・e04902)は祈りからなるオーラを弾丸へと変貌させて撃ち出し、牽制。
 それでも止まらず得物を振るう竜牙兵の前にはミミック・鈴が立ち、攻撃を受け止めながらエクトプラズムを吐き出していた。
「守りは任せたわよ、鈴」
 鈴へと囁きかけてから、繰空・千歳(すずあめ・e00639)は人々の方へと呼びかける。
「もう大丈夫よ、私たちケルベロスに任せて、安心して避難してね」
 どこへ避難すれば安全かということは事前にケルベロスたちの間でも共有していたこと。だから、千歳らの言葉が逆に人々を惑わすようなこともなく、避難の助けとなっていた。
 混沌の波を解き放つ虎丸・勇(ノラビト・e09789)の指示を受け、ライドキャリバーのエリィは竜牙兵の位置を外周するように炎を生みながらぐるりと駆ける。
 竜牙兵が人々へ攻撃することがないように囲い込み、その中でケルベロスたちは攻撃を重ねた。
「斯様な骨は番犬が噛み砕いてくれよう、此処は預かった!」
 朗々と声を張り、市松・重臣(爺児・e03058)はオルトロスの八雲と共に前線へ立つ。
 刃をくわえて迫る八雲と共に駆ける重臣は、堂々と自身の拳を竜牙兵へと。
「最早問答無用――我が真髄を刮目せよ!」
 突き出された拳は素早く、竜牙兵には避けるすべがない。
 竜牙兵の顔面に炸裂した殴打に竜牙兵はひっくり返り、その滑稽な様子に松永・桃李(紅孔雀・e04056)は思わず笑みを零す。
「爺児ったら、最初から飛ばすのね」
 その声はどこか楽しそう。
 呟く桃李が天に腕を延べれば、宙から生まれた刀剣らが竜牙兵に殺到する。
 身体に突き立てられる刃の鋭さにはもちろん、足の踏み場もないほどに周囲を突き刺す刃にも、竜牙兵は動きを鈍らせた。
 そうしてケルベロスたちが戦う間に、周囲から人はほとんどいなくなっていた。これはケルベロスたちによる声掛けの成果であり、ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)の殺界形成のおかげでもあった。
(「夏の終わりの思い出作りの為にも、ボクらが一肌脱がなくては」)
 ね、とぬいぐるみのマルコに呟いて、ニュニルは告げる。
「天上の蓋は啓かれる――聴け、神々の言の葉、その悲憤。羊よ、己が罪を慙愧する時」
 響き渡るは荘厳なる楽曲。
 共鳴のために骨と魂を削られていくような音の広がりに竜牙兵の肉体が軋み、悲鳴を上げる。
 ウイングキャットのクロノワは風を作ってヒールとし、ケルベロスたちを癒していた。
「一般人への被害だけは防がないとな」
 独りごちる長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)は、手中のオウガに暗い輝きを纏わせて、竜牙兵へ告げる。
「受けてみろ!」
 戦場を黒光が覆った――影のごとき輝きに目を奪われたように足を止める竜牙兵を見て、千翠は輝きをより強めるのだった。


 小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)による避難誘導もあって、戦場と化した周囲に人影はなくなっていた。避難誘導は成功し、そこは祭りの会場ではなく純然たる戦場となっていたのだ。
 だからこそニュニルは戦場を自由に駆け抜け、時に螺旋の力で、あるいは妖精弓で竜牙兵を追い回すことができた。
「そろそろ疲れてきたんじゃない? ほら、これはどうかな?」
 言いつつニュニルが放った矢の軌道はでたらめにも見えた――だというのに矢は途中から軌道を折り曲げて竜牙兵を追尾、最後には竜牙兵の背中へと突き立てられてしまった。
 そうして攻撃をおこなうニュニルのそば、クロノワは絶え間なく風を作り出すことでニュニルらケルベロスの支援を行いつつ、竜牙兵の攻撃を受ける。
 エリィ、鈴、八雲、重臣と共に防壁となることで竜牙兵からの攻撃は分散され、誰かひとりに負荷が集中することは防げていた。
「良いぞ、その調子じゃ!」
 噛みついた鈴に続いて地獄の瘴気を広げる八雲。二人の連携に重臣は快哉を叫びながら自身はエクスカリバールを思い切りスイング、釘で複雑な傷を加えると竜牙兵はそれきり動かなくなった。
「重臣、ありがとう」
 千歳は竜牙兵と一体撃破した重臣にそう言ってから、機械の腕を変形――ガトリングガンの形へと変える。
「甘いしあわせのお裾分けを」
 千歳の言葉に呼応するように生まれるのはハートマークの飴。一粒一粒は小さいけれどとびきり甘い飴に重臣は顔を輝かせ、そうするうちに受けたダメージはたちまち癒されていくのだった。
「爺も大丈夫そうだし、私は攻撃に回るわね」
 回復手は千歳一人。
