白の純潔決戦~翠児の褥に終焉を

作者:柊透胡

 ――――♪
 大阪城周辺の住宅街――爆殖核爆砕戦以降、一般人の避難も完了して久しい筈の無人の町、その中の一軒家から柔らかな歌声が聞こえてくる。
 ――――♪
 丈低い生垣の向こう、元は芝生であったろうその庭は、何処か毒々しい緑滴る藪に覆われている。中でも一際目立つのは、庭の中央に伸びる樹木。丈は人の身長と同じ位で、幹を柱に枝を捩り合わせて揺り篭のようなものを支えている。
 中にいるのは、文字通りの「みどりご」だ。
 白花のおくるみに包まれ、何かを求めるように小さな両手を差し伸べる。だが、その表情は人形のように無表情。瞳なき眼は、何も映していない。
 ――――♪
 その樹木の揺り篭の傍らで、要所を花で隠したのみの全裸に近い女性が、歌っていた。歌詞はなく、寧ろ鼻歌のようにメロディを辿るのみながら、どうやら「みどりご」をあやしているようだった。
「おとこなんて、だきついてしまえば、いいんじゃなくて?」
「良くはないな。人目のある所では、流石に拙い。路地裏まで誘き寄せてから種を植えるのだ」
 庭に臨む小さなウッドデッキには、2つの影。片や、幼げに小首を傾げるやはり肌も露な女性を、何処か凛々しい風情の女性が言い聞かせている。こちらは、巫女のような純白のドレスが慎ましやかだ。
「わたしたちのほうが、ちからがつよいのに?」
「騒がれると厄介だ。『女性体』であるのを上手く利用して――」
「貴女は難しく考えすぎよぉ。だから、いつまでも『狩り』の許しが出ないんじゃないかしらぁ」
 クスクスと艶めく笑い声が横槍を入れた。家の奥からティーワゴンを押してきた彼女も又、ドレス姿だが、そのスタイルは房も零れんばかりに最も肉感的だ。
「……余計な世話だ」
「ウフフッ♪ ほらぁ、お茶にしましょぉ。今日はぁ、マフィンを焼いてみたのぉ」
「まえからおもってたけど、わたしたち、たべるひつよう、ないでしょ?」
「気にしない、気にしなぁい。『お世話』してない時間の暇潰しなんだしぃ」
「人間と同じ物を食すのは、『擬態』の上でも意味がある……お前も、一区切りついたら、こちらに来るといい」
 声を掛けられて、子守唄を歌い続ける彼女も頷き返す――ある意味、そこに繰り広げられるのは日常的な光景だった。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 ヘリポートに集まったケルベロス達を、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は静かに見回した。
「ゴールデンウィークより動きを見せてきている攻性植物の事件に、進展が見られました」
 イチゴ農家を襲撃していた甘菓子兎・フレジエは、既に倒されている。サキュレント・エンブリオの攻勢と攻撃的な攻性植物の急増については、まだ出現した所を叩いている段階だ。残るは――繁華街で一般人男性を誘う女性型攻性植物『白の純潔の巫女』の事件。
「この白の純潔事件の元凶と思われる攻性植物が発見されました」
 鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)や、シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)の調査の賜物である。
 現在、攻性植物の拠点となっている大阪城。その周辺地域は、攻性植物に制圧されている訳では無いが、一般人が住むには危険であり避難が完了している。謂わば、『緩衝地帯』だ。
