朱に嵐

作者:黒塚婁

●嵐
「……なんと惨い」
 荒れた地を一瞥したレッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)は、思わず零す。
 やや俯いた彼の表情は――ゴーグルもあって、読めぬ。だが、恐らく堅く重い声音の通りであっただろう。それを聴く者も、見る者もここにはなかったが。
 彼が見つめるのは、かつて田畑であった場所――デウスエクスの蹂躙より解き放たれたばかりのそこは、土は乾ききり、どこからやってきたのか、岩や鉄屑が転がっている。
 僅かに畝の名残、がらくたに埋もれた農耕具などが無ければ、曾て畑であったとは到底思えぬ状態であった。
 だが、レッドレークはかつてこの場所が数多の野菜を育んだ豊かな土地だと知っている。ゆえに、ひとり脚を運んだのだ。
 ほんの僅かな希望、期待は見事に裏切られ――否、目に見える結果は無惨であろうと、見えぬところであれば。
 思い至り、どこか衝動的に彼は赤熊手を構えた。土を少し掘ってみようと振りかぶる。そうだ表面は酷い有様だが、地中深くに残るものがあるやもしれぬ――。
 その時であった。
 ブゥン、と何か機械が起動するような、鈍い音がした。
 彼は地に向けようとした赤熊手を横薙ぎに振るう。手応えよりも先に閃光が爆ぜて、レッドレークの視界を奪う。
 鼻先を掠める風に反応し、咄嗟に飛び退く。
 凶悪な刃を束ねた爪が旋回を止め、青白く帯電しながら浮遊するは、金属の楔のような――鳥のような――。
 奇しくも、レッドレークはそれの名を知っている。
「スプリガン!」
「敵対対象ヲ発見。戦闘ヲ開始スル」
 対し、淡淡と吐き出された電子音声は事務的であった――さてどう切り抜けたものかと、赤い外套の男は不敵な笑みを浮かべつつ、思案するのであった。

●救援依頼
「レッドレークがデウスエクスに襲われるという予知があった」
 集まったケルベロス達を一瞥し、雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はそう切り出した。
「連絡は? 奴はレプリカントだろ」
 問いかけたのはノゼアン・イグレート(地球人の土蔵篭り・en0285)――彼女の言葉に、辰砂は深く頷く。
「無論。しかし連絡はとれなかった――既にただならぬ事態に巻き込まれていると考えるのが妥当だろう。よって、貴様らに疾く救援に向かってもらいたい」
 金眼を細め、辰砂はそう告げると――次の説明に移る。
 敵の名はスプリガン――金属の身体に、雷を纏うダモクレスだ。
 この個体は三メートルほど。ほぼその身の丈と等しい巨大な刃を束ねた爪で、凄まじい速度で敵を斬り裂く――その様はまさに嵐の如く。
 またスプリガンは量産機ではあるものの、時に指揮官を務める個もあるらしく――今回は単体であるが――その能力は侮れぬ。
 油断せぬように、辰砂はそう念を押す。
「周囲は荒れ地であり……多少の瓦礫があるが、戦場としては、戦いやすい部類の地形であろう。周囲に人もおらぬゆえ、戦いに集中できるだろう」
 彼の言葉を聴き――ノゼアンは少し首を傾げる。
「なんでそんなところにいるんだか……まあ、いい。さっさと助けに行こうぜ」
 暁色の瞳を敵意に輝かせつつ、彼女はケルベロス達に笑みを向けたのだった。


参加者
江田島・武蔵(人修羅・e01739)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
巽・清士朗(町長・e22683)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)
一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)

