千の夜の終わり

作者:秋月諒

●夜天の星
 久方ぶりの、冷えた夜だった。夕暮れと共に訪れた通り雨が地面を濡らし、その名残が天文台へと続く砂利道を小さな小川に変えていた。木々の恵みになる程度の雨も、古びた天文台を寝ぐらとする夜の鳥たちには降りすぎたものだったらしい。夜に住まうかれらの声は無く、ぴしゃ、ぴしゃりと足音だけが夜の道に響く。雨宿りには他の木々を選んだらしい。それともそうだろう。此処はーー……。
「……そらが、見える」
 茫洋とした瞳が、夜の空を映していた。夕立と共に雲の去った空には雲ひとつなく、満点の星空が広がっていた。嘗て、この空よりも遠くを目指して掲げられた機材は俯き、所々取り外されたレンズの奥には鳥たちの住まいの名残が残る。古びた天文台は遠い昔にその役目を終え、廃墟となった探索の客を迎える場となっていた。人気がないのは雨の所為か。満月に少女の影は長く伸び、ふいに、吹き込んだ風にぱらぱらと灰色の髪が揺れーーは、とティアン・バ(映・e00040)は顔をあげる。
「だれだ」
 声は上に、天文台の壊れた屋根の狭間。いつの間にか何かが腰掛けていた。姿は人のそれか。遠く見えた星の川に似た髪が揺れ、ひどく明るい声が落ちた。
「僕らはばらばらになっちゃったけど。君はどうするのかな」
「ーー」
 背には小さな竜の翼。飛び降りる来訪者の、ゆるりと揺れた尾についたリングがシャラン、と揺れーー光が、爆ぜた。
●千の夜
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。急ぎの案件になります」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言うと、まっすぐにケルベロス達を見た。
「ティアン様が、宿敵と思わしきデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました。急いで連絡を取ろうとしたのですが、繋がりません。連絡のつかない以上、事態は一刻を争います」
 急ぎ、合流し救援を行う必要があるだろう。
 時刻は夜。12時を過ぎている。
 現場は古びた天文台だ。大掛かりなものであったが随分と前に使われなくなり、今は廃墟となっている。廃墟探索を兼ねて星を見にやってくる人々もいるのだが、夕方に降った雨のお陰で人は入ってきていない。
「ティアン様がデウスエクスと接触したのは、この天文台の中です」
 星を見る機材はそのままになっているが、天井は大きく開いたまま。椅子や机といったものは全て片付けられており、戦うには問題のない広さがある。
「天文台自体も、随分古くはなっていますが戦闘の衝撃で崩れることはないかと」
 雨の後だ。足元にだけは気をつけたほうが良いかもしれない。
「足を取られるようなことはないとは思いますが、気をつけるのに越したことはないかと」
 周辺の人払いについては、お任せをとレイリは告げた。
「皆様には、ティアン様との合流と戦いの方をお願い致します」
 相手は一体。配下はいない。
 翡翠のような色彩をした髪に、水緑の尾を持つ年若い姿をしたドラグナーだ。
「ティアン様は若しかしたら何かご存知かもしれないですが……、ドラグナーはティアン様を狙って来ます。明るく笑みを浮かべたまま繰り出される攻撃は、高い命中力を持ちます」
 攻撃の精度も高い。ポジションはキャスターで間違いないだろう。
「攻撃は、鋭く変質した手をナイフのように扱い敵の急所を搔き切る斬撃。鋭い蹴りによって生み出される衝撃波。それと、尾についたリングに似た光輪を召喚することで、毒を纏う光弾を放ちます」
