愛は定義と条件で

作者:遠藤にんし


「愛など、感情などはいずれ変わるものだ」
 ビルシャナは断言した。
「移ろうものに重きを置いて、それが何になる? 大切なのはそんなものではない……その者が何を持ち、どんな価値を持つかだけだ」
 はっきりとしたビルシャナの言葉に、ビルシャナの前に座る人々は静かにうなずく。
「『スペック』。それ以外に、人を愛する理由など無いのだよ」
 ビルシャナの呟きが、辺りに響き渡った。

「人を好きになるのはスペック……なのかなぁ……」
 目撃したビルシャナについて語ってから、瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)はそう呟く。
「恋愛についての話は、私には難しいところもあるけど……ビルシャナである以上、この件も放ってはおけないね」
 今回、うずまきが目撃したのは『人を好きになる理由はスペックのみ』と豪語するビルシャナ。
 教義だけを見れば実害は少ないようにも思えるかもしれないが、スペック以外の理由で人を好きになった人間を殺害する……というような事件にも繋がりかねない、と高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は危惧する。
「信者となってしまった人たちを引き離したうえで、このビルシャナを倒してしまいたいね」
 ビルシャナが従える配下は全てで名。
 それぞれが色々な事情からこのビルシャナの信者となってしまったようだが、彼らは戦う前に説得をすることで、ビルシャナの洗脳状態から脱することができる。
「信者たちが洗脳状態のまま戦闘を始めてしまうと、彼らも戦闘に参加することになる。それは少し怖いことだから、なるべく説得をしてあげたいね」
 説得は様々な方法が考えられるはずだと冴は言って、ケルベロスたちを見送るのだった。


参加者
天道・晶(喰らう髑髏・e01892)
リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)
ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)
瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)
スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)
平・輝(サラリーマン零式忍者・e45971)