■リプレイ

●集結
 敵対対象ヲ発見。戦闘ヲ開始スル――。
 目の前に浮かぶスプリガンの通告に、思いかけず、レッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)は小さな衝撃を覚えた。
「俺様は『敵対対象』か。間違いないな」
 過去から今へ――彼の道は一筋の繋がりがある。そして、感情を持った彼には過去や故郷に思うところがあれど――他ならぬスプリガンは、変わり果てたレッドレークを認識できぬ、という事実。
 それをどこか寂しく思うのも、今の彼ゆえ。
「――認識できなくとも、まあいい。必要なら貴様の通信が生きている内に母艦へ報告してくれ。『SP2409R分隊は任務に失敗した。R4はもはや回収不可能』と」
 とうに覚悟はできていたはずなのに、いざ告げるとなると声が震える。心とは厄介なものだと――これ以上無く実感する。
 じりと大地を踏みしめるレッドレークと、浮遊しながらきりきりと爪を引き上げるスプリガン。
 一触即発――仕掛けるタイミングを計っていた両者だが、不意に敵がその場から飛び退く。
 長身の回転式銃が鈍く光ったかと思うと、高らかに吼える。空中であれ、揺らがず真っ直ぐに構えた江田島・武蔵(人修羅・e01739)が、空中から無造作に放った一撃は、金属の身体に弾かれたが――注意はこちらに向けたと確信する。
「最近の畑ではあんな物も採れるんですね」
 容赦ない一撃を放ちながら、着地するやいなや、仲間に向けて軽口を叩いてみせる。
「相手が1人とお思いですか? 窮地にあるのはそちらですよ」
 更に降り立った筐・恭志郎(白鞘・e19690)が言い放った通り――次々と、レッドレークを庇うようにそれとの間にケルベロス達が続く。
「レッド殿、微力ながら助太刀致すのじゃ!」
 一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)が隙の無い構えをとって敵の動きを注視すれば、彼に寄り添う一之瀬・百火は鮮やかな袖を翻し、緑鎖を手に彼に倣う。
「どうやら間に合ったようだな」
 巽・清士朗(町長・e22683)が口元に不敵な笑みを浮かべて半身振り返る。彼と背を合わせるように、身構えた蓮水・志苑(六出花・e14436)が微笑を湛えて頷いた。
「まだお知り合いになりましたばかりですが、時の長さなど関係なく既に友人のつもりでおります……微力ではありますがお力添えさせていただきます」
 楚々とした彼女の声に、同意するように瞑目した清士朗は――ふと思い出したかのように、口を開く。
「ちなみにレッドレーク。お前の上司は忙しい。今ここに居るのは、ただのお前の友人、巽清士朗だ」
 怒濤の如く、目の前に現れた親しき者達に、レッドレークは素直に驚く。
「……皆。それに……クローネ!」
 お師匠と共に、彼の直ぐ傍に降下したクローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)は、月色の瞳はいつもよりも強い視線で、真っ直ぐに彼を、敵を見据える。
「いつも、守ってもらってばかりだから。せめて今くらいは、きみを、守らせて」
 中性的で囁くような声も、心なしか力強い響きを含み。
 レッドレークが周囲とどんな縁を結んでいるか――その一端を見、一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)が微笑む。
 例え、彼らと直接的な縁はなくとも。
「……わたしはわたしなりに、少しでも力になれれば幸いです」
 対物狙撃銃を模ったハンマーを巧みに操り、攻撃に備える。
「縁が浅いのは、俺も同じだ」
 ノゼアン・イグレート(地球人の土蔵篭り・en0285)が口の端を持ち上げ笑う。その先でぶんぶんと腕を振るのは、尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)であった。
「レッドレーク、手伝いに来たぜー」
 自分の横に、前に。自分を守るために並ぶ仲間達の姿を一瞥すると、レッドレークは大きく息を吸う。
 先程の動揺が嘘のように消えていた。今度こそ『敵』を睨み付ける。
「……失敗と、裏切りを、詫びる。だが……此処で死ぬつもりはないぞ!」
 その意気です、武蔵は薄く浮かべた笑みを消し去り――愛刀構え、宣言する。
「ゲーム開始だ。遊ぼうか、カラクリ野郎」
 対し――スプリガンのいらえは淡淡としたものであった。
「敵対対象の増加ヲ確認――殲滅モードに移行スル」

