魂鎮めの火

作者:朱乃天

 お盆を迎えるこの時期は、亡くなった人の魂がこの世に還ってくると云う。
 人々は死者の御魂を祀る為、明かりを焚べた灯籠に、それぞれの想いを込めて川に流す。
 生命を弔う光が水辺に浮かべられ、闇夜の中を迷わぬようにと導く灯火は、現世と常世の狭間の世界に誘うかのような、幻想的な美しさすら感じさせられる。
 慎ましやかに執り行われる灯籠流しのお祭りは、故人を偲んで祈りを捧げ、仄かな優しい光が織り成す幽玄たる光景に、人々は心惹かれるように酔い痴れていた。
 ――だが死者の御魂をあの世へ送り届けるはずの灯火は、招かれざる存在までもを空から招き寄せてしまう。
 突然、上空から三つの巨大な牙が飛来する。そして地面に突き刺さり、牙は鎧兜を纏った竜牙兵へと姿を変えて、安らぎの時を過ごす人々に襲い掛かる。
「オマエたちの、グラビティ・チェインをワレらにヨコセ!」
「そして、ゾウオとキョゼツを、ドラゴンサマへのカテとするノダ!」
 竜牙兵達は恐怖に慄き怯える人々を、嘲笑しながら禍々しい鎌を振り下ろし、数多の命を刈り取っていく。
 あの世とこの世を結ぶ川の水面は、人々が流した夥しい血で赤く染められて。
 死者を弔う宵祭りの優美な風景は、蹂躙された生者の肉片溢れる阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わり果ててしまい――竜牙兵の耳障りな哄笑だけが、闇夜の中に木霊した。

「連中には死を悼むような心なんて持っちゃいない。むしろ好都合な餌ってところだな」
 灯籠流しのお祭り会場が、竜牙兵に襲撃される事件が予知される。
 アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)は話を聞いて一瞬顔が険しくなるものの、それなら返り討ちにすればいいだけだと、気持ちは既に戦いの方に向いている。
 彼のそうした意気込みを、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)は頼もしそうに感じつつ、今回の事件について説明をする。
「竜牙兵達は会場の手前辺りに落下して、お祭りに来た人達に襲い掛かるんだ。キミ達は、これから現場に急行し、敵が凶行に及ぶのを阻止してほしいんだ」
 ただし竜牙兵が出現するより前に避難勧告を出してしまうと、竜牙兵は襲撃場所を変えてしまう為、被害を食い止めることはできなくなってしまう。
 だが敵が出現した直後にタイミングを図って突撃すれば、竜牙兵はケルベロスを排除しようと動くので、そのまま戦闘に持ち込むことができるだろう。
 それにケルベロスが現場に到着すれば、避難誘導などは現地の警官達が対応してくれるので、後は戦闘だけに集中すれば良い。
「今回戦う竜牙兵は三体で、何れも簒奪者の鎌を使って攻撃してくるよ」
 戦闘が始まれば、敵はケルベロスを倒すことだけに全力を注いで攻めてくる。また、撤退する意思はなく、玉砕も覚悟の上で最後まで戦い抜くつもりらしい。
 亡くなった人の魂を、供養し弔う神聖なる儀式。それが人々の血で穢されるような事態にならないよう、敵の野望を必ず打ち砕いてほしいと、シュリは願う。
「ところでもし無事に事件を解決したら、ついでにお祭りにも参加してきたらどうかな?」
 川に浮かべられた灯籠は、死者への思いを火に灯し、あの世へ送る為の標となって。
 どうか安らかなれと御魂を鎮め、人々は、今ある生の尊さを、心に深く刻んで祈る。
「亡くなった人を悼むだけでなく、私達が今を生きていられることに感謝する……そうした思いは、いつまでも大事にしていきたいですね」
 例え死んでもその魂は、人々の心の中にあり続けるのだと。
 マリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)は嘗て多くの死者を看取ってきた者として、命を灯す光の世界に思いを巡らせるのだった。


