咎人の血

作者:ふじもりみきや

 朝、校門前は制服を着た少年少女たちが行きかっていた。
 この時期学校はすでに夏休みに入り、部活動を楽しむ者もいれば補習に向かう者もいる。学生たちの顔は明るいものもあれば暗いものもある。きっと登校する理由によってさまざまなのであろう。
 おしゃべりをしながら通過する自転車。携帯電話をいじりながら進む男子生徒。楽器ケースを持っている女子がいれば、何やら大きなカバンを持っている体格のいい男の子もいる。中には休みだというのに校門に立って、生徒に挨拶をしている定年間近の教師などもいた。
 手をつないでいた男女はそろそろつないだ手をそっと離すころだろうか。……そんな、賑やかで。ちょっと夏休みの、緩んだ空気がしみこむその場所に……、
 それは降り立った。
 真っ黒い、影のようなものに見えた。
 それがエインヘリアルだ、と気付けた者は一体どれほどいただろうか。
 獣のように影のようにそれは滑り込む。鋭い爪で手近にいた高校生たちを解体する。
 悲鳴が上がった。けれどもそれは気にも留めない。まるで機械のように。だというのに獲物を狩る獣のように。
 それは人という生き物を殺し尽くそうとするかのように。ただひたすらに駆け、その鋭い爪で人をバラバラにしていった。


「……」
 アンジェリカ・アンセム(オラトリオのパラディオン・en0268)は、祈るように組んでいた手をほどいた。顔を上げると、浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)の持ち込んだ、とある学校の校門の写真に目を落とす。
「私と同じような年ごろの方々ですね……」
 少しだけ、複雑な感情をにじませた彼女の言葉に、月子は頷いた。彼女の様子には触れずに、いつものように話を始める。
「このくそ暑い時期だというのに、どちらも元気なことだな。……ともあれ、エインヘリアルによる虐殺事件が予知された。彼らは過去明日がルドで重罪を犯した犯罪者らしく、放置すれば多くの人々がその犠牲になるだろう」
 また、人々に恐怖と憎悪をもたらすことにより、他のエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられると、彼女は付け足した。
「故に、速やかに現場へ向かってくれたまえ。今ならまだ間に合う。頼んだよ」
 なお、と彼女は言う。
「今回の敵は獣のような速さで動く。押しつぶすというよりは、鋭い刃物で素早く解体するという方がイメージしやすいだろう。非常に効率的な人殺しだと言わざるを得ない」
「効率的……ですか」
「うん。出現するのは一体のみだが、手ごわく、厳しい戦いになるだろう。注意してほしい」
 なお、このエインヘリアルは使い捨てとして戦場に送り込まれているため、逃走することは無いと月子は付け足した。
「現場だが、先ほど述べたように少年少女たちが集まっている。とはいえ、急いで駆けつければ最初の犠牲を防ぐことは可能だ。その後は自分たちで避難することもできるだろう。そこまで気を遣う必要はない。……だから、目の前の敵から目を離さないように」
 暗に。
 一般人に気を回す余裕などないであろうことを月子は告げる。アンジェリカはもう一度校門の写真に目を落とした。
「……私の歌は、きっとこの為にあったのでしょう。どうか皆さんの、力をお貸しください。ともに悪を討ちましょう」
 祈るように。
 彼女はいとおしげに写真に写る学生たちに視線をやった後。
「私も、至らないぬところも多いと思います。けれど……、どうか、よろしくお願い申し上げます」
 そっと、頭を下げたのであった。


参加者
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
八尋・豊水(イントゥーデンジャー・e28305)
ザベウコ・エルギオート(破壊の猛獣・e54335)

■リプレイ


 穏やかな朝。ありふれた朝。いつもと同じ校門前。傍らの花壇では、夏の赤い花がゆるい風を受けてゆれた。
 いつもと同じ一日が、始まるためのその場所はしかし今……、
「お嬢サンたちは下がってるんだぜ! ついでに野郎も下がってな!」
