剛斧ボラゲィル

作者:零風堂

 寄せては返す波の音に混ざって、人々の談笑が聞こえてくる。
 福井県の浜地海水浴場では、快晴ということもあって多くの海水浴客でにぎわっていた。
 ――招かれざる客が現れる、その時までは。
 ずしん、と砂を踏む足は僅かに沈み、その巨躯が異常な重量を誇っていることを言わずとも示す。
 見上げる程の巨躯は太く強靭な筋肉に覆われ、担いだ大斧も戦士に負けぬ程の迫力を持つ。エインヘリアルの戦士はニヤリと口元に笑みを浮かべると、砂浜で憩いの時を過ごしていた人々に向かって駆け出した。
 鎧袖一触とはこのことか。大斧が振るわれる度に人々の身体は引き裂かれて鮮血と共に飛び散り、悲鳴を聞いて戦士は笑みを深くする。
 やがて血まみれになった戦士は斧の刃をべろりと舐めて、高らかな笑い声をあげるのだった。

「凶悪なエインヘリアルが現れ、人々を虐殺するという事件が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう言って、傍らに立つ玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)に視線を向ける。
「こちらのユウマさんの調査によって得られた情報もあって、いち早く動きを掴むことができました。現れるエインヘリアルは過去にアスガルドで罪を犯した凶悪犯罪者らしく、放っておけば多くの人々が殺害されるばかりでなく、その話を見聞きした人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることにも繋がるでしょう」
 ユウマも黙ってセリカの話に耳を傾け、その続きを促していた。
「敵は巨大なひと振りの斧を携えており、3mはあろうかという巨体に、屈強そうな筋肉を纏っているといいます。見た目通りに強力な攻撃を繰り出してくるようなので、注意して下さい」
 それからセリカは、周辺の様子についても説明を加えていく。
「敵が現れる場所は海水浴場になっていて、この時期であれば普段は海水浴客で賑わっているそうです。予知の時刻には人払いを依頼してありますが、知らずにやって来ようとする人もいるかもしれませんので、少し注意しておくほうがいいかもしれません」
 まあ、立入禁止であることを示せれば十分だろう。とセリカは付け加えた。
「また、このエインヘリアルは自分から撤退するような動きは無さそうです。もしかしたらエインヘリアル勢力としても、使い捨ての戦力として送り込んで来たのか、撤退させようとする動きや援護なども無いようです」
 つまりはこの1体さえ何とかすれば、ビーチの平和は守られるということだ。
「過去に凶悪犯罪を起こした危険なエインヘリアル……。そんな者を野放しにはできません。どうか急いで現場に向かい、撃破をお願いします」
 セリカはそう言って、ケルベロスたちを激励するのだった。


参加者
アリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
西院・織櫻(櫻鬼・e18663)
シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)
九十九屋・幻(紅雷の戦鬼・e50360)

