それは、一見しては幸福そうな光景だった。
「うふふ、沐浴の時間ですよ。ほら、気持ちいいでしょう」
全身が緑色をした異形の赤ん坊を、体から白い花を咲かせたうら若き乙女が大切に抱きかかえている。温い水を手ですくってかけてやると、赤ん坊は嬉しげな声をあげた。
「御飯の支度できたわよ」
「ええ、いつもありがとう。すごくおいしそうだわ」
もう一人、まるで双子のように似通った全裸の少女が家の中から顔を出す。彼女たちは避難が終了した大阪城周辺の住居に潜伏する、白の純潔の巫女である。彼女の役目は庭に生えた樹木の揺り籠に寝かされた赤ん坊の世話。
その、赤ん坊を擁する樹木の名を『白の純潔の種子』――といった。
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まった者たちを丁重に出迎え、澄んだ聞き取りやすい声で今回の作戦の説明を行った。
「鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)さんやシィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)さんのおかげで、白の純潔事件の元凶と思われる攻性植物の居場所が判明しました」
そこは、大阪城と市街地の間にある緩衝地帯における一般住宅。彼女たちは庭付きの一軒家を選び、『白の純潔の種子』と呼ばれるものの世話をしているのだという。
「『白の純潔の種子』――それは、白の純潔の巫女を増産し、『白の純潔』本体が撃破された場合に新たな『白の純潔』に成長する存在のようです。先にこれを撃破しておかない限り、『白の純潔』を倒してもきりがありません。皆さんには、『白の純潔』の撃破に先立ってこの『白の純潔の種子』の討伐をよろしくお願いします」
今回の作戦は、隠密行動からの一斉強襲。
複数発見された住居を同時に襲撃し、一網打尽にする。
「タイミングを合わせる理由は、白の純潔の巫女たちの間で襲撃の情報が伝わることで強襲が失敗する可能性があるためです。ですので、今回は全チームが足並みを揃えて襲撃できる作戦を立てることが望ましくあります。特に無理のある潜入方法やミスがなければ、襲撃タイミングの5分前には攻撃可能な場所に到達することができるでしょう」
ただし、大阪城周辺の緩衝地帯では携帯電話等の無線通信は使えない上、狼煙やサイレンなど敵に察知されやすい方法を取れば隠密行動はその時点で失敗となるだろう。
「つまり、タイミングの取り方は事前に決めておく必要があるということですね。作戦が始まってしまえば、別のチームと連絡を取る手段はありません」
彼女は落ち着いた口調で、あらかじめ念を押すように言った。
「皆さんに向かってもらう拠点にいるのは、『白の純潔の種子』が1体とその世話を任されている白の純潔の巫女が3人。種子は移動することも攻撃することすらできませんが、その分、巫女たちは死に物狂いで守ろうとするはずです」
襲撃時のタイミングはちょうど種子の赤ん坊を沐浴させているところで、巫女はその入浴と食事の準備の二手に分かれている。うまく強襲が成功すれば、分断した状態で戦闘に持ち込むことができるだろう。
住居は広々としており、敷地の南側半分が庭となっている。
「食事の準備をしている巫女2人は、庭に面したリビングの奥にあるダイニングに。沐浴をさせている巫女は庭の南東の端に生えている種子の傍にいます。種子は戦闘力をもたないので巫女から撃破した方がよいでしょうが、もし彼女たちの本能的に種子を守ろうとする行動を利用する案がある場合は、敢えて種子から狙うのもありかもしれませんね」
説明の全てを伝え終えた彼女は、ふと僅かな憂いを翡翠の瞳に浮かべた。
「傍からみただけでは平和な光景と変わらない……けれど、それは美しい日常の皮を被せた攻性植物たちの根城です。皆さん、お気をつけていってきて下さい。それではどうか、ご武運を」
参加者 | |
---|---|
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125) |
ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404) |
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470) |
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707) |
新条・あかり(点灯夫・e04291) |
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801) |
エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850) |
ソールロッド・エギル(々・e45970) |
●白の守る家