 惨劇が起きるその一瞬前。ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)が声を上げながら駆けた。驚いたように子供たちがそちらを見る。そしてその横を抜けるようにザベウコ・エルギオート(破壊の猛獣・e54335)更にが一歩踏み出した。
「ヒャッハー! 間に合ったか? 間に合ったんだよな!? っしゃあ!」
 前方を確認してザベウコは拳を固める。ザベウコのナノナノ、イェラスピニィもバリアを展開させる。
 それと同時に間の前に、真っ黒な影のような泥のようなものが落下した。どこから来たのかも解らない。それは瞬きをする間に巨大な人の形を取っていく。……少し、今まで見たエインヘリアルよりも小さいとロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)は感じて。手にしていたは戦斧をくるりと旋回させた。
「その分、速いってことかな……!」
 そのほうが効率が良さそうだと、少しだけ考えて少しだけ考えたこと自体に後悔した。けれどもすることは変わらない。一撃。槍斧が敵の頭上を捉える。一直線に叩き割るようにそれを振り下ろして……、
「――!」
 ぐり、とその首が回った。受け止めたのは爪と一体化したような歪な刃物であった。凡そよく解らないそれがロストークの刃を捕らえる。相棒のボクスドラゴン、プラーミァが引き剥がそうとブレスを吐いた。
「やれやれ、本当に元気なことだねえ。残念だが彼らの恐怖も絶望も、血の一滴たりとも君にくれてやるつもりはないよ」
 その絡め刃を引き離すように、メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)がブラックスライムを走らせた。絡みつかせその腕を捕らえる。すっと目を細めて、
「……さ、仕事の時間だ」
 その隙にロストークが武器を引き抜く。ギチ、と、獣のような歯がなった。不気味な音と共にそれは首を傾げる。そして、
「……? そう、か。料理の、時間か…………」
 軋むような獣のような声でそれは音を発した。仕事という言葉に反応したようだった。
「後ろだよ、危ない!」
 マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)が味方を守護する魔法円をケルベロスチェインで描きあげる。それと同時に警告を発した。マサムネのウイングキャット、ネコキャットも羽ばたきをおこして援護した。
 八尋・豊水(イントゥーデンジャー・e28305)が走る。メイザースを押しのけると同時に焼けるような痛みと共に腹が裂けた。
「間一髪……! それにしても、なぁに、その武器。お転婆がすぎるんじゃなくて?」
 流れ落ちる血が地面に血溜まりを造る前に消える。豊水はもう笑うしかなかった。敵の体に付着した黒い液体のようなものが豊水を抉ったものの正体であった。それはまるで生き物のような泥のような不定形のナニカで、豊水の腹をスプーンのように抉り取ってそのまま喰らい付いて飲み込んだのだ。
「英雄が年端もいかない子供の虐殺行為だなんて、随分と情けない話しね。私達と遊んだほうがもっと楽しいわよ? 八尋流正当・豊水。同じく李々。いざ尋常に!」
 豊水が名乗りを上げる。彼のビハインドの李々も周囲のものを飛ばしてその動きを阻害する。
「あれは、食べて、いるのでしょうか……!」
 バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)が緊急手術の準備をしながら思わず声を上げる。既に一般人の学生たちが遠くに言っていたことは不幸中の幸いだろう。この光景はなかなか不気味で恐ろしい。
「わ、わかりません。でも多分そう……! 私も、私も、微力ですが……!」
 既にアンジェリカ・アンセム(オラトリオのパラディオン・en0268)は泣きそうな顔をしていた。震える足で何とか前を見据えて歌を唇に乗せる。豊水が傷口を押さえながらも、敵と彼女の間に立ち塞がるようにしながら体勢を整えた。
「なるほど。解体して、そして喰らうのが趣味なのかい」
 その姿を見て取って、ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)が感心したように呟く。
「喋っているのにまるで死者のような目をしているねぇ。何かを思って行動しているのか、機械的なのか……。後者ならばある意味、気の毒にねぇ」
