●真夜中の公園
熱く湿った空気と、騒々しい蝉の声。
不快指数も限界一杯な公園に、青白い光が三つ、ゆらゆらと揺れていた。
何処か危うい魅力に満ちたそれは、命を冒涜する冥い儀式。
三つの光は怪魚型の死神だ。彼らは死者を引き上げるため、音もなく宙を廻り続ける。
やがて軌跡は輪を作り、その内に紋様を映し出す。陣の完成を見て動きを止めた死神たちが見守る中、ゆっくりと姿を現したのは、この地にて葬られた巨躯の戦士――。
「……ゥ……ウゥ……ウゥゥオオオオオオォ!!」
獣の唸るような雄叫びが響いた。
そして戦士の頭には、獣のたてがみにも劣らぬほど立派な金の鶏冠が生えていた。
両肩にも厳つい棘付き防具。しかし逞しい腕と足は剥き出しで、胸と股間だけが黒ずんだピンク色の布地――女性ものの水着らしきボロ布に覆われている。
……何かがおかしい。
これを戦士と称していいものか。時節柄、お化けや妖怪とでも呼ぶべきだろうか。
いやいや、それは確かに、かつて戦士であったもの。
そして罪人とされたもの。
地球に解き放たれ、ケルベロスに討たれた、元オカマ。或いはオネエ。
今一度蘇りし彼の名は判らない。
ただ明らかなのは、彼が飢えを満たすために殺戮を行おうとしていることだけだ。
●ヘリポートにて
「死神の活動を予知したわ」
ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)が、手帳と口を合わせて開く。
「下級の怪魚型死神が、今年の春頃に撃破された罪人エインヘリアルを変異強化しつつサルベージして、デスバレスに連れ帰ろうとしているの」
その際、エインヘリアルは近隣の住民を虐殺してしまうようだ。
「グラビティ・チェインを補給するためでしょう。エインヘリアルから人々を守るため、そして死神の企てを阻止するため、皆に出撃をお願いするわ」
場所は東京都内の公園。
ケルベロスの到着は、死神がエインヘリアルのサルベージを終えた後になる。
「深夜だったのが幸いね。公園には誰もいないし、誰かが来ることもないでしょう」
ただし、周辺住民の避難については、ごく狭い範囲に限られている。これは時間や人員などの都合でなく、予知の正確性に関わる事柄のため、ケルベロスたちで人々を避難させることも出来ない。
「グラビティ・チェインを補給できる見込みがなければ、死神がサルベージを行わなくなってしまうようなの。万が一にも皆が敗北した場合、相当な人的被害が生じるでしょうから……しっかりと、気を引き締めて戦いに臨みましょう」
敵は死神三体と、サルベージされたエインヘリアルが一体。
「死神は複数体いるけれど、牙による噛み付き攻撃しか行わず、戦闘力もそれほど高くないわ。やっぱりというか、脅威はサルベージされたエインヘリアルの方でしょうね」
このエインヘリアルは、金髪モヒカンにトゲトゲ肩パット付きピンクカラーのモノキニ風防具という超攻撃的な格好と、一人称『あーし』の甲高い声でケルベロスたちを苦しめた。
その時に残されていた僅かな理性まではサルベージしてもらえなかったか、男性ばかりを狙う習性は消え、言葉らしい言葉は紡がず、ただ強靭な肉体を武器に荒れ狂う存在と成り果てたようだが――。
「一方で、外見は殆ど変わっていないわ。……いえ、むしろ悪化したと伝えるべきかしら。防具は汚れているし、顔も化粧崩れで不出来なピエロみたいになっているし……暗がりにぼうっと悍ましい姿を見つけて、腰を抜かさないようにしてちょうだいね」
もっとも、現場はいくつかの電灯で照らされている。遊具などからも離れており、戦いに不都合はないだろう。
「それよりも気をつけなければならないことが一つ。劣勢になった死神たちは、エインヘリアルを撤退させようとするようなの」
その際には大きな隙が生じるうえ、そもそも下級死神たちの判断力自体に疑問符が付く。実際の戦況とは別に、ケルベロスたちが苦戦を演じるなり勝ち誇るなりすれば、撤退という敵の選択をある程度操ることも出来るだろう。
