白の純潔決戦~天真なりて花

作者:雨屋鳥


 それは、人の背丈ほどの樹木だった。
 白い花を咲かす蔦が絡みあい、頂上に未だ咲かぬ蕾を蓄えたそれは、食虫植物のような葉を茂らせてゆっくりと動いている。蔦が重なり形成された顔の下に根を張ったそれは、そこから移動はできないだろう。だが、確かに意思を持ち蠢いている。
 連なるアパートの中庭に、それは佇んでいた。かつて人々が暮らしていたそこは、避難が完了し既に無人。そこに住むのは、人ではなくなった者達だ。
 この場所を誰かが見たのであれば、照らす陽の光の下、街の只中で攻性植物が堂々と根を張っている様子に目を見張るだろうか。
 否。
 咳を抑え込んだような、詰まる息が聞こえる。朱を浮かばせる軟肉の隙間から吐息が漏れる。
 その場を誰かが見たのであれば、その心はその周囲へと向けられるであろう。
 白く色づいた肉の皺を深くなぞらせるように、曲線に満ちた身を深緑の茎にしな垂れかける女性がいる。
 口唇のように開いた食虫植物の部分から漂う、微かな甘い匂いに頬を緩ませ、上気し湿った体を躍らせる彼女の口からは、高く短い囀りが響く。
 蔦を四肢に纏わせ、傍らにいる同輩と舌を濡らす蜜を交わしては、細い銀糸を繋ぐ女性がいる。
 彼女らは、互いの体に自らのそれを投影するように、己が欲する箇所へと熱を持った細い指を伸ばしあい、荒い息を吐き続ける。
 白布を纏った柔くしなやかな体の半ばを蔦の中へと埋める女性は、流れる全てを攻性植物へと注ぎ、蔦の絨毯に足を畳み徐に腰を揺らす女性は、力の入らぬ脚を放置するように震えながら自らが濡らした緑の蔦へと甘く噛み付いている。
 白日、蒼天。その下でそよぐ白花は、熱気を帯び、湿気を帯び、甘く酸い香りを放つ。
 擦れる緑は絶えず音を立て、咲く白は絶えず声を零す。
 その場を誰かが見たのであれば、その心はその情景へと向けられるであろう。
 だが、彼女らがそれを気にすることは、無いだろう。
 自らの純粋な情欲を阻まぬのであれば、彼女らがその他を気に留めるに値することは無い。彼女らの意識は、只管に自らを包む感覚に浸かっている。
 その滑らかな肢体へと流れ込む毒のような痺れが、彼女らを逃すことは無い。


 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)が息を吸い、肺の中から絞り出すようにそれを吐く。
「……大阪周辺で多発していた攻性植物の事件につきまして、進展があります」
 鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)やシィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)の調査により『白の純潔』と呼ばれていた攻性植物の実態が明らかになった。
 近辺各所に現れていた白の純潔の巫女を統べている「白の純潔」は、制圧こそされていないものの、一般人が住むには危険と判断され放棄された市街地、緩衝地帯の一つに根を張っている事が確認されたのだ。
 その周囲では白の純潔の巫女たちが白の純潔の世話を行っている。
「彼女たちは、巫女としての格は低いらしく、白の純潔の世話を行う事で白の純潔を喜ばせ、自らの格を高めているようです」
 その世話の様子を、ダンドは淡々と説明しつつ、僅かに浮いた汗を拭い取ってから告げる。
「皆さんにお願いするのは、この『白の純潔』の撃破です」
 この作戦において鍵を握るのは、白の純潔の撃破、そして、無数に散った『白の純潔の種子』の全滅だ。
 白の純潔は、自らが滅ぼされた後に新たな『白の純潔』と成長する特殊な巫女『白の純潔の種子』を量産している。つまり、白の純潔の事件に終止符を打つためには、『白の純潔の撃破』と『白の純潔の種子の全滅』を同時期に行わなければいけない。
 白の純潔の破壊が敵ったとしても、白の純潔の種子が残っているならば、その種子は新たな白の純潔として、大阪の地を侵食し始めるだろう。
「白の純潔、およびその種子の間では、危険信号の交信が行われていると考えられています」
 予知の中で、他の種子の危機が白の純潔やその種子へと拡散されている様な反応も確認されたとのことだ。
 つまり。
「白の純潔、およびその種子の撃破は、ケルベロスの皆さんがタイミングを合わせ襲撃し、その一つの失敗すらなく成功させる必要があります」