参加者
ゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
アッシュ・ホールデン(無音・e03495)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
レミリア・インタルジア(蒼薔薇の蕾・e22518)
綴喜・染(インシグニスブルー・e26980)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
天喰・雨生(雨渡り・e36450)

■リプレイ


 亡くなった者の御魂を迎え、あの世へ送り届ける灯籠流しの儀。
 人々の故人に対する思いを込めた灯火が、川辺に浮かび流れて昏い闇夜を照らし出す。
 生者の命と死者の魂を、現世と常世を結び合わせる幻想的な世界。
 仄かな光が醸す幽玄の美しさに惹かれるように空から現れたのは、三体の竜牙兵。
 命を弔う儀式の最中に、新たな犠牲を生んでしまう。そんな悲劇を食い止めるべく、9人のケルベロス達が戦場の地に駆け付ける。
「今日は皆がそれぞれ静かに時を過ごす日だよ。邪魔はさせない!」
 人々の命が刈り取られるその直前、ゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)がライフル銃のトリガーを引き、冷気を帯びた光線を撃ち込み、竜牙兵を威嚇射撃する。
「使い捨ての様に扱われるあなた達にも、死を恐れ、悼み、生を尊ぶ心が……在ったなら、良かったですのにね」
 続いて鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)が、古代語魔法を詠唱しながら魔力に呪詛を載せ、放った呪いの光線で、竜牙兵を一般人から引き離す。
「ナニッ……!? もしやキサマらはケルベロスか! ソレならサキにキサラらからシマツしてヤロウ!」
 一般人への襲撃を、ケルベロス達の介入によって阻止されてしまった竜牙兵。彼等の意識は本能的に番犬達に向けられて、周囲は緊迫した空気に包まれる。
 竜牙兵の出現とケルベロス達の登場に、現場は騒然とするが、警官達が対応に回って避難誘導が進められていく。これで戦闘には何の支障も来さない。
「無粋にも程があるってもんでしょ。此の夜だけは、緋色になんて染めさせやしない」
 真白き外套を目深に被った、エルフの少年。天喰・雨生(雨渡り・e36450)が、からからころりと下駄の音鳴らして跳躍し、速度を乗せて蹴り込めば。重力纏った下駄の歯の跡が、竜牙兵の腹部に刻まれる。
 先手を取って攻撃を仕掛けるケルベロス達。だが竜牙兵の一体が、この状況を切り崩そうと反撃に出る。
 手にした鎌に『死』の力を纏い、刃を振るう竜牙兵。だがそこに立ちはだかるのは、褐色肌のオラトリオの少女、アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)。
「地球に灯る光を、ささやかな祈りを、わたくしはとても愛しく想うのです。だから……この星を侵す輩は、完膚なきまでに刻んで差し上げる!」
 首筋狙って振り下ろされる死の鎌を、彼女は棍で受け流して軌道を逸らし、巧みな棍捌きで竜牙兵の武器持つ腕を叩き払う。
「故人を偲び、祈りを送る場を襲うとは……許し難い行為です。無粋な竜牙兵には、早々に去って頂きましょう」
 人の命を餌としか見なしていない。竜牙兵達のその在り方に、レミリア・インタルジア(蒼薔薇の蕾・e22518)は憤りを隠せず言葉を震わせる。
 そんな連中に、人々の尊い命を奪わせはしない。癒し手としての思いを指輪に込めて、祈る力は光の盾を生成し、アイヴォリーに加護の力を纏わせる。
「使えるもんは何でも使う主義でな……伊達や酔狂で持ってるもんなんざねぇってこった」
 アッシュ・ホールデン(無音・e03495)が煙草に火を点け、深く一服。
 燻る紫煙は霧がかかったように竜牙兵達の視界を遮って、神経回路に作用を及ぼす麻痺毒が、巻き付くように相手の動きを抑え込む。
「綺麗な花には……ってな」
 アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)の紫色の双眸が、竜牙兵達の意識を取り込むような冷たく鋭い光を放つ。
 刃の如く駆ける白雪は、散って氷の椿と化して花咲かせ。花弁の嵐は、棘刺すような痛みをその身に植えて。じわりと沈む冷たさに、心満たされて笑む白雪の幻想をそこに視る。
「死者を弔い、生者が思い出し、ふたつを繋ぐ大切な祭りだ。その場で殺戮なんざ以ての外……お前らにくれてやる命なんざひとつも無ぇな」
 綴喜・染(インシグニスブルー・e26980)が竜牙兵に対して怒りを露わに、粗暴な言葉を吐き捨てる。
 灯籠流しに寄せる人々の願いを血で穢させはしない。染は漆黒の翼を広げて空を舞い、急降下しながら流星の如き蹴りを竜牙兵に見舞わせて。着地をした後、アベルと目を合わせ、互いに並び立つようにして竜牙兵を迎え撃つ。
 死者の御魂をあの世へ送る日に、竜の尖兵達にも死の葬送を――。
 敵の野望を打ち砕かんと、ケルベロス達は力を一つに合わせて立ち向かっていく。