「人命を最優先とすれば、撃破でも撤退でも、作戦は成功と言えるでしょう。いずれにしても、相手の性質を此方が利用できるという優位を、戦いに活かしていきましょうね」
ぱたんと手帳を閉じつつ、ミィルはケルベロスたちに準備を促した。
参加者 | |
---|---|
ゼレフ・スティガル(雲・e00179) |
アイリス・フィリス(アイリスシールド・e02148) |
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634) |
エドワード・リュデル(黒ヒゲ・e42136) |
陸堂・煉司(冥獄縛鎖・e44483) |
柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471) |
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796) |
ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719) |
●
冥府より蘇りし怪物を前に、ケルベロスは様々な言葉を口にする。
「……なかなか刺激的なお姿で」
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)は苦笑を浮かべつつ、控えめな感想を漏らし。
「心が乙女なら、もうちょっと頑張って欲しかったわね」
例えばお花を飾ってみるだとか――と、遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)はお気楽に提案して。
「ニチアサ枠ですな」
爪先から頭の天辺までじっくりと敵を眺めた後、エドワード・リュデル(黒ヒゲ・e42136)はそう呟く。
なんのこっちゃ。目を瞬かせる仲間たちに、もう少し説明すべきと思ったのか、
「たまにオカマの怪人がいるでござるよ、幹部とかでさ……中盤から終盤辺りに撃破されるやつ!」
エドワードは言葉を続け、理解を求めた。
なるほど。そうなのか。幾つかの相槌こそ返るが話は心に留まらない。
得たばかりの知識が、頬を伝う汗と一緒に落ちて地面に染みを作る。
「……いやいや、こんなの出したら放送倫理云々の案件だろ」
消失寸前で話題を拾い上げて、木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)は相棒を見やった。
ぽよぽよ水属性ボクスドラゴン“ポヨン”の顔は渋い。
ケイの台詞を受けてか、じめりとした空気のせいか。
はたまた、向かい合う相手への不快感を訴えているのか。
いずれにせよ、目の前の怪物を此処で仕留めなければならないことだけは確か。
なんちゃら機構から改善勧告を受けぬためでなく、人々の命を守るためにである。
「――ウオオォ!!」
「唸ってねぇで、来るなら来やがれ!」
頑強な肉体を大鎧で包み、片手に赤鞘、片手に弓。正しく武者と言わんばかりの出で立ちである柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)が、威勢よく吼えて進み出た。
呼応するように怪物――サルベージされたオネエ系エインヘリアルも踏み出す。元モノキニの現ボロ布がずり落ちやしないかと肌が粟立つ。
――その瞬間。
爆発。
「勝ったッ!」
どう見てもトゲ棍棒にしか見えないものを構えたエドワードが叫ぶ。まずは牽制にと撃ち放った竜砲弾が見事に炸裂して、エインヘリアルの巨体はあっという間に煙の中へと消えていた。
引き上げたばかりの貢物が傷つけられて面食らったか、三匹の怪魚型死神が慌ただしく宙を飛び回る。
一方でエドワードは、篠葉からジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)、さらにアイリス・フィリス(アイリスシールド・e02148)と、女性陣に視線を巡らせて。
「デュフフ、拙者の本気に女の子たちもメロメロで……」
得意げに笑って爆煙へと目を向け直した途端、表情を一変させた。