 ダンドが言う。
 互いの戦場への干渉は距離によって難しいが、巫女たちは、白の純潔とその種子の世話に集中している。そこへ、タイミングを合わせて襲撃することで一気呵成に、この事件への終止符を打つ事。それがヘリオライダー達が導き出した大阪城攻略への一手だという。
 この白の純潔の世話を行う五体の巫女達は、未だ単独行動が出来ない格の低い個体とみられている。
 この巫女達は、白の純潔に対し奉仕を行っており、外部への意識は甘い。ここへ、強襲を仕掛ければ、戦闘を優位に進める事も出来ると、ダンドは言う。
「白の純潔は、移動は不可能と思われます。ですがその戦闘力は高いものとみられています」
 蔦や根を利用する攻撃は、軽いものではない。
 対して、白の純潔の巫女は前述通り、格は高くない。加えて、巫女は白の純潔を最優先に行動する。例えばその傷が少しでも回復できるのであれば、その回復を惜しむことは無いだろう。
 更に、同じ巫女を回復することもなく庇う事もないと考えられる。
「その行動の全てが白の純潔本体の即時的な益となる為の行動であると見受けられます」
 恐らくは、白の純潔を撃破すれば、周囲にいる白の純潔の巫女は戦闘能力、戦闘意欲を失う。
 白の純潔を素早く撃破するか、白の純潔を回復させる巫女から排除するか。それは、戦術によって変わる。
 だが、大阪周辺の危機に対して、この作戦は大いなる一手となりえるものだと確信できる。
「大阪には、攻性植物に呑まれながらも豪胆に生きる人々がいます」
 彼らの為にも、とダンドは言う。
「白の純潔が引き起こすこの事件を、解決へと導いてください」


参加者
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)
シィ・ブラントネール(フロントラインフロイライン・e03575)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
マルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)
笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)
萌葱・菖蒲(月光症候群・e44656)

■リプレイ


 奉仕を行う巫女とその中心の白の純潔。それを物陰に隠れ窺う藍髪の奥に赤い瞳を覗かせるレプリカント、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は、左腕を擦りながら疼くように痛みに、微かに息を震わせた。
 その肩に手の平が置かれた。振り返ればマルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)が立っている。白い肌のサキュバスは真理を感情の読めない表情で見つめて、頷く。
「ええ、ありがとうですよ、マリー」
 真理は、それに何かを読み取ったように頷いた。
「さて、そろそろだ」と細身の男性が銀時計の黒い針を見つめて言う。直前にズレを修正した針が、作戦開始へと迫っている。
「しかし、……とんだ根城だ」
 彼、鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)は隠れる事すらせず情事に浸る攻性植物達に目を細める。攻性植物たちが、襲撃を感知した様子はない。襲撃は定刻通りで問題ないようだ、と雅貴は静かに秒針を数える。
 それに合わせて、無声音を吐き出す金の髪のオラトリオ。
「3、2、1……ゼロ! 飛ばしていくわよ、レトラッ!」
 纏っていた隠密気流を吹き散らし、シィ・ブラントネール(フロントラインフロイライン・e03575)は傍に控えるシャーマンズゴースト、レトラに言い放つ。ワイルドスペースを展開させたレトラは、自身の可能性を変質させていきライドキャリバーとして顕現し、気炎を吹き慣らした。
「っ! な……っ」
 攻性植物がその異変に気付く直前。空に響き渡る歌声が、彼女たちに降り注いだ。その声は、シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)のもの。
「いざ! ロケンロー!」
 彼女の全てを注ぎ、高らかに放つ一曲。それは紛れもなく膨大なエネルギーを孕み、真っ先に白の純潔を守ろうとした巫女達へと襲い掛かった。
