マロビ

作者:遠藤にんし


「あらぁ、こんにちは」
 人懐っこい――あるいは媚びたような笑顔を貼り付けて、螺旋忍軍・転(まろび)は微笑みかける。
 相対する粟飯原・明莉(闇夜に躍る枷・e16419)の表情は硬いが、転がそれを気に掛ける様子はない。
「初めましてかしら、それともお久しぶり? どっちかは覚えてないけど――」
 くすり。
 微笑む表情は少女のようでありながら、どこか暗いものを感じさせるもので。
「――今から死ぬんだから、関係ないのかしらね」
 呟きと共に、転は明莉へと迫っていった。


 粟飯原・明莉(闇夜に躍る枷・e16419)が宿敵に襲撃される事件を、冴は予知した。
「明莉さんと連絡を取ろうとしてみたいんだが、連絡が取れなかったんだ……急いで、彼女の元へ向かってほしい」
 今回、宿敵である転(まろび)と明莉が遭遇したのは、とある打ち捨てられた町でのこと。
「デウスエクスの襲撃によるダメージから回復していない町ということもあって、住民などはいない。転も配下や仲間などは連れておらず、単身のようだね」
 転の得物は鎖鎌。
 飄々とした態度で翻弄するような戦闘スタイルを得意とするようなので、向こうのペースに乗せられないよう気を付けなければならないだろう。
「明莉さんの救出と、宿敵の撃破――どうか、気を付けて行ってきてほしい」


参加者
セフィ・フロウセル(灰染の竜翼騎士・e01220)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
ハル・エーヴィヒカイト(ブレードライザー・e11231)
粟飯原・明莉(闇夜に躍る枷・e16419)
二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)
ソシア・ルーンフォリエ(戦舞奏唱・e44565)
レナ・ネイリヴォーム(イニチウムフェザー・e44567)
エリザベス・ナイツ(目指せ一番星・e45135)

