大阪の夜を守れ

作者:蘇我真

『それ』は大阪の夜に突如出現した。
 地上付近を浮遊する全長7メートルの巨大攻性植物。まるでクラゲにも似た姿のそれは、触手めいた蔓をでたらめに振り回す。
 無秩序、無軌道な攻撃はしかし周囲の建物を破壊するには充分だ。
 ビルは倒壊し、信号機は交通事故にでもあったかのようにくの字に折れ曲がり、そこかしこから放電している。
 逃げようと車に乗り込む府民たち。どこからか引火したのか火の手が上がり、また別のビルからはスプリンクラーの水と消火剤が溢れかえってくる。
 パニックムービーめいた、凄惨な光景が広がっていく……。
「……というのが、今回皆が失敗したとき、待っている未来だな」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は自分が視た未来について語る。
 この未来を防ぐために、ケルベロスの皆へと出動を要請しているのだ。
「今回の依頼内容は、大阪に突如出現する攻性植物、サキュレント・エンブリオの撃退だ。数は1体のみだが、その巨大な身体から推測できる通り強力な個体だな……」
 瞬のこめかみに汗が垂れるのは、恐らく暑さのせいだけではない。
「出現位置はわかっている。府民の避難、誘導は警察や消防の協力が見込める。皆にはサキュレント・エンブレオ討伐に注力してもらいたい」
 被害者が出ることは防げるとしても、どうしても都市としての被害は出てしまうだろうと瞬は補足する。全長7メートルの攻性植物が暴れるのだから、そこは仕方のないところだろう。
「特に周囲は中高層のビルが立ち並んでいる区域だからな……後でヒールで修復してやるといいだろう。それと……攻撃時の移動経路としても使えるだろうな」
 敵は地面近くを浮遊しているとはいえ、全長は7メートルにも及ぶ。近くのビルや電柱を足がかりにして、その懐に潜りこんだり、狙撃したりすることもできるだろう。そのあたりは各自のアイデアに任せて、工夫してほしいと瞬は告げた。
「敵の攻撃は大まかにわけて3種類だな。1つ、触手めいた蔓での薙ぎ払い攻撃、これは一列を薙ぎ払うような効果がある」
 瞬は説明しながら指を立てていく。
「2つ、多くの触手蔓を絡ませひとつの槌のようにして叩きつける攻撃。これは薙ぎ払いに比べて被害を受ける対象は少ないが、その分破壊力が大きいと予想される」
 2本目……3本目。
「3つ、花のような上部に光を集め、破壊光線を放つ攻撃。これも薙ぎ払いよりも被害を受ける面積は少ないが、威力が高い。触手槌と違うのは攻撃の種類だな。魔力的な要素が濃い」
 各種の攻撃方法を説明し、瞬は改めてケルベロス達へと頭を下げた。
「どうかよろしく頼む、大阪の夜に平穏を……」


参加者
ルヴィル・コールディ(黒翼の祓刀・e00824)
チーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)
ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)
鷹崎・愛奈(死の紅色カブト虫・e44629)
一切・道楽(マンイーター・e47780)

■リプレイ

●対巨大生物
「おー、でっっかいなー!!」
 突如出現した巨大攻性植物、サキュレント・エンブレオを見上げてルヴィル・コールディ(黒翼の祓刀・e00824)は大げさに驚いた。
 ゆらゆらと、クラゲのように浮遊してゆっくりとこちらへ向かってくる。のんびりしているように見えるが、その振り回した触手が早速近くのビルをなぎ倒して被害を出してしまっていた。
「酔っぱらってても、こんなん見たら一発で醒めそうだぜ」
 飲んべえらしい感想を漏らすルヴィルの前、仁王立ちの上に腕組みをして標的を見上げるのはチーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)だ。
「なーにデカいってのは良いことだぜ。なんせ俺様の活躍が遠くからでも見れるんだからな! 一般ピーポー共、目ん玉かっぽじって俺様の活躍を見やがれぇ!!」
 呵々大笑するチーディだが、周囲にはひと気がほとんどない。
「……おい、ギャラリーのみなさんはどうしたんだよ!」
「消防と警察のみなさんが避難させてしまいましたが……」
「此処は危険です、可能ならば速やかな退去を、難しければ誘導に従って安全な場所まで避難願います」
 一切・道楽(マンイーター・e47780)が割り込みヴォイスで声を張り上げ避難喚起する中、彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)の冷静な状況報告に、チーディは頭を抱えた。
「俺様のせっかくの見せ場が……」
「まあそう落ち込むな。避難を任せられるだけありがたいだろう。今は相手を倒すことに集中だ」
 正論を吐くエヴァンジェリン・ローゼンヴェルグ(真白なる福音・e07785)。
「けどよぉ……」
 それでも悔しいのか唇を尖らせるチーディ。エヴァンジェリンはそれ以上構わずにレスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)へと話を向ける。
「そろそろ持ち場につこう」
「了解だよ」
 ふたりはそれぞれオラトリオと光の翼を広げ、近くのビル屋上へと飛んでいく。敵の移動経路を見て最適な高所で待ち伏せを敢行する手はずのようだ。
「俺も行くか。狙撃手には観測手が必要だからな」
 ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)はレスターと同じスナイパーのポジションだ。必然的に位置取りも似通ってくる。
「あれもデカいっちゃデカいし、狙わなくても当たりそうだが……小さいからな」
 全長7メートル、小さいはずはないのだが。
「この前のドラゴンに比べたら大したことないもんね」
 鷹崎・愛奈(死の紅色カブト虫・e44629)の言うように、この攻性植物以上に巨大なドラゴンとの大規模戦闘をこなしてきたばかりのケルベロスにとってはそれほどの脅威とは感じないのだろう。
 巨大生物との戦いに慣れ、習熟している。ケルベロスたちの顔にはやれるという自信と、大阪を守るという決意があった。
「おう。んじゃ、前衛は任せたぜ。愛奈の嬢さん」
 ヴィクトルはそれだけ言い残すと近くの信号機へと跳び、そこからビルの外壁へとダブルジャンプを駆使してビルを登っていく。
 攻性植物は、ゆっくりと、だが着実にケルベロスたちのいる方へと向かう。
 戦いの火ぶたが今、切って落とされようとしていた。

