その死神はどこか寂しそうな横顔と燃える夕陽のような双翼を持っていた。彼女のたおやかな指先が植物の球根に似た『死神の因子』を冴えた青い体躯を持つ試験用量産型ダモクレスの額に植え付ける。
「お行きなさい、ディープディープブルーファング。グラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺され……私の研究の糧となるのです」
すると、ブルーブルーファングは大きく体をくねらせて向きを変えると、まるでそこに海があるとしか思えない動きで空中を泳ぎ出した。力強く尾を跳ねて、災禍の運び手となったそれは獲物を求めて休むことなく突き進む。
「空中を泳ぐように移動する鮫型のダモクレスが神奈川県伊勢原市に向かって移動しているようです」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まった者たちを出迎え、依頼の説明に入った。
「どうやら、死神によって『死神の因子』を埋め込まれた個体のようですね。それに、今までの事件とは少し違う事情がありそうな気がします……けれど、やるべきことは変わりません。犠牲者を出すことなく、このダモクレスを撃破してください」
ディープディープブルーファングと呼ばれるように、このダモクレスにはメカ触手とサメ魚雷を武器として扱うようだ。
この個体は斬撃が得意らしく、触手をジグザクに奔らせて貫いたり、あるいは魚雷を足止めや周辺にいる敵を凍らせるために用いたりして暴れ回る。
「基本的には接近戦を好むようですね。知性は低く、高度な戦術は行えませんが代わりに獰猛な戦闘能力を持ちます。出現予定地はここ、小田急線伊勢原駅バスターミナル。この駅からは観光地である大山に向かうバス停があり、夏休みは登山客で賑わいます。もし、ダモクレスの撃破に失敗すれば居合わせた人々は残らず虐殺されるでしょう」
それに、と彼女は続けた。
どうやらこのダモクレスは、死神の因子を植え付けられたデウスエクスのような撃破時に彼岸花の死の花が咲き、死神に回収されるという特性を持ち合わせていないようなのだ、と――今回の事件が変わり種であることを改めて告げる。
「ディープディープブルーファング……一体何の目的があるのでしょうね。気にはなりますが、まずは事件を未然に防がなければなりません。皆さん、どうぞよろしくお願いしますね」
彼女は仄かな微笑を可憐な唇に浮かべると、丁寧なお辞儀をしてから説明を終えた。
参加者 | |
---|---|
アイン・オルキス(矜持と共に・e00841) |
レイ・ブリストル(金色の夢・e02619) |
海野・元隆(一発屋・e04312) |
深宮司・蒼(綿津見降ろし・e16730) |
薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154) |
朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547) |
オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322) |
エトワール・ネフリティス(翡翠の星・e62953) |
●伊勢原駅前にて
ディープディープブルーファング。
その名に相応しき鮫型のダモクレスは昼夜を問わず宙を泳ぎ続け、遂にその現場へとたどり着いた。賑やかな駅前のバスロータリーには、登山用のザックを背負った老若男女が談笑しながら次のバスを待っている。ディープディープブルーファングが体を限界までしならせ、今にもその牙を剥こうとした時だった。
「させるかよっ!」
真っ先に飛び出したのは、爽やかな青い髪を結い上げた少年――深宮司・蒼(綿津見降ろし・e16730)。ドカカッ! とダモクレスの横っ面へと最初の損傷が入る。突如として始まった戦闘に周囲からは驚きの悲鳴が上がった。
「大丈夫、ここはボクたちに任せて」
エトワール・ネフリティス(翡翠の星・e62953)は逃げ惑う人々を落ち着かせるために微笑んだ。
「ほんと?」
泣きそうな子供の頭を撫で、エトワールはしっかりと頷いた。
「もちろん! だから、落ち着いて転ばないように避難してね。ほら、避難経路はあっちだよ。ちゃんと駅員さんに確認したルートだから、安心して?」
「うん、わかった!」
ぱっと元気な顔になった子供は父親に手を引かれて駅構内へと避難していく。
「戦いが終わるまで駅から出ちゃだめなんだよ!」
朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)は既にディープディープブルファングと組み合うようにして交戦中の蒼を援護するため、「頑張って!」と月光に咲く花のように眩い気を送る。
「ふふ、僕の方がずーっと美味しいよ?」
人込みに隠れるようにして待機していたレイ・ブリストル(金色の夢・e02619)が、華奢な体にはそぐわぬ巨砲を展開しながらディープディープブルーファングの前に割り込んだ。
「助かる!」
庇われた形になった蒼が叫んだ。
「こいつ、つえーぞ!」
凶悪な双眸をギラリと輝かせ、ディープディープブルーファングは装着していた魚雷を一斉に放った。
レイと同じく登山客に紛れて待機していたオリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)は、逃げ駆ける一般人を護るように立ち塞がり、絶対零度の氷爆をその身に受け取める。
「っ……」
睫毛まで凍り、目が開かない。
大丈夫か、とか、頑張れ、とか。逃げ惑う人々の中から心配と応援の声が聞こえた。
「これくらいへいき、だよ……」
絶対にここは通さないから、落ち着いて逃げて――オリヴンの願いが通じたかのように、避難は迅速に完了した。
「そろそろよさそうですね」
「ああ、新たに巻き込まないように人払いを頼むわ」
首を巡らせて逃げ遅れた者のいないことを確かめた海野・元隆(一発屋・e04312)は、薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)がふっと表情を消してその身の内から禍々しいまでの殺気を解き放つのを間近で見ることになる。
(「ッ……」)
艶然とした普段の姿からは及びもつかないほどの凶悪な気だ。元隆は唇に笑みを刻み、ぞくりと肌が粟立つのを楽しんだ。
「――よし、じゃあ本格的にあいつを叩くとしようか。大通りに追い込んで開けた戦いやすい場所でするとしよう」
「了解した」
「ほら、こっちこっち!」
アイン・オルキス(矜持と共に・e00841)が道を開け、蒼が後ろへ跳びながらぶんぶんと大きく手を振ってディープディープブルーファングを挑発する。知性のない戦うためだけに造られた量産型ダモクレスは迷うそぶりすらなく、獰猛な咢を開いてその身を躍りかからせた。
●深く蒼き牙
伊勢原駅前の大通りは、いまや激しい戦闘の舞台と化していた。魚雷の余波でバス停やガードレールの表面は凍てつき、触手攻撃の余波を受けたアスファルトの一部はいびつに陥没している。
「いけ、……っ」
オリヴンが手を置いた地点からチェインが迸り、幾何学模様に似た魔法陣がアスファルトに浮かび上がった。続けてレイのアームドフォートが形態変化。光の盾を射出して、更に前衛を守護する壁を散りばめる。
「死神の配下のダモクレス……ちょっと複雑だねぇ」
「なー? ダモクレスなのに、なんで死神に協力してんだろ?」
レイと蒼は同じことが気になったらしく、体勢を立て直す合間に目配せした。
「ありがとね」
結のボクスドラゴン――ハコの属性援護を受けたエトワールの手元で、ガジェットが変形。石化の弾丸が迸った。
「よし!」
無事、着弾。
ディープディープブルーファングの体表にひび割れのような石化の兆候が表れる。うまくいけば、何回かに一度は動きを止められるはずだ。
(「それにしても、機械のお魚さんは初めて……かも? どうして空中を泳げるんだろ。サメ以外にもイルカとかシャチとかいるのかな」)
エトワールは赤い瞳を好奇心に煌めかせて、手元の剣を杖のように振るい星の聖域を周囲に描き出す。
「そらよ」
その魔法陣に守られた元隆の薙いだ喰霊刀から魂が放たれ、後方で電撃杖を構える怜奈の体に乗り移った。静電気がまるで陽炎のように揺らめき、ふわりと長い髪が広がる。
「感謝いたしますわ」
ただでさえ、命中率に長じる怜奈の一撃が更にその精度を増したのだ。
「あの動きと高い攻撃力からして、ポジは……クラッシャーの気が……」
怜奈の呟きに結が頷いた。
「うん。そんな気がするよね?」
「ですわね。皆さん、お気をつけ下さいね。あの攻撃力は侮れませんわ」
注意を促す通達に、ディフェンダーであるアイン、レイ、オリヴンが次々と承知の意を告げた。厚い三枚の壁は、ディープディープブルーファングを取り囲むようにして一切の逃げ場を塞いでいる。
「その刃の悉くをへし折ってくれよう」
獰猛な牙を剥いて突進してくるディープディープブルーファングを迎え撃つアインの手首でコンドルが羽ばたき、杖へと姿を変えた。
「くらえ!」
吐き出す炎玉は見事にディープディープブルーファングの鼻先で爆ぜた。のたうち回る敵の突進を紙一重で受け流した怜奈の雷撃が雷鎚の如く放たれる――!