「そんな、だめ!」
「貴方達は、この方をお守りして……っ」
 即座に対応しようとする巫女達だが、その戦列は乱れている。その好機をケルベロス達は逃さない。
「一気に攻めよう!」
 とピンクの巻髪を揺らし声を上げる笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)が飛び出した仲間に尖槍を見出し、敵を打ち破る加護を付与させていく。
 気炎高らかに、その轍には炎が躍る。シィと彼女を乗せたライドキャリバーとなったレトラが氷花の加護を受け取り猛烈なスピードで駆け抜けると、飛び出した三体の攻性植物を撥ね飛ばす。
 更に、そのまま。
「ゴーッ!」
「待ちや……ッ」
 白の純潔本体へと突貫していき、撥ね飛ばされた攻性植物が追わんと、視線を主へと向けたその背に殺気を帯びる桜吹雪が舞う。
「随分盛り上がってたようで、俺も混ぜてよ」
 と、笑みを浮かべるその手は斬霊刀を握り、幻影を見せる花弁を散らし一刀の下に斬撃を見舞う。
「――なんて冗談」
 残心と共に吐き捨てる彼の横をマルレーネが駆けた。奇襲に攻撃はおろか、主である白の純潔を防御することもままならない巫女達にマルレーネの頭上を飛び越えるように現れた真理のライドキャリバー、プライド・ワンが纏った炎ごと体当たりし、その先、少し後ろに控えていた巫女達へとマルレーネが瞳を向けた。
「邪魔」
 魔力を秘めた瞳は、彼女たちの思考を揺るがせ、かき乱す。その脚が数歩道を空けるように動いていた。
 彼女たちの向こう、白い蕾を掲げる白の純潔はただ一体のみ奇襲にもたじろがず全身を包む蔦の一束を振るった。それが向かうはアームドフォートを構えた真理。
「――っ」
 彼女に振るわれる鞭は、しかし、飛び出した白いボクスドラゴン、シグフレドに遮られ阻まれる。
「なんと禍々しい姿」
 弾き飛ばされたシグフレドが空中で体勢を整え着地するのを確認したその主、アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)は、流れる金糸の髪を風に揺らし、攻撃を強く受けた個体へと蹴りを放つ。流星の如き光の軌跡を残す蹴りは、咄嗟に防御した腕ごと、攻性植物の体を弾き飛ばしていた。
「なればこそ、奮起するというもの。負けるわけにはいかぬのです」と、アリシアの言葉を耳に、真理はアームドフォートの狙いを定める。
「set」
 と彼女の背後で、声が零される。そこに立つのは銀の瞳を持つ女性。彼女は静かに手を上げ。
「……fire!」
 掛け声を放った。共に真理の背中に爆風が伝わって体に響いていく。萌葱・菖蒲(月光症候群・e44656)が放った鮮やかな爆煙と衝撃が、強張っていた体の力を抜いて込める力を高めていた。
 一瞬、マルレーネと視線が交わる。魔眼によって弾道を拓いた彼女は、視線を外す。瞬間、アームドフォートの主砲が火を噴いた。
 砲口から発射された砲弾は、何物にも阻まれる事無く、白の純潔へと着弾し、その体をねじ切り、吹き飛ばした。


 真理の攻撃によって千切れた部分は、その断面に赤い光を灯している。それは白の純潔に備わったものではなく、撃ち込まれた砲弾に含まれていたナノマシンがその効果を発揮している証左だ。自己増殖するナノマシンは、治癒を阻害する機能を発揮する際、微弱な電流を帯びその火花が赤く瞬いている。
 体の一部が吹き飛んだ白の純潔は、下部に発生した顔面のような器官を蠢かし、その瞳でケルベロス達を見回した。
 暫く、無防備にも近い状態だった巫女達がその動作の瞬間に、動きを洗練されたものへと変えていった。
「ああ、分かってるよ」
「お守り、いたします!」
 声がかけられたわけでもなく、しかし明らかに指示に応えるような言葉と共に巫女達は動き出した。身を包む緑の蔦に実らせた果実を白の純潔は蔦で絡めとると、蔦の群れの中へと取り込んでいく。
 だが、更に真理がアームドフォート掃射し、それによる回復を無に帰していく。少しでも白の純潔に傷があれば、巫女はその回復を最優先に行う。
「なら、利用しない手はないのですよ……!」
 更に回復を行おうとする巫女の動きに、作戦が機能している事を確認しながら真理は痛む腕に僅かに言葉を詰める。
 打ち放った弾丸の大半は、文字通り身を捨てるように白の純潔を庇う巫女達に撃ち込まれている。