●鮮やかな地獄
「!!!」
 攻性植物が触腕を振るう。
 ビルがなぎ倒され、斜めに倒れながら崩れ落ちていく。
 そのビルの壁面を駆け上っていくものがいた。
「よし、色々つけてくよ、覚悟しろよな~」
 ルヴィルだ。崩れつつあるビルの頂点から跳躍し、パイルバンカーを振り上げる。
 夜の月明りを反射して銀色に光り輝く杭打機。その先端が攻性植物の表皮を貫く。
「おりゃっ!」
 攻性植物の表皮、その一部が凍結する。しかしその巨体全てを凍らせるまではいかない。
「んっ、抜けなっ……」
 深々と突き刺さったパイルバンカーを抜くのに手間取る。足場がないので足腰に力が入らず、パイルバンカーにぶら下がる格好になる。
 ルヴィルがどうやって抜け出そうかとぼんやりと考えていると、頭上にきらめく光があった。
「さぁ、いこうか……」
 それは一筋の流れ星。いや、別のビルの屋上から飛び降りたエヴァンジェリンだ。重力で加速度を増した、星の力が込められた飛び蹴りを上空から叩き込む。
 攻性植物のくらげのような身体がへこみ、その身体が傾ぐ。いまだ、とルヴィルは傾いだ身体を両足で蹴るようにしてパイルバンカーを抜き、尻持ちをつく形で着地する。
 攻性植物もタダではやられない、傾いだ身体を振り子のようにして、触手をまとめて振り上げる。巨大な槌と化した腕をルヴィルへと叩きつけた。
 派手な破壊音、瓦礫が吹き飛び、もうもうと砂埃が立つ。
「はー、マジでこんな名シーンを誰も見てねえとかよぉ」
 触腕を、チーディが受け止めていた。魔導装甲を身にまとった彼の身体は足首ほどまでアスファルトに埋まっていた。その打撃の凄絶さを物語る。
「チーディさん、大丈夫ですか?」
 心配して声をかける悠乃に、チーディは片腕を上げてサムズアップしてみせた。
「おう、無敵だからな、俺様は!」
 ニヤリと笑うが口元から血を流している。結構効いていた。
「やせ我慢しないでください……!」
 悠乃は慌ててオウガ粒子を使いチーディの身体と装甲を補強していく。
「カッコつけんのは男の勲章ってやつだよ、へっ!」
 血痰を吐き出して、標的を見上げるチーディ。攻性植物は再び触碗をまとめて槌体型にしようとしている。
「ジョット!」
 巻き舌から紡がれた英単語。瞬間、巨大な炎が触碗の根元に炸裂する。射線は頭上、ビルの屋上だ。
 狙いを定めていたヴィクトルが、的確に行動を阻害する。
「その武器、封じさせてもらうよ!」
 半分千切れかけた槌触碗、レスターの早撃ちがトドメを刺す。根元から撃ち抜かれた槌触手は支えを失い、その場に落ちる。轟音と振動がビルの屋上にまで伝わってくる。
「!!」
 屋上の狙撃組を排除しようと、攻性植物は触腕を再生させながら向き直る。今度は触腕を絡めずに、蔓のまま薙ぎはらってくる。
「かわして、隙が出るのを待つ!!」
 跳躍するレスター。数秒前まで彼がいたところを、蔓触手が屋上ごと薙ぎ払っていた。
「ヴィクトルはッ!?」
「そんな大声出さなくても聞こえてるっての」
 エヴァンジェリンが張り上げた大声。それを聞きながらヴィクトルは空中を浮遊していた。いや、正確には浮遊ではない、ガジェットウィップの鞭を使い、振り子の要領で移動しているのだ。
 信号機や看板に鞭を巻きつけ、夜の大阪を舞う。それを追いかける触碗は外壁に引っかかり腕にジグザグの傷を作っていく。
「へっ、軽いモンだ」
「すみません、首引っ込めてください!」
「ッ!?」
 道楽が叫ぶと同時にヴィクトルが首を竦める。帽子が一瞬宙に浮き、毛が数本持っていかれる。電柱の間に道楽が張っておいたワイヤーがあった。
「危ねえ……首が胴体とサヨナラするとこだった。下手な敵の攻撃よかキツいぜ、今のヴァイヤートラップ……」