もうもうと上がっていたものが薄れた先。
討ち果たしたはずの怪物は、未だ巨塔の如く聳え立ったままでいる。
「っ……」
「おいおい……」
顔に驚愕を滲ませたゼレフが一歩後ずさり、ケイは大太刀に手をかけたまま声を震わす。
どちらも大仰な仕草だったが、それを訝しむ素振りは敵にも味方にもない。
「……こんなの倒せるのかよ……周りの死神倒して逃げようぜ」
一切の遊びを無くした口調でエドワードが呼びかける。
「……んなこと言ってもよ」
陸堂・煉司(冥獄縛鎖・e44483)が呟き、程なく険しい表情で覚悟を言葉に変えた。
「この人数でやるしかねぇのか……」
●
(「……さて」)
何処まで騙し通せるものやら。
思ってもいないことをを口にし続けるのは疲れるものだと、そんな本心が滲み出ないように努めながら、煉司は砲撃形態に変じた大鎚を怪物へと向けた。
発砲。着弾。再び巻き上がる煙の中から怪物が飛び出してくるのを見やり、些かわざとらしい声量で「くそっ!」と吐き捨てる。
そうしておくことで、怪物を蘇らせた死神たちが戦況を把握できないようにする――先のエドワード然り、ケルベロスらしからぬ振る舞いの理由は、全てそこに行き着く。
(「だから動揺すんなよ?」)
ちらり。死神の一匹をサイコフォースの爆炎で炙った後、ケイはまたポヨンに目を向けた。
相棒は事前に与えた指示通り、平静を保ったまま出番を待っている。
そして然程の間を置かず、小竜が働く機会はやってきた。
「ウゥゥオオオオオオォ!!」
「っ……らああああっ!!」
猛獣の如き哮りを伴って突進する怪物と、盾役の鬼太郎がぶつかり合う。
右に左に、一撃一撃が落石のような拳打を果敢にいなす鬼太郎であったが、人界なら巨漢の類に振り分けられるであろう彼も、エインヘリアルから見れば矮小な存在の一つに過ぎない。
連打を受け流しきれず僅かに態勢を崩した刹那、理性の箍を外された重い拳が斜め上から右頬を貫いた。
「うぐぉっ!!」
世界が崩れるかと思うほどの衝撃が走り、赤毛に覆われた頭を追って両足が宙に浮く。
大男の身体が、遮るものもない公園の砂地を派手に転がっていく。
「……おお……っ……!」
苦悶の声が遠ざかるにつれて勢いもなくなり、ようやっと立ち上がれたかと思いきや、鬼太郎はどたりと尻餅をついた。
そこまでくると演技だったが、浴びた一発が強烈であることに違いはない。
怪物の咆哮を聞きながら口内に溜まった鉄の味を吐き捨てる。直後、駆けつけたポヨンの水の力と、自らが従えるウイングキャット“虎”による清らかな羽ばたきを浴びて幾ばくかの傷を癒やした鬼太郎は、まだぐらつく視界に仲間の背を捉えて弓を射る。
「痛ッ!」
急襲を受けたエドワードが顔をしかめ、一拍置いてから和やかな笑みを浮かべた。
「……大丈夫ですか?」
アイリスに問われた黒ヒゲは心地よさそうに頷く。
夏の夜にあっては怪しさ満点の表情だったが、その源は矢に宿る妖精の祝福と癒やしであるから、確かに問題はなさそうだ。
まだ緩い顔の男からすぐさま目線を切って、アイリスは仲間たちの立ち位置を確認すると九尾扇を掲げた。
途端、特筆すべきこともない並びは一廉の陣形として見出され、破魔の力を産み落とす。それは後衛を務めるエドワード、煉司と渡って、最後は癒し手の篠葉にまで辿り着く。
「なんか、ばっちり呪えそうな気がしてきたわよ!」
万事がそこに連なるらしき篠葉はにこやかに言って、アイリスらの元に黒鎖で守護の魔法陣を敷いた。
それが発する微妙に怪しげな光へと重ねるように、ジュスティシアも乙女座の剣で大地に聖域を刻む。此方は呪いと無縁の眩い星芒でもって、前衛の僚友たちに怪物の雄叫びに対する耐性を与えていく。
だが――。
「もしもし、聞こえるか? ……くっ、繋がらない!」
防御術式の構築を終えたジュスティシアは、喉元に接するマイクを押さえて悲痛な声を上げた。
「我々だけでは勝てない! 至急増援を……駄目だ、ノイズが酷い!」
「……困ったな」
迫真の演技に応えるため、ゼレフも精一杯の渋面を作りながら呟く。