■リプレイ


「どんなに世界が変わっても時代が変わっても、作品が生まれた頃から変わらない二次元の嫁婿こそ至高!」
 恋愛に必須なものはスペック――そう考える彼らの元へと突如として降り注いだのは、平・輝(サラリーマン零式忍者・e45971)のそんな声。
「拙者も二次元の住人になりたいでござる働きたくないでござる……」
 ブツブツと呟く様子に配下となった四名はあっけにとられたように輝を見ている。とりあえず、注目を集めることには成功したようだ。
「リアルの人は変わって裏切っても、二次元の嫁婿達は単行本や円盤を再生すれば、変わらない姿をみせて微笑んでくれる。でも、リアルだと裏切り蔑む眼差しを向けることもある」
 くうう、と歯の隙間から漏れ出る声は、いない歴イコール年齢としての悲壮感に満ちている……リアルはオワコン、と、そもそもがリアルの恋愛についての思想によって集まった彼らの根底を覆すことを、輝は言い。
「あばよリアル! よろしく二次元!」
 腕を大きく広げて二次元ダイブを思わせるポーズで決め。
 アニメやゲームのキャラっぽさのあるポージングに彼らが大いに引いているのは感じられたが、ブラック企業勤続二十年の営業主任、毛根も胃腸も死にそうになる数多のクレームを乗り越えてきた輝からすればそんなものは屁でもない。
 輝の言い放ったその主張は、彼らにとっては到底受け入れることができないものだったのだろう。
「スペックで相手を選ぶって、相手からもスペックで見られるって事だけど、ここにいる人達はその覚悟があるのかな?」
「え? ……覚悟?」
 だからこそ、輝と比べて話の通じそうな鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)の言葉へは、反応を示してくれた。
 うん、と蓮華はうなずいて、男性へと問いを重ねる。
「お金なら、何か事故で働けなくなったら無価値になるの?」
「うむ……そうなってしまう、かも、な?」
「それって結局スペックじゃなくてお金目当てで選ばれてるのでは……? それって段々虚しくなってきたり不満に思えてきたりしそうじゃないか?」
 リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)がそんな風に訊くと、男性は目を伏せて。
「そうは言っても……他に何も出来ず、若くもないからな……そこの彼と違って……」
 チラと向けた視線はラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)、天道・晶(喰らう髑髏・e01892)、そしてもう一人の配下の青年へ。同年代の輝はシレっとスルーである。
「駄目なところばっかりで……お金くらいしか無いから……」
 他の面で自信が持てないと縮こまる男性へとリーズレットは、駄目なところを改善する方法ではなく、そのままの彼を愛してもらうという提案をする。
「寧ろ高収入の割に抜けてたり、マダオな部分が母性本能を擽りそうな気がするから……どっちかと言うとそのダメな部分を受け入れてくれる人を選んだ方が良いのではないかと思うなぁ……」
 愛があればダメなところだって受け入れてしまうはず、と告げるリーズレットは、反論が来るより早く続ける。
「因みに個人的にマダオは好きだ!」
 マダオ――まるでダメな男ほど愛でたくなる存在はいない、とキラキラした表情で言われてしまっては、「ダメ人間を愛する者はいない」という反論も封じられてしまう。
 そんな説得は興味がなさそうな表情をしていた少女へと声をかけるのは、スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)だ。
「ねぇ……一緒になるなら便利の人ってどういう人なのかしら」
 家事をやってくれる人、この男性のようにお金をたくさん稼いでくれる人、自分のことには一切口を出さずにいる人、望みを全て叶えてくれる人……色々な可能性をスノーが提示するたび、少女はうなずく。
「そんなロボットみたいな人居ると思う?」
「それは…………どうなんでしょう」
「愛というのは、その人を思うだけで心が苦しくなったりその人がいるから頑張ろう! 稀に失恋もあったり……そういう体験があって初めて愛と呼べるんじゃないかしら?」
 何の経験もなく、ただ得ただけの『便利』なものは、愛と呼べるものではないとスノーは言う。
「貴女が仮に漫画の主人公で便利な愛だけを求めてる人居たらどう思う?何この駄作!! て思わないかしら?」
 そうやってスノーが少女へと必死に言葉をかけるのは、この少女の考えが昔のスノー自身とよく似ているから。
 便利な人が欲しいというダメ人間思想を誰が愛してくれるのか、人は頑張ってこそ輝くものだ――そう言いたい気持ちも山々だったが、そこまで言ってしまうと歳の離れた少女には通じないかも、ということで耐えるスノー。
 しかし少女は口を開き。
「でもおば……お……おねえ、さん? 的にも、便利な方が――」
 言いかけた瞬間、少女の体は軽々とスノーに担がれる。
「え?」
「肉体言語の時間ですわね」
「えっ……え?」
「大丈夫やるのは、お尻とか狙うわ! 一応女の子相手ですしね! OHANASHIシマショウ?」
 おばさんと言いかけて結構な時間を迷ってからお姉さんと呼んだことがこの事態を招いたのだ――そう少女は気付くが、時すでに遅し。
「相手も、何のメリットもないのに便利にあれこれしてくれると思う? 甘くない?」
 そんな蓮華からの追い打ちをかけられつつ、スノーに担がれて退場する少女――戻ってきた時にはすっかり大人しくなっていたので、とりあえず、彼女の件については解決ということでよさそうだ。
 ……少女が落ち着くのを待ってから説得を始める遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)の胸にあるのは、彼女自身の恋人のこと。
「理想の恋愛相手の条件を理性で考えていても、出会ってしまったら吹き飛んでしまうんです」
 不思議だとは鞠緒も思った――だ同時に確信も強くて。
「理性では計り知れない身体の遺伝子の奥深くから惹かれあう。そんな人に出会ってしまったら……!」
 そう告げる鞠緒に対して彼らの反応が薄いのは、きっと彼らがそんな運命の相手に出会えていないからなのかもしれない。そのように考えて、鞠緒は青年へと声をかける。
「あなたの言うスペックって『ルックス』なのかしら?」
「ああ、そうなるな。俺くらいになると選び放題でイイんだよ」
「選ぶ、なんて言っているのをみると、この人だ! って方にはまだ出会っていないのですね」
 迷う余地があるということは、確信を持てる相手に出会えていないということ。
「あなたが本当に求める相手は、ルックスは関係ないのかもしれませんよ。もっと視野を広げてみたら、宝物を見つけられるかも」
 何であれ、高ければそれで良いというわけでもないのだから……そう言って、鞠緒は微笑む。
「顔も、維持していくの大変だし、他のものを相手から求められたら?」
 蓮華の言葉に、青年は返す言葉に詰まってしまうのだった。