■リプレイ

 風が運ぶは潮の香り。
 照り付ける陽光が揺れる水面に反射して、白い砂浜をより一層際立たせる。
 まさに絶好の海水浴日和であるのだが、辺りに人の気配は無い。
 あるのはただ、広く張り巡らされた立入禁止を示すテープと、近寄り難い雰囲気のみ。
 そんな物騒な気配のする砂浜に、いつの間にかひとりの影が立っていた。
「…………」
 見上げる程の巨体に、大型の斧。
 エインヘリアルの戦士は辺りをぐるりと見回して――。
 ぴりぴりと痺れるような敵意を感じ、微かにニヤリと口端を歪めていた。
「エインヘリアルの凶悪犯罪者、ね」
 歩み出て来た九十九屋・幻(紅雷の戦鬼・e50360)が、すらりと刀を抜き放つ。
「雷光団第一級戦鬼、九十九屋・幻だ。手合わせ願うよ!」
 名乗りを上げて砂を蹴り、紅の軌跡を描いた斬撃を大斧の戦士へと叩き付ける。
 甲高い金属音を響かせながら、戦士は大斧の刃を幻の月光斬に合わせて下げ、受け止めてみせた。
「……!」
 両者は互いの力量を一瞬で推し量ったか、鍔迫り合いはせずに互いに下がって間合いを取る。或いは、エインヘリアルの戦士は他のケルベロスの存在にも、気が付いていたのかもしれない。
「この美しい夏を前にして、破壊と殺戮しかできぬと云うのは嘆かわしいことだわ」
 アリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)は儀礼用の精緻な細工の施されたルーンアックスを構え、破壊の力を呼び起こしていた。
 そこへ戦士が斧を振り上げ、一足飛びに踏み込んでくる。
 咄嗟に白銀に輝くオウガメタルを翼に纏わせ、腕と共に受けたアリッサだが……、あまりの重さに骨がみしり、と軋んで悲鳴を上げる。
 幸いにも、下は砂地だ。無理に踏ん張るのではなく、砂をクッションにわざと叩き付けられて、アリッサは僅かながらも威力を受け流した。
「冥土の土産に持ってお行きよ、女の爪痕だなんて勲章だろう?」
 一撃を放った敵の背後に、いつの間にかネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)が回り込んでいた。その両の爪は黒く鋭く硬化されており、アリッサが攻撃を受ける直前に発動させた破壊のルーンが刻まれている。
「欲しがれ。目を離すなど聽してあげない」
 その爪撃は獣の如く、戦士の背に深々と傷跡を刻みつける。
 しかし戦士は怯まずに、大斧から片手を離して裏拳を繰り出し、ネロを引き剥がそうとしていた。
「屈強な野郎……と。気の良い奴なら歓迎なのだが」
 拳がネロにぶつかる寸前に、力を失ったかのように動きを止める。ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)がその先で、バスターライフルの照準を覗き込んでいた。
「……やれやれ、見たまま凶悪とは芸のない」
 ゼログラビトンのエネルギー光弾で、敵の拳を打ち抜いたらしい。ルースはちらりと砂に埋まりかけたアリッサに視線を向けるが、こちらはビハインドのリトヴァが金縛りで牽制しつつ、手を引いて起き上らせていた。
 それならば、問題ない。
 ルースは、戦士から飛び退いて間合いを取り直すネロの背を眺めつつ、自身も狙い易い位置を探るかのように、砂浜を移動していった。
「あまり海水浴の文化は私には馴染みませんが、かと言って放置する訳にもいきませんね」
 シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)は激しい攻防の最中に眼鏡の端をツイっと上げつつ、無人の治療機を展開させて仲間たちを援護させる。
「犠牲者を出すわけにはいきませんね。確実に撃破しましょう……!」
 玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)が精神を極限まで集中させ、戦士の足元で爆発を発生させた。しかし相手は爆発の威力を背にして跳び、一気に加速して踏み込んできた。
「っ!?」
 咄嗟にユウマは鉄塊剣を立てて構え、敵の大斧を受け止める。
(「重い……!」)
 その圧力を前に奥歯を噛みしめ、砂を踏んでユウマは耐える。
「エインヘリアルの巨躯に剛力。大斧の威力は如何ばかりか」
 西院・織櫻(櫻鬼・e18663)が桜の象嵌を持つ刀を抜き、刃に雷を纏わせた突きを繰り出してきた。そこで戦士はユウマへ向けていた大斧の刃を返し、織櫻の突きを受け逸らす。
 刹那、織櫻が動いた。もう一方の腕で黒い刀を初撃に追随させ、巨躯の戦士の脇下を狙う。
「ちっ」
 僅かに舌打ちし、戦士は大きく間合いを取るよう跳び退る。しかし着地の瞬間に、鋭い光弾が喰らい付いて爆ぜた。
「招かれざる客は消えてもらうぜ」
 眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)が敵の隙を逃さずに、気咬弾を打ち込んでいたのである。
「……やるじゃねぇか」
 直撃はしたはずだ。しかし相手は苛烈な攻撃を愉しむかのように、ニヤリと笑みを深くしていた。
 やれやれ、といった様子ではあったものの、弘幸は身に纏う闘気を高めながら、武器を構えて駆け出していた。
 瞳の奥底に、確かな闘志の炎を宿して。

