廻る緋の花

作者:朱乃天

 空を彩る真っ赤な夕焼けは、まるで絵の具で塗られたように鮮やかで。
 夕日が照らす地上には、一面見渡す限りのひまわり畑が広がっていて。
 沈む夕日を背に浴びて、黄色い花が映える光景は。絵画に描いたように美しく、日常ならざる幻想的な世界に迷い込んだと思わせる程。
 花の迷路のようなひまわり畑の通り道。花を見上げて佇む一人の少女の姿がそこにある。
 麦わら帽子に白いワンピースを着た少女の肌は、日に焼けることなく真っ白で。
 可憐ながらも人形めいた、どこか人とは似て非なる、完成された造形美を備えた彼女は――ダモクレスであった。
 吹き抜ける風に揺れる草葉の音と、ひぐらしの声を聴きながら。夕日の光で赤く染まったひまわりを、少女はただ立ち尽くしながら眺めているのみだ。
 花を愛でるような心など、ダモクレスには持っていないはず。それなのに、このひまわりには何故だか引き付けられるものがある。
 その時――突然少女の視界が暗転し、蹌踉めきながら彼女はその場に蹲る。
 そしていつしか少女の傍らに、黒衣を纏った謎めく女性が立っていた。
 黒衣の女性はダモクレスの少女の胸に、『死神の因子』を植え付ける。そして静かに囁くように、少女に告げる。
「――さあ、お行きなさい。貴女は人間達を殺して、グラビティ・チェンを奪うのです」
 女性がその指先で道を示す。ひまわり畑を通り抜けた先には、民家が立ち並んでいる場所に出る。
「その後、ケルベロスに殺される……。それが、私に架せられた使命……」
 身体に埋め込まれた因子によって、抗えない強迫観念に支配されるまま――少女は大きな鎌を手に取って、血塗れの花を咲かせに行こうと歩き出す。
 赤く滲んで広がる斜陽の空は、これから起きる殺戮劇を暗示するように――。

 夕焼け空に映えるひまわり畑の風景が、惨劇の舞台に塗り替えられようとする。
 死神の操り人形と化したダモクレスの少女によって、引き起こされる事件が予知された。
「夕日だけじゃなく、人の血でひまわりが赤く染められるだなんて……考えただけでも寒気がしちゃうわね」
 報せを聞いた蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)は、嫌な予感が当たってしまったことに顔を顰めるが。それなら一刻も早く事件を解決するだけと、すぐに気持ちを切り替え決意する。
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)はそんなカイリの様子を見守りながら、今回の事件に関する説明をする。
 死神の因子を埋め込まれたダモクレスは、大量のグラビティ・チェインを得る為に、周囲の民家を襲って人々を虐殺してしまう。もしこのダモクレスが大量のグラビティ・チェインを得た状態で死んでしまうと、死神はその死体を強力な手駒として利用するだろう。
「そこでキミ達は、これから急いで現地に赴いて、ダモクレスを撃破してほしいんだ」
 現場となるのは、とある地方の田舎町。その一画にあるひまわり畑から、民家に向かうダモクレスを先回りして迎撃することになる。
 周辺に人影は見当たらないものの、ひまわり畑の中に人が立ち入らないとは限らない。従って、万が一に備えて用心するに越したことはないだろう。
「今回戦うダモクレスなんだけど、見た目は少女の姿で、大きな鎌を武器として使ってくるみたいだよ」
 そして彼女を倒すと死体から彼岸花のような花が咲き、何処かへ消えて行ってしまう。
 そのままでは死神に回収されてしまうが、敵の残り体力に対して過剰なダメージを与えて死亡させ、死神の因子も一緒に破壊することができたなら、ダモクレスの死体を回収されることはない。
 この戦いでは仲間同士の団結力が必要不可欠だ。戦況を常に見極めながら、互いに協力し合って戦えば、死神の目論見もきっと阻止できるだろう。
 説明を終えたシュリは最後にそう伝え、心の中で強く願う。
 輝く黄色の花咲くひまわり畑が、人々の血で染められないように――。


