死を纏う暴魚

作者:千咲

●死を纏う暴魚
「ディープディープファング……量産型とは言え、良い名です。その名に相応しい贈り物をあげましょう」
 眼前に浮かんだ、悪党面した機械仕掛けの鮫にそう声を掛けながら、球根のようなものを取り出す女性。
 物腰こそ柔らかな印象だが、感情の抑揚は見られない――それは彼女が人ではないから。
 ひときわ目を惹く赤い翼と、鈍い輝きを放つ大きな鎌。そう、彼女は死を操る者『死神』の1人。
 死神は、その球根のようなものを鮫の頭部に埋め込むと、指先でグッと押し込む。
「お行きなさい。その身にグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺され……それが私の研究の糧となるのです」
 機械鮫は、その台詞を引き金に顔面を一層凶悪に変貌させ、港に向かって空中を泳ぎ始めたのだった。

●死神の因子
 ケルベロスたちが一通り集まってくれたのを確認するや、恭しくお辞儀をした赤井・陽乃鳥(オラトリオのヘリオライダー・en0110)は、新たに起きたと思われる事件について、話し始めた。
「『死神の因子』を埋め込まれたダモクレスが、静岡県沼津市の港に向けて侵攻するみたいなの。そこで、港に着く前にこれを撃破して、港で働く人や観光に来た人たちを守って欲しいの」
 その侵攻中のダモクレスとやらは、全長5mの鮫型。空中を泳いで港に向かっており、そこで人々の虐殺を目論んでいるという。
「ただ今回の事件、どうもこれまでの死神の因子の事件とは、少し違う気がするの。とは言え、やってもらうべきことに変わりはないから……この死神の因子を植え付けられたダモクレスを撃破し、狙われている港の人々を守ってほしいの」
 そう言うと、改めて今回の状況についての詳細部の説明に入る。
「どこからか上陸したかその鮫は、海沿いから律儀に道路に出て、港を目指しているみたい。自律的に位置を把握する等より戦闘力を重視した構造なのかも!?」
 そしてその攻撃方法は、鮫のような形ながら、胴体から複数のメカ触手が長く伸びており、ドレインができるらしい。そして2種類のサメ型魚雷を使い分けるのだとか。
 1つはホーミングで当たりやすい。そしtもう1つは追加爆発でダメージが大きいという。
「道路沿いに進むので捕捉はしやすいと思うの。あとは誰かに被害が出る前にみんなが倒してくれれば……」
 と、今回の大きな狙いがここにあることを強調する。それから、
「これまで死神の因子を植え付けられたデウスエクスは、撃破されると彼岸花の死の花が咲き、死神に回収されていたようだけど、今回のダモクレスには、そういった特性が見られないみたいなの。その意味でもこれまでとは違う相手だと思ってね」
 と、思い出したように付け加えた。

「死神の動きが変わってきてるなんて、不気味なことを煽るように言ってゴメンね。でも、まずはその力で暴走するデウスエクスの被害を食い止めること……これが第一。みんななら任せられるから、お願いね」
 そう言って陽乃鳥は、期待を抱いた笑顔で話を締め括った。


参加者
ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)
タクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699)
エスト・ポーン(元歩兵・e19429)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)
伊織・遥(滴るは黒染めるは赤・e29729)
ベルベット・ソルスタイン(身勝手な正義・e44622)

■リプレイ

●港に向けて
「港へ行くなら海を泳いで行きゃあいいのに。わざわざ道路沿いに空中遊泳とは」
 現場へと向かう道すがら、ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)が呆れたように言った。
 ダモクレスとは言え、サメ型なのだから泳げる機能くらいあるだろう。なのにわざわざ上陸して、道沿いに港へ向かうなど……至極尤もな話である。
「その辺も、新たな死神の動きの1つですかね……気にかかるところではありますが、それよりもまずは、港の防衛や人々に被害を及ばせない事が先ですね」
 伊織・遥(滴るは黒染めるは赤・e29729)が笑顔を湛えつつ応えたものの、明確な答えでは勿論ない。どうせ答えの出ない問題ならば、まずは都合よく捉えておいて、余計な気を回すのは後でいい。
 が、そうは言っても気になるのも当然の事。
「ふむ、ダモクレスに種か……いつものとは違うのかねだぜ」
「でも、死神に因子を植え込まれたのは同じでしょう? なのにいつもと違う? さて……このたび死神はどんな一手を打って来たんでしょうね」
 タクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699)の零した呟きに、風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)も頷いた。
「死神がダモクレスと手を組んだのか? まあ良い、いずれにせよ俺は俺の役目を果たすだけだからな……」
 暑い中、死神もよくやるものだと、妙な感心をするエスト・ポーン(元歩兵・e19429)。だが、その台詞の通り、いま幾ら想像を巡らせたところで、結局は同じこと。
「何にしても、グラビティチェインを狙ってるのは同じみたいだし……ちゃんと倒して思惑を阻止するよ!」
 話しながらキープアウトテープを張っていたイズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)も、張り終える頃には気持ちを切り替えていた。