 そんな言葉をラプチャーは興味深く、うなずいて聞いていた。
 求道のためということもあって、今日のラプチャーは真剣な表情。
 口を開いたのは、恋愛結婚の末に離婚を経験した女性。
「そういうのって無駄だと思うんですよね」
「スペックだけで選ぶでござるか、成る程」
 女性の言葉に冷静に相槌を打つラプチャー、ショックを受けた表情の瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)。
(「恋愛結婚だったのに……最終的に性格の不一致とか……あるんだ……」)
 だからといって、スペックだけを見ることが良いことだとも思えない……自分の中で考えが渦巻くうずまきに代わって、ラプチャーは口を開く。
 その言葉は、説得ではなく求道のための質問。
「それではお主達、スペックだけで選んだその相手と性行為をし、子を作り、出来た子を愛す、これら全てをキチンとこなせるとハッキリ断言出来るのでござるか?」
「それも、子供のスペック次第というか……」
「であれば、愛とはなんでござろう」
「……お見合いって昔からありますよね?」
 女性の問いかけに、ラプチャーは。
「確かに、お見合い等でスペックから始まる事もあるござるが、それも事前に話等をし、相性を確かめ、と感情の部分もしっかり擦り合わせた上で結婚しているでござろうに」
 もしもお見合いがスペックだけなのだったら、釣書ひとつで済むことだ。
 それだけで片付かず顔を合わせるということは、スペックだけでなく感情も大切だからだろう、とラプチャー。
「どちらか切り捨てて良い物ではないと拙者は考えるでござるね」
「そういえば、性格が合わないって何時気付いたの? スペックも、後から合わなくなったら、合わないってまたポイするのかな?」
「向こうが色々変わっちゃったのよ」
 ラプチャー、そして蓮華が話している間に、うずまきも自分の考えをまとめることが出来た。じゃあ、と口を開いてうずまきも彼女に尋ねる。
「例えばすっごくお金持ちでも意地悪だったら? とっても外見が良くても沢山浮気されちゃったら?」
 スペックだけを見ても幸せになれるわけではないはず、とうずまき。
「それに年を重ねて変わらない事なんてない……恋愛の熱が冷めるだけじゃなくて……お金持ちでもイケメンでも……変わる事はある」
 それを拒むというのなら、輝が言ったように現実での恋愛は諦めなくてはならないのかもしれない。
 ただ、うずまきが言いたいのは、現実での恋を諦めることではなくて。
「例え好きな人が変わってしまっても」
 うずまきの視線は、振り向くようにして晶へ。
「その変化を一緒に経験して、自分も、一緒に変わっていけるなら……それってとても幸せだと思うんだ」
 心も体も、生きている限りは変わってしまうものだけど。
「相手だけ変わった事が原因なんて言えないって、ボクは思うよ」
 視線が晶と合っていることに気付いて慌ててうずまきは晶から目を逸らす。
 晶は一歩前へ進み出て、うずまきの隣に立った。
「第一、スペックが良ければ付き合うだなんて言うけど、満たしてない奴はどうなんだ?」
 あぶれる人間はどうしても出てしまう……そんな風に考えているらしい彼らの思想は、晶にとっては『違う』もの。
「もし侮辱するんだったら、テメェら全員の性格っつースペックは低いにも程があると思うぜ。そんなんじゃ好きになってもらえねぇ、キレられて終わるだけだろ」
「でもスペックですよね? あなただってそうでしょ?」
 そんな言葉に、晶は決然とかぶりを振る。
「俺はマキがどんなスペックだろーと関係ねーんだよ、好きなんだよ」
「っ!?」
 途端にうずまきの白い頬が染まる――小さな拍手はリーズレットのもの。
「もっと本能的な部分で心が動かされるかどうか、そこを見てみろよ」
 理屈だけで恋愛はするものではなく感情が動くかどうかが全て。
 自身の経験から断言する晶の隣、赤くなって縮こまるうずまき。
 二人の気持ちが同じなのは誰の目にも明白――らぶらぶですね、と言葉を交わすかのように鞠緒とリーズレットはアイコンタクト。
「……そういう気持ち、私も昔は持ってたわね」
 女性は呟いて。
「結婚は失敗だった、けど――あの気持ちまで、嘘って言う必要はないのかもしれないわね」
 彼女がそう言うのを潮時に、配下たちはその場から姿を消すのだった。