■リプレイ


 粟飯原・明莉(闇夜に躍る枷・e16419)を前にして、転は彼女を『知らない』と言ってのけた……明莉はそれでも表情を変えず、やれやれと肩をすくめる。
「忘れられているとは随分と薄情なものだな」
 そんな明莉に嫣然と微笑む転は、自らの護りを固める明莉を刈り取ろうとするかのように鎖鎌を振るい、その首を刎ねようとする。
 だが――。
「受け継ぎし刃、その身に刻め。雷神――双滅天光衝ッ!」
 その鎖鎌を弾き返す二本の刃が、雷を孕んで転へと迫る。
「あら……?」
 余裕たっぷりだった瞳が細められ、僅かばかり後退する転。
 転の表情に警戒の色が滲むことはないものの、それでも笑みは僅かばかりに薄れていた。
 後退した転に、しかし刃は――それを持つハル・エーヴィヒカイト(ブレードライザー・e11231)は素早く距離を詰め、束ねた斬撃によって転を両断しようと迫る。
 転自身も回避のためにと身をかわしたせいで、両断するには至らない。だとしても刃は確かに転を捕らえ、その黒衣を引き裂いた。
「話は聞かせてもらった。余計な世話かもしれないが助太刀させてもらうぞ」
 爆ぜる雷の火花を纏いながらハルは言い、その言葉に転はクスクスと無邪気に聞こえる笑い声を上げる。
「オトモダチが来てくれたのね。素敵、こんなにたくさん……」
 うっとりとしているようにすら感じられる眼差しは、二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)へも向けられる。
「……こんなにたくさん、殺してもいいなんて!」
「なかなか、良い相をしているようだねぇ」
 呟きながらたたらはゾディアックソードで宙に守護星座を刻み、転に対抗するための守護を作り出す。
 ケルベロスたちの攻めと守りのバランスは良く、転を追い詰めようとケルベロスたちは迫る。それでも転は余裕ぶった態度を変えず、鎌を撃ち出した。
 鋭い鎌を受け止めたのはセフィ・フロウセル(灰染の竜翼騎士・e01220)。軋みを上げる縛霊手が殺しきれなかったダメージにセフィの全身を鈍い痛みが襲うが、サキュバスの力とボクスドラゴン・シルトの属性インストールのお陰で痛みも和らいだ。
 そして、セフィにとって重要なのは自身の負ったダメージではなく。
「粟飯原さん無事か!?」
「ああ、助かったよ」
 背後から聞こえる明莉の声はいつも通りで、そこに安堵を覚えるセフィ。
 明莉自身は自らの護りを構築しながら、用心深く転の様子を見つめていた。
 口調こそ女性めいていて違和感こそあるが、飄々とした様子は明莉にとっての転として違和感はない。明莉の視線に気づいて笑いかけるその表情は、過去のことなど忘れたかのように奇妙な婀娜っぽさがあった。
 木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)はバイオレンスギター『ワイルドウィンド』を爪弾きながら、転へと尋ねる。
「あんた記憶が混乱してるのか、それとも路傍の石は覚えてないって口か?」
「さぁ……どっちなのかしら。アナタはどっちがお好みかしら」
 はっきりとしたことをいわず、のらりくらりと躱すような転の言葉。
 そんな転の様子に、ウタは怒りよりも哀れみを感じた。
(「騙して、裏切って、技を手に入れて。そんな生き方しかできないアンタはきっと何かの犠牲者なんだろうぜ」)
 想いと共に、ウタの奏でる演奏は激しさを増す。
「安心してくれ、その軛から解放してやるぜ――明莉と俺達が、な」
「疾き風の歌」――それが奏でるのは、向かうべき未来へと背中を押すような歌。
 アップテンポな曲調の乗るようにエリザベス・ナイツ(目指せ一番星・e45135)は転を爆破。
 発生する風に長い金髪を大きく膨らませながら、エリザベスは即座に次の一手の準備に入る。
 爆煙の中でも、レナ・ネイリヴォーム(イニチウムフェザー・e44567)の視線が転から外れることはない。転の覚悟を問うようなレナの視線には、殺意が秘められていた。
「オネエの螺旋忍者軍と伺ってますが余計油断出来ないですね」
 ソシア・ルーンフォリエ(戦舞奏唱・e44565)は警戒を口にする。
 男性でありながら女性のような口調の転。
 大きく雰囲気が変わっているということ、そして標準的なオネエの性格からのソシアの予測からすれば、転は充分な警戒が必要な相手と言えた。
 その思いから、ソシアはこれからの戦いのためにゾディアックソードの加護の力を引き出す。ウイングキャットのミラも風を作り出し、ソシアの行動に追随する。
 輝きの直後に引き起こされた轟音はレナの砲撃。
 砲撃を受けながらも、転は態度を変えはしなかった。