「やぁねぇ、サメなんて夏の海で会いたくない生物。誰にも危害が及ばないうちに、わたし達でサクッと片付けてあげましょ」
 嫌悪感あらわな魔女、ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)の待ち受ける道路を、悠々と宙を泳いでくる大きなサメが見えた。
「機械仕掛けの鮫、ね。美しさの欠片もない存在だわ。何を企んでいるか知らないけど、ここで粉々にしてあげる」
 舌先で唇を舐めるようにして【竜語魔法】の詠唱を始める、ベルベット・ソルスタイン(身勝手な正義・e44622)。
 やがて機械鮫の姿が誰の目にも紛うことなく捉えられる距離まできたところで掌を正面に翳す。
 その掌から出た眩い光が、眼前のサメをも超え巨大なドラゴンを映し出す。竜は上空高く飛び上がったかと思うと1回転して鮫に向け、強大な炎を浴びせた。
 蹂躙する炎により敵の侵攻を遅らせた僅かの間に、前に立つ面々に全身のオウガ粒子を放つエスト。粒子を浴びた面々の感覚が研ぎ澄まされてゆく……。
 煌びやかな粒子の隙間を縫うように、恵が一気に間合いを詰め、日本刀・煌翼を一閃、サメの強靭な肌に深い傷を刻んだ。
「まだまだ終わらないんだぜ!」
 続いて、大きな声を響かせながらサメの真ん前に走り出たタクティが、敢えて大振りに殴りかかる――と、ダモクレスの方は触手を盾代わりにして防ごうとするが、実はそれこそが狙い。
「それがテメエの武器か、ならそいつを叩き割らせてもらうんだぜ!」
 自身のオーラを触手に向けて注ぎ込み、結晶化させてゆく……そして、塊になったところで、己の拳を叩き付けクラッシュ!
 触手が粉々に砕け散ったにも関わらず、怯まない機械鮫。なぜなら触手は幾重にも連なった節状になっており、破壊された部分が次々と再生して前衛の面々に絡みついてゆく。
「レディの体を弄るなんて礼儀がなっていないわね」
 ベルベットの肌を滑るように絡みつき、却って艶めかしく魅せる……。
「なっ、なんだこいつ……」
 その直後、いきなり触手の先端を突き刺す鮫。予想外の事に驚くケルベロスたちの身体から生命力がみるみる吸い取られてゆく――。
「拙いな、行け!」
 厳しい攻防となった序盤戦。業を煮やしたウルトレスがヒールドローンを飛ばし、傷を塞いでゆく。
 一般人が居ないことがこれだけホッとするとは……。だが、戦いは始まったばかり。

●深き青
「厄介な触手だね」
 そう言いながら放ったイズナの手裏剣が、螺旋を描いて飛び、触手をぶちぶちっと引きちぎってゆく。
「焼いてしまえば再生も防げるでしょうか」
 そんな考えに応えるように、御業が炎弾を放って先端を灼く。しかし触手の再生は皮膚のが再生するのとは違い、節が伸びたものゆえ効果は低い。
「なら、せめてみんなの攻撃が当たるようにしてあげないとねぇ」
 そう言うペトラの口から次いで出たのは死霊魔法の詠唱。
「黄泉がえりしは奈落の住民。泉より這い出した裏切りの亡者よ……」
 呪に招かれた亡者がダモクレスに絡みつく。そこを凍気の光線で狙い撃つベルベット。亡者ごと凍ったら見ものだったのだが。
 ダモクレスは、躯を覆う氷を砕くがごとく、強引に魚雷を発射。たくさんの鮫型魚雷が薄氷を砕いて飛んで行く――と同時に熾炎がサメの躯を灼く。
 敵の動きが鈍った隙に、再びウルトレスのヒールドローンが忙しそうに飛び回っていた。
「XIX・XⅢ・X、障壁展開!」
 足りない治癒の手を補うように、エストがタロットカードを宙に並べると、大きな障壁ができると共に、内側が温かな力に満たされてゆく。
「炎だけじゃ物足りないでしょう。凍れる刃の一撃、受けて頂きます」
 その障壁から敢えて飛び出した恵の手に、氷の霊力が宿った刃が光る。そして素早く太刀を疾らせると、凍り付いた傷がサメの躯に華のような痕を残した。
 後ずさる機械鮫。その巨体に更なる足止めを付与すべく、ペトラが流星のような蹴りを放った。
 だが、敵は逃走を図った訳ではなかった。再び触手を以て反撃。絡みついて生命力を吸収する構えだ。だが、その先端が突き刺さる寸前、いくつもの触手が同時に爆発――遥のサイコフォース。ただでさえ傷を癒せぬダモクレスへの強烈な追い打ち。
 そこに、空の霊力を込めた太刀で切り付ける恵。さらにタクティもマインドリングから具現化した光の剣を以て、触手を断つ。
「氷はもう飽きたか? 食傷気味だろうが、遠慮なく喰らえ!」
 ウルトレスのフロストレーザー。凍気が宙を貫く光条となって鮫を凍りつかせた。だが、氷だけではない。イズナの御業が炎を放ち、サメの躯を焦がした。
 重なるダメージに、ダモクレスの躯が軋みをあげる。だが、それでも戦いを止める様子はない。それどころか口を開け、もう1つ巨大な魚雷をペトラに向けて発射!
「痛いわねぇ。でも、まぁお互いさまだから仕方ないけどぉ……」
 と言いつつ、さらに足止めすべく再び死霊魔法を唱える。亡者たちが激しい執念を燃やして絡みつく。
「今度はその口も砕いてやるのだぜ!」
 タクティのオーラが機械鮫の口を結晶化――再び、拳を叩き付けた。
 いい加減、敵の躯には十分なほどのバッドステータス。そろそろ勝負時とは言え、ここで油断は禁物。
 傷付いたペトラを放ってはおけまい。杖の先から迸った電気が生命を呼び戻した。
 一方でイズナもそろそろ片を付ける頃合いと見て、一層BSを強固にすべくナイフを鮮やかに閃かせた。
 続いて遥の太刀。空の霊力がさらに傷痕を抉り出す。
 すると、半ば自棄になったように機械鮫が無数の魚雷を一斉に射つ。
「先ほどから、触手と言い魚雷と言い、なんて醜悪な姿……美しさの前にひれ伏しなさい」
 ベルベットの美貌の前に晒された敵が、動きを止める。魚雷発射には僅かに間に合わなかったけれど、効果は十分にあったと言えよう。
 ――終局はもう、目の前と思われた。

