夜、世界が静寂の闇に包まれたころ。
「お行きなさい、ディープディープブルーファング」
そう告げた女は、赤い翼を生やしていた。手にした球根状の物体を、空中を浮遊する巨大なサメ型機械へと埋め込んでいく。
「……!! ……!!!」
何度も痙攣するサメ型機械。苦し気に、あるいは狂おし気に空中を旋回する。
「!!!!」
しばらく暴れまわった後、サメ型機械はミサイルのように一直線に飛んでいく。
「グラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺され……私の研究の糧となるのです」
サメ型機械が飛んでいった先には、人々が暮らす住宅街があるのだった。
「死神が、ダモクレスに『死神の因子』を植え付けて解き放った」
星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は自らの視た景色について、そう説明した。
「その光景によると、因子を植え付けられたダモクレスの名はディープディープブルーファング。地上スレスレを浮遊する魚型……死神にも似た個体だな」
他のヘリオライダーも似たような光景を視ているあたり、量産型の個体らしい。人語を介するほどの知性はないようだが、その分動物じみた本能で人間を追いこみ、殺害する。
「死神による何かしらの研究実験のようだが……そういった調査は後日、各々でしてもらうとして、まずはダモクレスの暴走を皆で止める必要がある」
瞬はダモクレスが向かった先について説明する。
「事件現場は岡山県岡山市。そこの住宅街だな。時間帯としては深夜になるから出歩いている一般人などはまずいないだろうが、家屋が破壊でもされれば被害が出てしまう。迅速な対応を期待する」
続いて、瞬は今回の相手であるダモクレス、ディープディープブルーファングの戦闘能力を紹介していく。
「全長5メートルほど、サメに似た外見で地上スレスレを浮遊……このあたりは先ほども説明したな。武器は身体から生えたメカ触手と、射出されるサメ魚雷。もちろん、名前にもついている鋭い牙も侮れないだろう」
近距離での噛み付きと遠距離でのミサイル、メカ触手による捕縛といった攻撃スタイルが予想される。
「魚が泳ぐ姿は涼し気で、今の季節にはちょうどいいが……だからといって、野放しにはしていられない。頼んだぞ、ケルベロスの皆」
そう告げて、瞬は頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612) |
ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112) |
朧・遊鬼(火車・e36891) |
逸見・響(未だ沈まずや・e43374) |
根住・透子(炎熱の禍太刀の担い手・e44088) |
梅辻・乙女(日陰に咲く・e44458) |
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574) |
山下・仁(ぽんこつレプリカント・e62019) |
●誘導撤退戦
「いやー、公園を探しておいてくれて助かります!」
「この辺りはほぼ住宅街みたいですからね。広い通りもないですし、公園があって助かりましたよ」
談笑しているシィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)とラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112)。その身体が上下、小刻みに揺れている。
「あとは誘導しきらないとですね」
笑顔で走るラーナたちの背後に、身をくねらせながら猛追する巨大浮遊機械鮫の姿があった。
「!!!!」
声にならない咆哮を上げて突進してくるダモクレス、機械浮遊鮫。空を泳ぐ速度が上がり、その全身からサメ魚雷を射出する。
蜘蛛の子のようにばら撒かれたサメ魚雷。機械浮遊鮫の分身のようなそれは、煙を上げてケルベロスたちの後衛へと殺到する。
「やらせはしないデスよー!」
ラーナへ飛んだ魚雷はシィカが割り込み、両手を広げて立ちはだかる。
爆炎。モクモクと上がる煙の中、現れるのは背中に担いだ無傷のギター。
「へいへい! サメさん、手の鳴る方へーデス!」
