深夜のショッピングモール。
ここはかつて、罪人エインヘリアルが、ケルベロス達によって撃破された場所でもある。
その人気のない駐車場に、ゆらゆらと、3匹の魚が浮遊していた。
体長にして2m程。その怪魚どもが泳ぎまわった後には、青白い軌跡が描かれる。
そして軌跡は、魔法陣のような紋様を成立させると、その中心に新たな影が出現した。
エインヘリアルだ。もし以前の事件を知る者ならば、元凶と同じ者だと気づくかもしれない。
だが、血に飢えていた瞳からは、もはや一片の知性も感じられない。
元より髪の毛一本ない頭部には赤い紋様が刻まれ、体のあちこちから刃が生えるという、禍々しい姿へと転じていた。
怪魚……死神にサルベージされたエインヘリアルは、再び、血を求める。
倒したはずのエインヘリアルが出現する。
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が示した出現場所は、とあるショッピングモールであった。
「事件を主導しているのは、死神です。今回実際に活動しているのはかなり下級のタイプで、浮遊する怪魚のような姿をしていて、さしたる知性は持ちません」
この怪魚型死神は、ケルベロスによって撃破された罪人エインヘリアルを、変異強化した上でサルベージ。
その後、周辺の一般人の虐殺を行ってグラビティ・チェインを補給した上で、デスバレスへ持ち帰るのが目的のようだ。
「サルベージされるのは、以前私が予知し、撃破されたエインヘリアルです。死神と罪人エインヘリアルから一般人を守り、敵を撃破してください」
元々の罪人エインヘリアルは、血を舐める事を好み、斧を使う戦士であったが、変異強化によって狂戦士となり果てている。
「サルベージ罪人エインヘリアル……では長いので、以後『ブラッドマン』と呼称します」
元々の血を求める性質に加え、変異後、スキンヘッドに刻まれた血の色の紋様からの命名だという。
『ブラッドマン』は、全身から生えた刃を使い、ルーンアックスと同等のグラビティを使用する。
一方、3体いる怪魚型死神の方は、『噛み付く』攻撃のみしかせず、あまり強くはない。
そして、ケルベロスが敵に接触可能なのは、日中、客でにぎわうショッピングモール内だ。
「ケルベロスが駆けつけた時点で、現場周辺の避難は行われています。ただし、広範囲の避難を行った場合、死神がサルベージを行う場所や対象が変化して、事件を阻止できなくなるため、戦闘区域外の避難は行われていません」
そのため、万が一ケルベロスが敗北した場合は、かなりの被害が予測される。
「サルベージ対象をエインヘリアルに絞っていることから、霧島・絶奈(暗き獣・e04612)さんの危惧どおり、エインヘリアルと死神の間には何らかの密約がかわされている可能性もあります」
事件解決後、調査の必要があるかもしれません。セリカはそう付け加えた。
参加者 | |
---|---|
八代・社(ヴァンガード・e00037) |
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383) |
アルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803) |
凪沢・悠李(想いと共に消えた泡沫の夢・e01425) |
舞阪・瑠奈(モグリの医師・e17956) |
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930) |
レティシア・アークライト(月燈・e22396) |
エリアス・アンカー(ひだまりの防人・e50581) |
●罪人の再来
死神の導きに従い、ショッピングモールへの襲撃に向かうブラッドマン。