●決別の道
 左右に爪を広げ、高速で旋回する。稲光を纏いながらケルベロス達の間を通過する。
 放電によってその範囲は実際の爪よりも遠く長く伸び、全方位を鋭く穿つ。
「こう攻撃範囲が広いと防ぐのが大変だな」
「だけど、絶対に通さぬ……じゃろ、クローネ殿!」
 白、そっちは任せた――彼女の言葉に、応と力強く頷き、彼は百火を呼び、彼女の手にする鎖で魔法陣を展開する。
 赤い石がきらりと輝く。クローネは指に輝く歯車に似た銀のリングから、光の剣を作り出す。
 彼女の道を作ろうと、百火が瓦礫を飛ばし、お師匠が咥えた剣を振るって続く。
 スプリガンの金属の身体は、それらを次々に弾き返した。
 ほう、清士朗は目を細めた。
「流石は指揮官機、といったところか」
 前衛に向け紙兵を撒きながら、その動きを悉に観察する。後衛に向け、ノゼアンが黄金の果実を掲げる。
「ならば、まずはそれを破る」
 武蔵が地を駆る。雷纏う白刃は水平に風を斬り裂く。
 雷と雷がぶつかりあい、火花が散った。火力を持って押し込めば、爪にひとすじの疵が残る。
 そこへ飛び込む、深緋。
「これは一つの定命の呪い…貴様も『錆』の餌食にしてやる!」
 レッドレークが言い放つと同時に解き放たれる、腐食の魔力――纏わせた赤熊手を高く振り上げ、彼はそれの頭上まで跳躍する。
 振り下ろした刃が接触するなり、爪の一部が赤き鉄錆で覆われていく。武蔵がつけた疵を深めるように――。
 それでも全ての爪が鈍るわけではない。
 彼を振り払う刃の鋭さを見咎め、恭志郎が甲を差し向ける。
 ――かつて経験した、厳しい戦い。
(「ギリギリの戦線で、彼の力強い言葉がどれだけ支えになったか」)
 ゆえに、今度は自分が彼の支えとなろう。
「……必ず、護ります。そしてこの土地の恵みも、取り戻しましょう」
 思いに応えるように、ブローディアを模ったアーマーリングが光り輝き、光の盾がレッドレークを守る。
 退いた彼と入れ違い、スプリガンとの距離を詰めたのは、志苑。
 彼女が腕を振るえば、しゃらり、ひらり――氷の爪より六花が零れ、網状の霊力に変じ、繋がる。
 それが霊網に搦め捕られた一瞬を、瑛華は見逃さぬ。
「……捉えました」
 艶美な微笑みとは裏腹に――銃弾は容赦なく、それの爪を潜り、起点を崩す。
 応報は放射される雷。
 高い破裂音と共に伸びる閃光が細い指先を灼こうとも、クローネは前を向き続けた。
「……ぼくが歩み行く先を輝らす、一等星のために……!」