本人は無傷とはいかなかったようだが、まだまだ元気いっぱいのようだ。
同様の庇いは、別のところでも行われていた。
「ふう、助かったぜ。ありがとよ」
安堵の溜め息を漏らす長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)に梅辻・乙女(日陰に咲く・e44458)は小さくかぶりを振る。
「役割を果たしただけだ――」
ひとつ、咳をする。爆風で喉を焼かれ、黒煙は煤となり純白の髪を汚していた。
「いやあ、危なかったでやんすねぇ」
同じく後列、サメ魚雷をすんでのところで回避した山下・仁(ぽんこつレプリカント・e62019)が汗を拭う仕草をする。
「おい、大丈夫か?」
朧・遊鬼(火車・e36891)は何度も後ろを振り返る。後列には自らのサーヴァントであるナノナノもいたからだ。あの魚雷を避けきれたかどうか……。
「………」
宙をよろよろと浮かぶナノナノを見て、遊鬼はひとつ大きく息をついた。
「あと少しで公園につく、それまで持たせろ!」
ナノナノを鼓舞し、駆ける。一刻も早く戦闘場所へと到着するために。
「サーヴァント思いだね」
同じポジション、中列にいる逸見・響(未だ沈まずや・e43374)が声をかける。
「別に……これくらい普通だろう」
「そうだね……そうかもね」
響は表情を崩さず、一人で勝手に納得する。
「サーヴァントも、みんなも、守れるようにしなくちゃね」
手に携えたチェーンソー。サメを倒すために生まれてきたようなそれを手にしているのは何の因果か。
「このチェーンソーはサメ用だから」
「そ、そうなんですか?」
気咬弾を引き撃ちしていた根住・透子(炎熱の禍太刀の担い手・e44088)が困惑気味に尋ねる。
「そう、サメの敵から手に入れたから、サメ用なんだよ」
「は、はあ……」
話している間にも、身体から生えたメカ触手が透子へと伸びる。
「ッ!」
すぐに意識を機械浮遊鮫へと移し、触手を焔の太刀で切り落とす。
「……外宇宙の生命体に触手の生えたサメがいるんでしょうか?」
ボトリと地面へ落ちてもしばらくの間うねっているメカ触手を見て、ポツリとつぶやく。サメを模したのになぜ触手がついているのか、疑問なのだろう。
「つきましたよ!」
ラーナが透子を追い抜いて、公園へとなだれ込む。
「ラーナ、回復を頼む!」
「承知していますよ」
既にライトニングウォールの用意を整えているラーナ。それを確認してから、遊鬼は視線を機械浮遊鮫へと移す。
「ここなら、思う存分戦えるな」
その視線は、いつも以上に怒りに燃えていた。
●饗宴
「さぁ、周りに被害が出る前に壊れてもらおうか」
遊鬼が放つ光線は想像以上のプレッシャーとなり機械浮遊鮫を襲う。
「!!!」
その迫力に気圧されるように、機械浮遊鮫の突進噛み付きが一瞬緩む。
「当たらないデス!」
刹那の差で噛み付きをひらりとかわしたシィカ。ギターを手にして鳴り響かせる。
「それでは今日もロックに! ケルベロスライブ! いっくデスよー!! イエェェェイ!!」
突如始まるライブはケルベロスたち、前衛の士気を盛り上げ、傷を癒していく。
「それじゃあ、演出も追加しようか」
街灯に照らされたオウガメタルの粒子が煌めく。響の放出したメタリックバーストだ。
「これなら、当たりますっ!」
オウガ粒子により透子の神経が研ぎ澄まされ、機械浮遊鮫の挙動を見切る。
地面を擦るように放たれた切り上げ。焔の剣閃が機械浮遊鮫の腹下から脇腹を切り裂き、夜空に浮かぶ月をも斬った。
切り開かれた機械の身体、中から漏れるはオイルと機械。まろびでたのは長い腸、いやメカ触手だ。
「くっ!!」
不意の触手が魂うつしを取りやめて自分も攻撃に参加しようとしていた乙女を狙う。
メカ触手が腹部に絡み付き、強烈に締め上げてくる。
「回復は大丈夫ですか?」
後ろから聞こえるのはナノナノに緊急手術を行っているラーナの声。
乙女は心配するなとばかりに軽く手を振る。
目には目にを、はらわたには腸を。受けたダメージを自らの手、血染めの包帯で塞ぐ。
「もうちょい、足止めしとくか」
千翠は目まぐるしく空を泳ぐ機械浮遊鮫を見上げて印を組む。
「歪め。蝕め」
放たれる呪いは千翠を蝕むそれと似ていた。機械をも誤認させる幻と声が、機械浮遊鮫に絡みつく。
「カチンコチンに固めてやるでやんす!」
