百年目の約束

作者:犬塚ひなこ

●過ぎゆく年月
 夏蝉の鳴く聲が響く庭に青年は佇んでいた。
 真っ直ぐに向けられた視線の先には淡く赤い花をつけた百日紅の樹や、白花の芙蓉、可憐でちいさな花々を咲かせるシマトネリコが見える。
 陽射しは強いが、木漏れ日の下に吹き抜ける風は不思議と心地好い。じわじわと響き続ける夏の音色に耳を澄ませた青年はそっと囁く。
「爺ちゃん、百年経ったよ」
 見事な日本家屋の裏手に位置するこの庭は、彼の曽祖父が育て上げた庭だ。
 十数年前に主が大往生で亡くなってからは可愛がられていた孫の彼が家ごと庭を引き継いで暮らしている。手入れをした後なのか、青年の手は土で汚れていた。その手をじっと見下した彼が思うのは、庭についてのこと。
「この庭が出来てから百年。爺ちゃんはよく、お前が二十歳になったら丁度その時が来るって言ってたよな。俺、今日で二十歳になったよ」
 まるで庭に誰かが居るかのように語る彼は眩い陽射しに目を細めた。
 曰く、曾祖父は幼い頃に出来たばかりのこの庭の草木に願ったらしい。どうか百年先もこのまま青々とした美しい緑に満ちていて欲しい、と。
 そして、偶然にも嘗て庭が出来た日と同じ日付に生まれた曾孫に思いは託された。
「……『儂が百年目を見ることはできないが、お前がかわりに見届けてくれ』だっけ。約束、果たしたからな」
 伝えられた願いは今日、叶えられた。青年は敬愛していた祖父を思い、感慨深そうに目を閉じる。だが、そのとき――。
 風に揺れていた一輪の芙蓉の花が謎の花粉を受け、見る間に巨大化する。青年はその様子に気付くことが出来ぬまま、瞬く間に伸びてきた枝葉に捕えられた。

●緑と花と百年目の日
 そして、攻性植物と化した花に青年は宿主にされてしまう。
 青年の名は青葉。意識を奪われた彼は絡まった花の意のままに操られ、グラビティ・チェインを求める為に暴れ出す。未来予知の光景を語った雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は、集った仲間達へと軽く頭を下げてから説明を始めた。
「今回、皆さまに解決して頂きたいのは胞子を受け入れた植物の株が攻性植物になる事件なのでございます」
 攻性植物は一体のみで配下はいない。
 今からすぐに向かえば件の庭にいる敵と遭遇できる。だが、取り込まれた人は攻性植物と一体化しているので普通に敵を倒すと一緒に死んでしまう。
 何の罪もない人が命を奪われるのは理不尽だと告げたリルリカは首を横に振った。
「とても危険ですが、相手にヒールをかけながら戦うことで戦いが終わった後に取り込まれている青年さんを救出できる可能性がありますです」
 たとえばヒールグラビティを敵にかけても、回復不能ダメージが少しずつ蓄積していく。それを繰り返して粘り強く攻性植物を攻撃していけば青年の命の危険を侵さずに敵だけを倒すことが出来る。
 長期戦は覚悟しなければならないが、人命を諦めることも出来ない。
 無論、攻性植物に敗北してしまいそうならばヒールを諦めて倒すことも視野に入れた方が良いだろう。どのような作戦を取って挑むかは戦いに向かうケルベロス達に任せたいと伝え、リルリカはそっと両掌を重ねる。
「あのお庭はどうやら大切な日を迎えたところだったみたいなのです。お爺さんが遺したお庭を大切にする気持ち、どうかどうか救ってあげてください……!」
 祈るように皆に願った少女は強く掌を握った。
 人が死を迎えても受け継がれるものがある。かの約束は人から見ればちいさくて些細なことかもしれないが、きっと――それこそが守るべきものであるはずだから。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
卯京・若雪(花雪・e01967)
