激闘サンビーチ

作者:天枷由良

●芋洗いにも骨はふるなり
 青い空、白い雲、輝く砂浜、打ち寄せる波。
 照りつける太陽。降り注ぐ紫外線。
 飛んでくる骨。
「――!?」
 美人の肌に鼻を伸ばしていた青年が、忽然と差した影に表情を一変させる。
 次いで起こる振動。巻き上がる砂。
「……は、離れて! いますぐそこから離れて!!」
 よく鍛えられた監視員が、恐らく自身の手に余る状況だと悟りつつも避難指示を出す。
 そして芋洗いが蜘蛛の子に変わる中、砂塵から満を持して現るは骸骨三つ。
 一つは縞柄のバンダナを巻き、一つは黒い眼帯を付け、一つは片手に鈎を生やしていた。
「ヒャーハハハハ!!」
「ミナゴロシダゼェ!」
「グラビティ・チェインヲヨコセェ!」
 三者三様に吼えつつ、骸骨たちは虐殺と略奪に精を出す。
 海と砂浜が、同じ色に染まっていく――。

●炎天下のヘリポートにて
 茹だるような熱気に包まれながらも、佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771)は神妙な面持ちを崩さずに立っていた。
「ドラゴンとの大戦を乗り越えてなお、その尖兵による事件は後を絶たないわね」
「……ええ」
 頷いた勇華の頬を、小さな雫が滑り落ちていく。
 それを見やり、ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は手短に済ませようと前置きして、説明を始める。

 まずは、戦場と倒すべき敵について。
「場所は茨城県にある海水浴場。標的は飛来する竜牙兵が三体。出現のタイミングは正確に判明しているけれど、敵の狙いと現場の混雑具合からして、海水浴客を避難させるのは不可能でしょう。それよりも全力で敵殲滅を目指して、早期決着を図ったほうがいいわ」
「……わたし達の戦いに、皆さんを巻き込むことにはならないでしょうか」
「大丈夫よ。完全には逃げられなくっても、ある程度は自主的に離れてくれるから。それに竜牙兵だって、皆を無視しては目的を達成できないわ」
 らしくもない不安を口にする勇華へと、ミィルは宥めるように言って続ける。
「三体の竜牙兵は見た目も攻撃方法も少し異なるけれど、能力的に大きな違いはないわ。皆が一致団結してかかれば、すぐに勝利をつかめるはずよ」
「なるほど……つまりさくっと倒して、泳いだりスイカ割ったりしろってことだね!」
 海に行って骨と戯れるだけでは味気ない。
 “その後”も楽しまなきゃと息巻いて、フィオナ・シェリオール(はんせいのともがら・en0203)がいの一番にヘリオンへと乗り込んでいった。


参加者
佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771)
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)
エーゼット・セルティエ(勇気を翼にこめて・e05244)
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
清水・湖満(氷雨・e25983)
月島・彩希(未熟な拳士・e30745)
ルフィリア・クレセント(月華之雫・e36045)