参加者
リリィエル・クロノワール(夜纏う宝刃・e00028)
蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)
百鬼・澪(癒しの御手・e03871)
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)
リョウ・カリン(蓮華・e29534)
ダンドロ・バルバリーゴ(冷厳なる鉄鎚・e44180)
ユノー・ソスピタ(守護者・e44852)
ゲンティアナ・オルギー(蒼天に咲くカンパーナ・e45166)

■リプレイ


 一面に広がる光景は、絵に描いたようなひまわり畑の鮮やかな色。
 黄昏色の夕陽が射し込む田舎の長閑な田園風景が、死神の因子を埋め込まれたダモクレスによって、惨劇の舞台に塗り替えられてしまう。
 見上げる程に背の高い、黄色の花の迷い路を、掻き分けるように出てくる少女が一人。
 白いワンピースに麦わら帽子を被った女の子には、このひまわり畑の景色がよく似合う。しかし彼女は人間に似て非なるモノ――死神の操り人形と化したダモクレスであった。
 人よりも可憐な造形美を醸す機械の少女『緋廻』は、ひまわり畑の迷路を抜けて、その先にある民家を襲撃するつもりであったが。先回りしていた地獄の番犬達が、彼女の前に立ちはだかって迎え撃つ。
 周囲は殺界形成による人払いを終えており、一般人が戦闘中に紛れる憂いは無い。事前の準備は万端で、後は戦うことに集中するだけだ。
「貴女は此の景色を綺麗だと思う心があったのかもしれない。もしもそうだったなら、同じ道を歩むことも出来たかもしれない……」
 蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)は少女の姿を一目見るなり、もしも彼女の前に死神が現れなければ、と――運命の残酷さを嘆かずにはいられなかった。
 現実は斯くも無情で、死神の傀儡となった彼女を救うには、戦って倒す以外に道はない。
「……死神は相変わらず高みの見物ですか、いい御身分ですね。利用することしか知らないものの、思惑通りになどさせません」
 自らは表舞台に出ず他者を利用する。百鬼・澪(癒しの御手・e03871)の怒りの矛先は、裏で糸を引く死神へと向けられる。
 命を道具のように捨て駒にする、以前倒した『あの男』もそうであったと思い出し。
 だからこそ思い通りにさせる訳にはいかないと、強い決意を胸に抱いて機械仕掛けの少女と対峙する。
「清らかに、高らかに、厳かに鳴り響け――祝音、賦活」
 澪は魔力で喇叭の花を作り出し、咲き乱れる花は触れると光のように弾けて消えて。微量の電流が仲間の細胞を活性化させ、秘めたる戦闘力を呼び覚ます。
「此処がお前の死に場所なのは違わねーぜ。ただ、死神のクソ野郎の思い通りにはさせねーけどな」
 澪の賦活の力を得、レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)がダモクレスの少女を狙ってひまわり畑を駆け抜ける。
 全速力で地面を蹴って、高く跳躍。加速しながら重力を載せた蹴撃を、敵への挨拶代わりに見舞わせる。
 緋廻は回避しようとするも紙一重で間に合わず、レンカの蹴りが見事に炸裂。そこへ今度はリョウ・カリン(蓮華・e29534)が、疾走しながら接近し、夕日を背にして飛び掛かる。
「ひまわり畑の綺麗な景色に、鮮血の色は似合わないからね」
 空を舞い、夕日の光を浴びた戦闘靴は、まるで赤い翼が羽搏く姿を思わせて。眩しく煌めくリョウの飛び蹴りが、少女を逃さず捉えて相手の動きを鈍らせる。
「動きが素早い相手なら、まずは確実に当てていくのが肝心ね」
 二人の蹴りに足を取られている隙を狙って、リリィエル・クロノワール(夜纏う宝刃・e00028)が攻撃に出る。
 豊満な肢体が際立つ蠱惑的な衣装に身を包み、華麗な立ち振る舞いで華美なメイスを振り下ろし。速度を加えた高出力の一撃が、少女の機械の身体に叩き付けられる。
「私はこれから、多くの人を殺さなくちゃけいないの。邪魔だから、そこをどいて……」
 戦闘開始早々から攻撃を仕掛けるケルベロスに対し、ダモクレスの少女が反撃に出る。
 手にした鎌に宿りし怨嗟の念を解き放ち、怨霊の群れと化して番犬達に襲い掛かる。纏わりつく怨霊達の、呪いの力がケルベロス達を蝕んでいく。
 その侵食を止めるべく、ユノー・ソスピタ(守護者・e44852)が、祈りを捧げるように念じると、淡い光が空から降り注ぐ。
「――神々の女王よ、勇壮なる戦士たちに祝福を!」
 ユノーの温もり感じる聖なる光が瘴気を祓い、怨霊の邪念に対する抵抗力を付与させる。
「膝をつくのはまだ早い……挫けぬ心よ、その身を鉄の壁と変えん!」
 更にはダンドロ・バルバリーゴ(冷厳なる鉄鎚・e44180)が気合を一閃。体内から発するグラビティ・チェインが、金色に輝く光の盾と化し、仲間に加護の力を齎していく。
「死神の犠牲者ね。助けられないみたいだからあれだけど、あいつらの得にさせないわ」
 ゲンティアナ・オルギー(蒼天に咲くカンパーナ・e45166)は禁呪の力で心の闇を具現化し、黒鎖の束で少女を絡めて締め付ける。
 緋廻を見据えるゲンティアナの瞳には、影で彼女を操る、何処にいるとも知れない死神の存在しか見えていない。
 命を弄ぶような連中の、思惑通りにさせはしない。このひまわり畑が血で染まらぬよう、ケルベロス達は戦いの牙を研ぎ澄まして立ち向かっていく――。