「自分よりも弱い者に対して虐殺を行うなんて、力ある者としてやってはならない行為だろう」
 何度目かの攻防で、幻は敵の斧を掻い潜るようにして低く構え、修羅のブーツで駆け込んでいた。砂を蹴飛ばし加速して、流星の如き鋭さでローキックを叩き込む。
「自分の愚かさを教えてやるとしよう」
 駆け抜けてから振り返り、更に攻撃を続けようとするが……。幻の背に、ぞくりと悪寒が走っていた。幻は反射的に身構え、防御態勢を取る。
 一瞬遅れて暴風……否、風というよりも刃のように鋭い衝撃波が、幾重にも連なって幻たちの身体に降り注いできた。
「……これは……っ」
 シデルも衝撃に耐えながら、出血している部分を押さえ、着衣を正す。
「……破られたとしても、致し方ないでしょう」
 それから黄金の果実を生成して、聖なる光で仲間たちを癒していく。自身も小さく息をつき、眼鏡のずれを指先で直す。
 一方の戦士は、攻撃の余波によって巻き起こされた砂埃の中で佇んでいた。
 まるで何かを待つかのように、静かに、周囲の気配を探っている。
 そして砂埃が収まりかけた頃、戦士に向かう影がひとつ!
「貴方の姿は、澄んだ空と海には似つかわしくないわ」
 アリッサがルーンアックスを振りかぶり、敵の頭上へと跳んでいた。
「……沈めて差し上げましょう。行き先は血の海で宜しくて?」
 その動きに反応し、敵も攻撃を受け止めようと斧を向けるが……、アリッサのほうが刹那だけ早い。振り下ろされた一撃が、戦士の頭部へと叩き込まれる。
「晴れ上がった夏空の下に、腥い事は似合わんだろうよ」
 ほぼ同じタイミングで、ネロがドラゴニックハンマーを砲撃形態へと変形させていた。
「無粋は疾く片付けるに限る」
 花は散り、在るは橘の残り香のみ。『花散里』の名を持つ砲撃が、戦士の腹部へと叩き込まれる。
「…………」
 ルースは無言で、ただスイッチを押し込むのみ。走り回ってかなり砂が服についてしまったが……、お陰で仕掛けは済んでいる。遠隔爆破が発動し、戦士の身体が足元から衝撃に襲われ、僅かに揺らいだ。
 戦士の守りも攻めも強力で、砂地であっても体捌きは見事のひと言に尽きる。しかしそれでも少しずつ、ケルベロスたちの攻撃はその力を削っていた。
「上等だ、楽しい殴り合いと行こうじゃねぇか」
 弘幸が斧を繰り出せば、戦士も大斧で受け止め、打ち返してくる。力強い衝撃を受け止めると見せかけて、弘幸は斧から手を離し、至近距離へと接近する。
「避けられるもんなら避けてみな」
 業火を纏った左脚を敵の腿に撃ち込み、反動で自分も後退る。砂の上を転がりながら如意棒を伸ばして振り抜き、手放した斧を引っかけて縮め、手元へと取り戻す。
「……そこか!」
 ユウマが飛び込み、鉄塊剣を砂浜に突き立てていた。一瞬遅れて敵の大斧が繰り出され、がきんと硬い音が響き渡る。僅かでも遅れていれば、接近していた弘幸が反撃を受けていただろう。間一髪という奴である。
 そのままユウマは刺した剣を支えに反転し、浴びせ蹴りのような形で敵の胸に旋刃脚を突き入れていた。身長差を逆手に取った、上手い身のこなしである。
「……我が斬撃、遍く全てを断ち斬る閃刃なり」
 織櫻が正面から踏み込み、刃を繰り出していく。舞い上がる砂が全て落ちるより先に、相手の四肢へと斬撃を刻み付けた。
 より速く。刃を返して足を引き、砂が散るのも構わずに織櫻は二刀を操り、敵との剣戟を続けていく。