「集うは氷雪、煌くは氷結の刃」
 氷のように青白い刃を手に、志苑が唱う。
 凍える空間を割る一太刀――鮮やかな三日月の軌跡を刻みつける。
 美しい氷の刃を受けて、スプリガンは両の爪を閉ざすように縮こまる。それを好機と見るか、否か。
 仲間と目配せ、白がオウガメタルを纏いつつ、仕掛ける。独特の足運びから、深く踏み込んだ下半身より、鋼の鬼が繰り出す重い打撃。
 合わせ、閉ざした爪が一気に開く。
 そんな程度で彼は体勢を崩すことはない――だが、戻し本命は振り下ろす斬撃。
 お師匠と、百火が、それぞれの得物をスプリガンの背後で閃かす。それによってやや遅れた攻撃を、軸をずらして直撃を躱し、改めて掌打を叩きつける。それでも彼の背の半ばまで伸びた朱は、相手の手強さを示すように。
 もっとも、その傷は恭志郎が即時放ったオーラであっさりと消えてしまう。
 打たれた金属の身体がみしりと軋む。
 頑丈だと仕掛け甲斐がありますね、何処か楽しそうに瑛華は言い、すかさず狙い撃つ。
 放たれた銃弾は、爪の疵を深める楔と埋め込まれる――成果を改めて確かめるまでも無く、彼女の射撃は正確だった。
 不意に、戦場の注意を一点に集めるような、澄んだ拍手が響く。
「八門立つ 九龍八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」
 奉唱すれば、研ぎ澄まされた感覚にて戦場を写し取る。未来視の如く、先を読み、次の拍手を打つ。
「雷沢帰妹……後ろだ!」
 彼の言葉通り、クローネが武蔵の前に滑り込む――頭上より振り下ろされた爪と、火花立てて噛み合ったのは――武蔵の愛刀。
「所詮は機械。99%以上の力は出せん。『人』となったレッドさんとは違う」
 振り返り様に一歩踏み込み、敢えて自分で受けた彼は、そう言い放つ。
 例え肩が鮮血で塗れ、腕が衝撃で痺れていようが――たいした事は無いと。
「俺をかばう必要はない。アンタは彼氏を護ってやれ。今日も一緒に帰るんだろ?」
「……ありがとう」
 彼の言葉にクローネが小さく頷くのを合図に、二人はそれぞれ別の方向へと跳び退く。
 その場に取り残されたスプリガン目掛け、レッドレークが真朱葛を蔓触手形態に変じ、攻め込む――苛烈に攻め込む彼の姿は普段通りに見えるのだが、巧く割り切れていないような印象があった。
 どこか相手の反応を探るような――この一手で何かを思い出すのではないか、何か発するのではないかという、期待にも似た気配。
 無論、無自覚であろう。彼がスプリガンを今この一撃で葬るという気概で戦っているのは、疑う余地も無い。
 それがかつての上官であるだけではなく――家族のようなものであると、思えばこそ。
(「心を得た彼とそうならなかった上官――もし道が違えば心を得て共に在れたかもしれない……」)
 彼の逡巡はもっともだ、志苑は軽く目を伏せる。
 だが、覚えていたところで――ダモクレスとレプリカントを大きく隔てるその溝はあまりに大きい。多くのケルベロスが、思い出を語り、にべもなく一蹴されてきた。
 そんな深緋の背を見、清士朗はぽつりと零す。
「そういえば似たようなことがあったな」
 幾度と共に戦った過去へ思いを巡らせ――この縁を失うはちと惜しい、素直な結論を胸に。
 彼の名を呼び、強く、拍手を打つ。
「さあ、断ち切れ。お前は地球で文字通り、生まれ変わったのだから」
「巽……」
 皆の視線が自身に注がれていた――殊に月色の瞳に、そうだ、と改めて思い出す。
 為すべき事を。
(「親兄弟から――いつかは独り立ちするものだ……寂しくともな」)