「情報によれば、この緩衝地帯の数ヶ所で、数体の白の純潔の巫女達が、樹木型攻性植物を守護するように集まっています」
 守護されているのは、事件の元凶たる『白の純潔』と『白の純潔の種子』なる攻性植物。『白の純潔』が巫女を増産し、かつ『白の純潔』本体が撃破された場合、『種子』が新たな『白の純潔』に成長するようだ。
「つまり、この事件を完全に解決するには、全ての『白の純潔の種子』を撃破した上で『白の純潔』を撃破しなければなりません」
 今回の作戦は、隠密行動を行い、敵が油断している所を強襲するのが、作戦成功の第1歩となる。
「何処か1ヶ所が先に襲撃した場合、他の白の純潔の巫女達に情報が伝わり、それ以上の強襲が行えなくなる可能性があります」
 その為、『全チームが無理なく同時に攻撃出来る』ようタイミングを合わせて、緩衝地帯へ潜入しなければならない。
「特別に時間の掛かる行動や隠密行動の失敗さえ無ければ、襲撃のタイミングの5分前位には、アタック可能な地点に到達出来る筈です。その後、タイミングを合わせて強襲して下さい」
 尚、大阪城周辺の緩衝地帯では、携帯電話のような無線通信は通じない。又、狼煙やサイレン等で連絡を取った場合、隠密行動は失敗となってしまう。
「ですから、別のチームと連絡を取る手段は無いとお考え下さい」
 きっぱりと断言するヘリオライダー。基本、敵地では他チームとの連絡は困難を極める。その事を改めて明言したかったのかもしれない。
「もし、強襲タイミングよりも先に敵が迎撃態勢を整え始めた場合は……別のチームが隠密行動に失敗して戦闘に突入した可能性が高いです。すぐ襲撃に移るように」
 続いて、創が示した強襲ポイントには、『白の純潔の種子』とその世話係兼護衛の巫女が4体いる。所謂、庭付き一戸建てで、種子は庭に植わっているようだ。
「白の純潔の巫女達は、見習いのようです。数が多いですが、それ程強敵ではありません。種子の世話をしているのが1体、庭先のウッドデッキで話をしているのが2体、もう1体は作った菓子を庭に運び出そうとしています」
 強襲が成功して敵が混乱した場合は、戦闘力が大きく削がれる事になる。上手く利用すれば、優位に進められるだろう。
「白の純潔の種子の戦闘力は皆無です。移動も出来ませんので、撃破自体は難しくありません」
 だが、白の純潔の種子が攻撃されると、白の純潔の巫女達は決死の覚悟で種子を守ろうする。窮鼠に噛まれぬよう、攻撃は巫女達の撃破後の方が良いだろう。
「まあ、『種子を守ろうとする』巫女の行動を利用する作戦なのでしたら、先に白の純潔の種子を攻撃するのも、ありでしょうが」
 要は、ケルベロスの作戦次第とも。何れにせよ、きちんと作戦を立てた上での行動が肝要と言える。
「爆殖核爆砕戦より、1年と8ヶ月……或いは、大阪城攻略の切っ掛けとなるかもしれません。白の純潔の巫女が引き起こす事件の完全解決の為、皆さん、宜しくお願い致します」


参加者
ミライ・トリカラード(夜明けを告げる色・e00193)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
除・神月(猛拳・e16846)
影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)
葵原・風流(蒼翠の五祝刀・e28315)
巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)
ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)

■リプレイ