これは生物としてのエゴのぶつかり合いなのだ、と――アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)は胸中にて呟いた。同じく、新条・あかり(点灯夫・e04291)とエリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)が隠密気流を生み出して他の仲間ごと気配を遮断している。君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)は彼らの背をすぐ後から追いながら耳を澄ますように周囲を見渡した。
既に庭は目の前だ。
ソールロッド・エギル(々・e45970)が先を急いでも、音の立ちにくい靴を選んだために気付かれる気配はない。服装も目立ちにくい色合いを心がけた。ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)の出で立ちは特に本格的で、靴下で包まれた靴に一切の金属を排除した服装。その上、色合いまで周囲の景色に溶け込むように調整された姿はまるで傭兵のように思える。
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)が事前に地図で確認しておいた庭からは見えにくいルートを八人は進んでいく。目立たない色のマントを纏ったウィッカは、音を立てないようにするため、手ぶりで身を隠せそうな曲がり角を指差した。
(「傍から見ると、子供を守る女性を襲撃しようってんだから何かこっちが悪党みたいよね」)
壊れにくいことを確認済みの時計で時刻を確認しつつ、橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)は声に出さずにぼやいた。
だが、それはそれ、だ。
これまで働いてきた悪事の清算は受けてもらった然るべきである。突入は全ての班が同じ時刻に行うと定められた。
(「そろそろ時間ね。張り切っていくわよ!」)
迫る時刻を見ながら、芍薬が顔を上げた。
交わされる視線の後――彼らは、音もなく仮初の楽園へと足を踏み入れる。
●まるで天上のような
「え?」
緑色の赤ん坊を湯浴みさせる乙女の唇から漏れる驚きの呟きごと、アジサイは躊躇うことなく――少なくとも外見上は――エクスカリバールの投擲によって打ち砕いた。
庭の南東の端から奇襲を仕掛けるという彼らの作戦は功を奏し、白衣の巫女は完全に虚を突かれる形でケルベロス達の襲撃を受けたのだった。
「あなたたちは……!!」
「――ごめんねは、言わないよ」
敬愛する年上の遊び友達であるアジサイに続いて跳び込んだあかりは、脱いだ迷彩マントを投げ捨てながら殺神ウイルスをばらまいた。
「あっ」
「眸さんッ」
巫女の悲鳴とあかりの呼び声が重なる。
眸はあかりが開けた射線の先にいる巫女を狙い、真っ直ぐに腕を上げた。
「此処は地球。貴様らの家でハなイ」
迸る轟竜砲。
巫女は両手を広げ、種子を護るように仁王立ちながらその体にまとわりつく植物の蔓で応戦する。
「おっと」
仲間の盾として立ち塞がったムスタファの手刀が逆にそれを絡めとり、慈悲も憐憫もなく昏き声色で囁きかける。
「祈りを」
受けた傷をすぐさま癒し、次の攻撃に備えて闘気の出力を増す。周囲には英雄の詩を紡ぐソールロッドの快い歌声が満ち、空色の魔法陣が戦場を飾る。否応なく、前衛達の士気が高揚した。
「さあ、白の純潔打倒のためにしっかりと役目を果たしましょうか!」
巫女の背後に潜り込んだウィッカのスターゲイザーが流星の如き煌めきを纏いながら炸裂。
その時、建物の方で悲鳴のような声が上がった。
「気付いたか」
エリオットは呟き、スターサンクチュアリを仲間に付与する手を早めた。仮にあの巫女たちが元は寄生された人間だったとしてももはや救うことはできまい。
「だが、遅い……!」
脳裏をかつて交戦したカンギ戦士団の末路が過ぎる。それを振り払うようにエリオットは守護星座を紡ぎ続けた。
裸の巫女二人が駆けつけるより先に、芍薬は熱くエネルギーが集約した掌の放出口を白衣の巫女の鳩尾に押し当てる。
「綺麗ななりしてるし、男なら鼻の下伸ばしちゃうんでしょうね。でも、残念だけど私は容赦しないわよ!」
「あああああッ!!」
真っ赤に灼かれながら断末魔の叫びを上げる仲間の最期を、戦場へと駆け付けた残りの巫女たちは眼前で見届けた。
「よくも、よくも……!」
涙すら流す彼女たちを、ソールロッドは少し悲しい気持ちで見つめていた。彼女たちはまるで子を慈しむ人の母のようだ、と思う。人が動植物を狩り命を紡ぐように、彼女らは人を狩るのだ。
「私達が完全なる善、というわけでもありません、敵にも心がある。でも、私はケルベロスなので、この地球を守るため、人類のために仕事をしましょう」
足元に生えている草花が、彼の言葉を肯定するようにさざめいたように見えた。
「…………」
ただ一人、種子の赤ん坊だけが意志の見えない瞳でぼんやりと空を見上げている。
●終焉はいま、ここで
「種を守らなくていいのか? 死んでしまうぞ。俺は一向にかまわんがな」
「く……」
ムスタファはわざと道を開け、後から合流した二人の巫女を種子と自分たちの間に通した。
彼の挑発に対して明らかに巫女の動きが鈍った。避ければ、後ろの種子に攻撃が当たってしまうかもしれない――。