●道
 ぴしゃりと戦場を駆ける雷電。白と志苑が中衛を庇い、拳と刀で、そのまま応酬する。
 守りの配備は完璧だが、念には念を、恭志郎がカラフルな爆発を起こす。
「命育み、協う、温かな腕。母なる大地の象徴たる、慈愛の女神よ。優しい星のメロディを、ぼくと共に奏でておくれ。」
 クローネが母なる大地の女神の祝福を唄い――隙を見、清士朗が黒鞘を下げる。
 空の霊気が、無数に疵の走った爪を薙ぐ。すでに刃毀れしたそれの爪は、なまくらの鈍器に等しい。
 両爪を翼の如く、大きく左右に広げたかと思うと、力強くひと掻き――スプリガンが今までよりも高く飛来した。
 今まで見せてこなかった動きであれば、目的は明らか。
「そこが命の根源ならば――射貫いて見せましょう」
 爪や雷で守られた中心を狙い、瑛華が低く構える。
 狙撃せんとするには優美な所作だと、瞬きする間に、彼女は撃っている。まさに目にも留まらぬ早撃ちは、やはり正確にスプリガンを射貫く。
 死角からの本体への一撃は相当に応えただろう。均衡を失って、不格好に落ちる。
 響く、拍手。
「地雷復――上方、しかし遅い」
 それでもスプリガンは、白の頭上に錐揉み落ちる――彼もまた、それを止めるために向かっていたゆえの必然であった。
 しかし、両者が接触するより先、お師匠が神器の瞳が睨み、一瞬炎に包まれたそれへ百火が念で弾いた瓦礫を叩きつける。重い楔は白の前に中途半端に落ち――彼の前髪を少しばかり持っていったが。
「八卦と八極の合わせ技…その身でとくと味わうがよい!」
 構わぬと仕掛ける、怒濤の十六技――八卦の術と八極の技で、畳みかける。
 巨大な機兵は蹌踉めいた状態で立て直せず、纏う雷も殆ど消え、爪による守りは開かれた。そこへ踏み込んだのは、武蔵。
「一刀必殺。意地の一撃受けてもらおうか」
 独特な上段の構えで一気に距離を詰める――守りを捨てた一刀は、呪いによって錆び付きがたつく片翼を、相対する形で斬り伏せる。
「こっちに目を向けてくれてありがとよ。おかげで舞台が整った」
 摺り抜け様に不敵な笑みをひとつ残し、前方より駆ける気配に鼓舞を送る。
「悪いがアンタの首を狩るのは俺じゃない。レッドさん、行け!」
「行けレッドレーク、思いっきりぶちかましてやれっ」
 強く響くは広喜の声――重ね、恭志郎が起こした爆風が、彼の背を押す。
 応えるように、赤が加速する――その姿に避けられぬ死を見たか、残ってはいるが殆ど動かぬ片翼を翻し、スプリガンが渾身の雷電をそれに溜める。
 だが、その強い輝きの影に、月色の瞳の魔法使いがいた。
「いつかの星のように、ぼくはきみの行く先を照らそう。この出会いは、子の成長を願う親の心が繋いだ縁だと思いたいから」
 光の剣を背後から爪に咬ませ、攻撃の機会を奪う。
「さぁ、今のきみを、見せてあげて?」
 そしてレッドレークへ、淡い微笑みを送る。
「……皆、有難う。本当に。どうだ、俺様の今の仲間……強く、かけがえのない、大切な人達だ」
 炎を纏う。今まで見た中で、もっとも強い灼熱だ――クローネは思った。
 彼の感情の昂ぶりを表しているのは間違いない。青く揺らめくのでも、白く灼けるのでもない。ただ真紅の炎を武器に纏わせ、レッドレークは駆った。
「返し切れない程多くを貰って、俺様も強くなれた。元部下の成長と幸せを、喜んでくれて構わんぞ!」
 赤い外套を翻し、身体を捻りながら振りかぶる。
 叩きつけた瞬間、鈍い音が立つ。砕け散った爪の一片が、彼の頬を浅く斬りつけ、放物線を描いて飛んでいく――それでも、腕に伝わる抵抗を押さえ込み、振り切る――その軌道、陽炎が揺らめいた。
「任務……シッパ、イ――」
 最後に遺す言葉がそれかと、自嘲めいた感情に彼は口を歪めた。
 無数の重い金属が耳障りな音と共に地に落ちる。炎に包まれた儘、幾度か立て直そうと爪を動かそうとしたが、叶わぬ。
 克服した晴れ晴れしい感情と、重く淀んだ感情。いずれも巧く言葉にできぬ両者が綯い交ぜに、彼はその場でただ立ち尽くす。
 黒く毀れた金属の塊となっていくそれを見つめるレッドレークの瞳から、溢れるものがあった。
 ゴーグルの縁を越え、頬を伝っていく一筋の光りを認め――彼をよく知るものたちは、驚くと同時に――それぞれに、穏やかな表情を浮かべる。
 機械眼の奥から溢れてくるそれを、隠すことも止めることもない彼を、クローネが背から抱きしめた。
 暫くの間――ケルベロス達は彼の無言の追悼を、ただ見守っていた。