 光弾の色は、ドラグナーの瞳の色と似る。色彩は違うが、黒影弾の一種だろうとレイリは言った。
「行きましょう、ティアン様の元へ。援護と、戦いに」
 行きたい場所へ、行けるように。
 一人きりには、独りだけにはできないのだから。例え何があっても、知ってしまったから。
「ヘリオンでの移動はお任せください。万事、間に合わせて見せますとも」
 さぁ、急ぎましょう、とレイリは言った。
「皆様、ご武運を」


参加者
ティアン・バ(縺・e00040)
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
アゼル・グリゴール(アームドトルーパー・e06528)
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)

■リプレイ

●あせぬ拍動
 夜風が散る。確かに見えていた星がより強い灯りにかき消され、降りてくる相手の『彼』の手が、指先が夜空を引き裂くように光を帯びた。
「それじゃぁ、遊ぼうか」
「ーー」
 それは確かにティアン・バ(縺・e00040)の知る声であり、だがどこまでも知らぬ音色で。チカ、と強烈な光に体が思うより先に動いた。避けたのは、半ば反射のようなものだ。濡れた地面を踏み、無茶な体勢に指先が破片を掴む。
「ニードミネル」
 薄く開いた唇はその名を紡ぎ落とした。呼ばれたドラグナーの方は、笑みをひとつ浮かべて見せるだけだ。
 そう、笑みだ。確かに笑っている筈なのに、届くのは殺意だった。敵意では無い。ひどく純粋な殺意が、すとん、とティアンの胸の中に落ちる。
(「ティアンの為に戦いに行って戻らなかった君が、ティアンを殺したいなら」)
 足音が近づく。間合いが詰められる。手が届く、とそう分かるのに。
「それは君の権利だと思った」
 少女の灰の瞳が捉える。唇は音を紡いだのか。白い指先は破片に触れたままーーだが。
「守るべきはなにか。添うべきは何れか。星を辿るよりも明らかな夜でなにより」
 音を、聞いた。二人きりの世界を、開く音を。
「ティアン。さあ、此岸はこちらよ」
 声と、駆けつける足音で。

●ドラグナー・ニードミネル
「オルテンシア」
「えぇ」
 なぞるように落とされた声にオルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)は頷きを返した。伸ばされた指先が淡く光を零し、ティアンへと回復と加護を描けば光と共に顕現した盾に、襲撃者が足を止める。
「へぇ。お客が来るとは思わなかったな」
 声は驚きを作り、だが、間合いを取って見せた。半歩、下がるだけだがーー的確だ。
(「さすがってことか。だがーー」)
 こちらとて、逃すつもりも無い。
 踏み込んだ足で濡れた床を踏みしめ、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)はハンマーを振り上げる。瞬間、形態が変化すれば撃ち出すは竜の砲弾。
「カワイイ子傷付けるのはいただけないなぁ」
 望まぬのなら、尚のコト。
 ガウン、と一撃がニードミネルを撃った。まだ浅いか。だが届いてはいる。ふぅん、と鼻を鳴らしてニードミネルは小さく頭を振るった。
「これって、邪魔者が来たってことかな」
 受けた一撃で軽く浮いた体をとん、と地面に落としたニードミネルは言った。
「でも、だめだよ」
「! ティアンさん!」
 上がる声は、大成・朝希(朝露の一滴・e06698)のものだ。癒し手たる彼の、珍しく高く響いた声にティアンが顔をあげる。だが衝撃の方がーー早い。
「……ッ」
 先にあったのは鋭い蹴りだった。間合いとしては距離がある。だが気がついた時には、衝撃が体に届いていた。血が飛沫き、染まる視界に思考が、一瞬歪む。崩れ落ちそうになった体に、だが、とん、と足音が届く。
