在りし日の君に花束を

作者:okina

●路地裏の邂逅
 その声が聞こえて来たのは、果たして偶然か、それとも必然か。
 ある日の夕暮れ。瀬部・燐太郎(マクロファージマン・e23218)は妙に人気のない道端で、ある声を聞き、薄暗い路地の奥へと足を踏み入れた。
「……リィ……ロォ……リィィン……ロォウ……」
 細い路地の奥から聞こえる擦れた声が、苦し気に何事かを繰り返す。その声に導かれるまま、燐太郎は歩みを進める。
 入り組んだ細い路地の奥。行き止まりになった袋小路に、ソレは在った。青いシャツを羽織り、薄汚れたコンクリートの外壁に背を預けてうずくまる、金髪の女性の姿。
「な……っ!?」
 常ならば、声を掛けながら近づき介抱するか、警察か救急車を呼ぶ所だろう。だが、燐太郎は目を見開き、歩みを止めた。その顔形はあまりにも似すぎていた。在りし日の姿、そのままに。
 ありえない姿、ありえない光景。あぁ……だが、しかし。ケルベロスの瞳はそこに一般人にはありえない数字を示していた。
「リィ……ィ?」
 女性の虚ろな瞳が燐太郎の方を向く。もうそれ以上近づいて来ないと悟ったのか。あるいはその眼力で、燐太郎の正体を見破ったのか。青いシャツを脱ぎ捨て、機械仕掛けの身体を晒し、ソレは燐太郎へと襲い掛かる。
「タァ……ァロォオォォォ!」
 ヒトだった頃に残した、最期の言葉を繰り返しながら。まるで壊れた機械の様に。

●緊急出動!
「まずはお集まり頂き、ありがとうございます!」
 そう言って頭を下げる、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の声にも、どこか焦燥が滲んでいる。
「今回、瀬部・燐太郎(マクロファージマン・e23218)さんがデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました。急いで連絡を取ろうとしたのですが繋がらず、戦闘は避けられないものと思われます」
 一刻も早く現地へ飛び、彼を救援して欲しいと彼女は言う。
「敵は原料の一部に人体を使用したとおぼしきダモクレスです。敏捷に優れ、命中と回避に重点を置いた戦術を好むようです。高威力の爪による一撃と支援効果を打ち消す雷撃、更に再生と同時に抵抗力を得る能力も所持しています。間違いなく強敵ですが……皆さんなら、きっと勝てると信じています」
 説明を続けながら、祈るような瞳で一同を見渡す、セリカ。
「どこの誰かは存じませんが、命を奪われてなお、ダモクレスに身体を利用され続けるのは酷すぎます。皆さん、どうかダモクレスを倒し、彼女の身体を解放してあげて下さい!」
 そう告げて再び頭を下げるセリカに、集まった一同は力強く頷き、応えを返した。


参加者
天谷・砂太郎(それは存在しないもの・e00661)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
鈴木・犬太郎(超人・e05685)
瀬部・燐太郎(マクロファージマン・e23218)
トリューム・ウンニル(碧き天災の運び手・e61351)
ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)
小野・雪乃(光と共に歩む者・e61713)