■リプレイ


 夏だ! 海だ! バニーガールだ!
「えっ」
「うおおおおっ!」
 困惑する海水浴客を尻目に、佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771)は叫ぶ。
 バニーガール姿で。バニーガール姿で!
 なんて大胆なんでしょう。でもいいじゃない夏だもの!
 ともかく開放的になって、求めるはアヴァンチュール!
 逢瀬の相手は竜牙兵!
「ヒャッハァ!」「ミナゴロシ!」「ダゼェ!」
「竜牙兵……ドラゴン……あれだけやっておきながら……まだ、まだ……!」
 殺意の波動に目覚めたバニーが砂上を疾走る。
 右手はグー。左手もグー。
「お前らはぁぁぁぁぁ!!!」
「ブベラッ!」
 達人級の鋭い拳撃に顎を攫われ、黒眼帯が錐揉みして砂に突き刺さる。
「ガ、ガンタイー!」
「眼帯って、見たままやないの」
 強襲を受けて叫ぶ縞柄バンダナの竜牙兵へと、清水・湖満(氷雨・e25983)が退屈そうに呟いた。
「センスの欠片もないわ、こんな暑いところに暑苦しく出てくるわ……ほんまにええ迷惑やわ」
 はんなりと続けつつ、下駄を脱ぎ脱ぎ、着物はたすき掛け。
 縛霊手を付けて――此方もやる気は十分。しかし勇華のように殴り掛かるわけでなく、ゆらりと腕を振って自身の周囲に、そして前衛を務める仲間たちの元に紙兵を散りばめる。
 その小さな守護者たちが漂う隙間から、カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)は後衛に流し目を送って。
「フィオナー。早く遊びたかったらどう動けばいいか分かるよね?」
「もちろんさ!」
「良い返事だ! それじゃあ、さくっと刈り取っちゃおうね!」
 フィオナ・シェリオール(はんせいのともがら・en0203)がバールを振りかぶったのに合わせて、大鎌を思いっきり投げた。
 激しく回転する刃は、ようやく立ち上がったばかりの黒眼帯に喰らいつき、一欠片の慈悲もなく骨を削っていく。
「アイタタ――イタッ、アツッ!?」
 続けてバールが落ちたところに、今度は炎が飛んできた。
「海賊気取りのお前たちで、スイカ割りの練習でもさせて貰おうか!」
 まだ燻るエアシューズで砂を踏みながら言い放ったのは、エーゼット・セルティエ(勇気を翼にこめて・e05244)だ。
「グヌヌ……ケルベロスメ、コンナトコロデモジャマヲスルトハ」
「邪魔はそっちだよ! 沢山の人がビーチを楽しんでたのに!」
 戦意と使命感を言葉に変えつつ、月島・彩希(未熟な拳士・e30745)も炎上中の相手に飛び蹴りをぶちかます。
「やっちゃえ、アカツキ!」
「シンシアも!」
 さらに続く攻撃。彩希とエーゼットに従う二匹のボクスドラゴンにブレスを吐きつけられると、癒し手を務めるルフィリア・クレセント(月華之雫・e36045)までもが好機に付け込んで電光石火の蹴りを放った。
 黒眼帯は為す術もなく波打ち際まで追いやられていく。それを見やった後、ルフィリアはぐるりと辺りの様子を確かめる。監視員たちのおかげで、海水浴客は潮が引くように離れていた。
(「逃げ遅れている方もいないようですが……」)
 ケルベロスである以上、たとえ取り越し苦労であったとしても万が一には備えたい。なおも攻め入るような姿勢で、ルフィリアは竜牙兵たちを引きつけようと挑発する。
「海賊ごっこに興味はありません。大人しく海の底に沈んでいて欲しいのですが?」
「ダマレ! キサマラコソ、キョウフトゾウオニオボレルガイイ!」
「オウジョウセイヤー!」
 無表情で語る様が気に障ったか。ルフィリアの言葉を受けて鉤手が吼えると、やられっぱなしでいられるものかと黒眼帯もカトラスを構えて走る――が、しかし。
「アアアァ!?」
 極道まがいの雄叫びは、真上から降ってきた槍によって悲鳴へと変わってしまった。
「仮装大会にはまだ早いわよ。大体、船も持たずに海賊を気取れると思っているのかしら」
 模造品の神槍が消失するのを見送って、古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)が気怠げに言う。
「せめて海賊旗くらい用意しなさい。コスプレにしても中途半端よ」
「ジャカアシイワ!」
「クシザシナンテ、ムゴイコトシヤガッテ!」
「何が惨いか、莫迦ども」
 脳らしきものが見える電気鋸付き円筒型ミミック“エイクリィ”を引き連れ、血の滴る舌じみた日本刀を携え、およそ浜辺には似つかわしくない佇まいでユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)が野次を制す。
「真なる惨劇、蹂躙は此れから。蹂躙するのは何か。我が両手に漲る、呪いの怪力だ」
「……?」
「何。折角の戯れだ。此度は本気で『遊びに』往くぞ。餓えた子供達よ」
 他の者と一線を画す語り口に人ならざる異様さでも感じたか、じりと後ずさる敵を一睨みして、ユグゴトは刀を砂に立てる。
 そして。
「目隠しは不要だな……よし」
 ユグゴトは、その場で回りだした。
 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。唖然とする敵味方双方を置き去りにして数十回。
 それから姿勢を正して、ゆっくりと上げた足を右斜め四十五度前に。
 次の一歩は左七十度。まずい。明らかにユグゴトは目を回している。
 顔も真っ蒼だ。先程までの何処か恐ろしげな気配も薄れて、悪酔いしたダメな大人にしか見えない。
「バカメ!」
 鉤手の竜牙兵が一気に間合いを詰める。
「キザンデヤルゼー!」
 バンダナも両手にナイフを持って迫る。
「やらせるか!」
「調子付いたらあかんよ」
 すぐさまカッツェと湖満が行く手を阻み、庇ったが――。
「シニサラセー!」
 黒眼帯がようやく一撃やり返す機会を得た。
 横薙ぎに来たカトラスがユグゴトの脇を掠め、ざっくりとした傷を作る。
「ヒャッハァーアアアアア!?」
 喜びも束の間。エイクリィの鋸が脛あたりをゴリゴリ。
 そして悶える黒眼帯を片手で掴み、顔面蒼白のユグゴトは刀を一振り。斬撃でなく殴打によって相手の額を割る。
「此の儘、私の胎内で永劫を貪るのは如何だ。糞餓鬼には勿体ないが、回帰とは皆に平等な愛。さあ。這入るが……這入るが……」
 倒れた敵を見下ろして言うユグゴトが、不意に口元を押さえた。
 嫌な予感がする。
「ヤメ、ヤメ――アアアッー!!」
 季節外れの花吹雪に、黒眼帯から悲鳴が木霊した。