かつてここで暴れた記憶はあるのかもしれないが、その時とは違い、わずかに残っていた理性も吹き飛んでしまっている。
不安定に巨体を揺らして歩く様は、以前の狂気とはまた別の不気味さを感じさせる。
「ぐふふっ!」
体当たりして全身の刃を叩きつけ、入り口を破壊。物騒極まりない入店を果たすブラッドマンと、死神一行。
しかし、それを迎えたのは、一般客でも店員でもなく、ケルベロスたちだった。
「まったく、死神連中も同じ様な事ばっか繰り返して、面倒で仕方がねぇな」
背後から響いたアルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803)の呆れ声に、ブラッドマンが振り返る。
「リサイクルって奴か? アスガルドの罪人も数に限りがあるもんな。だが、地球に優しくねぇエコはここらで遠慮してもらおうか!」
仲間と共に敵を包囲しながら、威勢のいい声を上げるのは、エリアス・アンカー(ひだまりの防人・e50581)。
(「また死神か……いや、やる事に変わりは無いんだけどさ。……面倒な事になりそうだね」)
凪沢・悠李(想いと共に消えた泡沫の夢・e01425)は、思案する。眼前の死神というより、その背後で今回のサルベージを画策した存在について。
敵と味方の区別くらいはつく。ふよん、と体をよじると、怪魚型死神はブラッドマンをうながした。
ブラッドマンはうなずき、両腕に生えた刃をこすり合わせた。動きこそ緩慢ではないが、どこか愚鈍さを感じる。
それは、死神も同じ。これなら、だますことも難しくはあるまい。
(「たまには迂遠な芝居も悪かねえ。一つ付き合って貰うぜ、茶番によ」)
八代・社(ヴァンガード・e00037)も、『仕込み』は万全。
「ぐふふう」
ブラッドマンが笑いをこぼすと、突撃を仕掛けてきた。
全身刃だらけのハリネズミ状態。うかつに触れれば血を見る羽目になる。
給金目当てだったが、今回も面倒なの引き受けたな……舞阪・瑠奈(モグリの医師・e17956)はそう思う。
ブラッドマンを避け、いっせいに散開する眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)やレティシア・アークライト(月燈・e22396)。
(「演技しろ、とは言うけど……。元々簡単に押し切れるような相手でもないよね。慎重に行かないと……!」)
仲間や先輩に後れを取らないよう、気を引き締めるフィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)。
ここからは、ケルベロスの演技力の見せ所だ。
●奴らを惑わせ!
一同が優先させる狙いは、ブラッドマン。これを止めれば、死神の目論見は潰せるし、一般人への被害も抑えられる。
まずはレティシアが、爆煙にて仲間を鼓舞した。色彩豊かな煙に背中を押されるようにして、ケルベロスたちが行く。
自分も攻撃手を補助すべく、フィオが知覚妨害アプリを起動した。空間を伝播したグラビティ電波が、仲間たちと敵の間に、認識のずれを生じさせる。
加護破りの力を得た悠李が、槍でブラッドマンの腹を突いた。神経回路をやられた影響で、その笑みが刹那、硬直する。
死神どもにも、今のうちに弱体を仕込んでおく。エリアスが、己の額の角を、指で弾いた。不可視の光と音波が干渉し、知らず知らずの間にその感覚を狂わせ、死神たちを催眠状態へと陥らせる。
「ぐふふ!」
刃の抱擁をお見舞いしようと、濁った瞳で迫るブラッドマン。
だが、社は巨体をかいくぐりつつ、光剣を生成。ブラッドマンの胴を薙いだ。
とっさに距離を置いたブラッドマンの腕に、戒李の気弾が食らいつく。が、ブラッドマンは痛みなど気にせず、跳び上がった。
自らを武器に見立てるようにして、重力とともに落下。