「なるほど……人を翻弄する事に長けているようだ」
 戦いが始まってから数分、ハルは転の戦法をそのように評した。
 本心を隠すような言動と共に放たれる攻撃は、威力ももちろん油断できないものだったが、それ以上にそこに加えられる負荷に厳しいものが感じられた。
 宿敵として明莉こそ苛烈な攻めを意識して立ち回っていたが、全員での総攻撃に移ることが出来る場面はない。受けた負荷を消しながら、これ以上の負荷がないよう護りもまた重要になる……転は、そんな厄介な敵だった。
「ならばまずはその動きを断つ」
 とはいえ、それらは事前に承知していたこと。対策として加護の付与は行われていたから、ハルは転の動きの阻害のために境界剣《ブレードライズ》を手に迫る。
 転も刃をいなすようにひらりと動くが、ハルもダンスの相手をするかのように舞い、決して刃を離れさせない。刻まれた斬撃に転は反撃として薙ぎ払いを行い、直後にシルトとセフィがヒールによってそのダメージを打ち消した。
「悪いが看過出来ないので」
「そう? ――残念」
 余裕たっぷりの転の様子は、それだけで明莉を挑発しているようにも感じられる。エリザベスは横目で明莉の様子を伺うが、明莉はいつもと変わらない無表情のままで機を伺っている。
(「でも……」)
 明莉の無表情の中には、エリザベスには分からない、たくさんの想いが籠められているはず。
 そんな明莉と共に戦うと決めたのなら、自分なりのやり方でやるしかない――そう決意して、エリザベスはネクロオーブから作り出した熱なき炎を転へと送り込む。
 身を焼くはずのない炎に焦がされ、焦げた痕は裂傷として転の身に残る。その傷目掛けて振るわれたレナの拳は、朱色の呪詛に塗れていて。
「その命を貫き絶つ、失せろっ!!」
 紅裂雨による刺突――転がレナの拳を受け止める隙に、ソシアは自らへ癒しを施す。
 護り手として狙われることが多いソシアは体力面で厳しい状況に追い込まれることもあったが、ケルベロスたちの癒しの用意は十二分。ミラの風のお陰もあって誰も致命的な負傷を受けることなく、戦いは進んだ。
 そうは言っても、搦め取るような転の戦い方が厄介であることに変わりはない。ケルベロスたちは回復の頻度を上げることで対抗し、ウタは星の乙女を描き出す。
 真珠星のごとき輝きが零れ落ち、癒しの光が途切れることはない。
 癒しと共に与えられる耐性は次なる備え。戦いが始まってからの地道な行動のお陰で、ようやくたたらは攻撃に転じるタイミングを見出した。
「こちらは全力で邪魔させていただきますねぇ」
 告げるたたらが放つのは、静止の魔眼。
「――視たな?」
「……っ、」
 呟きに、転の動きが止まる。
 今までに、転を縛り付けてるためにと幾重にも仕掛けてきたものがようやく花開いた――身動きを奪われた転の顔から、ようやく余裕の笑みが消え、素顔とでも呼ぶべき表情が覗いた。
 しかしそれも刹那のこと。すぐに転は微笑で繕い、身動きが取れなかった分を取り戻すように攻撃の体勢に入ろうとするが。
「明莉、やっちまえ!」
「相手の動きが鈍っている。心なしか言葉のキレもな。さぁ、決着をつける時だ明莉」
 ウタ、ハルの言葉に背中を押され、明莉が躍り出る方が早い。
 ――明莉が思い出すのは、十年の年月のこと。
(「お前から学んだこともいくつかあったし、色々と世話を焼いてもらった覚えもある――だからこそ」)
 ここで決着をつける、と明莉は鎖を振り上げる。
「この局面でオネエ口調になるお前ほど、ぼくはふざけちゃいられないものでね。その身体にしっかり刻み込んであげるよ」
 鎖が、転の身体に絡みつく。
 かと思えばほどけ、絡まり、そのたびに転の身体には傷が刻まれる。
 傷痕から溢れる赤いものは地へ落ちることなく、刃が残さず吸い上げる。吸い取られるほどに明莉の灰色の瞳には力が籠り、対照的に転の身体からは力が抜けていく。
「お前が覚えていなくても、ぼくは一時も忘れたことはなかったさ」
 呟きと同時に、転が消滅する。
 後には、彼の得物だけが取り残されていた。


 ――練鎖を拾い上げる明莉へと、ウタは声をかける。
「お疲れさん」
「ああ。来てくれて助かったよ、ウタ」
 明莉の返事を聞きながら、ウタは鎮魂のためにギターを爪弾く。
「終わったか。無事で何よりだ」
 ハルは言って、明莉の隣に佇む。
 ――ハルと明莉、二人の境遇には似たところもある。気晴らしが必要ならいくらでも付き合う、というのは言葉にする代わりに、ハルは態度で示していた。
 たたらは戦場にヒールをし、多くは語らない――自分に出来るのはそのくらいだ、ということを知っているから。
 レナとソシアもヒールを行ってから明莉の様子を伺うが、今、何か手を貸すことはなさそうだ。
 明莉の中でどのような気持ちの整理をしているのかは分からなかったが、今はそっとしておくべきと判断して、二人は視線を交わすと静かに距離を取る。
 それはエリザベス、セフィも同じ。
 特にセフィは団員ということもあってか気にかけた様子で、明莉へと視線を送る。
 ――明莉がそうして転のいた場所を見つめていた時間は、そう長くはなく。
「……さよなら、先達」
 最後にそう呟くと、明莉は彼らの元へと向かうのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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