●大地に立つ
 やがて、武蔵が荒野を見やり、ひとつ頷く。
「では、片付けるとするか」
「農業は……よくわからないので、散乱した産廃を纏めていきましょうかね」
 言って、無造作に鉄骨に手をかける。おいおい大丈夫か、とノゼアンが頭を掻きつつ問うと、悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「細腕ですが、意外と得意なんですよ」
 言葉通り、瑛華はひょいと鉄骨を持ち上げる。
 彼女の様子に、負けじと広喜が目に付いた瓦礫を担ぐ。前にレッドレークに土の仕事手伝うって約束したからな――楽しそうに彼は笑う。
「この枯れた土地が、早くまた緑が育つ場所になるといいのう……」
「荒野になったからといって、草木が生えなくなったという訳でもあるまい。精魂込めて世話すれば、いつかまた元の畑に戻るだろうさ」
 光輝く掌をかざしながらの白の言葉に、武蔵がそう応じれば、広喜が請け負う。
「きっとここもレッドレークの農園みてえに、いいとこになるぜっ」
 無邪気なその言葉が叶うことを願い、
「どうかこの地に緑が戻り、そして彼の上官が空へ還れますように」
 想いを込めて、志苑が大地に染みこんだ惨劇の記憶を汲み上げ――新たな生命に変換する。
 汚れを厭わず膝をつき、土に触れてみた清士朗は、
「乾いているがいい土だ。これなら緑が戻るのも早かろう……と?」
 瑛華の持ち上げた瓦礫の影に、目を向けた。
「どうかなさいましたか?」
 小首傾げた志苑が、彼の視線に合わせると――彼女もまた、まあと袖で口元を押さえた。

 ひとたび手を止め――皆が存外楽しげに働いていることを感慨深く眺めるレッドレークの横に、恭志郎が並ぶ。
「……とある友人が俺に芽の御守りをくれたんです。『涙も希望の芽の栄養に』と。この土地が整い、緑が芽吹いて、いつか実る色はきっと――赤々と。ですよね、レッドレークさん」
 そして、穏やかに微笑む。涙も糧となる――確かにその通りだと、レッドレークは頷く。
 そんな二人の背後から、清士朗が声をかける。
「時は止まらない――人は忘却し、世はこれ無常……そう、変わることこそ生きること。案外悪くはないさ」
 朗々と謳い、あらぬ方へと指をさす。
 その先には、先程彼が見つけた――小さな一輪の花が、揺れていた。
 驚きと喜びに言葉を失い、花に視線を注いだ時――色とりどりの花がぱっと鮮やかに大地に広がっていく幻視に襲われた。
 更なる驚き顔を上げれば、そこにはお師匠と一緒にクローネが軽やかに舞う姿があった。爪先のビジューがきらりと光ったのが印象的だった。
「……願わくば、役目を終えた機械の人も、この星の命の輪に還れますように」
 祈る彼女の姿を眩しそうにレッドレークは目を細めて――いつもの調子で大仰に頷いて見せた。
「この星の土に還れたのなら、またいつか逢える、かもな!」
 次こそは終まで共に歩む仲間として――。

「ところでレッドレーク。お前の鳥嫌いは、このスプリガンの外見がゆえのものだったりするのだろうか」
 清士朗の何気ない問いかけに、レッドレークは口ごもる。
「いや、それは……」
 自身に刻まれたあの恐怖の根源を思い出し、背筋が凍えるような心地を覚え――克服せねばならぬものはまだまだあると気付く。
 何にせよ、案山子と鳥が不倶戴天の敵であることだけは、何を克服しても変わらない気がするのであった。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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