「貴女が惹かれた此の景色を、貴女の手で散らせたりはしない。私達が護るんだから!」
 カイリが昂る心を伝えるように、力を込めて一振りの刀を握り締める。抜き身の刃に空の霊力纏わせて、少女の傷口狙って広げるように斬りつける。
「何を想ってひまわり畑を見つめていたのか、分からないけど……せめて苦しみが続かないように、終わらせてもらうよ」
 死神に利用されているだけのダモクレスに、リョウは同情するものの。救う手立てのない現実に、憐れみの念を抱かずにはいられない。
 けれどもそれならひと思いにと、リョウは宝珠に力を注いで魔術を発動。全身に青い呪印が浮かび上がり、噴き出る炎の結晶が、ダモクレスの少女の鋼の機体を斬り刻む。
「……本当に綺麗な所。そんなモノを植え付けられたりしなければ、貴女とこの景色について語らうこともあったのかしら」
 黄色い花に埋め尽くされたこの綺麗な景色なら、少女が心惹かれるも分かる気がすると。
 リリィエルは彼女に共感こそすれど、それは決して叶わぬ夢だと割り切って。夜を纏いし妖艶なる刃に呪詛を載せ、描く刃の一閃は、舞うかのように華麗に少女を斬り裂いた。
「心が芽生え始めてたんなら、そのままレプリカントになれたのかもな。まぁ、もうそれも叶わねーってんなら……お前はオレの敵だ」
 死神に目を付けられていなければ、共に歩めた未来もあったかもしれないが。互いに相容れない立場であるのなら、この少女は人に仇なす敵である。
 レンカは眼光鋭くダモクレスの少女を睨み付け、間合いを詰めて脚を撓らせ、目にも止まらぬ音速の蹴りを叩き込む。
 手数を重ねて攻勢を掛けるケルベロス達。その勢いに押し負けまいと、ダモクレスは一撃の破壊力で番犬達を撥ね返そうとする。
 機械の少女が小柄な身体を回転させながら、遠心力を加えて鎌を勢いよく投げつける。
 投擲されて風車のように旋回する死の鎌が、不気味に唸ってレンカを狙って迫り来る。
「我は怯懦な犬に非ず、地獄の番犬。敵対する者の肉と魂を、欠片も残さず喰らい尽くすのが役目よ」
 だがここは、ダンドロが素早く間に割り込み、身を挺して飛来してくる鎌を受け止める。
 鋼と鋼が衝突し合う金属音が鳴り響き、刃は重厚な鎧を掻き斬り肉を抉る。
 鎧に生じた裂け目から血が流れ出る、それでもダンドロは動じることなく、気力でこの攻撃を耐え凌ぐ。
「待っていて下さいね。今すぐ治します」
 回復役の澪の身体から、淡く光輝く紫色のオーラが溢れ、桜の花弁となってダンドロの身を包み込むように舞う。癒しの花弁は瞬時に傷を癒し、割れた鎧も復元されていく。
「世の中には死者が悲しまないように、賑やかに魂を送る儀式もあるらしいから。わたし達が派手に送ってあげるわよ」
 ドラゴニアンのゲンティアナが、身体を捻って竜の尻尾を振り回し、ダモクレスの少女の足を掬うが如く薙ぎ払う。
「隙ありだ。これでも食らうが良い」
 一瞬、ダモクレスが体勢を崩したのをユノーは見逃さない。全身の力を溜めて剣に載せ、上段から斬り下ろした超高速の斬撃が、緋廻の華奢な体躯に重く圧し掛かり、真白き肌の外装部分に亀裂が走る。