●奇襲即攻
 大阪市緩衝地帯――散見するのは濃過ぎる緑。攻性植物の侵食をジワリと感じ、影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)は眉を顰める。
(「いつまでも大阪を攻性植物達の好きにはさせたくないし、少しでも取り戻していかないとね」)
(「白の純潔……名前の割にはえげつない連中ね。だから、ここで終わらせるわ、大阪を取り戻す為にも」)
 白皙の面に決意を滲ませるリリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)。それぞれの思いを胸に、ケルベロス達は無言で先を急ぐ。
 白の純潔なる一派を根絶するには、作戦開始の時間も大事。時計を持参したケルベロス達はヘリオン内で正確な時刻に合わせた。特に除・神月(猛拳・e16846)は電波時計を避け、ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)はアナログ時計を用意した。巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)は作戦開始の時刻をヘリオライダーに再確認する程、慎重だ。
『あそこだな?』
 緩衝地帯に潜入して暫時――スマホのメモ帳を仲間に見せて確認する神月。住宅街の一角にあるその家は『屋敷』と言える程大きくないが、庭は遠目にも広々と。丈低い生垣の向こうはこんもり生い茂る。
 生真面目な表情で肯き返したヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)は、路地裏を指さす。時間になるまで、庭の方に集まる攻性植物らの目を避け、家屋の陰で待機する算段だ。
「……っ!?」
 そうして、目的の一軒家に近付けば、窓の向こうに人の影。中から『彼女』がこちらを見たような気がした。小首を傾げる様子に、迷彩の長袖長ズボン姿の葵原・風流(蒼翠の五祝刀・e28315)は思わず息を呑む。
「……ふぅ」
 だが、酷く長く感じた一瞬後、彼女は騒ぐ様子もなく、ワゴンを押して部屋から出て行く。思わず安堵の息を吐くヴィクトル。
 リリーは螺旋に紛れ、他のケルベロス達も隠密気流を纏っていたのが幸いしたか。或いは1人でも準備していなければ、見付かっていたかもしれない。
(「白の純潔の巫女……この間から暫くぶりだな。相変わらず、と言うか」)
『見た目こそ麗しい嬢さん方だが、油断するなよ』
 ヴィクトルの筆談に否やはない。頷き合い、庭先が窺えるポイントまで進むケルベロス達。
「おとこなんて、だきついてしまえば、いいんじゃなくて?」
「良くはないな。人目のある所では、流石に拙い……」
 果たして聞こえてきたのは、長閑な風情の会話。ミライ・トリカラード(夜明けを告げる色・e00193)は、何とも言えない表情を浮かべる。
(「攻性植物が日常を送ってるって、不思議な感じ」)
 それすら『擬態』かもしれないけれど。
(「配置完了……攻撃目標は、あれかしら?」)
 視界の端に緑の褥を認め、リリーは静かに身構える。
「まえからおもってたけど、わたしたち、たべるひつよう、ないでしょ?」
「気にしない、気にしなぁい。『お世話』してない時間の暇潰しなんだしぃ」
「人間と同じ物を食すのは、『擬態』の上でも意味がある……お前も、一区切りついたら、こちらに来るといい」
 徐にミライの指が、静かに折られていく――10秒前、9、8、7……。
(「3、2……時間! 今!」)