楪・熾月(想柩・e17223)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)
ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)
柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)

■リプレイ

●夏庭
 蝉の聲が止む。
 夏の風が吹き抜けた後、庭は妙な静寂に包まれた。音がないというのにざわつくような感覚をおぼえた卯京・若雪(花雪・e01967)は若草色の眸に緑を映す。
「受け継がれてきた命と心を護ってみせましょう」
 此処は人と自然が寄り添う場。大切に育てられたであろう花々や草木は青年にとって、そして嘗てこの庭の主だった老人にとっても大事な物のはずだ。
 若雪の声に頷き、レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)もまた庭を見渡す。
「百年先の願いを、子孫に託すか。短い生の人らしい発想だ」
 もっとも、自分もその仲間入りをしたのだが、と自嘲気味に目を細めたレイリアは軽く肩を落とした。同様に緑を眺めた楪・熾月(想柩・e17223)は掌を強く握り締める。
 仲間達が見据える先には攻性植物に身体を乗っ取られた青年の姿があった。
 結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)は霊刀を構え、敵の様子を窺う。その際に感じていたのは庭がとても素晴らしいということ。
「歴史を感じさせる素敵な庭ですね」
「ああ、だからこそ長年培ってきた大切な場を無残に踏み躙らせる訳には行かない」
 藍染・夜(蒼風聲・e20064)は此方に気付いたらしき攻性植物への警戒を強め、青葉青年の様子を見遣る。意識を奪われている彼は、身体から芙蓉の花が咲いているかのような風貌になっていた。
 ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)は片目を眇め、首を横に振る。
 境遇や形こそ違えど、青年の過去は自身のそれと重なって思えた。ルトは彼の命を潰えさせはしないと心に決め、仲間達に呼び掛ける。
「早く助けてやらないとな。……皆、気を付けろ!」
 その瞬間、攻性植物が花弁を解き放った。その白花はまるで庭に降る季節外れの雪のように散り、ルトや熾月、夜達に襲い掛かる。
 しかし、即座にティユ・キューブ(虹星・e21021)とボクスドラゴンのペルルがルトと夜を庇いに駆け、シャーマンズゴーストのロティが主である熾月を守った。
「手強そうだね。出来るだけ庭も守ってやりたい所だけど……」
 ティユは身を以て受けた一撃の痛みを確かめながら敵を見つめた。身体を張るとしよう、と小さく呟いたティユに続き、柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)はウイングキャットの虎と共に其々の布陣に付いた。
「全部まとめて救うしかねえよなあ」
 青年にとって思い入れのあるだろう植物を倒すのは気が引ける。だが、老人が大切にした植物に曾孫を殺させるのはもっとありえない。
 そうだろ、と仲間に声を掛けた鬼太郎がティユへと癒しの拳を向ける中、レイリアは凍刃槍に雷の力を纏わせた。
 その一撃が攻性植物の茎を貫く中、ルトとレオナルドが左右から挟撃を計る。
「先ずは一撃、入れさせて貰うぜ!」
「必ず助け出して見せます。こ……恐いですが、頑張ります!」
 其々に一閃を放った仲間達の姿をしかと見守りながら、熾月は守りの力を紡いだ。
 終わらせない、絶対に。
「願いを叶えた瞬間に潰える未来なんて、そんなの――無くていいんだ」
 そして、熾月が放った光は戦場に広がり、夏の陽射しと混ざりあって煌めいた。

●陽光