「キ、キサマァーッ!!」
 さすがに嫌悪感が湧いたのだろうか。
 黒眼帯はカトラスを振り上げ、再び斬撃を見舞った。
 しかしユグゴトも反撃。黒色の魔力弾を撃ち出して悪夢へと誘う。
 その悪夢が、今しがた降り掛かった災難であることは想像に難くない。
「アアアッー!!」
 悶る黒眼帯は永久的狂気に囚われ、明後日の方向に刃を振り回す。
「……ダメダ! アイツハ、モウ」
「チクショー! ケルベロスユルスマジ!」
「何が許すまじだって? 許さないのはこっちだ、海賊気取りの竜牙兵! 雁首揃えて村上水軍や九鬼水軍に謝れ!」」
 仲間を案じて意気込む鈎手に、また勇華のグーパンチが飛んだ。
 鉤手は死んだ。バンダナもすぐ死んだ。


 浜辺には再び平和が訪れた。
 極々僅かな物的被害を修復した後、人々からお礼を述べられたり握手を求められたりしたケルベロスたちも、ノリソン・ナーン――忍装束風全身鎧なんて見るからに暑苦しい男が開いていた海の家で一息つく。
「ケルベロス特典で半額にしておくでござるよ?」
 悪魔のような囁きに乗って50%オフドリンクで喉を潤していると、大きめの鞄を担いだクールな青年――黒影・碧威がやってきた。
 湖満が立ち上がり、ひらりひらりと手を振りながら離れていく。
 傍から見れば良い仲にしか映らない。そして真相はさておき、美男美女が並べば絵になることは間違いない。片方が今年度の水着コンテストで栄冠を手にした女性であれば、なおさらである。
 そして男子たるもの、やはりカッコよさとは至上の命題。少しずつ、ほんとに少しずつ大人の男性に成長しているエーゼットにも、特に彼女の前ではカッコよくありたいなんて気持ちは――。
「……ん? どしたの、エー君」
「うぇっ!? あ、え、いや、なんでもないよ!」
 気持ちはあるのだけれども、まったり寛ぐ彼女にうっかり見惚れてしまっていた辺り、まだまだ修練を積まなければならないようだ。
「それより勇華! ああいや、みんなも! スイカ割りしようよ、スイカ割り!」
 勢いに任せて呼び掛けたエーゼットは、冷水に漬けられた緑と黒の縞模様を指差す。

 そういうわけで。
 ケルベロスは海の家の棟梁からスイカを買い上げると、まずは水着に着替えた。
「あっ」「あら」
 フリル付きのピンクワンピースでまさかのバッティングを起こした勇華とるりが、互いの姿をまじまじと眺める一方で。
「はいこっち向いてー。腕上げてー」
「……ええと、なんだこれ」
 白地に返り血を浴びたような前衛的競泳水着のカッツェは、持参したビーチバレー選手みたいにスポーティーなビキニをフィオナを着せて撮影会。その後、被写体の首根っこを掴んで忽然と海にダイブ。
「先にあっちで準備しておこうか」
「そうですね」
 羽織ったパーカーから白い縦縞の青布をちらつかせる彩希と、特定層に直撃しそうなスク水(もちろん胸元に「るふぃ」と名前入り」)のルフィリアはスイカを抱えて浜辺に向かう。
「……そうか」
 男一人じゃないか。
 ハーフパンツに緑と白のストライプ柄な上着を着て現れたエーゼットは、今更な事実をさらりと受け流した。
 男子的にとても美味しいシチュエーションだが、彼の心を揺るがす水着姿は一つだけなのだ。