「くひひ……。いいね」
 幻は自分めがけて振り下ろされる大斧を寸前で躱し、踏み込んでナイフを突き立てようとする。しかし戦士は大斧の柄でナイフの切っ先を弾き、強引に防御していた。
「……捉えたッ!」
 だが幻にとって、そちらは囮だった。
 受けられた瞬間には構え、精神を研ぎ澄ませている。目にも留まらぬスピードで間合いを詰め、紅の刃を突き刺していた。
「……!」
 戦士の身体が僅かに震え、動きが止まる。そこを狙ったか、ルースがグラビティを込めた粒々を握り締め、ダッシュで殴りかかっていた。
 拳が届くより先に戦士は体勢を立て直し、斧を振り出して迎撃しようとするが……、その目前に、アリッサが割り込んできた。
「重い一撃。……けれど、それだけだわ」
 アリッサの身体も無傷ではない。傷は痛み、筋肉と骨は軋んで悲鳴を上げている。だが――。
「心なき力に折れるほど、柔ではないつもりよ」
 その瞳の輝きだけは、未だに失われてはいなかった。
 背後に回ったリトヴァが衝撃波を放つのに合わせ、ルーンアックスの罪なる刃を振り下ろす。
 がきんと大きな音が響き、アリッサの渾身の一撃は、大斧を握った戦士の腕を弾き上げた。
「無聊の慰めにもなりやしない。余興にすらなれんような、つまらん男は願い下げだ」
 呟きながらも、ネロは妖しく輝く衣裳の懐に手を差し入れて、選ばれた鍵を握り締める。
「――道を拓いてあげよう、地獄までのね。片道切符だ、とっととお帰り」
 紡がれる呪は虚無への道標。ネロの生み出した不可視の球体が、戦士の斧を握っていない側の腕を抉り、肉を削ぎ落していった。
 左右の腕を封じられた戦士のみぞおちには、ルースの拳がねじ込まれる。
「……お大事に」
 小さく告げて、ルースは間合いを取り直す。まだ、敵の闘志が消えていないことを感じ取ったのだ。
「この死合いは良い糧となりそうです」
 織櫻がそれを援護するように、二刀を真っ直ぐに振り下ろし、生じた霊力を鋭い刃に変えて撃ち出していた。下がるルースと入れ替わるタイミングで、戦士の胸が大きく裂かれる。
 流石の戦士もダメージが大きいのか、肩で大きな息をしている。その表情にも、苦悶の色が見え隠れしていた。
「てめぇには休暇をくれてやるぜ……。永遠のな」
 弘幸が全身の闘気を拳に集め、光弾に変えて叩き付ける。しかし戦士は避けることもせずに、大斧を両腕で構え、大きく振りかぶる。
(「これは……!?」)
 深く傷ついているにも関わらず、高まっていく相手の闘気に、咄嗟にユウマが動いていた。
 鉄塊剣を握り締め、大斧に立ち向かうべく砂地を踏み締める。
 どんっ、と大きな音を立てて、斬撃が叩き付けられる。受け止めきれずにユウマの鉄塊剣が弾き飛ばされ、肩口から胸が深く斬り裂かれた。
「……っ!」
「どうぞ、差し上げます」
 倒れる寸前で、シデルの発動させた『芳麓』のエネルギーがユウマに巡り、呼び起こすように士気を引き上げる。
「一歩も引くつもりはありません」
 ユウマは気力を振り絞り、チェーンソー剣を駆動させ、織櫻の、仲間たちの刻み付けた傷口へと捻じ込んだ。
「ぐ、おおおっ!」
 これ以上傷口を広げられまいと、戦士は駆動している刃を掴み、止めようとする。
「全力でお相手します……!」
 ユウマはチェーンソー剣から手を離し、跳んでいた。そこには先ほど弾き飛ばされた鉄塊剣が、回転しながら落ちてくる。
 軌道を読み、空中で剣をキャッチしたユウマは、敵に掴まれたチェーンソー剣の刃に、握った剣の重量と回転の勢いを、思い切り叩き付けてやった。
 奇しくも敵の腕によって支えられていたチェーンソー剣の刃は、その身体を傷口から縦に裂きつつ、ずどんと落とされる。
「…………」
 身体の半ばから下までをざっくりと割られ、流石の戦士も力尽き、その場に崩れ落ちるのだった。

「……お疲れ様だ」
 戦いを終えて、弘幸は旨くいったかと仲間たちを労っていた。ユウマも力を出し切った様子で、その場に座り込んでいる。
「如何なる場でも刃は鈍りませんが、砂は少々始末が面倒ですね」
 織櫻は戦装束と刀の砂を払いながら、小さく息を吐いていた。武器は少々点検し、手入れした方がいいかと胸中に留め置く。
「……海の平和は守られた、これ以上この場所に用は無い」
 ルースは砂まみれになった服を、不機嫌そうに払いながら呟く。
「俺は帰る。……一服してからな」
 やれやれと言った様子で口にして、ライターが使えるか、などと思案するルースなのであった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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