 照り付ける陽射しは目映く、木陰の光が風に揺れた。
 ティユ達が選んだのは青年の命を救うこと。それゆえに敵に癒しを施しながら戦わねばならず、長期戦となるのは必至。
「僕が盾になるから、頼んだよ」
 ティユは皆に声を掛けながら己の傷を癒し、文字通りの盾となる為に護りの力を顕現させた。虹色真珠を思わせるティユの艶やかな髪が風になびく最中、ペルルも主と同じく守護の力を紡いでいく。
 鬼太郎は虎に敵を攻撃するよう伝え、自らは仲間の援護に入った。
「しっかし、気に食わねえな」
 プラブータに出た奴らもそうだが、と自分の故郷を思い返した鬼太郎は敵を睨み詰める。人の大切な場所や思い出を踏みにじる相手に容赦などしない。鋭い鬼の眼差しはそう告げるかのようだった。
 若雪も続く戦いを意識して、魔鎖で陣を描いてゆく。そのときに脳裏に過ぎったのは自分の故郷のこと。祖の願いは虚しく、其処は焼け落ちた。
「斯様な悲劇はもう見たくない。だから――」
「お祖父さんの思いをデウスエクスに汚させるわけには行きません」
 若雪の言葉を次ぐようにしてレオナルドが刃を振り下ろす。無刃の一閃が陽炎めいた揺らぎを生み出し、斬撃は敵を斬り裂いた。
 其処にロティが放った神霊の一撃が炸裂し、熾月は瞼を幾度か瞬かせる。
(「あまり派手に動いて庭を壊したくないな……」)
 熾月が頭の片隅で考えていたことが分かるのか、ロティは他の植物を避けるように立ちまわっていた。熾月は結びの治癒を敵に向け、その力を癒していく。
 攻性植物が回復したことを確かめ、レイリアは翼を広げた。それは見る間に氷の結晶めいた形へと変わり、より鮮やかに輝く。
「花を斬り刻む趣味は無いが、異形と化したからには刈り取るまでだ」
 言葉が落とされた一瞬後、冥府深層の冷気を纏った一振りの氷槍が解き放たれた。
 レイリアの一撃は鋭く、夜は双眸を細めて賞賛の視線を送る。そして夜は葉の呪縛を受け止めたレオナルドを中心とした魔陣を描いた。
「疾く憂いを晴らして、百と二十、二つの命の生誕を祝そうか」
 夜の思いを反映するかのように守りの加護は確かな癒しとなって巡る。
 其処にルトが地面を蹴り、翼を広げて低空を素早く翔ける。星の刃を振り下ろして敵の葉を斬り裂いたルトは思う。
 敬愛するひと、託された想い。
 それがどのような場所でも、どのような時であっても、想いの形はきっと似ている。
 同じ意思を継いだ者として、彼を死の未来から救い出したい。
「約束も願いも、全てを守る……!」
 心の底から紡いだ言葉に乗せ、刃を切り返したルトは二撃目を叩き込んだ。
 敵の体力はそれなりに高く、手応えは上々。若雪は戦いが此方のペースで動いていると感じ、レイリアも敵を見つめた。
 すぐさま鬼太郎が動き、桜牙の剣気に活力を乗せて飛ばすことで敵を回復する。
「まだまだ梃子摺りそうだな」
「はい、倒さないよう気を付けないといけませんが……負けては意味がありません」
 赤漆の鞘に触れながら呟いた鬼太郎に続き、レオナルドが追撃として呪怨の斬撃を見舞いに向かった。白い毛並みを揺らして駆けた獅子は決して敵から目を逸らさず、懸命に刃を振るい続ける。
 敵も花を散らして此方を襲い続けているが、ティユとペルルが果敢に攻撃を受け止めていた。まだ大丈夫、と地面を踏み締めたティユの眼差しもまた強い。
「――焔を」
「綾なす糸を、此処に」
 ティユが指先から星の火を生み出した動きに合わせ、夜も指で空に霞の糸を描く。紡いで織り成す薄紗を襲ね、八重に咲かせる幻想は星の灯を反射して光となった。
 若雪は操られる青年自身を瞳に映し、呼び掛ける。
「あと少し。もう少しだけ耐えてください」
 彼も自分達も諦めたくはない。意識は無くとも、たとえ聞こえていなくとも励ましの言葉は常に掛け続けたいと若雪は思っていた。
 何よりも、大切な想いが宿る庭をこのまま途絶えさせはしない。
 レイリアとて仲間達と似た思いを抱き、此処にいる。