 敵が俊敏性に優れた個体なら、その機動力を優先して殺いでいく。
 ケルベロス達が立てた作戦は、徐々に効果を発揮して、ダモクレスの動きが落ちているのが体感的にも分かる程。ここまでは狙った通りに事が進んで、番犬達は尚も手を緩めることなく果敢に攻める。
「どうやら疲れが溜まってきたかしら。それでもまだ油断は禁物ね」
 普段通りであれば仕掛けていきたいところだが、ただ撃破をしても、この戦いでは根本的な解決までには至らない。
 埋め込まれた因子を同時破壊するには、過剰なダメージを与えて仕留めることが重要で。とっておきは最後に使おうと、カイリは力を制御しながら斬霊刀を振るう。
「勝負所はまだ先ね。ここはじっくり攻めていきましょう」
 肝心なのは敵の残り体力を見極めること。リリィエルもまた、火力を調整しながら軽やかな脚捌きでダモクレスの少女を翻弄させる。
「仕掛け時は間違えないようにして、それまでは出来るだけ力を削いでおきたいね」
 ツインテールの髪を風に靡かせながら、リョウが気配を消して接近し、死角を突いて、少女の首筋狙って蹴りつける。
 レンカは少女の足運びを注視して、敵の消耗度合の把握に努める。彼女の赤い瞳が見つめるダモクレスの表情は、最初と変わらず虚ろなままで。自我を失くした操り人形に、哀れなものだと小さく息を吐く。
「――Es steht dir gut.」
 吐息と共に、レンカの唇から呪文が紡がれる。魔女が唱える魔術の奥義――ダモクレスの少女は真っ赤な靴を履かせられ、自分の意思に反するように、勝手に足が動き出す。
「この空と同じ色の靴をやるよ。そのままずっと踊り続けてな。見ててやるから……お前の身体が朽ちるまで」
 足の自由を拘束されて、動きも儘ならなくされるダモクレス。続けて澪が攻め手に回り、精神を集中させて高めた魔力を、一気に放出。すると突然、緋廻の肩が爆破して、周囲に機械の破片が散らばった。
「来たりて取れ――鬼の心を宿せし我が手にて、死神共の愚行を打ち砕かん」
 神を僭称し、他者の運命を操る等を、暴挙の極みと言わず何と言うべきか。
 ダンドロの、その身を鎧う銀灰色の甲冑は、彼の巌の如き鉄の意志であり。握った拳に思いの丈を込め、繰り出す鋼の拳が機械の身体を粉砕し、緋廻は堪え切れずに地に膝を突く。