「ある意味、弔うには丁度良いかもね。何故ならば、今日がお前達の命日になるからさ!」
 ゴーグル越しに狙いを定め、ライフル銃を構えるゼロアリエ。
 注いだ魔力の弾が銃口から発射され、竜牙兵の一体を撃ち抜くと。光が弾けるように敵の力を中和させ、相手の戦闘力を削ぎ落とす。
「――雷鳴轟かせ来たれ、暗雲」
 纏の鈍色の目が、最も負傷している竜牙兵へと向けられる。
 まず一体に集中攻撃し、各個撃破を狙うケルベロス達。纏が艶めく棍に力を込めると一直線に伸び、敵を逃さず捉えて突きが炸裂。竜牙兵が態勢を崩した一瞬の隙を雨生は見逃すことなく、間合いを詰める。
 術を展開させると同時に、左半身に浮かぶ赤黒い梵字の魔術回路が呼応して、脈打つように輝きながら秘めたる力を解き放つ。
「血に応えよ――天を喰らえ、雨を喚べ。我が名は天喰。雨を喚ぶ者」
 天を喰らいし雨を喚ぶ、雨生の血族に伝承されし呪法。『第零帖壱之節・解天』からなる解析により、竜牙兵に残存する水気を把握。闘気を帯びた掌を、相手の胸に押し当てる。
「……塵一つ残さずに、その野望ごと消し飛ばしてあげるよ」
 打ち込む闘気の波動が竜牙兵の水気と混濁し合い、内から炙るように蒸発させて、竜牙兵の身体がみるみるうちに干乾びていく。
 そして最後は息絶えながら倒れ伏し、霧散していく様を見届け終えて。雨生は一旦気持ちを引き締め直し、すぐに次の敵へと狙いを切り替える。
 最初の一体を早々に撃破したことで、ケルベロス達は戦いを優位に進めて一層苛烈に攻勢を掛ける。
「――さっさと逝っちまいな、悼んじゃやらねぇけどよ」
 普段は気さくなアベルが不機嫌そうに声を零し、苛立たしげに竜牙兵を睨め付ける。
 黒い革の手套を嵌めた掌に、拾った石の礫を握り締め。闘気を纏わせ指で弾くように飛ばした礫の弾丸が、竜牙兵の腕を正確無比に撃ち抜いた。
「グオッ……! チョウシにノるなよ、ケルベロスども! コレでもクラえ!」
 竜牙兵が鎌を大きく振り被って投げつける。投擲された刃はアベルを狙い、旋回しながら襲い掛かってくる。
 大気を薙いで回転する死の鎌が、アベルの眼前まで迫ろうとしたその瞬間――横から一つの影が躍り出て、間を遮るように立ち塞がった。
「その番犬如きに梃子摺ってるのは、どこのどいつだ? この程度の輩しか信奉しないドラゴンってのも、たかが知れてるわな」
 アッシュが己の身体を盾として、鉄塊剣で竜牙兵の鎌を受け止める。不敵に口元吊り上げ相手を見返すアッシュだが、防ぎ切れなかった斬撃が、腕を掠めて血が滲み出る。
「治療は任せて下さい。すぐに治します」
 回復役として参戦しているマリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)が、アッシュに癒しの力を行使する。
 ライフル銃に魔力を集め、患部目掛けて治癒を齎す光を射出。温もり感じる優しい光がアッシュを包み、傷口が瞬く間に塞がっていく。
「――大地よ、地の底より沸き上がりその手を伸ばせ。大地を走る彼のもの脚に」
 攻撃を終えた直後の隙を突き、レミリアが竜牙兵の懐に潜って魔術を発動。大地に手を添え念じると、足元の土が腕の形を成して隆起して、竜牙兵の足を掴んで離さない。
 レミリアの大地の枷に動きを封じ込まれた竜牙兵。必死に振り払おうと身動ぐその前に、アイヴォリーが薄ら笑みを浮かべて、手を差し伸べる。
「――終りなきを終えましょう、御身だけの其の為に!」
 螺旋を描いて廻る呪力の奔流が、竜牙兵に纏わりつくかのように締め付ける。彼の者を贄と見定め、延々と聴こえてくるのは怨嗟渦巻く叫び声。
 旧き巫覡の呪詛は竜牙兵の身躯と骨とを挽き刻み、その魂を、神に捧げる聖餐として――古今の餐を模る至上の饗応は、全て御身の望むが儘に。