 しかし、千歳だけに全ての責を負わせるつもりはケルベロスたちにはない。もしも手が回らないことがあれば回復をしようと、彼らは互いに声を掛け合いながら戦いを進めていた。
 最もダメージを負っていた重臣の体力が回復したなら、と桃李は仲間たちに声をかけ、己の内側から地獄の炎を引き出す。
「火傷なんて、生温い」
 桃李の艶然たる微笑と共に、しかし炎は荒れ狂う。
 渦巻く炎から逃れることは許さない、とばかりに炎は竜牙兵を引き込み、取り囲み、抱く。
 炎が収まった瞬間、空は藍糸鎮魂・白青を翻して竜牙兵に駆け寄ると、その身体を蹴りつける。
「慈悲は要らないようで」
 ならば、とばかりに空は連撃を重ねる。
 幾度もの蹴りに続くのは、蒼い龍のオーラを纏う回転かかと落とし。
 アスファルトすら沈む連撃を終えて空が足をどかせば、そこにすでに竜牙兵の姿は喪われていた。
「あと二体だな」
 千翠は言って、竜牙兵へと呪いを差し出す。
「歪め。蝕め」
 千翠の命令の言葉は短いが、それで十分。
「グゥ……ッ、アアッ!」
 頭の中で声が響き渡り、幻影が視界にちらつきでもしたのだろうか。破滅への呼び声へ惑わされて竜牙兵はふらつき、振り上げた得物もケルベロスたちに命中させることは出来なかった。
 エリィは勇を載せて猛り、炎と共に竜牙兵へ突撃。最も竜牙兵との距離が近くなる瞬間を見計らって、勇は告げる。
「揺れて、崩れて……全て、墜ちろ」
 瞬間、大地に混沌が這いよる。
 震える地は、空の攻撃によって脆くなっていた部分のヒビを深くして割れる。その小さな破片のひとつひとつにすら怒りは宿り、敵へと殺意を籠めて殺到した。
 大地の叛逆とでも呼ぶべき地殻変動――呑み込まれて一体が消滅すれば、残るは最後の一体。
「餮べてしまいます、よ?」
 ジェミの放つ矢は黒く。
 ロングコート『雨の足音』の裾のゆらめきのように、矢はきまぐれに駆ける。その変幻自在さは、ケルベロスであっても肉眼で認めることは困難とすら思えるもので。
 まして竜牙兵に避けることは不可能に近く、ようやくその矢の行く末を見ることが出来た時、それは既に心臓に突き立てられた後だった。
 捕食される生物のように、竜牙兵の身体からは生命が奪われる。
 ――最後には、骨の落ちる軽い音だけが響いた。


「ヒールは、これで終わりですね」
 戦いを終え、戦場の修復も終えて空は言う。
 辺りの様子は竜牙兵の襲撃がある前の、穏やかな祭りの光景を取り戻している。人々が戻ってきたこともあって、辺りはまた賑わい始めていた。
「少しばかり遊んでもいいわよね」
 鈴と一緒に屋台を冷やかす千歳はたこ焼きと焼きそばの屋台に目を留めて、鈴を呼ぶ。
「ねぇ、鈴。たこ焼きと焼きそば買って、半分こしない?」
 これにビールも買えば準備は万端。かたぬきに専念するあまり寄り目になる重臣と、その隣でそんな重臣を見て微笑む桃李に軽く手を振って、千歳は花火を見るための場所探しに向かう。
「わっはー! 綿あめにりんごあめ!! たこ焼きも美味しそーっす!」
 屋台の辺りで響くのは狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)の声。
「りんご飴ってほんと可愛いけど……食べるのが少し大変だ」
 隣を歩くニュニルはあーんと口を開け、頑張ってりんご飴を攻略中。
 どうにかうまく食べ進めるニュニルが隣を見れば、楓の口元はソースでべとべとになっている。
「おやおや、口の周り、ベタベタになってるよ?」
「あざーっす!」
 ……言ったそばからまたべとべとにしてしまう楓へと、ニュニルは思わず笑みをこぼす。
 屋台を冷やかし歩いていたのは千翠も同じだが、もうすぐ花火が始まるというアナウンスを受けて千翠は慌てて花火会場へ。
 千翠は花火が打ちあがるところを見るのはこれが初めて。大きな音と共に空に描かれた花に、思わず目を奪われてしまう。
(「デウスエクスのような能力もないのにすごいもの作るな」)
「わぁ……」
 思わず声を漏らしたのはジェミ。花火と花火の合間に周囲を見回せば、皆一様に空を見上げ、咲きほこる輝きに見惚れていた。
(「これが、人々を魅了する夜空の花なんだ……」)
 咲きほこるのは華やかに、砕ける様子は儚く。
(「頑張った甲斐があったかな」)
 眩さに目を細め、勇もそんなことを思う。
「……わあ、綺麗。ボクの次くらいに、だけど」
「それじゃあ、綺麗なニュニルさんの形の花火を打ち上げたら完璧っすね!」
 楽しそうに、ニュニルと楓も笑い合う。
 ――夏の終わりを彩るように、花火は幾度も打ちあがるのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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