「スイカ割り、やれますか?」
 ルフィリアの問いに、ユグゴトは首を振る。
「私は充分に頭蓋を狙った。西瓜は皆に任せよう」
 まだ世界が揺れているのは暑さのせいばかりでもあるまい。
 仲間たちに目隠しと棒を手渡し、ユグゴトはごろりと砂の上に転がる。黒い水着姿に遠巻きな視線が向けられるが、果たしてギャラリーは竜牙兵に対するユグゴトの愚行もとい活躍を覚えているかどうか。
「何故、あれほど激しく回ったのだろうな」
 太陽は答えてくれない。エイクリィも答えてはくれない。
 視界には大玉のスイカが映る。
「5m以上7m以内、この辺りでいいわね」
 スイカ割り協会認定版ルールに則り、るりが距離を測っていた。
「それじゃあ、いくよ」
 一番手となったエーゼットが棒に額を当てて回る。
 右に五回と三分の二回転。これも協会ルールだ。
「……っと」
 少しふらつく。だが、ここは彼女持ちたるもの。
 どかんと一撃必殺で勇華のハートまで割る――割っちゃダメだ。ときめかせたいところ。
「エー君、もっと左! 左!」
「そのまま前に! まだまだ、もっと先だよ!」
「あ、行き過ぎです。そのまま右へ10度程修正を」
 勇華、彩希、ルフィリアが口々に呼びかける。
 しかし懸命のガイドも虚しく、エーゼットの足はふらふらと逸れていく。
「ここだ! ……あー、ダメだったかぁ」
「駄目じゃないわ。スイカ割り協会認定版ルールに則れば……2点ね」
 微かなひび割れを指さして、るりが言う。ちなみに協会ルールはるり調べである。
「次はルフィリアさんだっけ?」
「はい。巧く叩けると良いのですが」
 浮ついた心を抑えきれなくなっているのか、てきぱきと棒を回収してきた彩希の手を借りて、ルフィリアが用意を整えた。
 目隠しされてもぐるりと回っても相変わらずの無表情だったが、声ばかりは多少弾んでいる、ような気がする。
「ちょっとだけ右に行って、あとは真っ直ぐだよ!」
「……はい」
「もう少しよ。……そうね、センチメートルで3の3乗くらい左」
「……はい?」
「角度も修正して。1ラジアンでいいわ」
 今なんて? 彩希のアバウトな案内から一転、るりの細かすぎるガイドがルフィリアの思考を惑わせる。
 ラジアン。1ラジアン。ええと、弧度法ではおよそ――などと誰かが考えている内に振り下ろされた棒がスイカの秘孔を突いた。
「あ……割れました」
 良い手応えに目隠しを外すと、ルフィリアの前で大玉は美味しそうな赤色を覗かせていた。
 歓声が上がる。スク水に目を奪われていた一部ギャラリーからも祝福の言葉が飛ぶ。
「これって食べてもいいんだよね?」
「あ、もう割れちゃった?」
 瑞々しさに釣られた彩希が手を伸ばしたところで、フィオナを抱えたカッツェが戻ってきた。
 遠泳、水鉄砲の打ち合い、ビーチフラッグ。名誉も誇りも大して懸けてない三本勝負は、カッツェの全勝で終わったらしい。
「惜しかったね、もうちょっとだったのにねー」
「うぅ……」
 グロッキーなフィオナを横たえて、カッツェはおもむろに砂を掘り返す。
 煽りを受けたユグゴトが埋まっていくが気にしない。
 あっという間に穴ができる。そこへフィオナを押し込めて埋める。
 並んだ頭二つの間に、新しいスイカをセットして。
「さあ、次は誰の番?」
「私よ」
 るりが棒を持つ。
「あの」
 やばくないですかと尋ねかけたフィオナだが、ユグゴトは酔いがぶり返してきたのか心ここにあらず。
「大丈夫よ、しっかり割ってみせるから」
 目隠しを終えたるりが、おもむろに一歩目を踏み出した。