 アイヴォリーの巫術によって更に一体仕留められ、残す竜牙兵は後一体。
 勢いに乗ったケルベロス達は流れるままに攻め立て、火力を集中させて畳み掛けていく。
「もうお前らには後がない。恐怖をその魂に刻み付けながら、地獄にでも落としてやるよ」
 染の投じた螺旋手裏剣が、風切る音を響かせながら高速回転し、竜牙兵の鎌を破壊する。直後にシャーマンズゴーストのヒメが主に続き、霊体化させた爪で斬り裂き、追い討ちを掛ける。
「灯籠流しを待ってる皆の為にも、この辺りで終わりにしないとね。コイツはどうだい?」
 棘付きバールを握り締め、ゼロアリエが竜牙兵の脳天目掛けて力いっぱい叩き込む。棘が頭蓋に突き刺さって血飛沫が飛ぶ、その感触に、ゼロアリエは満足そうに愉悦する。
「そろそろ決着を付ける時ですね。私達も加勢に参りましょう」
「了解しました、レミリアさん。私も一緒に合わせます」
 ここまで戦線を支えてきたマリステラとレミリアも、攻め手に回って火力を重ね、雷光奔る槍の刺突と生命力を奪う凍気の光線が、竜牙兵に深手を負わせて追い詰めていく。
「――おいで、妖精」
 “踊ろう”――と、纏の喚び聲に、誘われ出ずるは幻想世界の小さな隣人達だ。
 楽園より来たりし異界の住人達は、手負いの竜牙兵を取り囲み、翅々広げて輪舞を耽譚、妖精の輪には光が振る降る。思い思いに奏でて唄い、舞い遊ぶ。
「出でませ我が朋、我等が女王。これなる者の手を取って、遠き彼方の扉に連れていって」
 高らかに詠う纏の言の葉に、群れ飛ぶ朋等はさざめいて。燦めく銀閃、歪つな嗤い聲――“踊ろう”、“踊ろう”と。泡沫の夢幻は狂気の渦に変貌し、女王の御手を賜らん。
『――“さよならだ”』
 別れを告げて差し出すその手は冷たくて、誘う世界は星より遠き闇の涯。
 竜牙兵は命を引き抜かれるように崩れ落ち、骸は光の塵となって消え散った――。