 ケルベロス達の猛攻撃を浴びて追い詰められるダモクレス。
 罅の入った四肢から機械の部分が露出して、人形のように可憐であった姿は見るも無残に変わり果て、破損もひどく損傷著しい状態だ。
「せめて最期は安らかに。もう起き上がらずにそのまま地に臥せると良いわ」
 緋廻が立ち上がろうとする前に、ゲンティアナが先に動いて宙に舞い、空中でくるりと回って、踵落としを脳天目掛けて炸裂させる。
 意識が眩むような一撃を、受けても彼女はまだ倒れない。手負いの機械少女はふらつきながらも残った力を振り絞り、番犬達の命を搾取しようと血染めの鎌を振り翳す。
「……殺さなきゃ。いっぱい人を殺して、このひまわりを、夕陽みたいに真っ赤に塗るの」
 少女の虚ろな刃が、ゲンティアナに襲い掛かろうとする――しかしその時、ユノーが制するようにカバーに入り、無骨な剣を盾代わりにして、ダモクレスの鎌の一撃を防ぎ切る。
「ソスピタの名に懸けて――これ以上、誰も傷付けさせはしない」
 ユノーが返す刀で剣を振るい、渾身の力でダモクレスの鎌を叩き割り、相手の得物を封じ込む。
「そろそろ終わりが見えてきましたね。一気に畳み掛けましょう」
 緋廻の動きを観察し、戦況把握に努めていた澪が、相手の生命力が限界近いと見極めるや否や、仲間に檄を飛ばして、闘志を奮い立たせる勇壮なる風を巻き起こす。
 ケルベロス達はこの戦いに決着を付けるべく、最後の勝負を賭けて総攻撃に打って出る。
「――陰を守護せし影の虎、その牙は精神を噛み砕く!」
 リョウの左腕に纏いしは、陰の炎で創られし、虎の姿を模した影。その手を少女に翳して突き出すと、虎は雄叫びを上げて少女に向かって喰らい付く。
 実体を持たない影は機械の身体を摺り抜けて、視えざる影牙が彼女の精神体を噛み潰す。
「さて……躱せるかしら? っと!」
 もはや立っているのも精一杯のダモクレスに対し、リリィエルが軽やかな足取りで、薄く微笑みながら剣を振るう。
 耳を澄ませば聞こえてくるのは、ダモクレスの動力の鼓動。脈打つリズムに合わせるように、リリィエルは流れるような動作で剣閃放ち、少女の全身に、嵐の如き剣舞の斬撃痕を刻み込む。
 深手を負った緋廻は、力無く糸が切れたように撓垂れる。まだ息絶えていないものの、命の灯火は消え尽きようとする寸前だ。
 彼女の胸を突き破り、緋色の花が死を宣告するかのように芽吹き出す。リリィエルはそれを見て、カイリの方へと振り返り、後はお願いと、目配せしながら最後を託す。
「……ごめんね。此の地で安らかに眠りなさい」
 カイリは少女に別れの言葉を口にして、太刀に手を添え、持てる全ての力を注ぎ込む。
「我が身は朧。夢幻の影にて邪に塗れし因果を斬り祓う――幽ァッ! 朧乱月ッ!」
 この一撃で全てを終わらせる――。
 滾る殺気がカイリの分身体を作り出し、少女を取り囲むように繰り出される無数の斬撃は――万華鏡を思わせる程に艶やかで。
 災い招く因子の蕾はカイリの手により刈り取られ、少女の命の花と一緒に儚く散って――最期は光の塵と化し、跡形残らず消えて逝く。

 戦いを終えて静寂を取り戻したひまわり畑を見渡せば、夕焼け色に染まった美しい世界が広がっていて。ケルベロス達は思わず息を呑み、疲れも忘れる程に身も心も癒されていた。
「――Prima.絵になるな、今日は死ぬにはイイ日だろ……なぁ?」
 暮れ行く空を見上げつつ、レンカは独り言ちるように呟いた。
 空の彼方に旅立ったであろう、少女に語りかけるかのように――。
 少女は死神の手駒になることはなく、誰の邪魔もない、永遠の静寂の中で眠り続けられるなら――それはきっと幸せなのだろう。
 そしてそこには、彼女が心惹かれたひまわりの花も咲いていて――。
「……ふん! 我は花ではなくあの機械に心を動かされたか!」
 戦いには感情など不要な筈なのに。しかもあの少女に感傷まで抱いてしまうのは、思わぬ不覚だと。ダンドロは、まだまだ未熟と自分に呆れ、苦々しく顔を顰めるのであった。
 ニーレンベルギアの花咲く箱竜、花嵐を手に抱いて、澪は想いを巡らせる。
「……陽に向かうこの花に、救われる心がきっと沢山あるでしょう」
 瞳に映る茜色の空を見て、自身の過去の記憶を辿って行きながら。
 あの日の『自分』も、それにあの日の『彼』も、きっとそうであったと――そっと目を伏せ、心の中で静かに祈った。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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