ディープブルー・ヴァニティ

■リプレイ

●闇に揺蕩う
　深い夜の狭間で不穏な空気が揺れる。
　まるで星空から舞い降りてきたような蒼き影を見上げ、アルスフェイン・アグナタス（アケル・e32634）は碧の眸を鋭く細めた。
　来た、と彼が口にしたことと敵の気配に気付き、ルビー・グレイディ（曇り空・e27831）は指先を空に向ける。
「どれだけ上手に夜の濃紺に紛れても、あたしの夜目は誤魔化せないよー」
　ルビーが示した先にはディープディープブルーファングの名を持つ鮫型のダモクレスが浮遊していた。ムジカ・レヴリス（花舞・e12997）は敵を見つけたルビーに笑みを向け、即座に身構える。
「漁船の釣りでは魚影を見つけて網をはるものもあるって聞くケド、アタシ達は魚影見つけ次第、がっつり攻撃よネ」
「また新しいダモクレスの登場ね！　鮫型なんてちょっとかっこいいじゃない」
　城間星・橙乃（雅客のうぬぼれ・e16302）も街灯に照らされた敵の姿を見つめながら鳶影をその身に纏わせた。輝島・華（夢見花・e11960）はライドキャリバーのブルームに布陣に付くよう願い、魔鎖に己の魔力を込めてゆく。
「本当に死神怪魚みたいなダモクレス……気になりますがいつも通り戦うまでです」
「デウスエクスは何を考えているのかわかりませんけれども、この不可思議な動向……死神は独特な気が致しますね」
　華に頷きを返し、ラズリア・クレイン（黒蒼のメモリア・e19050）は敵を見据えた。アルスフェインも匣竜のメロを伴い、空を泳ぐ怪鮫を振り仰ぐ。
「死神用に作られたダモクレスだとでもいうのかな……」
　ぼんやりと思いを口にしたアルスフェインの声を聞きながら、ノチユ・エテルニタ（夜に啼けども・e22615）は軽く肩を竦めた。
「メカのサメか。B級映画じゃ随分前にありがちになってるな」
　もう珍しくもなんともない、とノチユが呟くとムジカが「その通りネ」とくすくすと笑う。すると公園から出ようとしていた機械鮫も此方の気配に気付いたらしく、ティアン・バ（映・e00040）の目の前に降りてきた。
「来たか」
　ティアンは短い言葉を落とし、考える。敵がこうして動くのは何の為の行いか、思考することをやめてはいけない。しかし目の前の脅威にも対処せねばならない。
　ルビーがミミックのダンボールちゃんと一緒に構えた瞬間、機械鮫が魚雷めいたミサイルを解放した。
　刹那、ティアンは自分に向けられた一撃をゆびさきで弾き落とす。死神の狙いは奇妙だ。されど、何よりも今はこの敵を倒すのが先決。
「静かで優しい夜の時間を絶対に守ろうね、ダンボールちゃん」
「この先に往かせはしない」
　ルビーとティアンは其々の思いを抱き、仲間達と共に勝利を得る覚悟を抱いた。
　そして――真夜中の戦いが幕あける。

●夜を泳ぐもの
「鮫のいる場所はここじゃないのよね。さっさとお引き取り願いましょ」
　橙乃が地面を蹴り、宙に浮かぶ敵の頭上に跳躍する。其処から繰り出された蹴撃は夜空から舞い降りる流星の如くダモクレスを穿つ。
　身を翻して距離をあけた橙乃は敵を見遣り、まだこの程度ではびくともしないのだと悟る。すぐにムジカが橙乃に続き、華麗な動きで以て機体を蹴りあげる。
「地上を泳ぐ鮫の姿……機械仕掛けの鮫ちゃんなのか頂けないケド、地上を泳いでる時点で頂けないか」
　空を泳ぐと云えば聞こえはいいが、それがやろうとしていることは虐殺だ。
　華は街の人々に手は出させないと心に決め、ブルームと共に仲間の防護に入る。
「皆様は私が守りますの」
　前衛へと魔鎖の加護を与えた華に代わり、ブルームは花を散らしながら敵に突撃していった。ラズリアはブルームが作った一瞬の隙を狙って竜槌を砲撃形態に変えた。
「目の前の敵に注力しましょう」