「しかし亡き者との約束を守るとは律儀な男だ」
 巡りゆく戦いの中で、レイリアは無意識に指でピアスに触れた。花を愛で、育てていたことといい、青年を見ていると何故だか或る男を思い出す。
(「あの男が育てていた木は、花は、今でもあの地に在るのだろうか……」)
 稲妻を纏った突きを放ち、レイリアは胸中で独り言ちた。
 彼女と入れ代わりにロティが敵を穿ち、呪縛を受け止める。熾月は仲間の補佐をロティに任せ、医者としての矜持を持って癒しを続けた。
 喪う悲しみは身を以て知っている。
「響いて、届いて」
 熾月は緑の葉に掌を差し向け、青年の未来を想う。大樹の下、やわらかな陽を浴びるが如き穏やかな癒しは生命力となって青葉を包み込んだ。
「――青葉」
 夜も緑茂る季の名を呼び、まだ死すべき時ではないと呼びかける。きっとその名は孫の誕生を心から喜んで名付たのではないだろうか。蝶の羽搏きめいた優しい風は命を守る為に施され、安らぎの心地を庭に宿す。
 そんな中、胸の炎が燃え上がる程にルトは憤りを感じていた。
 思いを、意志を、全てを踏みにじり、青年のこれまでとこれからを奪おうとしている存在を赦しておける筈がない。地を蹴って飛翔したルトは空中で短剣を振るった。一瞬で異界に繋がる扉が開かれ、鷲の翼を持つ幻獣が現れる。
「此処で紡ぐのは、未来を斬り拓く力だ!」
 この庭のように、彼方に夢見た理想郷は自ら創りあげるもの。きっとそうだ。
 そして、ルトと幻獣の一糸乱れぬ連撃が敵を貫いた。

●緑風
 戦いが始まってから、どれだけの時間が経っただろうか。
 レイリアとレオナルド、ルト、虎が攻撃を。若雪とティユにペルル、夜と鬼太郎、更に熾月達が防護と回復を担うことで攻性植物との長い戦いは保たれている。
「これ以上長引くのは、少々キツいですね……」
「誰かが倒れる前に決着を付けようか」
 夏の強い日差しの下でレオナルドとティユは目を細め、敵の様子を探った。
 それまで攻撃一辺倒だった花は今になって癒しの力を紡ぎ、守りを固めている。レイリアは攻性植物が弱り始めていると気付き、再び氷槍を創り出す。
「そろそろ勝負の分け目か。花はいつか散るのが定め……貴様は、今此処で散れ。だが、その男を道連れにはさせん」
 言葉と同時に敵を無慈悲に貫いた槍は、まるで葉の魂だけを冥府に誘うように迸る。鬼太郎は虎が勇敢に立ち向かっていく様を見守り、自分も攻勢に入る。
「とっとと終わらせるとしようか」
「必ず助けるよ。だから、どうか諦めず。此の先も命の葉を、花を咲かせて」
 鬼太郎の魔術防護すら打ち破る拳が炸裂した後、青年に呼び掛け続けていた夜が地面を蹴りあげた。流星の軌跡の如く放たれた一閃は花を穿った。
 だが、最後の足掻きとばかりに芙蓉の花は滅茶苦茶に花弁をばら撒きはじめる。それが百日紅の樹まで襲ってしまうと気が付いたルトは即座に飛び出した。
「させるか。これ以上、大事なものは傷付けさせない!」
 樹を背にして、その身で一閃を受けた彼はジャンビーアで花弁を散らせる。
 若雪は彼の姿に頼もしさを感じ、反撃に移った。
「祝すべき約束の日が、再び優しく穏やかな空気で包まれるよう――お庭も、貴方も、託された想いも、必ず未来へと繋ぐと約束致します」
 優しい声を青年に向け、若雪が放つのは花眩の舞。一閃から幻の花が絡み咲き、ふわりと漂う花香が敵に眩瞑を齎す。
 その一撃によって戦況は明確に変わった。
「今だ、やるぜ!」
「では、いくぞ!」
 鬼太郎とレオナルドは癒しは不要だと察して攻撃に入り、熾月もロティに合図を送る。そして、熾月は杖を雛に変化させた。
「行っておいで、ぴよ」
 百年の想いを断ち切らせたくはない。それが故人の想いであるなら尚更だ。彼はきっと敬愛していた人の想いを継いでいく筈だから、諦めない、見捨てたくない。
 ティユは攻撃に転じた仲間の思いを肌で感じ取り、ペルルと共に駆けた。
