嵐を呼ぶ女

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)の頬を雨がぽつりぽつりと叩いた。
「やっぱり、降ってきたか……」
 空を見上げて呟いた時にはもう『ぽつりぽつり』というレベルではなくなっていた。
 先の戦いの爪痕が残る熊本市郊外の田園地帯。雨宿りできそうな場所は、見える範囲にほんの数箇所。その中から最も近い(それでも結構な距離があった)と思われる場所――路傍の木陰に向かって駈け出そうとした刹那、背後から声をかけられた。
「ねえ、ちょっと! そこのあんた!」
 振り返ったジェミの視界に入ったのは銀髪碧眼の美女。爪や牙の装飾(あるいは実用的な武器なのかもしれない)が施された鎧を着込み、その隙間から隆々たる筋肉を覗かせている。
 あきらかに一般人ではない。人かどうかも怪しい。
「あんた、ケルベロスだよな? ちょっと喧嘩につきあってくんない? もちろん、命を張ったマジな喧嘩だよ」
「……え?」
 妙に軽いノリに鼻白むジェミであったが、それでも戦闘のための心の準備をしながら、相手に問いかけた。
「貴方、何者なの?」
「あ? まだ名乗ってなかったっけ? アタシは竜闘姫スーリア・ヴェルデ。気軽に『スーちゃん』って呼んでくれていいよ」
「スーちゃんって……」
「アタシ、腕っぷしにはけっこう自信があるんだよねー。でも、最近は武闘派オークとかの指揮を任されてばっかりで、直に殴り合ったり蹴り合ったりするような戦いとはご無沙汰なわけ。おまけにこの前の戦争でも留守番を命じられたから、もう欲求が不満しまくってんの。だもんで、ケルベロスに喧嘩でも吹っ掛けようかなぁーっと思ってさぁー」
 あいかわらず軽い語調だが、その双眸には闘志の炎が燃えている。
「つーことで、アタシとちょっと殺し合ってよ。まあ、無理にとは言わないけどね。嫌なら、こっちが一方的にボコるだけの話だし。げはははははは!」
 美貌に似合わぬ豪快な哄笑を響かせる『スーちゃん』ことスーリア。その声に合わせるかのように、竜の形をした禍々しいオーラが彼女の背後に立ち昇っていく。おそらく、バトルオーラの一種だろう。
「いいわ」
 スーリアの笑いが止むと、ジェミは小さく頷いた。
 そして、決して小さくない声で言い放った。
「喧嘩を売られたからには買ってあげないとね。でも、お代を払うのはそっちよ!」
 雨勢が強くなり、どこか遠くから雷鳴が聞こえてきた。

●イマジネイターかく語りき
「熊本市でヒール活動をしていたジェミ・フロートさんがドラグナーに襲撃されます」
 ヘリポートに召集されたケルベロスたちにヘリオライダーのイマジネイター・リコレクションがそう告げた。
「ドラグナーの名は竜闘姫スーリア・ヴェルデ。ドラゴンオーブを巡る一連の戦いにも『竜闘姫』の称号を持つ姉妹が加わっていましたが、彼女たちとスーリアとの関係は不明です」
 竜闘姫たちの仇を討つためにスーリアはケルベロスに挑もうとしている……というわけではないらしい。ドラゴン勢の新たな作戦に向けて敵情を探っているというわけでもないようだ。
「スーリアに深い目的はないようです。おそらく、自分の闘争本能を昇華したいだけなのでしょう」
『もしかして、脳筋タイプ?』『脳筋だな』『間違いなく脳筋だ』と囁き合うケルベロスたち。
 そんな彼らに向かって、イマジネイターは静かな声音で警告した。
「確かに理知的な敵とは言えませんが、戦闘能力が低いわけではありません。気を抜かずにことに当たってください」


参加者
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)
遠野・葛葉(鋼狐・e15429)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
ジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)

■リプレイ

●STORMBRINGER
「喧嘩を売られたからには買ってあげないとね。でも、お代を払うのはそっちよ!」
 と、叫んだのはジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)。元ダモクレスのレプリカントだ。
「そうこなくっちゃ!」