我ながら拙い芝居だとは思うが、批評は物言わぬ怪魚たちに委ねるしかない。
せめて早々に席を立たれることだけは避けようと、寸劇を続けながら穿つための刃を翳す。そこに一時、姿を囚われた燻る死神は何を垣間見たのか、叫喚しつつ肩に喰らいついてきた。
牙の刺さる箇所は当然、少なからず痛む。
堪えられない程ではない。しかし堪えても意味がない。続けざま飛んできた怪魚をアイリスとケイが身を挺して止める間、ゼレフは退路を探すふりで死神の様子も窺いつつ、大袈裟に悶えてみせた。
そして思う。
やはり自分は、大根役者の域を出られそうにない、と。
●
とはいえ、死神の目があるうちは芝居を打たねばなるまい。
「きゃあっ!」
アイリスが不利を訴えるように悲鳴を上げる。片脚には、ゼレフから離れたばかりの怪魚が牙を立てていた。
男連中よりは可愛げのある反応だったからか、残りの二匹も釣られてやってくる。冥府の使いでありながら活きが良いのは、初手の多くを彼らへの攻撃以外に割いたからだろう。
すかさず鬼太郎とケイが行く手を阻んで――揃って大声で喚く。
「ぐおおあっ!」
「いてぇっ!」
などとは言いながらも、二人は得物に手をかけることを忘れない。
そして身を捩り、這々の体で死神を振り払ったのだと見せかけながら抜刀。赤鞘から滑り出た太刀風と、大太刀にもう一刀を重ねて起こす衝撃波、おまけに虎のひっかき攻撃を加えてアイリスから死神を引き剥がす。
そうして解き放たれたアイリスは、死神全てに狙い定めて無数のレーザーを見舞った。
幽魂にも見える青白い怪魚たちが光の束に翻弄されて不規則に宙を踊り、闇々の内に仕掛けられていたエドワードの爆薬に触れて次々と跳ねる。
その光景をじっと見据えたゼレフは髪と瞳を緩やかに炎の色へと染め上げ、掲げた鋒より一翼の燃ゆる鷲を飛び立たせた。
戦場に行き交う全ての視線を集めたそれは荒々しくも一途に羽ばたき、貫いた怪魚諸共爆ぜて散る。
(「……まず一匹」)
続けて死神をもう一つ落とす。その後、エインヘリアルを討つ。
事前の取り決めを心中で浚って、ゼレフは怯む死神たちから間合いを大きく取った。
その姿に引き寄せられていく怪物を、今度はケイが押し止める。
「――ッ!!」
丸太のような、とは安直だが適切か。
ともかく太い腕が横薙ぎに来て、ケイの身体は先の鬼太郎と同じ道を辿った。
直撃ではない。派手に転がされはしたが、単純な連打をケイは見切っている。しかし運悪く追い討ちまで決められていたら、牽制と称して浴びせた二発の砲撃では全く衰えていない攻撃力が、ケイの生命をごっそりと奪い取っていただろう。
「すぐに呪い直してあげるわね!」
自然体を保つ篠葉が声を上げるなり神籬を振って“御霊降臨之呪”による治癒を試みる。
だが礼を返すでもなく、ケイは鋭い視線を庇ったはずの仲間に向けた。
「確かに一匹は倒せた……けどお前、あれじゃ後が続かねえだろ!」
責め立てられたゼレフは沈黙で答える。反応がないことにさらなる苛立ちを覗かせて、ケイは作戦自体が失敗だったのではないかと四方に罵声を飛ばす。
傍から見れば完全に内輪揉め、仲間割れ。
……なるほど、そういう演技の方向性もありか。
ならばと一枚噛むことに決めて、煉司もこれ見よがしに舌打ちをしてみせた。
「一体狩るにもこのザマだってのによ……」
視線を動かせば、後衛用の新たな聖域を築いたジュスティシアが、必死に偽の救援要請を繰り返している。
「想定してたよりもヤベェな、こいつは」
このままでは押し切られる。有りもしない不安を口にしつつ、煉司はライフルのトリガーを引く。
再度の牽制として光線を浴びせかけられた怪物は、濁った眼を砲手に向けながら忽然と不気味な沈黙を湛えた。
●
それは嵐の前の静けさ。
「――ウォオオオアアアァッ!!」
響く雄叫びは盾役たちの合間をすり抜けると、煉司ら後衛陣を魂から揺さぶった。
「かっ、可愛くない……!」
そして苦しい。防具も役に立たない攻撃を受けて、堪らず黒鎖を展開する篠葉の傷を、鬼太郎が殴り飛ばす。
