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――部屋には何もないはずなのに、がらんとした印象はまったく受けなかった。
佇む男は独り。周囲には誰もおらず、しいて言えば首に巻いた赤いスカーフは目立つが、異常と呼ぶほどの外見ではない。
家具すらない室内は異様と言えば異様だった。しかし何より異様だったのは、それでいて空虚さを感じさせないこと――。
そんなことを感じる余裕もないほどに、部屋には雑音が満ちていたからだ。
「どんな曲調で、歌詞なら……至高の曲、至高の一曲は、一体……」
サングラスの奥の瞳が何を思うのかは、窺い知れない――相対する陶・流石(撃鉄歯・e00001)に分かることは、ひとつだけ。
「……うるせェぞ」
ギターをかき鳴らす恐ろしい雑音――それが、凶悪な力を秘めているということだけだった。
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高田・冴は、宿敵であるデウスエクスの登場を告げる。
「連絡を取ろうとしてみたんだが、私は連絡を取ることが出来なかった……今、流石さんがどうなっているかは分からない状態だ」
宿敵の襲撃を受けた陶・流石(撃鉄歯・e00001)のことを心配に思いつつも、冴は集まったケルベロスたちに呼びかける。
「時間的余裕はないと思ってほしい。急いで、流石さんの救援に向かってほしい」
今回、流石を襲撃したのはドリームイーターの東四十九(あずまふぉーく)。
荒れ果てた声とギターの演奏、もとい騒音による攻撃を仕掛けてくるようだ。
「至高のラブソングを追い求めているらしい奴が、どうして流石さんを狙っているのかは分からないが……急いで助けに行った方が良さそうだね」
どうか気を付けて、と冴はケルベロスたちを見送るのだった。
参加者 | |
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陶・流石(撃鉄歯・e00001) |
天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009) |
叢雲・蓮(無常迅速・e00144) |
ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334) |
朝倉・ほのか(フォーリングレイン・e01107) |
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049) |
西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589) |
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658) |
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暗闇も伽藍洞の建物も埋め尽くすように、雑音が満ちていた――あちこちに音が反響するからこそ、救援に駆け付けた東四十九の居所を掴むことは容易だった。
「戦いを始めます」
音の源へ向かって、東四十九の姿を認めると朝倉・ほのか(フォーリングレイン・e01107)は告げ、ドラゴニックハンマーを構える。
「弾幕を」
ほのかの端的な呟きと共に、轟音が辺りを埋め尽くした――東四十九は自分の演奏と歌が聴こえづらくなったことが不快だったのか、視線をほのかへと向ける。
「目ェ離してんじゃねーぞ」
その隙をついて陶・流石(撃鉄歯・e00001)は反撃に打って出た。
白いケルベロスコートをなびかせての蹴りに散らばる星々。その瞬きを金の瞳に映して、ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)は笑みを浮かべた。
「楽しませて頂戴よぉ」
エアシューズ『Silk Skin』を履いたペトラの脚はしなやかに。柔らかな動きは撫でるかのようにも見えたが、東四十九の肉体を存分に打ち、痛みを与えるものだった。
ほんの僅かの間に叩き込まれた連撃に、東四十九は己の肉体へ手を添え、受けたダメージを確かめているようだった。
あれだけの攻撃を受けてなお呼吸は乱れず、表情に焦りも見られない……ふざけた音楽を奏でるとはいえ、腐ってもデウスエクスということだろうか。
「そうだ、この痛みをフレーズに変えるなら――」