■リプレイ

●心を重ねて
「ちょぉおぉぉっとぉ待ったぁあぁぁぁ!」
 敵の強襲に身構える瀬部・燐太郎(マクロファージマン・e23218)の頭上から、ハイテンションな少女の声が響く。後方に飛び退り空を仰げば、そびえる廃ビルに四角く切り取られた夕暮れの空から、巨大なミサイルに乗って降ってくるヴァルキュリアの少女が一人。
「初回サービスでプレゼントォ! 返品は受け付けておりませぇーん!」
 青い髪をなびかせ、着弾直前にひらりと飛び降りる、トリューム・ウンニル(碧き天災の運び手・e61351)。火力重視の古代兵器が轟音を立てて、寸前まで敵がいた地面を爆砕する。
「あっ、くそっ、避けられた! ってか、ソイツ速すぎっ!」
 突然の乱入者にも慌てず、素早く後方に退いて警戒の色を浮かべる敵へ向けて、トリュームが悔しそうに悪態を吐く。
「なに、まだ無事の様子で何よりだ。戦友として、助太刀するぞ」
 続けて降り立ったのは、鉄塊剣を担いだ黒い髪の青年、鈴木・犬太郎(超人・e05685)だ。
「すまん、助かる」
 燐太郎の感謝の言葉に頷きで応えると、英雄殺しの名を冠する巨大な剣を構え、赤茶の瞳で真っ直ぐに襲撃者を睨みつける。
「やれやれ……ほんと、最近ウチラが襲撃される案件多いよなー」
 武装白衣をひるがえしながら、ミミックの『段ボール箱』と共に降り立つ、天谷・砂太郎(それは存在しないもの・e00661)。その呟きに黒鱗の若きドラゴニアン、ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)が肩をすくめて同意する。
「仕方ありません。それだけ危険視されている、という事なのでしょう」
 これまでデウスエクス同士ですら成し得なかった、『デウスエクスを死亡させる』という行為。それを可能とするケルベロスは、デウスエクスに死を突きつけられる、唯一無二の存在なのだ。
「だとしても、人間を機械化して刺客にするなんて許せません!」
 犠牲となった女性の成れの果てを目の当たりにして、緑髪のドワーフ――土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)は拳を握りしめて憤った。
「訳あって彼女の……クララの身体をダモクレスから解放したい。力を貸してくれ」
 自身の救援に駆けつけてくれた仲間達へ向けて、燐太郎が絞り出すような声で助力を請う。
「燐太郎さん……」
 痛ましい女性の姿と、浅からぬ縁を負って相対する燐太郎の背中。オラトリオの青年、源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)は言葉に詰まり、一瞬だけ紫の瞳を伏せた。
 詰まる息を、そっと吐き出し。覚悟を決めて、前を見る。胸に去来するのは失った肉親の記憶。
「……精一杯、お手伝いしますよ」
 熱くうずく心の痛みを抱きしめて。彼はその答えと共に、一歩踏み出し前に出る。
「回復は、お任せくださいね。頼もしい皆さんと一緒なら、きっと解放してあげられますわ」
 胸元のロザリオをそっと握りながら告げる、小野・雪乃(光と共に歩む者・e61713)の言葉が仲間たちの心を支え、後押しする。
「よし……援護を頼む!」
 炎をまとい、武器を手に掛け出す燐太郎。頷いて、その背に続く仲間達。
「……――ァアァァァロォオォォォ!」
 迫る一同に対し、奇声を上げながら迎え撃つダモクレス。その身体から、ケルベロス達へ向けて、激しい雷撃が放たれた。

●力を合わせて
「よう。ご無沙汰だな、クララ……元気してた?」
 左手の爪でデストロイブレイドを受け止めて見せたダモクレスに向かって、燐太郎がささやき掛ける。しかし、返ってくるのは鋼の軋む音と奇声ばかり。
「くっ……速い!」
 左側に回り込んだ瑠璃が電光石火の蹴りを放つも、それを上回る速度で、ダモクレスが身をひるがえす。
「流石に速いな。なら……力比べと行こうか」
 着地の瞬間を捕らえ、右側に陣取った犬太郎が放つ、降魔の一撃。重い一撃が敵のガードを突き崩し、ダモクレスの身体を強かに打ち据えた。
「……ィイィィィッ」
 デウスエクスの魂を喰らい、生命力を奪う一撃に、ダモクレスが呻くような奇声を上げる。
 命中と回避に優れたキャスターたる敵を前に、『当たれば』大きいクラッシャーの三人が猛然と攻め寄せる。構図だけ見れば、クラッシャーの三人にとっては、不利な相手だ。
 だがしかし、彼らにはそれを押し通せる力があった。
「幾らかは解除されるでしょうが……」
 ロスティが混沌の水と地獄の炎を呼び起こし、
「あぁ……それ以上に積み上げてやるまでさ」
 砂太郎が光輝くオウガ粒子を放出する。
 グラビティの持つ特殊効果を大幅に増幅する、ジャマーの力。その効果は、仲間を支援する時においても、また然り。ロスティと砂太郎、2人のジャマーによって幾重にも積み上げられた支援の力が、攻撃の主力たる三人を後押しする。
「クララさん、とおっしゃるんですね……。安心して下さい。今日ここで、きっと解放して見せますから!」
 祈りを込めて、岳は狙い澄ましたアッパーを放つ。培ってきた確かな実力にスナイパーの力が合わされば、回避に優れたキャスターとて、逃れる事は叶わない。急加速するバトルガントレットの一撃が装甲を穿ち、ダモクレスがまとう支援の力を打ち砕く。
「はぁい、そこでストォ――ップ!」
 後方から明るく響き渡る、トリュームの声。砲撃形態のドラゴニックハンマーから打ち出された竜砲弾が、狙いを過たずダモクレスを吹き飛ばし、その歩みを止めさせる。すかさずボクスドラゴン『ギョルソー』にブレスを出させ、ジグザグするのも忘れない。
「----♪」
 メンバー唯一のメディック、雪乃は柔らかい声音で癒しの歌を歌いあげた。強力なデウスエクスの猛攻を支えきる事は、いかにメディックといえども、たった一人では不可能な事。
 けれども、彼女の心に不安は無い。彼女は知っている、仲間達がいかに頼もしいかという事を。彼女は信じている、仲間達ならきっとダモクレスを倒してくれるという事を。だから彼女は歌う。ほんの数十秒長く、彼らが戦い続けられるように。