 言葉に返事はない。歪な獲物を握ることで答えとなるのだろうか。ただそのはの隙間から、
「いいぜ。バラすのは得意だ。最速で。一瞬で。切り離して喰らってやる」
 にた、と、影が笑ったような気がした。エインヘリアルにしては若干幼げな。そしてそれすらも作り物めいていた、無表情を感じさせる不気味さを含んだ笑みだった。
「……そう。何れにせよ僕の方は、楽しむよ……思い切り」
 それと同時にルーチェも走った。流星の如き蹴りはその足元を狙って。しかしそれを敵もまた刃で止める。が、
「それは、想定済みだねぇ……!」
「そのまま……動かないようにね。何、最初は当たらないものさ。そして……当たる様にするのが私の仕事だ」
 その隙間を突くようにして、メイザースがハンマーを砲撃形態に変形させて叩き付ける。竜砲弾が敵の体を抉る。血がこぼれる。血の割にはどこか、黒い泥のようだとメイザースは感じた。
 軋んだ笑い声が周囲に響く。同時にそれは駆けた。一瞬で戦場を見回し、マサムネに距離を詰める。
「いかせない、わよ……!」
 全力で豊水が割って入ろうとした。すり抜けさせないと体で止めようと手を伸ばすが今度は間に合わない。しかし足を貫くような痛みがして、同時に爪が閃いた。
「大丈夫、まだまだ平気だよ。でもまだ……!」
 マサムネの腕に刃が食い込む。骨で止まって痛みに顔をしかめながらも声を発した。
 即座に敵は次の攻撃を展開する。まだ終わっていないと。泥のようなナニカが本体の攻撃と同時に走っていた。
「ええ。足元よ……!」
 豊水も自分の足を貫いたものを確認して声を上げていた。全身からオウガ粒子を放出させて援護するのも怠らない。
「李々が今回の攻めの起点だよ。さあ、八尋流忍法の恐ろしさを墜ちた英雄に知らしめろ!」
 豊水の台詞に李々も、えーい、と元気に金縛りを起こす。消耗もあるだろうに明るい仕草に癒される。
 ロストークが一瞬目をやる。泥は四方に飛び散って刃となって後方の仲間やサーヴァントたちに降り注いでいた。同時に敵は刃を鳴らす。マサムネを抜けて更にその先へ……、
「あ、こら、切り刻むならこっち、俺にしといてよね!」
 思わずマサムネが声を上げるが敵は止まらない。一番刻みやすいと見て取ったのか、アンジェリカのほうへと走る。彼女はきゅっと唇を噛んで、
「わ……私のことは、大丈夫です。だから……!」
「ヒャッハーそんなこと言ってる場合かぁー! 馬鹿とて言われるけどよォ~……実際そうだと思うぜェェエエーーッ!! イェラスピニィ!」
 アンジェリカの言葉にザベウコが走る。基本攻撃よりだが守り手の役割は果たす。……大丈夫、果たせるはずだ。ザベウコはイェラスピニィに目をやる。イェラスピニィにも刃が迫っていたけれど……、一瞬だけ視線を交わすと、ザベウコは少女の前に立ち塞がった。
 胸が破れる感触がある。心臓を抉り出されるのは辛うじて避けた。振り返るともう刃がイェラスピニィを飲み込んでいて、その姿はなかった。
「はっ……。待ってろよ。こいつすぐバラしてまた迎えにいくから。ヒャッハー! 熱消毒の時間だァ~ッ!」
 火炎放射器を手に、喰らった魂を共に燃やしながらザベウコは炎を吹き付ける。あまりの熱量に敵が怯む。
「プラーミァ、頼んだよ」
 その隙をロストークも逃さない。二本の斧を自在に操り敵を追い立てる。いいながらプラーミァに視線をやったのは、自分も仲間を優先するという決意からだ。プラーミァはわかってる、とどこか意地の悪そうな目で主を見返しブレスを吐いた。
「大丈夫ですか? まだ傷は浅いです、すぐに施術しますね」
 バジルが声をかけてザベウコの傷を塞いでいく。アンジェリカも我に返ったように歌を紡ぎ始めた。大丈夫だ。まだ……大丈夫なはずだ。そう言い聞かせるようにしているが、一撃一撃の鋭さが戦いの厳しさを物語っている。
「……あぁ」
 ルーチェが鋼の鬼と化した腕で、敵の体を殴りつける。それをぎりぎりの所で敵は捌き、時折返すように刃を向けてくる。
 楽しいと。口には出さない。ただ際限なく手数が増える。
「趣味はサイテーだが、使い手としては中々みてーだな……!」
 ダレンもそこに加わって、傷口を広げるかのように立ち回る。派手好きな彼としてはあまり好まない。地道に能力をそぐ攻撃に本気さが伺える。