「……」
 そこにいたのは白髪を揺らす竜人であった。軸線に踏み込む長身に、飲んだ息は己のものであったか。薄く開いた唇が、その名を呼ぶより先に「へぇ」とニードミネルの声が落ちる。
「庇うんだ」
「……」
 言葉を、返すことは無かった。ただレスターは立つ。ティアンの心が強いのは知っているが、だからこそ失ったものの重荷を今以上に背負って欲しくないのだ。
(「……お前ひとりには背負わせねえ」)
「ふぅん、君は……!」
 は、とニードミネルが顔を上げる。頭上、落ちた影は床を蹴り、機材を蹴り上げ宙に舞った藍染・夜(蒼風聲・e20064)の作り上げたもの。流星の煌めきと重力をその身に、向けられた視線に男は静かに笑いーー落ちる。
 ガウン、と重い音と共に、叩き込んだ蹴りが水滴を飛ばした。
「困ったね」
 一撃、受け止めるように伸ばされた手ごと、押し込むように叩き込んだ蹴りが、ニードミネルに僅かに返される。ダメージは入った感覚があった。ならばこれは、間合いを嫌ってか。と、と夜は先に距離を取る。ぴしゃん、と足元の水が跳ねる。夕立に洗われた霄は冴え、雨に代わって月影が降り注いでいた。
「不意の邂逅のひと時もまた、突然に降り頻る驟雨に似ているね」
 吐息を零すようにして、夜は言った。
「さぁ、憂いを晴らそうか」
「死ぬにゃイイ日だな?」
 告げるそれに、駆ける青年の足音が重なった。腰の灯りが照らす足元を踏みーー前に、出る。無骨な巨大剣がニードミネルの足元から振り上げられた。
「っと……!?」
 一撃は、ニードミネルに届いた。受け止めるように鋭い爪を前に出した腕が赤く染まり、だがそれだけだよ、と息をついたドラグナーが表情を変える。
「っこれ、は……。やってくれたね」
「さて、夏の夜は短えもんでね」
 一撃、添えて届けたのは敵の意識を引きつける一撃。無骨な剣にはそれだけの力がある。
 ぐん、とニードミネルの視線がサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)を向いた。分かりやすく伸びた指先に、ティアンが、顔を上げる。目が合えば、サイガは口の端をあげて見せた。
「なぁんだ。ピンピンしてんじゃん」
 先に、たん、と床を蹴ったニードミネルに、サイガは身を後ろに飛ばす。一歩、作った間合いに、上げる声はひとつだ。
「ジャマーよろ」
「仰せのままに。行先の力となるよう」
 応じたのは三芝・千鷲(ラディウス・en0113)だった。零す癒しは後衛へと。精度を高める加護の光を前に、またひとつ炎が灯る。
「灯の温もりを、あなたにも」
 それは指先の温度を表したような淡い色。春日・いぶき(遊具箱・e00678)の言の葉と共に顕現した灯。白い指先に灯る色彩は、その手の中から前に立つ仲間へと届けられる。邪を払うーー神聖な炎。
 癒しは、前にあるティアンの身にも届いていた。白い肌に残る傷が消える。足元、溢れた血を踏みしめ立ち上がる姿がいぶきの目に見える。
(「恨んでくれても、いいんだけど」)
 万が一を考える余裕があるなら誰の膝も折らせないために努めるべきでしょう。
「それが僕だ。だから、手は出さない」
 加護と共に広がる癒しを視界にアゼル・グリゴール(アームドトルーパー・e06528)は飛ぶ。古びた天文台に残っているのは反射望遠鏡だけだ。動き回るには十分な広さがある。だがそれは、敵にとっても同じこと。
(「異形と化したかつての仲間、縁のあるティアンさんとしてはなんとも皮肉な相手、といえるでしょうか」)
「ま、憶測を並べてもたいして意味はありませんか」