 ぶちのめせ!! ――ヴィクトルの英語の叫びと同時、一斉に飛び出すケルベロス達。
「!!」
「君達の情報は把握済みさ……なんてね!」
 小型に改良したドラゴニックハンマーをクルリと返し、ヴィルフレッドの轟竜砲が文字通り轟く。ウッドデッキに立つドレス纏う影を強襲した――それが、開戦の合図。
 少年と息を合わせたヴィクトルも同じく轟竜砲をぶっ放す。スナイパーの連打が相次いで爆ぜれば、夏の空に立ち込める暗雲。
「のんびりしてる所、悪ぃナ!」
 全く悪びれた様子もなく、神月は片腕を振り上げる。
「雑草は、生い茂る前に刈っておかねーとナァ!」
 いっそ悪辣に言い放って握った拳を振り下ろせば、一条の雷撃が攻性植物目掛けて落ちた。正に、天地殲滅の一撃。
「見た目に騙されないわよ、ここで落ちなさい!」
 だが、反撃とてそう簡単にやらせはしない。先制攻撃が1体に集中する中、リリーは唱う。
 ――あらゆる悪意を風に乗せ、地獄の咢は開かれん。されど放たれし矢は、巻き上がる炎は、大地の壁に阻まれる。全ては星の御心のままに。
 歌い手の意志の侭、大地の加護による絶対防御障壁を展開する古の戦歌は、並び立つ前衛の前に光壁を幾重にも創る。
「大阪は返してもらうよ!」
 リナも中衛の位置で、魔法の木の葉を纏う。敵の妨害と仲間の援護を主軸とする一方、庭先の褥に変化がないか、注意も怠らない。
 リリーとリナが動く間に攻撃は次々と。
(「あの巫女達は、元人間……?」)
 首を傾げるのも束の間。癒乃はアニミズムアンクに肉食獣の霊気を宿す。
「しかし、もはや円環から外れた不死者、せめて呪縛から解き放ちましょう」
 思い切り振り抜けば、獰猛な雄叫びの如く唸りを上げた一撃が、容赦なく強かに喰らい付く。
(「白の純潔の巫女といいバナナイーターといい、攻性植物にはそういったレプリゼンタの一派があるのでしょうか?」)
 接近すれば否応なしに目に入る。匂い立つような肢体は、正しく撒き餌。たわわな房を目の当たりにして、風流は剣呑に碧眼を眇める。
「取り敢えず気に入らないので、叩き潰しておきましょう」
 鋼の鬼と化した拳が、ドレスを裂くように打ち据えた。
「和気藹々としてるとこ悪いけど、ここはキミ達の家じゃないんだよね。出て行ってもらうよ!」
 三鎖三彩獄炎陣――ミライの地獄の炎が魔法陣を描く。
「ヘルズゲート、アンロック! コール・トリカラード!」
 召喚された3本の鎖はそれぞれ赤、黄、青の炎を纏う。執念深くのたくる様は、あたかも三叉の蛇のように。
「……っ! おのれぇ!」
 三鎖に捕えられ、忌々しげに叫ぶ肢体がずるずると魔法陣の向こう側へ引きずり込まれる――後には、何も残らなかった。

●陣を見極める
「よし!」
 ミライは、思わず快哉の声を上げた。
 奇襲からの怒涛の先制攻撃で、見事1体を倒したケルベロス達。だが、残る3体は、目を瞠りながらも反撃する。
 ――――!!
 緑の褥の傍から離れず、肌も露な花娘の片割れが金切り声を上げる。同時に、もう一方は誘惑するような甘い調べ。何れも、後方にいるにも拘らず、ヴィルフレッドとヴィクトル、そしてリリーの頭を掻き回すように響き渡った。
「これは……」
 続いて、ドレス姿の巫女はヴィクトルを狙う。咄嗟に捕食形態の射線を遮った癒乃は、リリーが巡らせた光壁の崩壊を目の当たりにして確信する。
「ドレスの巫女はメディックです」
「他は……っ!」
 スターゲイザーの構えで、ヴィルフレッドは首を巡らせる。届く間合いからして花娘達は前中衛だろうが……脳内に殷殷と響く不快感に煽られ、気が付けば褥に近い方を攻撃していた。スナイパーの一撃は確実に白き肢体を捕らえるが……その威力は先制攻撃の武威を差し引いても、初撃のそれより明らかに落ちている。