不安は戦いにおいて不利になる。
ムスタファは言葉で敵の心を縛り、縛霊手越しに捕らえた巫女の体を地面の上に組み伏せて関節を決めつつ、その体を縛った。
「卑怯者……!」
「謗りは受けよう。デウスエクスの侵略行為の大半は生存を目的としたもの。それ自体を悪とは言えない」
だが、受け入れることもできないとアジサイは断じる。
「これは生物としてのエゴのぶつかり合いだ。殺しに来るなら殺すまで。害しに来るなら防ぐまでだ」
アームドフォートを展開し、照準を巫女に定めてキャノンを撃ち込む。たまらず、巫女たちは次々に黄金の果実を宿して体力の回復を試みた。
「させませんよ」
与えた足止めが複数を越えたと思われる頃合いを見て、ウィッカは魔術文字を刻んだ魔剣を手に巫女へと躍りかかった。
――魔剣葬呪・黒の滅印【改】による刺突。
「く、ああっ!」
腹部に深々と突き刺された巫女の唇から苦痛の声が零れる。隙を逃さず、あかりの振るった鎌が真横に薙いだ。
真紅の血飛沫があかりの頬を染める。
構わず、状況判断して叫んだ。
「こちらが押してる。このままの状態を維持して」
「わかりました」
短く頷き、ソールロッドは細かく回復のためのグラビティを切り替える。弓を番え、攻撃手の背を目がけてそれを撃ち込んだ。
「いざ行け、ここに集いし勇士達よ。敵の軍勢、恐るるに足らず。勝利は、我らと共にあり!」
戦意を更に奮い立たせるのは、エリオットが諳んじる英雄騎士団の凱歌。
「表層だけを見れば、無垢な赤子を囲む、暖かで何気ない日常……でもそれは、淫蕩な媚態で男を誘い、殺め、数多の人々の犠牲の上に成り立っているまやかしだ」
「あア」
スターゲイザーによる蹴撃を決めて着地した眸の傍らから、ビハインドのキリノがムスタファのボクスドラゴン・カマルと連携を取りつつ敵を金縛りに陥れる。
「動けないッ――」
「ワタシは目ではなく耳で相手の正体を聞ク。どのよウな姿をしていようが……キサマは植物ダ」
足止めは十分とみて、眸は攻撃の基点を威力重視に切り替える。腰を落とし、狙撃体勢に入る。
巫女たちにはあかりが中心となってその行為を阻害するエフェクトを、仲間たちにはエリオットが中心となって防御的なエフェクトを積み重ねた。
「……思うことがないわけではないんだ。でも、僕は……僕たちは、ケルベロスだから」
あかりの呟きと同時に、巫女の体が何千本もの針金のような氷で穿たれた。Liar。それは嘘つきが流す涙の氷雨。
「いやああああっ!」
眸の指先が引き金を引いた。
轟音と共に放たれた竜の咆哮が巫女の体を呑み込み、荒れ狂いながらその息の根を止める。
●決着
残すは、既に手負いの巫女が1人と彼女が背に守る種子が1体。
「このッ……!」
伸ばした手から火焔を放射する巫女の攻撃を回避しつつ、芍薬はナイフ片手に斬り込んだ。
「ありがと、九十九」
自分を守るように前へ出たテレビウムは嬉しそうに両手を挙げながら応援動画を表示する。それは同じく盾役を任されたカマルを癒し、体勢を崩した直後の敵にタックルするのをアシストした。
「いけるな、新条?」
「いつでもどうぞ」
そして、膝をついた巫女の両脇から弧を描いて飛来するバールのようなものともう一つは――大鎌だ。
「――ッ!?」
目を見開いて逃げ場を失った巫女の急所を切り裂いて、それぞれがアジサイとあかりの手元に戻る。
「守……なくて、ご……なさ……」
息絶える寸前、巫女の唇から謝罪の言葉がこぼれた。その意味を理解したかのように、それまで大人しくしていた種子の赤子が甲高い泣き声をあげる。
「……!」
エリオットの眉間に皺が刻まれる。
敵は攻撃の手段をもたない。彼は剣に雷光を込め、『偽りの平和』を終わらせるためにそれを突き出した。
「これ以上、貴様らに『人の命の尊厳』を蹂躙させはしない……!」
「ええ。必ず止めましょう、私たちで」
ソールロッドが呪文を唱えると、重ねた両の手のひらから竜の幻影が迸る。大地を揺るがすほどの衝撃の中、舞い散る葉を避けもせずにムスタファが迫った。
「お前の祈りは神へは届かん。今、ここで死ね」
蹴り上げた炎撃が燃え盛る中、ウィッカの放つ黒き槍が赤ん坊の喉元に突き刺さった。
「アァ……――!!」
声帯が潰れ、ぴたりと泣き声が止まる。
「今です! 種子を潰して白の純潔を根絶しましょう」
「冥土の土産よ、全員まとめて地獄の彼方に叩き込んでやるわ!」
芍薬の振り回したドラゴニックハンマーが種子を打ち砕いた。一瞬にして凍結した後、弾けるようにして消失していく。
「こうやって大阪城から出てきた敵の対処だけではなく、大阪城そのものを早く奪還したいですね」
ウィッカが呟き、あかりが瞑目する。
(「さようなら。どうか……どうか、良い夢を」)
偽りの日常が幕を閉じた後、エリオットのヒールによって戦いの痕跡を消された住居だけがひっそりとそこに在り続けるのだった。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2018年8月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|