「ギギギッ!!」
ディープディープブルーファングは機械がショートした時のような異音を発しながら、狂ったように尾を打って滅茶苦茶に魚雷を発射した。
「くっ!」
レイは咄嗟にアームドフォートを防御形態に変え、猛攻を凌ぐ。
「好き勝手させないんだよ!」
その時、結の周囲に翠風が巻き起こった。
薄い、紗のヴェールが翅のように羽ばたいたかと思った瞬間、それは漣となって前衛の間を吹き抜け、凍てつく氷結を溶かしていく。
「蒼くん、大丈夫?」
「ああ!」
そのまま、連携の勢いで蒼は指先に印を結んだ。
「水郷の弐式……ぶった斬れ、鎌鼬!」
空中に飛沫が舞った中から現れた水の式鬼が、鋭いヒレを刃と代えてディープディープブルーファングの周囲を旋回しながら螺旋状に切り刻む。
「後ろががら空きですわよ」
死角となる仲間の背後から目にも止まらぬ速さで飛び込んだ怜奈の蹴撃が更に追撃を入れた。
「損傷増加……動きも封じ込めてますわ」
「ああ。念のため、もう一陣いっとくか」
「はにゃ! みんな頑張ってー!」
ゾディアックソードを肩に負った元隆が軽く口笛を吹くと、前衛の足元で幾つもの星座が眩いた。スターサンクチュアリ――星の聖域。そこでエトワールが舞い踊るのは甘やかな花々を咲かせる軽快なステップ。タンッと爪先で地面を叩くと、一斉に花びらが舞って戦場を華やかな色彩に包み込んだ。
彼らの戦いを見る者がいれば、戦場を彩る数々の光盾や魔法陣の煌めきに感嘆を漏らしたに違いない。白銀、翠、黄金、鋼、花々。あらゆる輝きと生の息吹がケルベロス達を守護し、ダモクレスの猛攻を防いでいる。更に三人の壁役が協力して盾となっては、ディープディープブルーファングの攻撃は有効打を与えられる気配すらなかった。
●一気呵成
「オリヴンくん、そっちお願いするよぉ」
「はーい」
癒し手の結は最後方から戦場を見渡して、手が足りないところへ援護を要請する。オリヴンの手のひらで輝いた翡翠の光が最前線で盾となるレイの負った怪我を優しく癒した。
「礼を言うよ」
ドレスの裾を指で軽く摘まんでのお辞儀は戦いの中にあっても優雅さを失わない。回復の間、代わりに攻撃を引き受けていたオリヴンのテレビウム――地デジも嬉しそうに跳ねた。
「さて、とそろそろ佳境かなと思うのだけどね」
「ああ。引導を渡してやろう」
アインは敵を見据えたまま、すっと顎を引いた。
「行けるな?」
「もちろんだよ」
レイとアインは視線を交わし合い、同時にディープディープブルーファングの左右から躍りかかった。キンッ――目にも止まらぬアインの剣戟が敵の身を削いだところへ、魚雷が迫る。だが、受けたアインの傷はすぐさまレイの光盾が発動したことで深手には至らない。
「ここは通さない、よ」
立ちはだかるオリヴンの汞と呼ばれるオウガメタルが粒子の輝きを増した。後衛のハコが鋭く興奮したように翼を拡げ、怜奈は再びライトニングロッドを構えた。
「そ、おれっ!」
高く跳躍した蒼は落下しながらディープディープブルーファングの傷に狙いをつけ、追い打ちをかけるようにそれを斬り広げる。
「まったく、こんなところを襲おうとしたお前が悪いんだぜ? 夏休みだけあって学生がいないのはよかったがな――」
そう、学生街でもあるこの駅前は通学に向かう生徒で朝夕は特にごった返すのだ。元隆は既に傷だらけのディープディープブルーへと言い聞かせるように告げて、構えた刀を逆手に喉元目がけて突き込んだ。ゴツ、という鈍い手ごたえ。