 と、応じたのはスーリア・ヴェルデ。辻斬りならぬ辻喧嘩を仕掛けてきたドラグナーの竜闘姫だ。
「知ってる? 貴方たち竜闘姫の師匠とあたしの師匠はライバルだったんだって」
「それが本当なら、この喧嘩は弟子同士の代理戦争みたいなものか。面白いじゃん」
 言葉を交わしながら、ゆっくりと間合いを詰めていくジェミとスーリア。
 両者の闘志に呼応するかのように遠方で雷鳴が響き、雨が激しくなり、そして――、
「おおう! 喧嘩か!? 喧嘩だな! よーし、殴り合おうではないかぁーっ!」
 ――雷鳴よりも力強い叫び声を響かせて、雨ではないものが降ってきた。
 人型ウェアライダーの遠野・葛葉(鋼狐・e15429)である。
 狐特有のボリュームある尻尾を活かして姿勢を制御しつつ、彼女はジェミの横に着地した。
 その衝撃によって水が盛大に跳ね上がったが、それらが地に落ちる前に新たな水が宙を舞った。
 葛葉に続いて、八人のケルベロスたちが次々と降り立ったからだ。
 すべての水が重力に従って地面に戻ると、八人のうちの一人であるシャドウエルフの新条・あかり(点灯夫・e04291)がライトニングロッドをスーリアに突きつけた。
「売られた喧嘩は大人数で買ったほうがにぎやかで良いよね。そうでしょ、スーリアさん?」
「おうよ!」
 スーリアは両の拳を打ち鳴らした。敵が増えたにもかかわらず、楽しそうに笑っている。
 いや、増えたからこそ、笑っているのだろう。
「百人でも千人でもかかってこぉーい! ……あ? ところで、新しく来たあんたたちも、あたしのことは『スーちゃん』って呼んでくれていいよ」
「……じゃあ、スーちゃんさん」
 と、律儀に呼び直しながら、あかりはライトニングロッドを振った。『タケミカヅチ』という名を持つそれから雷の防壁が生み出され、前衛陣に異常耐性を与えていく。
「ハーイ! 喧嘩いっちょー、お買い上げー!」
『タケミカヅチ』のスパーク音が消えると、元気な声が皆の耳朶を打った。
 ドワーフのジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)だ。
「見合って、見合ってー……ファイッ!」
 ジジが体の前で両腕を交差させて戦いの始まりを告げると、ジェミの友人たるシャドウエルフのシル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)が動いた。
「スーちゃん、あなたも竜闘姫なら――」
 ぬかるみ始めた地を蹴って宙を舞い、スターゲイザーを放つ。
「――躱さないで、受け止めてみてっ!」
 翼の意匠を持つ白銀のエアシューズがスーリアの肩を斬り裂いた。
 だが、スーリアは痛みに声をあげる代わりに首を傾げてみせた。
「なんで、竜闘姫なら攻撃を躱しちゃいけないんだよー? 意味わかんな……うわっと!?」
 すべてを言い終える前にエクトプラズムの霊弾が炸裂した。シルと同じくシャドウエルフである櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)がプラズムキャノンを発射したのだ。
「売られた喧嘩を買えるほどの金はないから、俺は隅っこの黒子でいいや。それに比べて――」
 両手を軽く叩いてエクトプラズムの残滓を払い落としつつ、千梨は仲間たちに目をやった。
「――女性陣は豪儀だねぇ。全財産をはたいてでも買っちゃいそうな勢いじゃないか」
「だって、これは絶対に買い逃しちゃいけない喧嘩でしょ。ジェミさんはそう思ってるはずだよ」
 と、サキュバスの鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)が言った。
「その思いを遂げさせるために蓮華ができることは……」
 言葉を切り、ドレスのように纏ったオウガメタル『イルミナルミラージュ』から光り輝く粒子を放射する。
 それを浴びた前衛陣の一人であるレプリカントのティユ・キューブ(虹星・e21021)が――、
「輝きを!」
 ――オウガ粒子とは違う光を以て天の川を宙に描いた。攻撃力を上昇させる『星河一天(ミルキーウェイズブレッシング)』なるグラビティ。
 その天の川が消えぬうちにジェミがスーリアに向かって突進し、葛葉が後に続いた。前者のゲシュタルトグレイブが雨飛沫を跳ね返しながら風を切り、後者のオウガメタルが全身を覆っていく。