●機械鮫の最期
「ここを通す訳にはいかないんですよ」
 遥の太刀に雷の霊力が宿り、駆け抜けるかの如き神速の突きが機械鮫の目を貫いた。その激しい一撃の陰で目立たず間合いを詰めていた恵の達人の一撃が鋼の装甲を断つ。
「機械には機械でもぶつけてやろう」
 エストのカードから暴走ロボットのエネルギー体が召喚。そのままダモクレスに飛び込込んで攻撃。
 ダモクレスの軋みが、音となって聞こえるほどになってきていた。
「聴かせてやる。音楽ってのは、時にそれ自体が凶器になる――」
 ウルトレスのベースギターが激しく掻き鳴らされる。そこから発生させたノイズを増幅、指向性スピーカーを通し、敵だけに衝撃を叩き付けた。
 機械鮫はそれでもまだ戦意を喪失してはいなかった。所詮は作られたプロブラムか……再び口から発射された大きな魚雷によりウルトレスに反撃。
 その傷を癒すのは――金の花灯る。焔の心。
 イズナの手のひらに、金色の火が煌めく。そこに込められているのは様々な想い。各地で襲われているかも知れない人々を想う心。因子を埋め込まれ、ただ死んでゆくだけのダモクレスへの哀れみ、そして埋め込んだ死神への怒り。それらすべてを込めた金色に輝く炎が、ウルトレスの中に吸い込まれていった。
 その間、敵の目を引き付けたのはタクティの蹴り。まさに神速とも言える彼のスピードがあってこそ。
 機械鮫が、その巨躯にも関わらず吹き飛ばされる。
「紅き奔流よ、醜悪なる者を打ち砕け。紅の拒絶!」
 圧縮された空気が敵の眼前で一気に炸裂し、大爆発! 機械鮫の姿は、当初の見た目とは大きく異なり、見る影もない。
「あらぁ、可哀想。もう終わりにしてあげましょうねぇ」
 そう言ってペトラの唱えた古代語の詠唱と共に現れたのは、虚無の球体。そいつが、巨大な鮫を次第に飲み込んで――いや正確には、触れた端から塵と化していった。
「あー、残念! これじゃあ残骸すら残らんのだぜ」
 タクティが無念そうに拳を叩いた。
「まぁ、これで我慢しろ」
 消えゆくダモクレスを撮った映像を見せるエスト。まぁ、何が得られる訳でもないかも知れないが、記録映像としての価値はあるだろう。
 それを預けておいてから、お疲れ……と、皆に冷たい飲み物を放り投げた。
 受け取ったペットボトルを開け、喉を潤しながらも、周囲を見て歩くイズナ。
「えへへ、みんなを、ちゃんと護れたよね?」
 港に向かうのを阻止できた喜びも半分に、戦闘によって破損した箇所を逐一修復して歩く。同時に、僅かでも鮫もしくは死神についての手がかりが残されてないか、と。
「難しいかも知れんな……特にこれと言って不審な点も見られん」
「そうですね、これと言って異変も起こりそうもないですし……」
 とは、ウルトレスと遥の会話。確かにあとは周辺を片付ければ良さそう。
「いいわ。こんな殺戮のためだけに生まれた機械なんて……いずれ死神とやらを掴まえてあげる」
 敵を消し去った今もベルベットは、殺戮のために生み出された存在への嫌悪を忘れてはいなかった……尊い生命を弄ぶ死神も、彼女にとっては、美しさと正反対の存在。
 いまだ新たな死神の因子事件は始まったばかり――様々な謎を抱えながらも、ケルベロスたちは比較的穏やかに帰路についたのだった。

作者:千咲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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