　竜砲の弾がひといきに撃ち放たれ、ディープディープブルーファングの身体を揺らがせる。其処にティアンによる光弾の嵐が見舞われ、敵の動きが封じられてゆく。
　今だ、とティアンが告げた声に頷きを返し、ノチユは槌を振りあげた。
「夏の夜更けに迷惑だ。しかし、今回は気が楽だな」
　因子まで意識せず最初から全力でぶっ壊せるんだから、と碧紅の眸を緩めたノチユの重撃はダモクレスを吹き飛ばす勢いで巡った。
　だが、敵は機械の触手を伸ばしてルビーを狙ってくる。
　咄嗟にダンボールちゃんが主を護るように飛び出して触手に絡め取られた。耐えて、とミミックに告げたルビーは掌を掲げ、紙兵を振り撒いていく。
「守りはばっちり固めていくよー」
　その間にダンボールちゃんは触手から抜け出し、お返しとばかりに敵に噛み付いた。
　硬質な音が響く中、メロは華を補助するべく自らの力を分け与える。アルスフェインは冷静に戦況を見極めながら、自らも攻勢に入った。
「なかなかに手強そう、だけれど」
　問題はないと口にしたアルスフェインは星の力を纏い、華麗な蹴撃を見舞う。
　敵は更なる攻撃を行って此方を倒そうと狙ってくる。当初のダモクレスの目的は一般人を殺して力と蓄え、番犬に殺されることだ。
　しかし、こうして先にケルベロスと出会った以上、誰かひとりでも殺して倒されることに目標を変更している。
　ティアンはそのことを察して緩く首を振った。
「殺してやりはするけれど、グラビティ・チェインを蓄えるのは無しだ」
　そしてティアンは幻影を生み出し、ディープディープブルーファングに闇を見せる。それまでにラズリアやノチユ、アルスフェイン、橙乃達が与えた不利益が増幅され、敵の動きを更に阻んでいった。
　その間に華はブルームに攻撃を続けることを願い、次々と仲間を守る雷壁を張り巡らせていく。その際、ふと思うのは予知で見えたという紅い死神のこと。
「紅い翼の死神がこのダモクレスをけしかけたようですが……紅い翼には少し心当たりがあります」
　しかし、件の人物はもう此処には居ない。
　気にかかることばかりだが、華は目の前の敵に集中する。ムジカも懸念を振り払い、力いっぱい攻撃を続けた。
「全力でヒットさせてもらうわネ！」
　鮮麗一蹴。花が綻び咲き、鳥狙い穿つ。夜に蕾が花咲いたかのようなムジカの鮮やかな一閃は容赦なくダモクレスの機体を傷付けた。
　されど敵もまた触手を使い、狙い定めたルビーの体力を奪い取っていく。
　その一撃は彼女の力を大幅に奪い取ったが、仲間の危機を察したアルスフェインとメロがすぐさま癒しを紡いだ。
「――咲き花は露と消え、恵む光を空へ残す」
　掬うように差し伸べた掌から輝る花が舞う。アルスフェインが紡ぐ花の旋律に合わせ、メロもルビーに力を捧げて癒していった。
　ありがとう、とアルスフェイン達に告げた少女は顔をあげる。
「ダンボールちゃん、そっちはお願い。その物騒なものは、こうやって……そーれっ」
　相棒に攻撃を願ったルビーは銃を構えて自分を襲った触手を狙い撃った。
　橙乃はその隙を見逃さずに精神を極限まで集中させる。そして、街を背にした状態で言い放った。
「市街地に行かせたりはしないわよ。決して此処から逃がさないから」
　余裕のある笑みを見せた橙乃はそのまま敵の周辺に爆発を起こす。たとえ敵が標的を変えて街に突撃しようとも、必ず止めてみせる。その気概が橙乃にはあった。
　ラズリアも星槍コル・レオニスを構え、間髪入れずに稲妻の突きを放つ。
「それにしても、サメ型とは……あまり趣味がよろしいとは言えませんね」
　戦場を裂くように敵を穿ちながら、ラズリアは小さな溜息を吐いた。ノチユも違いないというように片目を瞑り、地を蹴りあげる。
「C級ホラーになる前に、さっさとぶっ壊してしまおう」