「三カウントで反撃!」
 そう宣言して、スーリアが足を踏み出した。
「いっち!」
 叫びとともに体を捻り、ジェミのグレイブによる破鎧衝を回避。
「にぃーの!」
 捻った体をバネ仕掛けの玩具のように勢いよく戻し、葛葉の繰り出した戦術超鋼拳を右の拳の一撃で相殺。
「さぁーん!」
 飛び退って間合いを広げると同時に、左の拳を突き出してオーラの弾丸を発射。気咬弾に似ているが、単発ではない。それは散弾さながらに飛び散った。標的は前衛陣。
「言動は軽いくせして、攻撃は重いねぇ」
 散弾を浴びて血塗れになりながら、ティユが呟いた。飄々とした口振りだが、葛葉を庇ったので、受けたダメージは二人分だ。もっとも、ボクスドラゴンのペルルが素早く属性をインストールして傷を癒したが。
「オーララ! ホンマ、なかなかのもんやネ! 糸コンニャクみたいな触手を生やしたブタちゃんどもの指揮官にしとくのはモッタイないわー」
 スーリアの見事な体術(シルと千梨の攻撃がかろうじて命中したのは、二人がスナイパーのポジション効果を得ていたからだろう)に舌を巻きつつ、ジジが惨殺ナイフの柄頭を指先でノックした。ジャマー能力を上昇させる『デュ・ボワ』というグラビティを発動させたのだ。
「くぉらー! あたしの子分のオークどもをブタ呼ばわりすんな!」
 と、スーリアがジジを叱りつけた。
「確かに奴らはいつもエロいことばっか考えてっし、見た目もすっげーキモいし、おまけにひどく臭いけど、良いところが一つもないこともないわけではないから!」
「……フォローになってないよ、スーちゃんさん」
 静かに呆れながら、あかりが中衛のジジにライトニングウォールを施した。
「まあ、オークどものことなんざ、どうでもいいや。それより、喧嘩だ! 気を取り直して――」
 スーリアの姿がぶれたかと重うと、あかりたちの視界から消えた。腰を沈めて反動をつけ、一気に飛び上がったのだ。
 皆が空を見上げて彼女をまた捉えた時、その片方の拳にはブレイズキャリバーの地獄のような炎が燃えていた。
「――いってみようか! あんたらもケルベロスなら、躱さずに受け止めてみな!」
 先程のシルの言葉を真似ながら、燃える拳を着地ざまに叩きつける。
 それを受けたのは葛葉。もちろん、躱さなかったのではなく、躱せなかったのだ。
 だが、シルの攻撃を受けた時のスーリアと同様、葛葉もまた痛みに声をあげたりしなかった。後方に吹き飛ばされながらも、なんとか体勢を立て直し――、
「そう! こういう喧嘩を待っていたのだ! 最近は人型でない敵ばかり相手にしていたからな! はぁーはっはっはっ!」
 ――大声で笑って、旋刃脚で反撃を試みた。
 同じケルベロスからすれば頼もしい姿かもしれない。だが、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)は気を呑まれていた。
「敵か味方も戦闘狂かよ……正直、ついていけねえわ。俺、知性派だしぃ」
 情けない顔をして嘆きながら、『紅瞳覚醒』の演奏を始める自称『知性派』であった。

●BURN
 その後も激闘が続き、さすがの竜闘姫も多くの状態異常を付与されて動きが鈍くなってきた。
 しかし――、
「漲るぅぅぅーっ!」
 ――剥き出しの腹筋を誇示するかのようにスーリアが体を反らすと、竜の形をしたバトルオーラが揺らめき、いくつかの状態異常がダメージとともに消え去った。
「気力溜めに似たグラビティなのかな? 退いちゃうくらい凄い迫力ね」
 六色の宝石が施された『精霊石の指輪』からマインドソードを生み出し、シルがスーリアに斬りつけた。『退いちゃう』などと言っているが、本当は気圧されてなどいない。
「迫力では向こうが勝ってるかもしれないけど、ヒールの手段や種類は蓮華たちのほうが多いんだよ。そうでしょ、ぽかちゃん先生?」
 蓮華が頭上に目をやった。
 それを受けて動いたのはウイングキャットのぽかちゃん先生。
「にゃあ!」
 不思議な力で生み出したレンズを手(前足)にしてジェミの傍に降下し、素早く診断してヒール。『ぽかちゃん先生の魔法のレンズ(マジカルグラスパー)』なるグラビティだ。ヒールした後にレンズを相手に託すので、命中率が上昇するという効果もある。
「ありがとう!」
