夏風の旋律

作者:坂本ピエロギ

 昼前の縁日。
 神社の境内には、風鈴の店が立ち並んでいた。釣鐘、ガラス玉、竹細工――職人の拵えた個性あふれる風鈴は、目にも耳にも美しい。
 よしず張りの小屋に飾られた風鈴が、夏風に撫でられながら奏でる鉄琴のような旋律を、祭りに訪れた老若男女は静かに聞き入っていた。
 だが、そんな祭りの賑わいは突然終わりを告げた。
 境内へと降り注いだ4本の竜の牙によって。
「オマエ達ノグラビティ・チェインヲヨコセ!」
「ドラゴン様ニ憎悪ト拒絶ヲ捧ゲヨ!」
 甲冑をまとう竜牙兵となった彼らは、祭りの会場を地獄へと変えた。
 ゾディアックソードを振るう竜牙兵の手で、境内は瞬く間に血で染まってゆく。
「逃ゲ惑エ! 命乞イヲシロ!! グラビティヲ差シ出スノダ!!」
「ハーッハッハッハ! ドラゴン様ニ栄光アレ!!」
 人々の命を奪い、片っ端からグラビティを収奪し、哄笑を迸らせる竜牙兵達。
 涼やかな風鈴の旋律は、もう聞こえなかった。

「竜牙兵の一団が、祭りの会場を襲撃するみたいだね」
 陽光降り注ぐヘリポートでゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)が口を開いた。その声には、殺戮者である竜牙兵達への静かな怒りが潜んでいる。
「うむ。どうかお前達に、奴らの襲撃を阻止してほしいのだ」
 ゼロアリエの依頼で未来を予知したザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)が、ヘリポートに集まったケルベロス達に現場の地図を表示した。
「襲撃が行われるのは神社の境内だ。時刻は午前中で、風鈴祭りが行われている」
「お祭りの会場か……やっぱり、人は多いんだよね?」
 ゼロアリエの質問に、王子は表情を曇らせて言う。
「うむ。多少の時間がかかってしまうのは、やむを得んだろうな……」
 会場の人々を事前に避難させると、竜牙兵は標的を別の場所に切り替えるため、かえって被害が拡大してしまう。そのため、敵の出現までは市民を避難させる事が出来ない――。苦いものを含む口調で、王子はそう説明した。
「避難誘導については私の方で警察と消防を手配しておく。市民の対応は彼らに任せ、お前達は竜牙兵を排除することに専念してくれ」
 竜牙兵の数は全部で4体。いずれもゾディアックソードを装備しており、非常に凶暴だ。敵はケルベロスを最優先で攻撃するため、戦闘に突入すれば彼らが市民を襲うことはない。
 襲撃現場となる境内は石畳を敷き詰めた開けた場所で、多少派手に暴れても周囲に被害が及ぶことはないとのことだ。
「竜牙兵との戦いが問題なく終わったのなら風鈴祭りも再開されることだろう。お前達も、のんびり羽を伸ばしてくるといい」
 祭りの会場では、店のよしずに下げられた様々な風鈴が売られている。切子やびいどろを用いたガラスのものから、陶器や竹、毬を用いた用いたものまで、数百種類を数える風鈴が奏でる音色はまさに圧巻の一言だ。
 風鈴の旋律に耳を傾けながら夏の思い出を作るのもいいかもしれん――王子はそう言って説明を終えると、ヘリオンの操縦席へと乗り込んだ。
「祭りと人々の命を守るため、頑張って欲しい。武運を祈る!」


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
ゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)
阿守・真尋(アンビギュアス・e03410)
狼森・朔夜(迷い狗・e06190)
夜殻・睡(氷葬・e14891)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)
リン・イスハガル(凶星の氷闇龍・e29560)