 その度に、左腕が疼く。まるで自らにもそれを科しているように、今は真理の制御下にあるはずのそれが語りかける。
 他の巫女が白い花吹雪を舞わせた。触れれば途端に轟然と発火するその花吹雪を躱し、シィカは炎を纏わせたエアシューズの蹴りを放つ。
 と同時、刺激的な甘い香りが鼻をくすぐる。その瞬間、目の前の巫女が何物か、一瞬忘却した。
 守らねばならないのか、戦わなければいけないのか、この蹴りを誰に向けるべきか。と飛躍した思考が急に正常に引き戻された。
「ッ!」
 体を包むのは、氷花のバトルオーラによるヒールの光。
 ぶれた体のバランスをそのままに、シィカは蹴りを放った。脚を刈るそれは、巫女の体を宙に浮かせると、無理な体勢で攻撃をして地面に転がったシィカの体の上へと投げ出した。
 その実態は攻性植物だとは言え、元は人間の体である。白い薄布の向こうに触れた人肌の柔い感触は、シィカに同性体である関わらず胸を高鳴らせる。暇も生まれない。
 自らの体の下敷きになったシィカへ、攻性植物は白い花弁を振舞おうと纏う蔦を震わせる。
「――ッ」
 咄嗟にその体を押し退けようとしたシィカの顔のすぐ横に、巫女の喉を貫いた刀の刃が突き刺さる。肉の抵抗など感じさせない、鋭く速い突き。そして、刃に帯びた雷の霊力が容赦なく巫女の体を焼き貫いていた。
 シィカは「ほら、立って」と死して崩れていく巫女の体を押し退けた雅貴が差し出す手を取る。


 レトラが白の純潔に非物質化した爪を振るう。
 だが、その攻撃を巫女が庇った。その身を呈した防御に、しかし、レトラはむしろ満足するように身を退く。爪がその体を覆う布に傷一つ付けないのはその性格ゆえか、自らの役目を全うするレトラにシィが引き継いだ。
「そう、来るわよね!」と陽動におびき出された巫女へとシィが両の手に握るバスタードソードを振るう。
 白の純潔への攻撃を牽制として行いつつ、巫女を撃破していくという手は戦況を刻一刻とケルベロスの有利へと導いていた。シィは、巫女の動きを把握しつつ狙いすました攻撃を繰り返している。
 振り下ろした一振りが巫女の肩口に深々と突き刺さると、シィは次ぐ二振り目を薙ぎ払った。その斬撃は、胴を抉り飛ばすと刺さっていた肩口の刃から体を引き剥がす。
「我が祝福の下、ここに誓いましょう」
 深く斬撃を刻まれた体は、寄生する攻性植物が繋いで辛うじて人の形を保っている。
 シグフレドに白の純潔に与えられた悪影響の除去を命じたアリシアは、ルーンの力をその手に収束させる。勝利のルーンはその手に剣を作り出した。
 立ち上る炎は不屈の雄姿か、敵を踏み均す殲滅の劫火か。
「すなわち我らが勝利」
 今こそ、その真価をここに。魔力の宝剣は、振るうアリシアの意思に従い、炎の海を彼女の前に顕現させる。
「そん、な」
 辛うじて立っていた巫女が、炎に呑まれてその体を黒灰へと変えて崩れ落ちる。
 自らを守る巫女が二人、斃れても白の純潔は、構うことなどなく攻撃を続けている。
「ああ、……creepy」
 地面を割り裂いて突きあがる茎槍に脚を貫かれた菖蒲は、蠢くそれを見下ろして吐き捨てる。
 味方への加護は十分。と彼女は指を生物めいて蠢かし、光の粒子を弄ぶように纏わせた。
「May the Lord smile」
 詠唱と共に、光の粒子は化け物の形へと変容していく。
「――’n the Devil have mercy」
 現れた化け物は奇妙な笑い声を高らかに響かせると、白の純潔へと突進していき、全身を眩く輝かせた瞬間に、白の純潔を巻き込んで爆発した。
「まだ……っ」と爆発の余韻も残る白の純潔へと菖蒲はフェアリーブーツからオーラを弾き飛ばし追撃を図るが、その攻撃は巫女にまた阻まれ、白の花弁が襲い掛かる。
 燃え盛る花弁の嵐に身を焼かれながらも顔を上げた菖蒲の視界には、全身を白い花弁を燃やされながら倒れ込む巫女の姿が映った。
「崩れた?」
 それを為したのは、白の純潔のヒールを率先して行っていた巫女だ。だが、その巫女が見つめる先にはマルレーネがいた。
 魔力に滾った瞳を巫女は、虚ろに眺めると自らの焼いた巫女を見つめ、愕然と表情を曇らせた。
「っ、てめえ!」
「ここで」
 マルレーネは、激昂する巫女の言葉に耳を貸すことも無く、生みだした桃色の霧を操り白の純潔を包み込んだ。その霧はヒールを行うサキュバスミストではない。
 泡立つような音と共に、ミストの触れた箇所が焼けただれていく。