 ぽかちゃん先生に礼を述べて、ジェミはゲシュタルトグレイブを簒奪者の鎌に持ち替えた。振り上げられた刃が雷光を照り返し、一瞬の間を置いて雷鳴が轟く。
 その残光に別の雷光が重なり、残響にも別の雷鳴が重なった。あかりが『タケミカヅチ』からエレキブーストを放ったのだ。ジェミの攻撃力を上昇させるために。
「本物の雷とエレキブーストの二重奏! こういうの大好き! めっちゃテンション上がるぅーっ!」
 スーリアが地面を何度も蹴りつけて、ばしゃばしゃと水を撒き散らした。喧嘩の相手がエンチャントで強化されるというのは、彼女にとって歓迎すべきことなのだろう。
「うむ! 我がテンションも急上昇!」
 と、葛葉も同じように水を撒き散らす。
「楽しそうねぇ」
 シルが苦笑した。もっとも、彼女自身も少し楽しそうだが。
 そんな似た者同士たちの狂騒にジェミも加わった。
「テンションなら、あたしだって上がりまくってるよ!」
 スーリアに向かって素早く踏み込み、鎌を振り下ろす。敵の回避力を低下させる状態異常のいくつかは消えているものの、今回の攻撃は躱されなかった。仲間たちのメタリックバーストとぽかちゃん先生に渡されたレンズの恩恵だ。
「そもそも、あたしが定命化した後に鎧装騎兵の道を選んだのは、竜闘姫たちと戦うためだったんだから!」
「夢が叶ってなによりだな!」
 鎌に腕を斬り裂かれながら、スーリアもまた踏み込み、拳を突き出した。
 軌道上にあるすべての雨滴を蒸発させて、炎を宿した拳がジェミの腹部に迫る……が、迫るだけにとどまり、触れることはなかった。
 ジェミとスーリアの間にティユが割り込み、縛霊手で拳を受け止めたのだ。縛霊手には亀裂が生じ、その中のか細い腕も大きなダメージを被ったが、彼女は眉一つ動かさなかった。
「良い拳だってのは認めるけれど――」
 縛霊手から無数の紙兵が噴き上がり、雨と混じり合って、ティユを含む前衛陣に降り注いでいく。
「――通すわけにはいかないね」
「しかし、我の攻撃は通す!」
 葛葉がスーリアの横に回り込み、戦術超鋼拳を脇腹に叩き込んだ。
「おっと!?」
 殴られた拍子にぬかるみに片足を取られるスーリア。そのまま転倒するかと思われたが、ぬかるみに捕らわれていないほうの足で地を蹴り、宙を舞った。
「げはははは!」
 スーリアは少し離れた場所に着地すると、美貌に似合わぬ豪快な笑い声をケルベロスたちにぶつけた。大きく開けた口に雨が入ることも気にせずに。
「ホント、サイコーだねえ! 命を張った喧嘩っていうのは!」
「いや、命を張ってる時点で『喧嘩』とは言えない。喧嘩と殺し合いは違うのだからな」
 呆れ顔を見せながら、神崎・晟がブレイブマインを爆発させた。
「まったくもって、その通り」
 と、晟の言葉に頷いたのは千梨。ブレイブマインの爆風を背に受け、スーリアに突き進んでいく。
「己の欲望に忠実で、命まで賭すその姿勢は嫌いじゃないよ。でも、相手の命まで勝手に賭け銭にするのは良くないぞ、スーちゃん」
 アニミズムアンクの『雪桜』がスーリアに振り下ろされ、咬み傷のような痕を刻みつけた。肉食獣の一撃。
 しかし、例によって、スーリアはダメージに動じなかった。
「相手の事情なんか知ったこっちゃないね! あたしは自分が楽しければ、それでいーの!」
 悪びれることなく、大きく胸を張る。必然的にまた腹筋が強調された。
 そんなスーリアの艶姿(?)をげんなりした顔で見ながら、ヴァオが溜息をついた。
「はぁー……雨でびしょ濡れになった美女が肌を晒しているという夢のようなシチュエーションなのにちっとも色っぽくねえ。ちょいエロな光景を期待して損しちゃったよ。なぁ、神崎?」
「同意を求めるな。そういうことを期待していたのはおまえだけだ」
 と、すげない答えを返す晟の横で、千梨が別の意見を述べた。
「色っぽいかどうかはさておき、ある意味で美しいような気がしないでもないかな」
「そうやねー」
 オウガ粒子を散布しながら、ジジが頷いた。その目はオウガ粒子よりもきらきらと輝いている。
「敵とはいえ、タブレット・ド・ショコラのごとく完璧に割れたお腹のミュスクルは魅惑的! 肉体派女子、チョーカッコいい! ケッカにコミットしてまうの? コミットしてまうのぉーっ?」
「あの引き締まったウエストや逞しい腹筋はボクも見習いたい所存……」
 と、あかりが呟いた。とても真剣な顔をして。

●LAY DOWN, STAY DOWN