■リプレイ

●白牙、降り注ぐ
 8月某日、快晴。
 ゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)がゴーグル越しに見上げる大空には、雲ひとつない青天が広がっていた。
「せっかくのお祭り、邪魔させるワケにはいかないよね!」
 じきに竜牙の降ってくるであろう空に向かって叫び、闘志を燃やすゼロアリエ。そんな彼とは対照的に、相棒のウイングキャットは日陰の石畳にゴロリと寝転がっている。
「リューズ、援護は任せたよ!」
「ミャ」
 ハチワレの相棒はうるさそうに主人を一瞥すると、阿守・真尋(アンビギュアス・e03410)に喉を鳴らして寄り添った。ゼロアリエはたまらず抗議の悲鳴を上げる。
「ひ、ひどいよリューズ!」
「よしよし。反抗期なのね、今」
 リューズの喉をそっと撫でながら、真尋はにこやかに微笑んだ。
「早く皆で戦いを終わらせて、風鈴の風情を楽しみましょう」
 警察に誘導された人々が避難していくにつれ、会場を包んでいた活気も次第に潮を引いていく。後に残された風鈴の奏でる音色は、真尋の耳にひどく寂しそうに聞こえた。
「ほんと竜牙兵どもも元気だよなぁ……アレか。骨だから暑くないのか」
 夜殻・睡(氷葬・e14891)は皮肉を込めて呟いた。日本刀『凍鶴』の鯉口を切って、準備は万端。後は1秒でも敵の出現が遅くなれば、避難もつつがなく進むのだが――。
 どうやら、そうは問屋が卸さないようだった。
「来たぞ!」
 空から4本の白い牙が降り注ぐのを、レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)の目が捉えた。避難中の人々がいるエリアのど真ん中だ。
「竜牙兵を排除する! ホゥ殿は後衛で我らの支援を!」
「分かりました、援護します!」
 ライドキャリバー『ラートナー』を従えてホゥ・グラップバーンが頷いた。ケルベロス達の前方では、境内のど真ん中に突き刺さった牙が、次々と竜牙兵に姿を変えていく。
「オ前達ノグラビティ・チェインヲヨコセ!」
「憎悪ト拒絶ヲ捧ゲヨ!」
「煩いのう。骨の音がからりからりと喧しゅうて、風鈴の音色が聞こえぬではないか」
 人々に剣を振り上げる竜牙兵の行く手を、リン・イスハガル(凶星の氷闇龍・e29560)が遮った。
「貴様等のような、皮も身もないカルシウムの塊には分不相応じゃの」
「ええ、貴方達にグラビティは渡せません。憎悪と拒絶もお断りです。速やかにお引き取りいただきましょう」
 氷のように透き通った竜翼を広げるリンの後方でジェミ・ニア(星喰・e23256)が手中の九尾扇を竜牙兵へと向ける。穏やかながらも、強い覚悟を秘めた声で。
「貴様等、ケルベロスカ!!」
「邪魔シヨウト言ウノダナ!!」
 竜牙兵達は眼窩に赤い光を点し、横一列の隊列を組んで排除の構えを見せた。もはや逃げ惑う市民のことなど目に入っていない様子だ。
 そんな両者の間に、ひょこりと進み出る影がひとつ。塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)である。
「あー……こりゃいい景色と音色だねえ」
 サンダル履きというラフな出で立ちで、翔子は竜牙兵に飄々と笑みを送りながら言う。
「憎悪だの拒絶だの、堅苦しいのは置いといてさ。ここらで、ゆっくりしてみないかい?」
「者共、熊本ノ意趣返シト行コウデハナイカ!!」
「応! ドラゴン様ノタメニ!!」
「ドラゴン様ノタメニ!!」
「……あっそ、じゃ仕方ないね」
 竜牙兵の返事はにべもない。翔子は溜息をつくと、腕に抱えたボクスドラゴン『シロ』を地面に下ろし、隊列に戻った。
「癇に障る声だ。せっかくの風鈴の音が台無しだろうが」
 狼森・朔夜(迷い狗・e06190)が惨殺ナイフの切っ先をヒュンと向ける。
 それが戦闘開始の合図だった。