「……もっと右だぞ」
「あら、騙くらかそうったってそうはいかんよ?」
 ちょっと視界を奪われたところで、狙った獲物を逃しはしない。
 ふふ、と微笑む湖満。その手には鞘に収まったままの刀が握られている。
「どっかの誰かさんみたいに……ぐるぐるしてへんしね」
「ぐるぐる?」
「そ、ぐるぐる。回ってたんよ」
 しかし何故あんなに回らなければいけなかったのか。
 尋ねておけばよかったかもしれない。
 なんて余計なことを考えながらも、一歩、二歩、三歩。
 足取りは確実に、介錯を待つスイカの元へと近づいていく。
「……この辺でええやろ」
「本当にいいのか?」
 碧威の問いに、湖満は沈黙を返す。
 彼の言葉が正しいか。自分の感覚が正しいか。
 腕を振れば分かる。
「えいっ」
 湖満は、うら若き女性らしく刀を下ろした。

「――ひ、ひえっ……」
「ほら、当てられたでしょう」
 割られたスイカ気分で顔を引き攣らせるフィオナをそのままに、センサーじみた猫耳リボンをぴくぴくとさせたるりは、割れた実の一番小さなものを口へと運ぶ。まだ冷たい。そして甘い。
「食べる?」
「食べたいんですけど埋まってるものでして」
「そうね」
 何を分かりきったことを。そんな目でさらりと答えてから、るりは踵を返した。
 出してやってもいいが面倒だし、きっとあれにはまだ遊ばれる余地がある。
 ならば放っておき、波を揺り籠として優雅に怠惰を貪ろう。
 るりは浮き輪を抱えて海へと向かった。そして彼女の予感は、すぐに的中した。
「ほーれ、ほれほれー。あー、甘くて美味しいなー」
「お、おに! あくま! カッツェ!」
「カッツェは忍者で死神でーす、残念でしたー」
 これ見よがしに赤く熟した果肉を頬張りながら、カッツェが意地悪く笑っている。
「負けたフィオナが悪いんだよ。せめて一つくらい勝たなきゃ」
「無茶言わないでよ! そもそも遊びにカッツェさんが本気出しすぎ――」
「甘い!」
 しゃく、と齧る音が大きくなった。
「甘すぎだよフィオナ! もうこのスイカより甘い! 遊びだって全力でやるの! 死神は兎を狩るのにも全力を尽くすって言うでしょ!」
「それ死神じゃなくて獅子! ていうかその魂刈り取るノリでボクまで狩らないでよ!」
「もう、うるさいな! うるさい子は反省会しようか、反省会! 海で!」
「海で!?」
「海で!!」
 カッツェはカブでも引っこ抜くかのようにフィオナを持ち上げ、遠泳第二回戦の開始を告げる。
 暴挙だ。そして暴挙の余波は、ゆらりと漂い始めたばかりの少女にも及ぶ。
 行きで一回。帰りで一回。さらに行ってもう一回。
 激しく波を掻き分ける二人に煽られて、るりが浮き輪から落っこちた。
 三回ともなると、さすがのるりも怠惰から憤怒に舵を切った。
 二人の反省会が惨劇と化したのは言うまでもない。

 一方その頃。
「……く、くくく……」
 碧威も笑っていた。
 最初は堪えるように。そしてすぐさま壊れたように。
「く、くはっ、あははははははっ!!」
 げらげら笑う、とはこういうことなのだろう。
 日頃クールな青年が、珍しく大笑いを止められずにいる。
 理由は明白。彼の前で立ち尽くす、真っ赤に染まった湖満である。
 抜けば玉散る氷の刃。抜かねば鈍器、ただの鈍器。
 力一杯に振り下ろされた鞘は、スイカに両断ではなく破砕という未来をもたらしてしまったのだ。
 そして弾けた果肉は、湖満の肌を情け容赦なく白から赤へと塗り替えた。
 これでは戴冠に値する美しさも形無し。果汁滴るいい女なんて何処の辞書にも載っていない。
 しかし転んでもタダでは起きないのが京女――であるかどうかはともかくとして。少なくとも湖満には、このまま黙り込んだり涙したりするつもりなどなかった。
「なに笑ってんのよ、あおい」
「……あ、いや」
「ちょっとこっちきな」
 むんずと掴まれるがまま、碧威は波打ち際に連行され――。
「えいっ」
 ざっぱん。哀れ、紺碧の中へ。
「……はぁ、これじゃあ食べられへんわ……」
 沈めた相手には目もくれず、鮮赤色が散る砂浜へと戻った湖満は、タオルで全身を拭きながら残骸を見つめる。
 勿体ないが、仕方ない。後始末は海から上がってきた後のアレに任せよう。
 即決した湖満は兎柄の浮き輪やら麦わら帽子など、海を満喫する道具を手にとるのだった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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