 堅実な戦法が不満なのか。敵は苛立たしげに刃を鳴らすような声を上げた。……戦いは、長いと。感じるには充分な声だった。


 周囲には血が満ちていた。辛うじて切断された人体の一部が転がっていないだけ自分たちは健闘しているんじゃないだろうかと、ミントは気付いて目を伏せた。
「薬液の雨よ、仲間を浄化せよ」
 どうか、どうかと祈るような癒し。その思いを嘲笑うように敵の速度は際限なく上がっていく。
「ごめんなさい、私、私、何の力にもなれなくて……」
「そんなことない! 労いの手厚いヒール、身にしみるぜお嬢サン」
 泣きそうなアンジェリカに、血まみれのダレンが笑いかけた。ぐ、手振り返って親指を立てる。どう見てもそんな余裕はないはずなのに、その笑顔はあまりに明るかった。
 打ち合う音は強く鋭く。
「穢れた腕(かいな)で、抱いてあげる……」
 攻撃を受けながらルーチェもまた漆黒の蛇を敵へと飛ばす。絡みつかれてなお敵は刃を振るう。そこに感情はなく、食肉を切り分けるかのような芸術的な動きさえある。
「本当に機械的だねぇ。でも僕は楽しいよ……!」
 何とか切断と致命傷を避けているが、ルーチェももう限界だった。だというのに愉しげな声が上がる。
 そして……、
「……!」
 ルーチェの胸に刃が差し込まれていた。
「は……、はは……」
 どう見ても致命傷。これ以上喰らえば死ぬだろう。なのにルーチェは一歩前に踏み出す。永遠に続くかのような応酬が愉しくて。
「……まだ、終われないねぇ」
 他人には解るまい。自滅願望と呼べばいいのか。死ぬために前に出るようなものだ。理解してでも本当に楽しくて、戦いの中で全力で戦って死ぬなら本望とさえ思った。
 対する相手はあくまで解体屋だ。冷静にトドメを指しに刃を振り下ろす。その間にルーチェもまたできることを考えて、
 視界がふさがった。ロストークが目の前に立っていた。
「……行かせてほしいねぇ」
「……」
 ロストークには解らない。解らないものはたくさんある。戦いを楽しむ気持ちや。あるいは死にたいと願うような気持ち。仕事のように肉を切り分けようとする者の気持ち。
 みんなの幸せを守りたい。けれども自分の思う幸せは、好意は敵も、多分ルーチェも、幸せにならないだろう。……けど、
「いかせないよ」
 敵の刃を止める。愛用の氷の槍斧が砕け散るもう一度再構築しようと柄に力を込める。それよりも……敵の刃のほうが早かった。
「迷惑な、我侭だねぇ」
「そうかも……しれないね」
 心臓を抉り出されるようなことは辛うじて避けた。ルーチェはそれ以上動けない。ロストークもまた血溜りに膝をつく。なんとなく気の抜けた。呆れた様な表情を二人はしていた。
「もう、良いから下がっててよね、君たち。危ない真似して。怒ってるわよ。ええ。もっと私を怒らせなさいとは思ってたけど……!」
 怒りはある。李々が消失したときの怒りなんてそれはもう言葉に表せない。けれども豊水は怒りのままに攻撃に転じることはできない。敵の攻撃が、あまりに重すぎて。
 豊水は視線をめぐらせる。ザベウコが片手を上げた。
「こっちは自分で何とかするぜヒャッハー!」
 言いながらザベウコは叫んだ。攻撃寄りといってもやはり真性の攻撃係に比べれば火力は劣る。ならば自分よりも仲間を優先したほうが正しいだろう……なんて。彼が冷静に考えたかどうかは、わからないけれど、
「不恰好だろうが、なんだろうが、かまわねえ! 俺は! 最後まで! やってやるぜぇぇぇぇぇぇぇ!」
 炎を出しながらその腕を叩き付ける。流儀も何もないむちゃくちゃな殴打は炎と共に燃え上がった。豊水は軽く額に手を当てる。
「みんな本当にバカよね……。嫌いじゃないけど」
 若干怒ったような声音で豊水は魔法の木の葉を纏わせる。対象はダレンだ。
「大丈夫、オレたちがカバーする! 絶対にオレたちは負けない……。ここで終わらせる!」
 それに繋げるように、マサムネも歌を奏でていった。生きることの罪を肯定するうたはなんとも力強く。思いに満ちていた。
「僕も……負けてはいられませんね。さあ、一緒に頑張りましょう!」
「……はい!」
 バジルが励ますように言って施術を続ける。アンジェリカは小さく頷いた。
 敵が刃を翻す。その直前にメイザースも飛んだ。遠方からの援護に徹していたが……、