 口の中、落とした言葉は踏み込む足音にかき消され、サイガを見ていたニードミネルの視線がこちらを向く。バチ、とアゼルの鉄扇が雷を帯びーー振り下ろしと共に伸ばされたナインテールエッジがドラグナーの体に届く。
 光が、爆ぜた。一撃に、軽くニードミネルは距離だけを取り直す。その姿をティアンが追うのが朝希の目に映る。
「……」
 口には出さないけど。……ほんとうは、今の今まで迷っている。引き結んだ朝希の唇は音を紡がぬまま、ただ思う。その縁を望み通り、彼女自身の手で終わらせるのがいい事なのか。
「ーーあなたのもとに、届くなら」
 この手の中に、癒しの力を取り込んで朝希は息を吸う。
 いつもふらりと、何処かにいる女の子。
 いつかふらりと、何処かへ行ってしまいそうなひと。
 願うのは、ただ地に立つ星たちが輝きを止めぬよう。
(「そしてどうか、どうか」)
 あなた自身も、その手を恨まないように。
「この場所から、必ず支えます」
 それが朝希の覚悟だった。

●空を染める
 夜空に、光の花が咲いた。一撃を受け止め、滑らせるように爪を払ったニードミネルの手元に、火花が咲く。
「……」
 行くとも、今だとも告げる声は無かった。ただ一撃、叩き込んだ拳がティアンに『それ』が現実だと告げる。一撃に、僅かに鑪を踏んだニードミネルの視線がこちらを向きーーふと、揺れる。サイガの方を向く。
「そっちに……、違う、これは」
「星は」
 ニードミネルが手を掲げていた。両の手を空に。変質した爪が月光を受け、夜空に生まれた光輪から何かがくる。
「堕ちていくものであれば」
 それが一帯を焼きい払う光弾だと分かったのと、衝撃が来たのはーー同時だ。
「みんな揃って落としてしまえば、楽だよね」
 前衛を狙い、降り注いだ一撃に血が溢れた。月明かりに赤く染まる床がいぶきの目に見えた。
「回復します」
「してもいいけど、間に合うかな?」
 笑うニードミネルを真正面から見返して、癒しを紡ぐ。そのまま、一気に踏み込んで来ようとする相手にキソラが動いた。
「間に合うさ」
 空の瞳は真っ直ぐに敵を捉え、声はひとつ呼んでるヨ、と響く。音が、夜の空気を震わせた。跳ね上がった雨の名残が震えーー四散すると同時に、ニードミネルの足が、止まった。
「ッ面倒なこと」
「オレはてめぇらが大好物でね。ドラゴンの手駒になったンが運の尽きってヤツ」
 つんのめるような一瞬。キソラは笑う。降り立ったそのままの場所にいるのは動く夜とアゼルを見たから。
「……」
 その背を、ティアンは見る。受け止めるニードミネルの手を、血に濡れた床を。
(「死んだと思ってたんだ」)
 あの日あの夕暮。君や皆の名を呼んだら御業が降りてきたから。
(「なら自分は今まで、誰と共に戦い、何に祈ってきた?」)
 根底から覆される感覚に頭が揺れる。あの日が最後であった筈だ。ドラゴンとの戦い。ふぅん、と笑うニードミネルの声に、視線に薄く開いた唇が次の言葉を惑う。
「動けないの?」
「貴女の愛しんだ誰かを穢させない、これ以上は!」
 その声を、笑うような殺意を振り払うようにアイヴォリーの声が届いた。癒しと加護を娘は少女へと届ける。トン、と聞こえた足音に傍を見れば、ゼレフの姿があった。
「君の、ティアン君の思う侭に、望む侭。そのゆびさきが確かに届くよう」
 あの日の戦場を共にした男の、癒しが届く。見送るように、守るように次の一手をゼレフは選ぶ。
「大丈夫。誰も斃れやしない。助けに来て落ちたのでは様にならないだろう?」
 軽く冗談めいて、然れど皆への信頼は揺るぎなく。