仁も同様だ。スナイパーとして、まずは自身が確実に攻撃を当てると共に機械浮遊鮫の回避率を下げて他のポジションが攻撃を当てやすくする。
仁から放たれるトリモチ弾はしっかりと機械浮遊鮫へと命中した。広がって着弾したトリモチは、地面と固着して動きを阻害する。
「よーっし! このまま焼き魚デス!」
それでも浮遊しようとする機械浮遊鮫を、シィカの上空からの跳び蹴りが撃墜する。
星の力を込めた蹴りが炸裂し、続いてグラインドファイアで焼き尽くそうという算段だ。
「!!!!」
機械浮遊鮫もタダではやられないと身を大きくくねらせて、むやみやたらに突進し噛み付こうする。
しかし、噛み付こうにもナノナノのバリアと雷の壁に阻まれる。いくら牙が鋭利でも、獲物を捉えられなければ無用の長物だ。
それなら、とサメ魚雷を大量に射出する。生み出されるミニ機械浮遊鮫たち。
狙いは前列に張り巡らされたバリアと壁の向こう、中衛だ。壁を越えるように放物線を描き、魚雷が降り注いでくる。
「降ってくるなら、切り払うまでだよ」
降ってくるサメ魚雷を、響はチェーンソーで無造作に切り払う。真っ二つに分かれたサメ魚雷は響の両側を通りすぎ、後ろで爆発する。
「あやつが耐えておるのに……俺が耐えられぬわけ、ないだろう!」
遊鬼に向かって落ちてくるサメ魚雷たち。一発はバスターライフルで撃ち落とし、着弾を確認する前に横へ飛ぶ。先ほどまで遊鬼がいた場所へと残りのサメ魚雷が降り注ぐ。巻き起こる派手な爆発に、後衛のナノナノも心配そうに見守る。
赤黒い爆発の炎を、青い鬼火が吹き飛ばす。
遊鬼の召喚したものだ。機械浮遊鮫の腹部、切開場所を炙るように焼き払っていく。
ただでさえ足止めされていた機械浮遊鮫の動きが格段に鈍くなった。勝機と見たケルベロスたちが一斉に襲い掛かる。
身をよじろうとする機械浮遊鮫。
「遅いよ」
雷撃魔法が放たれる。響だ。放たれた雷撃がレーザーのように連続して叩き込まれる。ただでさえ巨大な体躯に加え、動きが鈍ればただの的だ。
響は眉ひとつ動かさず、かつ的確に雷を撃ちこんでいく。機械の焦げる嫌な臭いが戦場に広がる。
「お願い劫火、力を貸して……!」
透子は手にした焔の刀、劫火に自らの精神力を注ぎ込む。
普段ならば当たらないかもしれない、大ぶりな攻撃。だが、お膳立ては整っている。
「灰燼焔薙!」
一閃。遅れて小さな爆発が断続的に巻き起こる。
機械浮遊鮫は焼き魚になる暇もなく、両断し爆破されたのだった。
●エピローグ
「さて……調査をするでやんす」
「ああ、死神の因子の痕跡でもあればいいのだが」
遊鬼がランプで戦闘現場を照らし、仁が調査をしていく。
「残骸に何か変化でもないでしょうか……」
「オーバーキルをしてしまったかも……」
敵を粉々にした当事者である透子は、ラーナに謝罪する。
「いえ、物騒な相手ですし。これ以上被害が出ないように倒すことが第一ですからね」
一方、別の場所ではケルベロスたちが公園で壊れた遊具などを直している。
「よーし、ボクのロックで一気にヒールを――」
「深夜だし、皆起きてしまうよ」
音楽と共にヒールしようとしたシィカを響がやんわりと制止する。
「いや、もう起こしてしまった、だろうな」
ブランコをカラフルに修復した乙女は、周囲を見渡して苦笑した。
公園の中とはいえ、この付近一帯は住宅街だ。
爆撃やらライブやらで派手に音を出してしまっている。
実際、幾つかの家の窓には明かりが灯り、一般人が事態の推移を見守っているようだった。
「だな。じゃあ、もう大丈夫だって知らせてやるか」
千翠がヒールがてらにファミリアロッドを振るう。
涼やかな翡翠色の小鳥が夜空を舞い、きらきらとしたグラビティの残滓の軌跡が地面とは垂直に円を描く。
夜空に浮かんだ丸を見て、全てを察したのだろう。窓の向こうの一般人がケルベロスたちを称えるように手を振る。
その様子を見上げて、乙女がぽつりとつぶやいた。
「静かな夜が、戻りますように」
その祈りが、きっといつか、届くと願って。
作者:蘇我真 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年8月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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