●牙を砕く
 最初に仕掛けたのは、竜牙兵たちだった。
「突撃セヨ! 狙イハ敵ノ中衛ダ!」
 最右翼の1体が星座の守護で竜牙兵全員を包み込むと、残る3体はV字形の陣形を組んでケルベロスへと突っこんできた。
 標的は朔夜らしい。剣を手に突っ込んでくる竜牙兵を、ゼロアリエが、翔子が、真尋が、させじと真っ向から受け止める。
「やらせないよ!」
 先頭の相手と激突したのはゼロアリエだ。振り上げるパイルバンカーが、斬り下ろされるゾディアックソードと衝突して赤い火花を散らす。
 両翼では紅唄を履いた真尋とサンダル履きの翔子が敵と切り結んでいたが、攻撃に優れたポジションから繰り出される敵の猛攻にダメージを殺し切れず、次第に傷を受け始めた。
 それでも味方の援護で猛攻を耐え凌ぎ、翔子はふうと安堵の息をつく。
「ふーい。第一波は凌げたかねえ」
 額の汗をぬぐい、飄々と笑う翔子。敵の火力は相応のものだが、盾役のメンバーが粘ってくれたおかげで被害はさほど大きくない。
 竜牙兵は翔子ら前衛と距離を開け、再度の突撃体勢。対するケルベロスは、全員に破剣を付与するという行動に出た。
「涼やかな場にはちと不似合いだが――戦慄け、炎よ!」
 レーグルの『炎祓』、ジェミと真尋の百戦百識陣が、保護を剥ぎ取る力を付与していく。これから始まる攻撃の布石だった。
「サセヌ! 陣形ヲ突キ崩セ!!」
 竜牙兵は隙を伺いながら妨害を試みる。だが、それを許すほどケルベロスは甘くない。
「リューズ、敵を止めるんだ!」
 オウガ粒子を前衛に散布するゼロアリエの声に、リューズが跳んだ。狙いは最右翼の孤立した1体。光る爪を振り下ろして、竜牙兵の邪魔をする。
「ダジリタ! キャリバースピンよ!」
「ラートナー、援護して!」
 残る3体の竜牙兵達を止めたのは真尋とホゥのライドキャリバーだ。豪快なスピンで相手をまとめて薙ぎ払い、妨害を牽制する。
 朔夜が護殻装殻術を睡に施し破剣の付与が行き渡ると、翔子のライトニングウォールが、シロの属性インストールが、前衛の仲間達を強化していった。
 高火力を誇る敵との勝負は、序盤の入念な準備がものを言う。故にケルベロスは決して攻め急がず、じわじわと反撃に移りはじめた。
「おいデカブツ。そんなにグラビティが欲しいなら、俺達から奪ってみろ」
「我の一撃、耐えられるか!」
 睡とレーグルが、最右翼の竜牙兵めがけて跳びかかる。竜牙兵は必死にガードを試みるも到底殺しきれる威力ではない。睡の突きに甲冑を断ち割られ、リンの脳髄の賦活によって強化されたレーグルの拳に骨を砕かれ、悲鳴を上げながら砂利の庭を転げ回る。
「グワアアァ……ッ!」
「怯ムナ、体勢ヲ立テ直セ!!」
 最左翼の竜牙兵が星座の守護を発動。最右翼の傷を癒し、剥がれ落ちたBS保護を上書きした。残る3体は同時に剣を構え、ジェミら後衛に吹雪のようなオーラを浴びせかける。
「回復は任せて下さい! どんどん行きましょう!」
 身を切るような氷をサークリットチェインで溶かしながら、ジェミは攻撃を呼びかけた。
 頭数を減らさない限り攻撃は無限に飛んでくる。ゼロアリエは仲間とV字の陣形を組んで最右翼の敵へと襲いかかった。真尋は深紅のレースアップヒールで、翔子はサンダルで、砂利道を蹴って跳躍。鳥居の柱を足場に流星の同時二連蹴りを叩き込む。
「行くわよ。防げるかしら?」
「シロの分だ、受け取んな」
「グオオオオッ!!」
 骨を撒き散らして吹き飛ぶ竜牙兵。ふらつく足で立ち上がったところへパイルバンカーを構えたゼロアリエが迫る。
「オノレ――」
「お終い、だよ!」
 剣を振り下ろさんとする竜牙兵めがけ、冷気を込めたバンカーの一撃を射出。首から上を失った竜牙兵がその場に斃れた。
「調子ニ乗リオッテ!」
「攻撃ダ! 残ラズ踏ミ潰セ!」
 怒りの咆哮をあげ、突撃の構えを取る竜牙兵。対するケルベロス達は浮かれる事なく、淡々と戦闘を続行する。
 仕掛けたのはリンだ。敵へと肉薄し、尻尾の豪快な一降りで3体をまとめて薙ぎ払う。
 盛大に吹き飛んだ竜牙兵のうち、1体は直撃を受けたのか、動きに精彩がない。ふらつく足で立ち上がった竜牙兵を、睡の『不香花』は逃がさなかった。
「此の花は香らず。ただ白く舞い散るのみ」
「よし、一発ドーンと行ってみるか」
 逆袈裟に振るう白い剣閃が直撃。刹那の後、翔子の轟竜砲が敵を宙へと舞い上げた。