そして、受けたダメージからも至高のラブソングを求めようとしているらしくそう独りごちる東四十九の口からは歌が漏れ出る。
ガラガラにひび割れた声で、暑苦しく胸焼けしそうなラブソング。
脳をじかに揺さぶるような不快な音を断ち切ろうとするかのように、笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)は爆破スイッチ『マインスパーム』へと指を載せる。
「至高の音楽を探す前に、楽器の練習をすべきではないかね? なんだこの雑音は。まず音作りの基礎がなっとらんわ!」
響き渡る爆発音の方が、まだいくらか美しい音楽にも聞こえた。
ともあれ、辺りがやかましいことに違いはない。爆発音をもってしても消しきれない東四十九の歌声にルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)は津波のごときオーラで鐐を包み、癒しを送る。
「わたしもミュージックファイターだったけど、覚えたてのころだってこんな乱暴にはしなかったわ」
ひどい音、と呟くルチアナへうなずいて、叢雲・蓮(無常迅速・e00144)は喰霊刀を手に東四十九へ迫る。
「なんだか音がガーガーしてて、っぽくないと思うのだ!!」
ラブソングに詳しくない蓮でも、この歌がどこか違うことは分かった――お姉ちゃんがよく歌っている曲とは大違いだ、と蓮も楽しそうな表情ではない。
そんな蓮が東四十九へと叩き込んだのは、刃で斬りかかると見せかけての蹴り。
手にした刃への警戒が強く、蹴りがノーマークとなっていたせいで思わず体勢を崩した東四十九の前に立ちはだかる西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589)は、じっくりとその姿を見る。
色もヘアスタイルも重たく、首元のモザイクを隠すようなスカーフはわざとらしいほどに赤。緑色のチェックシャツをタイトなジーンズにインする格好は決して現代的なファッションとは呼べない……たっぷり時間を使って眺めまわしてから、玉緒は鼻先で笑む。
「イカしてるわね、その恰好。……どこの誰にコーデして貰ったの?」
玉緒の口に上ったのは誉め言葉。
しかし、籠められた意味はむしろ真逆のもの。東四十九がそれに気付いて動き出すより早く、玉緒は後ろ回し蹴りで揺さぶり、ついでに炎を浴びせかけていた。
天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)は白と赤の翼を広げてオラトリオの力を弾丸に。絶え間ない連射によって東四十九を押し止めながら、カノンは思う。
(「歌にコンプレックスがありそうなドリームイーターですね」)
そこを切り口に出来たら――思いながら、カノンは敵と相対するのだった。
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切り口として、歌について伝えることが出来れば。
そう気付いたカノンだったが、しかし彼女自身は、その思いを形にすることが出来ずにいた。
そんなカノンの代わりに口を開いたのはペトラだった。
「ラブソングなんて聴くガラじゃないけれど、アタシのハートに響くかどうか、試してみなさあい」
誘うように言ってから、ペトラは快楽エネルギーを用いて唱える。
「黄泉がえりしは奈落の住民。泉より這い出した裏切りの亡者よ、生前より背負いし業に従い、同胞を引きずり落とせ――っ!」
言葉と共に、東四十九の脚にはいくつもの傷痕が生まれる。爪でひっかいたような、あるいは牙で噛みついたような傷痕。無数のそれらに東四十九の動きが確かに鈍ったのを認めて、蓮は刃を携えて躍り出る。
「ガンガン行くのだよー!」
恐ろしき雑音を至近にて聴くというのは、ダメージにならないとしても心には来る。
しかし蓮は臆することなく二本の喰霊刀を閃かせ、東四十九の肉体に幾筋もの斬撃を負わせた。
蓮が与えたのは一過性の斬撃だけでなく、後々まで敵を苛むことになるだろう毒も。その見事な連撃にカノンが嘆息すると、蓮はぱあっと顔を輝かせる。
そんなところが微笑ましく唇に笑みを浮かべるカノンもまた、日本刀『Liberatio』に霊体を憑依させて迫る。
「ぐうっ……これが、これが恋の痛み……!?」
数多の斬撃に身を裂かれて思わず呻く東四十九。
大きな隙を見せているうちにと、癒しのために霊を呼び起こすのはルチアナだ。
「誠実な魂を満たす聖霊よ、ここに」
手を組み、聖ルチアの祈祷を施すルチアナ。
「助かります」