「終わりにしよう。そして此処から、始めよう」
 星の輝きを宿したティユは勢いのままに截拳撃を叩き込む。そして――。

●青葉
 青年に絡み付いた花が散り、見る間に枯れていく。
 咄嗟にレオナルドが駆け、倒れそうになった身体をしかと受け止める。
「う……」
「気がつかれましたか、大丈夫ですか?」
 意識を取り戻した彼にレオナルドは問い、若雪がすぐに外傷がないか確かめた。青年には目立った傷はなく、安堵を覚えたルトは状況を説明してやった。
「……というわけだけど、安心して欲しいんだ。もう元凶は散らせたし、庭もオレ達が一緒に修復するからさ」
 もちろん青葉が良ければ、と付け加えたルトは笑顔を向ける。
 庭は多少、地面が荒れていたが大きな被害はない。それでも自分達の手で直したいと願った番犬達に青年は穏やかな笑みを向け返した。
 やがて夏庭は元通りになり、熾月は満足そうに頷いた。
「良かったら、この庭を見ていっても良いかな?」
「もちろんだ。待ってて、いま冷たい麦茶を用意してくるから」
 熾月が青葉に問いかけると快い声が返ってくる。家屋に向かった背を見送った後、熾月はファミリアのぴよとロティと一緒に縁側に座った。
 庭には再び、夏蝉の鳴く聲が響き始める。
 夜は庭を改めて見回した後、戻って来た青年に穏やかに笑いかけた。
「約束を叶える為とは言え、楽に出来ることではあるまい。立派な努めだな」
「ちょっとやそっとの努力じゃあこうも綺麗に保てないよな」
 鬼太郎も虎を撫でながら目を細める。青葉は照れくさそうに頬を掻き、涼しげな蒼のグラスに入った飲み物を皆に配った。
 其処へ夜が持参した酒を差し出し、誕生日と成人の祝いに、と告げた。
「俺の祝い? どうしよう、酒はまだ飲んだことが無くて……」
「それじゃあ、『彼』に一献」
 庭の真ん中に器を置いた夜は百年目を共に祝おう、ともう一度微笑んだ。粋な計らいだと感じたティユはペルルを膝に乗せ、緑の彩庭をゆっくりと見渡す。
「百年、か」
 目覚めて五年程度の身としては及びもつかず、ティユは素直に感心した。ペルルも主と同じように庭を眺めた後、羽を心地良さそうに動かす。
 匣竜の翼からしゃぼん玉めいた泡が生まれ、ふわふわと宙に漂った。
 泡に映る緑の景色は煌めいている。
 ルトが泡越しに見える庭を眺めていると、ティユがふと口をひらいた。
「今日の事も乗り越えて、また次の季節も迎えて欲しい庭だね」
「この庭があって彼が此処にいる限り、託された想いは消えないんだろうな」
 老人の生きた証は、この場所や青年の裡にも残り続ける。ルトは自身の中にも確かな意志が息衝いていると感じて目映い夏空を見上げた。
 レイリアは麦茶のグラスを傾けた後、そういえば、と顔をあげる。
「何故、故人との約束を守ったのか聞きたいのだが……」
「なんでって、そりゃあ約束したからに決まってるよ」
 レイリアの疑問に青葉は何でもないことのように答える。彼はきっと根っから素直であり、曾祖父と同様に庭を愛しているのだろう。
 理由など要らないのかと察したレイリアはそっと己の耳飾りに触れた。
 そうして、夏のひとときが過ぎてゆく。
 青き夏空に映える緑の瑞々しさ。枯れて芽吹いて咲き、幾年も継がれて来た命の輝き。秋には違う彩りに染まり、冬には雪下で眠る種があり、春の目覚めはきっと眩しく煌めいている。――廻る命は、何て美しい。
 夜が巡る季節と庭に想像を馳せる中、若雪も思いを言葉に変えて希う。
「願わくは次なる百年も、その先も――」
 どうか、此処に優しい想いと穏やかな景色が受け継がれて行きますように。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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