「うーん……」
 まさか、最初の反撃から巻き込まれると思っていなかったリリーは、思わず嘆息する。攻撃グラビティを用意していれば、或いは相殺出来たやも知れぬが……活性化してきたのは、メディックに専心する意気でヒールグラビティばかりだ。
「落ち着いて、行くわよ」
 だが、切換えも早ければ、軽やかなステップが花弁のオーラを撒いた。今回の編成にサーヴァントはいない。手数は相対的に少なくなるが、魂を分けぬ分、比較的実戦経験の浅いヴィクトルとて早々に落ちる事はなさそうだ。
「うん、焦らず油断せず、だね」
 そこまで見て取り、リナも予定通りに前衛にスターサンクチュアリを描く――凡そ前衛から強化を敷く作戦は多い。とは言え、怒らせて標的を強いない限り、敵も前衛から攻撃するとは限らない。敵のグラビティの詳細を先に知れるなら尚の事、ヒールと強化の優先順位に考慮の余地はあるかもしれない。
「あー、同列じゃねぇカァ」
 撃破順位はポジションで定めている。故に、ヒールと強化の間にも、敵のポジション特定は粛々と。魔力込めた咆哮を上げた神月は、花娘2体同時に巻き込むに至らず、残念そうに顔を顰めた。これで、敵3体は前中後衛に各1と知る。
(「まだ、攻撃は喰らっていませんが……仕方ないですね」)
 十八番(?)のだらけの歌で、巫女達をあやすのも面白そうとか考えていた風流だが、単体に列攻撃は色々と勿体ない。魂啜る斬撃を放つ――と、中衛への一撃を前衛の花娘が遮った。
「あ、ラッキー♪」
 これで、前衛はディフェンダーと知れた。思わずニンマリするミライ。ディフェンダーの撃破は最優先と決めてある。となれば、ディフェンダーから怒りの厄を被ったとして、集中攻撃の支障にはならない。
「チーム戦なら、ボク達ケルベロスの方が得意だって教えてあげる!」
 閃く旋刃脚。残念ながら蔓触手の一閃に相殺されたが、すかさず、癒乃のフォーチュンスターが煌めいた。
(「回復量も削ぎたい所ですが……後回しですね」)
 生憎、癒乃のアンチヒールのグラビティは近距離技。白竜の静かな眼差しは、やるべきをしっかり見据えている。
「……ウッドデッキの花娘は、ジャマーだな」
 ヴィクトルの十八番、電撃砲はよくよく狙って漸く命中も叶う。その威力は、メディックのキュアをして掃い切れなかった武器封じの厄に減じられた節があるが……攻撃はまず命中してこそ。キャスターの不在は却って幸運かもしれない。
 斯くて、敵のポジションが見極められれば、後は優先順位に則っての各個撃破。ケルベロス達の刃は、一斉にディフェンダーたる花娘に向けられる。
「……小さいわね?」
「小さい言うなー」
 そんな中、色々露な花娘の見比べる視線に……風流は思わず鋼の拳で殴り付けていた。

●翠児の褥に終焉を
 戦闘中、白の純潔の巫女達が互いに声を掛け合う、という事はなかった。
「……っ!」
 ケルベロスが白の純潔の種子の破壊を後回しにしたのも原因だろうか。一方で、連携が皆無という訳でもなく――標的はヴィクトル、と攻撃は徹底的に集中させてきた。
 体力の点ではリナの方が厳しかったが、デウスエクスも具える眼力は体力の程は明確に把握出来ない。防具耐性が合致していなかった点も大きかったようだ。
「もう少し、戦線維持を」
「もう少し、か……数を数える事と同じくらい簡単な事だな」
 気力と共に励ましも注ぐリリーに、不敵な笑みを浮かべて肩を竦めるヴィクトル。握り直したドラゴニックハンマーが、凍れる超重の圧を帯びて奔る。
 ドガァッ!!