 隣まで一度、間合いを作った夜は、再び、軽やかに動くニードミネルへと踏み込む。迷うことなく、アゼルが一撃を選ぶ。盾役を担い、敵の気を引いたサイガの鎖が夜の空を舞った。じゃらりと響く重い音。振り上げられた片腕を掴み取れば、分かりやすくニードミネルが眉を釣り上げた。
「邪魔ばっかりだよね。さっきから」
「そいつはドーモ?」
 息を吐き、サイガは笑って見せる。目の端、ティアンの動く気配がする。宿縁に縛られるヒトの姿とはどうしようも無い。救いようがない。
(「だが面白い」)
 ティアンは動く。息を吐き、伸びた指先が熱を地獄の炎を灯す。
「……」
 その色彩を、サイガは一瞬だけしん、と見る。瞬きもなく、着弾した炎にニードミネルの視線がティアンを捉える。と、と一撃を狙い構えようとした相手に、動いたのはオルテンシアだった。
「生憎」
 やわく、声は落ちる。加護は前衛へと紡いでいた。後衛には千鷲が。連携しながら攻撃の精度を高めていく。敵の動きは変わらず軽やかであったがーーそれと、届かないのは話が違う。
「――どこまでだってつきあってあげる」
 囁き紡がれる探女の奸言は中衛へと。斜線へと踏み込んだオルテンシアに、ニードミネルが息を吐く。
「邪魔をする方が多いみたいだね」
 その声に、ティアンは顔を上げる。
 君が死んでなかったなら。燃やした手紙が君に届いてなかったなら。
「これは、知らないだろう」
 あれだけ君や皆が守ろうとしたティアンがつよく、なったこと。
 ここは戦場で。此の地に自分は立っていてーー戦っている。戦えている。向けた炎の一撃に、ティアンを捉えたニードミネルは、は、と息を零しーー力強く、床を蹴った。

●さよならの流れ星
「もういいよね。本気で行っても」
 ニードミネルは笑う。確かに一撃、届いている筈なのに敵の動きが大きく鈍った様子は無い。上手く対応しているとも言えた。元より高い命中力を持つ相手だ。
「攻撃は確実に当てて来ますね」
 それは癒し手である朝希といぶきも実感していた。こちらも手を打ってはいるがーーさすがはキャスターか。ダメージを大きく入れて来る、というよりはこちらの動きを阻害に来る印象だ。長期戦に持ち込んでの勝利を狙っているのか。
(「確かに仲間であれば……」)
 心強い。長期戦を支えるだけの的確な術と動きを持つのだ。
「ーーえぇ。ですが」
 言って、いぶきは顔を上げる。赤く染まる指先は、朝希もいぶきも同じであった。盾役が動いてくれている分、この身にあるのは熱のような痛みだけだ。そう、それだけだ。ならばその分の時で支えるのだ。
「僕の務めはいつだって、誰一人欠けさせないこと。癒し手の位置に僕が立つ以上、誰一人、倒れさせるものですか」
「ふぅん。本当に?」
 ティアンの一撃を、ニードミネルが弾き上げる。生まれた隙に、飛び込もうとした体へとオルテンシアが踏み込む。
「そこまで」
 柔く、声は落ちる。竜に連なる断篇の観測者が振るう刃が鋭く、磨き上げられたニードミネルの指先に届く。ギン、と重い一撃がひとつ、だが薙ぐ鋭さはオルテンシアが上だ。
「カトル」
 娘の声に、一撃が向かう。浅いが、だが牽制には十分だ。一拍、踏み込みが遅れれば、その分、ケルベロス達は前に出る。相手の動きは軽い。でも、こちらの攻撃も届いているのだ。それが絶対でなくとも、届くのであればーー行くだけだ。
 避けるように飛ぶのであれば、追いかけるように星を見た鋼を蹴って。
 傷はある。盾役たるサイガとオルテンシアたちの傷は大きい。だが癒し手が支えていた。誰もが届く為に、届かせる為に。加護を紡ぎ、受ける一撃で時を稼ぎ、踏み込む。着実に一撃一撃を届けるのだ。
「僕達が倒れる所は絶対に見せませんから」
 降り注ぐ光と毒を、朝希が払う。ティアンの背に、彼は言った。
「……どうか、存分に」
 この美しい夜を。もっと美しい朝へと繋げる為に。