「げはははははは!」
 更に数分が過ぎ、戦いの流れは完全にケルベロスのものとなったが、スーリアはまだ笑い続けていた。彼女にとっては喧嘩を楽しむことがすべてであり、勝敗などどうでもいいのだろう。
「剛能断柔……ぶち抜くぞ!」
「ほんでもって、またキュアされてまう前にジグザグスラーシュ!」
 葛葉が『羅刹衝(ラセツショウ)』という名の拳撃を叩き込むと、ジジがすかさず惨殺ナイフで斬り刻んだ。ジグザグに変形した刃がもたらす状態異常の悪化率は、ジャマーのポジション効果と『デュ・ボワ』の効果によって通常の何倍にも上昇している。
「蓮華も攻撃に移るよー」
 蓮華が殺神ウイルスのカプセルを投擲し、後衛のオルトロスに声をかけた。
「イヌマル君もお願い!」
「がおー!」
 迫力皆無の咆哮で答えて、スーリアにパイロキネシスを放つイヌマル。そして、ぽかちゃん先生がキャットリングで、ペルルが同族のラグナルとともにボクスタックルで畳みかけた。
「やるじゃねえか!」
 スーリアがオーラの散弾で反撃した。勝敗にはこだわらないが、だからといって勝負を投げるつもりはないらしい。
 今回の標的は後衛陣。しかし、後衛の一人である千梨はペルルに庇われたために無傷だった。
(「やっぱり、美しいな。殺し合いを勝負に昇華する者の姿は……」)
 先程の自分の感想が間違っていなかったことを確信しながら、千梨はペルルの小さな体を飛び越えて、美しき喧嘩屋の前に着地した。
「紅に惑え」
 静かな言葉とともに発動したグラビティは『散幻仕奉〈隠鬼〉(サンゲンシホウ・カクレオニ)』。瞬時に形成された狭い結界の中で千梨の御業が無数の紅葉に変じ、舞い散るそれらに紛れてなにかがスーリアに爪の斬撃を浴びせた。
 そして、形成された時と同様に結界は一瞬にして消え去り、紅葉の群れも雲散霧消して、本物の雨が取って代わった。
「わたしの全力全開の魔法――」
 シルが雨音を咆哮で吹き飛ばした。その背中では青白い魔力のオーラが一対の翼の形になって広がっている。
「――簡単に防げるとは思わないでね!」
 突き出された両手から『六芒精霊収束砲(ヘキサドライブ・エレメンタルブラスト)』が迸り、間髪を容れずに魔力の翼から第二の砲撃が発射された。
 それらがスーリアに命中するのを確認すると、シルは喧嘩の最初の買い手に叫んだ。
「ジェミさん! 一発、きついのお見舞いしてあげてっ!」
「そうだ。君の手でケリをつけろ」
 ティユが再び『星河一天』を描き、ジェミの攻撃力を上昇させた。
 その天の川の下を雷光が横切った。あかりのエレキブースト。
「任せたよ、ジェミさん」
「うん!」
 あかりの言葉に頷き、ジェミが走り出した。
 笑いながら、それを待ち受けるスーリア。
「げはははは! かかってこーい!」
「私の拳一つではあなたに届きはしないだろうけど――」
 ジェミは鋼のごとき背筋をたわませて、上半身を半回転させた。
「――でも、届く! 私たちの拳は!」
『私たち』という言葉に力を込め、仲間たち想いを託された拳をスーリアの腹筋に叩き込む。ただのパンチではない。『自慢の拳』というグラビティだ。
「ぐほっ!?」
 スーリアが吐血した。
 だが、表情はガキ大勝めいた笑顔のままだ。
 血を拭いもせずに彼女はジェミに問いかけた。
「良ぃ~い喧嘩だったなぁ?」
 そして、答えを待たずに息絶えた。

「助けに来てくれてありがとう」
 ジェミは仲間たちに礼を言って回った。一人一人の手を取って。
「では、敵も撃破できたことだし――」
 興奮冷めやらぬ様子で皆を見回す葛葉。
「――次は仲間同士でバトルロイヤルといくか!」
「遠慮しておく」
 と、速答するティユ。
 しかし、あかりは満更でもない顔をしていた。
「やっぱり、拳で語り合うのって、大事なのかなあ。ねえ、ヴァオさん?」
「知性派の俺に振るなよぉ」
 そんなやりとりをジェミは笑顔で眺めていたが、あることに気付いて、空を見上げた。
 そして、ぽつりと呟いた。
「……雨、止んだね」
「うん」
 蓮華がぽかちゃん先生とともに視線を空に向けた。
 淡い虹が見えた。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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