ポヨンも煉司への属性インストールに動き、聖域の力も借りて音圧から逃れた煉司はエドワードと並んで死神に轟竜砲を打った。
ほぼ連なるようにして打ち当たった弾は機動力を奪う。攻撃と回復を兼ねる噛み付きで生命を長らえようとする死神に狙いを付け、ゼレフが刃を閃かせると、錯乱した怪魚は大地にぶつかって粉微塵となった。
そのままエインヘリアルにも攻勢を――と行きたいところだったが、ジュスティシアは自らの足下に新たな星座を描き、アイリスは破魔の力を前衛に宿すべく扇を振るう。
残った攻め手はケイと虎。
「悪いが出し惜しみはしない。……こいつで一気に決めてやる!」
虎が飛ばした尻尾の輪を追うようにして、一閃。
桜吹雪と共に見舞ったケイの居合斬りは怪物を炎に包み込む。
「やったぜ、ポヨン! へへっ! ……へっ?」
二度ある事は三度ある。無常の桜火にも耐えた怪物が、獲物を求めて大地を蹴った。
今度は見切ることも出来ず、激しい殴打に膝を折ったケイを追撃の拳が襲う。四肢がそれぞれ別方向に千切れ飛ぶのではと思ってしまうほどの大回転を経て、ケイの身体は一際太い桜の木に打ち当たる。
意識までは手放さずに済んだが、その理由が全身の激痛では全く洒落にならない。
篠葉の呪いに鬼太郎の拳圧、そして仲間の元からとんぼ返りしてきたポヨンの水属性と矢継ぎ早に治癒を受けたケイは、諸々吹き飛ばすように叫んで気合を入れる。
その一方で、五人と一匹は攻めに出た。
「瘴霧一閃。―――呪縛、解放」
呪詛で鎚を刀に変えた煉司が斬りかかり、続けざまゼレフが炎の鷲を炸裂させ、エドワードは高々と宙に舞って蹴りを打ち、虎も果敢に爪を伸ばす。それだけ浴びせれば、さすがの怪物にも多少は怯むところが見えた。
しかし順調な攻撃は、同時に新たな問題を生む。
喚び出したペンギンのエネルギー体を二連の巨大砲に変えて、氷塊を撃ち放った直後。アイリスは一匹残された死神の動きから、不穏な気配を感じ取った。
(「まさか……」)
撤退するつもりだろうか。その予感は死神が己に牙剥いたことでひとまず杞憂となったが、不安の種としては残り続ける。
いっそ、死神を全滅させてしまった方がよかったのではないか。
そもそも理性の欠けたエインヘリアル自身は手近なものを殴り殺そうとするだけで、幾ら観察したところで実りなど少ない。
撤退を判断し決定するのは死神だ。その死神から見て、同胞が散った現実は劣勢を判断する何よりの根拠とならないだろうか。
暑さによらない、嫌な汗がじとりと滲む。
だが、撃破順は共通項にまでした事柄。ジュスティシアは携行式ランチャーの照準をエインヘリアルへと合わせて、レーザーを撃った。
光線が巨体をかすめていく。
「これが私の精一杯……全然足りない!」
やはり救援を呼ばなければ。
繰り返す演技のなかで、焦燥だけは本物になりつつあった。
●
ともすれば、それが功を奏したのかもしれない。
死神は最後まで撤退の判断を下さず、動きの鈍ったエインヘリアルが呪詛で形作られた妖刀に討ち果たされるのを、むざむざと見過ごす羽目になった。
難所を乗り越えてしまえば、後は非力な怪魚一匹を片付けるだけ。
氷塊で押し潰された死神が跡形もなく消えたのを見やり、アイリスが深く深く息を吐く。
あと小さじ一杯の知能が死神にあれば、怪物は逃れていたに違いない。ようやく一人芝居から解放されたジュスティシアも安堵を滲ませながら、水飲み場で喉の渇きを癒やす。
普通ならありえない量の台詞を吐いたせいか、疲労の度合いが尋常ではない。倒れるとか血を噴くとか、少し言葉によらない芝居でも良かったのではとさえ思うほどだ。
ともあれ、得られた結果だけは悪くない。
それを肴に一杯どうかと、鬼太郎は希望を募るのだった。
作者:天枷由良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年8月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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