 声に、ティアンは息を吸う。指先に残っていた傷を癒すようにイブの声が届く。貴女の希望を叶えるお手伝いさせて、と願う声が届く。
「ふぅん。何を手伝って、何をしてみせるの?」
 ニードミネルが、その手を天に掲げる。光に、キソラとサイガが動く。闇を踏み抜き、前に飛んだサイガの一撃をニードミネルは受け止める。鋼と鋼がぶつかり、火花が散る。
「遅いよ」
「飛んで火にいるなんとやらってか」
「何を言っ……!」
 は、と顔を上げる。ニードミネルの横で何かが、光った。
「コッチにゃ彼女を渡せないワケが、あんのよ」
「!」
 振り下ろすはキソラの一撃。凍結の一打にガウンと重い音を景臣は聞く。指先、紡ぐ一撃は敵の動きを鈍らせるもの。繋げて届けた一撃に、一瞬、ニードミネルが足を止める。その間合いに、ティアンが行く。
「……夜は、必ず明けるものですから」
 その背を、景臣は見送った。

●千の夜の終わり
 君が手を引いて連れ出してくれた夜、塞いで俯いた己に見上げるように促したそらをおぼえて、いるだろうか。
(「あの時繋いでくれた君の指先が、どうしてこんなになったの」)
 間合いに気がついたニードミネルの瞳が、己を、ティアンを見る。
「挑むの?」
 鈍く光る指先が、こちらを向く。それでも行くティアンに、助けとなるべくアゼルは動く。
「ユニット固定確認……炸薬装填……セーフティ解除……目標捕捉、これより突撃する!」
 ニードミネルが身を逸らす。だが、避ける筈の体は、今ーー動かない。重ね紡いできた制約が今、此処で届いたのだ。
「!」
 ガウン、と重い一撃が入る。ぐら、と身を揺らしたそこに天藍の霧が舞う。揺らぐ体を縫い付けるのは霞柵。
「これ、は」
「雨過ぎ去りし後の水溜りが澱まぬように」
 彼女の心が潰えぬように。夜は消え逝く敵へ黙祷し黄泉路の安寧を願う。
「汝安らかに眠り給え」
「……ッ」
 振るう腕に、ティアンは一気に前に出る。その身に、オルテンシアは加護を紡いだ。君を守る盾と、癒しを。
「私は決してあなたを止めはしないわ。この身はそのための追い風ゆえに」
 ただし、と行く背を見送り彼女は言う。
「その背を押すのと同じく、あなたを留めんとする彼らにもまた等しく吹きわたすものとも覚えておいて」
 踏み込む少女の一歩は大きく、ふぅん、とニードミネルが声を落とす。
「決めたの?」
 ニードミネルの指先が力を帯びる。殺意に、その一撃の前に、ティアンは踏み込んだ。
(「自分達はばらばらになってしまったけれど、己がどうするかも決めきれないけれど」)
 その手に届くように、君に届くように。
「少なくとも、君とは行けない」
「!」
 少女の手が、ニードミネルの手を掴む。一撃はティアンに捕らえられ、キン、と弾ける。
「つかまえた、」
「ぁ」
 己の両手で掴んだ。彼の手を。握り込んで、その目を見れば小さな瞬きがあった。
「そっかぁ……」
 うん、と頷くように聞こえたのは声であったか、彼の装飾が鳴らした音であったのか。吐息零すようにしてニードミネルは、ゆっくりと倒れていった。

 月明かりが、帯のように天文台へと差し込んでいた。雲を散らした風は、星の煌めきを夜へと届ける。
「……」
 ティアンの手の中、確かにあった彼は煌めきと共に消えていた。
 夜風が優しく頬を撫でていく。少女が口を開くその時まで、そうでなければ帰りの時まで。寄り添うように仲間がいた。千の夜の終わり、次の朝まで。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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