直後、腹部に激痛が走る。
「ちっ!」
ディープディープブルーファングが苦し紛れに伸ばした触手が元隆の脇腹を貫いたのだ。しかし、読んでいたアインの手を離れた雷針がすぐさま傷を癒しにかかる。
「なら、ボクはこっちに回るよ!」
回復支援は手が足りていると判断したエトワールの手元に翡翠の杖が現れた。瞼を伏せて、幾度か振る度に産み落とされる星がディープディープブルーファングを取り囲み、どこまでも追いかける――!
「今なんだよ、怜奈お姉さん!」
「ここで決めて、だよ!」
両手を掲げて生み出した満月の光を、結は思いっきり怜奈に向けて放り投げた。はためくコートは団長から借り受けた、勇気をくれる牙閃奏雷。
あらゆる支援を受けた怜奈は仁王立ちとなって、自信に満ちた笑みを口元に湛えた。
「任せてちょうだい」
利き腕が上がらなくなるほどに重く膨大なエネルギーを蓄えたロッドを、怜奈はギュルンッ! と八の字に回転させながら両手に持ち替え、その切っ先をディープディープブルーファングの眉間に差し向けた。
極限まで狙いと威力を上げた一撃。
反動によって体が傾ぐほどの威力をもって放たれたライトニングボルトが、ディープディープファングの眉間を砕いてその心臓を鎖で拘束し、激しい雷爆のただ中に飲み込んでいった。
●打ち上げ
「いい感じに焼けてきたな」
一杯やりながらトングで焼き肉の具合を見る元隆の隣で、戦闘時よりも僅かに気を緩めたアインがジンジャーエールを飲んでいる。
駅前ロータリーの損害はそれほど酷くはなく、ちょっと可愛いデザインになってしまっものの十分に修復することができた。戦闘が終わったことを避難した人達に伝え、無事に任務を終えた彼らは元隆の提案でジンギスカンの焼肉屋にやってきている。
「でも、あいつなんだったんだろうなー? 頭部を破壊しても特に変わりはない感じだったよな」
「そうなんだよね。どうやって、研究に反映するつもりなのかなぁ?」
蒼の疑問に結が首を傾げる。
今回のダモクレスは今まで死神の因子を植え付けられた個体と違って、彼岸花が咲くようなこともない。だとすれば、死神はどうやって情報を回収するつもりなのだろうか。
「なんだか、かわいそう……」
オリヴンは少し沈んだ顔で、死神の駒にされたとしか思えないダモクレスを思い出していた。
「倒されるための存在、だもんね」
エトワールが頷くと、怜奈は焼肉のタレを取りながら残念そうに肩を竦めた。
「何かヒントになる残骸でも見つかればよかったのですけれど……」
「色々と考える必要がありそうだね」
神妙な顔で頷くレイの向かいで、エトワールが雰囲気を変えるように笑った。
「ひとまず、今はご馳走を楽しもうよ。はふはふ、おいしー!」
幸せそうな顔を見ていたら、思案にくれていた面子も心がほぐれて次第に箸を動かし始める。やがて、打ち解けた様子で談笑する彼らの姿が店の片隅で見られてたという――。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年8月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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