　僅かな土埃が舞ったかと思うと、次の瞬間には電光石火の一閃が敵を襲っていた。ノチユへの反撃として魚雷が放たれたが、彼は素早くそれを躱す。
　敵の力は強く、癒しの力がなければ押されてしまうほどのものだ。しかし、此処に集った者達はひとつの無駄もなく見事に応戦している。
　これならば確実に勝利を掴める。ラズリアは確信めいた思いを抱き、ムジカも自分達が敵を倒す未来が見えた気がして微笑んだ。
　そうして、戦いは激しく巡る。

●暗闇に墜ちる
　夜を舞うように泳ぐ機械鮫は容赦のない攻撃で番犬達を襲う。
　アルスフェインとメロ、ブルームが仲間を庇って衝撃を分散させる最中、華は懸命に癒しの力を紡ぎ続けた。
　少しでも気を抜けば誰かが倒れてしまう状況ではあるが、アルスフェインは確かな勝算を感じている故に動じない。
「揺れし可憐を謳い詠う――」
　再び揺蕩う花の調べを奏でた彼の力は痛みを和らげていった。ティアンは銃口を敵に差し向け、蠢く触手に照準を定めた。
「壊してやろう」
　静かに落とされた言葉と同時に魔法光線が敵を貫く。
　宣言された通りに触手の一本が撃ち落とされ、橙乃はティアンに笑みを向けた。自分も、と続いた橙乃は銃を確りと構え、敵を蜂の巣にする勢いで弾丸を連射した。
「この流れであなたが勝てる道理なんてないのよね」
「なぁ、折角こんなに綺麗な星の夜だ。お前にはわからないんだろうけど」
　橙乃が双眸を細めて告げると、ノチユもディープディープブルーファングに声を掛けた。もっともそれは答えを期待する言葉ではなく、命を弄ぶ死神への嫌悪交じりのものだ。
　死神は嫌いだ、と零したノチユの漆黒の髪が星屑のひかりを反射したかのように揺らめく。次の瞬間には敵は蹴撃によって穿たれ、大きく均衡を崩した。
　ブルームとダンボールちゃんが好機を察し、激しいスピンと噛み付きで以て敵を更に弱らせた。
「皆様、もうすぐです。あと少しで倒せるはずです」
　華はこのまま誰も倒させたくはないと願い、魔鎖を展開させる。淡く光る魔力は華の思いを反映するかのように星空の下で美しく映えた。
　ムジカは尚も触手を伸ばそうとする敵の攻撃を受け止め、反撃に入る。
「流石に攻撃力は侮れないわネ。でも、仲間で戦うのがケルベロスの強みだもの。どんな勝負でもアタシ負けないんだカラ！」
　ムジカは宣言と共に跳躍し、瞬時に敵の背後を取る。そして降魔の力を宿した鋭い蹴りで相手の力を奪い取った。
　其処にラズリアが続き、苛烈な眼差しで敵を射抜く。
「スクラップにして差し上げましょう。――死を司りし忘却の王よ、」
　静かでいて過激な言の葉を落とした直後、ラズリアは古の剣姫が討伐したと云われている亡霊王の剣を召喚した。闇黒の剣は迷うことなく敵を刺し貫き、苛烈で星が舞うような一閃が敵の力を大きく削り取る。
　ルビーはやればできると信じる心が魔法に変え、一気に攻撃に入った。
「超重量級の一撃をお見舞いするよー」
　冷たい衝撃は見事に敵を貫き、ルビーはやったね、と拳を握る。段々と弱り始めた敵は声すら発さず、橙乃は小さく溜息を吐いた。
「あなたって会話できないのね！　ちょっとつまらない、なんてね」
　からかい気味に告げた橙乃は力を紡ぎ、氷の水仙を生み出す。橙乃の魔力を得て動き出した氷の葉と花は機械鮫を斬りつけ、痺れを与えていった。
「そろそろ終幕の時かな」
　アルスフェインはメロに目配せをして戦場を駆ける。匣竜が敵の眼前に向かう最中、アルスフェイン自身は背後に回った。そして、竜の吐息が浴びせかけられると同時に彼は掌に込めた螺旋の力を叩き込む。
　ティアンは隙のない仲間達の連携に僅かに双眸を細め、自らも銃弾を放ち続けた。
　敵は尚も触手で体勢を立て尚を宇としているが、最早癒しは意味のない程に傷が刻まれている。華はあと数撃で終わると察し、自分も攻撃を行おうと決めた。
「絶対に、逃がしませんの！」