●死闘の決着
「ここが正念場ですね、頑張りましょう!」
 ジェミの再度のサークリットチェインが氷を溶かし尽くす前方では、ケルベロスと竜牙兵が戦いの火花を散らしていた。
 朔夜が一陣の風と化して、エアシューズで縦横無尽に境内を駆け回る。加速の風圧を浴びた風鈴たちの音色は、まるで身を縮めて震えているように聞こえた。
「安心しろ。すぐに終わる」
 ぽつりと呟く朔夜。眼前に、轟竜砲で吹き飛んだ竜牙兵が落下してくる。
「地獄で骨でも打ち鳴らしていろ」
 朔夜が跳躍。太陽を背に放たれる流星の蹴りを竜牙兵は必死に耐え凌ぎ、ヒビの入った腕で剣を構えなおした。
「ドラゴン様ノタメニ、突撃!」
「そろそろ決着、つけようか!」
 竜牙兵とケルベロス、互いのV字陣形が真正面から衝突する。
 殺到する竜牙兵。繰り出される斬撃の嵐に、真尋が、レーグルが、ゼロアリエが、真正面から立ち向かう。
「お返しよ、受けなさい」
「ついでにこれも、受け取ってね!」
 真尋のサイコフォースと、ゼロアリエのグラインドファイアが直撃し、満身創痍となった最右翼の竜牙兵にレーグルが迫る。
 その腕に装着しているのは『虹華鱗夜』。かつて討ち取った戦艦竜の鱗で仕立てた、小型の祭壇型武器だ。
「喜べ。『ドラゴン様』の手で地獄に送ってやろう」
「ウ……ウオオオオオォーッ!!」
 レーグルの分厚い爪が陽光に煌めき、超高速の突きとなって繰り出される。木っ端微塵に体を粉砕された竜牙兵は、断末魔をあげて石畳に散らばった。
「剣ヲ掲ゲロ! 目標ハ前衛ダ!!」
 戦力の半分を失ったにも関わらず敵の戦意は全く衰えない。追い詰められた獣のように、前衛に狙いを絞って再度のゾディアックミラージュの発動準備を始めた。
 対するケルベロスの選択は明快だった。
 全力で叩き潰す。これだけだ。
「行け」
 御業を介して召還した朔夜の狼が、右側の竜牙兵に跳びかかった。
 迎撃態勢を取る竜牙兵の足下に浮かび上がる冬空色の陣。宙から降り注ぐのは、睡の召還した氷の刀剣だ。
 狼と共に真正面から飛来する、翔子のサイコフォースと、歯車型のキャットリング。
 両脇からは、炎を纏って突っ込んでくるダジリタとラートナー。
 ケルベロスの攻撃が雪崩となって竜牙兵を呑み込んだ。本当の攻撃とは何か教えてやる、そう言わんばかりに。
 足を砕かれ火達磨となり、深手を負った竜牙兵を見下ろしてリンが最後の一撃を放つ。
「我は非常に暑さに弱い。ゆえに、お主らを凍らせて涼むとしよう」
 リンの組み合わせた『イス』と『ハガル』のルーンが雹を呼んだ。握り拳大の雹が礫となって降り注ぐ。
「グ……グワアアァァァァ!!」
「クソッ……ドケ、邪魔ダ!!」
 蜂の巣にされた味方の死骸を蹴飛ばし、剣のオーラをゼロアリエら前衛に飛ばす竜牙兵。悪あがきも空しく、与えたダメージはシロとジェミのヒールによって即座に塞がれる。
 レーグルの降魔真拳が万策尽きた竜牙兵の胸骨を鎧ごと砕き、がら空きになった体めがけゼロアリエのファミリアが突き刺さった。
 絶叫を上げて崩れ落ちた竜牙兵の頭へ、朔夜のスターゲイザーが振り下ろされる。
「気は済んだか? なら、これで終わりだ」
 境内を揺らす大きな衝撃。
 頭を踏み抜かれた竜牙兵は、コギトエルゴスムの結晶となって砕け散った。
「お疲れ様じゃ、ようやく終わったの。それにしても竜牙兵め、汗をかいたではないか。我は暑さに弱いのじゃ、こんな日に襲撃だなどと……ぶつぶつ……」
 再び平穏の訪れた境内で、リンは小さな愚痴をこぼすのだった。