「朽ち果てるといいよ」
「主様っ!」
 強酸性の霧に焼かれる白の純潔に駆け寄る巫女は、傷から流れる体液を注いでいく。治癒と共に白の純潔を強化する行為は、真理に重ねられるアンチヒールによってその主である治癒を満足に行えない。回復した箇所はすぐ攻撃に吹き飛んでいく。もはやそれは、防御を固める為の行為となっていた。
 だが、更に。
「それも、剥がしていくからね」
 氷花の仲間に与えた加護がそれすらも無効化していく。
 巫女達の攻撃を封じる作戦の中で氷花を筆頭とした潤沢な回復が、戦闘の長期化と共に白の純潔を相手に安定した戦況を作り出している。
「畳みかけていこう!」
 疲弊の少なさを感じさせる氷花の声に、残る巫女は苦い表情を作っていた。
「くっそ、っ」
「っ、主様!」
 行動の大半を回復へと回す巫女と、攻撃を仕掛ける白の純潔の戦線は既に瓦解していた。果実を実らせる最中の巫女へと、影を切り取ったような鳥の群れが殺到していく。
「……な、ん」
「火種は、必ず根絶やしにする」
 攻撃することなく感覚を妨げる鳥の群れを巫女は振り払おうとするのを見つめて雅貴は息を吐く。
「だから眠りな、安らかに」
「ぁ、が」
 群影に忍ばせた惨殺ナイフが、光を形を音を隠し、その細い喉を裂いた。直後、一気に飛び去った鳥の群れの跡。シィカが狙い、打ち放った轟竜砲が巫女の体を捩じ切り、風穴を空ける。
 その、ほぼ同時、時空そのものを凍結する弾丸がもう一人の巫女へと放たれていた。
「……ぁ」
 シィの放ったそれは、標的になった巫女へと間違いなく叩き込まれ、白の純潔に縋りついたままに、その体を凍結させた。
 白の純潔を守る巫女はいなくなった。その身の全てを捧げる巫女は全て白の純潔の為に散った。
 真理は痛みが高まっている感覚に、思わず左腕を掴んだ。思い通りにならない奴隷を虐げるような意識を感じる嫌悪感と共に、目の当たりにした白の純潔への奉仕が脳を過る。
「……ッ」
「倒そう、真理」
 地面が蠢く、茎が土の下を這っている。
 真理にマルレーネが語りかけた。真理はその彼女の服を右手で掴む。
 プライド・ワンが唐突に真理に体当たりをかける。と同時に地面から飛び出した茎がプライド・ワンを貫いていた。感じたその意思に真理は白の純潔を見据えた。
「倒しますよ、マリー」
 痛みに疼く腕に救う攻性植物を活性化させる。膨れ上がるように細い茎を白の純潔へと伸ばす。迎え入れるように白の純潔が伸ばした蔦に絡めると真理は突貫した。
 シィの弾丸が蔦を凍てつかせ、雅貴の刃がそれを薙ぎ砕く。
 無防備な白の純潔へ、シグフレドの体当たりにアリシアが流星の蹴りを合わせ放つと、シィカが炎脚を振るう。
 繋がった蔦を伝うように駆ける真理を阻むように振るわれた蔦を菖蒲が瞬時に打ち放った弾丸で弾くと、その隙間を彼女はすり抜けていく。
 氷花が、少しの憂いも残さぬようにと真理の体に僅かに残った芳香の影響をバトルオーラによって取り払う。
「――ッ!」
 真理は蔦を蠢かす白の純潔と肉薄する。傍に寄れば寄るだけ痛みは疼き、左腕の攻性植物は暴れる。桃色の霧が蔦の隙間から吹き込んで白の純潔を焼き溶かしていった。
 マルレーネの霧が真理を焼くことは無い。真理は白の純潔と繋がる左腕を振り絞る。彼女の目は、戦闘の全てを演算し弱点を導き出していた。
 膨大なグラビティ・チェインを纏わせた真理の手刀は、蔦の群れの中を刺し貫いていき、互いにその動きを止めた。
「……ァ、づ」
 その声は真理の物だ。
 苦悶の声と共に、腕を千切るように引き抜き、左腕を抱え込むようにうずくまる彼女にマルレーネが我先に駆け寄っていく。
「大、丈夫……ですよ」
 そんなマルレーネに真理は笑みを返す。彼女の腕に絡み付く攻性植物は、大人しく白い花を咲き乱れさせている。
 もう、痛みに疼く様子はない。
 仲間がその様子に安堵の息を吐いた時、異変は始まった。
 腕の攻性植物と対照的に、白の純潔の親株はどんどんと色を褪せさせていく。銃妙を迎えるように、薄茶色にその体を萎れさせて風に吹かれて塵に変わっていった。
 種子は滅ぼせたろうか。軽やかに晴れた空に、その不安も掻き消える予感がした。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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