「これは、あなたの歌。懐い、覚えよ……」
 書物を紐解く鞠緒が歌うのは、移ろい、離れていった人々への哀しみ。
 ビルシャナが動きを止めた隙にとウイングキャットのヴェクサシオンはねこさんと共に風を振りまき、ボクスドラゴンの響も翼を打って仲間の助けになるべく奔走する。
 追い風の中でリーズレットは矢を放った直後、ラプチャーはビルシャナに肉薄する。
「参考になる主張が聞けたのでござるよ」
 それでも、ラプチャーが攻撃の手を緩めることは決してない。
 ひとつひとつに力を籠めた星が弾けるたびにビルシャナの護りは脆くなる。護りの薄くなったところでぽかちゃん先生はリングをぶつけ、蓮華はそんなちょっとした動作も可愛らしい、と頬を緩める。
 スペックの話ばかりをするビルシャナの土俵に立つなら、ぽかちゃん先生は猫としての可愛らしさというスペックは振り切れている――と蓮華は感じている。
「でも、ぽかちゃん先生はそれだけじゃないもんね」
 可愛いだけじゃなくてとっても頑張り屋さん――だから、蓮華はぽかちゃん先生が大好き。
 ぽかちゃん先生も頑張っているんだから、と蓮華は魔力を籠めた真珠の力を解放する。
「白き真珠の輝きが、みんなの力を輝かせる!」
「非常に助かりますよ」
 展開の恩恵を受けたのは輝。
 輝によって喚ばれたサイケデリックなカラーのスライムは粘土と素早さを増し、逃げようとしたビルシャナへとまとわりついた。
「こいつを振り払うのは……少々骨が折れますよ?」
 重量もあるのか、ビルシャナの動きが重たくなる。
 それでも頑張って攻撃してくるビルシャナだったが、うずまきは紙兵を舞わせることでそのダメージを癒す。くるくる舞い踊る紙兵たちは最後に何かの形を取ってから、渦巻く形を取って姿を消した。
 スノーの美しさをより一層引き立てる着物の袖を揺らして、スノーは杭をビルシャナへ。打撃に纏わりつく凍気は、ビルシャナの生気のほとんどを奪い。
「晶様、最後はお任せしますわ」
「感謝する。……イイとこ、見せないとな」
 呟いた晶は、力強く踏み込んで。
「こいつで……ブッ飛びやがれ!!」
 天翔式・雷轟拳――真正面から受け止めたビルシャナは、その一撃に崩れ落ちた。


「拙者はまだ、求道の途中。愛は……分からないで、ござるね」
 何かを掴めた気もするが、確証はない……戦いが終わり、ラプチャーはそう呟く。
「私は無縁ですから」
 そう肩をすくめるのは輝。
 スノーや蓮華にとっては、愛の対象はいる……弟や、ぽかちゃん先生という、異性とは違う形でも。
 だからこそ説得が無事に済んでよかった、と二人は安堵の表情を浮かべる。
 そして――。
「うずまきちゃんの彼にはちゃんと挨拶をするのは初めてでしたね! 宜しくお願いしますね♪」
 自身の公演『追想・たけくらべ』を観に来てくれていたという縁もあって、鞠緒は晶ににこっと笑顔を。
 うずまきはリーズレットと視線を交わすと、そっと晶の方へと近づいて。
「あのね、ボクもね」
 うずまきが晶に話しかけたのは、説得の時の言葉に気持ちを返したかったから。
「マフィアの晶くんも焼きそば焼く晶くんも……だ、だいすき……だよ」
 怖い顔があるのかも、と思ってうずまきは顔を上げることができない。
「それに、ボクに見せてくれる優しい晶くん以外にも、どんな晶くんも大好き……だよ……?」
 でも、変わらない気持ちだけは伝えたくて、うずまきが言えば。
「マキ」
 晶はうずまきを呼ぶ。
 ――そして、うずまきは顔を上げるのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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