ルチアナによって破壊の力を増したほのかは、視線を東四十九に注いだまま密かにその身に力を籠める――それに気づいた鐐は無銘 ー耐魔式ーを翻して駆ける。
「夢の世界なら、求める歌に近づけるやもしれんぞ? ……墜ちて逝け、ゆるりとな!」
巨体で東四十九を抱きとめる鐐が流し込んだのは重力鎖の力。抗いがたく体が重くなっていく東四十九へと明琳はブレスで追い打ちをかけ、その中で鐐は声を張り上げた。
「皆トドメを! せめてもの慈悲だ、夢現のまま楽と共に消えていけ!」
「夢現、の、中では……! ラブソングは……作れ、ない……!」
ダメージと負荷に呼吸を荒げながらも、抗おうと東四十九は瞑目する。
「私のラブソングは――そう、聴くだけで涙の出てくるような、天国からの旋律のようなもので――」
酷いガラガラ声の人間が言う『天国からの旋律』。その言葉に嗜虐心を刺激されて、玉緒は思い出したように声を上げる。
「……そうそう。次次郎って男と、前に遊んだ事があってね」
言いながら玉緒はリボルバー銃『RAGING BULL改』を抜き、銃底で殴りつけ。
「アレの相手、なかなか愉しかったわよ?」
隙を突いてピンヒールで潰すように蹴れば、東四十九の頭は玉緒の下。
おまけに見下ろしながらドヤ顔で深い谷間を見せつける玉緒の視線が東四十九から逸れたのは、リボルバー銃を手にした流石が歩み寄ってきたからだ。
「別に止めにゃ拘ってないんだが、こうなっちまうモンなのかね」
「流石のわたしも、人の親の仇をヤる。――ってのは、気が引ける訳よ?」
独りごちる流石へ返した玉緒は、ぐり、と念入りにヒールの踵を彼の肉体に押し付けてからひらりと身を退ける。
東四十九は流石の宿敵。ならば、最期は流石自身が。
――戦場の状況によっては叶えることの出来ないことだったが、幸いにも集まったケルベロスたちの練度は高く、作戦面でも大きな瑕疵はなかった。致命的な局面に至っていないのなら、これはここに集まるケルベロスたちの願いでもあった。
だからこそそんな玉緒の考えに異論を挟む者はおらず、流石は銃を持つ手に力を籠めて。
――乾いた銃声がひとつ響いて、ようやく辺りは静かになった。
●
「手助けサンキュ」
「これで、助けるのが二度目になるのだけど……ねぇ?」
流石の礼に玉緒が言えば、流石は肩をすくめる。
立て続けに宿敵の襲撃を受けた流石。二度目の救援ということもあって、ほのかはその理由を考えている様子。
(「目を付けられているということなのでしょうか……」)
だとすれば、今後も何か動きがある可能性はある。気を引き締めなければと思うほのかだったが、今は全員の無事に安堵の息を漏らす。
「怪我をしてる人がいなくて良かったのだよ!」
蓮もそう言って、重傷者なく宿敵討伐を達成できたことに満足そう。
そんな蓮の様子に、ペトラはにこりと笑みを浮かべてその頭に手を載せる。
「うんうん、蓮くんはとっても頑張ってたわねぇ」
撫でられたことに顔いっぱいに喜びを浮かべる蓮の様子は仔犬にも似ていた。
「ラブソングには相手が必要だ。探求の順を誤ったな」
独りごちる鐐が思うのは、ドリームイーターというデウスエクスの在り方について。
(「まったく、どうしてこうも変なのが湧くかねぇ……」)
ドリームイーターに特有のモザイク、彼らの抱く飢餓へ同情の念を覚える鐐だったが、今回の敵――東四十九については、共に作り上げるべき音楽によって人を害そうとするという一点において許せるものではなかった。
言葉を交わしながらケルベロスたちはヒールを施し、癒しが完了するとルチアナは流石の顔を覗き込む。
「サスガさん、機嫌直しに1曲いかが?」
「そうだな、頼む」
流石の言葉を受けてルチアナは微笑むと、唇に歌を乗せる。
奏でられたのは、先ほどの戦いの中で東四十九が奏でた歌――その断片を集めて、ルチアナは歌う。
フレーズは甘ったるすぎる気もしたし、曲調もどこか野暮ったい。それでも柔らかなルチアナの声は疲れたケルベロスたちの心に染み渡るように響き、カノンもまたコーラスとして声を重ねる。
――静かに穏やかに、戦いの後の時間は過ぎてゆくのだった。
作者:遠藤にんし |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年8月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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