「どれほど素早くても機動力を削げばこちらのものだ。ーーほら、足元がお留守だよ?」
 ステッキから変形するのは単眼の巨神が振るう鎚を模したもの。鎚頭は超重量の一撃で持って敵の頭上へと。
 同時に的確に敵も刃を振るう。重力に導かれたメイザースとエインヘリアルは互いに守りを捨て攻撃のために獲物を交錯させ……、
「……、ちっぽけな人間に「上」をとられた気分はどうかな。少し頭を冷やした方がいいんじゃないかい?」
 メイザースのハンマーは敵の左腕を砕いていた。あれではもう使えまい。
 けれど。同時に敵の刃もメイザースの首を掻き切っていた。
「あぁ……!」
「大丈夫だよ。敵もこれまでだね。……祝いと呪い。さて、これはどちらになるのかな?」
 アンジェリカの悲鳴にメイザースは首に手を宛てながら声を絞り上げる。その場に倒れる自分を意識する。仲間たちに祝いを。敵には呪いを。
「どちらにせよ、舞台は整えた。後は頼んだよ……」
 急所は捉え、役目は果たした。意識を手放すメイザースに、ザベウコは頷く。
「ああ……。あんたの気持ち、受け取ったぜぇ……! ヒャッハー! 攻・撃・だぁぁぁぁぁぁ!」
 振り返りもせずザベウコが走る。砕けた火炎放射器の代わりに己の手の炎を持って殴りつける。腕が痛んでも、足が痛んでも、決して力は衰えずに。
「しょうがない……か。後お願いね! 攻撃に回るわ。仕留める!」
 敵が攻撃の動作を取る。血の刃が跳ねる。豊水は顔を上げた。
「オン・キリ・ニン……確実に仕留める! 穿て紅螺旋【クリムゾン】!」
 刃に貫かれながらも。むしろその血すら纏い紅に染まった螺旋を纏い飛び蹴りを放つ。それと同時にグラビティを流し込む。倒れる直前まで、豊水がその力を緩めることはない。
「……は、はい。大丈夫です。僕、だって……いろんな人が辛い目に遭っているのを、見過ごせません」
 バジルがか細い声でいいながらも施術を続ける。気弱な自分にとってこの死地は辛いものであるけれど……でも、負けられない。
 マサムネも頷いた。
「うん、オレも一緒に頑張るから! だから倒しちゃって!」
 前を見据えて、マサムネは曲を奏でる。
「千里眼の如く狙え!」
 仲間を鼓舞するその歌は、仲間を支えそしていざというときの保険も担っていた。……倒し切れればそれでいい。けれども倒せないときは……。
「いざって時のことは、オレ達が考えておくから、頑張ってね!」
 支援を受けて、そして最後に、ダレンが一歩踏み出した。
「ああ。ありがとう。へへ、ヒーローは遅れてやってくる……なんて、サマにもならねぇな、この状況じゃ」
 軽く鼻の頭を掻く。豊水に攻撃が向かった今、ほんの少しの隙が敵には生まれていた。
 援護と同時にかかるプレッシャーがある。これ以上長引かせては仲間の命にかかわる。最後まで仲間たちは自分を援護してくれるだろう。それが解るだけ……余計に。
「……」
 重い状況だ。勿論外しても誰も責めないだろうけれど……。
「でもここで。かっこよく華麗に決めてこそ……俺ってもんだろ?」
 背中に決意を持ってかけた。反応して敵が刃を向ける。かまわない。その一瞬前に手が届く!
「偶にはマジメに振ってみますか……ねっ!」
 文字通り、紫電の如く奔る高速の剣戟。そして本物の電撃を纏った剣閃は派手に先行を発して相手を真っ二つに切り裂いた。
 敵は咆哮を上げる。腕を伸ばす。
「よくも。よくもよくもよくもよくも、邪魔を……」
 解体者が声を上げる。ダレンは口の端をあげて笑った。
「ああ。悪かったな。これが俺たちの力だ。……な、これ、カッコイイだろ? かっこいいよな?」
 きりりとしたのもつかの間。一瞬で砕け散るシリアスも彼らしくて。
 敵が完全に消滅するのを見届けて、ダレンは顔を上げて笑うのであった。

 脅威は去った。
 いつもの朝はいつもではない朝になったけれど、きっと明日はいつもの朝に戻るだろう。
 見守っていた生徒たちから喝采が上がる。誰も欠けることのない明るい声だった。
 彼らの日常はこれからも続いていく。
 それがきっと……何よりの報酬に違いない。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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