●憩いの時
 程なくして、修復された境内に賑わいが戻り始めた頃。
「折角だし、風鈴を見て回らないか?」
 睡の提案に仲間達は大いに乗り気だった。
「お疲れさまでした! 会場で会ったら、風鈴見せて下さいね!」
 大切な家族との待ち合わせがあった関係で、一足先に祭りの人混みへ入ってゆくジェミを見送ると、ゼロアリエとレーグルはホゥに誘いをかけた。
「ホゥさんも俺達と見て回らない? 面白そうだよ!」
「それは良い考えだ。良ければ一緒にどうかな」
 ホゥは笑顔で誘いを快諾した。
「ありがとうございます! それじゃあ、お言葉に甘えて……!」
 賑わいに混じる涼やかな風鈴の音色が、ケルベロスたちを迎え入れた。
 石畳に連なる販売所には見たことのない風鈴が並び、素朴な語り口の店主が訥々と品物を説明している。耳を澄まして聞いていると、こちらの気分も涼しくなりそうだ。
「おや……? あれは」
 しばらく会場を散策するうち、睡はふと目を引く風鈴に出会った。
 夜空を背に、月がふわりと浮かんだ藍色ガラス。夏の夜、窓辺に飾れば実に映えそうだ。
「これがいいかな。買って帰って、部屋につけてみよう」
 美味しそうな果実をもぐように、よしずからそっと風鈴を取り外す睡。同じガラスものの展示エリアでは、そよ風の奏でる風鈴の音色に、翔子ら女性陣が聞き入っていた。
「綺麗な音ですね……」
「だなぁ。土産に1つ欲しいんだけど、目移りして……皆、どんなのが好きなんだ?」
「そうだねぇ。アタシはアレかな」
 嘆息するホゥに頷く朔夜。彼女の問いに翔子は『切子』のコーナーを指さした。そこには職人によって刻まれた精緻な紋様の風鈴が、万華鏡のような幽玄な光を放っている。
「ああ……カットガラスか。綺麗だよな」
「切子の中でも、アタシは江戸切子かねえ。見た目も音も涼やかで」
 そんな翔子が買い求めたのは、曲線が描くアシンメトリーのカットを鱗紋が彩る一品だ。無地の風鈴にシロがぐるりと巻き付いた、そんな形の造りである。
 隣にいる真尋の目に留まったのは、『被せ黒』と呼ばれる黒い切子の風鈴だ。ウェーブのかかった黒い曲線には、どこか真尋の髪を連想させる艶めかしさがあった。
「色合いも音も綺麗ね。気に入ったわ」
 夜の闇に溶けて音色を奏でる姿を想像し、真尋の顔に微笑みが浮かぶ。
「涼しい音色じゃな……無性にかき氷が食べたくなる、そんな音色じゃ……」
 隣のリンが選んだのは、無地のガラスに細かな菊花紋をちりばめた一品だ。丸い鉢を逆さにして雪の結晶をまぶしたような文様は、見ているだけで肌がひんやり冷たくなる。
 いっぽう同じガラスでも、びぃどろに耳を傾ける者もいた。レーグルである。
「ふむ。涼やかな音色が耳に涼しく、そして、楽しく、実に良いな」
 真水のように透き通ったびぃどろの調べに耳を傾けるレーグルは、太陽の光に濡れて輝く一品をそっと手に取った。住まいにぶら下げるのも、なかなか乙かも知れない。
「俺は涼しげなヤツがいい! 金魚とかオーソドックスなヤツで、音が綺麗なの!」
 ゼロアリエは少年のように目を輝かせていた。どれも綺麗でカワイくて、選ぶのに迷ってしまう。
「ねえリューズ、何か気に入ったものはある?」
「あら、どうしたのリューズちゃん?」
 振り返った先、相棒の猫はホゥの足元にすり寄っていた。
 ホゥはリューズをそっと抱きかかえると、ゼロアリエに微笑む。
「素敵な風鈴がいっぱいですね」
「本当にね! ほらリューズ、あれなんか綺麗だよ」
 主人の言葉を聞いてか聞かずか、指さした風鈴から垂れ下がる短冊をリューズは猫パンチで弄ぶ。鉢に見立てた風鈴に、赤い金魚が泳ぐ絵柄を象ったものだ。
「よし。じゃあこれにするかな!」
「ミャ!」
 リューズが振り払う短冊が、風に吹かれてゆらめいた。