「すみません、移動用だったんですけど……」
「構わない。設置場所は把握した、同じヘマはしねえよ……ただ夜のヴァイヤーはマジで見えないから気をつけてな」
 予想外に味方を脅威にさらしてしまった。道楽は汚名を返上すべく、自らの刀を振るう。
「この身は私身でなく、この心に私心なし」
 道楽の背後に立つ、ビハインドの少女。同じ所作から放たれる同じ軌道の居合切り。ふたつの剣閃が合致した瞬間、攻性植物の身体が斜めにズレた。
 冴え渡る剣技が触腕の一本を切り払った。それのみならず、本体にも僅かに届いている。できた傷を修復しようとしているのか、触手をうごめかせる攻性植物だが、ケルベロスも勿論指を咥えて見ている訳がない。
「大きいのはそっちの専売特許じゃないよ!」
 愛奈が2つのマインドリングを合体させ、光の巨人へと変身する。
「これで、どうだああああああ!」
 怒りの一撃が攻性植物の傷口から胴体を穿つ。これにはかなりの手傷を負ったようだ、攻性植物の触腕が垂れ下がり、心なしか浮遊の高度も低くなる。
「道楽! てめぇのワイヤー無駄にはしねえぜぇ!!」
 チーディの地獄化した両足が地面を蹴る。跳躍し、電柱間に張り巡らされたワイヤーを足で掴むと角度を変えてスリングショットのように攻性植物へと突撃する。
「見えねぇだろ? てめぇは俺の歩みにすら追いつけねぇってこった!!」
 次の瞬間、チーディは攻性植物の向かい側にいた。闇夜に足、地獄の炎の残火が煌めく。その目にもとまらぬ一撃で、攻性植物を蹴り貫いていた。
「! ……!!」
 攻性植物は振り向き、チーディへ攻撃を仕掛ける。触腕はすでにほぼ動かない。ならばと光花形態に変異し、炎で燃やし尽くそうする。
 巨体が光に包まれる。巨大なエネルギーの奔流を見て、チーディは被弾は逃れらないとガードを固める。道楽もまた、彼を庇える体勢を取る。
「……あん?」
 しかし、その時は訪れなかった。光はさらに巨大化し、攻性植物の巨体を飲み込んでいく。
「これで、仕舞いだッ!」
 攻性植物を包んだ光は、エヴァンジェリンの生み出した刃なのだった。
 大上段に構えた大ぶりな一撃。巨大な光の刃が攻性植物を両断する。
 瞬間、攻性植物の身体が急激に膨張し、そして破裂した。
「サキュレント・エンブリオの粒子……」
 悠乃は先ほどまで攻性植物がいた空間を見上げる。
 夜空の中、光の残滓を反射して七色に輝いて見える。
「何かしら防ぐ手立てがあればいいんだがな」
 エヴァンジェリンも武器を納め、胞子の雨を仰ぐ。
 幻想的な光景は同時に、今は防ぎようのない胞子の飛散でもあった。
 この胞子がどのような事態を引き起こすのか、今はまだわからない。
 ただ、攻性植物が最後に種を残そうとしたのは確かだった。
「攻性植物が世代を重ねて『進化』を繰り返す……でしたら、私は『進歩』を求めます」
 戦闘が終わり、荒れ果てた地上の惨状。頭上に広がる鮮やかな地獄を目の当たりにして、悠乃は誓う。
「情報と工夫を積み重ねて得たものを新たな力にする。それは他の人々にも伝えることで共有化し大きく広げていける。それでより良き未来を進んで掴む歩みこそが『進歩』だと私は思うから……」
 攻性植物の戦いは、まだ終わらない。それでも、いや、だからこそレスターは断言する。
「何があろうとも、草の根一本残さず根絶やしにするさ。大阪の夜は大阪の人達のものだよ」
 勝ち取った平和を胸に、レスターは思いを新たにするのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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