ボディプレスと斬撃の二重奏を受けた戒李。しかし、刃に切り裂かれると同時、用意しておいた血糊をぶちまけた。オーバーなほど苦痛に顔を歪め、実際よりダメージを大きく見せる策だ。
その反応に満足したように、腹を揺らして笑うブラッドマン。以前は口数の多い方だったが、言葉は戦闘力に変換されてしまったらしい。
そこへ、アルヴァが二振りの斬霊刀から、衝撃波を放った。
直撃をくらったブラッドマンの体には、しかし、傷一つない。問題ない、と攻撃を続行するよう促す死神。アルヴァの剣技が断ったのが、魂の方だったとも気づかずに。
あまり攻め急ぎ過ぎるのもよくないと、フィオはいったん攻撃の手を緩め、回復を選択した。慎重さも大切だ。
まだまだ優勢と判断したか、死神たちは自身も攻撃に加わった。
エリアスが、とっさに仲間を突き飛ばし、身代わりとなる。
咬み付かれた瞬間が、血糊の出番だ。溢れる赤の液体を手で押さえ、膝をついてみせる。
「クソ、やられちまった。でしゃばるもんじゃねぇな」
悔しがりつつも、被弾の機会をもらえた事を、内心喜ぶエリアス。
同朋の勢いに、他の死神も便乗、牙を剥く。
「痛ッ! こ、これ思ってたよりヤバいかも……」
悠李も、血糊で染まった体を見せつけるように倒れこんだ。赤の領域は、手では押さえきれないほどに広がっている。
打ち合わせ通りの、過剰なダメージ演技。だが、死神たちは優位を疑っていないようだ。この調子である。
とはいえ、ダメージ自体は本物。瑠奈がケルベロスチェインを虚空に走らせ、前衛の守りを固める。敵の攻撃範囲は狭い。矢面に立つ仲間を集中的に強化すれば、問題はあるまい。
●死神の誤算
「ぐぅふふふ!」
相変わらず気味の悪い笑いと共に、ブラッドマンが全身に力を込めた。
両腕から生えた刃が更に巨大化。左右両側からの斬撃で、レティシアを切り裂いた。
吹き上がる鮮血が、壁の色を塗り替える。が、もちろんこれも血糊による演出だ。
大げさに床を転がったレティシアは、苦し気な表情で、ブラッドマンたちをにらんだ。
「聞いてたより強えじゃねぇか、クソ野郎」
回復の頻度は多めに、皮肉は少な目にして、劣勢を演出するアルヴァ。加えて、怯えたような様子をうかがわせたのが功を奏し、敵の攻撃の手が緩む様子はない。
刃にルーンを宿すと、ブラッドマンが身を駒のように回し、社に襲い掛かった。
「がはっ!」
刃の勢いで吹き飛ばされながら、社は、口内に仕込んでおいた血糊のカプセルを噛み砕いた。吐血が、床を、服を汚す。
「もう最悪、皆弱すぎ……。こんな事になるなら来るんじゃなかった」
右も左も赤。聞こえてくるのはうめきや弱音。仲間たちの惨状を見回した瑠奈は、へたり込んで涙をにじませた。
「他の奴はどうでも良いけど、私だけは見逃してくれない。お礼に良い事してあげるからさ」
瑠奈の命乞いに、上機嫌のブラッドマン。当然そんなものは無視して、更にいたぶろうと攻撃を続ける。
しかし、それでいい。
油断していた死神たちが気付いた時には、ブラッドマンはすっかりボロボロになっていた。
これでは、サルベージした意味がない。ブラッドマンに攻撃を止めるよう指示すると、ようやく、撤退準備を始める。
「あーあ、服が真っ赤だよ」
劣勢を装う必要は、もうない。嘆息した戒李の目配せに、レティシアが応える。
「このままで済むと思いましたか? お生憎様」
肩をすくめ、レティシアは挑発的に笑うと、ルーンアックスを掲げる。
先に、ウイングキャットのルーチェが敵に飛び込むと、刃をかいくぐった。
爪撃を披露する相棒に続くレティシア。光輝に包まれた斧が、ブラッドマンの刃をへし折り、肉を裂いた。
「さあ、思う儘、存分にどうぞ」
返す斧で敵の刃をさばくと、レティシアは、仲間たちに攻撃をうながした。