 剣戟の音が止み、戦場と化した灯籠流しの会場に、再び静かな空気が舞い戻る。
 三体の竜牙兵はケルベロス達の活躍によって無事撃破され、一通りの修復作業を済ませた後は、慎ましやかにそれぞれの時を過ごすのだった。
 雨生は一人離れて思い耽って、川の方へと視線を向ける。
 彼の一族は、雨生だけを遺して絶えてしまい、一人になって久しく時が経つ。
 自分は信心深い方ではないのだが、この灯りが灯火となって導くのなら――。
「……おかげでまだ、しぶとく生きてるよ」
 独り言ちるように囁きながら、灯籠を川に放って送り出す。

 人気のない川の片隅で、レミリアが灯籠を手にしながら、亡き両親の面影を思い出す。
 異国育ちの彼女にとって、川一面に光が灯る光景は、不思議であるがとても綺麗だと。
 ゆっくり流れに揺蕩う明かりを見つめつつ、蒼薔薇の耳飾りにそっと触れ、心の中で祈りを捧げるその刹那――景色が突然フラッシュバックして、過去の記憶が脳裏を廻る。
 そして彼女の青い瞳から、熱い雫が頬を伝って零れ落ちていく。
 涙に濡れる瞳で彼女が視たのは、笑顔の妹と、悲劇に呑まれる最期の姿。
 その魂は、おそらく今もまだ、眠れることなく彷徨っているのだろうか。
「死者の御霊を送り届ける明りよ、お願いどうか――……」
 涙を拭い、遠退く灯りを見届けて、呟く声は切なる願いと共に昏闇に消ゆ。
 そんな彼女の後ろ姿を離れて見守るエフレムだったが。声を掛けることなく、踵を返して背を向けて。二度と振り返ろうとせず、そのまま黙ってこの場を後にした。

 夜闇に燈る灯籠の火が、染の宵を纏いし漆黒の髪を仄かに照らす。
 嘗ては命を刈り取り、奪ったことさえもある。そんな自分が死者を弔い、悼む資格があるのかなどと。
 染は幾度と問い掛けようと答えは見つからず、自責の念に駆られて今日まで生きてきた。
 けれども今は、自分が出来ることを精一杯したい。それが罪滅ぼしになるのなら――。
「……守りたいものが増えちまったからなぁ」
 徐に煙草に火を点け、紫煙を燻らせ天へと昇る先を見て。夜空を映した眸をふと伏せて、煙草を咥えた口元を、薄ら緩ませ微笑んだ。

 濃紫の生地に薄紫の桔梗を描いた浴衣を纏い、アベルは待ち合わせていた怜と出逢う。
 二人は幼馴染の関係で、長年離れて最近再会したのだが、互いに大事な人を失っていた。
 令嬢だった怜は従者であった男性を。アベルは自身の実の弟を。
 それぞれ脳裏に浮かぶのは、恋人をデウスエクスに奪われた日のことであり、この手で彼の鼓動を止めた日のことであり。
 あの世で仲良くやっているだろうかと、不意に零したアベルの一言に。
 きっと仲良くしていますよと、怜はそっと言の葉返して、灯る水面の光に視線を向ける。
 その声に、アベルは安堵の笑みを浮かべつつ。二人は二つの灯籠を、同時に川に流して送るのだった。
(「俺達が逝く時は、笑顔で迎えてくれな。早すぎない様にはするけどな」)
 一緒に見送ることが出来て良かったと、アベルが感謝を伝えれば。怜は嬉しそうに目を細め、空を見上げて祈りを込める。
 二人が胸に誓った想いはただ一つ。『何れ仇は取ってみせるから――』

 羽猫リューズと箱竜クラーレが、ティスキィと仲良く戯れている。
 その様子をゼロアリエは羨ましそうに横目で見つつ、婚約者であるティスキィと過ごせることが何より嬉しくて。幸福感を噛み締めるように、灯籠を川に浮かべて、想いを乗せて送り出す。
 川に溢れる光には、一つ一つの祈りが込められていて。
 幻想的な光景ではあるが、流れていく光の数だけ、死者の御魂を弔っている。
 少女は亡き両親のことを思い出し、自分の力のせいだと胸が張り裂けそうになってしまう――その時、ゼロアリエの手が自分の手と重なって、優しく微笑む彼がそこにいた。
「この灯籠に、キィを大事にしますって誓う……んじゃダメかな?」
 そう告げる、彼の言葉に涙が零れそうになるのをじっと堪え、少女は笑顔で頷き返す。
 大切な人と歩む道。繋いだ手と手の温もりは、このままずっといつまでも――。