 一方その頃。
「お疲れ様でシタ……怪我も癒えて何よりデス」
「ありがとう。ジェミも浴衣、似合うね」
 ジェミは引いた手をそっと放すと、エトヴァ・ヒンメルブラウエを振り返って言った。
 長身痩躯に青色の髪という日本人離れした体型だが、彼が着ると実に様になる。
「ねえ、エトヴァは風鈴って見たことある?」
「きちんと見るのは初めてなのデス。こんなに、沢山……」
 夜空の星を眺めるように、店先に並ぶ風鈴をエトヴァは見つめた。目で見たものと知ったものでは、こうも違うのかと感動を覚えずにはいられない。
「綺麗な音で耳から涼しくなるっていうのも日本ならではの知恵だよね」
「ハイ、とても涼やかデ……音の迷宮に、いるみたいデス。これは、そう……」
 エトヴァは自らの言語データベースを探り、風鈴の音色を表現した。
「何処より降り注ぐ蝉時雨に、風に乗って無数の星が歌いさざめくよう」
 ふたりは今、鉄器の風鈴のエリアにいた。ジェミの飼い猫、みけ太郎のイタズラに耐える品が欲しかったからだ。
「壊れやすい素材だと、ちょっと不安だからね。えいえい!」
「ふふっ。頑丈な品が良さそうデスネ……」
 みけ太郎の真似をして猫パンチを繰り出すジェミに、思わず微笑むエトヴァ。
 飛びかかる姿が目に浮かぶようだ。
「これならバ、如何? ……渋いですカ?」
 エトヴァが手にしたのは南部鉄器の風鈴。猪口をひっくり返したような素朴な品である。囁くような澄んだ音色に、ジェミは頬を綻ばせて、
「うん。丈夫そうだし、渋いのも長く使えて良いと思う。これにしようかな」
 こうしてジェミの家に、宝物がひとつ増えた。

 祭りのひと時を楽しむケルベロスたちを包み込む、さざめく風鈴の音色。
 平穏を取り戻した境内の祭りは、大成功のうちに幕を下ろしたのだった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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