　魔力で生成された花弁が華の掌から生まれ、それを纏ったブルームが突撃する。風に舞う花弁は夜の深い色を鮮やかに彩りながらダモクレスを弱らせていった。
　ラズリアも華達に合わせて凍結弾を撃ち、橙乃も目にも止まらぬ一撃を叩き込んでいく。そして、ムジカも旋刃の一閃で標的を貫いた。
「陸も、人の世も、貴方の場所ではないの。確かに強いケド、独りじゃない分頑張れるのがケルベロスの強みなんだカラ」
「確実にあの一点を……これで、どうかなっ」
　ルビーも後は攻撃あるのみだと感じてダンボールちゃんと一緒に容赦のない攻撃を放ち続けた。すると、撃ち貫かれたダモクレスが不安定に揺らいだ。
　ノチユはこれが最大の好機だと感じ、指先を差し向ける。
「今すぐ、星の海に溺れろ」
　頭上には瞬く星。其処がお前の地獄だと告げたノチユが放った狙い研ぎ澄まされた一撃は、冥府への標。
　そして、首をゆらゆらと傾げたティアンが茫洋とした瞳に敵を映す。
「お前の泳ぐ海は、どこにもないよ」
　落とされた言の葉が虚空に消えた、刹那。追想の魔力は抗えぬ終焉を引き連れ、悪しき機械に死という夢を魅せた。

●星空の下
　やがて機械鮫の体が崩れ落ち、辺りに耳障りな音が響く。
　武器を下ろしたティアンはそれらが消えていく様を見下ろして、終わったか、とちいさく呟いた。静けさが戻った公園には元あった穏やかな空気が満ちていく。
　そして、ゆっくりと息を吐いた華は仲間達に問いかけた。
「強敵でしたが、皆様ご無事でしょうか」
「だいじょうぶだ、問題ない」
　ティアンが頷き、仲間達も無事だと答える。安堵の表情を浮かべた華はブルームに触れて撫でるように労った。
　橙乃とラズリアは公園内に壊れた所がないかを確認してヒールを施していく。二人の手際の良さに感心しつつ、ムジカはふと考えた。
「それにしても……死神の因子がない分、単にグラビティチェインを回収しているだけ、なのカシラ？　あのダモクレスの姿と何か、あるのかしらね？」
「どうだろう。倒しただけでは分からないな」
　アルスフェインはムジカの呟きに首を振り、静かに肩を落とす。メロは考え込む様子の主人を見上げ、首を傾げてその姿を見守った。
　ダンボールちゃんがメロを真似て身体を傾げた様を見遣り、ルビーは目を細める。
　ノチユも仲間達を見遣った後、空に視線を向けた。
　気になることは多いが、今は夜の平穏が守られたことを喜ぶことも大切だ。
「今夜は星がよく見える」
　綺麗だ、と高台から星空を見上げたノチユは手を伸ばす。
　まるで光に手が届きそうだと感じるのも、星の瞬きを振り仰ぐことが出来るのも、脅威をひとつ潰えさせたからだ。何も知らず平和に過ごす街の人々もまた、この星空を見ているのだろうか。
「星を見る時間も素敵ですね」
「ええ、とても美しく感じられます」
　華とラズリアは微笑みあい、穏やかな夜のひとときを楽しむ。ティアンと橙乃も自然と空を見つめ、ムジカも愉しげに瞳に星々を映した。
　ルビーは穏やかな夜の空気を胸いっぱいに吸い込み、ダンボールちゃんを撫でる。
「あたし達も帰ったらしっかりお休みしないとねー」
　――星模様の緞帳が、上がってしまう前に。
　そうして暫し、仲間達は星の淡いひかりと瞬きを眺めて過ごした。

作者：犬塚ひなこ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年8月19日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 4／感動した 0／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 0
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