 死者の御魂をあの世に送り届ける儀式と聞いたアッシュだが、彼は軍人時代に多くの友を喪ってきた。
 出来ることなら、両親だけでも静かに迎えて送りたい。その一方で、他の同胞達に騒ぎ立てられたら厄介だ。などとぼさぼさの髪を掻きつつ苦笑する。
 その傍らで、十年来の戦友でもある瞳李が、何往復も指折り数えて確かめて。送り出すには大所帯だと言いつつも、賑やかでいいんじゃないかと、その光景を想像しながらくすりと笑う。
 今はこうして幸せに、楽しく過ごせているのだが。ふと偶に、あの喧噪の日々が懐かしく思う時がある。
 昔のことを思い出し、感傷に浸る瞳李は無意識的にアッシュと手を繋ぐ。もしあの頃に戻ってしまったら、この手を離さないといけないのなら――。
 考え込んで俯く瞳李に、アッシュは心配するなと言いたげに、髪を梳くかのように彼女の頭をふわりと撫でる。
「懐かしく思ったからって、今を否定するわけでもねぇんだ。戻れたらなんて考えるなら、楽しいことだけにしとけ」

 幾百もの灯籠が、水辺に浮かんで御魂を導く火を灯す。
 この小さな光の一つ、一つが人の命だと。ダレンは間近で見る異国の慣習に、ほうと感心しながら思いを馳せる。
 彼の隣には、茫洋と光を見送る纏が寄り添っていて。曇る瞳が露でじわりと滲むのを、舌先噛んで耐えながら、甘えるように愛しい彼の手を握る。
 死を悼み、命を尊ぶ今日という日なら、今まで彼に話してなかった自分の事も――。
 だからどうか話に付き合ってほしい、そう乞う纏にダレンは青い瞳に彼女を映し、優しく微笑みながら静かに首を横に振る。
「今この場所で、全てを語る必要はない」
 人間は、多少なりとも傷を背負って生きている。今はこうして側にいられるだけで良い。
 現世と幽世の狭間の空を、仰ぎ見ながら纏は指でなぞって想いを綴る。
「魂は天へ登り、夜空に瞬く星になるのよ、そうしてわたし達を見守っていてくれるの」
 空に輝く星が命の行き着く先ならば、迷うことなく還れるようにと、ただ願うだけ――。

 水面に煌く灯籠の火の群れは、まるで満天の星のように美しく。
 藍の浴衣を揃えて寄り添う二人、アイヴォリーは夜の顔を見上げて呟くように問う。
 ――貴方は魂の存在を、信じる?
 灯籠を流すのは、生ある人を慰めるに過ぎないと。
 夜は彼女の想いを汲み取るように頷いて、闇夜を照らす灯りの方を見る。
 祈りも慰みも、全てが清くて美しいものだから、自己満足だと笑うことはない。
 貴方と二度と逢えなくなってしまったら――儚げに微笑みながら言葉を紡ぐ少女に対し、夜は愛しい彼女の手に触れて、指先搦めて答えを返す。
「――君が居ない世界で生きている意味は無い」
 共に歩んでいく路が、例え黄泉路であろうとも。其れを悦ぶ狂気こそ、きっと魂なのかもしれないだろう。
 繋いだその手に伝わるものは、爛れていて、然れど幻ではなく、確かな熱である。
 狂った熱を分かつ掌が、酷く、愛しく、幸福で。
「――ええ、貴方と一緒に、ゆくんですもの」
 綻ぶ少女の唇が、甘い吐息を漏らして、そう囁いた。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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