●在りし日の君に花束を
「ギ、ギィィ……」
 仲間達を庇ってくれていた唯一のディフェンター、ミミック『段ボール箱』が箱を軋ませ、遂に力尽きた。
「いいぞ、良くやった!」
 自らのサーヴァントに称賛を送りつつ、砂太郎は帯電する糸を張り巡らし、ダモクレスを幾重にも足止めする。
「ぁっ……くぅ……!」
 強烈な雷撃の痛みに耐えながら身を起こす、雪乃。被害状況を確認しようと左右に目を配ると、殺神ウイルスを投射する岳の姿があった。
「こっちはまだ大丈夫です! あと少しのハズだから……っ!」
 岳の意図を悟り、雪乃は力強く頷いた。
「あぁ、マリア様……あなたの慈愛の御心をお与えください」
 痛みに耐え、疲労に耐え、癒しの光を解き放つ。雷撃の後には爪が来る。けれど、仲間たちが居る限り、爪は後衛に届かない。故に今、癒すべき相手は、唯一人。
「グッ……ありがたい、恩に着る」
 右腕に深手を負った燐太郎を癒しの光が包み込んだ。全てに対して、万全に備える事は難しい。彼がまとう漆黒のローブは抗魔に優れる反面、爪による斬撃を阻むことは出来なかった。
「今度は俺が相手だ」
 燐太郎を庇うように、犬太郎がデストロイブレイドで敵の怒りを煽る。
「あまりぃ、無理しないで? 武器を向けるのが辛いならァ……ワタシが代わりに、ヤったげるけど?」
 そう囁きながら、トリュームはペンダントを光らせ、巨大ミサイルを発射した。
「いえーーい! 今度こそぉ、命ーー中ーーーーッ!」
 開幕時のリベンジを果たし、笑顔で拳を突き上げる。その視線の先には、爆炎に飲み込まれるダモクレスの姿があった。
「いや……当然、俺がやるさ。護ってみせる――例え死が『俺たち』を分とうとも」
 再び地獄をまとい、燐太郎は立ち上がる。守るべきは戦友、そして在りし日の約束も。
「どうぞ。僕もある意味、他人事ではありませんからね。支援は任せてください」
 ロスティの操る混沌と地獄が、燐太郎達の傷を癒し、狙いを研ぎ澄ませる。
「燐太郎さん……ここで、終わらせよう!」
 太古の月の力を凝縮した光玉で、瑠璃がダモクレスの胴中央を正確に打ち抜いてゆく。
「あぁ! 寂しかったよな。辛かったよな。今更赦せなんて……言えねえだろ、クララァ!」
 燐太郎は全身のグラビティ・チェインを切っ先に集め、ダモクレスの――クララだった身体の胸を貫いた。突き抜けた剣先には真球の宝石――敵の本体たるコギトエルゴスム。そこにピシリとヒビが入り、あっけなく砕け散る。
「クララッ!」
 抜け殻となり、崩れ落ちる身体を必死に受け止める、燐太郎。
「やった……やりましたっ!」
「トリュームちゃん大勝利ぃー!」
 そこへ駆けつけて来る、仲間達。
「うぅ、倒す事でしかお救いできす御免なさい……」
 そう漏らす岳に、燐太郎が静かにかぶりを振る。
「いや……それですら、俺一人では出来なかった。彼女を救ってくれて、ありがとう」
 抱き止める彼の腕の中で、クララの身体は次第に端から色を失い塵となって行く。
「どうぞ、これを彼女に」
 雪乃が花束を手向け、鎮魂の祈りを捧げる。
「帰ろう、今度こそ。俺たちは『一緒』だ」
 燐太郎は崩れ去る彼女の瞳をそっと閉ざし、仲間と共にその最期を静かに見送った。

作者:okina 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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