「社さんたちみたいには行かなくとも……!」
刀に無数の霊体を宿し、フィオが敵に肉薄した。全力で浴びせた斬撃にこもる怨念が、ブラッドマンの肉体を侵食する。
敵の反撃が来る前に、フィオは離脱。先輩方に道を譲る。
「よーし、もう手を抜く必要は無いよね!」
悠李の表情にも、苦悶の色はない。精神は高揚し、身のこなしは軽い。戦闘中本来の状態だ。
「よっと、逃がさないってば!」
死神に従い後退するブラッドマンを軽く飛び越え、悠李が行く手を阻む。
その真紅の刃は魂を貫き、ブラッドマンを幻想の檻に捕えた。
すると、こちらも余裕を全開にしたエリアスが、惑わされた敵の背後に回り込んだ。キレのあるオウガの拳が、炸裂。ブラッドマンの巨躯を吹き飛ばす。
「いくら強くなって生き返ったっつっても、知性も何もねぇんじゃ流石に哀れってもんだぜ」
そう告げ、アルヴァが床を蹴った。これまでに仲間たちが刻んだ傷を狙ってえぐり、相手の身体機能を破壊していく。
「ったく、クリーニング代とかってレベルじゃねえな。服の代金を貰わなきゃ割に合わねえ」
社は口元の血糊をぬぐい、普段通りの飄々とした物腰で肩を竦め、
「――払って貰うぜ、命でな!」
右手を白い毛皮で覆い、歪に肥大化した獣腕へと変質させながら、戒李がブラッドマンへ疾駆する。
それを、社が追走する。
「もう一度お休みだよ、今度は二度と目覚めないといいね」
獣のように飛びかかり、鋭い爪でブラッドマンを引き裂く戒李。そして、敵の巨躯を足場に跳躍、勢いをつけて後退。
それと入れ替わるように飛び込んだ社は、数十からなる魔力の銃弾を、ブラッドマンの身体に叩き込んだ。
「今度は迷わず地獄に行けよ。毎度追い返してやるほどヒマでもねえんだ」
全弾、命中。
全身の刃はもちろん、身体機能を根刮ぎ破壊され、ブラッドマンは遂に倒れた。
再びの死だった。
●死神に引導を
戦力の要であるエインヘリアルを失った死神は、ケルベロスたちの敵ではない。
元々、戦闘力は乏しい。社や戒李によって、みるみるうちに追い詰められていく。
怪魚の牙など、恐れるまでもない。もう回復の必要もないだろう。瑠奈が氷の螺旋波を放ち、怪魚を急速冷凍し、永遠に動きを止めた。
やがて残った一体が、虚空を泳いで逃れようと試みる。
だが、退路はアルヴァによって閉ざされた。居合の一閃が、怪魚の魂を両断する。
「なに、一つありゃ事足りるってな」
アルヴァが納刀した瞬間、最後の死神が、霧散消滅した。
敵の気配が完全に消失した後、深呼吸とともに、ハイな状態から戻る悠李。
「ふう。死神とエインヘリアルか……厄介な事になりそうだよね、これ」
「死神の動き、活発とは言っても、今は目に見えて大きな作戦ってわけでもなさそうだし……何かの前触れじゃないといいけど」
フィオもまた、不安はある。しかしそれも、今後の調査によって拭いさられていくだろう。
「演技は慣れていますけれど、疲れるものは疲れますね」
ルーチェを濡らした血糊をふき取り、周囲のヒールを始めるレティシア。
皆の演技を労うエリアスも、修復に取り掛かる。同じ場所が二度、しかも同じエインヘリアルに襲われるとは災難だが、三度目はあるまい。あったとしても、結果もまた同じだろう。
やがて、ヒールを終えた瑠奈だったが、曇った表情で、頭を軽く振った。
「今思えば、アノ演技は無いだろう……恥ずかしい」
近くに一般の目撃者がいなかったのが、不幸中の幸いか。もしいようものなら、始末しそうになるところだった。
……無論、冗談だが。
作者:七尾マサムネ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2018年8月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|