 凍り付くように動きを止めた盾役の巫女に、ミライのサイコフォースが爆ぜれば、癒乃のイガルカストライクは、その肢体に更なる凍結を齎す。確実な命中は、ヴィルフレッドの弛まぬ足止め技の賜物だ。
 序盤、じっくり仲間の強化に勤しんだリナは、満を持してゲシュタルトグレイブを構える。
「放つは雷槍、全てを貫け!」
 稲妻の幻影を纏うその切っ先に迷いはない。狙い済ました突撃に真っ向から貫かれた巫女は、バチバチと火花散らす雷の幻に身を震わせ、崩れ落ちる。
 最も堅い盾を潰せば、後は一気呵成。ヴィクトルのスターゲイザーがセオリー通りに足を刈り、癒乃のフォーチュンスターがその身を覆う花を散らす。ミライの旋刃脚が鮮やかに翔け、リナの斬撃が呪詛を載せて美しい軌跡を描く。ヴィルフレッドのドラゴニックスマッシュが唸りを上げた。
「もうやだぁぁっ!」
 悲鳴を上げた花娘より蔓触手が迸るも、逸早くその斜線を遮った風流は、冪根喰霊刀『累除餓』と期待斬霊刀『我思我在』相次ぐ剣閃を以て斬り払った。
「そんなに見せつけたいなら、見せつけてればいいんですよ……どうせあなた方は攻性植物なんですから」
 幼げな口調と裏腹にたわわな房を目の当たりにすれば、風流の機嫌に暗雲が立ち込める。
「終わらせてやんヨ」
 いっそ獰猛に目を細め、神月の卓越した銃捌きが、2体目の巫女に風穴を開ける。
「……もうっ!」
 最後まで残った1体は初めてその美しい顔を顰めた。牙剥く捕食形態をヴィクトルにけし掛け、憤懣やる形無しに叫ぶ。
「あたし1人じゃぁ、あの子を満足させられないでしょぉ!」
(「何と言うか」)
 ヒールの手は休めず、思わず苦笑するリリー。種子こそが中心という徹底した優先順位は、人の姿をしていても実体は攻性植物、異質の敵なのだと実感させる。
 だからこそ、最後まで油断はない。呵責ない攻撃が豊満な肢体に殺到する。
「覚悟して下さい」
 まずは風流の色々籠った戦術超鋼拳が申し訳程度の装甲――ドレスを引き裂く。
「こいつはビリっとくるぞ?」
 ガジェットを大型バスターライフルの形に変えるや、バチリと爆ぜる高圧電流。ハードボイルドに口元を歪め、雷撃を放つヴィクトル。
「あたしらが踏み越えた龍の一撃ダ。喰らって消える覚悟は出来たかヨ!」
 神月の雷霆は、天地殲滅龍の魂を喰らって会得した技。そして、リナの幻影雷刃槍は、弛まぬ努力の結晶だ。何れの雷撃も、その威力は折り紙付きだ。
「な……」
「ごめんね」
 口調はあくまでも軽く。だが、シンプルな黒杖を構えるその横顔は冷ややかに。
「仲良く子育てごっこしてるだけならいいけど、それが僕らに悪い影響が出るっていうなら、容赦はしない」
 気配の一切を消して忍び寄り、葬り去る。己が出自の司に忠実に、少年は最後の巫女に引導を渡す。
 巫女4体を撃破し、すぐさまケルベロス達は庭先の緑の褥に駆け寄る。
「……」
 瞳なき眼は、何処を見ているのか。稚い嬰児の姿で、『種子』は何かを求めるように小さな手を伸べる。
「邪悪な遺志を受け継ぐ器であるなら、その命、不幸という他ありません」
 冷ややかに言い放つ癒乃。少女の掌に顕れた虹色結晶の光は生の輝きであり、敵には悍ましい毒の色。
「今ここで終焉を、生命の尊厳を弄ぶ呪われたモノとして、せめてその原罪を負うことなく滅び去ると良い」
「……わりぃナ」
 無意識にあやそうと手を伸ばし掛けた神月は、小さく頭を振る。代わりに突き付けたのはリボルバー銃。
「あたしは子守唄なんて歌った事もねぇからヨ。……じゃあナ」
 ヘッドショットの乾いた銃声が1つ、暑気を裂いた。

 溢れ返る草いきれが少し和らいだように感じるのは、決して気の所為ではあるまい。攻性植物の残渣を排するように、ケルベロス達は庭にヒールを掛けて回る。
「1年と8ヶ月……大分、時間が経っちゃったね」
 口にすれば、改めて時代を実感する。溜息を吐くリナの肩をポンと叩くリリー。希望の為に走り続ける者達の歌が、鮮やかに戦闘の痕を癒していく。
「もう少し待っててね。きっとこの街を取り戻して見せるから!」
 愛用のケルベロスチェインを手繰るミライは、改めて決意を口にした。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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